スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------(--)
 

後藤徹氏兄の尋問傍聴記録-「続けてください」(裁判長)5連発

 尋問調書のほうは一回お休みして、5月14日に行われた被告・後藤徹氏の兄(以下、後藤兄)の証人尋問で興味深かったことを2、3、報告します。

 まずは概況。傍聴席42に対して抽選希望者は100数人。
尋問時間は10時から15時45分。閉廷予定は15時でしたが、被告代理人の主尋問が予定時間を超過したため、長引きました。原告代理人の福本弁護士が「こちらはいつも裁判所の指示に従って時間内に終わらせているのに、被告代理人はいつも約束を守らない」とお冠の、一言をかましていました。

続きを読む>>

2013-05-15(Wed)
 

証人尋問の報告ー追い詰められ涙で訴える被告側証人

4月8日に行われた後藤徹氏の裁判の証人尋問の様子を簡単にご報告します。
まず、原告側の証人であるMK氏(統一教会信者女性)の主尋問から始まりました。
時間は、50分間でした。

MK氏自身の2回の拉致監禁体験、原告後藤徹氏の監禁マンションにMK氏が来た時の様子、宮村が家族や元信者を指導・支配して拉致監禁をさせていることなどを、ご自身の体験と弟のMM氏の証言を交えながら話しました。

主尋問でのひとつ印象的な場面は、福本弁護士が「弟のMさんが、あなたに対する保護説得なるものは被告宮村指導による拉致監禁であったという内容の陳述書を書いているのですが・・・」との質問をした時に、山口広弁護士がいきり立って「異議あり!そんなこと書いてないでしょ!」と叫んだシーンでした。福本弁護士がMM氏の陳述書を見せながら説明をすると、まさに、福本弁護士が発言した通りの内容が書いてあったため、山口弁護士は沈黙せざるをえなくなりました。

また、MK氏の場合、偽装脱会ではなく統一教会を完全に離れた立場で宮村一派と接していたので、強制説得により価値観が崩壊してしまった元信者がカリスマ性を帯びた宮村に依存せざるを得なくなること、その結果として宮村とその取り巻き女性元信者達が醸し出す異様な雰囲気の話は、説得力がありました。

続いて反対尋問です。

予定時間は、1時間45分。
トップバッターは、宮村代理人 木村壮弁護士(山口広と同じ事務所の30代の弁護士)。MK氏が原告の尋問を傍聴していたことに関して「誰の指示で」「統一教会HPに報告記事を載せることが傍聴の目的だったのでは?」等の質問。MK氏が統一教会の指示で傍聴したと誘導したかったようだが空振り。その後、宮村の指示で家族や元信者が動いていたとの証言を崩そうとして様々な角度から質問するも、崩すことはできませんでした。

2番手は、山口広弁護士。MK氏の経歴に関する質問が続き、特に以下の2点を執拗に質問。
①紀藤正樹弁護士が代理人を務めた婚姻無効訴訟が決着した時期。
②MK氏が韓国語で書いた婚姻無効訴訟に提出した陳述書。

①の質問のねらいは、陳述書との矛盾を突くためで、②はMK氏が「記憶にない」と答えました。

お昼の1時間の休憩を挟んで、引き続きMK氏に対する反対尋問。

3番手は、荻上弁護士。主にMK氏が原告の監禁マンションを訪れた際の施錠の状況や統一教会の問題点に関する質問をしました。

MK氏から統一教会が反社会的な団体との答えを言わせようと執拗に質問をしたため、福本弁護士が「自分の価値観の押しつけだ!」と発言すると、それを受け裁判長が「次の質問に移って下さい」。更に質問を継続しようとするも、福本弁護士からの叱責にあっさり断念。

また、MK氏は後藤氏の監禁マンションの玄関の施錠を見たときの様子をはっきりと証言しましたが、荻上弁護士は、MK氏からは施錠の様子が見えなかったとの結論を導き出そうとして、MK氏を立たせ、身長や施錠の位置など執拗に尋ねる場面もありました。

次の松永代理人、東麗子弁護士と中村周而弁護士がいくつかの質問をした後、山口広弁護士が午前中の反対尋問を受けて弾劾証拠を2通提出しました。MK氏の陳述書に、婚姻無効の裁判が終るまでは解放されなかったとあることと、午前中の山口広弁護士の反対尋問の時に婚姻無効の裁判自体にMK氏は直接かかわっていなかったと証言したことに対して、これを切り崩すために、急遽、取り寄せた証拠でした。

被告弁護人達は、弾劾証拠まで出してMK氏の証言をつぶそうとしましたが、肝心の原告の監禁の事実に関しては全く崩すことができませんでした。

次に、被告側の証人であるOBさん(統一教会元信者男性)の尋問です。

OBさんは、大学4年の時に統一教会に入信。1988年に第1回目の拉致監禁(OBは「話し合い」と証言)をされ、浅見定雄の説得を受けるが偽装脱会により逃走。1996年2月、第2回目の拉致監禁(OBは「話し合い」と証言)を受け荻窪のマンションで宮村の説得を受け同年6月の脱会を決意。1998年に原告がいたフラワーホーム804号室を2~3回訪れる。2001年頃、宮村が経営するタップに入社。2003年、フラワーホーム804号室のトイレに原告の兄(被告の一人)が閉じ込められた際に連絡を受け、兄を助けたと証言。とある書籍にはOB氏の妹がOB氏の救出手記を載せていて、監禁を示唆する内容が多く記載されていたため、原告側から証拠として提出されています。

原告の説得現場に訪れた被告側証人OB氏の主尋問は、山口貴士弁護士から始まり、続いて山口広弁護士、東麗子弁護士により、1時間ほど行われました。OB氏自身が”保護説得”された時には、拉致監禁でなくいつでも自由に出入りできる状態であったこと、原告の説得現場に訪れた時、監禁状態ではなかったこと、及び原告の兄がトイレに閉じ込められた際にマンションを訪れた時の原告の様子などを証言しました。また、自身に対する保護説得の際には、家族が主体となって保護したもので、宮村の役割は家族が相談してアドバイスを受ける程度だった、などと証言しました。

また、OB氏は山口広弁護士による主尋問に対し証言する中で、原告側から証拠として提出があった書籍中の、OB氏の妹が記した兄(OB氏)の救出手記部分について、記述内容がおおむね事実であることを認めました。

次に原告側の福本弁護士による反対尋問ですが、はじめに職歴を尋ね、被告宮村が経営するタップに勤めていたことを答えると、弁護士の「宮村はどんな人物か」との問に、OB氏はもちろん宮村を褒め称える答えをしました。福本弁護士が「宮村の説得を受けて逃げ帰ってきた人達に聞くと、宮村は強引で横柄なヤツだと言うが?」と問うとOB氏は「それは、統一教会的な見方」と反論。そして、福本弁護士が「タップを辞めた理由は何か?」と問うと、OB氏の表情が明らかに変わり始め動揺の色が見えました。

実は、OB氏は●●●●のペンネームで10冊以上の書籍を執筆、出版していて、その中に、「自身が勤めていた広告代理店のワンマン社長」として宮村のことを書いていたのです。OB氏が自著で書いた宮村像は、一言で言うと「強引で横柄で理不尽なとんでもないワンマン社長」で、OB氏がその広告代理店を辞めた理由についても、社長のあまりの理不尽さに耐えかねて、大喧嘩して会社を飛び出した、といった経緯が詳細に記されていたのです。

福本弁護士がOB氏の書籍を引用して読み上げ、OB氏に突きつけると、被告側席の面々は代理人弁護士らをはじめ凍り付いたような表情になり、OB氏もしどろもどろになりながら「書きましたよ~」「一面だけを捉えたらだめです」などと弁明。明らかに動揺し、取り繕って答弁していることが明らかに見て取れました。

この最初の時点での動揺が後を引いたのか、その後のOB氏の証言は、自分の証言に対してまで矛盾する答弁を行う場面もありました。「いつ、そんなことを言ったか」と開き直る態度に、福本弁護士から「それじゃあ、後で山口先生から尋問調書を見せてもらって確認して下さい」と言われていました。

拉致監禁の事実はなかったということを証言し続けたOB氏の口から、「親が出してくれなかった」という言葉が発せられたときは、OB氏の動揺が半端なものではなかったことを感じさせられました。

さらに福本弁護士に矛盾点を指摘されても、何が矛盾しているのか自分でも理解できないといったことが何回か見られ、特に福本弁護士が、OB氏の妹の手記を引用しながら、第1回目の「保護」の時は偽装脱会で逃れることができたのに対し、第2回目の「保護」の時は何故偽装脱会しても逃れることができなかったのかと追及したのに対し、答えに窮したOB氏は、正面からは答えず、当時OB氏の家族がいかに深い愛情でOB氏を救おうとしていたかを涙ながらに証言し始め、一時、続けて尋問しようとする福本弁護士の言葉も耳に入らない状況を呈しました。

その様子を傍から見ていると、自身の証言との関係でどうつじつまを合わせるか自分でも分からなくなり、いよいよ追い詰められたが、どうしようもなくなり、遂に事実や理屈ではなく「泣いて感情に訴えるしかない」、との策に出た感がしました。

804号室で原告を見た時の状況についても、自身が署名捺印した陳述書の記載とは矛盾する証言を行い、その点を福本弁護士から指摘されると「(陳述書に)そんなことを書いてあったとは知りませんでした」と発言する始末。

今回の尋問調書も、手に入り次第、当ブログで、掲載する予定です。
すでに、様々なブログで、様々な角度から記事になっているようですが、皆さんが真実を確認する方法は、尋問調書に目を通すことかと思います。

まだまだ裁判は続きます。応援よろしくお願いいたします。
↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村
2013-04-11(Thu)
 

後藤徹氏本人尋問ー偏差値では負けてるが法廷では圧勝!!!

すでにいろんなサイトで後藤徹氏の本人尋問の様子がアップされています。
大きく遅れをとった感はありますが、後藤徹氏の本人尋問のご報告をさせていただきます。

なお、この本人尋問は、尋問録が手に入り次第、プライバシーを考慮した上で、全文掲載する予定です。

皆様の知る権利の行使にどこまでも寄与するつもりです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。










続きを読む>>

2013-03-18(Mon)
 

第12回口頭弁論のご報告ー来年からいよいよ尋問がスタート

先日の12月18日に行われた第12回口頭弁論についてご報告いたします。

傍聴席は、空席が少しある程度でした。
被告席は、被告4人(松永牧師を除く全員)と被告代理人弁護士7人が勢揃いして11人がすし詰め状態で座っていました。
いつものように、原告、被告側の提出書面を確認した後、本日は、原告以外の被尋問者の尋問日時を決定いたしました。
先回決定した原告尋問日程も含め、決定した日時は以下の通りです。

①2013年3月11日(月)10~17時 803号法廷 原告岩本徹氏(=後藤徹氏)
②4月8日(月)10時~17時 803号法廷 原告側証人MK氏、被告側証人OB氏
③5月14日(火)10~15時 709号法廷 被告後藤徹氏の兄
④6月3日(月)10~17時 803号法廷 被告後藤徹氏の兄嫁、被告松永堡智氏
⑤6月17日(月)10~17時 803号法廷 被告後藤徹氏の妹、被告宮村峻氏

来年からいよいよ尋問に入ります。
トップバッターは、原告、最後を締めくくるのは宮村先生です。



拉致監禁撲滅のため
応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 
2012-12-23(Sun)
 

第11回口頭弁論 裁判傍聴記ー証人決定!松永牧師初出廷

本日の裁判で、証人が決まりました!

今日の傍聴者は、40人弱。
傍聴券による抽選はなく傍聴できました。

裁判が始まって以来、初めて被告席に松永堡智牧師の姿が見えました。
松永牧師は、自分が何か悪いことをしたという自覚も、もちろん反省もない様子で新津福音キリスト教会のHPに載っている写真のごとく、終始にこやかな表情でした。
いつものように、提出書面の確認が原告、被告双方でなされました。

印象深い風景としては、原告側から提出された書面に対し、被告側弁護士たちが手にとって食い入るように見つつ、念入りに調べている書面が2通あったことです。

一通は、とある弁護士による陳述書に捺印された弁護士会に登録してある印鑑の印鑑証明書です。

この、とある弁護士による陳述書は、一両日中に、本ブログでご紹介する予定です。
なぜ、被告代理人たちが、そこまで本物か否かにこだわるのか、その理由は当該陳述書をご紹介する時に分かることと思います。お楽しみに〜

被告側弁護士たちが念入りに調べていたもう一通の書面が、ある拉致監禁被害者の直筆手記の原本です。
この手記が本物であるか否かは、特に被告宮村にとって重要な意味をもつもののようです。
この手記も後に本ブログでご紹介したいと思います。

さて、本日裁判のメインイベントは、証人の決定でした。
裁判官の方から、証人として原告・被告の他に、原告・被告と同じ空間に居た人物の話を一人づつ聞きたい、といわれ、原告側MKさん、被告側OFさんの名が裁判官から挙がり、とりあえず原告側、被告側一人づつの証人が決まりました。

また、尋問の順番と時期として、原告尋問を来年の3月11日(月)に1日(10時~17時)とって行われることになりました。

次回の法廷は12月 18日(火)11時に709法廷で行われ、ここで他の尋問者の日時スケジュールが決まる予定です。
裁判は、いよいよ佳境に入っていきます。

拉致監禁撲滅のため
応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村
2012-11-20(Tue)
 
アクセスカウンター
プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓

にほんブログ村
重要なお知らせ

当ブログはリンクフリーです。
 

最新記事
最新のコメント
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。