米本和広氏の陳述書(2)ー統一教会のおかかえジャーナリストと誹謗された米本氏が怒涛の反論
引き続き米本氏の陳述書を掲載する。
宮村氏は、陳述書や準備書面を通して、米本氏を誹謗してきた。
そこには、米本氏の信用を失墜させ、米本氏の陳述書の信憑性をおとしめる狙いがあるように思う。
拉致監禁の非道さを訴えてきた米本氏に対して脅威に感じていることの証左である。
また宮村氏は、米本氏が自身のブログに宮村氏と元女性信者との親密な関係を思わせる写真を掲載していることを非難していながら、一度もブログのサービス会社や、米本氏本人に削除の依頼をしていない。
実に不可解である。
一.宮村氏の陳述書(乙ハ2号証)に看過できない記述がありましたので、以下陳述いたします。裁判の迅速化が課題となっている折り、陳述書に対する個人的反論は差し控えるべきであることは十分に認識していますが、私の名誉を毀損する記述がありましたので、どうかお認めください。
二.宮村陳述書の「第5」の「1」で、次のように書かれています。
「米本氏はフリーのジャーナリストと称していますが、2008年以降は完全に統一教会のおかかえジャーナリストになったと言えると思います」
根拠を示した記述は一切ありませんが、「2008年以降」とは、私が『我らの不快な隣人』を書いて以降ということでしょう。
しかしながら、拙著では一章を設けて、統一教会批判を行っています(第11章 借金集団)。
プロの出版業界の人を含め拙著を通読した人(拉致監禁を容認・黙認する人以外)で、この本を読んで「統一教会のおかかえジャーナリストになった」と感じた人は皆無でしょう。
なぜなら、この本の半分を占めている「第�部 麻子の物語」で登場する宿谷麻子・高須美佐子・中島裕美さんは、統一教会を脱会し、統一教会に批判的になっている人たちだからです。
簡潔に言えば、彼女たちは統一教会もいかんが、統一教会を脱会させるために「拉致監禁を手段」とするのはもっと良くないと語っています。
宮村氏は、忙しい裁判官が『我らの不快な隣人』を通読などしない、とタカをくくって陳述しています。裁判を「真実を明かす場」ではなく「裁判ゲーム」と捉える侮蔑的で安易な感覚、正直、腹が立ちます。
三.統一教会には様々な問題があることは事実です。実際に、私は『火の粉を払え』というブログで、「統一教会考」というカテゴリーを設け、統一教会批判の論考を綴っています。
宮村氏の「第5」での主眼は、統一教会に問題があることを、意図的に論理を飛躍させ、違法行為から目を逸らさせるための「(その)一環がこの裁判でもあります」と印象づけようとしています。
四.私はどんな違法行為にもノーを突きつけられるべきだと考えています。
統一教会の違法行為にもノー、統一教会に反対する人たちの違法行為にもノー。
この考えは、前掲の拙著でも冒頭、次のように記しています(11頁)。
<この種(注:拉致監禁問題)の題材を取り上げると、常に立場性(政治性、イデオロギー性)が糾弾的に問われる。平たく言えば「おまえはどっちの味方なのか」。したがって、本書での私の立場について最初に説明しておいたほうがいいと考える。大文字の「人権の尊重」ではなく、私は「是々非々」の立場を貫きたい。是々非々は性悪説を唱えた荀子の「修身」から採られた言葉である。
「是を是とし非を非とする。これを知といい、是を非として、非を是とする。これを愚という>
後藤刑事告訴で出した私の陳述書(甲10号)の冒頭で、私のこれまでの取材活動を詳細に綴りました。
私は是々非々の立場から、統一教会、ヤマギシ会、エホバの証人、オウムなどを批判してきました。それと同じような是々非々の立場から、前述のルポ「宗教監禁の恐怖と悲劇」そして拙著で、「拉致監禁を手段とする脱会方法」を批判しました。
それなのに、どうして後者のことを書けば「統一教会のおかかえジャーナリストになったと言える」ということになるのでしょうか。
これまでいわゆるカルトに肯定的だったのならともかく、カルト批判を精力的に書いてきたルポライターが「統一教会員に対し、拉致監禁を手段とする脱会方法」を批判するがゆえに、その影響力を食い止めるために、宮村氏は何としてでも私のことを「統一教会のおかかえジャーナリスト」であると印象づけ、私の陳述書を信用できないものにしようとしているのです。
なお、宮村氏と旧知の間柄であり、きわめて親密な関係にあり、強制説得を肯定する参議院議員の有田芳生氏は、自身のブログ及び短文ブログで、2011年2月から8月にかけて、私のことを五十回以上にわたって「統一教会の御用ライター」と連呼し続けてきました。このため、私は代理人を立て、有田氏に通告文を送りました。それ以来、有田氏は「御用ライター」と書かなくなりました。

<有田議員が米本氏を「統一教会御用ライター」と誹謗したつぶやき。いつも米本氏の名前を間違えている。>
強制説得家の宮村峻氏と、強制説得を肯定し宮村氏を擁護する国会議員とが、私のことを「統一教会のおかかえジャーナリスト」、「統一教会の御用ライター」と歩調を合わせるように語っていることに注目していただきたいです。
五.前掲の「第5」の「1」では、続けて、次のように宮村氏は陳述しています。
「米本氏が統一教会の内部集会で講演している話しもよく聞きます」
私は、統一教会の内部集会で講演したことは一度もありません。
統一教会の本部から、内部集会で講演してくれと頼まれたことはありますが、断っています。
繰り返しますが、裁判は「真実を探求する場」であって、ネガティブキャンペーンのような「裁判ゲーム」と化す場ではありません。
「~話しもよく聞きます」といったレベルではなく、具体的にいつ私が「統一教会の内部集会で講演した」か。もし良ければ、私を裁判所に呼んで尋問してください。
六.「第5」の「3」についてです。
「(宮村氏が寿司屋の帰り道)元信者と関係しているかのように匿名ブログに流し続けています。しかも、この全くの虚偽の匿名ブログを、米本和広氏のブログ(略)などで、悪質なコメント付きで流し続けています」
この匿名ブログとは添付1、私が流しているブログとは添付2です。
もしも,宮村氏が元信者の女性を愛人にしているというのが虚偽で悪質だというのなら、宮村氏はブログのサービス会社に抗議し、削除を要求すればいいのです。
しかるに、今日に至るまで、ブログのサービス会社から私のところにブログ記事の削除要求は届いていません。
また、「悪質なコメント」というのであれば、どこが悪質なのかその根拠を書き、私に訂正ないし削除を要求すればいいのです。
私の住所、電話番号、メールアドレスを、宮村氏はご存知なのですから。
私のブログでは添付2にある通り(右サイト)、「ブログの内容に関する正式な抗議、記事訂正要求があれば、以下のところにお願いします」と明記しています。

<匿名ブログ「白い旅団」に掲載された宮村氏と元女性信者の抱擁写真。今だ削除されていない。>
自分が名誉毀損されていると思うなら、拙著、ブログの記事の訂正ないし削除要求をすればいいだけのことです。その当然の権利を行使しないまま、裁判の「陳述書」という形で、私の名誉を毀損するような記述を書くのは、卑怯にして卑劣なやり方だと言わざるを得ません。
宮村氏は、陳述書や準備書面を通して、米本氏を誹謗してきた。
そこには、米本氏の信用を失墜させ、米本氏の陳述書の信憑性をおとしめる狙いがあるように思う。
拉致監禁の非道さを訴えてきた米本氏に対して脅威に感じていることの証左である。
また宮村氏は、米本氏が自身のブログに宮村氏と元女性信者との親密な関係を思わせる写真を掲載していることを非難していながら、一度もブログのサービス会社や、米本氏本人に削除の依頼をしていない。
実に不可解である。
陳 述 書
東京地裁民事第12部御中
2011年12月2日
〒336-0022
島根県松江市西津田1-10-38
電話 090(9955)0532
米 本 和 広
一.宮村氏の陳述書(乙ハ2号証)に看過できない記述がありましたので、以下陳述いたします。裁判の迅速化が課題となっている折り、陳述書に対する個人的反論は差し控えるべきであることは十分に認識していますが、私の名誉を毀損する記述がありましたので、どうかお認めください。
二.宮村陳述書の「第5」の「1」で、次のように書かれています。
「米本氏はフリーのジャーナリストと称していますが、2008年以降は完全に統一教会のおかかえジャーナリストになったと言えると思います」
根拠を示した記述は一切ありませんが、「2008年以降」とは、私が『我らの不快な隣人』を書いて以降ということでしょう。
しかしながら、拙著では一章を設けて、統一教会批判を行っています(第11章 借金集団)。
プロの出版業界の人を含め拙著を通読した人(拉致監禁を容認・黙認する人以外)で、この本を読んで「統一教会のおかかえジャーナリストになった」と感じた人は皆無でしょう。
なぜなら、この本の半分を占めている「第�部 麻子の物語」で登場する宿谷麻子・高須美佐子・中島裕美さんは、統一教会を脱会し、統一教会に批判的になっている人たちだからです。
簡潔に言えば、彼女たちは統一教会もいかんが、統一教会を脱会させるために「拉致監禁を手段」とするのはもっと良くないと語っています。
宮村氏は、忙しい裁判官が『我らの不快な隣人』を通読などしない、とタカをくくって陳述しています。裁判を「真実を明かす場」ではなく「裁判ゲーム」と捉える侮蔑的で安易な感覚、正直、腹が立ちます。
三.統一教会には様々な問題があることは事実です。実際に、私は『火の粉を払え』というブログで、「統一教会考」というカテゴリーを設け、統一教会批判の論考を綴っています。
宮村氏の「第5」での主眼は、統一教会に問題があることを、意図的に論理を飛躍させ、違法行為から目を逸らさせるための「(その)一環がこの裁判でもあります」と印象づけようとしています。
四.私はどんな違法行為にもノーを突きつけられるべきだと考えています。
統一教会の違法行為にもノー、統一教会に反対する人たちの違法行為にもノー。
この考えは、前掲の拙著でも冒頭、次のように記しています(11頁)。
<この種(注:拉致監禁問題)の題材を取り上げると、常に立場性(政治性、イデオロギー性)が糾弾的に問われる。平たく言えば「おまえはどっちの味方なのか」。したがって、本書での私の立場について最初に説明しておいたほうがいいと考える。大文字の「人権の尊重」ではなく、私は「是々非々」の立場を貫きたい。是々非々は性悪説を唱えた荀子の「修身」から採られた言葉である。
「是を是とし非を非とする。これを知といい、是を非として、非を是とする。これを愚という>
後藤刑事告訴で出した私の陳述書(甲10号)の冒頭で、私のこれまでの取材活動を詳細に綴りました。
私は是々非々の立場から、統一教会、ヤマギシ会、エホバの証人、オウムなどを批判してきました。それと同じような是々非々の立場から、前述のルポ「宗教監禁の恐怖と悲劇」そして拙著で、「拉致監禁を手段とする脱会方法」を批判しました。
それなのに、どうして後者のことを書けば「統一教会のおかかえジャーナリストになったと言える」ということになるのでしょうか。
これまでいわゆるカルトに肯定的だったのならともかく、カルト批判を精力的に書いてきたルポライターが「統一教会員に対し、拉致監禁を手段とする脱会方法」を批判するがゆえに、その影響力を食い止めるために、宮村氏は何としてでも私のことを「統一教会のおかかえジャーナリスト」であると印象づけ、私の陳述書を信用できないものにしようとしているのです。
なお、宮村氏と旧知の間柄であり、きわめて親密な関係にあり、強制説得を肯定する参議院議員の有田芳生氏は、自身のブログ及び短文ブログで、2011年2月から8月にかけて、私のことを五十回以上にわたって「統一教会の御用ライター」と連呼し続けてきました。このため、私は代理人を立て、有田氏に通告文を送りました。それ以来、有田氏は「御用ライター」と書かなくなりました。

<有田議員が米本氏を「統一教会御用ライター」と誹謗したつぶやき。いつも米本氏の名前を間違えている。>
強制説得家の宮村峻氏と、強制説得を肯定し宮村氏を擁護する国会議員とが、私のことを「統一教会のおかかえジャーナリスト」、「統一教会の御用ライター」と歩調を合わせるように語っていることに注目していただきたいです。
五.前掲の「第5」の「1」では、続けて、次のように宮村氏は陳述しています。
「米本氏が統一教会の内部集会で講演している話しもよく聞きます」
私は、統一教会の内部集会で講演したことは一度もありません。
統一教会の本部から、内部集会で講演してくれと頼まれたことはありますが、断っています。
繰り返しますが、裁判は「真実を探求する場」であって、ネガティブキャンペーンのような「裁判ゲーム」と化す場ではありません。
「~話しもよく聞きます」といったレベルではなく、具体的にいつ私が「統一教会の内部集会で講演した」か。もし良ければ、私を裁判所に呼んで尋問してください。
六.「第5」の「3」についてです。
「(宮村氏が寿司屋の帰り道)元信者と関係しているかのように匿名ブログに流し続けています。しかも、この全くの虚偽の匿名ブログを、米本和広氏のブログ(略)などで、悪質なコメント付きで流し続けています」
この匿名ブログとは添付1、私が流しているブログとは添付2です。
もしも,宮村氏が元信者の女性を愛人にしているというのが虚偽で悪質だというのなら、宮村氏はブログのサービス会社に抗議し、削除を要求すればいいのです。
しかるに、今日に至るまで、ブログのサービス会社から私のところにブログ記事の削除要求は届いていません。
また、「悪質なコメント」というのであれば、どこが悪質なのかその根拠を書き、私に訂正ないし削除を要求すればいいのです。
私の住所、電話番号、メールアドレスを、宮村氏はご存知なのですから。
私のブログでは添付2にある通り(右サイト)、「ブログの内容に関する正式な抗議、記事訂正要求があれば、以下のところにお願いします」と明記しています。

<匿名ブログ「白い旅団」に掲載された宮村氏と元女性信者の抱擁写真。今だ削除されていない。>
自分が名誉毀損されていると思うなら、拙著、ブログの記事の訂正ないし削除要求をすればいいだけのことです。その当然の権利を行使しないまま、裁判の「陳述書」という形で、私の名誉を毀損するような記述を書くのは、卑怯にして卑劣なやり方だと言わざるを得ません。
2012-05-25(Fri)
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民主主義の危機
<「統一教会員に対し、拉致監禁を手段とする脱会方法」を批判するがゆえに、その影響力を食い止めるために、宮村氏は何としてでも私のことを「統一教会のおかかえジャーナリスト」であると印象づけ、私の陳述書を信用できないものにしようとしているのです>
その通りです。
純粋なジャーナリズムとして、こういうやり方はいかがなものか、と世に問うただけなのに、いきなり火の粉が…。
しかも、有田議員は公人の分際で「御用ライターだ、御用ライターだ」と集中砲火を浴びせる。さらに、マスコミ各社は自分に火の粉が及ばないように、見て見ぬ振り…。
本当に、米本さんには同情します。
ことの本質は、拉致監禁があったのか、なかったのか。なのに、それには触れず、とにかく「拉致監禁」を問題視にする人たちを亡き者にしようとする。
ジャーナリストにとって、色を付けられることは致命的だ。「統一協会のおかかえジャーナリスト」「統一協会の御用ライター」とのレッテル貼りは、営業妨害どころか殺人行為に近い。
拉致監禁を隠蔽し、それに警察も加担、そのことをマスコミは見て見ぬ振り-。
この国の「言論の自由」は崩壊寸前だ。
この国の民主主義を守る意味でも、米本さんの訴えが、裁判官の良心に届くことを祈ってやみません。
その通りです。
純粋なジャーナリズムとして、こういうやり方はいかがなものか、と世に問うただけなのに、いきなり火の粉が…。
しかも、有田議員は公人の分際で「御用ライターだ、御用ライターだ」と集中砲火を浴びせる。さらに、マスコミ各社は自分に火の粉が及ばないように、見て見ぬ振り…。
本当に、米本さんには同情します。
ことの本質は、拉致監禁があったのか、なかったのか。なのに、それには触れず、とにかく「拉致監禁」を問題視にする人たちを亡き者にしようとする。
ジャーナリストにとって、色を付けられることは致命的だ。「統一協会のおかかえジャーナリスト」「統一協会の御用ライター」とのレッテル貼りは、営業妨害どころか殺人行為に近い。
拉致監禁を隠蔽し、それに警察も加担、そのことをマスコミは見て見ぬ振り-。
この国の「言論の自由」は崩壊寸前だ。
この国の民主主義を守る意味でも、米本さんの訴えが、裁判官の良心に届くことを祈ってやみません。
ほんまになぁ。
統一教会脱会のための、拉致監禁がおかしいんじゃないか!と言っただけで、「統一教会御用ライター」「お抱えライター」呼ばわりか。
なして?
実際、脱会者までが拉致監禁脱会説得による被害を被ってるわけだから、ジャーナリストだったら、取材し、報道するのが本当だろ?
有田のおっさんは現場主義とのたまってるが、拉致監禁脱会説得に非を唱えてる脱会者から話しを聞いたんかい?
有田のおっさん、おめえさんこそ、偏向ライター、間違えた、偏向議員。
拉致監禁容認派(推進派)お抱え議員じゃねえか。
拉致監禁お抱え議員が、片や北朝鮮の拉致問題をツィッタ-で呟いとるのは、違和感アリアリやけど。
まっ、そっちはおめえさんの言ってること納得できるけん、パフォーマンスでなく、真剣に頑張れよ。
って、記事と外れたコメントでごめんよ。
なして?
実際、脱会者までが拉致監禁脱会説得による被害を被ってるわけだから、ジャーナリストだったら、取材し、報道するのが本当だろ?
有田のおっさんは現場主義とのたまってるが、拉致監禁脱会説得に非を唱えてる脱会者から話しを聞いたんかい?
有田のおっさん、おめえさんこそ、偏向ライター、間違えた、偏向議員。
拉致監禁容認派(推進派)お抱え議員じゃねえか。
拉致監禁お抱え議員が、片や北朝鮮の拉致問題をツィッタ-で呟いとるのは、違和感アリアリやけど。
まっ、そっちはおめえさんの言ってること納得できるけん、パフォーマンスでなく、真剣に頑張れよ。
って、記事と外れたコメントでごめんよ。
その穴熊、詰んでるよ!
アップされた自分の陳述書を読み直すと、書き足りていないことがあったことに気づかされる。その一つが宮村氏の陳述書にある「統一教会おかかえジャーナリスト」という表現についてである。
「お抱え」とはどんな意味なのか。新明解国語辞典を引くと、
<給料を払って、個人的に人を雇うこと>となっており、用例は「お抱え運転手」。
統一教会さんから給料をもらったこともなければ、雇われたこともない。事実に反し、明らかな名誉毀損である。
提訴すれば、一発で勝訴間違いなしである。
このことを書いて裁判官の注意を促すべきだった。
名誉毀損になることを危惧したのか、山口広弁護士は準備書面で、表現を変えている。
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-92.html(末尾)
「統一協会のおかかえジャーナリスト的存在」
おそらく、提訴された場合、「的」を入れたことによって、
<「統一教会から給料をもらって、雇われた」という辞書的な意味で使ったわけではなく、比喩的な意味での表現だ>
と、抗弁するつもりだろう。
この主張によって、多少、裁判は長くなるかもしれないが、比喩的な意味での表現(論評)であっても、その表現の元となる事実が存在するかどうか問われるのは当然のこと。
宮村・山口コンビは、その事実を提示することはできまい。せいぜい、「拉致監禁をなくす会」主催の集いで、私が拉致監禁のことをスピーチしたことをあげる程度だろう。
私が「同会は、会員に統一教会員が多かろうが、会則には統一教会とは一線を画していることが明記されていることさることながら、同会の副代表の宿谷麻子さんは強制脱会者であり、そのことは宿谷さんの献金等返還請求の代理人になった山口先生がよ~くご存知のはず」と反論すれば、先生、ちょっと赤面したあと、さらにこう述べるはず。
「米本は統一教会の拉致監禁(反対)キャンペーンにそった活動をしている」
しかしながら、『我らの不快な隣人』を著したのは2008年7月、ブログ『火の粉を払え』を開設したのは2009年2月のこと。
統一教会が拉致監禁(反対)キャンペーンを開始したのは早くとも2009年10月頃からである。
つまり、どんなに抗弁しようが、「その穴熊、詰んでいるよ」である。
そもそもの話である。
統一教会は「拉致監禁に反対する」団体ではない。世界の「統一」を推し進める団体である。
教団がが自分たちの仲間が拉致監禁されることに反対し、その主張が仮に私の主張と同じであっても、「おかかえジャーナリスト的存在」と表現することは、社会通念上、許されることではない。
私が同団体の「統一運動」に加担しているのならともかく、その運動から派生した不正義を私は批判している。
宮村・山口コンビがどうもがこうが、「詰んでいる」。つまり、名誉毀損で提訴すれば、私が勝訴するのは間違いないのである。
「お抱え」とはどんな意味なのか。新明解国語辞典を引くと、
<給料を払って、個人的に人を雇うこと>となっており、用例は「お抱え運転手」。
統一教会さんから給料をもらったこともなければ、雇われたこともない。事実に反し、明らかな名誉毀損である。
提訴すれば、一発で勝訴間違いなしである。
このことを書いて裁判官の注意を促すべきだった。
名誉毀損になることを危惧したのか、山口広弁護士は準備書面で、表現を変えている。
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-92.html(末尾)
「統一協会のおかかえジャーナリスト的存在」
おそらく、提訴された場合、「的」を入れたことによって、
<「統一教会から給料をもらって、雇われた」という辞書的な意味で使ったわけではなく、比喩的な意味での表現だ>
と、抗弁するつもりだろう。
この主張によって、多少、裁判は長くなるかもしれないが、比喩的な意味での表現(論評)であっても、その表現の元となる事実が存在するかどうか問われるのは当然のこと。
宮村・山口コンビは、その事実を提示することはできまい。せいぜい、「拉致監禁をなくす会」主催の集いで、私が拉致監禁のことをスピーチしたことをあげる程度だろう。
私が「同会は、会員に統一教会員が多かろうが、会則には統一教会とは一線を画していることが明記されていることさることながら、同会の副代表の宿谷麻子さんは強制脱会者であり、そのことは宿谷さんの献金等返還請求の代理人になった山口先生がよ~くご存知のはず」と反論すれば、先生、ちょっと赤面したあと、さらにこう述べるはず。
「米本は統一教会の拉致監禁(反対)キャンペーンにそった活動をしている」
しかしながら、『我らの不快な隣人』を著したのは2008年7月、ブログ『火の粉を払え』を開設したのは2009年2月のこと。
統一教会が拉致監禁(反対)キャンペーンを開始したのは早くとも2009年10月頃からである。
つまり、どんなに抗弁しようが、「その穴熊、詰んでいるよ」である。
そもそもの話である。
統一教会は「拉致監禁に反対する」団体ではない。世界の「統一」を推し進める団体である。
教団がが自分たちの仲間が拉致監禁されることに反対し、その主張が仮に私の主張と同じであっても、「おかかえジャーナリスト的存在」と表現することは、社会通念上、許されることではない。
私が同団体の「統一運動」に加担しているのならともかく、その運動から派生した不正義を私は批判している。
宮村・山口コンビがどうもがこうが、「詰んでいる」。つまり、名誉毀損で提訴すれば、私が勝訴するのは間違いないのである。
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