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被告側弁護士から出された上申書

被告側弁護士から、当ブログに当事者以外の陳述書を開示しないよう裁判所にお願いする文書が提出された。
当ブログでは、プライバシーに配慮し、イニシャル、伏字などで個人を特定できないようにしているが、被告側はそれでもご不満らしい。

以下、全文を掲載する。
上申書
平成24年4 月10日


東京地方裁判所 民事第1 2部 御中

被告松永堡智訟代理人弁護士  中村周而

同 東 麗子


本頭書事件については, 原告の支援者と名乗る統一協会信者を中心とする数名の者により,「拉致監禁by宮村の裁判記録」と題するブログが, インターネット上に開設されており, 双方から提出された書面(陳述書を含む) のほぼ全てについて,ブログに掲載されています。今後, 被告側が提出する陳述書についても, ブログに掲載される可能性があります。

しかしながら, 被告側が提出する, 甲号証にて提出された陳述書に対する反論の陳述書については, 公の裁判の記録となることについては了解していますが, 不特定多数の者が簡単にいつでも閲覚することのできる状態にあるブログにアップされることについては了承できません。上記ブログ掲載にあたっては, 一部個人名を伏せるなど,プライバシーに配慮しているようにも見えますが, どの部分を伏せるのかについては,ブログ管理者の一存によっています。

本件事件においては, 直接客理の対象となるべき事件と関係のない信者・元信者家族らの陳述書が, 原告によって大量に提出されており, 裁判所がこれらの陳述書によって, 本件事件についても誤った心証をいだくことのないように, 被告らも本件に関係ないと思料しつつも, 原告から提出された陳述書に対する反論の陳述書を提出せざるを得ない状況になっています。元信者やその家族は, 本件裁判が真実を導かれるよう, 自らの辛い記憶であるにもかかわらず, これを思い起こして, 真摯に,包み隠さず陳述書を作成してくれています。しかし,これらの陳述書を公の民事裁判であることを盾に,不特定多数による閲寛が可能な上記ブログに掲載されれば, たとえ, 氏名などの表記を伏せたところで, 場所や家族構成, 事情等によって作成者を特定されて,不特定考数の人間にはできるだけ知られたくない身内のもめ事や元締一協会信者であることなどが世間の目にさらされることになり,あらぬ噂を立てられたり,誹議中傷を受ける可能性があります。

上記ブログが,本件で提出された準備書面及び書証を全て掲載できるのは,原告がブログ管理者に対し,本件訴訟に関する全ての主張書面・証拠書面を開示するだけでなく,写しも渡しているからです。
そこで,当事者以外の陳述書に関しては,原告からブログ管理者にいかなる方法によっても開示しないようにする旨,裁判所から注意していただきたく上申する次第です。
以上

2012-05-01(Tue)
 

コメントの投稿

非公開コメント

やっぱり・・・ 

脱会者にとっても説得というのは辛い体験で思い出したくないことなんじゃねーの
ごもっとも

だけどよ~

散々、統一教会のこと正体隠しとかいっておいて、おかしんじゃね。
すくなくともこのブログは双方の主張を交互にとりあげて、別に教会の主張ばかりを並べているわけではない。
オープンでいいことじゃねーか

あんまり、表にだしたくないってことはよ、もしかして、元信者さんに頼み込んで陳述書をかいてもらってるってことか~


こういってはなんだけど、このサイトのアクセス数たいしたことねーよ。
あらぬうわさとか誹謗中傷とかオーバーじゃねー?
2012-05-02 00:20 | たま | URL   [ 編集 ]

そんなに後ろめたいか 

<不特定多数の人間にはできるだけ知られたくない身内のもめ事や元統一協会信者であることなどが世間の目にさらされることになり,あらぬ噂を立てられたり,誹議中傷を受ける可能性があります>

中村周而弁護士さん、東麗子弁護士さんよ~、これって差別じゃないの!?
元統一協会信者、というのはそんなに恥ずべきことなのかい。
そんなに恥ずかしいことなら、なんで飯星景子がたびたびマスコミに顔を出すのよ。
元ヤンキー、元ひきこもり、元デブ…、みんな、元(以前はこうだったという話)だから恥ずかしいなんて思っちゃいない。誹謗中傷する人間もいない。

偏見強いね~。
そこまで統一協会(社会的マイノリティー)をバイキン扱いして、よくそれで人権擁護の仕事できるね~。

たまさんがおっしゃっているように、正体隠しを問題視するのに、統一協会信者(元信者)であることを隠せ、って、どういうこと!?

まあ、よほど、うしろめたいんでしょ。
ウソの調書が世間にさらされるのが。

そもそも、身内のもめ事を作ったのは被告らのほうだろっ。
調子のいいこと言ってんじゃねーよ、って。
2012-05-02 08:46 | みんな | URL   [ 編集 ]

監禁グループの怯え(上) 

 上申書を読んで、笑い、そして確信した。
 真実が社会(不特定多数)に明らかになるのは、監禁グループにとって打撃になるということが!

 興味深い文章なので、長たらしく思われるだろうが、言論の自由とも関係すること、一つ一つ検証していく。(以下、一部敬称を略す)

>被告側が提出する, 甲号証にて提出された陳述書に対する反論の陳述書については, 公の裁判の記録となることについては了解していますが, 不特定多数の者が簡単にいつでも閲覚することのできる状態にあるブログにアップされることについては了承できません。上記ブログ掲載にあたっては, 一部個人名を伏せるなど,プライバシーに配慮しているようにも見えますが,

 ブログの世話人はプライバィーを尊重しているため、固有名詞はマスキングしている。その何が問題というのか。

>どの部分を伏せるのかについては,ブログ管理者の一存によっています。

 あたりまえである。雑誌が編集長のものであるのと同じように、ブログは管理人ものである。
 しかしながら、ブログの記事はいつもプライバシィにじれったいほどに配慮している。
 上申書は、あたかも管理人がプライバシィの尊重をいつかしら放棄するかのような心証を与えようとしているが、弁護士たるものが根拠なき予見可能性を口にするべきではない。

>本件事件においては, 直接客理の対象となるべき事件と関係のない信者・元信者家族らの陳述書が, 原告によって大量に提出されており, 裁判所がこれらの陳述書によって, 本件事件についても誤った心証をいだくことのないように, 被告らも本件に関係ないと思料しつつも, 原告から提出された陳述書に対する反論の陳述書を提出せざるを得ない状況になっています。

 そうかあ?「大量」なのか?
 私も陳述書を提出しているが、せいぜい10通前後。大量と言えるほどの陳述書ではないはず。

「事件と関係ない」?そうかあ?
 ブログにアップされた小出氏以外の陳述書に目を通しているわけではないけど、被告松永、被告宮村によって監禁説得を受けた人が自分の体験を綴っているようである。

 それがどうして「事件と関係がない」と言えるのか。

 過去の罪歴は、現在の事件と大いに関係がある。過去と現在は、過去を反省していない限り、連続線上にあるのだ。
 ちなみに、いわゆる過去の霊感商法について統一教会は反省の弁を述べていないから、今でも批判され続けている。そのことを考えてみるがよい。

 そもそも裁判の原則は、原告側から陳述書が提出され、それに呼応する形で、被告側から反論陳述書が提出され、それらを裁判官は何人からも独立した自由な立場で判断する。

 そういうものなのに、中村・東弁護士は「被告らも本件に関係ないと思料しつつも, 原告から提出された陳述書に対する反論の陳述書を提出せざるを得ない状況になっています」と、裁判官に泣き言を述べる。

 みっともないたら、ありゃしない。新潟・青春を返せで主任弁護士を務めた中村も、所詮このレベルなのだ。
 裁判の正道に基づき、原告側の陳述書を凌駕し粉砕するような、裁判官の心証を決定づけるような陳述書を出せばいいだけのことではないのか。

 あまりにもバカバカしくて幼稚な論評だが、続ける。
2012-05-02 19:38 | 米本 | URL   [ 編集 ]

監禁グループの怯え(下) 

続き

>元信者やその家族は, 本件裁判が真実を導かれるよう, 自らの辛い記憶であるにもかかわらず, これを思い起こして, 真摯に,包み隠さず陳述書を作成してくれています。

 反統一のシンボル、浅見定雄さんと「脱会とはどういうことか」というテーマで話したことがある。

 その結論は、「脱会とは、脱会以前に比べて親子関係を含め様々な関係が、そしてその人が人間としてより豊かになる営為である」
というものだった。
で、おいらはこの定義をその後、脱会をめぐる事件でメルクマールにした。で、もとに。

 被告側は、原告の「拉致監禁説得」の主張に対して、「さそり座の女♪」の如く、「いいえ、そうじゃなく、親子の話し合いでした」と一貫して反論している。

 ならば、どうして「辛い体験」という表現になるのか。

 まさに「幽霊の正体を見たり」である。
 充実した親子の話し合いなら、その結果は楽しく心地よい記憶になる。それなのに、どうして「辛い体験」となるのか。

 子どもを拉致し、監禁下で、赤の他人である強制説得者が主役となった脱会を強要する、親子ともども緊張感を強いられる体験だったからこそ、「辛い体験」という表現と、中村・東はつい書いてしまったのだ。笑える。

>これらの陳述書を公の民事裁判であることを盾に,不特定多数による閲寛が可能な上記ブログに掲載されれば, たとえ, 氏名などの表記を伏せたところで, 場所や家族構成, 事情等によって作成者を特定されて,不特定考数の人間にはできるだけ知られたくない身内のもめ事や元締一協会信者であることなどが世間の目にさらされることになり,あらぬ噂を立てられたり,誹議中傷を受ける可能性があります。

 この一文で、両弁護士は勉強不足を露呈する。
 関係者の名前をマスキング、イニシャル、仮名で書いても、「特定」される場合があると判断されたケースがあった。作家の柳美里さんが訴えられた名誉毀損裁判だった。彼らは、この判決文を読んでいない!

 判決文を読めば、どうして特定される可能性があるのか、判決文にはそのことが具体的かつ子細に書かれてあった。たとえば、身体障害者の動きが描写されていたりとか。

 しかるに、今回の上申書はまことに怠惰であり、「誹議中傷を受ける可能性」の具体化を書いていないのだ。

 中村弁護士は新潟・青春の主任弁護士。それなりに一目を置いていたのだが、思い込みによるイメージに過ぎなかった。上申書を読んで、かなりレベルの低い弁護士のようである。

 話はそれるのだが,新潟在住の人(子どもが医療過誤にあった親)から「いい弁護士を紹介してくれ」と頼まれたことがある。
「新潟にも弁護士がいるはず」と断ろうとしたが、その人曰く。
「新潟の弁護士は全部ダメです。みんな新潟大学医学部と利害関係を持っている弁護士ばかり(新潟の病院はすべてと言っていいほど、新潟大医学部の配下にある)。だから、別の人を」

 その人が訴えようとしていたのは県立新潟中央病院だった。

 それで大阪の弁護士を紹介した。
 新潟の弁護士から不当にも相手にされなかった案件だが、大阪の弁護士は和解で4000万円の損害賠償金を勝ち取った。
 このことから、偏見かもしれないが、新潟にはろくな弁護士はいないと“思い込む”ようになっている。

>上記ブログが,本件で提出された準備書面及び書証を全て掲載できるのは,原告がブログ管理者に対し,本件訴訟に関する全ての主張書面・証拠書面を開示するだけでなく,写しも渡しているからです。

 あたりまえだろうがッ。原告が書面を他の人に見せる。それのどこが悪いというのか。悪いという法律文を示せよ。

「写しも渡している」という言葉に引っかかった。つまり、文章だけでなく、マンションの部屋の配置図や診断書等がそのままコピペされているのが嫌じゃということなのであろう。

 嫌じゃ嫌じゃ。まるで子どもみたいだ。

 読み落としがあった。前に戻って。

>本頭書事件については, 原告の支援者と名乗る統一協会信者を中心とする数名の者により,「拉致監禁by宮村の裁判記録」と題するブログ

 統一協会信者を中心とする?

 ブログにあるプロフィールを転記しておく。
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

 現役教会員はわずか1人である。
 
 中村よ、東よ、血迷うな!
2012-05-02 20:24 | 米本 | URL   [ 編集 ]

怯えの正体 

 上申書を再読して、2つのコメントを書いた時点での読みは浅いものだったと痛感。じっくり読めば、上申書の真の狙いが透けてくる。

 最初に読んだときは、次の言葉に惑わされてしまった。
「反論の陳述書」「プライバシー」「自らの辛い記憶」
「不特定考数の人間にはできるだけ知られたくない身内のもめ事や元締一協会信者であることなどが世間の目にさらされることになり,あらぬ噂を立てられたり,誹議中傷を受ける可能性があります」

 これによって、上申書の趣旨を「反論の陳述書」を公開されたくないのだとストレートに受け取ってしまい、それへの批判を前コメントで長々と書いてしまった。

 ところが、末尾の上申にはこう書かれている。
「そこで,当事者以外の陳述書に関しては,原告からブログ管理者にいかなる方法によっても開示しないようにする旨,裁判所から注意していただきたく上申する次第です」

 もし「反論陳述書を公開されることによって元信者が被害を受けるかもしれない」と危惧するというのであれば、「当事者以外の陳述書」ではなく、「反論の陳述書」と書かれるべきである。

 そうではなく、原告側の陳述書開示しないようにしてもらいたいと上申しているのである。

 つまり、被告側の真の狙いは、原告側の陳述書を公開されないようにすることなのである。

 これまで原告、被告側を問わず、ブログにアップされた陳述書は小出浩久氏の陳述書1通だけである。
 彼の陳述書は大きな驚きをもって読者に受け止められた。

 彼らは、すでに提出されている原告側の複数の陳述書を読んでいる。
 おそらくリアリティのある生々しいものであろう。
<これがアップされ、世間の目に触れれば、松永、宮村の実態(悪事)がバレてしまう> と、危惧した。

 しかし、上申書に「原告側の陳述書を開示しないように」とは、さすがに露骨すぎて書けない。

 そこで真の狙いをカムフラージュするために、「当事者以外の陳述書を開示しないように」と上申したのである。

 見事、一杯喰わされてしまった。

 先に中村弁護士について浅はかにも「レベルが低い」と評価してしまいました。撤回して、「なかなか頭の回る狡獪な弁護士」と修正し、謝罪いたします。

 と、筆を置こうと考えたが、待てよ。

 裁判の書面を、裁判と同時進行的にアップしているブログは無数にある。もし裁判所がこの上申書を受け止め、開示しないように原告側にクギを刺すようなことがあれば、それが先例になって無数のブログもいずれ影響を受けることになる。そうなれば、多くのブロガーたちは憤る。集団訴訟が始まるかもしれない。裁判所はそうしたことも想定するから、上申書は読み置くだけにとどめる。
こうしたことは、中村弁護士たちにとって百も承知のこと。
 ならば、なぜ上申書をという疑問が残る。

「不特定考数の人間にはできるだけ知られたくない身内のもめ事や元締一協会信者であることなどが世間の目にさらされることになり,あらぬ噂を立てられたり,誹議中傷を受ける可能性があります」
 この一文を表現を換えて言えば、反論の陳述書は「誹謗中傷を受ける可能性がある」ほどに真実が書かれているということになる。
原告の陳述書に反論する陳述書には嘘偽りは書かれていませんよ。
 裁判官にそのことをアピールしたい。それが上申書の真の狙いかもしれない。

 狡獪な弁護士の作戦を読み取るのは、凡人にはなかなかできないことだ。

2012-05-03 10:23 | 米本 | URL   [ 編集 ]

Re・怯えの正体 

米本さんのご指摘のように、原告側の上申書についてもけん制しようとしているなら、仰る通り本当に狡猾だと思います。
火の粉ブログで、宇佐美裁判において「関係ない」という切り捨てが多用されたようですが、この弁護士上申書は同じ発想の、別バージョンという事になります。
(一連の拉致監禁が「組織的な計画犯罪である」という全貌を隠す目的においては、同じです)

「怯えの正体」に同意しながら、もう一つ、私なりに考えてみました。
これは、想像ですので、連休の酔狂くらいに思って読んでください。

既にコメントされている通り、匿名の「元○○」という陳述書で、一般社会で制裁を受けるとは、ほとんど考えられません。
にも関わらず、陳述書関係者を、ことさらに保護する必要があるのは、被告側の陳述書提出者たちに、もうこれ以上は…という「何か」の配慮があるのではないでしょうか?

世の中、付き合いで罪のない嘘をつくことはあっても、犯罪の隠ぺいにつながるほどの嘘をつくのは簡単じゃない、ということではないかと想像します。

統一教会員が、実のところマインドコントロールされていないように、被告側の陳述書提出者たちも、マインドコントロールされているわけではないのでしょうから、依頼され陳述書を書いたものの、皆さん、心の中では、どこまで付き合うべきか逡巡していらっしゃるのではないでしょうか。

元々が、「嘘をつくような団体」から、「嘘をつかない人生を取り戻すための脱会」を助けてくれたはず(?)の脱会説得者や弁護士から、法廷に嘘あるいは聞きかじっただけの未検証の事柄についての陳述書を提出することを依頼される心的負担は、陳述書を提出する立場の人や、その家族にとって案外大きいのではないでしょうか?
拉致監禁と言おうが保護説得と言おうが、結局のところ、彼らも内側から鍵のかかった部屋に入れられた人たちです。彼らは、大義名分によってそれを受け入れたのであって、そのような経験をしてないとは思っていなかったはずです。
彼らが、本音で語れることがあるとすれば、
「鍵のかかった部屋に閉じ込めらてなかった」ではなく、
「鍵のかかった部屋に閉じ込められた。鍵のかかった部屋で、○○さんに説得された。しかしそれは間違ったことではないと思っている」
ということのはずです。
拉致監禁により被害を受けたと思うか、拉致監禁により救済されたと思うかの違いはあっても、そのような辛い経験をしたという事実は、自らを語る時に欠かすことの出来ない重要なターニングポイントであったはずです。もし、弁護方針にあわせて、拉致監禁という事実そのものを自分で消し去るような陳述書であるとすれば、それは元信者の心に何かのダメージを与えるのではないしょうか。

陳述書を提出した元信者が、
<自分にとっては辛かったけれど、正しかったと(言われ)信じてきた「閉じ込め」による「脱会説得」>
を、今になって、脱会説得者や被告側弁護士から、何故か
<隠さなければ罪に問われる行為>
だからと、それに共謀する陳述書を依頼される矛盾を心のどこかに秘めているとすれば、
<統一教会の嘘はダメだけど、統一教会に反対するための嘘は許される>
という共通の思い込みから、
<どちらにしろ、結局、嘘は良くない>
という普通の心理に立ち返る危険性を、弁護士は感じているのではないでしょうか。

陳述書のブログアップをきっかけに、匿名性を条件に、マスコミ関係者などから関心を持たれ取材申込みを受けるような事になれば、監禁経験者である元信者は心理的に追い詰められ、
<拉致監禁は存在しない>
という嘘をつき通せなくなるのではないかと恐れて、今後そのような負担がかからないように配慮してあげているのではないでしょうか。




2012-05-03 12:52 | 猫の手 | URL   [ 編集 ]

嘘も百回聞けば 

猫の手さんのコメントには、大変考えさせられました。

私は強制脱会者です。
間違いなく、自分の生活を遮断され、意思に反して監禁場所に連れていかれ、説得を受けました。

その説得に納得したから、脱会しました。
拉致監禁がなければ脱会してなかったか?それはわかりません。
ただ、(統一教会員には悪いけど)脱会できてよかったです。

だから、必要なことだと思ってました。
「方法が間違っている」と言っても、「それ以外ない」「あれは親の愛情」「あなたを救う為に、どれだけ犠牲になったと思うか」と回りの人に言われ続けると自分の考えが変だと思うようになります。

月日がたつと、元信者で付き合いが続いてる人でも、統一も拉致監禁(保護説得)も話題にならなくなります。

忘れたいというより、「もう忘れた。過去のこと。」と思いたい心情が正直なところです。
「私はもう統一教会と関係ないもん。」と。

だから、蒸し返すことには関わりたくないのです。
それでも依頼されたら陳述書を書くのは、「自分が脱会できたお陰の人の依頼を無視できない」と思うからでしょう。

2012-05-03 18:47 | koyomi | URL   [ 編集 ]

さっきの続き 

元統一教会員というのが、バレたとしても何てことないと思うけど、できれば知られたくないし、隠しておきたいのが本音です。

陳述書書いた元信者達も、「先生の為に書くけど、でも自分が書いたって知られませんよね?」と念を押したかもしれません。

だから、ナーバスになっているのでしょうか?

確かに、本当に知ってる人が読めば、伏せ字、イニシャルでも個人は特定されます。
だけど、元統一教会員だと知られてない人が読んで、個人が特定されるかどうかは疑問だし、知られたとして、現役ならともかく元まで誹謗中傷されるとは思えないです。

人はそんなに暇じゃないですからね。
2012-05-03 19:00 | koyomi | URL   [ 編集 ]

”話し合い”というイメージに固執 

中村弁護士の考えている事は、裁判での公正さを守ろうという姿勢ではなく、ただ自分のイメージを守るために裁判官心証を誘導していると私は感じます。
 
2012-05-03 23:02 | 林 | URL   [ 編集 ]

Re・さっきの続き 

koyomiさんの、
>私は強制脱会者です。
間違いなく、自分の生活を遮断され、意思に反して監禁場所に連れていかれ、説得を受けました。

>その説得に納得したから、脱会しました。

胸のつかえが取れるような一言ですね。

被害者側の元信者に、これを言う自由があれば、もっと闊達な解決に向けた議論があり得るのかもしれませんが…。
脱会により「嘘つき」の「犯罪集団」から救出され、嘘のない人生を取り戻したと(言われ)自負し「正義は我にあり」という強気で現役信者に対してきた脱会者の方たちは、被告側から、どんな陳述書を提出されたのでしょうね。
これを考え始めると、陳述書の内容に興味が湧いてしまいます。

もし、その人たちが、裁判方針により、
「脱会説得者に密室で説得を受けたことはない」
と嘘の陳述をしたとすれば、どれだけ気が重いでしょうか。
それを、不特定多数の関係者が知ると考えると、脱会後のアイデンティティにも影響しそう…。

koyomiさんのおっしゃるように、

>元統一教会員というのが、バレたとしても何てことないと思うけど、できれば知られたくないし、隠しておきたいのが本音です。

という心理も、一般社会に向けて、当然あるにはあるでしょう。
しかし、そこに、嘘をつく負担が付加されたとすれば…、

被告ではない元信者には、陳述しない(関わらない)という選択肢もあったわけですから、
「脱会させてあげた恩」を盾にして無理な依頼をした後に、弁護士が上申書を提出してアフターフォローする必要があったのではないでしょうか。

連休のせいか、色々な想像をしてしまいます。
2012-05-04 18:35 | 猫の手 | URL   [ 編集 ]

「感謝」と「陳述書」の歪な不等価交換 

 猫の手さんの投稿を読んで、思い出したことである。

 現行田教会牧師の清水与志雄氏は、今利理絵さんに訴えられた裁判で、彼が強制脱会させた元信者たちに「陳述書」の提出を頼んだ。

 ただし、陳述書には条件が付けられた。
<ポイントは親子で話し合いに入った経緯、できれば希望して話し合いに入ったことなど。私との話し合いは平穏だったこと>
 という条件である。

 言葉は慇懃だが、要するに、事実をねじ曲げるように書いて欲しいと頼んだわけである。

 一人の元女性信者が、清水氏を助けたい気持ちはものすごくあるけど、「嘘をつくのは嫌」と、正直に保護説得の経緯を書いた。
 統一教会をやめることができてとても感謝しているけど、「清水先生のやり方は乱暴だった」と。(拙著『我らの不快な隣人』143頁前後)

 この陳述書に対して、日本基督教団・荻窪教会の牧師小海基は、彼女に削除・訂正を求めた。

(小海は彼の知り合いに、「あの本は統一教会から金をもらって、米本は書いたんだ」と語ったインチキ牧師。犯罪的と言えるほどにレベルが低い。自分たちの先輩クリスチャンがどのように弾圧されたのか歴史を学び、それを教訓化していない。どうしようもない牧師である。先日、島根の津和野で、江戸時代に弾圧、殺戮されたクリスチャンを弔う行事があった。小海は知っているだろうか。 無信仰の人たちが涙を流すほどに、清冽な行列だったという)

 彼女は嘘を書くのは嫌だと断った。そうしたら、全国弁連の渡辺博弁護士から「ボツにさせてもらう」という連絡が入った。

 で、テーマを元に。

 どの程度の陳述書を被告側(松永・宮村)が集めたのかは知らねど、
 いったい誰が集めたのかという疑問がわく。

 宮村が「すまんが、乱暴な部分は省略して、親子の話し合いに君は積極的に参加した。そのときに俺がやってきて、とても参考になったと書いてくれないか」と頼んだのか。

 それは腐っても考えられない。何しろ「そこらへんのヘッポコ牧師とは俺は違う」というプライド高き人だ。

 では誰が。

 一連の訴訟では主任の立場にあると思われる山口広弁護士が元依頼者に頼んだのか。
 これも考えられない。
 山口氏は元信者の間で、冷たく・実務的・人を小馬鹿にしているところがあるという評判があるからだ。
 それに宮村よりはもっとはるかにプライドと自己保身が強い。頼んだことがバレたら、即刻、懲戒請求と相成る。

 では誰なのか。
 考えられるのは、宮村信奉者の元信者の両親だろう。
 誰に頼んだのか。
 勉強会で一緒、かつ子どもの拉致監禁に有形無形に関わった元信者の両親だろう。

「思い出されたくないような過去のことですみませんが、お宅の脱会説得作業で、南京錠はなかったという陳述書を、息子(娘)さんに書いてもらうように頼んでもらえませんでしょうか」

 はあ? 子どもに頼んでみますが。

 と返事をして、子どもに頼まなかった親は多かったのではないかと思う。
 なぜなら、親が子に嘘の作文を書けとは頼みにくいから。

 頼んだとしても、「父さん母さんは、俺に嘘を書けって言うの」と反発される。子どもといっても、もう世帯主だ。

 そうしたことを考えれば、宮村のために親が介在せずに陳述書を書いた元信者はきわめて少ないと思われる。
 まあ、稀有な数人というところだろう。

「嘘」がテーマになっているけど、「統一教会と名乗らずに勧誘した嘘」「親に自分が統一教会に入信したと明かさなかった嘘」。それと刑事罰に処せられるような「拉致監禁はなかった・南京錠はなかったという嘘」とは、本質的・質的な違いがあると思う。決して同一ではない。 
2012-05-06 19:59 | 米本 | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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