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後藤徹氏の兄の陳述書-その2

後藤徹氏の兄の陳述書の続きを掲載する。
今回の兄の陳述書で目新しいところといえば、フラワーホームで玄関ドアに南京錠を取り付けた理由が多少詳しく書かれていることと、マンションに出入りしていた業者に関することが時系列で詳しく記述されていることだ。
細かいところまで注意して読んでいただきたい。

後藤徹氏の兄の陳述書-その2の構成


1.略歴
2.統一協会への入信の経緯と活動内容,及び脱会するまで
3.両親との話し合い
4.統一協会を離れてから
5.1回目の徹との話し合い
6.株式会社タップへの就職
7.■<後藤徹氏の妹>との話し合い
8.青春を返せ裁判
9.徹のいるビデオセンターに通う
10.旧姓HYさんとの結婚
11.2回目の徹との話し合い
12. 新潟にて
13.父の死と東京への移動
14.フラワーマンションに移る
15.宮村さんとの話し合い
16.フラワーホームでの生活
17.徹の嫌がらせについて
18.部屋に出入りしていた業者について
19.三回の断食について
20.祈りについて
21.徹を玄関の外に出した経緯
22.徹か立ち去って後
23.最後に
青印
が今回アップしたもの

16.フラワーホームでの生活
(1)南京錠,クレセント錠について
徹は,監禁されていたとさかんに主張していますが,実際にはいつでも出られる状況でした。一時玄関チェーンにしていた南京錠は,玄関のチェーンのたわみをなくして,メインのドアロックを解錠してもドアが開かないようにするためのもので,統一協会信者による話し合いの妨害を防ぐためにしていたものです。現実に統一協会の信者が,牧師などカウンセラーを尾行して家族と話し合いをしている信者の住居を突き止めて,親等と一緒にいる信者を連れ戻すために,ドアの鍵を何らかの方法で開けた後に,チェーンカッター等でドアチェーン錠を切断する等して家の中に入ってきて信者を連れ戻そうとしたこと等,統一協会信者らによる暴力的な話し合いの妨害行為が行われてきたことを知っていたからです。窓のクレセント錠についても,信者が家族と話し合いをしている最中に,興奮のあまり,突然窓から飛び出してしまったことがあると聞いていたため,念のためにつけていたものです。

 南京錠は,あくまでも外からの侵入を防ぐためのものであり,南京錠の鍵は玄関に置いてありましたし,1998年の4月頃には取り付けるのもやめました。

(2)徹が暴れることについて
 フラワーホームで徹は家族を見下すような態度で,自分の決めたペースで勝手に生活していました。家族は徹に振り回され続けました。その偉そうな態度は「まるで王様みたい。」と家族の皆が言うほどでした。
 徹は,監視され監禁されていたと述べていますが,大部分の時間は,母と妹の■<後藤徹氏の妹>しかおりませんでしたので,マンションの部屋から出ようと思えばいつでも出られました。徹は,奥の部屋に一人でいることが多く,常時監視していたような事実はありません。

 男兄弟ということで,特に私への反発というか,ダダをこねる子供のような態度をとることもありました。私がいるときだけ,大げさに暴れてみせたりすることもありました。でもどれも本気ではありませんでした。そういったデモンストレーションみたいなことは,私がいるときだけに限ってやっていました。■<後藤徹氏の妹>や母や■<後藤徹氏の兄嫁>だけの時に,暴れてみせることはありませんでした。他にも,大声で叫んだり,ものを壊したりといった嫌がらせをし,こういった行動を止めるために私が徹ともみ合ったことはありましたが,決して逃げようとしたのを押さえ込んだということではありません。むしろ出て行けといっても出て行こうとしませんでした。

(3)徹の態度について
ここまで家族の話し合いと言うことを強調してきました。普通の家族であれば,家族で話し合うことはそんなに難しいことではなく,統一協会信者を抱える家族がこんなに苦労することは想像できないと思います。家族の会話が通じなくなることは,経験した者でないと分からないかもしれません。

 信者は,統一協会と関係のない当たり障りのない話であれば,家族との会話に応じるし,話し合いもしますが,それは生き方について踏み込んだ,本音の話し合いではありません。
 そして,内部教育のせいで,統一協会に対して批判的な人たちに対しては統一協会の発展を妨害しようとする反対派というレッテルを貼り,基本的に敵視し,見下してシャットアウトしてしまうので,本音で話し合うのはとても難しいのです。統一協会の信者は,統一協会に批判的な人間はサタンに牛耳られた堕落した者たちであり,真理である統一原理を信じ,神の摂理を担っている自分達の方が上なので,下の立場の堕落人間が言うことなどまともにとりあう必要はないと考えてしまうのです。

 フラワーホームでの徹は,統一協会を辞めてしまった私たちを見下し,統一協会信者としての考え方を前提として悪事をも正当化していました。統一協会員は世間的には違法行為・犯罪行為とされる霊感商法や詐欺的脅迫的伝道活動も人類救済のためにやらなければいけないことと思い込んでいます。徹も私達の忠告に耳を貸そうとせず,統一協会の教義や活動について真剣に考えたり検証したりすることもなく,自分の好きなテレビを見たり新聞を読んだりして,やりたいようにしていました。

(4)それでも徹がマンションを出て行かない理由
私たち家族は,徹の言動に振り回されていましたが,それでも些細なきっかけで統一協会の問題点に気づくということがあると期待していたので,希望を捨てずに徹との話し合いに取り組んでいました。私の場合も3ページの「3.両親との話し合い」のところで記述したように,統一協会の教えの小さな矛盾点に気が付いたのがきっかけで統一協会の問題点に意識を向けることができ,結果的に離れたのでしたし,家族とのやりとりの中で自分の異常さに気付く信者もいるのです。

 徹が出ていかなかった理由は,統一協会員には家族親族を救う責任があるからです。徹にしてみれば兄と妹が統一協会を離れていますので後藤家としては後がありません。徹には父親が生きている内に救うという信者としての使命を果たせなかったという負い目もあったと思います。そのプレッシャーは相当なものだったはずです。

統一協会の教えの中に「氏族のメシア」という考え方があります。文鮮明が全人類のメシアであるように統一協会員はその家族,親族のメシアの立場となり,命がけで救いに導く責任があるとされます。その教えの理解のための「40日研修教材シリーズNo.12・祝福と氏族メシヤ」(光言社)という教本が出ていますが,徹も所持し,熟読していたものです(乙イ2)。
 その4ページには『「氏族的メシヤたれ」とは,成約時代を歩む統一協会の全食口(信者)の目的であり,それなくして私たち個人の完成もありえないし,復帰節理歴史の目的である地上天国実現もありえません。』と書かれており,氏族メシアであることが,最重要の概念であることは明らかです。

32ページには,『皆さんは氏族を救うために,どんなに困難でも生涯迫害されても逃げてはいけません。それを歓迎し続け,正面で受けます。正面から困難なサタンの行為を歓迎しなさい。それが先生のとった道なのです。』とも記されています。
家族や親族を統一協会に導くことは命がけの使命であり,自分の救いにもかかわってくることなので,おろそかにできないと教えられているので,徹もそう信じ実行していたと思うのです。今思えばそのことがつくづく思い知らされます,当時は,そのように思いつつも期待もしていました。

徹はよく「状況がどれだけ厳しくても,神が働けば不可能はありませんから。」と言っていました。家族を復帰(信者にする)ことは不可能ではないと考えているようでした。聖書に初代教会のキリスト者を迫害していたパウロに,イエス・キリストが直接天から語りかけて回心させ,使徒となっていく話が出てきます。統一協会の信者は蕩減条件を立てて完全に成し遂げることができれば,神様が動いて下さり奇跡が起こると考えているのです。
 蕩減条件を立てるというのは例えば,アベル(上の立場の者)からの指示で,親戚をいわゆる霊感商法の印鑑販売展に誘うときなど,「○○さんができるだけ高い印鑑を授かれますように。真理につながることができますように。」という願いを立て,そのために蕩減条件として「1日断食,水行一日21杯を7日間やります。」などと,神の前に誓約します。それを成就すると神が動いてくださり,願い事がかなうと信じているのです。たまたま,うまくいったりするとこれが「神体験」として他の信者の前で証(あかし)をさせられたりします。成就しなかった場合には(成就しないことが大半ですが),自分の条件が足りなかった(条件の立て方が甘かった)せいで実現しなかったと考えます。

徹は氏族のメシアとしての責任を全うするためにマンションに留まり続けたのです。また,統一協会の信者は「アベルカインの法則」という教えの影響により,自分自身で考え,判断することに恐れと罪悪感を覚えるようになります。それにより,思考停止状態となり,自分で決断することができなくなります。アベルカインの法則とは簡単に言うと,上の立場の者(神により近い立場)に対して下の者は屈服して従っていかなければならないというものです。聖書に出てくるアダムとエバの子供であるアベルとカインの兄弟の話が元になっています。兄カインが妬みから弟アベルを殺してしまうのですが,統一原理の教えではカインは兄の立場であっても,神に認められたアベルを尊重し,従順に屈服して従うことで,罪を清算するメシアを迎える基台ができ,堕落した状態からすぐにでも抜け出せたはずだったと教えられます。原理理講論296ページ,第一章復帰基台摂理時代,第一節アダムの家庭を中心とする復帰摂理,(二)実態<ママ>基台の中に,「個人から家庭,社会,民族,国家,世界に至るまで,そこには必ずカインとアベルの二つの型の存在がある。それゆえに,このようなすべてのものを創造本然の立場に復帰するためには,必ずカイン型の存在がアベル型の存在に従順に屈服しなければならないのである。」というくだりがあります。この教義を元にして,カイン(下の立場の者)はより神に近いアベル(上の立場の者)に従順に屈服していかなければならない,というアベルカインの法則を徹底して守るように教育されるのです。その結果常にアベルの指示待ちになり,自分で判断・行動することをしなくなります。

堕落した状態では正しい判断はできない,自分で判断してはいけないと教えられるからです。そのような統一協会の教え込みのせいで,徹は自分できちんと検証するという決断ができなかったのだし,家族を切り捨てて,マンションを出るという決断もできなかったのだと思います。アベルの指示なく自分で判断して家族との関係を切ってしまえばすべて自分の責任となり,いずれ霊界で一族に讒訴されるという強烈な恐怖感もあったと思われます。

 徹は答えにつまったり都合が悪くなると「監禁なんかして。」という文句を言ったこともありましたが,「監禁なんかしてないよ。玄関に行ってみてくればいいじゃないか。出て行きたければ出て行きなよ。」と言っても徹は出ていこうとしませんでした。見に行って鍵がなければ「監禁だ」などということもできず,責任転嫁ができなくなり,きちんと話をせざるを得ないので見に行かなかったのだと思います。また「出ていって働けば。」と言っても動こうとしなかったのは,一般社会で働く自信がないのもさることながら,前述したとおり,ここで家族と訣別したら氏族メシアとしての使命を果たせなくなり,家族とのあるべきとされる関係をつくりあげることができなくなることの責任を負うのが恐ろしかったので,ためらっていたものと思われます。
 さらに,「反対牧師対策」で教育されているとおり,これを統一原理や聖書などを改めて勉強する良い機会ととらえ,徹はこの機会を積極的に活用していたようにも見えました。ある面,統一協会に戻っての摂理と献金に追われる過酷な生活より,マンションの中で自分の好きな勉強をしていた方がよっぽどよかったし,楽だったのではないでしょうか。統一協会信者は死後も永遠に魂は生き続け,死後の世界の方が永遠に続く重要なものと信じていますから,常識的な幸福感に囚われず,どれだけ過酷な人生でもそれを蕩減として乗り越えていくことで,霊界での立場が上がり,家族が救われる道が開けると信じています。ですから常識では考えられないような忍耐をしますし,いずれ統一協会に戻ったときにはヒーロー扱いしてもらえると思っていたのかもしれません。

(5)トイレのドアノブが壊れ私が出られなくなった時のことについて
2003年のことだったかと思いますが,私がトイレで用を足して出ようとしたところ,前々から調子が悪かったドアノブが壊れてドアが開かなくなってしまいました。何度ガチャガチャとノブを回してもバカになってしまっていて,開かなかったので,外からなら開けられるかと思い,「おーい,ちょっと来て。」と,叫びました。すると徹が来て,「開かないのか?」と言い,ドアを外から何度か回しました。しかしドアノブがカラ回りするばかりでドアは開きませんでした。私は「■<後藤徹氏の妹>~ちょっと来て~」と■<後藤徹氏の妹>を呼びました。しかし,聞こえないらしく,来る気配がありませんでした。すると,徹が■<後藤徹氏の妹>に「お~い,■<後藤徹氏の妹>!」と■<後藤徹氏の妹>を呼んでくれました。■<後藤徹氏の妹>と母が来てドアを開けようといろいろやってくれましたが,開きませんでした。すると徹が■<後藤徹氏の妹>に「ドライバーはないのか?」と聞き,■<後藤徹氏の妹>が持って来て渡したようでした。何かガチャガチャやっていましたが,らちが明かず,「これは誰かに頼まないと無理だ。」と,徹は諦めました。私も何か道具を使ってドアノブを壊さないと無理かと思い,持っていた携帯電話で近くで来てもらえそうな人に電話をかけようと考え、友人のO君に掛けたところ繋がって,事情を話したところ,20~30分ぐらいしてバールを持って来てくれました。結局ドアのノブの部分をバールで外してやっとドアが開き,トイレに入ってから1時間以上たってやっと出ることができました。私は来てくれたO君にお礼を言い,徹には「騒がせて悪かった。」とあやまりました。この時も徹は出ていこうとしませんでした。

17.徹の嫌がらせについて
私は2001年1月の末に業績が思わしくなくタップを退社し,2月中は残務整理をしていました。前の年,あまりにも徹が話を聞く態度ではなかったので,私たちも,しばらくしは話しかけないようにしていたところ,2001年2月頃,徹はいらいらした様子で,家の中をうろうろしたり,大声をだしたりしたので,私は注意しました。すると,徹は,私に対して反発して,ちょっともみあったぐらいで何もしていないのに「暴力魔~!」「独裁者!」とか大声で騒いだり,障子や襖をわざと壊したり,アコーデオンカーテンに取りついて破るようなことまでしたので,「そんなことはやめろ」「うるさい!近所迷惑だ!」と言って注意しても止めないので,取り押さえました。徹は,家族のことを罵倒し,「やめろ」と取り押さえても,人をバカにしたように「やめないよ~暴力魔~」などとへらへら笑いながら言っていました。

そうかと思うと,徹は,ひとしきりもみあった後,「あ~疲れた。もうやめた。ちょっと離してよ。部屋に戻るんだから。」といって,しれっとご飯を食べていました。
そんなことを2週間くらいの間,間欠的に繰り返していました。
出て行けと言っても出ていかないにも関わらず,あえて私がいるときにだけ騒いでいたのです。明らかに私への嫌がらせで,家族を困らせようとしていました。こちらが一生懸命話をしようとすると,徹は,押入れに上半身を入れ,(あぐらをかいて座った状態で後ろにのけぞるかたち。)両耳にティッシュを詰め込みその上から指で耳をふさぎ,わ~わ~声を出して話を聞こうとしないこともありました。本当に小さい子どもが駄々をこねるような状態でした。それでも忍耐して話し続けるうち,自分でも恥ずかしくなったのか耳栓をはずし,それなりに聞くようになりました。結局一度統一協会の検証作業から逃げたということの後ろめたさや,統一協会についての家族の主張に言い返せなくなり,自然と落ち着きを取り戻しました。

18.部屋に出入りしていた業者について
フラワーマンションの部屋には排水管の清掃業者はじめ,以下のような業者が出入りしました。私はマンションにいない時間が多く,業者が来た時に必ずしも在宅していませんでした。家族から聞いたものも含め,思い出せるものを列挙します。

�水管清掃
 毎年1~2回,風呂場と洗面所の排水管,台所流しの配水管の定期清掃を3~4人の清掃員が入室して15分ほど作業していました。

�ガス器具点検
 だいたい3年に1度くらい,東京ガスから,ガス器具の法定点検がありました。検査員1人が入室して10分くらい湯沸かし器とコンロ,換気扇のチェックをしています。

�壁の改修工事
2000年3月から6月ごろまで外壁の塗装とベランダの防水などの工事のため,窓の外に足場ができて職人が毎日,3ヶ月間に渡って窓のすぐ外をうろうろしていました。

�クーラーの修理
 2000年7月,奥の部屋のクーラーが動かなくなったので,小宮山電気さんに来ていただき,1時間半ほど見ていただきましたが,原因が分からず,修理できなかったので,メーカーのメンテ会社に頼んで,点検・交換作業をしてもらいました。

�給湯管の検査
 2002年6月,給湯管の老朽化の状態を検査し,交換の必要性があるかどうかを判断する検査を給湯管のやり変え工事の前に実施。1時間くらい作業員2~3人で入室しました。

�給湯管のやりかえ工事
 2002年7月,検査で配管を露出配管でやりかえることになり,丸一日作業員2~3人で作業。徹はなぜか作業員を避けるようにトイレに行く時も小さくなって行っていました。

�水漏れの調査
 2002年6,階下で水漏れがあり,どこから来ているのかを検査するため2~3人が15分程度入室しました。

�ガス漏れの検査
 2007年,どこかの部屋がガスくさいとのことで,ガス漏れの検査にきました。奥の部屋のガス栓の老朽化でガスが漏れて壁の中を伝わり,階下の別の部屋に出ていたとのことでした。検査は2~3人で30分くらい作業していました。

�奥の部屋の窓横の雨どいの修理
 2007年,ちょうど奥の部屋の南側の窓の外,左側に屋上からの雨どいがあり,それが破損して雨が降ると雨水が樋の壊れたところから流れだして樋の役目をはたさない状態になっていました。管理会社が気付き,業者が来て丸2日間にわたって奥の部屋で作業しました。

 これらの業者のうち,私が手配してきてもらったのはクーラーの時の電気屋さんだけです。みんな知り合いの業者などということがありえないことは常識で考えればわかることですし,徹もわかったはずです。

  徹は,監禁されてもいないし,自ら出て行くつもりもないからこそ,家族と全く関係のない人が来て,作業していても何も言わず静かにしていたのです。
 マンションの部屋には前述のように排水管の清掃や,ガスの点検,エアコンの修理,雨どいの修理,給湯管の修理,等,さまざまな業者が入室し,15分から長い時は2日間に渡って作業していましたが,その聞,徹は特別に騒いだり救いを求めるようなこともなく,普通に静かに過ごしていました。

19.三回の断食について
 徹は断食を三度しましたが,家族と一緒に食事をしたくない,韓国語のテキストが欲しい,ノートが欲しい,等いずれも些細なことがきっかけで断食を始めました。
 統一協会のことをしっかり見つめてもう一度きちんと話し合って検証しよう,と口がすっぱくなるほど言っているのに現実に向き合おうとせず,出て行けと言っても出て行かず,自分に都合のいいことしかやろうとしないので,要求を突っぱねたところ,突然断食を宣言して始めたのです。

蕩減条件を立てて,神様に動いていただこうとしているのだなと思いました。私たち家族は「バカなことはやめたらどうだ。何の意味もない。」などと断食を止めるように言いましたが止めないので,気が済むまでやらせるしかないかと諦め,「やりたければ勝手にやればいいよ。」と言って,放っておきました。

 統一協会では断食は日常茶飯事です。前述したように「蕩減条件を立てる」というのですが,一種の願掛けのようなもので,一定期間ある決め事をするので願いをかなえてください,と,神の前に宣言してそれが成就すると願いがかなえられるはず,というものです。その一定期間の決め事の内容として「1日断食」「3日断食」「7日断食」等,断食がよく用いられていました。(蕩減条件としては,断食のほかに毎日水を決めた数だけかぶる(水行)とか,原理講論を毎日決めたページずつ読むとか。多くのバリエーションがあります。)中には21日とか40日とか断食する人もおり,統一協会ではそのような断食が賞賛されていたので,元信者である私たちは,徹の断食が少し長くなっても驚きません。

しかし,断食をしている人間のすぐ横で食事をするというのは気分のいいものではありません。2週間も超えて長期になると,一緒にいる家族は,ある意味本人とはまた別の非常な忍耐を強いられます。自分の意思で断食をして死んだという話は聞いたことはない,とは言え,保障があるわけではなく,内心とても心配しておりました。母は特に気が気ではなかったと思います。そんな状況がある中で,現実から逃げて統一協会の問題と向き合おうとせず,自分に都合のいいことしかやらず,思うようにならないと突然断食を始めておきながら,苦しくなると自分から「もうやめる。」と言って,手間のかかる断食明けの食事を,さも当然かのように作らせる神経にはあきれました。ちなみに私たち兄妹と嫁は元統一協会員で,断食の経験もありますので,断食明けの食事についても知識はありました。徹は,陳述書において,食事制裁を受けた等と主張していますが,食事を作っていた母や■<後藤徹氏の妹>は,栄養的な面は当然考えており,食事制裁ということはありません。

 徹は,食事に関して格別不満や要求は言っていませんでした。毎日テーブルを持ちあげる運動や腕立て,腹筋,スクワットなどをしており,決して衰弱している状態などではありませんでした。

20.祈りについて
 私は2007年ごろから夜,徹の横に寝ておりましたが,早朝,毎日のように気配で目が覚めました。徹は毎日,朝は早い日は4時半ごろから遅くても6時前から皆が起きる7時頃まで祈っていました。徹は布団の上に座り壁にもたれるような格好で祈っていました。
 勿論,私たち家族は,徹が祈ることについて何の邪魔もせず,尊重していました。

21.徹を玄関の外に出した経緯
徹は,いつまでたっても,自分のわがままばかり言って,好き勝手に振る舞い,家族と向き合おうとせず,自立しようともしませんでした。煮え切らない態度の徹に対し,一度ここにいることの意味を真剣に考えるようにさせるために一旦ドアの外に無理矢理出すくらいのことをしたらどうか,という話が,決行する半年くらい前から家族の間で出ていました。

「ちゃんと確かめる気がないなら出て行ったらいい。」「ぐだぐだしてるだけなら自分で働いて食べていけば。」と,言っても「うーん,そう言われましても・・・。」とか,「原理は侮れないと思うんですが・・・。」と言うばかりでまともに取り合おうとせず,どうせ家族は追い出すようなことまではしないだろうと,たかをくくっている様子でした。このため2007年12月頃から,頭を冷やす意味も込めて,無理にでもいったん外に出してみよう,ということを話し合っていました。

 2008年2月10日は必ず決行すると決めていたわけではなかったのです。しかし徹の態度によってはやろう,という話し合いをしました。午後,母と■<後藤徹氏の妹>が徹と話をし始め,途中から■<後藤徹氏の兄嫁>と私も加わったように思います。2~3時間くらい真剣に話をしたと思います。話の内容は,統一協会の間題点や疑問点のゆえ家族がどれほど徹のことを心配しているか,本当に統一協会,統一原理を信じていいのか,徹が自分自身で確認・検証してほしいといったこと等です。徹は相変わらずのらりくらりとはぐらかすばかりで,真剣に考えようとしないので,「きちんと問題に向き合わず,いつまでもそんな風に甘えてるんなら出ていったらどうだ。」と突き放しました。しかし徹はぐずぐずと文句をいうばかりで,一向に出て行こうとしないので,皆でなんとか玄関まで引っ張っていき,力づくで玄関の外に出しました。徹が自分の態度を省みて,ちゃんと家族と話し合う態度を示すことを期待し,そうなればマンションに戻って来るのを認めてもよいと考えておりましたし,徹を追い出すためにしたことではないので,外に出す時にお金を持たせることは考えませんでした。そのまま統一協会に戻るとは思ってはいなかったのです。靴は徹が素足だったため,床が冷たいだろうと思い,一緒に出してやりました。徹はしばらくドアを叩いて中に入れるよう求めていましたが,除き穴<ママ>から見て見るとへらへらしていたのでもう少し様子を見ようとしていたところ,程なくして音がしなくなりました。少し間をおいて外に出て探してみたが,すでに姿は見えませんでした。

22.徹か立ち去って後
徹が姿を消した後,行き場がなくて戻ってくるとも考えていたので,その日はそのまま待っていました。しかし,夜になっても帰ってば来ませんでした。徹は,気力・体力ともに特に問題はなかったので,行き倒れなどの心配はなかったのですが,徹が行くところと言えば,統一協会しかありません。夜が明けた時点でこれはもう戻ってこないかも知れないと思いました。これまでのさまざまな場面や苦労が思い出され,それらが水泡に帰した気がして深く脱力しました。また,徹が真実をきちんと見極める手助けをしてやれなかったという無力感と自分が統一協会に誘い込んでしまったことへの罪悪感で涙が出ました。

次の日からは部屋の物を少しずつ片づけ始めました。12日か13日かに友人からワンボックスカーを借りて最低限のものを残して荷物を運び出しはじめました。必要ないものは処分しました。母と■<後藤徹氏の妹>は12日か13日に実家に帰りました。しかし,万が一徹がマンションに戻ってきた時のことを考えて,私と■<後藤徹氏の兄嫁>が1週間ほど待機していました。1週間経って帰ってこなかったのでマンションを引き払い,私たち夫婦も私たちの自宅に戻りました。

23.最後に
 私も,父も母も,■<後藤徹氏の妹>も■<後藤徹氏の兄嫁>も,親戚の方々も誰も徹のことを憎い,あるいは,統一協会信者になったことを外聞が悪いと考えたことはありません。ただただ,徹が,自分自身の自由な意思による選択ではないにもかかわらず,自由な意思であると信じ込まされ,一度しかない人生を統一協会の反社会的な活動に捧げていることが悲しくて,不惘でならなかったのです。それで,自分の頭で考えるきっかけを作るために家族との話し合いを持ちかけたのです。徹が,話し合いに入ること自体を頑なに断れば,話し合いは成立せず,家族はあきらめるしかなかったのです。でも,家族の心情が通じたのか,徹は,話し合いに入ることは拒みませんでしたし,マンションを出て行くということもありませんでした。徹が話し合いを辞めて出ていくと言えば,話し合いはそこで終わりです。逆に言えば,徹が話し合いを辞めて出て行くと言いださない限り,家族には希望が残ります。12年間と言えば長いようですが,それは,現時点から過去を振り返った,いわば歴史家のような視点です。話し合いに入っていた私達家族にとっては,一日,一日が全てでした。話し合いの際の細かい言動,生活の態度から徹の内心を推測しては一喜一憂し,一日の終わりには明日には,自分の頭で考えるようになってくれるかも知れないという希望をもって床に就くのです。そのような日々を繰り返すうちに何時の間にか,12年間が過ぎていたのです。このような家族の気持ちを是非,裁判所には御理解頂きたく存じます。徹自身も,統一協会の信仰を離れはしなかったものの,家族の悲痛なまでの心配する思いのいくばくかは感じていたはずです。そんな私達をいろいろな意味で「見捨てる」ことができず,話し合いを止めて,マンションから出て行こうとしなかったのだと思います。

また私たち家族は,心からの良心と同情でこの件でご協力いただいた,松永牧師や宮村さんを始め,元信者の方々に結果的に多大なご迷惑とご負担をかけてしまったことに強く心を痛めております。社会的に許されないような行為を繰り返す団体に身内を取られ,家族の絆を引き裂かれ,途方に暮れている家族のために,ご自分の人生を削り,統一協会からの攻撃も覚悟しつつ,協力して下さっている奇特な方々です。裁判所におかれましては,統一協会の社会的糾弾から目をそらさせようとする「拉致監禁反対キャンペーン」の実態をご理解いただきたく,よろしくお願い申し上げます。

 徹は物理的にそばにいた時でも,こと統一協会の問題点の話になると話がかみ合わず,とても遠い存在に感じました。常識的な良心をねじ曲げられ,教祖一家や幹部たちに都合の良い身勝手な真理をもとに,アベルからの指示のままに反社会的な活動までさせられる,この統一協会問題は,「精神的拉致問題」と言うべきものと考えます。なぜこのような,宗教団体の仮面を被った反社会的組織と言わざるを得ない団体がいまだに大手を振って活動しているのか,理解に苦しみます。取り込まれている,もともと真面目な信者さん達や悩み苦しんでいるそのご家族のためにも根本的に解決する日が来ることを願ってやみません。
                                  
以上

2012-03-10(Sat)
 

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徹様ったら~ 

徹様のご家族の皆様って、素晴らしいわ。

12年の日々の1日1日を真剣に徹様と向き合っていたのね。

地上界に、これ程深い家族愛が存在するとは。
うるうるぅ、茉莉ちゃん生まれ変わるなら、徹様の家族のような家に生まれたい。

なのに、徹様ったら、

そんな素晴らしい家族を伝道する氏族メシヤの使命を持ちながら、統一さんの教えに反するなんて。

お兄様も統一さんの教えを思い出して、おっしゃっているじゃない。
神が働くためにはアベルを通さなければいけない、と。それなのに、アベルに相談なしに、断食なんか始めて。しかも、終了する時もアベルに相談しないで。いけないんだぁ。メッ!おしりペンペンよ!


そういえば、徹様、偽装脱会したわよねぇ。統一はやめたと言いながら、どうやって伝道するつもりだったのぉ?

不思議ぃ!オツムのない茉莉ちゃんには、居座り偽装脱会伝道方法は思いつかないわ。

教~えて~♪徹ぅ様~♪


そうそう、氏族のメシヤたるもの、ちょっと追い出された位で諦めて教会に帰っちゃまずいんじゃないのぉ?
文のお爺様(あっ、間違えちゃった、お父様ね。)もおっしゃっているわよ。メシヤ様のお言葉、引用~↓

『皆さんは氏族を救うために,どんなに困難でも生涯迫害されても逃げてはいけません。それを歓迎し続け,正面で受けます。正面から困難なサタンの行為を歓迎しなさい。それが先生のとった道なのです。』

追い出された困難を受けとめて、逃げずにドア越しにでも氏族を救うためへばりつく。これぞオタク伝道青年のとるべき道!だと思うんですぅ。


それはそーと、徹様、伝道するには誠を尽くさないといけない、と教えられなかった?
お仲間の統一さんにちょっと詳しい人に聞いた話しによると、一人の人を伝道するために、褒め殺しと手紙とプレゼント攻撃。どんなに拒否られてもニコ二コと接する。時には涙を流して話しを聞く。(凄~い!茉莉ちゃんには、絶対できない芸当でわ。)

なのにね~、徹様ったら~、なしてこの態度?↓
<こちらが一生懸命話をしようとすると,徹は,押入れに上半身を入れ,(あぐらをかいて座った状態で後ろにのけぞるかたち。)両耳にティッシュを詰め込みその上から指で耳をふさぎ,わ~わ~声を出して話を聞こうとしないこともありました。本当に小さい子どもが駄々をこねるような状態でした。>


で、茉莉ちゃんはこう思いました。こりゃ、徹様は、家族を伝道する気さらさらなかったわ!


でもね、だったら徹様が、なんで、12年もマンションにとどまったのか?さっさと統一さんに帰らなかったのか?茉莉ちゃん、わかんな~いぃ。

これは、茉莉ちゃんが地上界誕生までの宿題ね、きっと。


2012-03-10 23:50 | ジャスミンの茉莉ちゃん | URL   [ 編集 ]

外出できた? 

<いつでも出られる状況でした>
ところで、徹さんは部屋の鍵、靴、外着、財布、身分証明書、携帯電話等を自由に着用したりできたのでしょうか。
いつでも出られる、出て行け、と言われても、これらが取り上げられていたら、出るに出られませんよね~。

統一協会が<チェーンカッター等でドアチェーン錠を切断する等して家の中に入ってきて信者を連れ戻そうとしたこと>があるから南京錠を付けていた、と。
それは兄たちの意向ですよね。
南京錠を付けることを徹さんは了承していたのでしょうか。

<徹が出ていかなかった理由は,統一協会員には家族親族を救う責任があるからです>
<徹は氏族のメシアとしての責任を全うするためにマンションに留まり続けたのです>
それなのに、
<徹は,いつまでたっても,自分のわがままばかり言って,好き勝手に振る舞い,家族と向き合おうとせず,自立しようともしませんでした>
<両耳にティッシュを詰め込みその上から指で耳をふさぎ,わ~わ~声を出して話を聞こうとしないこともありました>
ジャスミンの茉莉ちゃんさんもおっしゃっていますが、家族に向き合わずに、耳をふさいで、どうやって家族を救うのでしょうか。

<徹は,食事に関して格別不満や要求は言っていませんでした>
徹さんは12年間、寿司もマクドナルドのハンバーガーもスターバックスのコーヒーも、お祭りの露店の焼きそばやソフトクリームも食べたいとは思わなかったのでしょうか。
その一方で、兄らは自由に外食し、食べたいときに自由に買い食いしていたでしょうに。

<徹も私達の忠告に耳を貸そうとせず,統一協会の教義や活動について真剣に考えたり検証したりすることもなく,自分の好きなテレビを見たり新聞を読んだりして,やりたいようにしていました>
<なぜこのような,宗教団体の仮面を被った反社会的組織と言わざるを得ない団体がいまだに大手を振って活動しているのか,理解に苦しみます>
兄が統一協会に対して、心底、恨みや憎しみを持っていることが伺えます。
「統一協会の教義や活動について真剣に考えたり検証したりすること」をしなかった徹さんがさぞかし憎かったことでしょう。
兄にとっては、話し合い=統一協会の教義や活動について真剣に考えたり検証したりすること、だったようですね。
それを強要したこと、これこそが信教の自由の蹂躙なんですがね。

<アベルからの指示のままに反社会的な活動までさせられる,この統一協会問題は,「精神的拉致問題」と言うべきものと考えます>
自分ではうまくまとめたつもりなのでしょうが、自分たちがやった「拉致」をうすうす認めているようなものですよ。

<徹が行くところと言えば,統一協会しかありません>
12年間、外に出させないで、統一協会の教義や活動について真剣に考えたり検証したりさせようとしたものの、結局、ちょっと気を許したスキに、徹さんは統一協会に逃げ帰ってしまった。
徹さんの信仰が勝った、ということでしょう。チーン。
2012-03-13 08:45 | みんな | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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