スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------(--)
 

宮村峻氏の準備書面(2)

宮村峻氏の準備書面(2)を掲載する。
これは、後藤徹氏の準備書面(3)に対する反論である。

是非、双方の主張を読み比べていただいたい。
また文中に、証拠書面の引用が見られるが、証拠説明書のカテゴリーに一覧が記載されているので、必要があればご確認いただきたい。

なお、次回は、松永堡智氏の準備書面(2)、そのあとは、宮村・松永両氏の準備書面に対する反論である後藤徹氏の準備書面(5)を掲載する予定である。
準備書面(2)

平成23年10月7日
(次回期日10月11日)

東京地方裁判所民事第12部合議係 御中
被告宮村峻訴訟代理人
弁護士 山  口    広
同   木  村    壮

第1.被告平成23年8月16日付準備書面(3)「第1 被告宮村準備書面(1)に対する反論等」に対する認否・反論
 1 1項について
  (1) 第1段落は認める。

  (2)ア 第2段落のうち、被告宮村が『親は何を知るべきか』という書籍において、信者救出活動につき、「家族では手に負えない」場合があること、「救出カウンセリングをお願いする先生を見つけて信頼するしかない」と記述して事前カウンセリングの必要性を強調したこと、浅見定雄から「宮村さんを頼って学ぶように」と勧められた元信者家族の体験談が記載されていること、元信者家族が「家族だけでこれらを行うことは到底無理だった」と述べていることは認め、原告のいう1、2回目の「拉致監禁」については否認する。

    イ 被告宮村は、被告■<後藤徹氏の兄>らと原告が新潟に移動した経緯及び新潟でのことについては全く関与していない。被告宮村は、1995年6、7月頃、当時、株式会社タップの従業員であった被告■<後藤徹氏の兄>と被告■<後藤徹氏の兄嫁>の夫妻、被告■<後藤徹氏の妹>及び被告らの両親から新潟で原告と話し合いをするということだけは聞いていたが、被告宮村は、どのような経緯で新潟に行って話し合いをすることにしたのか、いつ新潟に行くのかなどについては聞いていなかった。また、株式会社タップの従業員から被告■<後藤徹氏の兄>らの自宅に様子を見に行くなどという話も聞いたことがない。

ウ 被告宮村は、『親は何を知るべきか』という書籍において、破壊的カルトから家族を救出するためには……信頼できるカウンセラーを選び、そのカウンセラーを信頼してそのカウンセリング・助言を受け、実践することが重要である旨記載しているか、これは決して拉致監禁をするように指導した記述ではない。被告宮村は、同書において、「本人がどれくらいマインド・コントロールされているか、つまり、マインド・コントロールの入口にいるのか、あるいは途中にいるのかは、カウンセリングにあたってとても重要なことです。・・・それよりもっと大事なことは、それをあなたが判断することは、非常に危険だということです。後でまたふれますが、これはもう、豊富な経験をもつカウンセラーに頼るしかありません。」(甲24の120頁)と記述しているのであって、被告宮村が事前に信者の家族らに対して拉致監禁の方法について指導しているわけではないことは明らかである。同書の記述をもって、被告宮村が信者の家族らに対して拉款監禁の事前の具体的指導をしているとする原告の主張は甚だしく論理が飛躍している(乙ハ3の20頁参照)。

エ また、原告は、甲24に掲載された元信者家族の体験談について、拉致監禁が被告宮村の密接な関与のもとになされたと主張する、しかし、同体験談についても、本件と同様に、信者であった者は、「聞くよ。聞いてやるよ。おれは逃げも隠れもしない。話は聞きますよ。」と述べ、「自分でさっさと靴をはき、外に出ると、騒ぎもせず自分からワゴン車に乗り込」んでおり、拉致監禁した事実はない。そして、被告宮村は、信者であった者から被告宮村との話し合いについての同意を得て、話し合いに赴いているにすぎない。したがって、被告宮村が家族に拉致監禁をさせたわけではないことは明らかである。

(3)ア 第3段落のうち、原告の兄である被告■<後藤徹氏の兄>が被告宮村の会杜の社員であったことは認め、その余は否認する。

  イ 原告は、第1回目の原告のいう「監禁」から被告宮村が関与していた事実、原告の兄である被告■<後藤徹氏の兄>が当時被告宮村の会社の社員であったとい事実<ママ>、第2回目の原告のいう「拉致」の実行犯に被告宮村の会社の社員が送り込まれていたという(無根の)事実、原告のいう「拉致監禁」時の人の配置や新潟のマンションの準備など用意周到に計画がなされていた事実に鑑み、被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>ら家族を指揮・監督していたことは明らかであると主張する。

    しかし、被告宮村は、1987年10月の話し合いの時には、被告■<後藤徹氏の兄>ら家族から請われて原告の承諾の上で原告と話し合いをしたものであり、1995年10月に新潟に移動して原告と話し合いをすること自体は聞いていたが、いつ、どのように話し合いをするのかについては被告■<後藤徹氏の兄>や株式会社タップの他の従業員から一切話を聞いておらず、新潟のマンションの準備などに一切関与していない。

   したがって、1995年10月に新潟に移動して原告と話し合いをすることについて、被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らを指揮・監督していなかったことは明らかである。

 ウ また、原告は原告のいう「監禁」中に原告が抗議行動をした際、すぐに被告宮村がマンションに駆けつけたことから、マンション内で何かあったときはすぐに被告宮村に連絡をするよう事前の打ち合わせがあったとして、被告宮村が原告のいう「拉致監禁」の指揮・命令をし、監督をしていたと主張する。

   しかし、被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らからマンション内で原告が抗議行動をしているので来て欲しいとの連絡を受けたことはない。もちろん被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らとマンション内で問題が発生したら直ちに被告宮村に連絡するよう事前の打ち合わせもしたことはない(乙ハ第2号証の37、8頁参照)。

 したがって、被告宮村が原告のいう「拉状監禁」の指揮・命令をしたことなどないことは明らかである。

2 2項について
(1) 第1段落は認める。

(2)ア 第2段落のうち、原告が被告宮村との話し合いを承諾したことは認め、その余は否認する。

   イ 原告は拉致監禁について人権侵害だと抗議した事、被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>ら家族や元信者らとともに原告に対して非難・中傷・罵倒を浴びせかけたことは紛れもない事実であると主張するが、被告宮村は統一協会の教えの誤りなどについて原告に語りかけていたにすぎず、原告の主張するような事実はなかったのであり強く否認する。

第2 被告宮村と原告との話し合いの状況
 1 被告宮村の荻窪フラワーホームへの訪間の頻度、滞在時間について
  被告宮村か荻窪フラワーホームを訪れ、原告と話し合いをしたのは、平成10年1月頃は、平日の夜に、週3回から5回程度で、同年4月以降は頻度が少なくなった。

   また、被告宮村は、原告との話し合いのために荻窪フラワーホームに滞在していたのは、おおむね株式会社タップでの業務が終わった午後6時から8時頃の間の2時間程度であった。


2 被告宮村と原告との話し合いの内容について
  被告宮村と原告との話し合いは、統一協会の最も基本的な教義を記述したとされる『原理講論』が「教理解説書」か「経典」かのどちらであるのか、「聖書」(旧約と新約を含む)と『原理講論』の違い、『原理講論』の講義内容についてのものであった。さらに、統一協会の行っている勧誘している組織名を隠してカルチャーセンターや青少年の自己啓発セミナーだと偽り、統一原理を教え込むビデオセンターヘ勧誘するという勧誘方法、また「野の花会」というボランティア団体を名乗り、老人ホームや障害者の施設に献金すると偽って行う募金活動、難民や世界の被災地への支援をしていると偽って募金やカンパを集めて統―協会の資金にしていること、先祖の因縁話や先祖が霊界で苦しんでいるとか水子が泣いているなどと不安を殊更あおって高額な印鑑や壷、着物から人参茶その他諸々を売りつける、いわゆる「霊感商法」を統一協会が行っていること、信者がマイクロバスに乗って明け方から夜中まで、ときには完全徹夜で売り歩く、統一協会伝統のマイクロ部隊のこと、これらがすべて「統一原理」の教えである「万物復帰」に基づいて信者が活動させられており、それによって得たものが統一協会の資金源になっている事実をどう考えるのかなどについても話し合った。被告宮村は、これらの統一協会による組織活動や統一協会の教義の疑問などについて、原告に対し、質問をし、話し合いを行おうとしたのである。しかし、原告は、話し合い自体には応じるものの、被告宮村の質問に対し、正面から回答をしようとしなかった。この被告宮村と原告の話し合いの一例は以下のとおりである。なお、Mが被告宮村、Gが原告、兄が被告■<後藤徹氏の兄>の発言である(乙ハ第2号証の28頁以下)。

M 文鮮明氏はなぜメシヤなの?
G うーん。それは難しい問題です。
M でもそう信じているわけだから、根拠があるでしよ?
G 根拠と言われましても・・・・・ それは何というか・・・・ 一言では説明できませんね。
M 時間がかかってもよいから、説明して下さい。
G 説明と言われましても、何というか・・・・
M 説明できないわけ?
G うーん・・・・何というかそこが難しい・・・・。
M そこが難しい、と言うけど、そこってどこ?
G どこかと言われましても・・・・・。うーん難しい。
M 何が難しいの?君が文鮮明氏をメシヤだと信じている根拠を言えば、それでいいんだよ。どうしてそんなことが説明できないの?
兄 徹、よく考えてみろよ。自分の言っている事がわかっているの?
G 私はわかっているつもりですが。
M 君は、統一教会で、実践トレーニングの隊長をやっていた。また講師もやっていた。実トレの隊長として、伝道されてきた初期の、何も知らないトレーニング生に、統一教会の名前を隠して伝道するやり方を教え、ボランティアを装った偽募金や物売りの方法も指導し、その原理的意味も教え、その教えを作った、メシヤ文鮮明氏の路程、つまり「主の路程」も教えて来た。また勝共理論の講師までやってきた。その君が、どうして文鮮明氏がメシヤなのか、家族に話ができないの?
G どうしてといわれましても‥‥。それは深い意味がありまして‥。
兄 その深い意味を教えてよ。
G 教えてと言われましても・・・・・・。
兄 教えられないんじゃないの?
G そんなことは無いんですが・・・‥。(中略)
G そういわれましても・・・・・・・・・・。でも文鮮明氏はなかなかの人ですよね。
M どこが。
G どこがと言われましても。
M どこがなかなかの人か言ってくれなくては判らないじゃない。
G それが難しい。
M 話を戻します。君は勝共の講師をして、いわゆる『勝共理論』を教えていたのだから、その講義を私に教えてください。
G いやー。そう言われましても・・・・・。
M できないの。
G できないわけではありませんが、その、何というか。・・・・・・。
M 弱りましたね。

   このように原告は被告宮村との話し合いには終始応じており、被告宮村に対し、拉致・監禁だと抗議することはなかった。また、上記のやりとりから明らかなように、被告宮村は終始一貫して原告に統一協会の問題について理解をしてもらおうと話し合いに臨んでいたのであり、被告宮村が原告に対し、罵署雑言を浴びせたことはなく、原告に棄教を強要したこともない。

3 被告宮村がなぜこのような統一協会信者との話し合いを続けてきたのか、原告とのかかわりを含めて、被告宮村の立場、主張は次回整理して主張する。
                          
以上

2012-02-04(Sat)
 

コメントの投稿

非公開コメント

異常なほどの執拗さは、強制棄教ではないですか。 

>平成10年1月頃は、平日の夜に、週3回から5回程度で、同年4月以降は頻度が少なくなった

>被告宮村は終始一貫して原告に統一協会の問題について理解をしてもらおうと話し合いに臨んでいたのであり、被告宮村が原告に対し、罵署雑言を浴びせたことはなく、原告に棄教を強要したこともない。

宮村氏は頻繁にきていたのは、認めているんですね。徹さんは73回(だったと思う)と記憶している。
この回数からして、普通の話し合いとは考えられないし、人がどの宗教を信じていようと個人の自由であるし、その教団の問題に関しては、本人が判断することであり、宮村氏が介入し、干渉することではない。度がすぎているし、異常に干渉し続けること自体、強制棄教ではないですか。こんな異常さは、相手を尊敬・尊重していない証拠で、罵署雑言を浴びせたことはないと言っても、想像できる。
2012-02-06 12:36 | 灯 | URL   [ 編集 ]

うんざりするだろっ 

<M 説明できないわけ?
M どこが。
M どこがなかなかの人か言ってくれなくては判らないじゃない。
M できないの …>

これを“話し合い”という山口広弁護士の感覚はどうかしてますね。
灯さんもおっしゃっているように、明らかにこれは尋問・詰問ですよ。

これが話し合いなら、とっくに話し合いは決裂してますよ。
仮に、徹さんが、被告らの言っているように「居座っていた」としたら、徹さんは「もう、うんざりだ!。もう2度とここには来るな!」と言って、追い出していたことだろう。

上記の会話からは、徹さんが、宮村氏の機嫌を損ねないようにしつつ、なるべく言葉尻をとられないように、やんわりと抵抗していることが分かる。むしろ、徹さんが監禁下に置かれていたことが読み取れます。自由な環境下なら、自分の思うことを存分に話したことだろうから。

口を開ければ開けた分だけ、“話し合い”は延々と続き、聞きたくもない宮村氏の説教を聞かされるハメになるのだから、堪らない。だからこそ、徹さんは論戦を避け、ついには偽装脱会を試みたのだろう。

山口弁護士は、こんな「詰問」VS「はぐらかし」を話し合いだと言っているわけですが、もし、そうだとしたら、これが延々と12年間も繰り広げられたことになる。
徹さんの立場に立って、ちょっと想像しただけで、気が狂いそうになります。

山口弁護士はこうした話し合いを徹さんが望んで受けていた、と言うんだから、あきれてしまう。
詭弁を弄するのもいいかげんにしろ!
2012-02-06 19:10 | みんな | URL   [ 編集 ]

ちょっと変化球 

 光言社の社長小林さんのブログ「パラダイムシフト」に投稿した拙文です。http://hiroshi-kobayashi.at.webry.info/

 一読していただけたら、とてもうれしいです。



2012-02-09 19:17 | 米本 | URL   [ 編集 ]

アクセスカウンター
プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓

にほんブログ村
重要なお知らせ

当ブログはリンクフリーです。
 

最新記事
最新のコメント
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。