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後藤徹氏の準備書面(5)

後藤氏の準備書面(5)を掲載する。宮村氏の準備書面(2)松永氏の準備書面(2)の反論である。

なお、文中に、原告側から出された陳述書の引用がいくつか見られる。
宮村氏や松永氏から監禁下での脱会説得を受けた経験を持つ人、もしくはその家族の陳述書である。当ブログで紹介し切れていないのが残念であるが、いずれこれらの陳述書も順を追って紹介していきたいと思う。

今回の準備書面は、原告側から出されたこれらの陳述書を引用し、多方面からの反論を試みていることが特徴である。
準備書面(5)

原告訴訟代理人弁護士  福 本 修 也


第1 被告宮村準備書面(2)に対する反論等
 1 第1・1について
(1) 第1・1(2)イについて
被告宮村は,1995年6,7月頃,株式会社タップの従業員であった被告■<後藤徹氏の兄>と被告■<後藤徹氏の兄嫁>の夫妻,被告■<後藤徹氏の妹>及び被告らの両親から新潟で原告と話し合いをするということだけは聞いていたが,どのような経緯で新潟に行って話し合いをすることにしたのか,いつ新潟に行くのかなどについては聞いておらず,株式会社タップの従業員から被告■<後藤徹氏の兄>らの自宅に様子を見に行くなどという話も聞いたことがないとして,被告■<後藤徹氏の兄>らによる原告の拉致監禁への関与を否認し,被告■<後藤徹氏の兄>らと原告が新潟に移動した経緯及び新潟でのことについては全く関与していない旨主張するが,全くの虚偽である。

被告宮村は,1987年1月に原告の両親が荻窪栄光教会に訪ねて以来,後藤家の統一教会信者であった被告■<後藤徹氏の兄>,被告■<後藤徹氏の妹>,及び原告の3人兄妹全員を統一教会から脱会させることを企図し,原告の両親等と共謀しつつ原告の両親等を指揮監督して被告■<後藤徹氏の兄>,原告,被告■<後藤徹氏の妹>の順に相次いで拉致監禁し,原告に対する脱会説得には失敗したものの,被告■<後藤徹氏の兄>,及び被告■<後藤徹氏の妹>に対する脱会説得には成功したものであって,引き続き原告に対する拉致監禁・脱会強要を実現すべくその機会を虎視眈々と狙っていたものであり,1995年9月11以降の原告に対する第2回目の拉致監禁においても,被告■<後藤徹氏の兄>等と事前及び事後において共謀して実行したものである。そのことは以下の事実から明らかである。

ア YSの陳述書の記載
原告と同様,被告宮村から監禁下で脱会強要の被害を受けたYSは陳述書(甲34号証9頁)において,「宮村は,よく自分の脱会実績を自慢していて,『成功率は限りなく100パーセントに近い』『俺はそのへんのへっぽこ牧師とは違う』などと言って鼻高々でした。宮村が脱会させた取り巻きの元信者も,まるで合いの手を打つように,宮村の求めに応じて頷いていました。そんな自信満々の宮村でしたが,1989年11月ごろでしたが,一度,悔しそうな顔をして,『荻窪栄光教会から礼拝中に逃げて行った馬鹿な男がいる』『今度は絶対に落としてやる(脱会させてやる)』と言っていたことがありました。私は,その時,この人物はどんな人なのかと興味を持ったのですが,後にこの人物こそ本件の原告である後藤徹さんであることを知りました。この時,明らかに宮村は,後藤さんを再び拉致監禁して脱会説得する日を虎視眈々と待っていました」と記している。このことから,①被告宮村が統一教会信者に対する拉致監禁・脱会強要に対し主体的・積極的に関与していた事実,②被告宮村が,特に原告を脱会させることに異常な執念を燃やしていた事実,③被告宮村が原告の両親,及び被告■<後藤徹氏の兄>等に対して指示命令する関係にあった事実は明らかである。

なお,上記①・②については,『親は何を知るべきか』(甲24号証)で「どんなに苦しくても,どんなにつらくても,途中でくじけたり,あきらめたりしないでほしいのです。」(118頁~119頁),「始まったら,解決するまであきらめずにがんばることです。あきらめることは,彼らを有利にするだけです。」(145頁)と被告宮村が述べていることからも裏付けられる。

イ 被告宮村と被告■<後藤徹氏の兄>らとの共謀
被告■<後藤徹氏の兄>,被告■<後藤徹氏の妹>という後藤家の2人の子らの脱会説得に成功した被告宮村は,原告の両親,被告■<後藤徹氏の兄>及び被告■<後藤徹氏の妹>から絶大な信頼を得るに至った。とりわけ被告■<後藤徹氏の兄>は,脱会後,被告宮村が経営する株式会社タップの従業員となり,被告宮村が荻窪近辺の複数のマンションに統一教会信者を拉致監禁して行う脱会説得に長年にわたり協力してきた(甲27号証「小出浩久陳述書」7頁~8頁,甲35号証の2「YY上申書添付資料no15」,甲36号証「TF陳述書」22頁)。

従って,それまで被告宮村の指揮監督下に統一教会信者の拉致監禁・脱会強要活動に従事してきた被告■<後藤徹氏の兄>が弟である原告に対する2度目の拉致監禁・脱会強要に限って,被告宮村の指揮監督を受けなかったなどということはあり得ず,一方,被告宮村においても,原告に対する2度目の拉致監禁に限って殆ど関与していないなどということはあり得ないのである。実際にも,1995年9月11日の夜,原告が西東京の実家から拉致された時,実家の庭に潜んで拉致に加担した男性は,被告宮村が経営するタップの従業員であったのであり,被告宮村は従業員を派遣してまで原告に対する拉致監禁に加担したものであることは明かである。

ウ 被告宮村と被告松永との共謀
被告宮村と被告松永は,統一教会信者に対する拉致監禁・脱会説得において,1980年代から同じ目的で熱心に取り組んでいる仲間として,下記の通り,密接に連携・共謀しているものである。

1986年,被告宮村の指導のもと拉致監禁,脱会説得を受けたTF(甲36号証「TF陳述書1994年作成」)は,被告宮村による一回目の拉致監禁(9頁~14頁)から脱出の後の1989年,再び拉致監禁され,今度は新潟で被告松永から脱会説得を受けたが(同18頁~21頁),その際,被告宮村が二度にわたって新潟の監禁現場を訪れ,脱会説得の進捗状況を確かめに来ていた(同21頁~22頁)。また,同陳述書25頁の「四.松永牧師と宮村氏の関係」を見ると,1980年代当時から,両被告が統一教会信者の脱会説得において密接な協力関係にあったことがはっきりと分かるのである。

被告宮村が統一教会信者の小出浩久を荻窪のマンションに監禁中の1992年6月,小出浩久の勤務先であった一心病院は小出の救出のために東京地裁に人身保護請求を申し立て,裁判所からの呼出状が小出の監禁先に送達された(甲32号証「人身保護請求書」)。すると,被告宮村は,被告松永と共謀の上,小出の両親,親族等を指揮して小出を新潟のマンションに連行して監禁し,被告松永をして小出の脱会強要に当たらせたのであった(甲27号証「小出陳述書」8頁6行~)。

さらに,新潟での被告松永による脱会説得の最中にも荻窪在住の被告宮村が被告松永と共に新潟の監禁現場を訪れ,脱会説得を行っている(同10頁~11頁)。その後も宮村は新潟を何度も訪れ,被告松永と共に小出の脱会説得に関わり続けたのである(同17頁~20頁,28頁~31頁)。こうした経緯は,本件裁判を遙かに遡る1996年に発行された小出の著書『人さらいからの脱出』(甲29)にも明記されているところであり,疑いの余地はない。

被告等の陳述書によれば,1991年,被告■<後藤徹氏の兄嫁>が新潟で被告松永から脱会説得を受けていた時,監禁現場に被告宮村が訪れ,脱会説得をしている(乙イ5号証「■<後藤徹氏の兄嫁>陳述書」12~13頁)。一方,原告が新潟から荻窪に移され,被告宮村が脱会説得を担当するようになった後も,被告松永はわざわざ荻窪の監禁現場を訪れている(乙ハ2号証「宮村陳述書」37頁,乙ロ1号証「松永陳述書」16頁)。

このように,被告宮村は被告松永と密接に連携し,統一教会信者に対する拉致監禁・脱会強要に取り組んでいるものであって,このような関係は,被告宮村の共著である前記『親は何を知るべきか』の冒頭に被告松永の推薦文があることからも窺い知れる。

なお,甲44号証は,甲41号証の陳述書を書いたHY,及びその次女のHUに対する拉致監禁・脱会強要に関与したHCが,平成5(1993年)年1月31日から同7月25日までの間,被告松永の主催する「父兄勉強会」,及び「2DAYSセミナー」に参加した際,講義内容を書き留めた講義ノートであり,甲45号証は,同年9月末から平成6年(1994年)3月までの約6ケ月間,被告松永の指示のもと上記「父兄勉強会」及び「2DAYSセミナー」に参加し,集会のスタッフや講師を務めた小出浩久が上記講義ノートに対して解説を加えた陳述書である。

同講義ノートには,拉致監禁のための模擬訓練の際の被告松永の指導内容(平成5年1月31日付記載),被告松永が板書講義において行った拉致監禁・脱会強要の指導内容(平成5年2月1日付記載最終頁,同年3月21日付記載),及び拉致監禁された元統一教会信者の体験談などが克明に記されており,被告松永が統一教会信者に対する拉致監禁・脱会強要を指揮・指導・共謀していた事実はもはや疑いの余地がない。

一方,被告宮村は被告松永による拉致監禁を手段とした脱会強要の手法を十分認識していたからこそ,統一教会信者に対する拉致監禁・脱会強要に関して上述の通り連携して取り組んできたものであり,小出に対する拉致監禁に際しては,人身保護請求の申し立てを受けた裁判所より小出の監禁場所に召喚状が送付された事実を認識しつつも,これを無視して被告松永と共謀の上,小出を被告松永の監禁下に移したのである。

こうした被告宮村と被告松永との長年の共謀・協力関係に鑑みれば,原告に対する1995年9月11日の拉致監禁・脱会強要に際しても,被告宮村と被告松永との間に共謀があった事実は疑いの余地がない。この時原告を新潟に送ったのは,本来原告を担当したはずの被告宮村が,1987年の第1回目の拉致監禁に関与しており,統一教会よりマークされているとの危惧を抱いていたことによる一時的措置に他ならず,そうであればこそ,新潟における被告松永による拉致監禁・脱会強要の後,ほとぼりが冷めたとの認識のもと,被告宮村は原告を東京に移し,直接脱会強要に当たったものである。

(2) 第1・1(2)ウについて
被告宮村は,『親は何を知るべきか』という書籍において,拉致監禁をするように指導した記述はないし,同書の記述をもって被告宮村が信者の家族らに対して拉致監禁の事前の具体的指導をしているとする原告の主張は論理の飛躍であると批判する。

しかしながら,被告宮村が,『親は何を知るべきか』(甲24号証)の自身の執筆部分において,脱会説得における拉致監禁の具体的方法をあからさまに指導していないのは,衆目にさらされる書籍において,拉致監禁という違法行為の指導の事実を記載することを避けたものに他ならない。一方,被告宮村は,同書籍に拉致監禁行為を記述したOFの手記を掲載することによって,事実上,具体的な拉致監禁の指導を行っているものであることを自認しているものである(同175頁以下)。

ところで,被告宮村は,自身の執筆部分において,「子どもが病気やけがをした時は,たとえたいしたものでなくても,すぐ病院や医者に連れていくのに,心の中でもっと大変なことが起きているのに,どうして自分たちだけで解決しようとするのでしょうか」などと信者父兄に呼びかけ,脱会には,特別な知識と経験をもつ(医師のような)「先生」(同152頁14行目)が必要不可欠であることを強調し,その先生に頼る以外に道はないことを強調しており,ここに言う「先生」こそが被告宮村自身である。したがって,OFらが事前に被告宮村の指導を受けた上で,OFの手記にあるごとく同人の兄を拉致監禁した事実は明らかである。

さらに,同被告が統一教会信者の父兄を集めての集会等で脱会説得の具体的方法として拉致監禁を指導していることは,姉であるMKの脱会説得に関与したMMの陳述書(甲43号証「MM陳述書」2頁14行~19行)及び被告宮村による拉致監禁・脱会強要の被害を受けた鳥海の書籍における記載(甲18号証「監禁250日証言『脱会屋』の全て」138頁~139頁,151頁~158頁)からも明らかである。

(3) 第1・1(2)エについて
被告宮村は,甲24号証に掲載された元信者家族(前記OF)の体験談について,「信者であった者は,『聞くよ。聞いてやるよ。おれは逃げも隠れもしない。話は聞きますよ。』と述べ,『自分でさっさと靴をはき,外に出ると,騒ぎもせず自分からワゴン車に乗り込』んでおり,信者であった者から被告宮村との話し合いについての同意を得て話し合いに赴いているにすぎず,被告宮村が家族に拉致監禁をさせたわけではないことは明らかであると主張する。

しかしながら,『親は何を知るべきか』(甲24号証)175頁以下のOFの前記手記によれば,OFの兄は,脱会説得のため連れて来られたマンションにて,OFらに対して「信頼していたのに,裏切られた」(同183頁末行~184頁1行),「勝手に連れて来て」(同185頁10行),「このマンションも見ればわかります。改宗に使う部屋でしょ」(同187頁6行),「こんなことをしてよいと思っているのか!訴えてやる!」(同189頁2行~3行),「みんなが裏切ってうそをついて,ここへ連れて来た。信じられない。立ち直れない」(同191頁12行),「あの人(宮村さん)がやれと言ったから<断食を>やるんだ。そうじゃなければ出られない」(同192頁)などと発言している。従って,OFの兄が家を出る際の「聞くよ。聞いてやるよ。おれは逃げも隠れもしない。話は聞きますよ」との発言自体も,実際にはOFの兄を騙して引き出した発言に過ぎない。

また,同書によると,OFの兄が「ここから出る!」と言って立ち上がった際,家族全員で拘束して脱出を阻んでおり(同189頁13行~14行),さらに被告宮村も,部屋の状況に激怒したOFの兄が障子を蹴り壊したとの報告をOFから受けるや,家族を挙げて本人を押さえ付け,腕に噛みついてでも拘束するように厳命することによって違法な身体拘束を教唆・共謀しているのである(同187頁7行~188頁末行)。また,被告宮村は,OFの兄が抗議のハンガーストライキ(断食)を決行中に,「40日間断食した信者もいたので10日くらいは大丈夫」などと余裕をもって答えているのである(同195頁6行~7行)。従って,被告宮村が家族と共謀して統一教会信者を監禁し脱会説得を行う活動を常習的に行ってきた事実は明らかである。

(4) 第1・1(3)イについて
被告宮村は,1987年10月の話し合いの時には,被告■<後藤徹氏の兄>ら家族から請われて原告の承諾の上で原告と話し合いをしたものであり,1995年9月に新潟に移動して原告と話し合いをすること自体は聞いていたが,いつ,どのように話し合いをするのかについては被告■<後藤徹氏の兄>や株式会社タップの他の従業員から一切話を聞いておらず,新潟のマンションの準備などに一切関与していないなどと主張する。

既に述べたように,統一教会信者の脱会説得において,被告宮村がその父兄から説得を依頼された場合,信者家族だけで説得をするということはあり得ない。被告宮村自身が著書で強調するように専門家である「先生」の介入は不可欠であって(甲24号証152頁),1987年10月の第一回目の拉致監禁,脱会説得の際にも,被告宮村がその指揮・監督・命令を行ったことは疑いの余地がない。なお,1987年10月の京王プラザホテルにおける第一回目の拉致監禁の際,原告は被告宮村と話し合いをすることなど承諾しておらず,被告宮村は原告が監禁された部屋に突然訪ねてきたのである。

1995年9月11日の第2回目の拉致監禁の際にも,被告■<後藤徹氏の兄>等原告の家族らが,専門家である被告宮村の指揮指導を受けずに原告を新潟に連行することはあり得ず,被告松永と共謀した被告宮村の指揮命令・監督下に,被告■<後藤徹氏の兄>等は原告を新潟に連行し監禁したものである。

(5) 第1・1(3)ウについて
監禁中に原告が抗議行動をした際,すぐに被告宮村がマンションに駆けつけた点について,被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らからマンション内で原告が抗議行動をしているので来て欲しいとの連絡を受けたことはないし,被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らとマンション内で問題が発生したら直ちに被告宮村に連絡するよう事前の打ち合わせもしたことはないと主張する。

しかしながら,原告を監禁中,原告の抗議行動の後,直ぐに家族から連絡を受けた被告宮村がマンションに駆け付けたことは,紛れもない事実である(甲第9号証「岩本陳述書」26頁~27頁)。マンション内で何かあった時はすぐに被告宮村に連絡をするように事前に打ち合わせがなされていたこと,原告の拉致監禁を指揮命令,監督したのが同被告であったことに疑いの余地はない。なお,マンション内で何かあった時はすぐに被告宮村が駆けつけるという事実は,MMの陳述書の記載からも明らかである(甲43号証「MM陳述書」3頁12行~20行)。

 2 第1・2について
(1) 第1・2(2)イについて
被告宮村は,原告が拉致監禁について人権侵害だと抗議した事や被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>ら家族や元信者らと共に原告に対して非難・中傷・罵倒を浴びせかけたような事実はなかったとし,統一協会の教えの誤りなどについて原告に語りかけていたに過ぎないと主張する。

しかしながら,原告が同被告と会うことを承諾したのは,自らが望んだものではない。既に述べたとおり,原告としては,第1回目の監禁の際の苦しい記憶から,夢の中にまで被告宮村が登場して苦しめられるほどであったが(甲9号証「岩本陳述書」17頁),被告宮村と会わなければ一生監禁から解放されることもないと思ったために仕方なく了承したものである。原告が拉致監禁について人権侵害だと抗議したこと,被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>ら家族や元信者らとともに原告に対して非難・中傷・罵倒を浴びせかけたことは紛れもない事実である(同18頁~19頁)。

実際,1998年,原告が監禁されていた荻窪フラワーホーム804号室を元信者の一人として宮村と共に訪れたことがあるMKにおいては「後藤さんは,宮村から罵詈雑言を浴びせられる中,ひたすら首をうなだれていました。私は人格を否定するような悪口を聞くのが嫌で,スタッフのような立場で脱会説得活動に加わることだけは避けたいと思っていたので,後藤さんに対する脱会説得には殆ど加わりませんでした。」(甲11「MK陳述書」8頁)と述べているものである。

さらに,被告宮村から拉致監禁の被害を受けた小出浩久に対し同被告はテーブルの上に身を乗り出して小出を睨みつけ,「おれはこうやってにらめっこを最高三時間くらいしたことがあるんだ」と威嚇し,小出氏の胸ぐらをつかんで威嚇した事実(甲27「小出陳述書」5頁),また,同様に被告宮村から拉致監禁の被害を受けた鳥海豊(甲18「監禁250日証言『脱会屋』の全て」)に対し,同被告が「そうか,お前はもうここから出られない。ここから出るためには,落ちる(統一原理によつて明かされる,神様と理念に対する信仰を捨て,教会をやめること)しかない。でも,お前は落ちるなんて考えていないよな。お前が本当にここから出るためには,一生懸命,統一教会の正しさを訴えて,ここにいる人たちや,親戚や両親を伝道しろ。一人でも伝道したら出してやる。それ以外には,偽装脱会(信仰を捨てていないのに,捨てたと偽る)しか出られる道はないよな。いいか,おれはそのへんの〝へッポコ″牧師とは違うぞ。覚悟しておけよ。君は相当,雄弁だそうだな。大分ヘリクツを言うようだな。でもそれが通用するかな。お前らは,何も知らない相手に対しては強く出るが,自分が勝てない相手だと思うと黙りこくる,いじける,すねる,そんなのが多いからな。お前は,今の自分の状況が分かっているのか」(同21頁~22頁),
「おー,お前,ここにあるもの,いろいろ壊すと言うのか。おもしれえじゃねえか。やってみろ。いくら壊したって,父ちゃんに弁償してもらったらいいんだからな。ただし,壊すなら,おれのいる前で壊せ。それにお前の立場はどんどん悪くなるぞ」「お前はまだここから逃げることを考えているようだな。でもお前,それは何の意味もないぞ」(同29頁~30頁)等と暴言を吐いているように,監禁下での被告宮村の話し方は,「統一教会の誤りを語りかける」とか「お話し」などとは程遠い口汚い脅迫である。

 3 第2について
(1) 第2・1について
被告宮村は,荻窪フラワーホームを訪れ,原告と話し合いをしたのは,平成10年1月頃は,平日の夜に,週3回から5回程度で,同年4月以降は頻度が少なくなったし,滞在時間は午後6時から8時頃の間の2時間程度であったと主張する。

しかしながら,被告宮村が荻窪フラワーホーム804号室を訪れたのは,1998年1月初旬から同年9月頃にかけてであり,当初宮村は毎日来訪し,毎回午後6時頃から午後8時頃まで同室に滞在したものである。しかし,原告が一向に被告宮村の説得を受け入れないことから,同被告が同室に来る回数は徐々に減り,1998年9月を過ぎるとしばらく来なくなり,被告宮村の配下の元信者だけが同室に来るようになったものである。原告は,被告宮村が同室に来る度に,統一教会の教理解説書である『原理講論』に「正」の字を書いて回数を記録しており,1998年9月頃までの間,被告宮村が同室に来た回数は全部で73回であった(甲9号証「岩本陳述書」18頁,24頁)

(2) 第2・2について
被告宮村は,本件拉致監禁時の脱会説得について,統一協会による組織活動や統一協会の教義の疑問などについて,原告に対し,質問をし,話し合いを行おうとしたものであり,被告宮村が原告に対し,罵署雑言を浴びせたことはなく,原告に棄教を強要したこともないと主張する。そして,原告との会話の一例を挙げて,原告が話し合い自体には応じるものの,被告宮村の質問に対し,正面から回答しようとしなかったと批判する。

しかしながら,監禁中,原告の認識の中に,荻窪フラワーホーム804号室が「話し合いの場である」という考えは一切なかった。そこは,拉致監禁という許されざる犯罪が犯され,重大な人権侵害が行われている凄惨な現場であり,従って,原告が寝ても覚めても考えていたことは,「統一教会についての話し合い」や「統一教会の正しさの説明」や「統一教会の真偽について」などではなく,犯罪被害者として,自らの自由と人権を取り戻すことのみであった。従って,原告は,被告らに対し,「ここから出せ!」,「あんたら,統一教会は人権侵害をしていると言うが,統一教会は人を監禁したりしないぞ!あんたらの方が人権侵害をしているじゃないか!」,「信教の自由を何だと思っているんだ!」と言って激しく抗議したのである(甲9号証「岩本陳述書」18頁)。

なお,仮に原告が監禁中,のらりくらりと答えにならない答えをした事実があったとしても,原告から見れば,それは逃げ場のない監禁下で,一方的に話され,聞きたくもない話を聞かされたことに対する対応に他ならず,「話し合った」ものではない。

なお,被告宮村の話しぶりは,原告の人格を尊重するような言葉づかいではなかった。同被告はまるでヤクザが脅すような口ぶりで,「馬鹿」「あほ」といった言葉を頻繁に使い,「もし自分の子供が統一教会を辞めなければ,家に座敷牢を作って死ぬまで閉じこめておく」と脅迫したのである。(同18頁)

第2 被告松永準備書面(2)に対する反論等
 1 第1について
(1) 第1・2について
被告松永は,統一教会信者の家族に対して,被告松永が脱会活動をしているものではないことを告げて,まずは何が問題なのかを理解し,家族の「心の対応」,すなわち信者に対する心の持ち方を家族自身変えなければ,家族と信者との間の信頼関係を取りもどすことは出来ないことを話していたものであって,脱会活動を行っているのではないし拉致監禁の手ほどきもしていないと主張する。

被告松永が,当時,自らが主任牧師を務める新津福音キリスト教会で,統一教会信者となった子弟らの脱会を望む父兄等を数十人集めて勉強会を行い,信者父兄に対して拉致監禁による脱会強要の必要性及び手法を教育していたこと,統一教会信者を監禁中,信者の父兄等に指示命令を行い,監禁解放の許否の権限を握って監禁を統括していたことは,紛れもない事実である(甲9号証「岩本陳述書」11頁,甲26号証「SK陳述書」4頁~8頁,甲27号証「小出陳述書」23頁~28頁,甲28号証「KC陳述書」6頁~7頁,甲40号証「HU陳述書」5頁~6頁)。

なお,HC作成の前記講義ノートには,被告松永が主催する「父兄勉強会」及び「2DAYSセミナー」においては確かに同被告が,「対応の仕方」と題して,「①心とは」,「②心を開くには」といった「心の対応」について講義した事実も窺われる(平成5年2月20日付記載)。しかしながら,それのみに止まらず,同被告は拉致監禁の方法を具体的に指導しており,同勉強会で体験談を語る元統一教会信者らもまた,被告松永の指導を受けた父兄等による拉致監禁の事実を克明に述べているのであるから,被告松永が父兄等を指揮指導して,父兄等と共謀の上,統一教会信者に対する拉致監禁・脱会強要を反復継続して行ってきた事実は明らかである。

被告松永の陳述書によれば,原告が新潟のマンションに監禁される前,原告の両親及び被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族らは,被告松永の教会を訪れ,相談会に参加しており,特に原告の父は被告松永に説得の依頼をしているのであるから(乙ロ1号証「松永陳述書」12頁),同相談会において被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族が被告松永から拉致監禁による脱会強要の手法について指導を受けたことは明らかである。また,「救出に際しては私の言葉に従って下さい。従って頂けないのなら,救出を引き受けることはできません」(甲26号証6頁14行~16行)との被告松永の父兄らに対する厳格な指導に照らせば,被告■<後藤徹氏の兄>等が被告松永の許可も得ずに原告を東京から新潟のマンションに拉致監禁することはあり得ず,また,被告松永が原告の監禁されたマンションに脱会説得に訪れることもあり得ないのであり,被告松永と被告■<後藤徹氏の兄>等との共謀の事実に疑いの余地はないところ,実際には前述の通り,被告宮村と被告松永とが共謀の上,被告■<後藤徹氏の兄>等を指揮監督して原告を新潟に拉致監禁したものである。

(2) 第1・3について
ア 被告松永は,同被告の教会における統一教会信者父兄のための集会について,あたかも元統一教会信者やその家族が独自に運営指導しているものであり,同被告はお手伝い程度にしか関与していないかのごとく主張するが,これは,元信者やその家族を利用した隠蔽工作に過ぎず,集会のためのスケジュールを作成し集会を主催して集会の場で主に講義を行ったのは被告松永自身である。

  被告宮村,同松永両名による拉致監禁・脱会強要の被害を受けた小出浩久は,監禁下から偽装脱会によって解放された後,被告松永の教会における上記集会に6ケ月間にわたって元信者として参加した結果,被告松永が同被告の教会において,集会に参加した父兄等に対し拉致監禁の手法を指導している実態を目の当たりにしたのであった(同20~28頁)。同陳述書によると,被告松永の教会で毎週土曜日に開催される父兄集会での同被告による講話(同23~24頁)や「2DAYS」セミナーでの被告松永による拉致監禁に関する具体的指導の講義(同25~26頁),拉致監禁の模擬訓練(同27頁)など,全てのスケジュールは被告松永の指示・指導・監督下で進められていたのであり,むしろ,元信者やその家族は同被告の指示によってセミナーの手伝いをしていたに過ぎないのである。

イ 被告松永は,甲26ないし甲28の陳述書を,どれも伝聞に過ぎず,しかも著しく事実を歪曲したものばかりであると批判する。
 しかしながら,被告松永の指導監督のもと長女ASを拉致監禁した父SKや,三女HUを拉致監禁したHYにおいては,何らの関係も因縁もない原告に義理立てする道理などなく,両名の陳述書は信憑性が高い。従ってまた,両名らから拉致監禁の被害を受けたと述べるAS,及びHUの陳述書も信憑性は高い。更に,前記講義ノートの記載によれば,被告松永等による拉致監禁・脱会強要の事実は明らかであり,同記載に沿う小出浩久陳述書(甲27号証),及びKC陳述書(甲28号証)も信憑性は高いと言える。

ウ 被告松永は,原告とその家族の新潟での話し合いについても,いつ話し合いに入るかや,どこで話し合うかなどについて,被告松永は全く関知していないし,訴外■<後藤徹氏の父>氏らに対して,拉致監禁の手ほどきなどもしていないと主張する。

  しかしながら,前記拉致監禁被害者らの陳述書,信者に対する拉致監禁を実行した父母の陳述書,及びHC作成の講義ノートに照らし,被告松永が反復継続して統一教会信者の父兄を指導し拉致監禁させ,被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族に対しても,拉致監禁の指導・監督をしていた事実は明らかである。特に,SK陳述書によれば,被告松永の教会での父兄勉強会において,「救出に際しては松永牧師の指導に必ず従ってください」「牧師の指導に従わないのであれば救出はできません」「子供が出して欲しいと言っても絶対に出してはいけない」「いつ子供を部屋から出すかについても全て松永牧師の判断に従って欲しい」といった指導があった事実,また,被告松永から直接「救出に際してはお子さんの状況などについて私との連絡を密にとって下さい」「救出に際しては私の言葉に従って下さい。従って頂けないのなら,救出を引き受けることはできません」といった同被告の指導がなされていた事実を述べており,被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族に対しても同様の指導・監督がなされていたことは疑いの余地がない。

(3) 第1・4について
ア 被告松永は,原告とその家族との話し合いに関与するようになったきっかけについて,故■<後藤徹氏の父>から要請があり,被告■<後藤徹氏の兄嫁>のことも知っており,困っている家族からの依頼であり,これを断ることもできなかったためであるとする。そして,新津教会での日曜礼拝や,家族の相談会で学ぶことも出来る旨紹介したこともあるが,あくまで家族の任意参加が前提であるし,この日曜礼拝や相談会で,被告松永が原告との話し合いについて,訴外■<後藤徹氏の父>氏らに対して具体的な指導をしたことはなく,家族が「心の対応」を変化させないと,信者と心を開いて話し合うことは難しい,ということを話したのみであると主張する。


   前述のように,被告松永が主催する勉強会においては,被告松永は信者の父兄に対し拉致監禁に向けた具体的な指導・教育を行っているものであり,拉致監禁の日程を「Xデー」などと称して,Xデーが決まった信者の家族に対しては,拉致監禁の実行に向けた更に具体的な指導がなされているのであって,被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族に対しても被告松永は原告の拉致監禁に向けた指導及び共謀を行っていたものである。

イ 被告松永は,パレスマンション多門を訪れたことについて,故■<後藤徹氏の父>氏から「徹が話し合いたいと言っています」と連絡があったためであると主張し,原告が自ら家族と話し合いをすることを選択し,被告松永と話すことを承諾したのにもかかわらず,新潟での話し合いについて被告松永が統括していたと主張をするのは,家族の問題を信仰の自由の問題にすり替えようとしているからであるなどと批判する。

   しかし訴外■<後藤徹氏の父>は被告松永の指導の下,拉致監禁による脱会説得の環境が準備万端整ったので,その旨報告したものである。そもそも,原告は同被告と話し合うことなど承諾しておらず,まして監禁下の環境で話し合うことなど承諾するはずもない。また,被告松永は,「統一協会によって壊された家族の絆をどうやって取りもどすかという問題であるにもかかわらず」などと主張するが,家族の絆を壊しているのは父兄に拉致監禁という脱会説得の手法を指導する被告松永自身である。現に,拉致監禁の被害を受け監禁から脱出した者の中には,拉致監禁が原因で家族を信頼できなくなり,また,再度の拉致監禁を恐れて家族に会うことができない者が多数いるのである。

   被告松永は,「統一協会がその資金獲得および信者獲得活動の違法性から目をそらすために,信者に口をそろえて同じ方法で拉致監禁されて強制改宗されそうになったなどと主張させ,家族の問題を信仰の自由の問題にすり替えようとしている」などと主張する。しかしながら,前記講義ノートの記載から明らかな通り,被告松永は,信者を監禁時に人身保護請求が出された場合の対処の仕方まで含め,違法な拉致監禁の指導,教唆を反復継続して行ってきたものである。

 2 第2について
(1) 被告松永は棄教させることを目的に話しをしているのではなく,あくまで,家族が統一協会に入信してしまったために壊れてしまった家族の絆を取りもどす手伝いをしているのであって,本心から偽りなく話し合えるような家族関係の構築を目的としているのに,自分を拒絶する信者のところに,勝手に乗り込んでいったり,元信者と話しをすることを強要したりすることが逆効果であり,そのようなことをしたことはないと主張する。

  被告松永の指導による拉致監禁を手段とした脱会強要は,信者が脱会表明しても,脱会表明した信者に手記などを書かせ,確実に脱会したことが確認できなければ解放しないのであり,棄教を目的としたもの以外にはあり得ない。また,既述の通り,家族の絆を壊しているのは拉致監禁による脱会説得を信者父兄に指導している被告松永の方である。

  被告松永は「本心から偽りなく話し合えるような家族関係の構築を目的としている」と主張する。しかし,信者が信仰を維持していることを表明する限り監禁から解放されない状況下において,監禁された信者が本心から偽りなく話ができるわけがない。実際に拉致監禁を直接実行するのは,多くの場合被告松永から指導を受けた家族であるが,家族を直接の実行者とすることによって家族関係が却って悪化することは目に見えている。

  また,被告松永は,「自分を拒絶する信者のところに,勝手に乗り込んでいったり,元信者と話しをすることを強要したりすることが逆効果である」という。しかし,自分を拒絶する信者のところに勝手に乗り込んで行って話を強要するやり方が,まさに被告松永が長年続けてきた拉致監禁下での強制脱会説得の方法である。突然,自分の意思に反して多勢に無勢で拉致され,見ず知らずの場所に監禁され,あらゆる自由を奪われ,唯々諾々と脱会説得を受け入れ,本心から話に応じる人間などいるわけがない。

(2) 被告松永は,原告は自ら家族と話し合うことを応諾し,被告松永と話し合いをすることについても応諾したのであり,被告松永は原告をキリスト教に改宗させることが目的で原告と話し合っていたのではないから,統一協会を異端だといって一方的に批判したことはなく,聖書を元に話し合うことで,統一協会の教義を検証するなどしていたものであると主張する。

  原告は,家族と話し合う事も被告松永と話し合う事も承諾などしておらず,一回目の拉致監禁の後,二度と拉致監禁しないことを約束したはずの家族が,再び拉致監禁したことに対する憤りと絶望感に苛まれていた。原告にとって,「パレスマンション多門605号室」は,決して話し合いの場などではなく,拉致監禁という犯罪が犯された「犯罪現場」であり,原告の心を占めていたのは,犯罪被害者として自らの自由と人権を取り戻すことだけであったのである。

  既に,原告陳述書や準備書面(3)で述べた通り,被告松永とのやりとりも,この目的(自由取戻し)のためのものであった。

(3) 被告松永は,新潟における話し合いの目的は,家族の信頼関係を取り戻す,あるいは家族の当たり前の会話を取り戻すことにあるのであるから,原告が,統一協会を脱会したふりをして被告松永を欺いたり,懐柔したりすることに意味はないとし,原告が偽装脱会したことについて,統一協会から教え込まれているからであると批判する。

  被告松永は「原告が,統一協会を脱会したふりをして被告松永を欺いたり,懐柔したりすることに意味はない」などと言う。しかし,原告陳述書13頁に記された通り,原告は監禁から解放されるために意に反して偽装脱会を行ったものである。拉致監禁を経験した統一教会信者は,多くの場合,偽装脱会を試みる。事実,この裁判に陳述書を提出した拉致監禁被害者の殆どが,偽装脱会をすることによって監禁からの脱出に成功している。その理由は,偽装脱会をしない限り,信仰を保ったまま監禁から解放されることなどないからである。偽装脱会を試みた多くの拉致監禁被害者が,もし,自由な場で話し合いがなされていたならば,絶対に意に反して偽装脱会することはあり得ない。多くの拉致監禁被害者が偽装脱会をしてきた事実こそは,拉致監禁による強制脱会説得が行われてきたことの証左なのである。

  同被告の言う統一協会による教え込みは,全くの間違いである。これもまた,自らの悪行を隠蔽し,全てを統一教会のせいにしようとする被告らの常套手段に過ぎない。

(4) 被告松永は,原告が脱会表明をしたあともしばらくは原告のところを訪れているが,平成8年(1996年)3月以降はほとんど訪れていないと主張する。

  既述の通り,被告■<後藤徹氏の兄>ら原告家族の背後にあって,原告の拉致監禁を手段とした脱会説得を指導・監督していたのは,被告松永及び被告宮村であった。従って,1996年3月以降,被告松永は自身がマンションに訪れる回数が減った後も,被告■<後藤徹氏の兄>ら原告の家族と監禁解放の時期など連絡を取り合っていたことは明らかである。

 3 第3について
被告松永は,脱会の手記に「到底拒否できなかった」という原告の主張に対して,他の信者にも手記を書いてみることを提案することがあるが,あくまでも,信者自身の心の整理のためであるとし,原告主張を統一教会の「牧師が家族をそそのかして信者を拉致監禁して,強制改宗させようとしている」という主張を,そのまま代弁しているのにすぎないと批判する。

既に原告準備書面(3)第2,3で述べたように監禁下に置かれている原告にとって「手記を書くように」との提案が「手記を書かなければ解放されない」の意味に受け止めるのも当然であり,到底拒否できるものではなかった。原告としては,監禁から一刻も早く解放されたい一心で意に反して本心を偽り,被告松永や家族の意に沿うような内容の手記を書いたものである(甲9号証「岩本陳述書」13頁)。

 4 第4について
被告は,(1)牧師の赴任先は,被告法人が決定するのではないこと,(2)新津教会の不動産の所有名義は,新津福音キリスト教会に法人格がないために,被告法人名義で登記したものであり,個別教会の牧師の活動に対し包括法人が指揮監督命令の権限を有することはないこと,(3)被告松永が,統一協会信者家族の相談にのるようになったきっかけは,全くの偶然からであり,教勢拡大のためではないし,その後,多数の統一協会信者家族の相談を受けるようになっても,特に被告法人の指示を仰いだりはしていないし,そのことについて報告もしておらず,統一協会をやめることにした信者が礼拝に出席しなくても,家族の相談会にのみ出席することも全く自由であることなどを根拠として,「被告松永による牧会活動はあくまで,被告松永の牧師としての個人的な使命感から行っているものであって,被告法人としての事業の執行として行われたものとは到底言えない」と主張する。

被告法人が被告松永の活動に対し指揮監督命令の権限を有しないというが,その真偽はともかく,同法人は被告松永に対する研修,牧師の資格停止・剥奪などの人事権を有しており(同法人答弁書3頁),程度の差はあったとしても指揮監督関係があることは明かであり,新津教会の不動産が被告教団の所有名義であることもそのことを裏付けている。既に指摘した通り,被告松永は拉致監禁強制棄教により信仰を失わせた元統一教会信者の多くを自らの教会の信者に取り込んでいるものであり,被告教団の教勢拡大の一環として原告に対する本件拉致監禁強制棄教を行っていたものであることは明白であるが,被告松永がかかる違法行為を被告法人におよそ報告していない(報告できない)のも頷けるところである。事業執行性は客観的外形的に判断されるものであって,違法行為報告の有無と法人の事業執行性とは無関係である。
以 上



2012-02-15(Wed)
 

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説得力あり! 

 なかなか読みごたえのある原告側・準備書面(5)でした。

 世話人のみなさん、アップしていただきありがとうございました。そしてご苦労さまでした。

 宮村書面、松永書面は、後藤さんの陳述に対して、さしたる根拠を示すことなく、全「否定」していますが、原告書面は証拠に基づいて書かれています。
 それで説得力ありと感じたのだと思います。

 世話人のみなさま、原告書面が根拠としている証拠(陳述書)を読んでみたいです。大変でしょうが、ヨロシクお願いいたします。
2012-02-15 17:11 | 米本 | URL   [ 編集 ]

キリスト教会をめぐる重大疑惑 

拉致監禁容認弁護士が寄って集って「でっち上げだ」と言おうが、これだけ証言が出てくると、引き下がらざるを得ないですね。

<「パレスマンション多門605号室」は,決して話し合いの場などではなく,拉致監禁という犯罪が犯された「犯罪現場」>だった―。
然り、アーメン!

<被告松永は拉致監禁強制棄教により信仰を失わせた元統一教会信者の多くを自らの教会の信者に取り込んでいる>。ところが、こうした<違法行為を被告法人におよそ報告していない>。

被告法人に報告していない、とありますが、果たしてそうでしょうか。まあ、報告していなかったとしても、薄々知っていたでしょ、みんな。

異端の信者(統一協会元信者)がどういう経緯で新津福音キリスト教会の信者になったか、それを知ろうとしない、そんなことに無関心な先輩信者がいるとすれば、それはニセ信者ですよ。
信者になったってことは、キリスト教的には生命の誕生、霊的蘇生を意味するわけですから。

伝道による信者獲得が困難(日本人はなかなかキリスト教を受け入れない)な中、新津福音キリスト教会が若い信者を次々増やしているという話を聞けば、関連する教会や上部法人はその伝道の証しをこぞって聞きにきたことでしょ。

なんのことはない、みんな、拉致監禁を知っていて、黙認していたんでしょ。
それどころか、陰に陽に、応援してきたんでしょ。違いますか。

これは被告松永にとどまらず、日本のキリスト教会全体に関わる重大な疑惑ですよ。
教会=犯罪現場なのか、キリスト教信者=犯罪者なのか。すごいことが問われているんですよ。
2012-02-15 18:57 | みんな | URL   [ 編集 ]

宮村氏の性格とは。 

宮村氏の最近の顔(ネットでしか見たことがない)からは、頭はしらが半分、目じりもさがり、たばこをくわえ、公園でひなたぼっこをしているような孤独なおじさんにみえるが、拉致監禁を盛んにやっていた頃は、やくざのような相当なすごみ、おそろしさが感じられる書面です。一体宮村氏の性格(精神鑑定が必要なのでは)はどこからくるのだろうか。彼が計画した内容は集団襲撃(複数の人を庭に潜ませていたり)だし、脅迫だし、親をだましているし、お金もとっているし、徹さんが衰弱しているのをしっていながら、放置していたし。今後におよんで、黙秘権を使って、黙りつづけることができるのだろうか。本人の為にも関連ある人のためにも早く告白したほうがよい。
2012-02-16 07:30 | 灯 | URL   [ 編集 ]

おい、抜けてるぞ! 

<被告松永は「本心から偽りなく話し合えるような家族関係の構築を目的としている」と主張する。>

じゃないだろ。
「本心から統一教会の間違い、違法性、カルト性を話し合えるような家族関係の構築を目的をしている。」
だろ。

統一教会の間違いに関することだけを本心で話せる家族関係、あわよくば、自分の手先になるようなモデル的家族を構築するのが目的だろ。

だってよ、
「拉致監禁は辛かった。間違っている。いくら統一から離脱させるためとはいえあれはねえよな。」と強制脱会者は家族に言えねえと聞くぞ。殆どの場合。

統一教会の間違い以外は、本心を語らず、表向きは仲のよい家族関係を保っている脱会家族が殆どじゃねえか。
2012-02-18 10:30 | 元信者の春 | URL   [ 編集 ]

孤独なお爺ちゃんの正体は? 

公園でひなたぼっこしている孤独なお爺様が、拉致監禁の現場に行くと、やくざに大豹変!

ウェ~ン・・怖いぃ~
泣く子はいねえか~と民家を渡り歩くなまはげの如く、統一さんはいねえか~と、監禁現場を渡り歩くお爺様。

普段はさえない爺様が、統一教会という悪と戦うために、マイコンされた統一教会員を真っ当な人にするという使命をもって、月光仮面の如くヤクザに大変身~しているわけね。



灯お姉様、いいこと教えてくれたわ。
感謝の印に、灯お姉様の霊人体を1段階アップしてさしあげるわね。

誰か
「ヤクザ仮面・宮村お爺様物語」を脚本にしてくれないかしら。
今ならもれなく霊人体2段階アップ。
米本のお兄様~、アジュマ様~如何~?

と書いたところで、茉莉ちゃんの地上のママに「いい加減にしなさい!」と怒られたので、今回はこれでバイバイね。
2012-02-18 14:12 | ジャスミンの茉莉ちゃん | URL   [ 編集 ]

物語ネ(1) 

 あら、茉莉姉様ったら、どこで浮気していらっしゃったのぉ。もう久しぶりなんだからぁ~。(ちょっとポ~ッ)

 それに、春兄様も登場! 元気がでるわァ。

 今度、こっちの「ユニバーサル・バレエ団」が日出る国に行くから、見に行ってネッ。あたいの友だちのリトル出身の子も出演するの。
 演目は「モダンバレエ」ねッ。
 日時と場所?
 2月28日(火)・29日(水)パルテノン多摩(東京)だよッ。

 ところで、ッていうか、こっちが本題かぁ。ボリボリ。

>誰か「ヤクザ仮面・宮村お爺様物語」を脚本にしてくれないかしら。
>米本のお兄様~、アジュマ様~如何~?

もう茉莉姉様ったら、憎ッたらしい。あたいがウリ坊よりも清坊よりも、お馬鹿であることを知っているくせに。このコノぉ~。

(ウリ坊、清坊よりも頭が悪い? ひぇ~、死んだ。バタン)
2012-02-18 18:35 | アジュマ | URL   [ 編集 ]

物語2ネッ 

 お馬鹿だから、物語のエンディングしか思いつかないわァ~。

 とびっきり辛いキムチをムシャムシャ食べて、書くわよッ。

第7幕:(見渡せば、ドラゴンボールZが闘っているような赤茶けた岩と山ばかり。緑がない荒涼とした風景)

 およそマッチョマンではない頭だけが重そうな2人のナヨが闘っている。
 手にするのは片や判官筆、片や匕首。
 双方、技を繰り出すものの、お互い技に冴えがないため、またもうひとつ、体力がいまいちゆえ、30分もすると、ゼ~ゼ~。

 双方、武器を投げ出し、今度は舌戦だ。
「おまえ、父さんを裏切ったな」
「おまえこそ、爆破者だッ」

(ここまで書けば、視聴者にはわかるはず。片やお父様の3男にあらせられるヒョンジンニム、片や4男にあらせられるクッチンニムだ)

 2人の周囲には、双方の応援団、貧しき食口たちしかいない。

 2人の取り巻き?
 闘いが始まってから、早々と、中国共産党の汚職幹部よろしく、貧しき食口が復帰した多額の献金を持ち逃げしての渡米。したがって、この場面にはもういない。

 舌戦が続く。ペルーはどうしたッ、モンゴルはどうしたッ。うんたらかんたら。

「真の家庭」を信じ、夢見てきた貧しき食口たちは2人の舌戦に、だんだんどん引けし、1人去り、2人去り。

 貧しき食口が秘密裏に集っていた「バベルの会」の最後の一人が去ったときのことだった。

 突然、稲妻、竜巻。そしてそのあとビッグバ~ン。

(紙芝居の続きが見たかったら、この5銭の水飴、こうてな~)
2012-02-18 18:44 | アジュマ | URL   [ 編集 ]

物語3ねッ 

エンディング:(統一教会員はもう誰もいない。争っていた2人の兄と弟の姿もない。場面は廃墟である。
 BGはhttp://www.fukuchan.ac/music/gs/haikyonohato.html。続きはぜひ、←をクリックして音楽を聞きながら、どうぞ)

 廃墟の前に、2人の老人と中年の男性が抱き合って、固まっていた。脈は途切れていた。2人の表情は嬉しそうでもあり、悲しそうでもあり。

 2人は、ヤドカリ、宿り木と同じで、統一教さんが存在しない限り、生きることができなかったのだ。

 2人の名を宮村峻と田中清史という。

 ぜひ、みなさまの墓碑銘に加えてくださいなッ。

「泣く子はいねえか~と民家を渡り歩くなまはげの如く、統一さんはいねえか~と、監禁現場を渡り歩くお爺様」

「泣く子の親を探し、手紙を渡す人はいねえか~と、都内を徘徊する中年様」

 廃墟の真ん中で固まっている2人。その周辺には老婆が。遠く三国峠を超えた新潟の古老も息絶えていた。

 それを見て、どん引けした3人のインテリは、青ざめほうほうの態で逃げ出し、人権派弁護士になることを初心に戻って決意しましたとさ。
(そりゃないものねだりか)

オチねッ

>茉莉ちゃんの地上のママに「いい加減にしなさい!」と怒られたので、今回はこれでバイバイね。

 茉莉姉様ったら、嘘ばっかし~ッ。
 どうして、地上のママは口髭をはやしているのッ!
2012-02-18 18:52 | アジュマ | URL   [ 編集 ]

感激! 

アジュマ様~、茉莉ちゃんの要望に答えてくれてありがとう。

いつも、アジュマ様のこと、天界から憧れの瞳でジーッとみさせていただいていたのですよ。
そんなアジュマ様からの物語のプレゼント・・
血も涙もない茉莉ちゃんもジーン・・

そして、転げまわって笑わせていただいたわ。
何と言っても、茉莉ちゃんは箸が転げてもおかしい年頃。

でもね、でもね、アジュマ様・・聞いてもいいかしら?
それともおもいっきりスルーした方がいい?

>(紙芝居の続きが見たかったら、この5銭の水飴、こうてな~)
アジュマ様ってお幾つかしら?
茉莉ちゃんの天界のお仲間に聞いたら、紙芝居、5銭の水飴って、けっこう昔の話しみたいね。
清坊っちゃまと同じ位の年のお仲間もいるけど、その人、知らないって~。

でも、いけないわよね。ご婦人様にお年をきいたら。
ごめんなさいね。茉莉ちゃん、地上生活経験ゼロだから、常識ないの~。

で、最後にすごーくビックリしたこと。もう、思わず、ぶっ飛んで、天界に一時的に帰ってしまったわ。

>茉莉姉様ったら、嘘ばっかし~ッ。
 どうして、地上のママは口髭をはやしているのッ!

何で、茉莉ちゃんのママが口髭はやしてるの知ってるの?
茉莉ちゃんのママはねぇ、口髭はやしてるくせに、ベビーピンクのうさ耳パーカーなんか着て、ダーリンのために料理なんか作るのよ。ダーリンがいる時は、茉莉ちゃんが来ても放ったらかしで、「もうぐれちゃうから」って、いつも言ってるのよ。

アジュマ様には、それがお見通しってわけだったのね。
怖いわ~。
もしかして、もしかして、よ。
今、地上で話題になっているオセロお姉様をマイコンした女性霊能者って、アジュマ様?

キャー、大変!スクープだわ。早速有田先生に教えなきゃ。
明日のサンジャポ、あっこにおまかせはこの話題で持ちきりね。
有田先生、大忙し。国会議員の仕事なんかしている暇ない程、ワイドショーにでコメント言わないといけないわね。

と、あまりにもふざけたことばかり書いていたら、ママより怖いここの世話人の方々に「メッ!」って言われるから、この辺で終わりにして。

アジュマ様、また茉莉ちゃんが地上界に遊びにきたら、遊んであげてね。指きりしてね。

PS:記事と全く関係ないお話しばかりして、ごめんなさい。


2012-02-18 23:20 | ジャスミンの茉莉ちゃん | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
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(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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