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小出浩久氏の陳述書2

拉致監禁指南の2DAYSセミナーのノートを発見!!!

先日掲載した小出浩久氏の陳述書のなかで小出氏は、統一教会信者に対する拉致監禁を行わせるために,親や親族への教育と実践を学ぶための2DAYSセミナーに参加したことを明らかにした。そこでは、「松永牧師が拉致監禁の具体的内容について説明しました」と述べられている。

がしかし、当のご本人松永牧師は、陳述書で完全否定。

いったいどちらの言い分が正しいのだろうか???

昨年、驚くべきものが発見された。
なんと小出さんが参加したのと同様の"2DAYセミナー"に参加したHCさん<統一教会員の家族>が書き記したノートである。

小出氏に確認したところ、小出氏もびっくり。小出氏が偽装脱会していたころと上記のノートが書かれたころとは、時期がかぶっているのである。

ということで、この陳述書は、小出氏がこのノートに書かれている内容、背景などを解説したものである。
じっくり読んでいただきたい。
なお、随所にノートからの引用文が出てくるのでわかりやすいように、引用文は「~」のように色分けした。
また、一部、ノートの実物画像も掲載した。
陳述書2


小出 浩久


一.「講義ノート」について
私は先に提出した陳述書(以下,「小出陳述書」と言う)の23頁から28頁,及び平成8年(1996年)に著した『人さらいからの脱出』の151頁から161頁において,松永堡智牧師が新津福音キリスト教会(以下「新津教会」)で統一教会信者の父兄を対象に開催した「父兄勉強会」(毎週土曜日に行われるもの),及び「2DAYSセミナー」において拉致監禁の指導を行っていると述べましたが,こうした講義に参加したHCさんという人のノート(以下,「講義ノート」と言う)が,HCさんのお母さんのHYさんの自宅から発見されたということで後藤徹さんより提供を受けましたので,解説を加えたいと思います。なお,講義ノートのコピーを本書面に添付の上,各頁下部中央に番号シールを貼付しましたので,以下同番号を引用しつつ説明します。

HYさんは,昭和62年(1987年)に長女HMさんの紹介で統一原理を学んだものの,平成4年(1992年)5月頃,松永牧師の指導を受けた夫ら親族によって拉致監禁されて信仰を失った人です。平成9年(1997年)8月に,統一教会信者の次女HUさんが嫁ぎ先の韓国から日本に一事<ママ>帰国した際,妊婦中であったにも拘わらず松永牧師の指導のもと他の親族等と共に拉致監禁して脱会強要を行い,その後,当時のことをいたく悔いて,後藤さんの裁判に陳述書を提出しています。

二 講義ノート全般について
1.2種類の勉強会について
講義ノートの各頁右上欄外のDate」欄には「5・1・31」(1頁),「5・2・1」(4頁)といった「5」で始まる日付が記載されていますが,「5」は1995年の意味ではなく,平成5年の意味で使われています。1頁には平成5年に脱会したSさんの親族に対する拉致監禁の模擬訓練に関する記載がありますが,仮に「5」が1995年(平成7年)を意味するものだとすると,Sさんの脱会後にSさんの脱会のための模擬訓練が行われたことになってしまい,日付が合わなくなるからです。
「Date」の上の「No」欄には「2DAYS①」(1頁),「2Days②」(4頁),及び「2DAY」(20頁)との記載がありますが,当時のカレンダーによると,「2DAYS①」が開催された平成5年1月31日は日曜日,「2DAYS②」が開催された同年2月1日は月曜日,「2DAY」が開催された同年3月21日は日曜日であり,曜日の関係からも,これらは当時新津教会において一泊二日の日程で行われた前記「2DAYSセミナー」に違いありません。

また,「2DAYSセミナー」以外の「5・2・6」(10頁),「5・2・13」(12頁),「5・2・20」(13頁),「5・3・6」(15頁),「5・4・3」(23頁),「5・5・1」(28頁),「5・6・12」(29頁),「5・7・10」(30頁),の各日付はいずれも当時のカレンダーによると土曜日であり,これらは毎週土曜日に行われた前記「父兄勉強会」に違いありません。ただし、最後の日付「5・7・25」(31頁)だけは、日曜日です。

講義ノートに記された平成5年(1993年)1月31日から同7月25日までの間,私は新潟県新津市内の「新津ロイヤルコープ」等の複数のマンションに監禁され松永牧師らによる脱会説得を受けていました(小出陳述書15頁~19頁)。また,私は,同年9月末から1994年3月までの約6ケ月間,脱会後の「リハビリ」期間ということで統一教会を脱会した元信者の立場で上記「父兄勉強会」及び「2DAYSセミナー」に参加し,更には松永牧師の指示のもと,集会のスタッフや講師も務めました(同20~35頁)。

2.集会の主催者について
前記「父兄勉強会」及び「2DAYSセミナー」の主催者は松永牧師でした。いつ,誰が,どのような話をするか等,集会全体を統括し,指導監督していたのは松永牧師であり,受付の設置の仕方から名簿作成まで松永牧師の指示の下に行われました。元信者はスタッフとして手伝うだけであり,この場合必ず松永牧師の指導を受けました。私自身,集会のスタッフとして何回か受付や資料配布などを手伝いましたが,常に松永牧師の指導を受けていました(同23頁下から7~10行)。また,「2DAYSセミナー」で私は,何度か講義を担当しましたが,時間配分や内容など全て松永牧師から直接指示されました(同25頁下から8行目~7行行目)。

また,「父兄勉強会」及び「2DAYSセミナー」で父兄に対して行う講義及び講話は殆ど松永牧師が担当し,父兄にビデオを見せる際も,どのようなビデオを見せるかということは松永牧師が指示しており,ビデオの内容も,松永牧師の講義をビデオ撮りしたものが殆どでした。特に,拉致監禁の具体的指導の説明は,松永牧師が担当し,他の人が行うことはありませんでした(同23頁~27頁)。

3.「保護」の意味について
講義ノートには,随所に「保護」という言葉が見受けられます。例えば,「基本的に,本人を保護したら,翌日には教会にTelをする」(2頁1~2行目),「これはラチ,カンキンだと言われたら?☆こうなる前に,自宅で30分でもいいから話し合いをしておくべき。(これは保護だ)」(3頁1~3行目),「保護して色々な資料を見せて,これは本当のことなのか?と,聞く」(5頁1~2行目),「49日に帰ってきた時に保護」(12頁11~12行目),「親せきにUCが居たため,新潟の別の所で折角保護したのに,2人でどこかに行ってしまった」(16頁1~3行目),「12月5日 保護される。6人でマンションに入る。逃げることしか考えられない」(18頁11~12行目)等です。これら「保護」という言葉は,ここに挙げた前後の文からも明らかな通り,統一教会信者を脱会させるために拉致監禁することを意味しています。「拉致監禁」という言葉を使用すると語弊があるため,松永牧師や元信者等は隠語のようにして「保護」という言葉を使っていました。

三 講義ノートの各記載について

1.「2DYAS?」(平成5年1月31日付)(1頁~3頁)について
1頁右上の「2DAYS?」「5・1・31」の記載から,1頁ないし3頁は,平成5年(1993年)1月31日に行われた「2DAYS」セミナーの初日の内容を記したものと言えます。1頁上部欄外左上には,「役」●●●● ●●●さん 歴6年」との記載があり,その下のタイトル欄に「~Sさん~」とあること,及び本文1行目以下の「娘の?これはカンキンだ!?に対し親は?そうじゃないんだよ?・・・と,このやりとりが続く」との記載から,この日,拉致監禁の「模擬訓練」(ロールプレイング)(小出陳述書27頁,『人さらいからの脱出』160~161頁)が行われたことが分かります。「Sさん」というのは平成5年に脱会したSNさんの親族のことで,ここではSNさんの親族がSNさんに対する拉致監禁のために模擬訓練を受け,SNさんの役を既に脱会していた元信者のKYさんが担当しています。

SNさんは,小出陳述書にも名前が出てきますが(21頁下から5行目),私が脱会後の「リハビリ」ということで新津教会に通わされるようになった1993年10月頃,既に「中野荘」と呼ばれるリハビリホームで元信者の女性何人かと共同生活をしていました。平成5年1月31日に前記模擬訓練を受けたSNさんのご両親が,その後実際にSNさんを拉致監禁し,脱会に成功したことの結果に違いありません。当時,SNさんと私は,リハビリ中の元信者として松永牧師の勉強会に一緒に参加し,松永牧師の指示で,マンション等に監禁され脱会説得を受けていた統一教会信者のもとに一緒に訪問しました。KYさんは,私が,監禁下で説得を受けていた時に,一人で部屋に来て1対1で話をしましたが,さほど印象になかったため,先の陳述書や『人さらいからの脱出』では言及していません。

 講義ノートの1頁から3頁には,松永牧師が父兄等に対して行ったと見られる指導内容が記されています。「娘が“Telかけさせて”と要求したら,Telとその用件を紙にかいてもらい,他の人がかける」「もし警察が訪ねてきたら・・・。←(近所から苦情がきたりして)一応手帳確認して,外に出て事情を説明する。→桜田じゅんこで有名な~と言えば,分ってくれる。警察は味方である」(1頁),「基本的に,本人を保護したら,翌日には教会にTelをする尚,Telに出た人の名を尋ねておいて,本人に“○○さんが出てくれたよ”」と言えば,ちゃんと連絡したという証になる」,「最初に親が娘に“信じてるから”と言ってしまうと,後々発言に不利なので,“今までは信じてたけど,マスコミの報道で少し不安になっているのだから説明してくれ”と言った方がよい」(2頁),「これはラチ,カンキンだと言われたら?☆こうなる前に,自宅で30分でもいいから話し合いをしておくべき。(これは保護だ)」等の記述は,いずれも松永等が父兄等に対して行う指導の内容と見られ,私も松永牧師がこうした指導を行っているところを頻繁に目撃しました。

2.「2DYAS?」(平成5年2月1日付)(4頁~9頁)について
4頁から9頁は2DAYS2日目の講義内容が記されていますが,丁寧な字で講義ノートに記されていることなどから,7頁のSKさんの体験談以外は板書を記録したものであると思います。

4頁には「1 実態」と称して,統一教会が行っているとする経済活動に関する講義がなされています。このような講義も,ほとんど松永牧師が統一教会の活動を独自に解釈して行っていました。冒頭部分に,『本 原理運動と若物たち 有田よしお』とあるのは,『原理運動と若者たち 有田芳生(よしふ)』の間違いと思われます。

6頁では,統一教会の教義である「統一原理」の講義がなされています。このような集会では,統一教会の基本的な教義を勉強させられます。松永牧師も「統一原理」の講義ができるので,この部分は松永牧師が行っていることも考えられますが,講義ができる元信者が行った可能性もあります。既に述べた通り,私も何度か講義を担当しました。

7頁には,SKさんという元信者の体験談が記されています。元信者の体験談は,土曜日の「父兄勉強会」,「2DAYSセミナー」のどちらにおいても行われていた欠かせないイベントでした(小出陳述書24頁下から6~8行目)。こうした場では,拉致監禁によって最近脱会を決意した元信者やその家族が自分達の体験談を話します。脱会説得が成功した証しを行うことにより,これから脱会説得に臨む父兄に期待を与えると同時に,成功のための教訓を学ばせる場となっていました。

 ここで体験談を語っているSKさんは,統一教会の3万双の合同結婚式で韓国人の相手と結婚し,入籍したため,脱会後はその韓国人の御主人との離婚訴訟の件で松永牧師とよく相談していたのを覚えています。私も父兄集会でSKさんの体験談を聞いた覚えがあります。SKさんは,リハビリホームには入っておらず,私が新津教会に通わされていた期間は、リハビリの一環として強いられる脱会説得の活動にも参加していなかったと思います。彼女も印象が強くなかったので,『人さらいからの脱出』にも陳述書にも特に言及していませんでした。

8頁から9頁には,信者である子供に対する親の「対応の仕方」や脱会のための具体的方法が記してあります。この種の講和や説明は,松永牧師が自ら行います。特に9頁の下段には,具体的な拉致監禁の方法の指導が記されていますが,松永牧師は講義でよくこうした内容を板書しており,板書の内容をそのまま講義ノートに記録したものと思います。この部分は松永牧師による違法行為の教唆内容として重要なので,以下に引用します。

ノート1
2DAYS説明

松永牧師はここで,「体の救出」,「移動」,「説得」「3つを先ず計画」することの重要性を説いていますが,ここで「体の救出」,「移動」とは統一教会信者を拉致して監禁場所まで移動することであり,「説得」とは,監禁下での脱会説得のことを意味しています。「体の救出」については,「何時どこで誰がどのように」とありますが,松永牧師は講義において,拉致の時間,場所,人数など予め綿密な計画を立てるよう指導します。

「移動」については,「車二台以上」で行くことを指導しているのは,信者を乗せた車が故障した時など不測の事態に備えるためであり,「コースを決め」るのは,目的地まで迷わずに行くためと,二台目の車がはぐれても追いつけるようにするためです。「トイレの問題」とは,連行中に信者がトイレに行きたいと言ったときの対処のことで,外のトイレに行かせれば逃走される危険があるので,逃げられないように車内にポータブルトイレを用意することなど準備が必要だと指導します。「料金所を通過する時」とは,高速道路の料金所を通過する時に信者が騒いで係員に救出を求め,騒ぎにならないよう注意するようにとの意味であり,「乗せ方降ろし方」とは,信者を連行する車に乗せる時と下ろす時に,逃げられないよう,周りを大勢で取り囲むべきことなどを意味しています。また,信者を座席の中央に座らせ両脇を親族が挟んで窓からの逃走を阻むように,といったことも指導されます。

「説得」については,監禁中,信者「本人から目を離さない」こと,「ドア・窓の前に人を立たせる」ことなど,信者の脱出を阻むべきことが入念に指導されます。また,「1親と子,2脱会者と子,3牧師と子の順に話し合う」とは,脱会説得のため信者と話す者の順番のことで,このようなことまで指導しています。

「見極め」とは,信者本人が脱会を表明した際,真に統一教会の信仰を失ったか否かの判断のことです。監禁された場合,脱出を図る多くの信者が偽装脱会を試みることを踏まえ,「偽装脱会されぬように」という指導がなされます。「①内容」,「②血統圏(霊の子)」とあるのは,偽装脱会か否かを見破るための判断基準の例示と思われます。

「①内容」とは,脱会理由として信者がどのような内容を挙げるかの意味であり,「②血統圏(霊の子)」とは,信者が統一教会に伝道した人(霊の子)や信者を伝道した人(霊の親),同じ霊の親から伝道された人(霊の兄弟)などの人達(血統圏)の名前などの情報をどれだけ松永牧師等に開示するかを意味しており,要するに「仲間を売る」ことが脱会の判断基準となっています。こうした人達の情報は,今後こうした人達を拉致監禁して脱会させることに用いられます。実際,血統圏の1人が拉致監禁されて脱会した場合には,その血統圏の人達が芋づる式に次々と拉致監禁されるということを良く聞きます。

 以上のように,松永牧師は,拉致監禁の具体的方法を信者父兄に教育しているのです。

 3.平成5年2月6日付父兄勉強会について(10頁~11頁)
10頁上段は,松永牧師が説く最近の統一教会情報と思われます。下段は,松永牧師によるキリスト教,及び聖書に関する講話です。松永牧師は,父兄集会の随所に聖書やキリスト教の内容を盛り込んで熱心に話をしていました。しかし,私の父は,皆,本当はキリスト教の話など聞きたくないのだが,子供を救ってもらわないといけないので,仕方なく聞いている,と言っていましたので,集会に参加していた信者父兄の多くは,松永牧師によるキリスト教の宣伝とも思える話に対しては,さして聞きたくもない話を我慢して聞いていたのだと思います。

 11頁には,Fという元信者の体験談が記されています。「断食1ヶ月」「黙まり 1ヶ月」「偽装脱会作戦で資料を読み始めて1ヶ月」との記載があり,1ヶ月間の断食や1ヶ月間会話を拒むなど,監禁に対して必死の抵抗をしたことが分かります。また,偽装脱会を試みていることからも,監禁下での脱会強要であったことは明らかです。

 3.平成5年2月13日付父兄勉強会について(12頁)
 12頁には,「MY」という信者の体験談が記されています。「49日に帰ってきた時に保護」とあるのは,49日で実家に帰ってきた際に拉致監禁されたという意味です。最下行には「脱会後は脱力感と苦悩に悩まされる」とあり,松永牧師の強引な脱会説得によって精神的におかしくされたことが記されています。

MYさんは,脱会してすぐにクリスチャンになった女性で,私が監禁されていたマンションに元信者の一人として訪れて来ました。また,私が,「リハビリ」期間に入った後には,私はMYさんと一緒に松永牧師の勉強会に参加したり,松永牧師の指示により,統一教会信者が監禁されているマンション等に一緒に訪問するなどしました。MYさんも印象が強くなかったので,『人さらいからの脱出』や先の陳述書では特に言及していません。

4.「2DAY」(平成5年3月21日付)について(20頁~22頁)
 ここには,松永牧師による拉致監禁の具体的指導がなされてます。
20頁では,「何の為に脱会させるのか」ということと「何としてもあきらめない」という意志の重要性が記されており,統一教会信者を脱会させる動機が父兄よりも松永牧師自身により強くあることが伺われます。
21頁から22頁には,かなり具体的な指導内容が記されていますので,いくつか抜粋します。
ノート2
<21頁>

 ・「やめてもらいたい」ではなく「確かめてほしい」と話す
 
 統一教会を「やめろ」というような言い方は,却って信者の反発を招くので,禁句とされています。

・「何故窓にカギがかかってるの?」ときかれたら「新聞やTVで5Fから飛び下りてケガをした子がいて,心配だからだよ」

これは,監禁下に置かれていることの抗議を受けた際の弁明の仕方として紹介している文言です。しかし,成人した人間が理由もなく窓から飛び降りるはずはなく,玄関から脱出できない状況を前提としたやりとりとなっています。即ち,松永牧師は,このよな弁明にもならない弁明をしてまで監禁状態を維持するよう,父兄を唆しているのです。

・留守宅の管理,親せきのTel管理,尾行に注意 居場所バレぬように。

 拉致監禁された信者の仲間が心配して留守宅に見に来たり親戚宅に電話してきたり,一時帰宅した親族を尾行して監禁場所を発見することがあるので,監禁場所がバレないよう注意すべきことを記しています。
 
・警察がきたら,手帳を確認(のぞきまどで)その後外に出てせつめいする。

 警察によっては,監禁中の信者から救出を求められた場合,本人を解放することがあり得るので,警察に事情を説明する時は部屋の中ではなく外で説明するようにとの指導を記しています。

・だいたい1週間位は興奮が収まらないし文句ばかりいってる

 これも信者がマンションの一室等に監禁されていることを前提とした指摘です。

・本人が親せきの人をだまそうとする場合がある。注意!!

 信者本人が,外の空気が吸いたいから窓の鍵を開けてくれなどと言って,親せきが開けた際に,こっそり救出要請を記したメモを窓から投じることなどを意味しています。

・もっとくわしい話なら上司の所にいこうといわれたら本人からききたいということをいう

 これも,本人を外に出さず,外部と連絡をとらせないための弁明の方法として松永牧師が指導している内容です。

<22頁>

ノート3
 あばれたら
・「大人しくしなさい」「静かにしなさい」と言ってもムダなので,まずはあやまる。それでもあばれてたら,「こうしなければ話し合いできなかった」
・管理人がくる時がある。(うるさくて)
  鉄骨マンション かべボード=ひびくので×。


  これも,信者本人が監禁されていることを前提とした指導です。

・家で1時間話すのが原則。「ラチがあかないから・・・」といってやや強引につれてくる方が,ウソついて連れてくるよりずっとまし。

松永牧師はここで信者を拉致すべきことを指導しています。

・管理人がきたら,責任者の人がろうかで話さず管理人室まで行って誰もいないのをチェックして話す。

 管理人と話している際に,仲間の統一教会信者が部屋の前まで来て中に本人が監禁されていることを確認し,追って人身保護請求を裁判所に申し立てるなどのことをするのを防ぐ趣旨です。

・人身保護願いが出されたら・・・?留守宅に届けられたら留守人が郵便局に返す。(受取人がいないため)

 仲間の信者が人身保護請求を裁判所に申し立て,裁判所から留守宅に召喚状が届いても,「受取人がいない」などと言って郵便局に返せば召喚に応じなくても済むという趣旨であり,ここでは法の抜け道をかいくぐって監禁を継続すべきことを指導しています。私の場合も、小出陳述書8頁にある通り、荻窪のマンションに監禁中、勤め先だった一心病院から人身保護請求が提出れた際、新潟のマンションに移動させられたことがありました。

弁護士は,Kサツとは違う。

 仲間の信者が弁護士を同伴して信者の救出に来たとしても,弁護士には警察官のような権力はないので,無視して監禁を継続すべきことを指導しています。


以上の記述を見ても分かるように,松永牧師は,父兄に対して,窓を特殊な鍵で施錠して開かないようにすべきこと,警察が訪ねてきた時の対応の仕方,拉致監禁された信者が暴れた場合の対処の仕方,マンションの管理人への対応の仕方,さらには,人身保護請求が出された時の法の抜け道まで事細かく指導し,信者父兄に拉致監禁を唆しているのです。

4.平成5年4月3日付父兄勉強会について(23頁~27頁)
 23頁から24頁には,WKさんの体験談が記されています。WKさんは,私が監禁されていた時,元信者の一人として私の部屋に訪問したことがあります。この体験談の24頁中程以下の行には,WKさんが拉致監禁された時の状況が克明に記されているので以下,引用します。
ノート4


  TVみておわったら,おじさんたちがゾロゾロ入ってきた。
  父が目前にいて周りかこまれる。逃げようとしたら7~8人
  にとりかこまれる。軍手してる。大声で文句いう。
  車にのせられ両うでつかまえられる。
  誰かがボロを出すまで質問ぶつける。  
  助手席にいるのはイトコ。運転は姉 足でける。頭を
  ハンドルにぶつけつつ。
  だまそうとしてシュンとする。(しかし スキがなかった。)
  エレベーターにのる。6Fなのでとても高いと思った。
  10人位と一緒に入る。親せきの人がいるので
  あばれなかった。1週間すぎに,親の顔をみて
  「ふけた」と,初めて感じる。
  このころより話をききはじめる。


上記記載から,WKさんが自宅でテレビを見終わったとき,伯父達がぞろぞろと部屋に入って来たこと,逃げようとしたら軍手をした7~8人に周りを取り囲まれたこと,大声で抗議したが,車に乗せられ両腕を捕まれたこと,運転席はWKさんの姉が,助手席には従兄弟が座り,WKさんは姉を足で蹴って抵抗したこと,車を下ろされたWKさんは10人位の者達に囲まれてエレベーターに乗せられ,マンション6階の一室に監禁されたこと,親戚が大勢いて暴れようにも暴れることができなかった事実が明らかです。

 25頁には,Kさんという富山県のお父さんの体験談が記されています。下6行を以下に引用します。
ノート25頁


冬休みにXディとする。12/29日に入り1/15に出る(18日)
保護のしかた 説得のしかた,自己けん討のさせかた  みきわめ  アフターケア
家で1時間話しておいた方がよい。そして親せきの人が立ち入った方がいい。
冬休みだったので協力してくれやすかった。


上記記載中「Xディ」というのは拉致監禁を実行する日のことで,松永牧師や父兄達はこの「Xディ」という言葉をよく使っていました。私も一度だけ,SHという男性信者の「Xディ」に立ち会ったことがありますが,その様子は,小出陳述書34頁7行目から29行目に書いてあります。

9頁の松永牧師の板書内容を記録したものと見られる記載に記されていた「説得」「見極め」「アフターケア」といった言葉が用いられていることから,松永牧師が繰り返し9頁におけるような講義を父兄に対してしていたことと,Kさんのお父さんとしては,松永牧師の指導に忠実に拉致監禁を実施したら子供を脱会させることができたとの趣旨をここで述べていることが明らかです。なお私は,このKさんという方とは面識はありません。

 27頁には,23頁に体験談が記されていたWKさんの家族と思われる方の体験談が記されています。本文3行目以下の8行程を以下に引用します。

8月には親せき会議を開く。しかし15日に帰ってくるはずの本人,いきなりキャンセルがっかり
気落ち,諦めかけたが持ち直して,正月に保護

 父―窓 姉―ドア(交代)

 本人「仕事が始まるので出してほしい Telかけたい」
 でもダメ。 逃げようとするがタックル。(ケジメがついてないので本人に主導権を握られてしまっていた為)


上記記載からWKさんの家族等は,拉致監禁に向け前の年の8月から親戚間で謀議をして準備をしていたこと,本人が帰省をキャンセルしたものの翌年の正月には拉致監禁に成功したこと,父親は窓を,姉は玄関ドアを交代で見張ったこと,本人が「仕事が始まるので出して欲しい,電話をかけたい」と言っても禁止したこと,本人が逃げようとするのでタックルして逃走を防止したこと,即ち,WKさんの家族は親戚等と共謀の上,WKさんを拉致監禁したことが明らかです。

5.平成5年5月1日付及び同年6月12日付父兄勉強会について(28頁~29頁)
 28頁にはH●さん(佐渡)と記されていますが,HNさんのことだと思います。HNさんのことはよく知っており,先の陳述書の21頁下から4行目に,「リハビリ」期間中によく話をした元信者の一人としてHNさんの名前を挙げています。HNさんとは,松永牧師の勉強会に一緒に参加したり,松永牧師の指示により,当時,マンション等に監禁されていた統一教会信者らのところに一緒に訪問に行きました。HNさんはリハビリホームに入っていましたが,しばしば私が運転してHNさんをホームに送ったり,HNさんに運転してもらってHNさんに送ってもらったこともありました。

29頁の冒頭には「有田さん新潟講演会」とあります。「有田さん」とは,有田芳生氏(当時ジャーナリスト,現・参議院議員)のことです。私は,平成5年(1993年)7月始め,有田氏からから取材を受けたことがありましたが(小出陳述書18頁9~23行目),上記記載から,この頃,有田氏が頻繁に新潟を訪れていたことが分かります。

 29頁2行目以下にはK’さん夫婦の体験談が記されていますが,K’さんの御主人はK’H氏(現・新津福音キリスト教会牧師)であり,私の先の陳述書21頁下から5行目,『人さらいからの脱出』112頁の8~12行目にもK氏として記されています。この体験談には松永牧師を刑事告訴したとありますが,K’H氏はかつて宮村峻と松永堡智から拉致監禁による脱会強要を受けたとして両名を刑事告訴しています。
以上




参考資料として、K’H氏が宮村峻と松永堡智を刑事告訴したことを報じた新聞記事を紹介する。
小池さん新聞記事
昭和63年(1988年)6月29日産経新聞新潟版

以下記事の全文
キリスト教会牧師らを告訴
-統一教会会員3人「脱会せまられ監禁」

宗教団体「世界基督教統一神霊協会」(通称・統一教会)の会員三人が、同会の脱会をせまられて、監禁されたなどとして、キリスト教会の牧師ら二人を逮捕・監禁などで二十八日、新潟地検に告訴した。訴えたのは統一教会会員、小池宏明さん(23)新潟市川端町2―11―5=ら三人。訴えられたのは宗教団体「日本同盟基督教団新津福音教会」牧師、松永堡智さん(44)ら二人。
訴えでは、松永さんらが小池さんを統一教会から脱会させることを企て、六十二年五月二十一日、小池さんらの家族によって小池さんを拉致、新津市内のマンションに十三日間にわたって監禁したなどとしている。これに対して、松永さんは「小池さんの親からの依頼で話し合いの場として、小池さんに会った。監禁などはしていない。事実は事実として明らかにしたいから、公の場に出るなら出るで、自分の言い分をはっきり述べるつもり」と反論している。

2012-01-10(Tue)
 

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びっくり仰天! 

すごい証拠・証言が出てきましたね。

こんなあくどいことをしておきながら、知らぬ存ぜぬで善人ぶっている宮村、松永、有田氏らのことに思いが行くので、読んでいて、怒りを抑えられません。

それにしても、見事なまでのマニュアルですね。
切り返しトーク、携帯トイレの準備、座る位置、料金所を通過する時の注意点、脱会したか偽装かの見極め…。

しかも、なんと、裁判所からの人身保護請求は無視、警察もあざむく…。

知ってか知らずか、司法、警察がこんな連中をのさばらせてきたんだから、治安が悪くなるのも仕方ないですね。

<あばれたら。「大人しくしなさい」「静かにしなさい」と言ってもムダなので,まずはあやまる。それでもあばれてたら,「こうしなければ話し合いできなかった」>

<本人「仕事が始まるので出してほしい Telかけたい」。でもダメ。逃げようとするがタックル>

このどこが話し合いなんでしょうか。

宮村、松永両氏に聞きたいが、まず口を割らないでしょう。

有田議員に説明してもらいましょ。マニュアルに出てくるわけだし、なんてったって、国民の信託を受ける公人ですからねぇ。

これらの行為の一体、どこが話し合いなのか。なぜこれが人権蹂躙に値しないのか。国会議員として、このことをなぜ公表しないのか。
2012-01-10 19:00 | みんな | URL   [ 編集 ]

恐るべき拉致監禁の指南書 

有田国会議員も訴えられてしかるべきだと思った。松永牧師はもう弁解の余地がない。松永牧師は今も牧師をされているのですか?彼の拉致監禁指南書や、やり方は、共産主義の工作とそっくりではないですか。彼の言動をみて牧師の人格にはあらず、家族が疑いもせず従ったとはよほどの迫力があったのか、脅迫されたのかおそろしい限り。証拠や証人証言はあるので、後藤さんを中心に拉致監禁裁判の勝利を祈ります。

2012-01-11 05:32 | 灯 | URL   [ 編集 ]

記事を修正しました。 

記事の一部に誤りがあり、下記のように訂正しました。

1.2種類の勉強会について
・・・・・
「Date」の上の「No」欄には「2DAYS?」(1頁),「2Days?」(4頁),及び「2DAY」(20頁)との記載がありますが,当時のカレンダーによると,「2DAYS?」が開催された平成5年1月31日は日曜日,「2DAYS?」が開催された同年2月1日は
・・・・・

→修正
「Date」の上の「No」欄には「2DAYS①」(1頁),「2Days②」(4頁),及び「2DAY」(20頁)との記載がありますが,当時のカレンダーによると,「2DAYS①」が開催された平成5年1月31日は日曜日,「2DAYS②」が開催された同年2月1日は

2012-01-12 09:18 | 管理人 | URL   [ 編集 ]

びっくり仰天! 

 ブログの末尾に紹介された産経新聞の記事を読んで、びっくり仰天。

 松永牧師らを刑事告訴した小池宏明さんは2009年から、松永氏の教会の牧師になっているのだから!

http://niitsu.moo.jp/paster.html

 いったい、これって、どういうこと!?

 素直に解釈すれば--。
 小池さんは1987年に拉致監禁され、松永牧師らの強制説得を受けた。
 監禁場所から脱出した翌年、松永氏らを刑事告訴した。
(ここまでは確定事実。以下は推測)
 告訴の結果、処分は起訴猶予に。
 その後、再度、監禁され、強制説得を受け、脱会した。
 脱会してから、神学学校に入り、牧師職になるための資格を取った。そして、2009年に晴れて牧師となり、「2009年4月から、新津福音キリスト教会で主任牧師の松永先生とともに、働きをしております」ということになった。

 監禁説得を受けて脱会した人がその後、牧師の資格を取り、プロテスタントの教会で働く。そうしたコースを辿る元信者がいないわけではないけど、刑事告訴した人物の教会に就職するというケースは小池さん以外にいないのではないか。
実に数奇な運命をたどったと言ってもいい。

<もし、松永氏が起訴され、刑務所送りになっていれば、小池さんが彼の教会に就職することはなかっただろうなあ。その後、小池さんがいくら正統派クリスチャンになったとしても、臭いメシを食わされた松永氏が、どんなに懇願されようが、採用することはなかっただろうなあ>
つい溜め息が出る。

 立場性を抜きに、小池さんに、一度インタビューしてみたい。
2012-01-13 16:57 | 米本 | URL   [ 編集 ]

ついに出ましたか 

親から泣きつかれ仕方なく説得に当たっていた。親がやっている親から頼まれて会っただけだ。拉致監禁などしていない。このようにしてかつ、親のせいにしていたことが、拉致監禁(保護)と称して具体的に指導していた証拠が出たわけですね。ついに出たかです。よく見つけましたね。松永牧師どう反論するのか見ものです。何かと統一教会の違法性を云々しますが、松永牧師の違法性は無いのですか?
2012-01-14 14:11 | 小川寿夫 | URL   [ 編集 ]

慈悲か?計算か? 

脱会説得のために、親や家族に2daysを行い、自ら綿密に指導し、マニュアルまで作っていたのは驚きだが、それ以上に驚いたのは、小池牧師がかつて松永牧師を告訴していたこと。

告訴した人を自分の所属している教会で牧師として働いてもらう・・・
例えて言えば、医療ミスで病院を告訴した、しかし、告訴は認められなかった、もしくは敗訴となった。その後、告訴した人が医療職の資格をとって、告訴した病院に勤める・・・ということでしょう。

あり得ん。普通なら。

しかし、そこは俗世間とは違う、我々一般人とは心根が違う牧師様。「右の頬を打たれたら・・・・」を実践して、一度は自分に石を投げても、改心して神の前にたったなら、共に神のみ言葉を伝えよう!と思い、小池牧師を迎えいれたのか・・。まぁ、なんて素晴らしい!うるうる、と松永牧師の元の信者はそう思うだろう。

が、穿った見方をすれば、
これからも告訴する奴が出てくるだろう。その時に、小池牧師は使える、と思わなかったか?
「拉致監禁されたと告訴した小池牧師は、今は自分の元で牧会活動をしている。本当に拉致監禁されたのなら、例え、統一教会を脱会して牧師になったとしても、怖くて同じ教会に所属できないのではないか?」といい訳するために。

松永牧師さん
ひねくれた見方しかできなくて、ごめんなさいね。

2012-01-15 12:52 | koyomi | URL   [ 編集 ]

Re:慈悲か?計算か? 

>例えて言えば、医療ミスで病院を告訴した、しかし、告訴は認められなかった、もしくは敗訴となった。その後、告訴した人が医療職の資格をとって、告訴した病院に勤める・・・ということでしょう。
 あり得ん。普通なら。


 うまい比喩ですねえ。 まさに比喩通りで、「あり得ん」です。

 では、自分を刑務所送りにしようとした小池さんを、なぜ採用したのか。

 この解釈については、 koyomi さんとは意見を異にします。

 三浦綾子風の解釈はそれこそあり得んし、 koyomi の穿ちもやはり穿ちすぎだと思います。

 私は、クリスチャン特有のサディスティックな気分からだろうと穿ちます。

 俺を刑務所送りにしようした奴が、今は俺にひざまずいて、詫び、そして許しを請い、俺のもとで働きたい!?
 ふむふむ、そうかいなあ。
 じゃあ、雇ってやるかあ。

 信徒たちは、「一度は自分に石を投げても、改心して神の前にたったなら、共に神のみ言葉を伝えよう!と思われ、松永先生はお許しになられたのだ」と、三浦綾子風に解釈するだろうなあ。
 と、松永先生は思いましたとさ。

 松永先生は、あり得んことをなされたわけだから、かなりかなり考えられたと思いますよ。

 
2012-01-17 19:38 | 米本 | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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