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松永堡智牧師の陳述書

あけましておめでとうございます。

2012年は、松永牧師の陳述書からスタートしたいと思う。
被告側からの陳述書としては、宮村氏に続き、二つめである。
今回一回のみの掲載になる。
プライバシー情報に関しては、適宜、伏字、イニシャルで表示した。
また、原告側の陳述書の引用が見られるが、簡単に注釈をつけておいた。
尚、文中に出てくる岩本徹という名前は、後藤徹氏の結婚後の名前である。
陳 述 書

平成23年9月30日

東京地方裁判所民事第12部 御中

新潟県新津市************
松永堡智


第1 経歴
 私は1943年8月29日新潟県内で生まれ育ちました。妻と成人した3人の息子がいます。私自身は、日本基督神学校(超教派の学校で、現在は東京基督教大学となっています。)で神学を学びました。同校を、1971年に卒業し、その年の4月に曰本同盟基督教団(以下「教団」といいます)新津福音キリスト教会に牧師として赴任し、現在に至っています。

 教団の牧師となるにあたっては、先ず、教団の教師試験委員会に申請し課題(聖書釈義、説教、神学論文、教団教憲・教規についての説明、など)を提出し面接を受け、審査を受けて、教団理事会の承認を経て教師資格を取って赴任します。赴任先については、教団理事会、教会役員会、教師の三者の合議及び協会総会の決定によって決まります。赴任先での個別の牧会活動は教団の認可を求めることなく自らの良心的判断でなします。私はいわばその宗派に属する、というだけで、牧師としての活動について、教団から何ら指示されたり監督されたりする立場にありません。

 なお、統一協会は、新津教会の土地建物の所有名義が教団となっていることを理由に、被告教団が私の個別の牧会活動についても指示・監督する立場にあるかのように主張していますが、これは、新津福音キリスト教会に法人格がないために、被告教団名義で登記したものです。銀行借入も被告教団名義で担保設定して、融資を受けているが、返済に一次的に責任を負うのは、新津福音キリスト教会です。将来、新津福音キリスト教会が宗教法人として設立された時には、当然、被告教団の被包括宗教法人となり、教会不動産は無償で被告教団から新津福音キリスト教会に所有権移転される予定です。

第2  私と統一協会との関わり
1 初めての相談
 (1)1985年ころ、突然、大学生としか名乗らない女性から、新津教会に電話がありました。全く知らない方で、どうも新津市内の教会を捜して電話をしてこられたようでした。友人が宗教問題で家族を苦しめているので、助けて欲しいということでした。是非、その方の家を訪問して欲しいとの願いでしたので、お訪ねすることにしました。教会から車で10分ぐらいのお宅でした。二十歳前後の娘さんが二階の部屋におり、やつれたお母さんが、今までのことを話して下さいました。

    娘は短大を卒業したのですが、就職せず、統一協会の関係団体である原理研究会(通称CARP)に属し、CARPの指示で、どこかの知事選の選挙運動に行っていたようです。娘の様子がおかしいと思った母親は大学に問い合わせてCARPに入って活動していることがわかったそうです。

  困り果てた母親は、婦人警官である自分の妹に相談し、親子で話し合うようにとのアドバイスを受けて、自分の娘に連絡を取ったところ、CARPのことを説明すると言って、CARPメンバーと二人で帰宅しました。母親はCARPメンバーに帰ってもらって、自宅で1ヶ月以上話し合ったそうです。その間、娘が所属していたCARPの信者ら5~6人で2週間以上、連日自宅の周りに押しかけて、大騒ぎをしたり、無断で家の中に入ろうとしたり、郵便局員を装ってドアを開けさせ、そのまま玄関に入って、2階に上がり、娘を連れ出したりしたそうです。

結局母親が娘を取り戻したそうですが、また家に誰もいないときに娘がアベル(CARPの上司)に報告・連絡・相談のための電話すると、話し合いをやめてCARPに戻って来るように指示したりすることがあったようです。話し合いをしている間、娘は2度断食をしたそうです。一度目は自宅周辺に集まっていたアベルが自宅の外から断食を指示しかそうです。しかし途中で失敗してしまい、それを知ったアベルは、再び自宅の外から、今度は、死ぬ覚悟で無期限断食をするように大声で指示し、娘さんはこれに従い、再度断食を始めたそうです。

しかし、20日以上たったころ、これ以上断食したら本当に死んでしまうと感じ、娘さんは、母親の出したおかゆを食べてしまったそうです。そのとき、娘さんはもうCARPには戻れない、脱会するしかないと感じたようです。

(2) 私が訪ねたとき。娘さんは聖書の学びをしたいと言いました。そこで、翌日私から娘さんのところに通う形で聖書の学びが始まりました。その時、私は統一協会のことを比較宗教学で習った以上に知っていたわけではありませんでした。ですから、私は、娘さんのところには、求められれば誰にでも聖書の学びをお手伝いするように、この時も聖書の勉強をするためにだけに通っていました。旧約聖書の一番最初の創世記から、1節ごとに読んでは意味を確かめ、私がその解釈についていろいろな説を紹介し、娘さんと話し合いつつ、一番根拠のあると思われる妥当な考えを見出すと言う時間のかかる学びです。一日2時間くらいづつ一緒に学びました。

   一週間もすると、娘さんの表情が明るくなり、ドンドン質問をしてくるようになりました。今までCARPで教えられてきたこととの違いに気づきはじめたのだと思います。そして、私たちの教会の礼拝に参加したいと申し出てきたので、お母さんと相談してから来て下さいと申し上げました。

2 その後の経緯
  その後、家族が統一協会に入信して困っていると言うことで教会を訪ねてこられる方々が多くなりました。先はどの娘さんの話を誰かにしたわけではなかったので不思議でしたが、当時、朝日ブックレット「原理運動」や「霊感商法」などが出版され、1983年青森での典型的な霊感商法の被害が明らかになり、1984年被告全員が有罪判決となりました。

また1985年アメリカで訪問販売をしていたKMさんの悲惨な死が報道されたりしました。このような報道があったからかも知れません。現役信者を連れて相談に来る家族が増え、週に二組とか訪問されると‥私の時間がなくて困ることがありました。それほど相談に来られる方々が家族間での話し合いが成り立たないことに困り果てて、切羽詰まっており、私の教会のことを聞いてようやく相談に乗ってもらえるところを探し当てたような感じ来られていました。

  1986年ころ、荻窪栄光教会の森山諭先生が、統一協会批判の本を出版されていたので、詳しく知りたいと思い、お訪ねしました。その時に宮村さんと知り合いになりました。その後、森山先生を数回尋ねました。荻窪栄光教会には多くの方々が困って相談に来ておられました。私も、元信者からその実態を聞いていましたが、改めて霊感商法や、偽募金、珍味売り、合同結婚式、勝共連合など統一協会の反社会的な活動の実態を知らされ、元信者や家族から体験したことを多く聞きました。また、そのような活動に没頭してきた理由など教えてもらいました。

第3 話し合いが困難になったこと
1 反対牧師対策の開始
  私か統一協会問題に悩む家族の相談に乗り始めた1985年ころは、統一協会信者は統一協会の教え、即ち原理講論は「誤りのない真理」だと信じ家族を伝道し、牧師の所に来れば牧師をも伝道しようと熱心でした。ですから、信者によってあるいはその信者の所属地域や担当してきた活動内容によって多少の違いはありましたが、教祖の実態や合同結婚式の実態、さらには霊感商法の裏側などを知ると大変驚き、さらに信者の活動の根拠となっている原理講論の「堕落論」や「歴史の同時性」などについて、私か疑問点を質問するだけでも、彼らは考え込み、間もなく統一教会の間違いに気づくことが多かったのです。

  このころは、まだ反対牧師対策などなかったと思います。しかし、1986年末ごろ、信者らが家族や私の話を聞こうとしなくなりました。その上、だんだん信者と対話できるようになるまでに時間かかかるようになってきました。元信者に聞くと、「牧師やカウンセラーに会うと余りにも簡単に落ちてしまう(脱会してしまうと言う意味)ので、統一協会内部で『反対牧師の素顔』と言うビデオを見せられ、同名の本を読まされて『対策講義』を受けた。そしてアベルや統一協会の講師から『牧師の話は聞くな、相対基準を結ぶな』とか、『黙って逃げて来い』とか言われている。」というのです。

さらに,元信者の証言によれば「(牧師とは)相対基準を結ぶな=話し合うな」「だまして逃げて来い」というだけでなく「君が落ちれば(=脱会すれば)そのときは家族が喜んでも、やがて霊界で先祖や子孫が悲しむ」とか「何代か後の子孫が、お前の墓を掘り起こして、なぜ統一教会をやめたのか、そのために我々はこんなに苦しんでいて、地上天国に入れない、とお前の白骨に向って讒訴(人の失敗・欠点をあげつらい、批判・非難して、その人を陥れること)するのだ」などと言って自分ではどうすることもできない霊界の話などで信者にさらなる恐怖心を植え付けて信者の心を束縛し統一協会から離れにくくするような教育を、アベル(上司)や講師が信者に対して時間をかけて行うようになったと聞きました。

  そのために,家族や私が話し合いを試みても、ただでさえ自分で考えることをしない習慣がついている信者が、なおさら思考停止状態になって、最初から家族や私の統一協会についての話を聞こうとしなくなったため、話し合いが非常に困難になりました。

2 家族による相談会始まる
  そのころから,元信者とその家族とが現役信者を家族に抱える家族の相談に協力するようになりました。元信者やその家族は,現役信者の気持ちや家族の焦りなどを良く知っており,まずは,どうすれば家族が現役信者と話し合うことのでき,信頼関係を築けるのか,分かっていたからです。かつて経験した苦しみがとても人ごととは思えない,という思いで協力してくれるようになったのです。

  そこで,元信者やその家族が集まって,教会を会場として定期的な相談会を行うようになりました。つまり、現役信者である子どもや妻との聞で話しが通じないと悩んでいる被害家族が,反牧教育などを施されている現役信者の実態を知らずに現役信者と統一協会について話そうとしても,話し合いをすることは難しいのです。そこで,何故そうなってしまうのかを知ってもらうために相談会を開き,そこで,悩む被害家族に対して,現役信者が何をどのように考えているかや,そのような現役信者とどう接したらいいのかなどについて,元信者等の経験に基づく話しを聞けるような場を作ったのです。そこで,元信者とその家族が中心となって、統一教会信者を抱えて悩む家族を対象にした相談会が毎週1回程度開かれるようになりました。この会は,元信者らとその父兄が教会を会場として借りて,自主的に行っていた会でしたが,私も,求められれば,聖書の説明や経験に基づいて,対話を取りもどすためには家族が心の対応を変化させることが必要であることなどについて話しをしていました。

  こうして新津教会で相談会が開かれるようになりました。元信者等の活動に教会を会場として使用を許可することは新津教会独自の判断で行ったことであり,日本同盟基督教団には一切報告していません。そのような報告義務などもありません。私自身が信者家族の相談に乗ることについても,同様です。

  相談会は元信者とその家族が中心です。相談会の中では,報道特集[霊感商法]とか報道特集「祝福」「霊感商法の手口」「山崎浩子脱会記者会見」「OS<男性>脱会記者会見」「朴正華記者会見」など一般の報道番組のビデオをみてもらうこともありました。同時に統一協会が信者に提供している[ひとつの道・文鮮明の歩んだ道]「丹心」「森山操のほのぼの講座」とか霊感商法のトーク「第二SKのカウンセリングポイント」なども見たりしていました。それらとの関わりで元信者の体験と,彼らの受けてきた統一協会の教えを説明していました。私は「聖書の教え」と「心の対応について」だけは,語っています。それは,あくまでも心の対応です。ましては徹さんの陳述書や他の方の陳述書にあるような具体的な指導などはありえないことです。元信者が話し合いに参加してくれるのも,本当の ことに気がついて欲しいと言う願いで,自分かちの体験したことを進んで話に出かけるのであって,誰かに強制されてするものではありません。

  家族は,信者の頑なな態度に戸惑い,自分たちの話をはなから聞こうとしない信者に怒ることもしばしばあります。しかし,相談会で,ビデオをみたり話を聞いて,信者達が統一協会の指示や教育のもと,頑なな態度をとっているのだということがわかれば,家族も頭ごなしにただ信者本人を責めるのではなく,もっと建設的にどうしたら心の通い合う話しをすることが出来るようになるのかを考えられるようになるのです。

3 話し合いに至るまでの課題
 (1)家族からの相談
    私のところに相談に来る家族の多くは,統一協会のことを世間で話題になった以上に知っているわけではなく,ただ子どもや妻が統一協会信者となって豹変してしまい,対話が成り立たなくなってしまった家族の態度に困り果てていました。

  と言うのは,統一協会に入信すると,信者の家族に対する態度が一変するのです。急によそよそしくなったり,都合が悪くなると平気で嘘をつきます。そして,この嘘はどんどんひどくなっていき,入信して半年もすると,統一協会に関する話は全くの嘘ばかりになってしまいます。例えば,献金にはそれぞれノルマがあり,信者は自分のお金だけではこのノルマを達成することが出来ません。若い人ならなおさらです。そこで,献金するためとはいわず,生活費が必要だなどと嘘をついて,親に金を無心するようになります。

それだけでなく,内緒で会社をやめたり,一人暮らししているアパートをでて,友達と住むから,などと嘘をいって,献身者(仕事も何もかもやめて他の信者と起居をともにして,すべて統一協会の活動をしてすごすことです。)として生活をはじめたりするのです。

そういったことが頻繁になって,おかしいな,と親が思い始め,問いただしても,本人はかたくなに嘘を突き通そうとします。明らかにおかしいのに本人は認めようとしないのです。こんな本人の態度に親は不信感を抱きます。何より親に対してさえ本当のことを話してくれていないのがわかりますから,悲しい思いをするのです。このようなことの積み重ねで,親として,信者は全く常識が通じなくなっており,親の話しも通じなくなっていることに気づくのです。

家族は,あまりにも豹変した子どもや妻たちの姿に戸惑ってしまうのです。また,多くの親は,子どもたちが統一協会の教え込みでこうなってしまっていることを理解しないまま、子どもを怒ったり、子どもを頭ごなしに否定してしまいます。なぜ信者が嘘をつくのか。何のために信者が必死になって活動しているのか,この信者の状態を家族が理解せずに話し合ったとしてもどこまでも平行線となるのです。

(2) 話し合いの目的
   家族は上記のような状熊をもとの家族関係に戻したい,家族の信頼関係を取りもどしたいと考えています。ですから,統一協会信者とその家族の話し合いの目指すところは,信者本人と家族が話し合って,信者本人が自分を取り戻して自分の人生を自分の判断で生きていけるようにし,家族関係を回復することが目的なのです。

(3) 家族が信者との話し合いをするために学ぶことでは、この家族に対する態度が一変する状態を、どうやってもとの家族関係に戻すことができるのでしょうか。もとに戻すことができるのは、現役信者本人と家族なのです。私たち牧師やカウンセラーは助言者に過ぎません。

しかし先程、言ったように、普通は平行線となってしまう家族が心を通わせた話し合いに至るまでに非常に困難な課題が残っているのです。

 その課題をクリアするために元信者やその家族の体験は貴重です。統一協会内部の体験もさることながら実際に親子で話し合ってどうやって対話を築き、信頼関係を取り戻してきたかという体験を知ることができるからです。家族は、多くの人々の体験を聞いて、統一協会の実態を確認していくのです。

それだけでなく、なぜ、信者は常識ある良心的な価値観が失ってしまったのか、その原因や過程を知ることができます。それは、修練会という名の下でなされている繰り返しの信者教育の実態、特に万物復帰と言う経済活動の裏づけとなる統一教会の教えのためです。また、統一協会が対策講義として、統一教会に反対する者は、親といえどもすべてサタンであり、サタンとは相対基準を結ぶな(話してはいけない)、まして牧師やカウンセラーとは話すな、あらゆる手段を使って家族との話し合いを避けるように,あるいは,脱会したふりをして嘘をついて話し合いから逃げてこいと教えていることを知ることができるのです。

   家族はこのような統一教会の実態を知り、信者と話し合うために、更に心の対応の仕方を学ぶ必要があるのです。今まで子どもを責めてばかりしていた親がそのままでは、話し合いになりません。どうしたら話し合いができるようになるかであります。子供が親の愛情を感じることができるように、親自身が、今までの心の対応を変えていくことを決心にして、それを身につけていかなければならないのです。信者になった子どもや妻が安心して話し合える様な対話の環境つくりをすることが重要になってくるのです。しかし、家族の心の対応が変わるには時間がかかるのです。私がいう「心の対応」とはまさにこのことで、家族のこの「心の対応」がかわらなければ、反牧対策はともかくとして、現役信者とは、決して話し合えるようにはならないと思います。

(4)牧師の役割
   このように、家族と現役信者との対話、あるいは信頼関係を取り戻すことが目的ですから、そのための話し合いは、家族と現役信者本人で行うことが基本です。さっきも申し上げたとおり、家族の信頼関係を取りもどし、対話を取りもどすのは家族にしか出来ないことなのです。ですから、いつどこでどのように話し合うかは家族が決めることです。

   もっとも、家族や現役信者本人の希望があれば、元信者や私もお話し合いに参加します。勿論、私か話し合いに参加するのも、決して統一協会を止めさせる目的ではなく、本人が統一協会による教え込みの影響を離れてアベルカインの法則の影響がない状態で、冷静になって自分が今まで信者として活動してきたこと(それはすべてアべル(上司)から指示されてきたことですが)を、これからも一生涯続けていくのかを考えてもらうためで、その後、やめるかどうかは自分で判断すれば良いのです。

   しかし、信者らは、統一協会の教え込みから離れて冷静に考えることができないようにされています。いわゆる恐怖感を植え込まれているのです。統一協会を辞めたら、自分だけでなく、家族も先祖も子孫も、永遠にサタンに讒訴され、無間地獄に落ち込むと心に刷り込まれるのです。ですから、これらに対する反証として元信者の語る体験談を聞くことによって、少しづつ、こうした恐怖感は意味のないことだと現役信者本人に理解してもらい、家族(親も兄弟)も一緒になって現役信者が抱える恐怖感を解決するのだと態度で示します。信者達には「おまえ、やめたら、お前に、生まれる子どもは障害者になるぞ。」という類の暗示による脅しのような恐怖が心に植えつけられています。ところが元信者は統一協会を辞めてから子どもを生んでも元気な赤ちゃんだったことを証言し、時には自分の赤ちゃんを話し合いの場に連れて行くのです。そのようなことまでして彼らの心の恐怖感を取り除かないと冷静な判断ができないのです。

   そして、私たち牧師やカウンセラーは、彼らが今まで信じてきた教祖と活動実態及び、教えについて、冷静に判断できるように客観的で正確な情報を提供し、元信者を交えて話し合うのです。統一協会で、なぜ、どのようにして信じていったのか。その時に自分の自由や理性はどのように働いていたか、彼らが統一協会に誘われた時点から今日に至るまでの心の軌跡を話し合うのです。本人は教祖や教えを疑うことの恐怖感、もし止めたらどうなるのがと言う不安と闘いながらも、だんだん冷静に自分の頭で考えられるようになり、自力で統一協会の検証に取り組む中で心の解放を経験するようです。

(5) 信者本人の自立への相談
   このように冷静に考えられるようになって、統一協会の過ちに気づいても、現役信者が常識を弁えて、良心をもって普通の生活に戻るには、フローテング<西田公昭著『マインド・コントロールとは何か』(紀伊国屋書店)によれば、(脱会後、)破壊的カルトで与えられたビリーフ・システムが、偶発的に作動して、当時と同じような思考をしてしまうこと>という不安定な時期を過ごすのです。個人差がありますが、入信以前に常識を弁えて、良心をもって、普通の社会人としての生活をある程度経験していれば、戻るところを知って居ますから、安定するのは早いと思われます。

   しかし、若い時に統一協会の固有の考えや生活様式を身につけてしまうと、普通の考え今生活かどこかわからなくなっているために、通常な生活を取り戻すことが非常に難しいのが現状です。

  ですから、家族の愛情がとても大切なのです。信者である子どもや妻が、安心できる心の居場所が用意されていると、自立した思考の回復は少しづつ進みます。ですから、家族の心の対応の変化はとても大切です。

  甲第14号証の陳述書<新潟監禁中の原告のもとに赴いたことなどが記載されている統一教会脱会者KHのノートを発見した経緯について述べられた陳述書>、甲第15号証の陳述書<統一教会脱会者KHから聞いた被告松永の拉致監禁指導と父兄からの集金手口について述べられた陳述書>に出てくるKHさんの様子は、フローテングの状態と言えるかも知れません。統一協会の価値観とこの世の価値観(一般の常識)の間を行き来しながら悩んだのだと思います。

  尚、甲第25号証<被告松永から拉致監禁され,強制棄教を迫られたASさんの陳述書>、甲26号証甲27号証<小出浩久氏の陳述書>、甲28号証の陳述書<被告松永から拉致監禁され,強制棄教を迫られたKCさんの陳述書>については、私か具体的に拉致・監禁を指導したかのように陳述されているのですが、全く覚えのない言いがかりとしか言いようのない内容です。

第4 後藤徹さんとの関わりについて
1 <後藤氏の父>さんからの相談
  19 9 5年初夏ころ,<後藤氏の父>さんから電話で連絡がありました。徹さんのことで相談に乗ってもらえないかということでした。最初は,徹さんの両親と兄である<後藤氏の兄>さん夫婦と妹のさんがいたと思います。そのような連絡があったのは,<後藤氏の兄>さんと結婚した旧姓<後藤氏の兄嫁>さんの脱会に私が関わっていたからだと思います。だいぶ前のことなので,詳しく覚えているわけではありませんが,<後藤氏の兄嫁>さんのご両親から娘が統一協会に入ってしまっていると言うことで,ご相談を受けたことがありました。

そして,ご両親が統一協会の勉強のために,家族の相談会にみえ,私はそこで「心の対応」をお話ししたと思います。そして,<後藤氏の兄嫁>さんとそのご両親が話し合いをされたとき,私にも話をしてもらいたいと,<後藤氏の兄嫁>さんとご家族から要請があり、<後藤氏の兄嫁>さんと話し合いました。このとき、<後藤氏の兄嫁>さんは家族と話し合うことを承諾していたと聞いています。もちろん私も,ご家族だけでない<後藤氏の兄嫁>さんの要請もあって,話しに行っています。ご本人が私と話をする気がないのに,私が行っても仕方ないからです。この家族での話し合いをきっかけとして,<後藤氏の兄嫁>さんは統一協会にだまされていると気づき,結果脱会しました。

   後藤さん家族は、1995年6月頃から5~6回ほど新津教会にこられ,礼拝に参加したり,家族の相談会に参加したりしておられました。そして,お父さんからは「徹が了解してくれたら,新潟で話し合いをするつもりですので,そのときはよろしくお願いします。」と言われていました。その年の10月半ばごろお父さんから電話かおり,「いま,新潟のマンションで徹と話し合っていますが,徹が話し合いたいと言っていますので,忙しいと思いますが,来てくださいませんか。」と頼まれたのです。それで、翌日か、翌々日と思うのですが、元信者と一緒に出かけました。当時私が信者と話し合いに行くときに協力してくれる元信者がいましたし、現役信者と元信者の話し合いは難しいようですが、両者とも共通の経験をしていますので、統一協会の経験もない私だけがいくよりも心を開いてくれやすいのです。そのため、たいていの場合は協力してくれる元信者と信者との話し合いに行っていました。

2 マンションでの話し合い
   マンションでは、徹さんに、自己紹介したあと先ず私は、「家族は何を心配して『話し合い』を持とうとしたのですか?」という質問をしたと思います。彼の答えは、あまりはっきりはしなかったと思いますが、「いわゆる霊感商法や合同結婚式、偽募金などについででしょう」と言う返事でした。そこで、さらに私から「それについて、あなたはどのように思うのですか?」と聞くと、彼はあいまいな返事を繰り返しましたが、結局、これらの行為を統一教会がやっていることを認め、「統一協会の活動は正しいことだと思います。」と答えました。そこで、私はさらに「社会的に問題とされている活動が正しいというのはどうしてなの。」と問うと、「それは、文鮮明がメシアであり、その教えが正しいからです。」というので「では、その教えを家族に説明し家族は納得されたの?」と聞くと、彼は「うーん」としばらく唸っていましたが、結局「それは難しい」などと言って、問いに正面から答えることはしませんでした。

それで、私は「家族に説明して納得してもらわなければ、家族関係の回復は難しいと思うよ。」と言いました。「家族に説明するのに必要な資料が必要なら、手許にある書籍や資料を提供しますよ。」といいました。そのあと、彼の求めに応じて手許にあった「御旨と世界(文鮮明の説教集)」などの書籍と資料を提供しました。それから、私が、彼の質問に答えるという話し合いが始まりました。当初、話し合いには、両親と<後藤氏の妹>さんと<後藤氏の兄嫁>さんも同席していたと思います。

   私は週に多いときで2~3回、私か行けないときでも元信者が、心配して自発的に徹さんのところに話し合いに行ったこともあるようです。徹さんは、マンションの状況について「窓は全て『ウインドロック』と言う防犯錠が取り付けてあり、内側から開けられないようにされていました。奥の部屋も引き戸の上部がウインドロックで施錠され開けられないようにされていて、実際、一度も開けられたことはありませんでした。」(原告陳述書甲9号証8頁目)と記しています。しかし、マンションで、鍵がかかっているとか、いないとか、監禁されたとか、拉致されたなどといったことは一遍も、彼からは聞いたことがありませんでした。

 私は窓にもともと備え付けてあったのとは別に鍵がかかっているのは見ていません。
  原告準備書面(1)の1ページには、私が教理や教祖の批判を繰り返し、棄教を強要した、とありますが、全くのウソです。原告陳述書(甲9)9~11頁も私か侮蔑したり、喚き立てたりしたなどと書かれていますが、私か徹さんに対して、徹さんの陳述書に書かれているようなことを言ったことはありません。そのような態度で徹さんと話し合いに臨んだこともありません。徹さんに心を開いて話を聞いてもらえるようにするのに、敵対するような態度を取ることはありえません。また、私と話をしていて、徹さんが声を荒げたことも一度もありませんでした。

3 脱会表明
  徹さんの陳述書によれば、1995年12月ころ、突然、家族に脱会を表明して脱会書を書き、家族が彼の所属教会に郵送したとあります。私は、それがいつのことだったか記憶がはっきりしませんが、徹さんが脱会を表明したということは家族から聞きました。

  その後しばらくして、徹さんに「心の整理のために自分の今まで信じてきたことや、活動してきたことを一つ一つ思い起こして、書いてみたら。書き記すことにより心の整理ができるよ。」と勧めました。なぜなら、脱会したとはいえ、心は不安定です。「原理の心」と「常識を弁えて良心をもって普通に生活する心」が入り混じり、脱会した初めのころは、二つの心の間を行き来するのです。

ですから過去の心や行動を思い巡らして整理し、確認することは有益なのです。そのために少々時間かかかります。私は、信者が手記を書くことはその心の整理の手助けになると考えており、徹さんに限らず、脱会した信者に手記を書くことを勧めることはありました。原告陳述書13頁にあるように「手記を書くよう指示」したことなどありません。あくまで徹さんの心の整理のために書くものですから、書いても、書かなくても徹さんの自由です。結局、徹さんは自分で手記を書き、家族に見せたと聞きました。私は、その後手記を家族から見せていただいたと思います。

  徹さんの脱会表明や手記などからすると、徹さんは統一協会の間違いに気付いたとのことでしたが、私か徹さんと話している感じや、徹さんの家族に対する態度などをみていると、私は徹さんと家族との関係回復はまだ出来ていないのではないかと感じていました。しかしそこから先は家族の問題です。牧師が一緒に聖書を勉強したり、統一協会について考えたりすることで手助けを出来ることではありません。ここから先は、まさしく家族の対話が重要となってくると思いました。ですから、その後、私は徹さんを殆ど訪ねていません。

  1996年3月、ご家族からお父さんが心筋梗塞で入院されたと聞きました。その後、手術され、お元気になられ会社に復帰されたと聞きました。ところが翌1997年4月ころ、お父さんが肝臓癌の末期であることを聞きました。「親泣かせの原理運動」とはよく言ったものです。その後、お父さんが亡くなったことを聞きました。

  このように私か訪ねなくなってから、主に<後藤氏の兄嫁>さんからお父さんのご様子など節目の連絡はいただきましたが、徹さんの様子について逐一報告があるようなことはありませんでした。実際このあと徹さんがどうしていたかは私はほとんどわかりません。

4 東京での再会
 1998年春ころ、一度、教団の用があり上京したとき、たまたま宮村さんに電話をしたところ、宮村さんが東京で徹さんと話し合いをしていることを聞きました。後藤家の皆さんも一度会っていって下さいと言っているとのことでしたので、宮村さんと一緒に荻窪のマンションに会いに行きました。徹さんは、私に会うなり「騙してすみませんでした。」と言いました。私は「では、もう一度、きちんと調べて判断して下さいね。」と言って、30分くらいで、その場を立ち去りました。原告陳述書23~24頁にある話し合いの様子は、全くのウソです。それ以来、彼とは全く会っていません。

第5 刑事告訴や損害賠償を受けて
  この度、岩本(旧姓後藤)徹さんから刑事告訴や損害賠償を受けて思うことを記します。私が、家族の依頼と徹さん本人の承諾を得て話し合ったことが「逮捕、拉致、監禁」に当たると言って訴えているのは、どう考えても本人の意思ではないと思うのです。後藤家の家族も被害者であり、岩本徹さんも被害者で、統一協会が違法な経済活動などを続けることのために、指示してなされたものと思います。

ましては、岩本徹さんの父、<後藤氏の父>さんは、話し合い途中で心筋梗塞で倒れ、手術、その後1年して末期の肝臓癌が発見され、間もなく亡くなられました。「徹を頼む」と遺言されていかれたにも関わらず、尚、偽装してまで家族と向き合おうとしない、異常さは昔から言われてきた「親泣かせの原理運動」と言われた由縁でしょう。家族の命がけの話し合いに「偽装」で、応答するその心は、後藤徹本人(本当の徹さん)でけなく、統一協会の岩本徹(心を変えられた徹さん)、不誠実そのものに変えられたと言わざるを得ません。後藤徹本人を回復して欲しいものです。

  統一協会は、いつまで、こうした家族を苦しめ、純真な青年たちや、家族思いの壮年婦人たちを悪用するのか。もうやめて欲しいと思うのです。家族のもとに返し、本心で話し合うようにして欲しいものです。

以上
2012-01-02(Mon)
 

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牧師はウソつかな~い? 

徹さんのお父さんの亡霊が松永牧師の枕元にでてくるんじゃないか。牧師はウソついたり、作り事はいけませんね。「徹を頼む」と遺言があったのに、徹さんには、お父さんの葬式も知らされなかった。松永牧師曰く、「統一協会の岩本徹(心を変えられた徹さん)、不誠実そのものに変えられたと言わざるを得ません。後藤徹本人を回復して欲しいものです」徹さんは、誠実で、松永牧師のほうが不誠実そのもので、かっこよく陳述書を書いているけど、最後は家族のせいにして、弁解し逃げているような内容である。統一教会には、”統一原理”があって、それを勉強して、入教している信者に対して、あれこれ干渉しているんだから、強制改宗行為でしょう。
2012-01-04 11:27 | 灯 | URL   [ 編集 ]

偽装=監禁からの脱出策 

謹賀新年。
今年こそ、拉致監禁・強制改宗をこの国から根絶したいですね。

<家族の命がけの話し合いに「偽装」で、応答するその心は、後藤徹本人(本当の徹さん)だけなく、統一協会の岩本徹(心を変えられた徹さん)、不誠実そのものに変えられたと言わざるを得ません>

両親、元信者の兄妹、元信者たち、松永牧師らによる「命がけの話し合い」。
対する徹さんは、脱会を偽装してまでして、これに抵抗した―。

こういうのを一般的に「話し合い」とは言いません。監禁下における尋問です。
これを「話し合い」と言い換える腹黒さに、ヘドが出そうになります。

松永牧師は、徹さんが偽装したことがよほど気にくわなかったようで、陳述書に書き連ねているが、偽装したということは、要するに、徹さんがその場所から逃げだそうとした、ということ。

つまり、これって、徹さんが監禁状態に置かれていたことを示す、紛れもない証拠ですよねぇ。

松永牧師は、統一協会の問題点や教え、内部事情については事細かに書いているが、こと、「話し合い」の状況や場面については、言葉を濁して、まったく分からない。

なぜ、マンションではなく、外で「話し合い」をしなかったのか。なぜ、気分転換のために家族で外出するように、言わなかったのか。

何年も何年もマンションの中で「話し合い」が行われていることを知りながら、なぜ、徹さんの不自由さ、辛さに思いをいたすことをしなかったのか。

どんなに言い募ろうと、徹さんが監禁状態に置かれていたことがバレバレですよ。
2012-01-04 19:05 | みんな | URL   [ 編集 ]

その通りです。 

 みんなさんがおっしゃる通りです。

 私が「脱会」なる用語を初めて聞いたのは、オウムのサリン事件後のことです。もっとも、国語辞典に載っているから、昔からあった言葉でしょうが。

 ところが、「偽装脱会」なる用語は、統一教会の脱会方法のことを調べるようになって、初めて知った用語です。辞書にはないし、サイトを検索しても、統一教会絡みの脱会に関わる事件のことばかりがヒットします。

 グーグルで「脱会」を検索すると、やたら創価学会のことが出てきますが、「偽装脱会」用語は登場しません。オウムが騒がれたときにも、この用語が出るようなことはなかったはずです。ただ、サリン事件前はオウム信者に対しても拉致監禁説得が行われていましたから、教団が発行した本には書かれていたかもしれませんが。


 つまり、みんなさんが指摘されている通り、「偽装脱会」は「拉致監禁を手段した脱会方法」が行われている結果として、つまり行動を束縛した上での脱会説得から逃れるために、脱会を偽装するようなことが生じたわけです。「偽装脱会」は「強制脱会」の対概念と言ってもいいでしょう。

「Aさんは偽装脱会した」と言えば、Aさんは強制説得を受けていたことを意味します。

 それにもかかわらず、松永氏も宮村氏も「親子の話し合いだった」と主張しながら、その一方で、無頓着に後藤さんが偽装脱会しようとしたことを認める。おそらく、「偽装脱会」用語は、監禁業界では一般的に使用されている言葉ゆえに、 何の違和感もなく、使ったのでしょう。陳述書を精査したはずの弁護士がスルーしたのも、聞き慣れた用語ゆえに、やはり違和感を覚えなかったのだと推測します。

 私が「被告」の立場なら、「後藤氏が偽装脱会したことは、後藤氏の陳述書を読んで知ったが、当時は知らなかった」と不知を押し通したでしょう。宮村氏と松永氏はトンマ、いや正直な方たちです。

 陳述書は、証拠の中でも重要な証拠扱いされます。

 証人尋問のときに、「偽装脱会」についてどう釈明するのか、ちょっと想像もつかないので、ミモノです。
 後藤さん、しっかり追及してくだされ。



 
2012-01-05 12:54 | 米本 | URL   [ 編集 ]

松永牧師へひとこと。 

あまりにも偽善的な陳述書である。どんなにウソぶいても、小出氏の証言があるし、後藤さんの件も同じパターンで拉致監禁がなされ、同じような教会批判で強制棄教がされたことは事実です。なんどもマンションに行っていながら、見ていませんとか知りませんはないでしょ。意識しなくも、家の様子はわかります。監禁された信者さんは、命がけで断食したり、祈ったりしているのに、牧師のあなたは、真剣に断食したり祈ったりしましたか。牧師の第一の仕事は祈りです。祈っていたら、拉致監禁に関与することもなく、強制棄教などしないと思います。牧師の本業をおろそかにして、人々の信仰の自由を踏みにじったのです。統一教会の問題は別のところで、論議されてください。この裁判は拉致監禁が問題の焦点です。
2012-01-06 15:47 | 灯 | URL   [ 編集 ]

牧師の二心 

>>こうして新津教会で相談会が開かれるようになりました。元信者等の活動に教会を会場として使用を許可することは新津教会独自の判断で行ったことであり,日本同盟基督教団には一切報告していません。そのような報告義務などもありません。私自身が信者家族の相談に乗ることについても,同様です<

松永牧師は、報告義務などありませんと書いていますが、これは、報告の義務ありです。教会という神聖な場所で犯罪にも近い拉致監禁の指導がおこなわれているのですから。牧師の教会が上のほうにつながっている教団であれば、本部から懲戒免職になっても当然でしょう。なにが牧師のこころをそれほどまでに反牧にかりたてたのだろうか。反対の立場にいながら、原理講義をできるものだろうか。(牧師は原理講義もしたと書いてある) 堕落論を講義する時、自分は天使長だと思わなかったのか。(思っていたら拉致監禁はしなかったでしょうが。)


2012-01-11 22:21 | 灯 | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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