宮村峻氏の陳述書-その1
いよいよ今回より、宮村峻氏の陳述書に入る。
以前、宮村氏の準備書面を当ブログで掲載したが、「その余は否認する」のオンパレード。短い文章で、もの足りないと感じた読者も多かったのではないかと推察する。
しかし、今回掲載をする陳述書は、40ページ以上にも及ぶ大作である。ということで、宮村氏の陳述書は、3回に分けて掲載する予定である。
今回掲載文は、後藤氏の監禁事件に直接かかわる部分ではないが、宮村氏が脱会説得にかかわるようになった経緯について本人が述べたものであるので、興味深い内容となると思われる。
注意深く読んでいただければ幸いである。
以前、宮村氏の準備書面を当ブログで掲載したが、「その余は否認する」のオンパレード。短い文章で、もの足りないと感じた読者も多かったのではないかと推察する。
しかし、今回掲載をする陳述書は、40ページ以上にも及ぶ大作である。ということで、宮村氏の陳述書は、3回に分けて掲載する予定である。
今回掲載文は、後藤氏の監禁事件に直接かかわる部分ではないが、宮村氏が脱会説得にかかわるようになった経緯について本人が述べたものであるので、興味深い内容となると思われる。
注意深く読んでいただければ幸いである。
宮村峻氏の陳述書-その1の構成 第1.私の経歴
第2.統一教会とは
第3.信者との話し合い
1.話し合いとは
2.基本的視点
3.統一教会主張の「脱会強要」について
4.私が取り組む理由
5.私と統一教会とのかかわり
6.水茎会について
7.私の話し合いのかかわり
8.他のカウンセラーや説会者
第4.後藤徹君とのかかわり
1.87年1月から
2.95年6、7月頃
3.97年4月頃
4.98年1月
5.初めての話し合い
6.原告の虚偽主張について
7.98年10月頃
8.行かなくなって後のこと
第5.統一教会の特異性と徹の主張
青印が今回アップしたもの
第1.私の経歴
私は、1944年8月生まれです。明治大学で法律を専攻し、1973年9月明治大学を卒業しました。
1974年4月から株式会社日制に勤務しました。1977年10月同社を退職しました。同年10月株式会社タップを設立、取締役に就任しました。1982年10月に同社を退職し、同年10月、同名の株式会社タップを設立、代表取締役に就任し現在に至ります。
私には妻と2人の男の子があります。
私は、1984年9月ころから、様々な伝手を頼って、統一教会の信者やその家族などから相談を受けることが頻繁にありました。このため、統一教会信者やその家族などからの相談に応じてきました。
第2.統一教会とは
1.最初に、世界基督教統一神霊協会(以下統一教会と略します)の概略を記します。
崔奉春(チェボンチュン、日本名西川勝)が日本で統一教会の布教を始めたのが1958年。日本統一教会の生みの親ともいうべき、この人物は、その後脱会します。しかし、この人物の詳細はその後も明らかにされていません。同人の脱会前、統一教会が『親泣かせ原理運動』と呼ばれて世間を騒がせたのは、1964年頃のことです。統一教会は、それから何かと物議をかもしながら、色々な矛盾や内部抗争をたくみにクリアして現在にいたっています。
2.統一教会の伝道活動は、街頭での手相鑑定やアンケート、物売り、訪問販売、あるいは職場の同僚や友人関係などあらゆる機会を利用してなされます。『転換期トーク』などと呼ばれる人生相談などのふりをして、ビデオセンターに誘い込みます。このとき『統一教会』の伝道活動とは決して言いません。宗教かと聞かれても、必ず「いいえ違います。」あるいは「宗教を超えたものです。」とごまかして答えます。ですから、自分が通っているところが、『統一教会』だと知らされるのは、もっと深入りして、統一教会の幹部信者が統一教会と聞いても辞めないだろうと判断されてからです。要するに、自分の勉強していることや、その団体の名称を知らされるのは、自分でも気付かないうちに、『統一教会』の色に染められてからになるのです。『統一教会』の名前は徹底的に隠されます。ビデオセンターは○○カルチャーセンターとか、○○文化フォーラムなど、カタカナの名前をつけて、しゃれた喫茶店のような内装が施され、それぞれ若者向け、VIP向け、壮婦向け、などに分けられています。この正体隠しの巧妙な誘い込みの手口が、『統一教会』が、「洗脳」や「マインドコントロール」を使うといわれる、大きな理由のひとつです。
ちなみに、物売りや訪問販売などをきっかけにして伝道する方法を、内部では、「万物からの復帰」(物品を買うことによって、神のもとに復帰する)といいます。統一教会でいう「復帰」とは、そもそも全ては神の所有物であるから(普通のキリスト教もこのように考える)、それを神のもとに復帰する、すなわち本来の持ち主である神のもとに返すのだから、どんな手段や方法を使っても神のためになることだから許される、という身勝手な理論です。これが霊感商法を始め、あらゆる金儲けの根幹をなしています。これを「万物復帰」と呼びます。統一教会では通常、「万物」とはお金を意味します。職場の同僚や友人・家族などを伝道する場合は、FF伝道(FAMTLY AND FRIENDの略)と呼びます。何れの揚合でも、進み具合によって、必ず物品の購入が求められます。商品は様々ですが、印鑑、風水用品、着物から帯、指輪からネックレス、サウナや人参茶、浄水器、大理石の壷や彫刻品などさまざまで、これらを購入させる方法が、先祖の因縁やたたりなどを利用するいわゆる霊感商法です。
3.献身者
文字どおり統一教会に献身した信者で、一年365日、一日24時間、統一教会の為に働き続ける立場の信者です。衣食住は、基本的には統一教会が負担し、アパートや一軒家、マンションなどを借り切って、「ホーム」と称し、このホームで共同生活を送っています。食事当番がいて、日々の食事をまかなっています。豪華さや栄養バランスはともかく、それなりのカロリーは摂取できます。教義的な断食は頻繁にありますが、罰則的な断食はほとんどありません。
ホームと呼ばれる宿舎は男女で共同生活をしますが、部屋やトイレはもちろん別々であり、異性との交際は信者自らが厳しく律し、ホーム内で男女の手や肩が触れるのも厳禁。生活費は一切統一教会が負担し、地区(支部)などの地域組織の独立採算制です。一か月1万5000円位の小遣いも支給され(一律ではない)、組織活動のための交通費などは実費が支給されます。小遣いの中から整髪代、携帯電話、コンタクトレンズや化粧品などの他、伝道した人への プレゼント、郵送料や定期購読や推奨される書籍代、それに信者の義務とされている1 O分の1献金を出すと、ほとんど残りません。当然新しい洋服など買うことはできず、みんなで使い回しをしたりすることもあります。普通一か月に一日、調整日とよばれる休日が与えられます。そのほか月に1回くらい、心霊復興と呼ばれるレクリエーション日があるが、このあたりは厳密に決められているわけではなく、その地区(あるいは支部)の責任者(中心者という)の気分によるところが多いようです。経済的に恵まれている(つまり集金能力や献金率が高い)地区や、中心者がディズニーランドが好みだったり、スキーが得意だったりすると、月に何度か心霊復興があったりします。
4.献身者の働きは伝道と霊感商法だけではありません。
(1)国際機動隊(INTERNAT工ONAL ONE WORLD CRUSADE)
古い組織名で表現してみました。国際統一十字軍。まさに普通のキリスト教と間違えやすい名称です。略して、『国際機動隊』または『国機』と呼びます。花売りや偽募金、古くは、アフリカ難民の為とか国際救援基金とか沖縄救ライ、最近では、野の花会やしんぜん会、珍味売りなど種々の名前を使用します。
これらの活動を今はマイクロ部隊と呼んだりします。改造したマイクロバスやワゴン車で生活し、定員オーバーは日常茶飯事の状態で、一年365日物売りを続ける生活です。キャプテン兼ドライバーの男性が一人、他に5人から10人のメンバーで構成され、ホームに帰ることもせず、改造したマイクロバスなどに寝泊まりして、ひたすら物売りを続ける部隊です。売上からガソリンの消費量まで厳密に管理され、眠る時は寝袋を使ってマイクロバスの中で雑魚寝します。時には、「完徹路程」と称して、徹夜で物売りに励まなければなりません。これだけではなく、「B街」と称する深夜の飲み屋街で、お茶や珍味などを、酔客相手に販売をします。内部ではその苛酷さ故に、「地獄のマイクロ」とか「国機に一年いるとおかしくなる」と言われています。
(2)定着経済など
普通の店や会社を装っている部門です。一心病院、ハッピー運輸、男女美化粧品、温泉旅館、自動車教習所、保険会社、旅行代理店、など多岐にわたって存在します。
一方、ここ数年、日本全国で、摘発が相次いでいる、印鑑や数珠、水晶の置き物などを売る店舗(例えば2010年に有罪判決を受けた(株)新世)などは霊感商法を組織的に担っている組織なので、定着経済とは言えないと思います。勿論社員はほとんどが献身者であり、前述のホームから通い、給料は、表面上は、個人個人に払ったことにして、別会計を作り全て献金になります。これは、組織的な脱税だと思います。
5.学生・青年・壮婦
(1)学生部
ここに所属しているのはほとんどが大学生です。しかし原理研究会とは異なります。この団体の教義上から導き出される伝道システムの特徴でもありますが、伝道した人間(霊の親)と伝道された人間(霊の子)の関係は、霊界にいっても、(つまり永遠に)霊の親子ですから、この世、つまり、現実の世界でも、霊の親が霊の子をしっかり世話をします。この霊の親子関係は、実の親子(両親のこと。肉の親という)よりも大切です。当然、霊の孫や霊のおばあちゃんなども強調されます。この考え方から、伝道された者、つまり霊の子は、基本的には霊の親の所属する部署に属することになります。従って統一教会の地区(支部)に所属する者から伝道された大学生は、原理研究会に所属するのではなく、地区の学生部に所属することになるのです。
(2)青年部
働きながら統一教会に通っている若者たちの部署です。一定の研修を終えたものの、何かの理由で献身させられない(経費的に教会で養えない、つまり献身させても費用対効果面では非原理の世界で働かせて一定の献金を見込んだほうが良いとか、親の反対とか、統一原理が良く理解できない、借金がある、など)者などがここに所属させられます。勤労青年略して「勤青」と呼ばれます。しかし見方によっては青年部の方が肉体的には大変な場合もあります。彼らは、昼間通常の会社などで働いて、仕事が終わった後、伝道や経済活動をしなければならないから、昼夜働いているのと同じなのです。職場で朝から居眠りをしたり、昼食後に給湯室で眠りこんだり、ちょっと姿が見えないとトイレで眠っていたり、会議中に居眠りをしたりして、通常の職場の上司や同僚からあやしまれるのは、目常茶飯事のことです。
(3)壮年壮婦部(婦人部)
統一教会に入るのは若者だけではありません。壮年壮婦も伝道されます。ここでいう壮年壮婦は年齢によるものではなく、主に主婦を意味します。すなわち、普通の結婚をして、普通の家庭をもつている人たちです。主に主婦を意味する、としたのは、ほとんどの壮年(つまり男性)は、自分の奥さんによって伝道され、しかもしっかり活勣する信者は少ないからです。
奥さんが統一教会の活動を始めると、その激しい活動と金銭的な問題から、ほとんどの家庭内はかなり紛糾します。特に最近は、献身者よりも壮婦に献金の重点が置かれているため、そのノルマはかなり厳しいものがあり、家庭内のいざこざが絶えず、夫婦の関係もぎくしゃくしてきます。ご主人は家庭を壊したくないから、できるだけソフ卜に奥さんに接して、説得します。かといって好きにさせると、家庭内の預貯金に手をつけ、挙句の果てには、ご主人に内緒で、生命保険から子供の学資保険まで手を付けてしまいます。曰々の過酷な組織的な活動の為、食事はレトルトに頼ることが多くなり、当然家事はおろそかになります。それでも与えられた献金のノルマを達成できないうちに、つぎのノルマが課せられます。ちなみに、信者同士が合同結婚式で夫婦になり、その後家庭を持った大部分の信者達(これを「祝福家庭」といいます)もこの壮年壮婦部に所属することになります。
献身者の場合、合同結婚式を受けたからと言って、すぐ一緒に住むことが許されるわけではありません。統一教会には、聖別期間というものがあり、この期間をすぎないと同居できません。聖別期間は、7日間なのか40日なのか4ヶ年なのか基本的には色々です。この聖別期間は最初は一定の期間であったのですが、今や有名無実と化し、責任者の都合や、部局のノルマの達成率、あるいは相手の男性が韓国人であると早く家庭が持てるとか、要はご都合主義になってしまっています。しかし日本人同士の場合は、家庭を持たせてくれるのは、やはり時間がかかる様です。
しかし壮婦は、「既成祝福」と呼ばれ、別の範躊であるから、70日間聖別すると「神の子」が生まれると教えられ、幹部の指示でご主人と70日間同衾しないで頑張ったりするので、それもまた夫婦間の軋蝶を生みます。しかも祝福を受ける前にすでに生まれていた子供は、基本的にはサタンの子供と見なされるので、これもまた複雑なことになります。
壮年壮婦をここに入れるのは多少の異論もありますが、統一教会直接の主管下(管理下)である、という意見もあり、事実、VIPや篤志家と称するお金持ちや有名人は、確かに統一教会の幹部役員が直接に管理する例もあるが、敢えて大雑把にここにいれました。
6.いわゆる合同結婚式
(1)統一教会がキリスト教の一宗派であると主張しながら、世界中のキリスト教の団体から、どうしでも認められない数多くの異様さの中のひとつに、この合同結婚式があります。
その実態と「統一原理」という教理上の意義と価値については、省略しますが、ここでは、その歴史をできるだけ正確に記すことにします。
ただ次の一点だけは、この団体を理解する上で貴重だと思われるので触れておきます。
かつて、統一教会に反対するグループやマスコミは、これを「集団結婚式」と呼びました。統一教会は、この言葉ものすごい拒否反応を示し、マスコミや反対するグループに、かたっぱしから、猛烈な抗議と訂正を申し入れました。その甲斐あって、今や「合同結婚式」という言葉は、日本では、定着しました。
しかし、アメリカでは、「MASS WEDDING」、(マスウェディング)と呼ばれていますがこの言葉に抗議した事実を、私は知りません。韓国語を日本語や英語に翻訳するのは、とても難解なことなのです。そういえば統一教会の信者たちは、自らが唯一絶対の真理である、「統一原理」の説明を求めると、必ずこう答えます、
「とても難しい教えだから、ビデオセンターか、もっと上の者に聞いてください」。
(2)合同結婚式の歴史
ア.1960年 4月 3組
1961年 5月 33組
*この二つの家庭を36家庭と呼び、他の合同結婚式と区別して特別の存在とします。
イ.1962年 6月 72組
1963年 7月 124組
1968年 2月 430組*日本統一教会初代会長の久保木修己夫
妻が日本人で初めて参加。本来統一教会が行う合同結婚式は、文鮮明が結婚相手をその場で指名して決めるのですが(実体マッチングという)、この時久保木修己はすでに結婚していたので、改めて二人で文鮮明の指名を受けました(既成祝福という)。36家庭が特別である理由は、当時、結婚していた者たちは、全員離婚しで新たに文鮮明の決めた相手と結婚するということであったのも一つの理由です。結果として、この36家庭が統一教会の幹部層を構成することになります。しかし、この36家庭もいまや多くの家庭が死亡したり脱会したりで、かなり悲惨な状況になっています。
ウ.1969年 5月 43組
1970年10月 777組
1975年 2月 1800組
1977年 2月 74組
1978年 5月 118組
1982年 7月 2075組
10月 6000組*この中には、1 9 7 8年9月22日文鮮明が強引に日本に入国して、埼玉県の神川村(当時)で実体マッチングをした、通称「いちろく」と呼ばれる1610組のカップルも含まれます。
エ.1986年 4月 二世36組
1988年10月 6500組
1989年 1月 二世72組
1月 1275組
1992年 8月 3万組
1995年 8月 36万組
1997年11月 4千万組
1998年 6月 3億6千万組
1999年 2月 3億6千万組 国際合同祝福結婚式
2000年 2月 4億組 第1次国際合同祝福結婚式
2001年 1月 4億組 第2次国際合同祝福結婚式
5月 60組 超宗派聖職者祝福結婚式
2002年 2月 4億組 第3次国際合同祝福結婚式
4月 14万4千組 超宗派超国家聖職者祝福結婚式
7月 超宗派超国家祝福結婚式
2003年 7月 4億組 第4次国際合同祝福結婚式
2004年 7月 4億組 第5次国際合同祝福結婚式
8月 真の心情革命と真の解放釈放天一国入籍祝福式
12月 天一国4年特別祝福式
2005年 2月 天一国5年特別祝福式
8月 4億組 第6次国際合同祝福結婚式
12月 世界平和国際合同交叉祝福式
2006年 8月 真の家庭祝福聖婚式
2007年 2月 世界平和実現のための太平聖代平和交叉交体祝福結婚式
7月 2007太平聖代平和交差交体祝福結婚式
2008年 7月 太平聖代神文明平和祝福結婚式
10月 2008太平聖代神文明平和祝福結婚式 (第2次)
2009 1月 2009太平聖代神文明平和祝福結婚式
*これが今まで統一教会が行ってきた、合同結婚式の組数です。その合計は8億55万4759組で、人数は16億110万9518人です。大雑把な推計で、日本の人口が1億1千万人。中国の人口が14億人。世界の人口は66億6千万人ですから、なんと4.2人に一人が統一教会の合同結婚式に参加していることになります。これが全く実態からかけはなれた架空の参加人数であることは明白です。
第3.信者との話し合い
次に統一教会の信者に対する、いわゆる、『統一教会信者との話し合い』、統一教会が言う『拉致・監禁』について述べます。
1.『統一教会信者との話し合い』とは
『統一教会信者との話し合い』とは、信者と家族を通常の生活に戻すことを目的とすることです。
そもそも統一教会に入会し、人格や人生を破壊され、更にはその家庭をも破壊されかねない事態に直面している信者本人やその家族の相談を受けた場合、どのような行動をとるべきでしょうか。また、どのような行動をとることが許されるのでしょうか。
統一教会は、その救いを求めてきた家族や信者本人に対して助言をし、信者との話し合いをすることなどが、逮捕、監禁及び強要罪に該当するものであると主張しています。
しかし、私の行為がこのような犯罪に該当するものであるか否かを判断するにあたっては、具体的な行為の内容について特定するとともに、その行為が社会的に相当な行為として認められるものであるか否かという総体的な事実関係の評価が求められるはずです。ですから、私達が信者及びその両親などに対して、如何なる目的でどのような助言や話し合いをしたかが重要だと思うのです。
もとより、如何なる正当な目的があったとしても、その手段・方法が著しく社会的相当性を逸脱している場合には、その行為は違法性を有するでしょう。しかし、彼らが主張している事実にはあまりに虚偽が多く、私の関与が著しく歪曲されているのです。
2.『統一教会信者との話し合い』における基本的視点
私の『統一教会信者との話し合い』における関わりはあくまで信者とその家
族の統一教会問題についての悩みを解決するための助言と話し合いです。
私がこの問題に取り組む基本的視点は次の諸点にあります。
(1)統一教会の様々な活動が、その信者及び市民にもたらす人権侵害や様々な精神的財産的被害について、信者やその家族が正確な認識をもつこと。これが基本です。正確な事実を知らずして、正しい人生の選択はありえないのです。
(2)わが子や妻が統一教会の信者になって苦しんでいる家族にとって、その問題を解決できるのは家族と本人だけです。私はその助言者にすぎません。
子や妻が統一教会の信者になったのは、家庭や本人のこれまでの生活や相互関係に問題があったためである面も否定できません。
信者になった本人が統一教会を辞めるためには、自らが信者としてやってきたこと(指示に基づいてさせられてきたこと)を冷静にふり返り、自分の判断力に基づいて、信者であり続けるか否かを選択すれば十分です。しかし、本人が、冷静な自らの判断で統一教会信者としてのこれまでの活動を客観的にふり返り、今後の道を選択する気持になるためには、なぜ本人が統一教会にはいってしまったのかということについて十分理解している家族の、本人への愛情とけじめと忍耐が必要です。
(3)統一教会の信者が、家族の愛情とけじめと忍耐によって脱会を決意し、自らの人生を自己の判断で歩むようになるにあたっては、基本的に、①家族との話し合い、②信者本人との話し合い、③正確な情報による信者自らの判断、④自立のための助言の4段階を経ることが不可欠です。以下詳しく述べます。
ア.家族との話し合い
(ア)統一教会のことについてほとんど知らない家族が私のところに相談に来る際には、「自分の子供が突然別人のようにかってしまい、嘘やごまかしばかり言って、まともな会話が成り立たなくなった。自分の預貯金は、全て献金し、次には、家族に嘘をついて金銭を要求する。親戚や友人知人に高額な商品を売り付ける。やがて同じことを、街頭で通りすがりの見知らぬ人に日常的に行う。そして統一教会に反対する親をサタンと決めて敵視する。統一教会について質問をすると、ことごとく嘘を嘘で塗り固める。突然家を出ていって仕事を辞めて、信者達だけで暮らしはじめる。しかもその所在をあいまいにする」というような事態に驚いて、信者になったこのような子や妻のひょう変に戸惑い、怒り、困りはてていることがほとんどです。
家族が自ら統一教会の実態などについて書かれた書籍などを読んで相当程度の認識をもっていたとしても、信者たちがどのような経過で統一教会に深入りし、現在どのような心境で統一教会に関わりつづけているかについて認識することは極めて困難です。心配や不安などが先行して、感情的になり、一家心中を考えたり、半狂乱になっている家族も少なくありません。
社会的体面にとらわれて、「うちの家族が常軌を逸しかわけのわからない宗教に染まっていることは世間体が悪くて恥ずかしい」という動機で相談に来る両親さえいます。
このような家族に、信者がどのような経過で統一教会に関わるようになり、どんな気持ちで信者として活動しているのかを知ってもらい、統一教会の活動の実情を正しく認識してもらうことから、相談は開始されるのです。
(イ)統一教会に入会する信者は決して特異な人格の人ではありません。むしろ、まじめでこれまで親に反抗したことのないような人、向上心があって人を疑うことのない良い人、などが入会することが多いのです。
つまり、誰でも信者になってしまいかねないのです。そのような信者が、統一教会内で、これまでの人生を投げ捨てて、新たに統一教会=文鮮明のための人生を選択させられているのです。
従って、この相談は、なぜ本人が統一教会に入ってしまったのかを家族に考えてもらうことにも重点がおかれることになります。
その際、もしも、子供や妻の人格を認めない家族、愛情過多で子供の自立を認めたがらない父母、子供の自立の悩みに気づかぬ父母、夫婦の気持ちのそご、などが認められる家庭については、両親や夫ら家族が信者になった妻子に、これまでどのような対応をしてきたか、また、家族関係のあり方についてこれまでどう考えてきたか、などを冷静に自分でふり返ってもらうようにしています。つまり、信者になった本人だけの問題としてではなく、家族自身の問題として本人と共に考える姿勢をもつように問題提起していくのです。
(ウ)信者になった本人は、統一教会内部での教え込みによって、たとえ現行法に反することをなし、あるいは社会的に強く批判されているとしても、自分は正しいことをしていると思わされています。今は家族も反対しているが、将来(死後の霊界でのことも含む)には、必ず自分の統一教会での活動に深く感謝してくれるはずだ、と信じ込まされているのです。だからこそ自分のためだけでなく家族のためにも、ひいては日本や世界の人々のためにも命がけで統一教会の活動を行なっているのです。この信者の現在の心境を、家族が十分理解することが、とりわけ重要です。ただ「朝鮮人(最初の頃親たちは特にこの差別用語を使います)にだまされている。」「統一教会に洗脳された。」という認識レベルでは事態を更に悪化させるだけです。
このように信じ込んでいる信者に対し、百万言を費やし何十冊の本を与えても彼らの価値観は、常識や善意の評価を含めて、すでに大きく変えられているので、決して通常の会話は成り立たないのです。例えば「この世の法律より天法(教祖文鮮明の命令)が優先する。」「大いなる善(統一教会の目的)のために小さい悪は許される」などと教え込まされ信じています。統一教会の考え方は本当に正しいことなのかどうか、彼らを理解して、彼らの信じ込まされている真の意味での家族関係のあり方や一般社会の現実、あるべき今後の人生などについで、家族が信者本人と一緒に悩み考える姿勢があって、はじめて会話が成り立つのです。
(エ)このような意味で、相談に来た家族との話し合いや助言は極めて重要です。従って、この家族との会話は、いろんな人の経験を聞く継続的な話し合いが不可欠となるのです。
家族としてはここで十分に信者に対する理解を確立することが、信者本人の脱会後の自立のためにも重要な要素になるのです。
イ.信者本人との話し含い
信者本人と家族の話し合いによって信者が自分なりに統一教会の活動をふり返り、今後も統一教会信者として活動して行くか否かを考える気持になった場合でも、統一教会の教義の内容や統一教会の活動の実態、『真(まこと)のご父母様』として信者が絶対的に信奉している文鮮明の実態などについて、正確な情報を提供して信者の判断に誤りなきを期するためには、これらの問題にある程度通暁した人物の介在が望ましいのです。現在では、これらの問題について様々な専門書が刊行されるようになりました。従って、本人が自ら統一教会信者としての活動をふり返り、これら専門書を読むだけで脱会を決意する例がないわけではありません。しかし、今後の本人の自立のためには、できれば信者個々人の入信過程や統一教会において担当してきた活動内 容などについて具体的事実を掌握している人物と信者との話し合いの機会をもつことが望ましいのです。
ウ.正確な情報による信者自らの判断
そこで、家族と本人の話し合いの結果、本人が真意に基づいて統一教会の事情に詳しい人から資料や情報の提供をうけて、直接会って話し合ってみたいと希望した場合に、私は可能な限り本人と会って具体的な資料を示しつつ統一教会の教義や文鮮明の活動の実像などその活動の実態などについて本人に説明し、話し合う活動を行っているのです。
しかし、この話し合いもあくまで、信者本人が私と話し合うことを了解していない限り成立するものではありません。従って、私も信者本人が自ら話し合いを承諾しない限り行わないのです。
私による本人への資料提供や話し合いは、本人を統一教会から脱会させるためのものではありません。本人が自ら信者として関わってきた活動を客観的に冷静に検証し、今後の自らの人生を決めるための情報を提供するものです。脱会するよう私が本人に対して勧めることをしなくても、本人が冷静且つ客観的に考える姿勢を持つようになれば、自ら結論は出るのです。
エ.自立のための助言
(ア)信者本人が、統一教会が行ってきた霊感商法や詐欺的伝道、宗教団体にあるまじき信者管理の問題点に気付き、その教義や文鮮明の問題点を理解するなどして、統一教会から離脱することを決意したとしても、本人や家族にとって、その後のほうがむしろ大変です。
本人は、統一教会や文鮮明、活動だけでなく、日常生活をともにしてきた信者たち(「兄弟姉妹」と称している)を絶対に正しいものと信じて長期間その指示に従って生活してきています。何時に起きて何をし、何を考え、何を目標にして、何に取り組んでいるのか、その全てを組織の指示によって長年活動してきた本人にとって、全てのことを自分で決めること自体が非常なストレス(精神的な負担や重圧)になるのです。家族や職場などとの人間関係についても自分で判断して考えねばなりません。
統一教会にいる間は全てアべル(上司的立場の信者)が他の信者を統括しており、全ての信者が組織的な目標(摂理などという)の達成に向けて24時間活動しているので、人間関係で悩むことも少なくてすむのです。同じ「ホーム」で共同生活を送り、同じ「目的」のために活動してきた信者相互間の連帯感も非常に強いものがあります。これを放棄するためには相当の決意を要することになります。統一教会の内部では、「心情的なつながり」と表現します。まして上意下達の命令系統はアべル(上司)・カイン(部下)とよばれ、「絶対屈服・絶対服従」と教え込まれ厳密に管理されます。つまりアべルの命令は絶対であり、その一番上のアべルがメシヤ文鮮明なのです。そして、「統一原理」によれば、メシヤ以外の人間は、個性を完成していない存在であるから、堕落人間(一般信者)は自分で考えて自分で判断することを罪と教え、常にアベル(上司)への報告・連絡・相談(報連相)を徹底させるように繰り返し指導します。
このような長年の習慣が身についているため、本人が自分の判断でものごとを決め、社会人として自立するためには、大変な努力が必要です。また、そのの苦しみを家族が長い目で愛情をもって支えることが必要です。
(イ)信者本人が入信するにあたり動機の一つになっていた家族、特に両親や夫との間の問題が何らかの形で改善されていない場合、統一教会から戻った本人は、再びその問題に直面しなければならなくなります。
家族や本人は、統一教会に入っていた期間を、人生を無駄にした期間としてとらえるため、あせって社会復帰を試みることが、本人にとって過大なストレスを課すことになって、かえって社会復帰を遅らせることになる場合もあり得ます。
このため、私は、仮に本人が脱会を決意したとしても、家庭環境や本人の職業、経歴、などに配慮しつつ、本人の意思と選択で自立していくことができるよう、本人や家族と話し合い、助言するように努めてきました。
3.統一教会主張の「脱会強要」について
統一教会は、信者に対する脱会強要があったことを前提として、それを家族に私が教唆・指示したかの如き主張をしています。これはこれまで述べたことからも明らかな通り、全く事実に反するものです。
前述した家族との話し合い一信者本人との話し合い一本人の判断一自立のための助言、は単純に時系列的に4段階で行なわれるのではありません。これら4段階の話し合いや助言は、時として並行してなされることがあります。
このような話し合いや助言の活動において、「脱会強要」の示唆や指示はありえません。
私は、家族との話し合いにおいて、如何に本人の納得を得たうえでの話し合いが重要であるかを力説し、家族の理解を得るよう努力してきました。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
勿論、脱会後の自立のための助言をするにあたっても、家族や本人と何回も会って精神的、社会的自立を促すように努めてきました。
前述したような統一教会の主張は全くの筋違いの事実に反するものです。
とりわけ私は、家族の勉強に力を注いできました。また、本人が統一教会を離れる決意をした後の立ち直りのための家族の支えや助言の重要性を感じ、家庭内でも本人が精神的社会的に自立しやすい環境を整備するよう、本人や家族と話し合いをし、助言することに尽力してきたのです。
このように、相談を受ける立場の者のそれぞれの経歴やこれまでの蓄積によって、実施する話し合いのあり方やその内容は相当違ったものになります。また、相談に訪れる家族や信者本人の環境や条件によっても、話し合いや助言のあり方は全く異なってくる面があり、決して一律に論じられるものではないのです。
4.統一教会信者問題に取り組む理由
私は、なぜこのような相談・助言の活動をしてきたのか、また行なわざるをえないのか。理由は極めて明白です。
統一教会の信者である限り、他の人々の人権や財産権を違法・不当に侵害し、信者自身の人生や家庭及び勧誘する相手の人生や家庭を破壊することが避けられないからです。
また、このような人権侵害や反社会的な活動が、いやしくもキリスト教の一派の如き名称をもつ集団によって組織的になされることを放置できないからです。
5.私と統一協会とのかかわり
私と統一教会との関わりについて述べます。
前述したように私は明治大学を卒業しております。その在学中に(1962年か1963年頃だと思います)、東京都内の大きな駅の近くで、異様な雰囲気の、同年代の若者が、「統一原理による統一世界」「マルクスの資本論は間違っている」と書かれた幟旗を掲げて、黒板で講義をしているのをよく見かけました。興味本位で彼らの話を何度か聞きましたが、その内容は、明らかに独りよがりの思い込みの強いだけのものでした。その頃、彼らは足元に、彼らの教典である「原理講論」という本を積み上げて売っていたので、一冊買い求めて読んでみましたが、やはり独りよがりの思い込みの強い内容で、読むに堪えないものであると思い、そのまま放置しておきましたが、これが世に言う「親泣かせ原理運動」かと認識をしたぐらいでした。その後は、たまたま立ち寄った書店で、「原理運動」に関する本を読んでみるとか、新聞に載った、『原理運動や統一教会』の記事を見るくらいでした。
1982年頃だったと思います。家の近くの、日本イエスキリスト教団荻窪栄光教会に聖書の勉強のために通っていた折、この教会の、森山諭牧師を知りました。大変高潔な人格者であり、この森山先生に聖書の手ほどきを受けました。
ある時雑談の最中に、森山先生から、「統一教会のことを知っているか。」と尋ねられ、「少しくらいなら知っています。」とお答えし、統一教会のことを、聞かれるままに、お答えしたり、逆に私の方も色々お聞きしたりしてのお付き合いが始まりました。
その年の夏頃だったと思います。森山先生からお呼びがかかり、「今統一教会の信者であるお嬢さんが、ご両親と教会に来ているのだが、もし暇があるなら、教会に来て、そのお嬢さんと話をしてくれないか。」と頼まれました。別段さしたる用事も無かったので、教会の図書室で彼女と、統一教会について話をしました。その後しばらくして、教会の聖書研究会で彼女に会った時、彼女がにこにこしながら私の所に来て、「あの時は有難うございました。」とお礼を言われた時の、彼女の明るい笑顔を憶えています。
当時、荻窪栄光教会には、沢山の御家族が、子供を統一教会から救いたいと、森山先生を頼って来ていました。森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ、仕事の帰りや暇な時に来て話をするくらいならと引き受けたのが始まりでした。その後、この集まりは、森山先生と他の御家族が集まって、「水茎会」と名付けられました。勿論私は、この会の主催者でもなければ、責任者でもありません。
私は、1944年8月生まれです。明治大学で法律を専攻し、1973年9月明治大学を卒業しました。
1974年4月から株式会社日制に勤務しました。1977年10月同社を退職しました。同年10月株式会社タップを設立、取締役に就任しました。1982年10月に同社を退職し、同年10月、同名の株式会社タップを設立、代表取締役に就任し現在に至ります。
私には妻と2人の男の子があります。
私は、1984年9月ころから、様々な伝手を頼って、統一教会の信者やその家族などから相談を受けることが頻繁にありました。このため、統一教会信者やその家族などからの相談に応じてきました。
第2.統一教会とは
1.最初に、世界基督教統一神霊協会(以下統一教会と略します)の概略を記します。
崔奉春(チェボンチュン、日本名西川勝)が日本で統一教会の布教を始めたのが1958年。日本統一教会の生みの親ともいうべき、この人物は、その後脱会します。しかし、この人物の詳細はその後も明らかにされていません。同人の脱会前、統一教会が『親泣かせ原理運動』と呼ばれて世間を騒がせたのは、1964年頃のことです。統一教会は、それから何かと物議をかもしながら、色々な矛盾や内部抗争をたくみにクリアして現在にいたっています。
2.統一教会の伝道活動は、街頭での手相鑑定やアンケート、物売り、訪問販売、あるいは職場の同僚や友人関係などあらゆる機会を利用してなされます。『転換期トーク』などと呼ばれる人生相談などのふりをして、ビデオセンターに誘い込みます。このとき『統一教会』の伝道活動とは決して言いません。宗教かと聞かれても、必ず「いいえ違います。」あるいは「宗教を超えたものです。」とごまかして答えます。ですから、自分が通っているところが、『統一教会』だと知らされるのは、もっと深入りして、統一教会の幹部信者が統一教会と聞いても辞めないだろうと判断されてからです。要するに、自分の勉強していることや、その団体の名称を知らされるのは、自分でも気付かないうちに、『統一教会』の色に染められてからになるのです。『統一教会』の名前は徹底的に隠されます。ビデオセンターは○○カルチャーセンターとか、○○文化フォーラムなど、カタカナの名前をつけて、しゃれた喫茶店のような内装が施され、それぞれ若者向け、VIP向け、壮婦向け、などに分けられています。この正体隠しの巧妙な誘い込みの手口が、『統一教会』が、「洗脳」や「マインドコントロール」を使うといわれる、大きな理由のひとつです。
ちなみに、物売りや訪問販売などをきっかけにして伝道する方法を、内部では、「万物からの復帰」(物品を買うことによって、神のもとに復帰する)といいます。統一教会でいう「復帰」とは、そもそも全ては神の所有物であるから(普通のキリスト教もこのように考える)、それを神のもとに復帰する、すなわち本来の持ち主である神のもとに返すのだから、どんな手段や方法を使っても神のためになることだから許される、という身勝手な理論です。これが霊感商法を始め、あらゆる金儲けの根幹をなしています。これを「万物復帰」と呼びます。統一教会では通常、「万物」とはお金を意味します。職場の同僚や友人・家族などを伝道する場合は、FF伝道(FAMTLY AND FRIENDの略)と呼びます。何れの揚合でも、進み具合によって、必ず物品の購入が求められます。商品は様々ですが、印鑑、風水用品、着物から帯、指輪からネックレス、サウナや人参茶、浄水器、大理石の壷や彫刻品などさまざまで、これらを購入させる方法が、先祖の因縁やたたりなどを利用するいわゆる霊感商法です。
3.献身者
文字どおり統一教会に献身した信者で、一年365日、一日24時間、統一教会の為に働き続ける立場の信者です。衣食住は、基本的には統一教会が負担し、アパートや一軒家、マンションなどを借り切って、「ホーム」と称し、このホームで共同生活を送っています。食事当番がいて、日々の食事をまかなっています。豪華さや栄養バランスはともかく、それなりのカロリーは摂取できます。教義的な断食は頻繁にありますが、罰則的な断食はほとんどありません。
ホームと呼ばれる宿舎は男女で共同生活をしますが、部屋やトイレはもちろん別々であり、異性との交際は信者自らが厳しく律し、ホーム内で男女の手や肩が触れるのも厳禁。生活費は一切統一教会が負担し、地区(支部)などの地域組織の独立採算制です。一か月1万5000円位の小遣いも支給され(一律ではない)、組織活動のための交通費などは実費が支給されます。小遣いの中から整髪代、携帯電話、コンタクトレンズや化粧品などの他、伝道した人への プレゼント、郵送料や定期購読や推奨される書籍代、それに信者の義務とされている1 O分の1献金を出すと、ほとんど残りません。当然新しい洋服など買うことはできず、みんなで使い回しをしたりすることもあります。普通一か月に一日、調整日とよばれる休日が与えられます。そのほか月に1回くらい、心霊復興と呼ばれるレクリエーション日があるが、このあたりは厳密に決められているわけではなく、その地区(あるいは支部)の責任者(中心者という)の気分によるところが多いようです。経済的に恵まれている(つまり集金能力や献金率が高い)地区や、中心者がディズニーランドが好みだったり、スキーが得意だったりすると、月に何度か心霊復興があったりします。
4.献身者の働きは伝道と霊感商法だけではありません。
(1)国際機動隊(INTERNAT工ONAL ONE WORLD CRUSADE)
古い組織名で表現してみました。国際統一十字軍。まさに普通のキリスト教と間違えやすい名称です。略して、『国際機動隊』または『国機』と呼びます。花売りや偽募金、古くは、アフリカ難民の為とか国際救援基金とか沖縄救ライ、最近では、野の花会やしんぜん会、珍味売りなど種々の名前を使用します。
これらの活動を今はマイクロ部隊と呼んだりします。改造したマイクロバスやワゴン車で生活し、定員オーバーは日常茶飯事の状態で、一年365日物売りを続ける生活です。キャプテン兼ドライバーの男性が一人、他に5人から10人のメンバーで構成され、ホームに帰ることもせず、改造したマイクロバスなどに寝泊まりして、ひたすら物売りを続ける部隊です。売上からガソリンの消費量まで厳密に管理され、眠る時は寝袋を使ってマイクロバスの中で雑魚寝します。時には、「完徹路程」と称して、徹夜で物売りに励まなければなりません。これだけではなく、「B街」と称する深夜の飲み屋街で、お茶や珍味などを、酔客相手に販売をします。内部ではその苛酷さ故に、「地獄のマイクロ」とか「国機に一年いるとおかしくなる」と言われています。
(2)定着経済など
普通の店や会社を装っている部門です。一心病院、ハッピー運輸、男女美化粧品、温泉旅館、自動車教習所、保険会社、旅行代理店、など多岐にわたって存在します。
一方、ここ数年、日本全国で、摘発が相次いでいる、印鑑や数珠、水晶の置き物などを売る店舗(例えば2010年に有罪判決を受けた(株)新世)などは霊感商法を組織的に担っている組織なので、定着経済とは言えないと思います。勿論社員はほとんどが献身者であり、前述のホームから通い、給料は、表面上は、個人個人に払ったことにして、別会計を作り全て献金になります。これは、組織的な脱税だと思います。
5.学生・青年・壮婦
(1)学生部
ここに所属しているのはほとんどが大学生です。しかし原理研究会とは異なります。この団体の教義上から導き出される伝道システムの特徴でもありますが、伝道した人間(霊の親)と伝道された人間(霊の子)の関係は、霊界にいっても、(つまり永遠に)霊の親子ですから、この世、つまり、現実の世界でも、霊の親が霊の子をしっかり世話をします。この霊の親子関係は、実の親子(両親のこと。肉の親という)よりも大切です。当然、霊の孫や霊のおばあちゃんなども強調されます。この考え方から、伝道された者、つまり霊の子は、基本的には霊の親の所属する部署に属することになります。従って統一教会の地区(支部)に所属する者から伝道された大学生は、原理研究会に所属するのではなく、地区の学生部に所属することになるのです。
(2)青年部
働きながら統一教会に通っている若者たちの部署です。一定の研修を終えたものの、何かの理由で献身させられない(経費的に教会で養えない、つまり献身させても費用対効果面では非原理の世界で働かせて一定の献金を見込んだほうが良いとか、親の反対とか、統一原理が良く理解できない、借金がある、など)者などがここに所属させられます。勤労青年略して「勤青」と呼ばれます。しかし見方によっては青年部の方が肉体的には大変な場合もあります。彼らは、昼間通常の会社などで働いて、仕事が終わった後、伝道や経済活動をしなければならないから、昼夜働いているのと同じなのです。職場で朝から居眠りをしたり、昼食後に給湯室で眠りこんだり、ちょっと姿が見えないとトイレで眠っていたり、会議中に居眠りをしたりして、通常の職場の上司や同僚からあやしまれるのは、目常茶飯事のことです。
(3)壮年壮婦部(婦人部)
統一教会に入るのは若者だけではありません。壮年壮婦も伝道されます。ここでいう壮年壮婦は年齢によるものではなく、主に主婦を意味します。すなわち、普通の結婚をして、普通の家庭をもつている人たちです。主に主婦を意味する、としたのは、ほとんどの壮年(つまり男性)は、自分の奥さんによって伝道され、しかもしっかり活勣する信者は少ないからです。
奥さんが統一教会の活動を始めると、その激しい活動と金銭的な問題から、ほとんどの家庭内はかなり紛糾します。特に最近は、献身者よりも壮婦に献金の重点が置かれているため、そのノルマはかなり厳しいものがあり、家庭内のいざこざが絶えず、夫婦の関係もぎくしゃくしてきます。ご主人は家庭を壊したくないから、できるだけソフ卜に奥さんに接して、説得します。かといって好きにさせると、家庭内の預貯金に手をつけ、挙句の果てには、ご主人に内緒で、生命保険から子供の学資保険まで手を付けてしまいます。曰々の過酷な組織的な活動の為、食事はレトルトに頼ることが多くなり、当然家事はおろそかになります。それでも与えられた献金のノルマを達成できないうちに、つぎのノルマが課せられます。ちなみに、信者同士が合同結婚式で夫婦になり、その後家庭を持った大部分の信者達(これを「祝福家庭」といいます)もこの壮年壮婦部に所属することになります。
献身者の場合、合同結婚式を受けたからと言って、すぐ一緒に住むことが許されるわけではありません。統一教会には、聖別期間というものがあり、この期間をすぎないと同居できません。聖別期間は、7日間なのか40日なのか4ヶ年なのか基本的には色々です。この聖別期間は最初は一定の期間であったのですが、今や有名無実と化し、責任者の都合や、部局のノルマの達成率、あるいは相手の男性が韓国人であると早く家庭が持てるとか、要はご都合主義になってしまっています。しかし日本人同士の場合は、家庭を持たせてくれるのは、やはり時間がかかる様です。
しかし壮婦は、「既成祝福」と呼ばれ、別の範躊であるから、70日間聖別すると「神の子」が生まれると教えられ、幹部の指示でご主人と70日間同衾しないで頑張ったりするので、それもまた夫婦間の軋蝶を生みます。しかも祝福を受ける前にすでに生まれていた子供は、基本的にはサタンの子供と見なされるので、これもまた複雑なことになります。
壮年壮婦をここに入れるのは多少の異論もありますが、統一教会直接の主管下(管理下)である、という意見もあり、事実、VIPや篤志家と称するお金持ちや有名人は、確かに統一教会の幹部役員が直接に管理する例もあるが、敢えて大雑把にここにいれました。
6.いわゆる合同結婚式
(1)統一教会がキリスト教の一宗派であると主張しながら、世界中のキリスト教の団体から、どうしでも認められない数多くの異様さの中のひとつに、この合同結婚式があります。
その実態と「統一原理」という教理上の意義と価値については、省略しますが、ここでは、その歴史をできるだけ正確に記すことにします。
ただ次の一点だけは、この団体を理解する上で貴重だと思われるので触れておきます。
かつて、統一教会に反対するグループやマスコミは、これを「集団結婚式」と呼びました。統一教会は、この言葉ものすごい拒否反応を示し、マスコミや反対するグループに、かたっぱしから、猛烈な抗議と訂正を申し入れました。その甲斐あって、今や「合同結婚式」という言葉は、日本では、定着しました。
しかし、アメリカでは、「MASS WEDDING」、(マスウェディング)と呼ばれていますがこの言葉に抗議した事実を、私は知りません。韓国語を日本語や英語に翻訳するのは、とても難解なことなのです。そういえば統一教会の信者たちは、自らが唯一絶対の真理である、「統一原理」の説明を求めると、必ずこう答えます、
「とても難しい教えだから、ビデオセンターか、もっと上の者に聞いてください」。
(2)合同結婚式の歴史
ア.1960年 4月 3組
1961年 5月 33組
*この二つの家庭を36家庭と呼び、他の合同結婚式と区別して特別の存在とします。
イ.1962年 6月 72組
1963年 7月 124組
1968年 2月 430組*日本統一教会初代会長の久保木修己夫
妻が日本人で初めて参加。本来統一教会が行う合同結婚式は、文鮮明が結婚相手をその場で指名して決めるのですが(実体マッチングという)、この時久保木修己はすでに結婚していたので、改めて二人で文鮮明の指名を受けました(既成祝福という)。36家庭が特別である理由は、当時、結婚していた者たちは、全員離婚しで新たに文鮮明の決めた相手と結婚するということであったのも一つの理由です。結果として、この36家庭が統一教会の幹部層を構成することになります。しかし、この36家庭もいまや多くの家庭が死亡したり脱会したりで、かなり悲惨な状況になっています。
ウ.1969年 5月 43組
1970年10月 777組
1975年 2月 1800組
1977年 2月 74組
1978年 5月 118組
1982年 7月 2075組
10月 6000組*この中には、1 9 7 8年9月22日文鮮明が強引に日本に入国して、埼玉県の神川村(当時)で実体マッチングをした、通称「いちろく」と呼ばれる1610組のカップルも含まれます。
エ.1986年 4月 二世36組
1988年10月 6500組
1989年 1月 二世72組
1月 1275組
1992年 8月 3万組
1995年 8月 36万組
1997年11月 4千万組
1998年 6月 3億6千万組
1999年 2月 3億6千万組 国際合同祝福結婚式
2000年 2月 4億組 第1次国際合同祝福結婚式
2001年 1月 4億組 第2次国際合同祝福結婚式
5月 60組 超宗派聖職者祝福結婚式
2002年 2月 4億組 第3次国際合同祝福結婚式
4月 14万4千組 超宗派超国家聖職者祝福結婚式
7月 超宗派超国家祝福結婚式
2003年 7月 4億組 第4次国際合同祝福結婚式
2004年 7月 4億組 第5次国際合同祝福結婚式
8月 真の心情革命と真の解放釈放天一国入籍祝福式
12月 天一国4年特別祝福式
2005年 2月 天一国5年特別祝福式
8月 4億組 第6次国際合同祝福結婚式
12月 世界平和国際合同交叉祝福式
2006年 8月 真の家庭祝福聖婚式
2007年 2月 世界平和実現のための太平聖代平和交叉交体祝福結婚式
7月 2007太平聖代平和交差交体祝福結婚式
2008年 7月 太平聖代神文明平和祝福結婚式
10月 2008太平聖代神文明平和祝福結婚式 (第2次)
2009 1月 2009太平聖代神文明平和祝福結婚式
*これが今まで統一教会が行ってきた、合同結婚式の組数です。その合計は8億55万4759組で、人数は16億110万9518人です。大雑把な推計で、日本の人口が1億1千万人。中国の人口が14億人。世界の人口は66億6千万人ですから、なんと4.2人に一人が統一教会の合同結婚式に参加していることになります。これが全く実態からかけはなれた架空の参加人数であることは明白です。
第3.信者との話し合い
次に統一教会の信者に対する、いわゆる、『統一教会信者との話し合い』、統一教会が言う『拉致・監禁』について述べます。
1.『統一教会信者との話し合い』とは
『統一教会信者との話し合い』とは、信者と家族を通常の生活に戻すことを目的とすることです。
そもそも統一教会に入会し、人格や人生を破壊され、更にはその家庭をも破壊されかねない事態に直面している信者本人やその家族の相談を受けた場合、どのような行動をとるべきでしょうか。また、どのような行動をとることが許されるのでしょうか。
統一教会は、その救いを求めてきた家族や信者本人に対して助言をし、信者との話し合いをすることなどが、逮捕、監禁及び強要罪に該当するものであると主張しています。
しかし、私の行為がこのような犯罪に該当するものであるか否かを判断するにあたっては、具体的な行為の内容について特定するとともに、その行為が社会的に相当な行為として認められるものであるか否かという総体的な事実関係の評価が求められるはずです。ですから、私達が信者及びその両親などに対して、如何なる目的でどのような助言や話し合いをしたかが重要だと思うのです。
もとより、如何なる正当な目的があったとしても、その手段・方法が著しく社会的相当性を逸脱している場合には、その行為は違法性を有するでしょう。しかし、彼らが主張している事実にはあまりに虚偽が多く、私の関与が著しく歪曲されているのです。
2.『統一教会信者との話し合い』における基本的視点
私の『統一教会信者との話し合い』における関わりはあくまで信者とその家
族の統一教会問題についての悩みを解決するための助言と話し合いです。
私がこの問題に取り組む基本的視点は次の諸点にあります。
(1)統一教会の様々な活動が、その信者及び市民にもたらす人権侵害や様々な精神的財産的被害について、信者やその家族が正確な認識をもつこと。これが基本です。正確な事実を知らずして、正しい人生の選択はありえないのです。
(2)わが子や妻が統一教会の信者になって苦しんでいる家族にとって、その問題を解決できるのは家族と本人だけです。私はその助言者にすぎません。
子や妻が統一教会の信者になったのは、家庭や本人のこれまでの生活や相互関係に問題があったためである面も否定できません。
信者になった本人が統一教会を辞めるためには、自らが信者としてやってきたこと(指示に基づいてさせられてきたこと)を冷静にふり返り、自分の判断力に基づいて、信者であり続けるか否かを選択すれば十分です。しかし、本人が、冷静な自らの判断で統一教会信者としてのこれまでの活動を客観的にふり返り、今後の道を選択する気持になるためには、なぜ本人が統一教会にはいってしまったのかということについて十分理解している家族の、本人への愛情とけじめと忍耐が必要です。
(3)統一教会の信者が、家族の愛情とけじめと忍耐によって脱会を決意し、自らの人生を自己の判断で歩むようになるにあたっては、基本的に、①家族との話し合い、②信者本人との話し合い、③正確な情報による信者自らの判断、④自立のための助言の4段階を経ることが不可欠です。以下詳しく述べます。
ア.家族との話し合い
(ア)統一教会のことについてほとんど知らない家族が私のところに相談に来る際には、「自分の子供が突然別人のようにかってしまい、嘘やごまかしばかり言って、まともな会話が成り立たなくなった。自分の預貯金は、全て献金し、次には、家族に嘘をついて金銭を要求する。親戚や友人知人に高額な商品を売り付ける。やがて同じことを、街頭で通りすがりの見知らぬ人に日常的に行う。そして統一教会に反対する親をサタンと決めて敵視する。統一教会について質問をすると、ことごとく嘘を嘘で塗り固める。突然家を出ていって仕事を辞めて、信者達だけで暮らしはじめる。しかもその所在をあいまいにする」というような事態に驚いて、信者になったこのような子や妻のひょう変に戸惑い、怒り、困りはてていることがほとんどです。
家族が自ら統一教会の実態などについて書かれた書籍などを読んで相当程度の認識をもっていたとしても、信者たちがどのような経過で統一教会に深入りし、現在どのような心境で統一教会に関わりつづけているかについて認識することは極めて困難です。心配や不安などが先行して、感情的になり、一家心中を考えたり、半狂乱になっている家族も少なくありません。
社会的体面にとらわれて、「うちの家族が常軌を逸しかわけのわからない宗教に染まっていることは世間体が悪くて恥ずかしい」という動機で相談に来る両親さえいます。
このような家族に、信者がどのような経過で統一教会に関わるようになり、どんな気持ちで信者として活動しているのかを知ってもらい、統一教会の活動の実情を正しく認識してもらうことから、相談は開始されるのです。
(イ)統一教会に入会する信者は決して特異な人格の人ではありません。むしろ、まじめでこれまで親に反抗したことのないような人、向上心があって人を疑うことのない良い人、などが入会することが多いのです。
つまり、誰でも信者になってしまいかねないのです。そのような信者が、統一教会内で、これまでの人生を投げ捨てて、新たに統一教会=文鮮明のための人生を選択させられているのです。
従って、この相談は、なぜ本人が統一教会に入ってしまったのかを家族に考えてもらうことにも重点がおかれることになります。
その際、もしも、子供や妻の人格を認めない家族、愛情過多で子供の自立を認めたがらない父母、子供の自立の悩みに気づかぬ父母、夫婦の気持ちのそご、などが認められる家庭については、両親や夫ら家族が信者になった妻子に、これまでどのような対応をしてきたか、また、家族関係のあり方についてこれまでどう考えてきたか、などを冷静に自分でふり返ってもらうようにしています。つまり、信者になった本人だけの問題としてではなく、家族自身の問題として本人と共に考える姿勢をもつように問題提起していくのです。
(ウ)信者になった本人は、統一教会内部での教え込みによって、たとえ現行法に反することをなし、あるいは社会的に強く批判されているとしても、自分は正しいことをしていると思わされています。今は家族も反対しているが、将来(死後の霊界でのことも含む)には、必ず自分の統一教会での活動に深く感謝してくれるはずだ、と信じ込まされているのです。だからこそ自分のためだけでなく家族のためにも、ひいては日本や世界の人々のためにも命がけで統一教会の活動を行なっているのです。この信者の現在の心境を、家族が十分理解することが、とりわけ重要です。ただ「朝鮮人(最初の頃親たちは特にこの差別用語を使います)にだまされている。」「統一教会に洗脳された。」という認識レベルでは事態を更に悪化させるだけです。
このように信じ込んでいる信者に対し、百万言を費やし何十冊の本を与えても彼らの価値観は、常識や善意の評価を含めて、すでに大きく変えられているので、決して通常の会話は成り立たないのです。例えば「この世の法律より天法(教祖文鮮明の命令)が優先する。」「大いなる善(統一教会の目的)のために小さい悪は許される」などと教え込まされ信じています。統一教会の考え方は本当に正しいことなのかどうか、彼らを理解して、彼らの信じ込まされている真の意味での家族関係のあり方や一般社会の現実、あるべき今後の人生などについで、家族が信者本人と一緒に悩み考える姿勢があって、はじめて会話が成り立つのです。
(エ)このような意味で、相談に来た家族との話し合いや助言は極めて重要です。従って、この家族との会話は、いろんな人の経験を聞く継続的な話し合いが不可欠となるのです。
家族としてはここで十分に信者に対する理解を確立することが、信者本人の脱会後の自立のためにも重要な要素になるのです。
イ.信者本人との話し含い
信者本人と家族の話し合いによって信者が自分なりに統一教会の活動をふり返り、今後も統一教会信者として活動して行くか否かを考える気持になった場合でも、統一教会の教義の内容や統一教会の活動の実態、『真(まこと)のご父母様』として信者が絶対的に信奉している文鮮明の実態などについて、正確な情報を提供して信者の判断に誤りなきを期するためには、これらの問題にある程度通暁した人物の介在が望ましいのです。現在では、これらの問題について様々な専門書が刊行されるようになりました。従って、本人が自ら統一教会信者としての活動をふり返り、これら専門書を読むだけで脱会を決意する例がないわけではありません。しかし、今後の本人の自立のためには、できれば信者個々人の入信過程や統一教会において担当してきた活動内 容などについて具体的事実を掌握している人物と信者との話し合いの機会をもつことが望ましいのです。
ウ.正確な情報による信者自らの判断
そこで、家族と本人の話し合いの結果、本人が真意に基づいて統一教会の事情に詳しい人から資料や情報の提供をうけて、直接会って話し合ってみたいと希望した場合に、私は可能な限り本人と会って具体的な資料を示しつつ統一教会の教義や文鮮明の活動の実像などその活動の実態などについて本人に説明し、話し合う活動を行っているのです。
しかし、この話し合いもあくまで、信者本人が私と話し合うことを了解していない限り成立するものではありません。従って、私も信者本人が自ら話し合いを承諾しない限り行わないのです。
私による本人への資料提供や話し合いは、本人を統一教会から脱会させるためのものではありません。本人が自ら信者として関わってきた活動を客観的に冷静に検証し、今後の自らの人生を決めるための情報を提供するものです。脱会するよう私が本人に対して勧めることをしなくても、本人が冷静且つ客観的に考える姿勢を持つようになれば、自ら結論は出るのです。
エ.自立のための助言
(ア)信者本人が、統一教会が行ってきた霊感商法や詐欺的伝道、宗教団体にあるまじき信者管理の問題点に気付き、その教義や文鮮明の問題点を理解するなどして、統一教会から離脱することを決意したとしても、本人や家族にとって、その後のほうがむしろ大変です。
本人は、統一教会や文鮮明、活動だけでなく、日常生活をともにしてきた信者たち(「兄弟姉妹」と称している)を絶対に正しいものと信じて長期間その指示に従って生活してきています。何時に起きて何をし、何を考え、何を目標にして、何に取り組んでいるのか、その全てを組織の指示によって長年活動してきた本人にとって、全てのことを自分で決めること自体が非常なストレス(精神的な負担や重圧)になるのです。家族や職場などとの人間関係についても自分で判断して考えねばなりません。
統一教会にいる間は全てアべル(上司的立場の信者)が他の信者を統括しており、全ての信者が組織的な目標(摂理などという)の達成に向けて24時間活動しているので、人間関係で悩むことも少なくてすむのです。同じ「ホーム」で共同生活を送り、同じ「目的」のために活動してきた信者相互間の連帯感も非常に強いものがあります。これを放棄するためには相当の決意を要することになります。統一教会の内部では、「心情的なつながり」と表現します。まして上意下達の命令系統はアべル(上司)・カイン(部下)とよばれ、「絶対屈服・絶対服従」と教え込まれ厳密に管理されます。つまりアべルの命令は絶対であり、その一番上のアべルがメシヤ文鮮明なのです。そして、「統一原理」によれば、メシヤ以外の人間は、個性を完成していない存在であるから、堕落人間(一般信者)は自分で考えて自分で判断することを罪と教え、常にアベル(上司)への報告・連絡・相談(報連相)を徹底させるように繰り返し指導します。
このような長年の習慣が身についているため、本人が自分の判断でものごとを決め、社会人として自立するためには、大変な努力が必要です。また、そのの苦しみを家族が長い目で愛情をもって支えることが必要です。
(イ)信者本人が入信するにあたり動機の一つになっていた家族、特に両親や夫との間の問題が何らかの形で改善されていない場合、統一教会から戻った本人は、再びその問題に直面しなければならなくなります。
家族や本人は、統一教会に入っていた期間を、人生を無駄にした期間としてとらえるため、あせって社会復帰を試みることが、本人にとって過大なストレスを課すことになって、かえって社会復帰を遅らせることになる場合もあり得ます。
このため、私は、仮に本人が脱会を決意したとしても、家庭環境や本人の職業、経歴、などに配慮しつつ、本人の意思と選択で自立していくことができるよう、本人や家族と話し合い、助言するように努めてきました。
3.統一教会主張の「脱会強要」について
統一教会は、信者に対する脱会強要があったことを前提として、それを家族に私が教唆・指示したかの如き主張をしています。これはこれまで述べたことからも明らかな通り、全く事実に反するものです。
前述した家族との話し合い一信者本人との話し合い一本人の判断一自立のための助言、は単純に時系列的に4段階で行なわれるのではありません。これら4段階の話し合いや助言は、時として並行してなされることがあります。
このような話し合いや助言の活動において、「脱会強要」の示唆や指示はありえません。
私は、家族との話し合いにおいて、如何に本人の納得を得たうえでの話し合いが重要であるかを力説し、家族の理解を得るよう努力してきました。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
勿論、脱会後の自立のための助言をするにあたっても、家族や本人と何回も会って精神的、社会的自立を促すように努めてきました。
前述したような統一教会の主張は全くの筋違いの事実に反するものです。
とりわけ私は、家族の勉強に力を注いできました。また、本人が統一教会を離れる決意をした後の立ち直りのための家族の支えや助言の重要性を感じ、家庭内でも本人が精神的社会的に自立しやすい環境を整備するよう、本人や家族と話し合いをし、助言することに尽力してきたのです。
このように、相談を受ける立場の者のそれぞれの経歴やこれまでの蓄積によって、実施する話し合いのあり方やその内容は相当違ったものになります。また、相談に訪れる家族や信者本人の環境や条件によっても、話し合いや助言のあり方は全く異なってくる面があり、決して一律に論じられるものではないのです。
4.統一教会信者問題に取り組む理由
私は、なぜこのような相談・助言の活動をしてきたのか、また行なわざるをえないのか。理由は極めて明白です。
統一教会の信者である限り、他の人々の人権や財産権を違法・不当に侵害し、信者自身の人生や家庭及び勧誘する相手の人生や家庭を破壊することが避けられないからです。
また、このような人権侵害や反社会的な活動が、いやしくもキリスト教の一派の如き名称をもつ集団によって組織的になされることを放置できないからです。
5.私と統一協会とのかかわり
私と統一教会との関わりについて述べます。
前述したように私は明治大学を卒業しております。その在学中に(1962年か1963年頃だと思います)、東京都内の大きな駅の近くで、異様な雰囲気の、同年代の若者が、「統一原理による統一世界」「マルクスの資本論は間違っている」と書かれた幟旗を掲げて、黒板で講義をしているのをよく見かけました。興味本位で彼らの話を何度か聞きましたが、その内容は、明らかに独りよがりの思い込みの強いだけのものでした。その頃、彼らは足元に、彼らの教典である「原理講論」という本を積み上げて売っていたので、一冊買い求めて読んでみましたが、やはり独りよがりの思い込みの強い内容で、読むに堪えないものであると思い、そのまま放置しておきましたが、これが世に言う「親泣かせ原理運動」かと認識をしたぐらいでした。その後は、たまたま立ち寄った書店で、「原理運動」に関する本を読んでみるとか、新聞に載った、『原理運動や統一教会』の記事を見るくらいでした。
1982年頃だったと思います。家の近くの、日本イエスキリスト教団荻窪栄光教会に聖書の勉強のために通っていた折、この教会の、森山諭牧師を知りました。大変高潔な人格者であり、この森山先生に聖書の手ほどきを受けました。
ある時雑談の最中に、森山先生から、「統一教会のことを知っているか。」と尋ねられ、「少しくらいなら知っています。」とお答えし、統一教会のことを、聞かれるままに、お答えしたり、逆に私の方も色々お聞きしたりしてのお付き合いが始まりました。
その年の夏頃だったと思います。森山先生からお呼びがかかり、「今統一教会の信者であるお嬢さんが、ご両親と教会に来ているのだが、もし暇があるなら、教会に来て、そのお嬢さんと話をしてくれないか。」と頼まれました。別段さしたる用事も無かったので、教会の図書室で彼女と、統一教会について話をしました。その後しばらくして、教会の聖書研究会で彼女に会った時、彼女がにこにこしながら私の所に来て、「あの時は有難うございました。」とお礼を言われた時の、彼女の明るい笑顔を憶えています。
当時、荻窪栄光教会には、沢山の御家族が、子供を統一教会から救いたいと、森山先生を頼って来ていました。森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ、仕事の帰りや暇な時に来て話をするくらいならと引き受けたのが始まりでした。その後、この集まりは、森山先生と他の御家族が集まって、「水茎会」と名付けられました。勿論私は、この会の主催者でもなければ、責任者でもありません。
2011-11-26(Sat)
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ごまかしの陳述書。
「(1)統一教会の様々な活動が、その信者及び市民にもたらす人権侵害や様々な精神的財産的被害について、信者やその家族が正確な認識をもつこと。これが基本です。正確な事実を知らずして、正しい人生の選択はありえないのです。」だって。ならばその会員一人一人と話し合いをするよりも、統一教会をつぶせばいいだけのことではないですか。統一教会をつぶすことが難しいから、一人一人引っこ抜くわけですか。あれほど霊感商法、霊感商法と騒いでいるわけですから、統一教会をつぶすことはさほど難しいことではないでしょう。
また「 このように信じ込んでいる信者に対し、百万言を費やし何十冊の本を与えても彼らの価値観は、常識や善意の評価を含めて、すでに大きく変えられているので、決して通常の会話は成り立たないのです。」というが、それならそのすぐ次に来る「統一教会の考え方は本当に正しいことなのかどうか、彼らを理解して、彼らの信じ込まされている真の意味での家族関係のあり方や一般社会の現実、あるべき今後の人生などについで、家族が信者本人と一緒に悩み考える姿勢があって、はじめて会話が成り立つのです。」という文章は、自己矛盾でしょう。100万遍話してもわからないような相手なら、信者本人と一緒に悩み考える姿勢を取っても、話すだけ無駄ではないですか。このことだけでも、もうほころびが見えている。
100万遍話しても無駄な相手でも、組織自体が潰れてしまえば、帰ってくるでしょう。なんでこんな簡単なことが、宮村氏らにはわからんのでしょうか。分かっていて拉致監禁をしているとすれば、そこには話し合いとは別の目的があるのではないでしょうか。つまり、その話し合いにかかった経費、人で、また費やした精神的労力等を計算して請求するビジネスが成り立っているのではないでしょうか。
また「 このように信じ込んでいる信者に対し、百万言を費やし何十冊の本を与えても彼らの価値観は、常識や善意の評価を含めて、すでに大きく変えられているので、決して通常の会話は成り立たないのです。」というが、それならそのすぐ次に来る「統一教会の考え方は本当に正しいことなのかどうか、彼らを理解して、彼らの信じ込まされている真の意味での家族関係のあり方や一般社会の現実、あるべき今後の人生などについで、家族が信者本人と一緒に悩み考える姿勢があって、はじめて会話が成り立つのです。」という文章は、自己矛盾でしょう。100万遍話してもわからないような相手なら、信者本人と一緒に悩み考える姿勢を取っても、話すだけ無駄ではないですか。このことだけでも、もうほころびが見えている。
100万遍話しても無駄な相手でも、組織自体が潰れてしまえば、帰ってくるでしょう。なんでこんな簡単なことが、宮村氏らにはわからんのでしょうか。分かっていて拉致監禁をしているとすれば、そこには話し合いとは別の目的があるのではないでしょうか。つまり、その話し合いにかかった経費、人で、また費やした精神的労力等を計算して請求するビジネスが成り立っているのではないでしょうか。
宮村氏という人物
>原理講論」という本を積み上げて売っていたので、一冊買い求めて読んでみましたが、やはり独りよがりの思い込みの強い内容で、読むに堪えないものであると思い、、、
明治大学の法律を専攻した人間が、原理講論について、この程度の見解。よほど頭が悪いね。この陳述書を読むまでは宮村(氏)はただのヤクザかと思っていた。(すみませんネ)、高卒の自分はこの本が論理的かつ科学的で、すごいと思ったものだ。宮村は統一教会の人間でもないのに、よくもこれだけ、タラタラ書いて、裁判官に悪い印象を与えようとしているのがみえみえ。いかにも自分は人助けの正義の人みたいに、書いているけど、宮村氏を実際に知っている人がこれを読んだら、吐き気がするんじゃないのかな。まったくその反対だから。人をさらってお金をもうけてる。
明治大学の法律を専攻した人間が、原理講論について、この程度の見解。よほど頭が悪いね。この陳述書を読むまでは宮村(氏)はただのヤクザかと思っていた。(すみませんネ)、高卒の自分はこの本が論理的かつ科学的で、すごいと思ったものだ。宮村は統一教会の人間でもないのに、よくもこれだけ、タラタラ書いて、裁判官に悪い印象を与えようとしているのがみえみえ。いかにも自分は人助けの正義の人みたいに、書いているけど、宮村氏を実際に知っている人がこれを読んだら、吐き気がするんじゃないのかな。まったくその反対だから。人をさらってお金をもうけてる。
興味深い陳述書(1)
宮村さんの陳述書、実に興味深く読みました。
このブログにアップされることを前提にして書いたような印象を受けました。
そのためにやや冗舌になってしまったのでは。
この陳述書の感想はおいおいと述べたいと思いますが、まずは私が知らなかった情報。
私は、1944年8月生まれです。明治大学で法律を専攻し、1973年9月明治大学を卒業しました。
明大を卒業されたのが30才とのこと。初めて知りました。
宮村さんを「司法試験崩れ」と言う人がいましたが、全くの誹謗でないことがわかりました。
大学に籍を置きながら、何度も司法試験に挑戦され、その結果が30才で大学卒業。
司法試験は中国の科挙ほどではないにしても、苛酷なレースです。
司法試験に合格したばかりの人にインタビューしたことがあるのですが、「試験3ヶ月前は気が変になりました。人格が変わったと周囲から言われた」というほどです。
この方は合格したから過去を振り返ることができたわけだけど、不合格を続けていると、だいたいは性格が歪みます。「俺の青春を返せ」と絶叫する人もいる。
宮村さんの場合、スパっと、司法の道を諦めたからいいけど、そうでないと、企業の法務部に雇われ、ネチネチと嫌がらせをやる。その典型はセブンイレブンでしょう。
このブログにアップされることを前提にして書いたような印象を受けました。
そのためにやや冗舌になってしまったのでは。
この陳述書の感想はおいおいと述べたいと思いますが、まずは私が知らなかった情報。
私は、1944年8月生まれです。明治大学で法律を専攻し、1973年9月明治大学を卒業しました。
明大を卒業されたのが30才とのこと。初めて知りました。
宮村さんを「司法試験崩れ」と言う人がいましたが、全くの誹謗でないことがわかりました。
大学に籍を置きながら、何度も司法試験に挑戦され、その結果が30才で大学卒業。
司法試験は中国の科挙ほどではないにしても、苛酷なレースです。
司法試験に合格したばかりの人にインタビューしたことがあるのですが、「試験3ヶ月前は気が変になりました。人格が変わったと周囲から言われた」というほどです。
この方は合格したから過去を振り返ることができたわけだけど、不合格を続けていると、だいたいは性格が歪みます。「俺の青春を返せ」と絶叫する人もいる。
宮村さんの場合、スパっと、司法の道を諦めたからいいけど、そうでないと、企業の法務部に雇われ、ネチネチと嫌がらせをやる。その典型はセブンイレブンでしょう。
効率悪いわ。
宮村のお爺様の陳述書を読んで、あら~、皆さんボロクソに言ってるけど、正義の素晴らしいお人じゃない、と思いました。
茉莉ちゃんは、単純なんですぅ。
でも、川北のお兄様のコメで、騙されずにすみましたぁ。
お兄様、ありがとう。
そうよね~、そこまで悪なる団体なら、一人一人ちまちま何年もかけて落とさないで、さっさと潰せばいいのよね。
一人落とすのに、数ヶ月~数年。徹様なんて~、10年以上、その間も新たな信者(被害者?)が誕生~。ほんで、また、その被害者の為に長~い作戦会議をして奔走する。
な~んか効率悪くない~?
だったら、潰した方が早くない?
そしたら、もう煩わされなくていいし。
茉莉ちゃんはね、どちらの味方でもないから、潰さなければいけない理由をわかるように言ってくれたら、協助するわよ~。
但し、オツムないから、高級文学は駄目よ。
だから、拉致監禁による説得はやめてね。
徹様と家族に、謝ってね。
茉莉ちゃんは、単純なんですぅ。
でも、川北のお兄様のコメで、騙されずにすみましたぁ。
お兄様、ありがとう。
そうよね~、そこまで悪なる団体なら、一人一人ちまちま何年もかけて落とさないで、さっさと潰せばいいのよね。
一人落とすのに、数ヶ月~数年。徹様なんて~、10年以上、その間も新たな信者(被害者?)が誕生~。ほんで、また、その被害者の為に長~い作戦会議をして奔走する。
な~んか効率悪くない~?
だったら、潰した方が早くない?
そしたら、もう煩わされなくていいし。
茉莉ちゃんはね、どちらの味方でもないから、潰さなければいけない理由をわかるように言ってくれたら、協助するわよ~。
但し、オツムないから、高級文学は駄目よ。
だから、拉致監禁による説得はやめてね。
徹様と家族に、謝ってね。
興味深い陳述書(2)
ジャスミンの茉莉ちゃんに座布団です。
>一人落とすのに、数ヶ月~数年。徹様なんて~、10年以上、その間も新たな信者(被害者?)が誕生~。ほんで、また、その被害者の為に長~い作戦会議をして奔走する。
秀逸な洞察だと思います。
統一教会がつぶれると、ヤダなって思っている人がいるということです。高級文学の人も坊やライターも。前者は金づるがつぶれる。後者は俺たちの生き甲斐を奪うな-ってところでしょうか。
さて本題。
宮村氏の陳述書を丁寧に読めば、彼がなぜ森山先生(当時、異端派を口舌=論破するだけで正統派にする名オルガナイザーだった)ところに行ったのか、またなぜ統一教会の信者家族の相談を受けるようになったのか、とても曖昧な記述です。
宮村氏はこう書く。
聖書の勉強をしたく。ヒェ~
明大の司法試験合格の夢破れた人(つまり、物事を合理的理論的に考える人)が聖書の勉強したいなんて。
なぜ、こうしたことを曖昧に書くのか、その底意がわかりません。
仄聞情報によれば、宮村氏の細君が荻窪栄光教会の信徒だった。宮村氏は高校時代の恩師から「娘が統一教会に入信した。なんとか脱会さぜる方法はないものか」と相談を受けた。
そんで、当時有名だった森山先生のところに、妻の紹介で、会いに行った。
(この根拠の一部は、鳥海さんの『脱会屋の全て』に書いてあります)
私が不思議でならないのは、(1)高校時代の恩師から相談があった、(2)それで妻が信心していた荻窪栄光教会の森山先生のところに相談した、(3)その結果、恩師を森山先生につなげ、無事解決をした-といったことを正直に書けばいいのに、なぜ宮村氏は書かなかったのかということにあります。
一般論ですが、人は何かを隠したい場合、事実を曖昧にするということです。
それゆえ、宮村氏が統一教会問題に関わるようになった背景事情には、語りたくない事実があったのだろうと、改めて推測することができました。
これは宮村先生からお叱りを受けるかもしれないけど、宮村先生は司法試験への合格という崇高なる目標をもって20代を頑張ってこられた。それが挫折し、それで次の目睫に飛びついた。
統一教会を脱会させる。
そんで韓国に飛び、真贋定かでない文鮮明氏の情報を買った。当時のお金で50万円だったとか。
その情報(資料)によって、脱会屋諸君の間で、「あいつは本気だ」という評判が立ったとか。
(追記)ジャスミンの茉莉ちゃんだって、僕だって、アジュマさんだって、コヨミさんだって、隠したいことは多いと思うのだけど、裁判の書面まではねえ・・・。
>一人落とすのに、数ヶ月~数年。徹様なんて~、10年以上、その間も新たな信者(被害者?)が誕生~。ほんで、また、その被害者の為に長~い作戦会議をして奔走する。
秀逸な洞察だと思います。
統一教会がつぶれると、ヤダなって思っている人がいるということです。高級文学の人も坊やライターも。前者は金づるがつぶれる。後者は俺たちの生き甲斐を奪うな-ってところでしょうか。
さて本題。
宮村氏の陳述書を丁寧に読めば、彼がなぜ森山先生(当時、異端派を口舌=論破するだけで正統派にする名オルガナイザーだった)ところに行ったのか、またなぜ統一教会の信者家族の相談を受けるようになったのか、とても曖昧な記述です。
宮村氏はこう書く。
聖書の勉強をしたく。ヒェ~
明大の司法試験合格の夢破れた人(つまり、物事を合理的理論的に考える人)が聖書の勉強したいなんて。
なぜ、こうしたことを曖昧に書くのか、その底意がわかりません。
仄聞情報によれば、宮村氏の細君が荻窪栄光教会の信徒だった。宮村氏は高校時代の恩師から「娘が統一教会に入信した。なんとか脱会さぜる方法はないものか」と相談を受けた。
そんで、当時有名だった森山先生のところに、妻の紹介で、会いに行った。
(この根拠の一部は、鳥海さんの『脱会屋の全て』に書いてあります)
私が不思議でならないのは、(1)高校時代の恩師から相談があった、(2)それで妻が信心していた荻窪栄光教会の森山先生のところに相談した、(3)その結果、恩師を森山先生につなげ、無事解決をした-といったことを正直に書けばいいのに、なぜ宮村氏は書かなかったのかということにあります。
一般論ですが、人は何かを隠したい場合、事実を曖昧にするということです。
それゆえ、宮村氏が統一教会問題に関わるようになった背景事情には、語りたくない事実があったのだろうと、改めて推測することができました。
これは宮村先生からお叱りを受けるかもしれないけど、宮村先生は司法試験への合格という崇高なる目標をもって20代を頑張ってこられた。それが挫折し、それで次の目睫に飛びついた。
統一教会を脱会させる。
そんで韓国に飛び、真贋定かでない文鮮明氏の情報を買った。当時のお金で50万円だったとか。
その情報(資料)によって、脱会屋諸君の間で、「あいつは本気だ」という評判が立ったとか。
(追記)ジャスミンの茉莉ちゃんだって、僕だって、アジュマさんだって、コヨミさんだって、隠したいことは多いと思うのだけど、裁判の書面まではねえ・・・。
被告の後藤一家の信仰
<とりわけ私は、家族の勉強に力を注いできました。また、本人が統一教会を離れる決意をした後の立ち直りのための家族の支えや助言の重要性を感じ、家庭内でも本人が精神的社会的に自立しやすい環境を整備するよう、本人や家族と話し合いをし、助言することに尽力してきたのです>
要するに、宮村の言いたいのは、自分は助言しただけ、すべては家族がやった、ということみたいですね。
さすが、ズルいですね。
後藤さんが長期間、マンションから外出できなかったのも、家族がそうした、俺は知らん、と言い逃れするつもりなんでしょうね。
それにしても、被告の後藤一家はそれで納得なんでしょうか。自分たちで考えて、徹さんを監禁し続けた、監禁の首謀者、「監禁一家」として生きていくのでしょうか。
知らぬ存ぜぬで逃げ切ろうとしている宮村に対して、何も感じないのでしょうか。
もし、宮村からの指導も指示もなかった、と言い張るとすれば、後藤一家の忍耐心は相当なものです。
12年間も生活を犠牲にして投入して、結果的に失敗に終わったのに、最初から最後まで、自分たちだけで考え、実行しました、というんだから、その師(宮村)に対する忠誠心は恐るべきものです。
ひょっとすれば、罪をかぶることになるかもしれないのに、宮村には一切の迷惑をかけない、というわけですから、統一教信者の教祖に対する信仰以上に、すごいのではないでしょうか。
要するに、宮村の言いたいのは、自分は助言しただけ、すべては家族がやった、ということみたいですね。
さすが、ズルいですね。
後藤さんが長期間、マンションから外出できなかったのも、家族がそうした、俺は知らん、と言い逃れするつもりなんでしょうね。
それにしても、被告の後藤一家はそれで納得なんでしょうか。自分たちで考えて、徹さんを監禁し続けた、監禁の首謀者、「監禁一家」として生きていくのでしょうか。
知らぬ存ぜぬで逃げ切ろうとしている宮村に対して、何も感じないのでしょうか。
もし、宮村からの指導も指示もなかった、と言い張るとすれば、後藤一家の忍耐心は相当なものです。
12年間も生活を犠牲にして投入して、結果的に失敗に終わったのに、最初から最後まで、自分たちだけで考え、実行しました、というんだから、その師(宮村)に対する忠誠心は恐るべきものです。
ひょっとすれば、罪をかぶることになるかもしれないのに、宮村には一切の迷惑をかけない、というわけですから、統一教信者の教祖に対する信仰以上に、すごいのではないでしょうか。
真っ赤なウソ
ジャスミンの茉莉ちゃんさん、コメントありがとうございます。
宮村氏の文章も、霊感商法、その他の教会活動部分については、なかなかのものですが、それらに紛れ込ませて、こんなウソを平然と付くとは??
ウソも方便とお釈迦さまが言ったとかなんとか。その真偽は分かりませんが、そのウソが、人を助けることにつながったのなら、お釈迦様の言い分も認めましょう。しかし、ウソをつくことで、他の人を陥れてしまったら、それは救いのためのウソではなく、邪悪なウソです。宮村氏の邪悪なウソがここにありました。
*これが今まで統一教会が行ってきた、合同結婚式の組数です。その合計は8億55万4759組で、人数は16億110万9518人です。大雑把な推計で、日本の人口が1億1千万人。中国の人口が14億人。世界の人口は66億6千万人ですから、なんと4.2人に一人が統一教会の合同結婚式に参加していることになります。これが全く実態からかけはなれた架空の参加人数であることは明白です。
何十億人の現世に生きる人に祝福を与えたなどということは、教会組織関係の方に聞いても、誰からも聞こえてきません。文鮮明師は、霊界祝福もされているようで、それと合算しての数字であることが、どの会員の方からも明かされます。1000人とか2000人とか言われる信者の脱会説得にかかわっていながら、霊界も含めた祝福であるということを、知らなかったというのは、あり得ない、むしろ知っていながら現世の人たちの数字だと書いたわけですね。つまり、真っ赤なウソが陳述書に書かれているわけです。裁判官に対して真っ赤なウソをついた被告人、偽証罪を問われるのは証人だけなのでしょうか。拉致監禁の犯罪性の立証は難しくても、宮村(山口広代理人)が陳述書で真っ赤なウソを書いた事実ははっきりしたのではないでしょうか。
宮村氏の文章も、霊感商法、その他の教会活動部分については、なかなかのものですが、それらに紛れ込ませて、こんなウソを平然と付くとは??
ウソも方便とお釈迦さまが言ったとかなんとか。その真偽は分かりませんが、そのウソが、人を助けることにつながったのなら、お釈迦様の言い分も認めましょう。しかし、ウソをつくことで、他の人を陥れてしまったら、それは救いのためのウソではなく、邪悪なウソです。宮村氏の邪悪なウソがここにありました。
*これが今まで統一教会が行ってきた、合同結婚式の組数です。その合計は8億55万4759組で、人数は16億110万9518人です。大雑把な推計で、日本の人口が1億1千万人。中国の人口が14億人。世界の人口は66億6千万人ですから、なんと4.2人に一人が統一教会の合同結婚式に参加していることになります。これが全く実態からかけはなれた架空の参加人数であることは明白です。
何十億人の現世に生きる人に祝福を与えたなどということは、教会組織関係の方に聞いても、誰からも聞こえてきません。文鮮明師は、霊界祝福もされているようで、それと合算しての数字であることが、どの会員の方からも明かされます。1000人とか2000人とか言われる信者の脱会説得にかかわっていながら、霊界も含めた祝福であるということを、知らなかったというのは、あり得ない、むしろ知っていながら現世の人たちの数字だと書いたわけですね。つまり、真っ赤なウソが陳述書に書かれているわけです。裁判官に対して真っ赤なウソをついた被告人、偽証罪を問われるのは証人だけなのでしょうか。拉致監禁の犯罪性の立証は難しくても、宮村(山口広代理人)が陳述書で真っ赤なウソを書いた事実ははっきりしたのではないでしょうか。
興味深々
宮村陳述書を読んで、魔訶不思議~と思ったもので、つい投稿してしまいます。(宮村陳述書から抜粋→コメントで基本構成しました)
①(1962年か1963年頃だと思います)…「原理講論」…読んでみましたが、読むに堪えないものであると思い、そのまま放置しておきました
→さらりと読んだ程度と理解していいのでしょうか。
②「親泣かせ原理運動」かと認識をしたぐらいでした。
→深い認識や関心はなかった。気持ちはスルーしたってことですね。
③その後は、たまたま立ち寄った書店で、「原理運動」に関する本を読んでみるとか、新聞に載った、『原理運動や統一教会』の記事を見るくらいでした。
→一般的な人の情報くらいしかなかった。まだスルーしてたんですね。
<そのまま、時は流れ…>陳述書によれば、普通に仕事していたはず。(ところで、77年当時「株式会社」設立には<資本金>はいくら必要だったのでしょうか?2006年の商法改正前、1000万円だったと聞きましたが。30歳まで学生だったのに、あっと言う間にお金持ちになったんですね。それともお金持ちだったから、ずっと学生だったのかな?)まぁ、それは置いておいて…、とにかく、統一教会に深い関心のないままだったはず…それなのに、
④1982年頃だったと思います。森山諭牧師を知り…、聖書の手ほどきを受けました。
→聖書の手ほどきを受けるなんて良い心がけですが、自称「共産主義者」と名乗っても「クリスチャン」と名乗ったとは聞かないので、結局洗礼は受けなかったってことでしょうか?多くの信者の中で、何故、森山牧師は直接手ほどきしても信者にならない人を信頼したのでしょう?
<森山牧師とのくだり>
⑤ある時雑談の最中に、森山先生から、「統一教会のことを知っているか。」と尋ねられ、「少しくらいなら知っています。」とお答えし、統一教会のことを、聞かれるままに、お答えしたり、逆に私の方も色々お聞きしたりしてのお付き合いが始まりました。
→統一教会について①~③の認識だけで、キリスト教についても④に示すとおり。それなのに既に異端問題に信仰をかけて「異端」に関する著書を持って長い森山牧師に聞かれるままにお答えしたなんて、さすがは宮村氏…、いつの間に、そんな知識や認識を深めたのでしょう?宮村氏って、天才?それとも霊能者?(もう少し読み進めます)
⑥その年の夏頃だったと思います。森山先生からお呼びがかかり、「今統一教会の信者であるお譲さんが、ご両親と教会に来ているのだが、もし暇があるなら、教会に来て、そのお嬢さんと話をしてくれないか。」と頼まれました。
→その年のうちに…って、ずいぶん短期間のうちに…ですねぇ。
森山牧師から説得を依頼された…なんて、仕事の合間に短期間のうちにそこまで…、やっぱ、どう考えても宮村氏は天才です!
それとも司法試験を目指した20代のように、人に隠れて猛勉強や脱会実践をひそかに積んだ努力の人なのでしょうか?
単なるブログ読者だった私を、投稿者に変えてしまう…宮村氏って実に興味深い人ですね。
①(1962年か1963年頃だと思います)…「原理講論」…読んでみましたが、読むに堪えないものであると思い、そのまま放置しておきました
→さらりと読んだ程度と理解していいのでしょうか。
②「親泣かせ原理運動」かと認識をしたぐらいでした。
→深い認識や関心はなかった。気持ちはスルーしたってことですね。
③その後は、たまたま立ち寄った書店で、「原理運動」に関する本を読んでみるとか、新聞に載った、『原理運動や統一教会』の記事を見るくらいでした。
→一般的な人の情報くらいしかなかった。まだスルーしてたんですね。
<そのまま、時は流れ…>陳述書によれば、普通に仕事していたはず。(ところで、77年当時「株式会社」設立には<資本金>はいくら必要だったのでしょうか?2006年の商法改正前、1000万円だったと聞きましたが。30歳まで学生だったのに、あっと言う間にお金持ちになったんですね。それともお金持ちだったから、ずっと学生だったのかな?)まぁ、それは置いておいて…、とにかく、統一教会に深い関心のないままだったはず…それなのに、
④1982年頃だったと思います。森山諭牧師を知り…、聖書の手ほどきを受けました。
→聖書の手ほどきを受けるなんて良い心がけですが、自称「共産主義者」と名乗っても「クリスチャン」と名乗ったとは聞かないので、結局洗礼は受けなかったってことでしょうか?多くの信者の中で、何故、森山牧師は直接手ほどきしても信者にならない人を信頼したのでしょう?
<森山牧師とのくだり>
⑤ある時雑談の最中に、森山先生から、「統一教会のことを知っているか。」と尋ねられ、「少しくらいなら知っています。」とお答えし、統一教会のことを、聞かれるままに、お答えしたり、逆に私の方も色々お聞きしたりしてのお付き合いが始まりました。
→統一教会について①~③の認識だけで、キリスト教についても④に示すとおり。それなのに既に異端問題に信仰をかけて「異端」に関する著書を持って長い森山牧師に聞かれるままにお答えしたなんて、さすがは宮村氏…、いつの間に、そんな知識や認識を深めたのでしょう?宮村氏って、天才?それとも霊能者?(もう少し読み進めます)
⑥その年の夏頃だったと思います。森山先生からお呼びがかかり、「今統一教会の信者であるお譲さんが、ご両親と教会に来ているのだが、もし暇があるなら、教会に来て、そのお嬢さんと話をしてくれないか。」と頼まれました。
→その年のうちに…って、ずいぶん短期間のうちに…ですねぇ。
森山牧師から説得を依頼された…なんて、仕事の合間に短期間のうちにそこまで…、やっぱ、どう考えても宮村氏は天才です!
それとも司法試験を目指した20代のように、人に隠れて猛勉強や脱会実践をひそかに積んだ努力の人なのでしょうか?
単なるブログ読者だった私を、投稿者に変えてしまう…宮村氏って実に興味深い人ですね。
不自然な陳述書
宮村氏の恩師のお嬢さんとされる人を私は知っている。いわゆる高学歴女子であり、チャーミングな人でもあった。
この女性は信仰的にも模範的で、日本統一教会の会長をつとめたことのある人物に一時かわいがられていた。
脱会活動にかかわるきっかけとなったこの女性のことに一切触れず。
米本さんがおっしゃる通り不自然。
ぽんぽこ狸さんが指摘するように飛躍しすぎ。
恩師のお嬢さんを救ったなんて美談中の美談。
裁判官の心証もよくなりそうだ。
なのに何故一切触れない?
この女性は信仰的にも模範的で、日本統一教会の会長をつとめたことのある人物に一時かわいがられていた。
脱会活動にかかわるきっかけとなったこの女性のことに一切触れず。
米本さんがおっしゃる通り不自然。
ぽんぽこ狸さんが指摘するように飛躍しすぎ。
恩師のお嬢さんを救ったなんて美談中の美談。
裁判官の心証もよくなりそうだ。
なのに何故一切触れない?
続・興味深々
流し読みし直すだけでも、不思議オンパレードの宮村陳述書。興味が尽きません。先回投稿(№⑥まで)に続けます。
⑦当時、荻窪栄光教会には、沢山の御家族が、子供を統一教会から救いたいと、森山先生を頼って来ていました。森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ、…引き受けたのが始まりでした。
→米本氏やへばらぎさんの投稿のように、⑥で宮村氏に説得された元教会員の女性が宮村氏の恩師の娘であれば、宮村氏が旧知の人として呼ばれた可能性は否定しません。
しかし、その後、<森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ>たとなると、単に知人という立場で努力しただけでなく、異端からの改宗の第一人者であった森山牧師や、後に「水茎会」となる家族たちが、一様に実力を認めるだけの何かしらの『脱会スキル』を既に持っていたと考えるべきではないでしょうか?
陳述書に従えば、宮村氏は、82年に、数あるキリスト教会の中から、偶然、荻窪栄光教会に聖書の勉強に行った(つまり、それ以前はは聖書にも詳しくなかった)。その後、森山牧師と統一教会談義に花が咲いた。陳述書で読む限り、宮村氏が統一教会に特別な興味を持つ理由は、それ以前には述べられていません。
陳述書からすると、⑥の説得活動は水茎会(84年発足?)以前ですね。本当に陳述書通りなら、「その年の夏」とあるので、「その」が示す「森山牧師との統一教会談義=宮村氏が統一教会に特別な興味を持った瞬間」を83年の年始と見積もっても、夏まで最長9か月…
もし82年なら、聖書の勉強~脱会説得までを9か月でやったことになるので、83年と想定しました。
いずれにせよ、株式会社経営の傍ら、極短期間にプロになったということです。
それが、宮村氏を天才と評したくなる所以です。
(余談ながら、宮村氏が本当に聖書を学びたかったのなら、その人を洗礼もせずに統一教会談義とは、森山牧師も結構変わった牧師さんですね。)
鳥海証言、伏せられた恩師との美談、今回の陳述書の曖昧さ…真実は何処にあるのでしょうか。本当に興味は尽きません。
⑦当時、荻窪栄光教会には、沢山の御家族が、子供を統一教会から救いたいと、森山先生を頼って来ていました。森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ、…引き受けたのが始まりでした。
→米本氏やへばらぎさんの投稿のように、⑥で宮村氏に説得された元教会員の女性が宮村氏の恩師の娘であれば、宮村氏が旧知の人として呼ばれた可能性は否定しません。
しかし、その後、<森山先生やそのご家族から、次の時も話をして下さいとたのまれ>たとなると、単に知人という立場で努力しただけでなく、異端からの改宗の第一人者であった森山牧師や、後に「水茎会」となる家族たちが、一様に実力を認めるだけの何かしらの『脱会スキル』を既に持っていたと考えるべきではないでしょうか?
陳述書に従えば、宮村氏は、82年に、数あるキリスト教会の中から、偶然、荻窪栄光教会に聖書の勉強に行った(つまり、それ以前はは聖書にも詳しくなかった)。その後、森山牧師と統一教会談義に花が咲いた。陳述書で読む限り、宮村氏が統一教会に特別な興味を持つ理由は、それ以前には述べられていません。
陳述書からすると、⑥の説得活動は水茎会(84年発足?)以前ですね。本当に陳述書通りなら、「その年の夏」とあるので、「その」が示す「森山牧師との統一教会談義=宮村氏が統一教会に特別な興味を持った瞬間」を83年の年始と見積もっても、夏まで最長9か月…
もし82年なら、聖書の勉強~脱会説得までを9か月でやったことになるので、83年と想定しました。
いずれにせよ、株式会社経営の傍ら、極短期間にプロになったということです。
それが、宮村氏を天才と評したくなる所以です。
(余談ながら、宮村氏が本当に聖書を学びたかったのなら、その人を洗礼もせずに統一教会談義とは、森山牧師も結構変わった牧師さんですね。)
鳥海証言、伏せられた恩師との美談、今回の陳述書の曖昧さ…真実は何処にあるのでしょうか。本当に興味は尽きません。
興味深い陳述書(3)
ぽんぽこ狸さんの分析投稿、とても興味深く読みました。
丹念に読めば陳述書からだけでも、宮村先生の隠された部分に光をあてることができるのだと痛感しました。
その隠された部分。高校時代の恩師から「うちの娘が統一教会に入って~~」という相談を受けて、宮村さんは妻が信徒でもあった近所の荻窪栄光教会(牧師は有名な森山さん)のところに出向いた。(隠すべきことは何一つないはず)
そこで説得を受け、恩師の娘さんは見事“救出”された。
「へばらぎ」さんがおっしゃるように美談である。
なぜ、この美談事実をあえて秘めるのか。不思議な話です。
それと、ぽんぽこ狸さんが首をひねっていらっしゃる通り、どうして宮村先生は急激かつ短期間に、脱会屋の道にのめり込むことになったのか。
確かに指摘されてみれば、大いなる謎であります。
のめり込んだ宮村先生は、韓国に飛び、文鮮明氏の秘密めいたスキャンダラスな資料をどさっと買い込んで、それを説得材料に使いました。
ある脱会屋さん曰く。
「宮村はよぉ~、韓国から買った資料をみんな(反統一教会諸君)に広く公開すればいいのに、小出しにしたり、出し渋ったり」
話が飛びましたが、私は宮村先生が急激に「反統一&監禁説得」にのめり込んだのは、次のような心象だったからではないかと思っています。
その1・司法試験に熱中していた。
この一つのことに向うエネルギーは常人では考えられないほどです。ときに夢遊病者の如く、夜中起き出して条文をしゃべり出すほどに。
その2・その司法試験を断念した宮村先生は、サラリーマンになったものの(その後、妻の実家の支援を受けて会社を設立したものの)、空虚な感じがしていた。
その3・そんなとき、恩師の一件があった。宮村先生、森山牧師の強制説得をつぶさに見て、興奮してしまった。なぜなら、あるときから急激に「人の心(信条)が激変」してしまう様を目の当たりにしたからである。
これは私も見聞し、正直、かなり刺激を受けた。
(げに、この世で一番面白きは人の心を人為的に変えること)
その4・それと同時に、恩師は森山さんに謝礼金を払った。人の心を変え、それでお金がもらえる。宮村先生はここに興奮(ドーパミン15倍噴出)したのではないかと思うのです。
それだから、韓国に出向き、怪しげな秘密資料を買い求めた。
ところで、書きたかったことは別のことですが、宮村先生、このサイトをよく読んでいらっしゃるようなので、しばし遠慮しておきます。
私の拙ブログでも、宮村先生が焦点の人。期せずして「宮村先生」のオンパレード。
まあ行き着くところにいくかぁッて、感じですかぁ。
丹念に読めば陳述書からだけでも、宮村先生の隠された部分に光をあてることができるのだと痛感しました。
その隠された部分。高校時代の恩師から「うちの娘が統一教会に入って~~」という相談を受けて、宮村さんは妻が信徒でもあった近所の荻窪栄光教会(牧師は有名な森山さん)のところに出向いた。(隠すべきことは何一つないはず)
そこで説得を受け、恩師の娘さんは見事“救出”された。
「へばらぎ」さんがおっしゃるように美談である。
なぜ、この美談事実をあえて秘めるのか。不思議な話です。
それと、ぽんぽこ狸さんが首をひねっていらっしゃる通り、どうして宮村先生は急激かつ短期間に、脱会屋の道にのめり込むことになったのか。
確かに指摘されてみれば、大いなる謎であります。
のめり込んだ宮村先生は、韓国に飛び、文鮮明氏の秘密めいたスキャンダラスな資料をどさっと買い込んで、それを説得材料に使いました。
ある脱会屋さん曰く。
「宮村はよぉ~、韓国から買った資料をみんな(反統一教会諸君)に広く公開すればいいのに、小出しにしたり、出し渋ったり」
話が飛びましたが、私は宮村先生が急激に「反統一&監禁説得」にのめり込んだのは、次のような心象だったからではないかと思っています。
その1・司法試験に熱中していた。
この一つのことに向うエネルギーは常人では考えられないほどです。ときに夢遊病者の如く、夜中起き出して条文をしゃべり出すほどに。
その2・その司法試験を断念した宮村先生は、サラリーマンになったものの(その後、妻の実家の支援を受けて会社を設立したものの)、空虚な感じがしていた。
その3・そんなとき、恩師の一件があった。宮村先生、森山牧師の強制説得をつぶさに見て、興奮してしまった。なぜなら、あるときから急激に「人の心(信条)が激変」してしまう様を目の当たりにしたからである。
これは私も見聞し、正直、かなり刺激を受けた。
(げに、この世で一番面白きは人の心を人為的に変えること)
その4・それと同時に、恩師は森山さんに謝礼金を払った。人の心を変え、それでお金がもらえる。宮村先生はここに興奮(ドーパミン15倍噴出)したのではないかと思うのです。
それだから、韓国に出向き、怪しげな秘密資料を買い求めた。
ところで、書きたかったことは別のことですが、宮村先生、このサイトをよく読んでいらっしゃるようなので、しばし遠慮しておきます。
私の拙ブログでも、宮村先生が焦点の人。期せずして「宮村先生」のオンパレード。
まあ行き着くところにいくかぁッて、感じですかぁ。
興味深い陳述書(3)の続
わがすばらしき宮村先生。
先生のすばらしき陳述書を読んでいて、追記が書きたくなました(宮村先生の当然の想定内のこと)。
私は、家族との話し合いにおいて、如何に本人の納得を得たうえでの話し合いが重要であるかを力説し、家族の理解を得るよう努力してきました。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
信者家族のみなさん、実際そうでしたか。
大倉文明君のときも、高杉葉子さんのときも、最近N君のときも、最近Mさんのときも、本人の承諾を得たことはないと思いますが、いかが?
直近では10年1月2日のときのMさんのときでした。Mさんは、宮村さんと工藤雅子さんが帰ったとき、電信柱に飛び移って脱出。本人の承諾を得ていたのなら・・・。
先生のすばらしき陳述書を読んでいて、追記が書きたくなました(宮村先生の当然の想定内のこと)。
私は、家族との話し合いにおいて、如何に本人の納得を得たうえでの話し合いが重要であるかを力説し、家族の理解を得るよう努力してきました。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
本人と話し合うにあたっても、あくまでも本人が統一教会のことについて専門的な知識を持っている人の話を聞くことを承諾することを条件としてきたのです。
信者家族のみなさん、実際そうでしたか。
大倉文明君のときも、高杉葉子さんのときも、最近N君のときも、最近Mさんのときも、本人の承諾を得たことはないと思いますが、いかが?
直近では10年1月2日のときのMさんのときでした。Mさんは、宮村さんと工藤雅子さんが帰ったとき、電信柱に飛び移って脱出。本人の承諾を得ていたのなら・・・。
助言
<私はその助言者にすぎません>
突然ですが、問題です。
以下の○○○に入る言葉を考えなさい。
家族(被告の後藤一家):話し合いをして、もう3年になりますが、徹はまだ統一協会を脱会すると言いません。どうしたらいいでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:徹が居座り始めました。どうしたらいいでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:マンションの家賃を私たちが払い続けていますが、これでいいのでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:徹が断食を始めました。どうしたらいいでしょうか。
宮村氏:○○○
さてさて、助言者の宮村氏はなんと言って助言したのでしょうか。
宮村氏は、12年に及ぶ異常な“話し合い”が続いていることを良しとしたのでしょうか。
話し合いを辞めなさい、とは言わなかったのでしょうか。
断食後に充分な栄養を与えてください、とは言わなかったのでしょうか。
自分の助言が効果がないことを認め、家族に謝ったのでしょうか。
あくまでも助言者だった、という位置関係よりも、助言の中身が問題になりそうですね。
突然ですが、問題です。
以下の○○○に入る言葉を考えなさい。
家族(被告の後藤一家):話し合いをして、もう3年になりますが、徹はまだ統一協会を脱会すると言いません。どうしたらいいでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:徹が居座り始めました。どうしたらいいでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:マンションの家賃を私たちが払い続けていますが、これでいいのでしょうか?
宮村氏:○○○
家族:徹が断食を始めました。どうしたらいいでしょうか。
宮村氏:○○○
さてさて、助言者の宮村氏はなんと言って助言したのでしょうか。
宮村氏は、12年に及ぶ異常な“話し合い”が続いていることを良しとしたのでしょうか。
話し合いを辞めなさい、とは言わなかったのでしょうか。
断食後に充分な栄養を与えてください、とは言わなかったのでしょうか。
自分の助言が効果がないことを認め、家族に謝ったのでしょうか。
あくまでも助言者だった、という位置関係よりも、助言の中身が問題になりそうですね。
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