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後藤裁判 控訴審 判決文(その3) ついに「監禁」認定!! 宮村、松永、後藤兄らの違法行為を断罪!


後藤徹氏の勝訴判決となった控訴審判決の判決文の第3回目を掲載する。

今回UPしたのは、以下の青字部分です。

2
<東京霞ヶ関の裁判所前で一審勝訴判決の報告をする後藤徹氏(2014年1月28日)>

<目次>

主     文

事 実 及び 理 由

第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
2 被控訴人<兄>ら
3 被控訴人宮村
4 被控訴人松永及び被控訴人法人

第2 事案の概要

第3 当裁判所の判断
1 <賠償額の提示>(注意:世話人が便宜的に付けたもの)
2 <原判決の補正>(注意:世話人が便宜的に付けたもの)
3 <認定範囲の検討>(注意:世話人が便宜的に付けたもの)
4 被控訴人<兄>らの控訴人に対する不法行為の成否について
(1)平成7年9月11日のパレスマンション多門に向かった移動について
(2)平成7年9月11日から平成9年6月22日までのパレスマンション多門における滞在について
(3)平成9年6月22日の荻窪プレイスに向かった移動について
(4)平成9年6月22日から同年12月頃までの荻窪プレイスにおける滞在について
(5)平成9年12月頃の荻窪フラワーホームに向かった移動について

(6)平成9年12月頃から平成20年2月10日までの荻窪フラワーホームにおける滞在について
(7)<被控訴人<兄>らの控訴人に対する不法行為の成否についての結論的解説>(注意:世話人が便宜的に付けたもの)
(8)<消滅時効の抗弁について>(注意:世話人が便宜的に付けたもの)
5 被控訴人松永及び被控訴人宮村の控訴人に対する不法行為の成否について
6 被控訴人法人の控訴人に対する不法行為の成否について
7 損害額について
(1)被控訴人<兄>らの不法行為について
ア 逸失利益
 イ 治療費
 ウ 慰謝料
エ 弁護士費用
(2)被控訴人松永及び被控訴人宮村の不法行為について
8 結論

1
<イタリア・トリノで行われた新宗教研究センター(CESNUR)の国際会議にて拉致監禁被害を訴える後藤徹氏(2010年9月10日)> 

以下、判決文を掲載する。


(注意:判決文の本文中、重要と思われる部分を赤字で表記した(最重要の箇所は下線を付けた)。また、解説部分は青字で表記した。また、後藤氏の兄は<兄>、妹は<妹>、兄嫁は<兄嫁>と表記する)

 


(2)平成7年9月11日から平成9年6月22日までのパレスマンション多門における滞在について

ア 前記認定事実によれば,控訴人は,パレスマンション多門に滞在するようになってあまり時間が経っていない平成7年12月頃に統一教会宛ての脱会届を作成するなどし,更に平成8年3月頃には脱会を決意するに至った経緯に関する手記も記すなどしており,これだけを見れば,控訴人において,被控訴人<兄>ら又は被控訴人松永の説得に応じて統一教会を脱会する意向を示しており,パレスマンション多門での滞在も控訴人の任意の意思に基づく滞在ではないかとうかがわれないわけではない。

しかし,パレスマンション多門に移動した当初は,被控訴人<兄>らだけではなく,両親や<O(親戚の叔父)>も同マンションに滞在し,控訴人は,家族らが滞在する部屋を通らなければ玄関に出られない部屋に置かれていただけではなく,控訴人が起居している部屋から容易に飛び降りて逃走することは困難であったとうかがわれ,外部と連絡を取ることもできない状況であったと認められるから,家族や被控訴人<兄>らは,控訴人が自由に外出したり,外部と連絡を取ったりすることを制限するための監視役であったことが明らかであり,控訴人は,行動の自由を制約されていたものといえる。

4
<後藤氏が最初に監禁された新潟パレスマンション多門>

6
<被告側が提出したパレスマンション多門の間取り図。後藤徹さんは、真ん中の和室6畳に常駐させられた。2つの和室6畳間の間の引き戸は、施錠されていたため開閉不能となっていた。従って、後藤さんが玄関に行くには、LDKを通って行くしかなかった>

イ しかも,本件では,被控訴人<兄>らや被控訴人松永は,控訴人が上記の統一教会から脱会するとの各書面を作成したにもかかわらず,控訴人を解放してはいないのであって,控訴人を解放しなかったことが,結果的に,それまでの期間の控訴人のパレスマンション多門での滞在も,控訴人の任意の意思に基づくものではなく,被控訴人<兄>らや被控訴人宮村らの強制によるものであることを推認させる。なぜならば,被控訴人<兄>や被控訴人宮村は,それまでの脱会説得をめぐる一連の攻防の中で,説得に応じて脱会したかのように見せかけて,その信者を自由にした途端,再び統一教会の施設に逃げ込むというケースがあることを熟知していたため,パレスマンション多門での控訴人の様子を観察していた結果をも加味して,控訴人が上記各書面を作成したのはやはり逃げ出すための見せ掛けではないかと疑っていたからこそ,上記各書面の作成後も控訴人を解放しなかったものと考えられるが,そうであるならば,控訴人が統一教会から脱会するとの意思を示す以前には,なおのこと,控訴人の行動の自由を制約してでも脱会のための説得が必要だと考えていたであろうことを容易に推認させるからである。

【解説】:控訴審判決では、後藤徹氏が新潟のマンションで偽装脱会を行って、脱会届や脱会後の手記を書いた事実から、マンションの滞在が徹氏の意思に反するものであり、後藤兄らや宮村らの強制によるものであると、極めて妥当な判断を下している(一審判決では、徹氏が自分の意思で滞在していた旨認定していた)。

ウ また,仮に,控訴人がパレスマンション多門から外出しなかったり,外部と連絡を取らなかったりしたのは,控訴人が単にそれを望まなかったからで,被控訴人<兄>らが強制したものではないと考える余地がないわけではないとしても,パレスマンション多門に長期かつ任意に滞在するのであれば,そこを住所地とする住民票の異動の届出であるとか,国民年金や国民健康保険等の公租公課の支払,国政選挙又は地方選挙における投票権の行使【解説1】,時期によっては運転免許証の更新等【解説2】,社会生活又は市民生活を送る上で必要な措置を採るため自ら外出すべき機会は多様にあり得るし,それまでの生活で使用していた身の回りの荷物等の引取りも必要になるところ,被控訴人<兄>と亡<父>は,控訴人の荷物を引き揚げるために統一教会の施設を訪れており,通常であれば,必要な荷物の選別等のために控訴人本人を同行するのが効率的であるのに,控訴人を同行することはなかったのであって,そのことも,仮に控訴人を同行したならば,統一教会の施設に着いたところで,控訴人が統一教会に戻ったままとなってしまうことを被控訴人<兄>らが危惧していたものと推認することができる。なぜなら,控訴人は,これより前にも昭和62年頃に脱会の説得を受けたことがあり,同年11月下旬頃には,トイレに行くと告げて荻窪栄光教会から統一教会のホームに戻ったことがあるため,被控訴人<兄>らにおいても,控訴人を常時監視していなければ,その場から逃走して再び統一教会のホームに戻ってしまう可能性があることを十分に認識していたからである。

【解説1】:ちなみに、後藤徹さんが拉致監禁されていた1995年9月11日から2008年2月10日までの期間で、後藤さんが奪われた投票権は、以下の19回分になる。後藤さんの家族は、後藤さんに何の断りもなく、1997年2月1日に勝手に後藤さんの住民票を後藤さんが住んでいた東京都北区から東京都西東京市(当時保谷市)の後藤家の実家に移した。従って、1997年2月1日以降は、選挙がある度に後藤さんの投票用紙は、西東京市の実家に郵送されていたにも拘わらず反故にされていたことになる。
①1996年10月20日 第41回 衆議院議員総選挙 実施内閣→橋本内閣
②1997年7月6日 東京都議会議員選挙
③1998年7月12日 第18回 参議院議員通常選挙 
④1999年1月31日 保谷市議会議員選挙
⑤1999年4月11日 第14代 東京都知事選 当選 石原慎太郎
⑥2000年6月25日 第42回 衆議院議員総選挙 実施内閣→森内閣
⑦2001年2月18日 西東京市長選挙
⑧2001年6月24日 東京都議会議員選挙
⑨2001年7月29日 第19回 参議院議員通常選挙
⑩2002年12月22日 西東京市議会議員選挙
⑪2003年4月13日 第15代 東京都知事選 当選 石原慎太郎
⑫2003年11月9日 第43回 衆議院議員総選挙 実施内閣→小泉内閣
⑬2004年7月11日 第20回 参議院議員通常選挙
⑭2005年2月6日 西東京市長選挙
⑮2005年7月3日 東京都議会議員選挙
⑯2005年9月11日 第44回 衆議院議員総選挙 実施内閣→小泉内閣
⑰2006年12月24日 西東京市議会議員選挙
⑱2007年4月8日 第16代 東京都知事選 当選 石原慎太郎
⑲2007年7月29日 第21回 参議院議員通常選挙

5
<徹氏の自宅に郵送されてきた先日の12月14日の衆議院議員選挙の投票用紙を持ち、選挙権を行使できる喜びをかみしめる徹氏>

【解説2】:後藤徹さんは、監禁中に普通運転免許証の更新ができず、失効してしまったため、監禁解放後、再度運転免許証を取り直している。

 なお,被控訴人<兄>らは,健康管理等のために控訴人に外出を勧めたにもかかわらず,控訴人があえてこれを拒絶して外出をしなかったと主張するかのようであるが,上記のように常時監視していなければ控訴人は統一教会の施設に戻ってしまうのではないかと危惧していた被控訴人<兄>らが,それにもかかわらず,控訴人に自由な外出を勧めたりしていたとするのは明らかに矛盾であるから,採用することは困難である。ちなみに,仮に控訴人が任意に自由な意思で留まっていたのであれば,気分転換の散歩や買い物などのために外出したとしても,所用が済めば任意にパレスマンション多門に帰ってくるはずであるから,控訴人の外出を制限する理由はないこととなるが,控訴人作成の陳述書(甲9)にもあるとおり,被控訴人<兄>らは控訴人の外出を認めなかったものであるから,被控訴人<兄>らが控訴人の自由を制約してパレスマンション多門に監禁していたものと評価するのが相当【解説3】である。

【解説3】:ここで、判決文の中で初めて「監禁」という言葉を使って事実認定している。この後、判決文では何度も「監禁」という言葉を用いて宮村、松永、後藤兄らの不法行為を断罪している。

エ そうすると,控訴人のパレスマンション多門における滞在は,控訴人の父親である亡<父>の意思に沿うものであり,親子兄弟の情愛に根ざして始められたものであるとは認められるものの,控訴人は,昭和38年11月2日生まれの成人男性で,平成7年9月11日当時,既に31歳で,特に他者の介護や補助を受けなければ日常生活等に支障があるという状態ではなかったことは明らかであるから,親兄弟といえども,控訴人を別個独立の人格を有する個人として十分に尊重しなければならないことは当然のことであり,控訴人の信じている宗教の内容が親兄弟の考え方と異なるからといって,任意の説得の範囲を超え,有形力を行使して,その自由な意思や行動を制約し,強制的に統一教会からの脱会を迫ることは,もはや社会的に許されている親子兄弟による任意の説得の範囲を超えるものであって違法であり,客観的には監禁と評価されても致し方のないものであったと認めるのが相当である。

【解説】:上記赤色部分は、極めて重要な内容である。一審判決では、「家族の愛情」を理由に慰謝料が減額されたが、控訴審判決では、たとえ親子兄弟の情愛に根ざしていても自由を制約し強制力をもって脱会を迫ることは「違法」な「監禁」であり、「別個独立の人格を有する個人として尊重しなければならない」ことが明確に認定された。人権における普遍的基準に則った極めて妥当な認定といえる。

(3)平成9年6月22日の荻窪プレイスに向かった移動について
 また,前記認定事実によれば,平成9年6月22日にパレスマンション多門から亡<父>宅に向かう際には,控訴人は,この先,荻窪プレイスに滞在する予定であることを告げられることもなく,家族以外の者を含めた複数名(うち成人男性3名)でワゴン車に同乗しており,しかも,運転免許証や財布,現金等の身の回りの品を所持していない状態であって,その状況は,控訴人が亡<父>宅で同人の遺体と対面した後,荻窪プレイスに向かう時も同様であったとうかがわれる。そうすると,控訴人は,新潟のパレスマンション多門で行動の自由を制約されていたところ,亡<父>の死亡により実家に戻ったのも束の間,移動先を告げられたり,その承諾を求められたりすることもなく,もちろん,控訴人が同意することもないまま,被控訴人<兄>らの指示により,次の滞在先となる荻窪プレイスに連れて行かれたものであるから,この時点においても,控訴人の承諾もないまま,被控訴人<兄>らによって控訴人の行動の自由に対する制約が続けられ,違法状態が継続していたものと認めるのが相当である。

(4)平成9年6月22日から同年12月頃までの荻窪プレイスにおける滞在について

ア 前記認定事実によれば,荻窪プレイスも,構造上,控訴人が起居している部屋から玄関に向かうためには,被控訴人<兄>らや<母>が使用している部屋を通る必要があったが,部屋には常に誰か家族が滞在していて,控訴人の行動を逐一確認していただけではなく,控訴人が起居している部屋から容易に飛び降りて逃走することは困難であったとうかがわれ,控訴人が外部と連絡を取るための電話等も利用できない状況であったことは,パレスマンション多門に滞在していた時と同様であった。

3
<2箇所目のマンションとなった荻窪プレイス。向かって左端の上から2番目が、監禁現場となった605号室である。>

7
<荻窪プレイス605号室の間取り図。後藤徹氏の陳述書からの抜粋>


しかも,控訴人は,パレスマンション多門に財布や現金を残したまま移動したものであるが,それらの身の回りの所持品が控訴人に渡されたことを認めるに足りる証拠はない。そして,控訴人は,亡<父>の葬儀のために外出することもなく,被控訴人<兄嫁>及び被控訴人<妹>も葬儀に列席しないで荻窪プレイスに留まっていたものであり,上記のような部屋の構造や起居の状態等を勘案するならば,控訴人は,常に家族によって行動を監視され,荻窪プレイスから外出したり退出したりすることを,事実上,不可能又は著しく困難にされていたものであって,行動の自由を違法に制約されていたものと評価することができる。


イ もっとも,上記のような状況は,被控訴人<兄>らからすれば,新潟から東京都内に移動してきた控訴人の所在を統一教会の関係者が知り,控訴人を奪回しようとすることを防ぐためにやむを得ないものであったということになるのであろうが,控訴人は平成9年6月22日当時,既に33歳の成人男性であって,その身体状況や判断能力等において,他者の介護や介助を必要とする状況でもないから,仮に統一教会の関係者が控訴人との面会を求め,その結果,控訴人が統一教会に戻りたいというのであれば,控訴人のそのような選択は十分に尊重されるべきものであって,兄弟,親族といえども,それを妨げることは不当である。しかも,仮に控訴人において,任意に荻窪プレイスでの滞在を続けたいと希望し,統一教会の下に戻らないと決めていたというのであれば,控訴人の外出を制限し,亡<父>の葬儀に欠席させなくてもよかったはずであるし,仮に統一教会の関係者が何らかの強行的な手段に訴えて控訴人を統一教会の施設等に連れ去ろうとしても,近所には統一教会からの脱会を働きかけている他の人たちも居て頻繁に荻窪プレイスを訪れるなどしており,その人たちに連絡して援助を求めたり,必要があれば警察に通報するなどして,対応することができないわけではなかったものと認められる。それにもかかわらず,被控訴人<兄>らが上記認定のような控訴人に対する監視を続けていたということは,監視していなければ控訴人が逃走してしまうことを懸念していたことを示すものであって,荻窪プレイスでの滞在が控訴人の自由な意思に基づくものではなく,そのことを被控訴人<兄>らが十分に認識していたことを推認させるものである。

ウ そうすると,荻窪プレイスでの滞在についても,やはり控訴人の行動の自由を制約することを主な目的としてなされたものと考えるのが自然であり,被控訴人<兄>らによって,控訴人の行動の自由に対する違法な制約が継続していたものと認めるのが相当である。

(5)平成9年12月頃の荻窪フラワーホームに向かった移動について
 前記認定事実によれば,平成9年12月頃に荻窪プレイスから荻窪フラワーホームに向かう際には,控訴人の家族の外,被控訴人<兄>の知人3名を含めた複数名が立ち会っており,また,控訴人が財布や現金等を所持していなかったことは荻窪プレイスに向かう移動の時と同様であったと認められるから,荻窪フラワーホームに向かう移動についても,控訴人に対する行動の自由の違法な制約が継続していたものと認めるのが相当である。

【解説】:一審判決では、今回紹介した最初のマンション(新潟パレスマンション多門607号室)と2番目のマンション(荻窪プレイス605号室)の滞在時における監禁と不法行為が認められなかった。しかし、以上見た通り、控訴審判決では、上記2つのマンションの滞在時や移動時も継続的に監禁と不法行為が行われていたと認定されている。客観的事実に則った極めて妥当な認定と言える。

*次回は、滞在した3つのマンションの内の最後の「荻窪フラワーホーム
の事実認定と不法行為の成否です。


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2014-12-17(Wed)
 

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過去の誤った判断を覆した控訴審判決 

世話人の皆様、判決文のアップありがとうございます。

私のブログで、「(その四) 後藤控訴審判決の歴史的意義:過去の誤った判断を覆した控訴審判決」 という記事を書きました。ご一読いただき、参考にして下さい。

http://humanrightslink.seesaa.net/article/410931663.html
2014-12-23 04:27 | Yoshi Fujiwara | URL   [ 編集 ]

"悪の統一教会" → "拉致監禁容認" は成立せず 

Merry Christmas!

私のブログの連載記事:「後藤控訴審判決の歴史的意義」 を更新し、「(その五) "悪の統一教会" → "拉致監禁容認" は成立せず」  を書きました。参考にして下さい。

http://humanrightslink.seesaa.net/article/411142659.html
2014-12-25 16:30 | Yoshi Fujiwara | URL   [ 編集 ]

やっと当たり前のことが認定された 

yoshiさんのブログ、読ませていただきました。

当たり前のことが認定されるまで、長い道のりだったのですね。
2014-12-25 21:57 | koyomi | URL   [ 編集 ]

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