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被告宮村峻陳述書(その2)-「後藤家は自己流でやった」・・後藤兄らが勝手にやったと言わんばかり!?

今回は、先回掲載した被告宮村峻の陳述書の続きをUPします。青字部分が今回UPした部分です。


第1.はじめに

第2.徹氏と私との話し合いの実情
 1.一審判決の認定と誤り   
 2.徹氏との話し合いの実情
 3.「脱会しろ」と言うことはない
 4.徹氏に言ってない事実を認定した一審判決
 5.フラワーホームに行くのを止めたわけ

第3.南京錠のことなど
 1.南京錠について
 2.南京錠は必要ないと言った
 3.なぜ12年になったか

第4.後藤家の方々と宮村・水茎会とのかかわり
 1.一審判決の誤り  
 2.不十分だった話し合いの姿勢
 3.後藤家は水茎会や私の指導、助言と無関係
 4.後藤家は自己流で徹氏と話し合った
 5.元信者の兄妹と信者の話し合いの難しさ
 6.後藤家の家族間の話し合いの特殊性

 
第5.原対協と松永メモ
 1.一審判決の誤り
 2.昭和63年までの荻窪栄光教会での話合い
 3.甲第98号証の3の松永メモと原対協での発言


<今回UP部分の解説>
今回掲載する部分を少し解説してみます。
 一審判決で、原告後藤徹氏に対して数々の暴言を吐いたことが認定された被告宮村ですが、「言うはずがない」と完全否定。また、南京錠については、「必要ないんじゃないの」と外すように言ったと言及しています。また、被告宮村が、後藤兄らに対して脱会説得のための身体拘束を手段とした実践的・実効的な方法を教え、後藤兄らはその方法に則って原告に対する脱会説得の試みを続けたという認定に対しては、「後藤家が自己流でやった」と述べ、あたかも「後藤家が勝手にやったことで自分は関係ないよ」と言わんばかりの主張になっています。

高等裁判所
 <13日に判決が下る東京高等裁判所等が入っている裁判所合同庁舎(東京霞ヶ関)>

以下、陳述書本文です。



4.徹氏に言ってない事実を認定した一審判決
(1)徹氏は、その陳連書甲第9号証の18頁で、私との話し合いについてこう主張しました。

   「『お前は全然人の話を聞いていない』『頭を使え。自分の頭で良く考えろ』『自分の頭で考えられるようになるまではここから出られないぞ』などと私を愚弄し、『もし自分の子供が統一教会を辞めなければ、家に座敷牢を作って死ぬまで閉じ込めておく』と脅迫し、私に棄教を強要しました。
   (中略)
   宮村は、「『もし、(教祖である)文鮮明がメシアで(統―教会の教理である)原理が正しければ、おれはこの場で腹を切ってやる。しかし、もし、文鮮明が偽物で原理がでたらめだったら、お前は腹を切る覚悟があるか』と言って脅しつけ、(中略)『こんなものを信じ続けることができるのは、マインド・コントロールされている証拠だ』と言って私を愚弄しました。また、『統一教会の初期には教祖と信者のセックスリレーが行われていた』と言い、そのことを『血分け』と述べ『文鮮明は何であんなに女が好きなんだ』、『今まで何人の女と寝たか見当もつかない』等、証拠もなく伝聞に過ぎない、聞きたくもない教祖のスキャンダルを無理やり聞かせ、私は極度の精神的苦痛を受けました。」

座敷牢
<座敷牢の写真(南山堂「精神医学入門」より)
その昔、華族や豪商などで家族間に素行不良者や精神状態に不調を来した者が出た際に、監禁するために造られた座敷牢だが・・・>

  
前述したように、一方的に決めつけて話をしても本人が自分で考えるようになるはずがありません。話し合いで、脅したり、愚弄したりして棄教を強要しても逆効果です。

   反対尋問でこの点を聞かれて徹氏は、「確かに会話はあった」とか、「あれが誹謗中傷かと言われれば、そうではないように一見思います」「硬軟織り交ぜてくる。非常にうまいんです」などと供述しました(調書93頁)。

   ところが、一審判決50、51頁では、この徹氏の陳述書の主張をほとんど事実だとして、私が言ったことであると認定してしまっているので、本当に唖然としました。徹氏が憶えこんで法廷で演説した主尋問でさえも、事実なかったために供述しなかった私の「発言」さえも、陳述書から拾って私が言ったこととして認定されています。

(2)私は「自分の頭でよく考えてみて下さい」とは言いましたが、そう「なるまではここから出られないぞ」とは言ってません。フラワーホームをいつ引き払うかなどについては、<被告後藤兄>氏らと後藤家で決めることであって、私からいつ出るかなどについてコメントできるはずがありません。当時私はそう考えていました。

   「自分の子が統一協会信者になった親がどう考えると思いますか」とは尋ねましたが、「座敷牢をつくって死ぬまで閉じ込めておく」などとは、考えてもいないことで、こんな発言をするはずがありません。

   私は「腹を切る」とか「腹を切る覚悟があるか」といった大げさなことを言うのは逆効果だと思います。言うはずのないことです。

   また、マインドコントロールされた人は決して自分がマインドコントロールされているという認識はもつことができないのです。そんなことを決めつけて言っても逆効果なので言いません。

親は何を知るべきか
<書籍『親は何を知るべきか』で自らを「脱会カウンセラー」と称し、「マインド・コントロール」を力説する被告宮村だが・・・>

   文鮮明のセックススキャンダルや原理講論のなりたちなどについては、事実を信者に伝えることはします。前述の再現対話でも少し触れたとおりです。それは、私が直接韓国で関係者に聞いたり、直接資料にあたって確認した事実です。文鮮明が「何人の女と寝たか」と言ってみても仕方がないことと思っています。そのようなことは言いません。それ以外の文鮮明の性スキャンダルについては徹氏に聞かれたので、それに答える形で話したことはあります。徹氏は表情を変えず「そうですか。証拠はあるんですか」と聞くので、資料や証言のいくつかを見せて説明したこともあります。

(3)そんな会話があったのであり、徹氏の陳述言をそのまま鵜呑みにして、私が話したことと認定し(一審判決50,51頁)、だから私は徹氏に対して「脱会を強要した」と決めつけられることは決して納得できません。

 5.フラワーホームに行くのを止めたわけ
(1)私がフラワーホームの徹氏のところに行くのを止めたいきさつについては、一審判決51頁(d)で正しい認定をしています。ところが、この点についてまで、徹氏はその控訴理由書や甲第178号証の陳述書で「統一教会がでたらめで間違っていることも分かった」とか「文鮮明がメシアでないことも分かっている」などと言うはずがないとして争っています。

   彼を支援して、統一協会の組織の立て直しに利用しようと考えている多くの幹部信者らの目があるので徹氏としては、かりそめにも「統一協会がでたらめで間違っている」とか、「文鮮明がメシアでない」と発言したことを認めるわけにはいかない、という彼のおかれた立場上、こんな見え透いた主張をしなければならないという実情を、裁判所もご理解いただきたいです。

(2)しかし、徹氏は実際に統一協会がまちがっていても、文鮮明がメシアでなくても自分はこの活動をやるというようなことを言ったので、私は「彼はもう自分で考えることを放棄して、開き直っている。これじゃ、自分がどんなに努力して話をしてもムダだ。」と思って、徹氏との話し合いを諦めました。<被告後藤兄>氏もそう思って、私に対して、「これからは家族だけで話し合ってみる」と言ったのです。

   徹氏は、「宮村さんの指摘が正しかろうが間違っていようが、関係なしに自分は統一教会としての信者としてい続けたいんだと、こういう言い方をしたんじゃないんですか。」と聞かれて、「現実がそうなったということじゃいないですか。あれだけ批判を浴びせられても、いや、私は信じ続けますって言ったんですから。ですからそちらにすれば棄教を失敗したということですね。」と供述しています。そして「あなたが、とにかく統一教会を宮村さんがどう言おうと、自分は統一教会は正しいと思う、統一原理は正しいと思うと言ったから、これじゃもう宮村さんはあなたと話し合ってもしょうがないやというんで来なくなったと、こう言っていますが、違いますか。」と聞かれて、「たった9か月で呆れるくらいの、そんなものなんでしょうか。本当に私のことを心配で何とかしたいと思うんだったら、その後もこのかわいそうな人を何とかしたいと。それから、もう知らんよというのは、どうでしょうか」と答えました(徹調書135頁)。

   私はこの供述を聞いて、なんだ徹氏はもっと私と話し合いをしたかったのか、重要なことを法廷で認めたなあ、と印象深く聞き来ました。

 (3)彼は平成10年9月頃、私に開き直ってみせたものの、本当は私に諦めずに話し合いにきてほしかったのでしょうか。当時の私にはそうは思えませんでした。真剣に自分なりに考えるという姿勢が全く見えず、何が何でも統一協会の信者のままでいるんだという開き直りをしたように見えました。

   これじゃ、私が、どんなに話をしてみてもムダなだけではなく、かえって逆効果かもしれないと思って、私はそんなことを言う彼との話し合いを止めたのです。

第3.南京錠のことなど

1.南京錠について
  一審判決49頁は、「<被告後藤兄>らは玄関のドアの内側のドアチェーンの部分に南京錠で施錠をしており」と認定しましたが、これが私の指摘をうけて平成10年4月頃取り外された事実を認定していません。

  このことは私が徹氏の心身拘束を知りつつフラワーホームに通ったという一審判決の判断と関連すると思うので特に述べておきます。

  私は、徹氏は納得の上でフラワーホームの部屋にいると思っていましたし、私との話し合いに応じていると思っていました。今でもそうだったと思っています。

南京錠
<南京錠「オレは、人を監禁するためになど使われたくねーぞ!」>

2.南京錠は必要ないと言った
  平成10年1月に、フラワーホームに行くようになって何回目かの時、私は<被告後藤兄>氏が南京錠みたいなものを内側のドアチェーンにかけているのを外すのに手間取っているのに気がついたので、「何してるの」と聞きました。<被告後藤兄>氏は「統一協会が乗り込んできたりすると騒ぎになって周囲に迷惑だし」と言い訳気味に言いました。かねて私は水茎会でそんなことはしないで下さいと信者の家族に話しているのを<被告後藤兄>氏は知っていたので、私の意見に反することをしていることを気まずく思ったようでした。

  確かにフラワーホームは、荻窪駅から統一協会杉並教会に行く途中にあるし、<被告後藤兄>氏、<被告後藤兄嫁>さん、<被告後藤妹>さんを知っている統一協会現役信者が3人の誰かに気付くこともありうるので、相談して南京錠を取り付けたくなる気持ちは判りました。しかし、そんなことをして徹氏が気がついたらどう思うかということの方が気になりました。徹氏の状況を見ると、家族の意向に反して一方的にフラワーホームを出て行くようなことを徹氏はしないと私は確信していました。にえきらない態度ではあるものの、私との話し合いに応じてはいたし、家族との対話もふつうにしていましたし、何よりもお母さんや<被告後藤妹>さんの思いやりある生活サポートに甘えているように見えました。

  私は、<被告後藤兄>氏に「家族でそう決めたかもしれないけれど、必要ないんじゃないの」と言いました。<被告後藤兄>氏は頷いていたので、それ以降外したと思っていました。

  そもそも私や元信者が行くと家族の誰かが扉を開けて、中に入り、そのまま徹氏がいる部屋に行きます。自分たちが開けてもらって入った扉の内側の鍵のことなど気にしませんし、少なくとも私たちが入ったあと南京錠で施錠している状況は見ませんでした。だから私は南京錠は私が言ったあとはしていないと思っていました。

3.なぜ12年になったか
  12年間、一歩も外に出なかったことや外部との連絡が取れなかったという事実が強調され、まるでそれが<被告後藤兄>氏ら後藤家の方々の責任であり、私もその一端の責任があると決めつけられました。

  どうして12年間になってしまったのか。それはひとえに徹氏のにえきらない態度にあると私は思っています。私は平成10年9,10月頃、徹氏が開き直った時、これでは話し合いにならないと思って話し合いに行くことを止めました。

  それ以降、<被告後藤兄>氏たちが徹氏につき合って、長年月<被告後藤兄>氏ら自身の生活を犠牲にしつつフラワーホームに一緒に住み続けたのは、何よりも元信者としてこのまま徹氏が信者でい続けたらどんなにひどい人生になるか、判っていたからだと思います。また、多くの人々に迷惑をかけることになると心配したからだと思います。私から見るともっと早くマンションから追い出せばよかったのにと思いますが、<被告後藤兄>、<被告後藤妹>の2人は兄弟であり、<被告後藤兄嫁>は兄の妻であり、3人とも元信者として、またお母さんはかわいい息子のことを思って諦めきれず一緒に住み、徹氏が自分で考えてくれるようになるのをただひたすら待ったのでしょう。

  しかし、私が行くのをやめた頃から、<被告後藤兄嫁>さんや<被告後藤妹>さんは、ここにいるのがいやなら出て行けばいいじゃないと徹氏に言っているし、<被告後藤兄嫁>さんに至っては実際に外に出そうとしたと供述しています(<被告後藤妹>調書15頁、<被告後藤兄嫁>調書15頁)。

  徹氏は、私が通っていた当時も自らの意思でフラワーホームにいたのだし、そのあとにしても徹氏の意思に反してフラワーホームに滞留させられたということはないと確信しています。徹氏なりの考えで、またにえきらない彼の性格が、ズルズルとひきこもり状態を続けさせることになったのだと思うのです。

  その意味で、私は単に12年間外に出なかった、外部と連絡とらなかった事実をもって、「不当に心身を拘束」と決めつけるのは誤りであると強く主張したいのです。

ラーメン屋
<美味いラーメン屋が多いことで有名な荻窪。荻窪フラワーホームの向かいにもラーメン屋があったが、後藤家は一度も足を運ぶことは無かった?>

第4.後藤家の方々と宮村・水茎会とのかかわり

 1.一審判決の誤り
  一審判決56頁は「両親及び被告<後藤兄>らの原告に対する対応は、・・・松永及び宮村がその脱会説得のため実践的・実効的な方法としていたところに従ったものであり、・・・逃走防止措置の実施、外出及び外部との連絡の制限等に重点が置かれたものであって、その全体を通じ、原告にとって、その意に反する強制的な要素を含むものであったことは明らかである」と認定しています。また、57頁ではこのような方法は「原告の明示の意思に反してその行動の自由を大幅に制約し、外部との接触を断たせ、原告の心身を不当に拘束したものと評価せざるを得ず」とも述べております。

  これを前提とすると、私や松永牧師が、後藤<被告兄>氏らに徹氏を「脱会説得」するための「実践的・実効的な方法」を教えたものであり、その方法は「原告の明示の意思に反して、その行動を大幅に制約し、外部との接触を断たせ」るようなものだったと認定していることになります。

  私はこれを読んで真実憤りを覚えました。全く事実無根の、統一協会や徹氏が、ためにする誹謗をくりかえして主張してきたことが、殆どそのまま判決文に書かれているのです。絶対に認められません。この認定は真実ではありません。徹氏が言うと外に証拠がなくても裁判所はそれを鵜呑みにしてしまうのでしょうか。

 2.不十分だった話し合いの姿勢
  そもそも後藤家の徹氏との話し合いのあり方について私としてはそんなことで大丈夫なのかなあという危惧を、昭和62年の頃から感じていました。

  京王プラザホテルに森山先生の指示で、徹氏との話し合いのために何日か通いましたが、そのあと徹氏が脱会したものと家族は安心したらしく、お父さんは仕事に戻ってしまいました。お母さんと<被告後藤兄>氏は、徹氏に付き添って荻窪のアパートから栄光教会に3人で通ってくる姿を何回か見かけました。また、森山先生の講義などを徹氏が外の人たちと一緒に聞いている姿を見ました。しかし、私は、お母さんの理解がどこまで深まっているか心配でしたし、<被告後藤兄>氏と徹氏との兄弟間の対話もきちんとできているかはたで見ていて心配でした。つまり、徹氏が統一協会を脱会した後、安心して家庭に戻ることの出来る環境が整っているのか心配でした。1、2週間後、徹氏が姿を消して統一協会に戻ったと聞いた時、正直「やっぱりなあ。後藤家の取り組みはもう一歩徹氏に寄り添ったものになっていなかったからなあ」と感じたのです。

京王プラザ
<原告が一回目に監禁説得を受けたという京王プラザホテル(東京都庁展望台から)>

  私は別に後藤徹氏のことで悔しいという感情を持つ関係ではありませんでした。あくまでも、森山先生がなさっていることをお手伝いする以上の立場ではなかったので、私が森山先生をさておいて、後藤家の方々、特にお父さんに意見を言う立場ではなく、またそんな機会もありませんでした。

  <被告後藤兄>氏は、昭和63年2月から私が経営する広告代理店株式会社タップで働くようになりましたし、<被告後藤兄>氏が誘って統一協会に入ってしまった弟の徹氏や妹の<被告後藤妹>さんのことを気にかけているのは判っていました。しかし、仕事人間のお父さんと、それについて行くだけのお母さんの様子を時々見てると、あれでは徹氏ときちんと話し合いをするのは難しいなあと思っていたのです。

  それでも幸いなことに<被告後藤妹>さんは平成元年3月から、私が何回か話し合ってみたところ、脱会を決断してくれました。<被告後藤妹>さんとの話し合いの時も、お父さんから「<被告後藤妹>が宮村さんの話を聞きたいと言ってるんです。今、荻窪のマンションに本人と両親と<被告後藤兄>と4人でいます。来てくれませんか」と頼まれて何回か通ったのです。

  <被告後藤妹>さんの場合、兄の<被告後藤兄>が脱会を決めていたことをとても重く受け止めてくれましたので、その話をして以降は、家族間の対話が格段によくなったと聞きました。

  逆に徹氏の場合、兄<被告後藤兄>氏との間で兄弟であり、信者としての霊の親、霊の子としての微妙な葛藤があったようですし、別の難しさもあったように思います。

3.後藤家は水茎会や私の指導、助言と無関係
  平成元年夏に<被告後藤妹>さんが脱会したあとも、ご両親と<被告後藤妹>さんは大阪に住んでいたので、水茎会には全く来ていません。

  <被告後藤兄>氏は勤務先の会社の仕事が忙しいため、毎週土曜午後の水茎会の集会にも月に1、2回来るくらいでした。それも、元信者として相談に来ているご家族に自分の体験を話して助言する立場であって、自分の弟とどう向き合うか、どう話し合いをしていくかということについて学ぶ姿勢はみられませんでした。

新宿西教会
<かつて水茎会の会合が行われていた新宿西教会>

  最大の問題はお父さんでした。仕事が忙しいせいか、水茎会には殆ど来ていません。どうも<被告後藤兄>氏と<被告後藤妹>さんの脱会がうまくいったので徹氏もそんな調子でうまくいくはずと考えている様子があって、私は時たま会うと「徹君との話し合いはそんな容易なものじゃないと思いますよ」などと言って、もっと徹氏との話し合いについての心構えなどを考えた方がよいと忠告したことがあります。

  平成3、4年頃から、<被告後藤妹>さんや<被告後藤兄嫁>さんも時々来るようになりました。<被告後藤妹>さんは両親と東京に戻ってきたということで、お母さんと月に1、2回水茎会に来ていました。<被告後藤兄嫁>さんは、東京で活動していた統一協会信者だったので、知り合いの元信者同士の交流が中心で、もとより徹氏とどうかかわるかなど考える立場でもなかったのです。<被告後藤兄嫁>さんは元信者同士で交流することを通して、自分自身の心の整理をしている様子がありました。<被告後藤兄>氏も<被告後藤妹>さんも、水茎会の集会に来ると、あくまでも元信者として自分の体験を話したり、自分自身の気持ちを整理することが中心で、徹氏とどう話し合うかということのために外の人たち(元信者やOBの方々)の話を聞いて学ぶ姿勢ではなかったのです。

4.後藤家は自己流で徹氏と話し合った
  私としては、脱会した元信者の兄と妹がいる徹氏との話し合いがどのようにしたらうまくいくのかについては、ご家族で十分話し合う必要があると思っていました。

  しかし、そんな話を突っ込んでする機会もないうちに、平成7(1995)年春頃、ご両親、<被告後藤兄>氏、<被告後藤兄嫁>さん、<被告後藤妹>さんの5人から「新潟で松永先生にお世話になることにした」と聞いたのです。

  ですから私としては、後藤家の皆さん、特に話し合いの中心的役割を果たすはずのお父さんが水茎会に通って、そこで学んだり、私から「実践的・実効的な方法」を指導されるようなことがなかったとはっきり言うことが出来ます。

  後藤家の皆さん、特にお父さんは水茎会や私の指導を受けなくても、自己流で何とかなると思っていたようでした。

  ですから平成9(1997)年4月頃に、余命いくばくもないという病身を抱えてお母さんと2人で私のところに頼みに来られた時は意外でした。しかし、本当に困ってらっしゃるようだし、お気の毒な状況だと身にしみて理解できたので、「徹氏が私と話し合ってもよいというならお引き受けします」とお返事したのです。

  ここでも一審判決47、8頁で「被告宮村は亡尚美(お父さんのこと)の意向に応ずることとした」というのは誤りです。私はあくまでも「徹君が話を聞くというのなら話し合いをしてみます」と言ったので、お父さんの懇願であっても無条件で承諾したのではありません。

5.元信者の兄妹と信者の話し合いの難しさ
  新潟で話し合うことにしたと平成7(1995)年春頃に聞いた当時も、平成9(1997)年4月頃にお父さんから頼まれた当時も、そして今でも、私は後藤家における話し合いの難しさを感じていましたし、今も思っています。

  といいますのは、初めに入信した<被告後藤兄>氏とその後入信した<被告後藤妹>さんは、自分たちの体験から統一協会の教義のおかしさや、その活動の社会的問題などについて身をもって実感しています。<被告後藤兄>氏の妻になった<被告後藤兄嫁>さんもそうです。
 そんな3人が徹氏と話し合う時、白紙で徹氏の話を聞くことにはなりません。どうしても自分の体験や意見を徹氏にぶつけるでしょう。

  この点元信者ではない父母や兄弟であれば白紙で信者の説明を聞き、素朴に疑問をぶつけ、信者本人に自分で考えるよう仕向けることができますが、後藤家の場合そこがどうなるのかなと思っていました。しかも、お父さんが重病となり、死去されたので、いよいよ<被告後藤兄>、<被告後藤妹>、<被告後藤兄嫁>の元信者3人と徹氏の対立構造になってしまうことにならないかと心配でした。

  私は平成10(1998)年1月から9月頃までフラワーホームに夕方70回余り行って、2,3時間徹氏と話し合いましたが、その時一緒に話し合いに関わっている元信者の<被告後藤妹>さんと<被告後藤兄嫁>さんの立場は、元信者であり義姉、妹であるという関係で、ふつうの家族の話し合いとは大分違う感じはありました。<被告後藤兄>氏は誘った側の霊の親であり、実兄でもある<被告後藤兄>氏に対して、徹氏としては、自分から統一協会に誘っておいて、今更なんだという感情になるだろうと思ったこともありました。

  <被告後藤兄>氏、<被告後藤妹>さん、<被告後藤兄嫁>さんが統一協会の元信者なので徹氏の考えや意見を先回りして述べて、それに徹氏が反論するようなやりとりが度々見られました。私は、できるだけ徹氏に話をしてもらってそれを通して徹氏が自分なりに考えていくきっかけになればいいと思っていました。私が徹氏に話をして返事を待っていると、3人の誰から「‥‥‥でしょう」などと追いうちをかける発言をしたりするので、私が3人に「すこしだまっててよ。徹君の話を聞こうよ」と言うこともありました。しかし、私がいない時の兄弟間、兄妹間では、平行線の議論がくりかえされているようでした。

モーメント
<原告は、こんな感じで責められていた?>

  言うまでもありませんが、後藤家の皆さんは、平成7年初夏頃から新潟に通っていたせいか、それ以降水茎会の集会には全く来ていません。この間、私は、後藤家の人たちが松永牧師のもとに通って勉強していることも知りませんでした。また、平成7年9月に新潟で話し合いを始めて以降は、全く姿を見ていません。私は、松永牧師が徹氏との話し合いをしているのだろうから、余計な口をはさまない方がよいと思っていました。それに、当時本当に忙しかったので、水茎会や私のもとに来られない家族のことまで心配する時間的・精神的余裕もなかったのです。

  勿論、後藤家の誰からも、これからどうしたらいいかとか、話し合いのあり方などについての相談もありませんでした。

  要するに後藤家の皆さんが、お父さんや<被告後藤兄>氏を中心にしてなされたことは、私や水茎会とはあまり関係のない、自己流としか言いようがないのです。

大和田専務の写真
<『半沢直樹』最終回での大和田常務の有名な台詞「それはお前が勝手にやったことだろうがー!」。果たして、被告宮村も大和田常務と同類なのか?!>

6.後藤家の家族間の話し合いの特殊性
  一審判決は、後藤家の方々と徹氏との話し合いが、一般の家族の場合と著しく異なる事情を全く考慮していません。

  <被告後藤兄>氏は、徹氏の実兄であり、統一協会に徹氏をさそった「霊の親」なのです。また、<被告後藤妹>さんも、<被告後藤兄>氏がさそった元信者であって徹氏と同じ統一協会の東東京ブロッック内の第8区所属の信者として活動していたのです。

  また、<被告後藤兄嫁>さんは、同じ東京第1地区や埼玉第1地区に所属させられて、統一協会信者として、自ら霊感商法の手口をつかって一般の方々をさそって霊場につれて行き、大金を払わせて念珠や天理石壷を購入させる活動に従事したり、印鑑販売の部門(店舗)に配属になって個別訪問等をして印鑑を高額で売りつける活動を、寝食を忘れて行っていたのです。

  そんな3人にとって、徹氏がこのまま統一協会に戻った場合、どういうことになるか十分予想できました。それだけに、平成20年2月に4人でマンションの部屋の外に押し出して、結果的に徹氏が統一協会に戻ってしまうまで根気強く話合いを続けていたのだと思います。

  それまでの4人(お父さんが死するまでは5人)の行動について、私が「実践的・実効的方法を指導した」という事実はないので、改めてそのことを申し述べておきます。

*次回は、被告宮村陳述書の最終回です。お楽しみに。
これからも後藤徹氏の応援をよろしくお願いいたします。
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019_convert_20140131104434[1]
2014-11-05(Wed)
 

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にえきらない… 

<私は平成10(1998)年1月から9月頃までフラワーホームに夕方70回余り行って、2,3時間徹氏と話し合いました>

足繁く通ったんですね。
喫茶店とかではなく、そのマンションに。

<私は、<被告後藤兄>氏に「家族でそう決めたかもしれないけれど、(南京錠は)必要ないんじゃないの」と言いました。<被告後藤兄>氏は頷いていたので、それ以降外したと思っていました>

通っている間、徹氏の待つマンションには、ずっと南京錠が施錠されていたかもしれない、ということですね。

<どうして12年間になってしまったのか。それはひとえに徹氏のにえきらない態度にあると私は思っています>

にえきらない態度で12年…。
マンションの狭い一室に12年…。
日がな一日、外の空気も吸わず12年…。
一度も外出せずに12年…。

「にえきらない態度」って、すごいですね。
心理学か文化人類学か知りませんが、「にえきらない態度」の持つパワーはいい研究テーマになりそうですね。

<文鮮明の性スキャンダルについては徹氏に聞かれたので、それに答える形で話したことはあります>

徹氏は自分の信じている教祖のスキャンダルを聞き、さぞかし耐え難かったことだろう。
普通だったら、その真偽を確かめようと、教会の人に尋ねたり、調べたりするものだ。
ところが、じっと部屋にいた…。

宮村の陳述のほうが、にえきらないぞ。
もっと、にえきったウソをつかなきゃ。逆効果だ。

2014-11-06 15:14 | みんな | URL   [ 編集 ]

間違いでも信仰を続けると言った人が伝道目的で居座る? 

裁判を真剣に闘ってる後藤さんには悪いけど、ワロタ。

宮村氏って、頭よくないね。
カリスマ説得者というのは嘘だね。

宮村氏はしきりに自分は悪くない、後藤ファミリーが勝手に自己流でやったと主張しているが、見苦しい。
統一と同じトカゲの尻尾切り。
文ちゃん、鶴ちゃんと同じ穴の狢。

あ〜あ、後藤兄ちゃんはこの陳述書読んでどない思っとるかな?
これでも宮村氏を信じて守ろうとしてるなら、完全統一脳のまま。
まだ脱会してないってことだね。

後藤さんが、統一が間違いでも信仰続けると言ったということを、後藤さんは否定したのに、しつこく述べてるが。
言った言わないはどっちでもいいと思うが。
よーく考えたら、もし言っていたら、おかしい。

家族の前で統一間違えだとわかった、文ちゃんがメシヤでないと宣言したのに、家族を伝道しようと居座る?
「原理は間違いなんだけど、皆さん、信じてください。」
「文氏はメシヤじゃなく、血統転換も嘘だけど、祝福受けてください。」
「何に使われてるかわからないけど、とりあえず献金してください。」
•••????????????????????

へ〜んなの!


2014-11-07 06:19 | koyomi | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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