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被告宮村峻陳述書(その1)-追い詰められた宮村、一審判決に猛反論。

 いよいよ控訴審判決まで、1ヶ月を切りました。判決までの期間、被告宮村の陳述書を3回に分けて掲載します。

 一審裁判においては、原告側が次々に繰り出す重要証拠に対して、崖っぷちに追い詰められた被告宮村は必死に反論主張を行い、裁判は延長に延長を重ね、結局3年間にも及びました。しかし、結果は、必死の抵抗虚しく「宮村敗訴」。

以下、被告宮村に関する一審判決の趣旨です。
被告宮村は自由の制限を手段とした継続的な脱会説得を統一教会信者の親族らに指導してきた事実が認められ、原告・後藤徹氏に対しても部分的ではあるものの関与が認められ、その結果、被告宮村の行為の違法性が認定され、約97万円の損害賠償の支払いが命じられました。

判決文
<判決文>
 
 さて、被告宮村は、この控訴審で一審判決を覆すことができるのでしょうか。
以下、被告宮村の陳述書を掲載します。

掲載に当たって、まず、目次を載せます。
青字部分が今回UPした部分です。

         

第1.はじめに

第2.徹氏と私との話し合いの実情
 1.一審判決の認定と誤り   
 2.徹氏との話し合いの実情
 3.「脱会しろ」と言うことはない

 4.徹氏に言ってない事実を認定した一審判決
 5.フラワーホームに行くのを止めたわけ

第3.南京錠のことなど
 1.南京錠について
 2.南京錠は必要ないと言った
 3.なぜ12年になったか

第4.後藤家の方々と宮村・水茎会とのかかわり
 1.一審判決の誤り  
 2.不十分だった話し合いの姿勢
 3.後藤家は水茎会や私の指導、助言と無関係
 4.後藤家は自己流で徹氏と話し合った
 5.元信者の兄妹と信者の話し合いの難しさ
 6.後藤家の家族間の話し合いの特殊性
 
第5.原対協と松永メモ
 1.一審判決の誤り
 2.昭和63年までの荻窪栄光教会での話合い
 3.甲第98号証の3の松永メモと原対協での発言


<今回UP部分の解説>
今回掲載する部分を少し解説してみます。
今回掲載する内容のほとんどを占めるのが、宮村と原告の会話のやり取りの再現です。「自分の記憶には自信がある」(文中)と豪語する宮村は、「原理講論」(統一教会の教理解説書)や聖書の創世記のコピペも含め当時の会話を長々と再現しています。創世記を長々読まされるのに辟易しますが、この会話再現をもって脱会を強要していないことを言いたいようです。しかし、録音もメモも無く、ここまで詳細に当時(16年前)の会話内容を再現するなど、常識的には不可能ですが、宮村は特殊能力でも持っているのでしょうか!?

以下、陳述書本文です。




陳述書(その3) 
(一審判決について)

                       
2014年5月22日

東京高等裁判所第14民事部 御中
宮村峻


第1.はじめに

 本年1月28日の東京地方裁判所判決(以下「一審判決」といいます)の内容に驚いております。何も証拠がなくても、岩本徹が言い張って、彼を押し立てている統一協会信者たちが推測と偏見とウソで固めて徹の主張を支持する陳述言を積み上げれば、事実として認められるのでしょうか。もっと公平・公正な目でことの深相そして真実を見極めて判断していただきたいと思います。

 一審判決について申し上げたいことはたくさんありますが、本書面では以下の4点にしぼって述べさせていただきます。

 第1に、昭和62年10月16日の原対協発足会のことや当日の発言を松永牧師がメモしたという甲第98号証の3の内容について。
 原判決30頁から33頁の認定は明らかに事実に反しています。

98-3 4枚目
<甲98の3(マニュアル)の一部>


 第2に、後藤家の方々が徹との話し合いなどのために、水茎会や私から何を学んだのか。私は一審判決61,2頁にあるように「信者の家族等に対し、脱会説得の実践的・実効的な方法を指導していた」のではありません。信者の方々がことの是非を自分で考える気になって自分で考えられるようになる家族関係をどのようにつくって、どのように話し合いをしたらよいかを助言し、可能な範囲で話し合いのお手伝いをしてきたのです。また、<被告後藤兄>氏たちは、私が指導した「実践的・実効的な方法としていたところに従ったもの」(一審判決56頁)ではありません。

 第3に、平成10年1月から9月頃までの間、私が、徹氏のいるフラワーホームに赴いて同氏と話し合った内容についての一審判決50,51頁の事実認定は明らかに誤っています。徹氏のあいまいかつ事実を著しく歪曲した供述(というより法廷での演説・主張でした)を鵜呑みにしたこの認定はひどすぎます。

 第4に、フラワーホームの居室入口に<被告後藤兄>が取り付けた「南京錠で施錠して」いたことを一審判決49頁は認定しています。

南京錠による玄関ドアの施錠状態の再現写真

 しかし、こんなもの不要ではないかと私が<被告後藤兄>氏に指摘し、その後実際に南京錠が外されたことについて、なぜ一審判決は認定しないのでしょうか。私に直接関係ありませんが、平成10年9,10月頃から<被告後藤兄嫁>さん、<被告後藤妹>さんたちが「出ていきたかったら出て行けばいい」と徹氏に申し向けたと供述した事実を認定しないことなどを含め、結論を導き出すのに不都合な事実に目をつぶってしまっている一審判決は、片寄りがひどすぎます。そもそも一審判決は、<被告後藤兄>氏たち4人で徹氏を居室の外におし出した事実をどう評価しているのでしょうか。徹氏は出て行くよう言われても、居座っていたのです。この争いのない事実を一審判決はどう考えたのでしょうか。
 
以下、この4点にしぼって、第3、第4、第2、第1の順に、証拠に基づいて事実を述べさせていただきます。

第2.徹氏と私との話し合いの実情

1.一審判決の認定と誤り

  一審判決は、私が平成10年1月から9月頃までの間、73回にわたって、徹氏と話をして、「脱会を強要した」と決めつけました(50,51頁と61,62頁)。その前提として、徹氏が「不当に心身を拘束されていることを認識しつつ・・・頻繁に元信者等を連れて原告の元を訪れ、脱会を強要した」と書いてあり、これが私が<被告後藤兄>氏らの脱会強要の不法行為に加担したことになるとしているようです。ひどすぎます。
  
 私は徹氏が「心身を拘束されていること」を認識していませんでしたし、彼が「心身を拘束されてい」た事実も知りません。そんな事実があったことを今も私は知らないのです。

  私が徹氏との話し合いに行くと、いつも彼は悠々として、マンションの一室を占領して鎮座していました。フラワーホームの部屋にいること自体について、私や元信者はもとより、私との話し合いに同席していたことのあるお母さんや<被告後藤妹>さん、<被告後藤兄嫁>さん、そして時たま同席していた<被告後藤兄>氏に対し、徹氏は抗議めいたことは一切述べていません。彼はフラワーホームにいることや私と話し合うことが自分の意思に反することであるようなことは全く言ってなかったし、そんなそぶりもありませんでした。
  
 徹氏の陳述書(甲第9号証)の18頁あたりに、話し合いに来た私に対して、「ここから出せ」と主張し、人権侵害に抗議したなどと書いてあったので、よくそんな白々しいウソを書くなと思いました。
  
 私に対して、徹氏はそんな抗議めいたことを言ったことはないし、私のいる場で「ここから出せ」とか、自分の意に反してここにとじこめられているようなことは一切言っていなかったからです。
  
 さすがに法廷の供述ではそんなあまりに見え透いたウソまでは供述できなかったのです。

 それに、徹氏は私との話し合いを事前に承諾していたとはっきり認めたではありませんか(調書144頁)。
  
 なのにどうして、徹氏が「心身を拘束されていること」を知りつつフラワーホームに通ったと、一審判決が認定したのか、全く理解できません。

 2.徹氏との話し合いの実情

(1) 私と徹氏の話し合いの実情については、私が乙ハ第2号証の陳述書の28-35頁で具体的に反デューリング論をめぐるやりとりを中心に私の記憶に即して記述したことについて、徹氏は、「あれは録音したとしか思えません」と供述して私の記憶の正しさを認めています(調書135頁)。
  
 私は自分の記憶力に自信があります。それにこれまでかなりの人数の統一協会信者と話し合いを重ねてきたので、大体どんなパターンで話し合いをしたかについては比較的よく憶えています。勿論、信者の個性によって、テーマや話のすすめ方は違ってきますが、どの信者とどんなパターンの話し合いをしたのかについては、かなり詳細に今でも再現することができるのです。どの信者とどんな話し合いをしたか私が再現して見せて、元信者本人が驚くこともよくあります。如何に裁判とは言え、私の手の内を全てさらすことは、今後の話し合いに統一協会側が対策を講じるので、控えさせていただきますが、徹氏との話し合いの中でも、典型的な3つのパターンを報告します。

(2)平成10年1月頃に、統一協会で統一原理を講義をする講師だった徹氏に対し、私は家族に講義して、なぜ統一協会の教義(統一原理)が正しいのかについて説明したらどうかと話しをして、その後かなりのやりとりをしましたので、その話し合いの状況を以下に再現します。

  「宮」は宮村、「徹」は後藤徹君のことです。



宮村    後藤徹氏
<宮村峻氏(左)と後藤徹氏(右)>


宮  君は統一協会で、統一協会の経典ともいうべき統一原理(以下原理と言います)の講師をしていたのだから、家族に、その正しさを講義して、原理の正しさを納得してもらったらどうですか?
徹  いや、そう言われましても………………
宮  講義ができないの?だったら原理の素晴らしさを説明したら。僕はだまって聞いているから。
徹  いやあ、そう言われましても………………
宮  できないの?
徹  そんなことはないですが………………
宮  だったらすればいい。家族だって君の講義で統一協会の教えが正しいと思えば一緒に統一協会の活動をするでしょう。家族を統一協会に伝道することは後藤家のメシアである君の使命でしょう?
徹  それはそうですが………………その何というか、難しい………………。
宮  それでは話が進まないね。では僕から聞きますが、文鮮明氏が解き明かした聖書の天倫の秘密の真理が統一原理で、それを書物にしたものが原理講論というこの本ですね。

原理講論
<原理講論>

徹  ええまあそんな所です。
宮  この原理講論に書かれている事は誤りがない真理だということですね?
徹  間違いがないと言われればどうなんでしょうか………………
宮  僕が質問しているの。質問に質問で答えないで。
徹  そう言われましても………………
宮  要は、原理講論という本の内容は正しいのか間違っているのかと聞いているんですが。
徹  いや、それはこの教えが多岐に渡っているので一概にどうだこうだと言えないんです。
宮  教えの内容を一概に言って下さいと言っているのではありません。教えの内容が正しいか間違いがあるのか聞いているんです。
徹  ですから一言では言えないんです………………
宮  いいですよ。時間はあるから一言で言わなくてもいいよ。
徹  そう言われましても………… 何と言うか、それが難しい所です………
宮  真理か真理ではないかというのがどうして難しいの?
徹  何しろ複雑な教えですから………………
宮  どんなに複雑な教えだって正しいか正しくないかは言えるでしょう。
徹  いや、何と言いますかそこが難しい………………
宮  質問を変えましょう。原理講論には間違いがあるの?ないの?
徹  いや、間違いと言っても人それぞれの立場で判断しますから取り方によっていろいろですよ…………
宮  正しいか間違いかは人の立場によって違うの?そんな真理なんてあるの?真理は唯一絶対じゃないの?
徹  まあ原理講論にはそう書いてありますが………………
宮  書いてある他の箇所はすべて真理なの?
徹  いやあ、実に難しい………………
宮  ちっとも難しくないよ。君が統一原理を良く知らないからじゃないの?
徹  いえ、ちゃんと勉強しました。
宮  だったら答えられるでしょう。要するに統一原理には間違いはなくて全て真理なの?
徹  いや間違いがないわけではない。
宮  ないわけではないんだったら、間違いはあるのね?
徹  確かに最初は誤りがなくて全て正しいと言っていたが、最近は年次などの聞違いはあるがたいしたことではなく…しかしそれは愛ある間違いです。
宮  愛ある間違いというのがあるんだ。その愛ある間違いとはどういう意味ですか?
徹  うーん、それが難しい………………
宮  いずれにしても統一原理には間違いがあるわけだ。そして君は間違いを含んでいる教えを真理だと言っているの?
徹  うーん、一部間違いはあるけれども………………。
宮  一部でも間違っていれば、それは間違いではないの?
徹  うーん………………。
宮  それだったら、その一部の愛ある間違いは何処の部分か言ってくれませんか。
徹  いやあ、それが難しい………………
宮  何が難しいか教えて下さい。
徹  何と言うか・‥
宮  だったら答えて下さい。君は統一原理の講師ですよ。

講義図解


徹  それはそうですけれども………………
宮  だったら答えてよ。
徹  いやあ、それが難しい………………
宮  無責任すぎるよ。君はそうやって修練会で他人に統一原理を教えていたの。本当は君も統一原理を良く知らないんだ。
徹  いや、そんなことはありません。
宮  だったら家族に説明できるでしょう。昔は統一原理を誤りなき神の真理だといってきた。しかし今では一部には間違いがあるという。そんな真理って何なの?要は正しい真理だからこの教えを広め実践しろと教えてきた。しかし間違っている教えだから次々と辞めていく人が増える。それを阻止するために一部は間違っていると弁解を考えた。要は対策のためにそう教えているのかな。そういうことでしょう。
徹  いや、そんなことはありません。原理に間違いがあってもそれは愛ある間違いだから、それを許して原理を信じているんです。
宮  愛ある間違いってどういう意味?
徹  それは愛をもって間違いを許すという意味です。
宮  いずれにしても原理は間違っているんだ。
徹  いや、間違いがあっても、それを許し、信じていくことを教えているんです。
宮  結局、間違っている教えを信じているんだ。
徹  違いますよ。
宮  どう違うの。
徹  宮村さんは、統一協会に反対の立場でいるからそれが分からないんです。
宮  統一協会に反対であろうと賛成であろうと、間違いは間違いじゃないの?
徹  いや、ですからその間違いには深い意味があるんです。
宮  だったらその深い意味をおしえてよ。
徹  それは難しい。
宮  だったら何処の部分が愛ある間違いか教えてよ。
徹  いやあ、それが難しい………………。
宮  そもそも、君は、その愛ある間違いが、原理の何処のどこにあるか知っているの?
徹  大体は……………………
宮  その大体を教えてよ。
徹  それは難しい問題だから、もっと上の人に聞いたほうがいいですよ。
宮  いや君の家族も僕も、君に直接聞きたいんだ。本当はそんな箇所は知らないんじゃないの?
徹  いや、そんなことはありません。
宮  君の言っていることは論理が破たんして、矛盾しているよ。
徹  そんなことはありません。
宮  だったら説明してよ。君の信じている個所が間違っているかもしれない。そしたら君は間違いを信じていることになるよ。
徹  いやあ、そう言われましても……… 難しいなあ………………。

人間


 このように徹氏は自ら積極的に自説を論じるのではなく、「難しい」とか、「そう言われましても」などと言って、かわすことが多かったです。

 それでも、私の話にきちんと対応して考える様子もあったので、私は通っていたのです。

(3)平成10年3月頃、私は、統一協会の事実上の経典とも言うべき「原理講論」と「聖書」の違いについて指摘し、自分で考えてみてほしいと提起したことがあります。この話はどこかの段階でほとんどの信者にするのですが、徹氏の対応は以下に書いたような対応に終始しました。

 「原理講論」と「聖書」の引用が長いのですが、途中で切ると話が見えなくなるのでご容赦下さい。

徹  宮村さんは、原理の教えを素晴らしいとは思いませんか?
宮  いや、思わないよ。
徹  どうして思わないんですか。
宮  正しい教えではないからね。
徹  そうかなあ……………。
宮  君は原理のどの箇所が素晴らしいと言うの。
徹  神の喜びのために、善の対象として人間を創造されたという箇所が、素晴らしい教えだと思います。
宮  それは原理の創造目的という箇所だね
徹  そうです。
宮  それでは、手元の原理講論を開いて下さい。創造目的は64ページです。
  そこにはこう書いてあります。

創造目的


第3節 創造目的

被造世界を創造された目的
 被造物の創造が終わるごとに、神はそれを見て良しとされた、と記録されている創世記のみ言を見れば(創一・4~31)、神は自ら創造された被造物が、善の対象となることを願われたことが分かる。このように被造物が善の対象となることを願われたのは、神がそれを見て喜ばれるためである。それでは、被造物がいかにすれば、神に一番喜ばれるのであろうか。神は万物世界を創造されたのち、最後にご自分の性相と形状のとおりに、喜怒哀楽の感性をもつ人間を創造され、それを見て楽しもうとされた。そこで、神はアダムとエバを創造なさったのち、生育せよ、繁殖せよ、万物世界を主管せよ(創一・28)と言われたのである。この三大祝福のみ言に従って、人間が神の国、すなわち天国をつくって喜ぶとき、神もそれを御覧になって、一層喜ばれるということはいうまでもない。
 それでは、神の三大祝福は、いかにして完成されるのだろうか。それは、創造の根本基台である四位基台が成就された基盤の上でのみ成就されるのである。それゆえに、神が被造世界を創造なさった目的は、人間をはじめ、すべての被造物が、神を中心として四位基台を完成し、三大祝福のみ言を成就して、天国をつくることにより、善の目的が完成されたのを見て、喜び、楽しまれるところにあったのである。
 「原理講論 第1章 第3節 創造目的 (一)被造物を創造された目的 64頁から65頁2行目まで」
  と書いてありますね?
徹  はい。書いてあります。
宮  今度は聖書を出して下さい。旧約聖書の創世記1章1節から31節までです。読みますから注意して聞いていて下さい。

聖書


創世記 第一章
  はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二目である。神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。一一神はまた言われた、「地は青草と、種を持つ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。一二地は青草と、種類にしたがって種を持つ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。一三夕となり、また朝となった。第三日である。一四神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、一五天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。一六神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。一七神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、一八昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。一九夕となり、朝となった。第四日である。

アダム
<ミケランジェロ『アダムの創造』>

二〇神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。二一神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。二二神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ。また鳥は地にふえよ」。二三夕となり、また朝となった。第五日である。二四神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ」。そのようになった。二五神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。二六神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。二七神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。二八神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ:。二九神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。 三〇また地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。三一神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、朝となった。第六日である。 
「日本聖書協会 旧約聖書 創世記第1章1節から31節」

 今読んだように、聖書には、「被造物の創造が終わるごとに神はそれを見て良しとされた。」と書いてありますね。ところが原理講論では、「神はそれを見て善しとされた」と書いてあります。良しと、善しは同じ意味ですか。聖書の創世記一章では、神は光から始めていろいろな物を造っています。そしてその物を造った後に良しと言っています。しかも創世記一章の最後の部分、31節では神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。と書いてあります。これを普通に読めば、神が造った物の出来栄えが非常に良かったというだけのことです。だってそうでしょう。神がご自身で造った物を見て、はなはだ良かったとご自身で言っている。どうしてこれが、善の対象となることが分かるの。この文章をどう読むと、統一原理の創造目的の中に書いてある、神は自ら創造された被造物が、善の対象となることを顕われたことが分かる。と言うことになるの?
徹  うーん。何と言うか……。
宮  何と言うの?
徹  いやー、そこがむずかしい。何と言うか…………。深い意味があるんです。
宮  どんな深い意味があるの?
徹  そこが難しい。
宮  難しいことですか?きわめて簡単なことですよ。聖書の良しという字をすり替えて、神はそれを見て善しとされたと表記している事実はわかるの?
徹  うーん、それが難しい・・………………
宮  何処が難しいの?
徹  いやあ、何というか……、それが難しい………………
宮  それが難しいと言うけれど、それって何処なの?
徹  でも神は喜びの対象として被造物を造ったのでしょう。
宮  原理にはそう書いてあるけれども、聖書の何処を読むと、神が喜びの対象として物を造ったということが分かるの。
徹  しかし、神は美しいもの、美味しいものなど造られた本当に素晴らしい方です。
宮  ちょっと待って下さい。今君が言う神とは、旧新約聖書66巻に表わされた神ですか。それとも原理講論604頁によってあらわされた神ですか。原理の神は聖書のとは違いますから。どちらですか。
徹  いや、同じ神でしょう。
宮  そうすると、僕と君とは同じ神を信じているということになるよね。
徹  いやあ、何と言いますか、それはそういうことになりますかね。
宮  それは違うでしょう。僕と君の信じている神が同じ神だなんてことはあり得ないよ。
徹  どうしてですか。

神様



宮  だってそうでしょう。僕の信じている神は、家族に嘘をつけとか、目的のためには手段を選ばなくて良いとか、この世の法律よりも天法(神の法)が優先するなんて教えないもの。それどころか、家族に嘘をついてはいけませんとかこの世の法律を守って生活しなさいと教えているよ・
徹  そうかなあ。………。
宮  そうだよ。僕の信じている神は、合同結婚式もしないし、名前や正体を隠した伝道もさせないし、霊感商法も偽募金もさせない。
徹  ……………。
宮  君の信じている神は、原理によれば、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在せざるを得ないということは、当然の結論だといわなければならない神でしょう。
徹  ………………。
宮  違いますか。
徹  そうなんですか。
宮  そうだよ。創造原理にそう書いてあるよ。その個所を出そうか。
徹  いえ、知っています。
宮  僕の信じている神は、何かの法則によって存在せざるを得ないということは当然のことだといわなければならない神ではない。
徹  では宮村さんが信じている神はどんな神ですか。
宮  神ご自身が、わたしはあなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である、と言われた神。また、わたしは、あなたの神、主である。私のほかになにものをも神としてはならない。と言う神です。
徹  ・・……………。
宮  君の信じている神とはちがうでしょう。?
徹  そうかなあ?………。
宮  だって君の信じている神は、統一原理の原理講論、604頁で証明された神、いわば原理の神でしょう。
徹  まあ、そういう部分もありますね。
宮  原理の神は、6000年間、サタンに負け続け、悲しみ続けている、心情の神様でしょう。


サタン


徹  まあ、そこが難しいところなんですけどね。
宮  難しくなんかないよ。君の信じている神は、心情の神、悲しみの神です。
  そう教えてきたでしょう。
徹  まあそれもありました。
宮  それもあったのなら、他の部分もあったということですね。
徹  ええ、まあ……………。
宮  その他の部分はどんな箇所。
徹  それはいろいろです。
宮  その他の部分、いろいろな部分はどうなの。
徹  それは一言では言えません。
宮  時間はあるから、説明してよ。
徹  いやあ、そう言われましても………………。
   それでは宮村さんが信じている神様はどんな神様ですか?
宮  僕の信じている神は、栄光の神、万軍の主、不可能がない神様です。それに対して君の信じている神は、人間の協力なくしては、機能を発揮出来ない神様ですよね?
徹  いやあ、そうかなあ
宮  まあ、これは次の機会にまた話をするとして、さっき君が言った中で、神が素晴らしい存在であることは全く同感しますが、美しいとか、美味しいものなどを造ったから、素晴らしい方という表現はちょっと違うなあ。
徹  どうしてですか。
宮  何かが美しいとか、何かが美味しいとかは、それこそ、その人の生い立ちや性格、人生観や経験則によって各人バラバラですから、そんなことと神の喜びの対象とは何の関係もありません。所詮人それぞれの主観にすぎません。主観はあくまでも主観です。
徹  いや、主観は大切です。
宮  うん、主観は大切ですよ。しかし主観はあくまでもその人の考えであって、客観とは違います。
徹  うーん、そうかなあ…………。
宮  主観は真理ですか。
徹  いやあ、それは何というか……………。

くり


(4)平成10年5月ころ、徹氏が統一原理はなかなかの教えだし、それを提唱した文鮮明はなかなかのもんだと思うがどうかと話し始めたので、私との間に次のような話し合いがありました。

徹  宮村さんは、統一原理をどう思いますか。
宮  質問の意味がよくわからないのだけれども、原理が正しい教えかどうかということ。
徹  それもありますけれど、原理というのはなかなかの教えでしょう。
宮  どこが?
徹  どこがと言われましても………………。僕はなかなかの教えだと思います。
宮  どこがなかなかだと言わなくては、きちんと返事ができないよ。
徹  創造原理、堕落論、復帰摂理、アダム、ノア、アブラハムなどの摂理、などです。
宮  それは統一原理の中枢部分、いやほとんど全部だけど、これらの教えが全部正しくて、誤りがないの?
徹  いや、そう言うわけではありませんが……………。
宮  それではどこかが間違っているの?
徹  それが難しい………………。しかし、私は、なかなかの教えだと思いますが。
宮  それはさっき聞いたよ。
徹  でもそれを紐解いた、文鮮明氏は大したものでしょう。
宮  僕はそう思わないけれどね。
徹  じゃあ、宮村さんも、文鮮明氏のスキャンダルな噂などを信じているんですか。
宮  うん。本当だと思っているよ。僕は25年以上前から何十回となく韓国に行って統一協会について調べてきた。その中で、統一協会草創期から、文 鮮明氏と共に活躍してきた幹部に何度も会ってきた。劉 考永、劉 考敏、朴 西華、金 徳振、金 明煕、崔 先吉(女性)などなどです。他にも沢山いますが、とりあえず君が統一協会の中で知っている人達でしよう。劉 考永、劉 考敏は、統一協会の事実上の教典「原理講論」を書いた劉 考元の弟たち、中では劉3兄弟と呼ばれた人達。朴 西華は余りにも有名な文 鮮明氏の片腕。金 徳振は今でも君たちが歌っている聖歌の作詞作曲を数多く手がけ、統一協会の聖歌の父と呼ばれた人。金 明煕は統一協会と文 鮮明氏の裏の、ダーティな仕事をしてきた人。崔 先吉は、文 鮮明氏の最初の奥さん。どの人もかつては統一協会の中心的な人物だ。これらの人達に沢山のことを教えてもらった。その中で、文 鮮明氏の女性関係について聞いた時、彼らは一様に、文鮮明氏が何人もの女性と関係を持ったと話していた。その数は、本人にしかわからないだろう。とも話していた。もちろん全員が、別々の場所と別々の時間のときです。それゆえこれは信頼できる話であると思った。

徹  メシアがそんなことをすると思いますか。
宮  メシアかどうかわからないでしょう。
徹  僕はメシアだと思っています。
宮  そりゃそうでしょう。だけど文鮮明氏がメシアだという根拠は何なの。
徹  うーん。それが難しい……………。
宮  根拠がないんだ。
徹  いや、根拠はあるんだけど、説明するのが難しい。
宮  メシアだと思っていることが根拠でしょう。
徹  いやそんなことはありません。
宮  例えば、オウム真理教の麻原彰晃という人をどう思いますか。
徹  あれは全くの偽物ですよ。
宮  どうして。
徹  一目見ればすぐわかりますよ。あれは偽物。詐欺師です。
宮  でもオウム真理教の信者さんたちは、この世の最後の救済者、最終解説者だと信じていますよ。
徹  それは編されて分からなくされているんです。あんなのは一目見れば、偽物だとわかりますよ。
宮  そうなんだ。それでは、統一協会の文鮮明氏はどうなの。
徹  それははっきりしています。文鮮明氏は、偉大なるメシアです。宮村さんはわからないですか。
宮  わからないなあ。僕は君もオウム真理教の信者さんも同じだと思いますけどね。

 私と徹氏とは、このような会話をしていたのです。決して、徹氏が自由を拘束されているとは思っていなかったし、私は彼に脱会するよう迫った事実はありません。そんな発言をすることは逆効果であることは、次に述べさせていただきます。

紅葉


3.「脱会しろ」と言うことはない
  特に申し述べたいのは、私の徹氏との話し合いは、本当に彼自身が自分で考えるように仕向けていくことに尽きます。「脱会しろ」とか、「統一協会信者はバカだ、アホだ」などと言ってやめるはずもないし、万一そのようにしてムリに脱会させられた人がいても、その人は、脱会のあと社会人としてふつうに生活することは困難です。つまり、統一協会から言われたとおりに考え、言われたとおり行動することに慣れて、習慣としてしみついた信者を、強いて脱会させたとしても、このように、上の人から指示されて行動する習慣は修正できません。そんなままでは社会人として適合できないのです。だから、自分なりに考え、自分で判断して脱会することを決断するようでないと家族との関係も、実社会でも、うまく適合できません。
  
しかも、自分なりに考えてみようという気持ちになるのは、やはり最も親しい両親や兄弟など親族が本人のことを心配し、思いやって、こうして本気で向きあおうとしているという状況に直面するからなのです。第三者の私が、信者本人に「脱会しろ」などと言っても逆効果であることは明白なので、私は決して言いません。
  徹氏は法廷供述で、私から誹謗中傷を受けたと主張しましたが、それでも話し合いの場から起ち上がって外に出ようとしたという行動はとらなかったことを、そんな「記憶はない」として認めています(調書144頁)。

  私なりに努力して、徹氏に考えてもらえるよう話をしたので、彼は立ち上がって話し合いを打ち切ることはしませんでした。私自身、翌朝の仕事があるし、2、3時間をこえて話し合っても、実りがあるとは思えないので、私の方から、「今日はこれで失礼します。今日話したことをあなたもよく考えてみて下さい」などと言って打ち切っていたのです。

*次回は、宮村の陳述書(その2)です。お楽しみに。


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2014-10-26(Sun)
 

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録音テープはあったと思う。 

 世話人さん、記録のアップ、ご苦労さま&感謝です。

世話人さん
>録音もメモも無く、ここまで詳細に当時(16年前)の会話内容を再現するなど、常識的には不可能ですが、宮村は特殊能力でも持っているのでしょうか!?


 ぼくは録音テープは存在していると、推測しています。

 根拠は、
その1・宮村の問いもそうだけど、後藤さんの会話のディテールがきわめてリアルだからです。

その2・強制説得者の中には、録音する人もいます。テープ起こしをさせられた脱会者のことを知っています。

 では、なぜ、宮村側は録音テープを法廷に証拠として提出しないのか。

 それは、被告側にとって、宮村のまずい発言が録音されているからだと思います。
 今回の陳述書で、宮村側にとって一番重要なところは、最後の「3.脱会しろと言うことはない」にあります。

 その部分の宮村と後藤とのやりとりが紹介されていない。ここがポイントだと思っています。

宮村「俺は、徹君に脱会してもらいたいとは思っていない。脱会するかどうかは君が考えればいいことだ」

 録音テープにはこうした発言がないから、最後はお茶を濁した感じで終わっています。

 判事たちとて、ぼくと同じ程度のことぐらいは考えるでしょう。
2014-10-26 18:30 | 米本 | URL   [ 編集 ]

宮村の独演会 

≫フラワーホームの居室入口に<被告後藤兄>が取り付けた「南京錠で施錠して」いたことを一審判決49頁は認定しています。しかし、こんなもの不要ではないかと私が<被告後藤兄>氏に指摘し、その後実際に南京錠が外されたことについて、なぜ一審判決は認定しないのでしょうか。

宮村は、マンションが施錠されていたことを自分の目で見て知っていたんですね。
ところが…、

≫私は徹氏が「心身を拘束されていること」を認識していませんでしたし、彼が「心身を拘束されてい」た事実も知りません。そんな事実があったことを今も私は知らないのです。

えっ?、どういうこと?
施錠されている=心身を拘束されている、ってことでしょ。
自分で施錠されているのを見た、って言っておきながら、認識していません、って…。
おかしな頭をしてますね、宮村は。


≫宮  君は統一協会で、統一協会の経典ともいうべき統一原理(以下原理と言います)の講師をしていたのだから、家族に、その正しさを講義して、原理の正しさを納得してもらったらどうですか?
徹  いや、そう言われましても………………

徹さんが家族に講義したり、原理の正しさを納得させようとすることに消極的なことが分かります。
そんな徹さんが「家族を伝道するために居座った」って、話の辻褄が合いませんね。


≫私なりに努力して、徹氏に考えてもらえるよう話をしたので、彼は立ち上がって話し合いを打ち切ることはしませんでした。

そりゃあ、立ち上がりはしませんよ。外にも行けず、自分の思うようには行動させてもらえないんだから~。
散々、詰問されて、外に出ることもできなかったんだから、徹さんはどれほど辛かったことでしょう。


宮村という人間は自信過剰というか、自己チューで自分を客観視できない人間ですねぇ。
自分が「脱会しろ」と言わずに話し合いをした、ということを強調したいあまり、逆効果になることも分からず、とうとうと掘り起こした録音テープの内容を書きつづったりして…。
この文章を読んで、読む人はみんな、「原告(徹さん)は出たくても出られなかったんだなあ」って思う、っつーの。

≫宮  メシアかどうかわからないでしょう。
徹  僕はメシアだと思っています。

メシアを信じる人間が、12年5ヶ月もメシアの動向に関心を持たず、メシアの発言を聞こうとせず、マンションの一室に居座りますか、って。

宮村の独演はつづく、って感じですね。
2014-10-28 09:03 | みんな | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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