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パトリシア・デュバル弁護士の意見書①ー後藤氏に対して認められた損害賠償は甚だしく低額である。

今回より、2回に分けまして甲183:意見書(パトリシア・デュバル・国際公法の専門家であるフランスの弁護士・パトリシア・デュバルが原判決の問題点を指摘した意見書)をアップさせていただきます。

構成は以下のようになっております。

・(はじめに)
・被告宮村及び同松永牧師による「説得」活動
・親族に関する裁判所の事実認定について

・被告松永に関する裁判所の事実認定について
・被告宮村に関する裁判所の事実認定について
・日本の国際的な人権条約および日本国憲法に対する違反
・結論

今回は青字の部分をアップさせていただきます。

※パトリシア・デュバル弁護士が記載した注釈(注1)は、赤字としています。
※世話人の注釈は、(※1)(※2)緑字ピンク字としています。
※写真等の説明、参照は青小文字としています。
※実際の意見書には、写真は添付されていません。


yjimage[1] (5)

パトリシア・デュバル

2014年4月18日

東京高等裁判所判事殿各位

私は国際的人権法令を専門に扱う弁護士で、フランスのパリ弁護士会に所属している。
国際的人権法令一般、中でも宗教・信仰の自由の分野に通暁し、欧州や世界的な機関と関わりながら、少数派宗教者の権利のために長期間仕事をしてきた。

宗教上の事項に関して国家は中立であるべきだ、との主旨で法律上の意見書を複数発行し、特に、反セクト運動と国家の中立性についての論文が「信念と世界観の研究誌」(ドレスデン工科大学、2012年1月)に掲載された。

220px-Bundesarchiv_Bild_183-19820-0001,_Dresden,_Technische_Hochschule,_Observatorium,_Beier-Bau[1]
<ドレスデン工科大学(1953年)>

最近の事案では、強制的棄教を目的とした拉致と自由の剥奪について、国際法から見た分析を、「国境なき人権」の出版物(2012年9月)に発表した。

参照:<国境なき人権 拉致監禁報告書 日本語版 p47~58>

私は国連の人権関連諸機関に対する関係で、「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」の代理人であり、同問題について「宗教及び信仰の自由に関する特別報告官」、「マイノリティー問題に関する独立専門官」、「強制失踪者に関する委員会」に対して報告書を提出し、さらに2014年7月(※1)に国連人権委員会が日本の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」遵守状況を審査するに際しても報告書を提出している。

(※1)2014年7月と書かれていますが、おそらく2013年7月の間違いと思われます。2014年7月に行われた国連の自由規約人権委員会における日本政府に対する審査(※2)に向け、2013年にパトリシア女史が「日本における拉致と強制棄教(甲184の1)を作成・提出してます。

(※2)参照:拉致監禁問題 - ジュネーブ国連人権委員会で聴取 (2014年7月)

後藤徹氏が棄教目的の拉致と12年間(31歳から44歳まで)にわたる監禁に対する損害賠償を求めて訴えた民事裁判について、東京地方裁判所(民事第12部)が2014年1月28日に下した判決に関し、後藤徹氏は私に法律上の意見提出を求めた。

後藤氏(本件原告で、以下「原告」と表記)は1963年に生まれ、世界基督教統一神霊協会(以下「統一教会」または「教会」と表記)の信者であった。

原告の親族(本件被告。以下「親族」と表記)は、原告の宗教的帰属に反対し、福音派牧師(被告松永)と(訳注:森山諭)牧師の弟子(被告宮村)の指導・関与の下で原告を拉致し、1995年9月から2008年2月まで監禁して、原告を棄教目的で「説得」した。
ここで言う「説得」とは、統一教会の教理の中で聖書の意味から見て誤りとされる点や、同教会創設者の文師に関する醜聞を、監禁下で強制的に聴かせて、信者が棄教するまで続けることを意味する。

東京地方裁判所は親族が原告に不法行為を働いたことを認定したものの、被告宮村の不法行為については限定的に認定し、被告松永に関しては不法行為を認定しなかった。
また同裁判所は原告が被った損害に不釣り合いなほど僅かの損害賠償しか認めなかった。

本件判決は、日本が加盟している国際的な人権規範や条約に照らして、深い懸念を抱かせるものである。
宗教・信仰の自由が適切に遵守されておらず、抜本的な救済措置が講じられず、国家が福音派牧師らに拉致・監禁・強制改宗の実行を免責しているようなものだからである。


被告宮村及び同松永による「説得」活動


東京地裁は両被告の活動が始まった経緯について明記している。

1984年に被告宮村は荻窪栄光教会に頻繁に通って、森山牧師の下で聖書学習に励み、1984年夏頃から統一教会信者への説得活動に加担するようになった。

森山牧師に同行し、その指導の下で被告宮村は、脱会説得を受けている信者らを訪れ、彼らに統一教会の教理と聖書の教義との矛盾点や、統一教会の現実に関する同被告の見解を教育した。

1986年頃に被告松永は、森山牧師が書いた統一教会批判の書籍を読んだ。
関心を持った同被告は、荻窪栄光教会を訪れ、森山牧師及び被告宮村と出会った。

荻窪栄光教会 森山牧師
<荻窪栄光教会 森山牧師>

1987年9月3日に荻窪栄光教会で、「説得」を強要するための組織「原対協」の準備会がもたれた。
この集会には森山牧師、被告松永、及び被告宮村が出席した。

この準備会で、組織名称が決められ、また同組織の活動内容が話し合われた。
そこで決まったように、「(同会の)目的は、統一教会によって捉えられてしまった人々や、その家族救済のための相談に乗り、助言を提供すること」とされた。

1987年10月16日、原対協の発足会が開催された。
会合では、信者を教会から脱会させる説得活動に関与したことのある者達が、彼らの用いた説得手法について被告松永ら参加者に説明した。

被告松永は、この会合の内容を書き止め、後日、そのメモを参考にして、同被告自らが説得活動を行うことになった。
そのメモは、原告が東京地裁に訴えた事案の過程で提出された。

松永メモ1
<松永牧師メモ一部>

そのメモに記された指示の主な内容は次のようなものだ。

親たちは(成人の)子弟を家族のいる場所に誘い出し、そこで統一教会の信仰について話し合いを行い、その後子弟を、成人親族や友人6人(そのうち「男性が4、5人は含まれる)が拉致して、バンに押し込め、余人が知らないアパートまで運ぶ。

そのアパートは外部との関係をシャットアウトし、本人が棄教するまで「説得」を続ける。
両親らは本人に電話連絡や外出を許可しないこと、本人の脱出を妨げるためバルコニーにも出してはいけないことが指示された。

警察が来ると、彼らの成人した「子弟」は宗教の自由を口実に監禁から逃げようとするので、なんとしても警察に通報されないようにしなければならないと親たちは指示された。

親たちは親の権威によって「説得」を強いるよう、福音派牧師やその弟子から言われており、その際、我々がお願いして(牧師に)来て貰っているのだとか、子弟が耳を貸そうとしなければ「この状況はいつまでも続く」と伝えるよう指導されている。

親たちはまた、福音派牧師や信徒に報告をして、親たちのどんな行動でも、特に子弟を解放することの可否や解放の時期について指導を受けるよう指示された。

1987年10月頃、被告松永は自ら牧師を務める新津教会で、統一教会信者になった子弟を持つ親たちに講義を始めた。

1988年頃に、荻窪栄光教会とは関係ない形で、「水茎会」という新たなグループが被告宮村によって作られた。
水茎会の会合は別のキリスト教会である新宿西教会で行われ、被告宮村は信者の家族たちに対して、信者になってしまった子弟に対する脱会「説得」を行うよう助言したほか、家族から要望があれば、被告宮村自らが脱会「説得」を引き受けると語った。

新宿西教会入り口
<新宿西教会

原告の親族は1994年に水茎会との会合を重ね、被告宮村の指導を受けながら、原告を説得する方法を思案し始めた。親族は1995年の夏頃から新津教会に頻繁に通い、原告への説得に被告宮村が関わってもらうことで実行することを決意した。

1995年には新津教会で、元信者やその家族たちが参加する勉強会が毎週日曜日の午後に開かれるようになり、ここで信者の家族たちが相談するようになった。

新津福音キリスト教会
<新津福音キリスト教会と松永牧師

この勉強会では、子弟を統一教会から脱会させることに成功した家族らが、信者を説得する方法について報告した。

それには以下のような内容が含まれていた:

子弟を統一教会から脱会させるには、統一教会の影響が及ばない場所で説得を行う;

親族の全面的な協力が必要であり、最低でも4人程度の親族の協力が必要だ;

信者を話し合いの場所に連れて行く際には、通常の乗用車ではなく、ワゴン車を利用する;

バンの中には飲み物や携帯トイレを準備する;

バンの中では、両親等の当該信者に近しい者が、その子弟の両側に座る;

被告松永の指示に従う必要があること;

もし被告松永の指示に従わなければ、被告松永は信者の脱会説得に協力することができないこと;

たとえ子弟が部屋から出して欲しいと述べても、家族らの判断でこれに応じるべきではなく、被告松永の判断に従って行動すべきこと、などだ。

被告松永は脱会説得の実行時期が近付いたころ、被告松永は家族を集めて、子弟を「説得」するために手配した部屋まで運ぶ段取りについて話し合いを持つ。

被告松永はまた、信者搬送の際に、信者に何を語るべきかを指導し、「救済に当たっては、子弟の状況を逐一、私に報告しなさい」とか「救済活動の間は、私の言葉に従いなさい。もし従えないのなら、この救済行動には関われない」などと語っている。

子弟に脱会説得を施そうとする家族に、「説得」に使うべき部屋を被告松永が斡旋することも時々あった。そうした部屋では窓が開かないよう、玄関ドアを内部から閉じられるように工夫が施されていた。

sejou7.jpg 南京錠による玄関ドアの施錠状態の再現写真

1995年の夏頃、原告の父親は被告松永に電話をかけ、原告が信者であることに関して相談したい旨を告げた。

被告松永は原告の父親に新津教会を訪ねるよう勧め、その後、両親と親族が新津教会に出向いて、そこでの学習集会を通して、原告を説得する準備を始めた。彼らは元信者や、彼らを脱会「説得」することに成功した家族たちによって制作されたビデオを見たり、被告松永や元信者、その家族の体験談を聴いたりした。

映像10
<松永牧師作成ビデオ一部>

両親と親族は被告松永の協力を得て、原告への説得を実行することを決意した。
原告は1995年9月11日に父親の実家を訪れることになっていたが、それは彼らが行動を起こすと決めた、その日だった。

両親と親族は同年6月頃に被告宮村を訪ね、新潟で被告松永の助力を得ながら原告との話し合いを持つつもりだ、と伝えた。


親族に関する裁判所の事実認定について


東京地裁の判決では1995年に原告が拉致された件について、原告がバンに連れていかれる間、原告は叫びもしなかったことから、十分に立証されない、としている。

しかし地裁判決では、1997年(原告が別の場所に移された時)から2008年まで、原告への監禁と強制的説得が実行されたことは立証されたとしている。
2008年に原告の家族は、原告がもはや心変わりすることはないと認識して、最後は原告を道路に追い出した。

同裁判所は、原告が1997年12月から2008年2月までの間、本人の意思に反して親族により監禁されたこと、その場所は原告が逃げられないよう玄関ドアと窓に特別の錠を付けたアパートだったことを認定した。
親族はアパート内での原告の行動に付きまとい、原告がアパートから外に出られないだけでなく、外部の人間と連絡をとれないようにした。
かなりの長期間、原告の行動範囲は極めて制約され、本人の健康全般を衰えさせることになった。

後藤徹氏衰弱写真
<後藤徹氏、解放3日後の写真>

裁判所の認定したところでは、親族は原告が教会信者でいることは問題だと信じて、信者の脱会「説得」に多くの経験を持つ被告松永や被告宮村の助力を得て、原告が信仰を変えるよう一貫して説得をした。
従って親族の行動は、原告に統一教会の信仰を棄教させるためのものであったことは明らかだ。
親族は原告が信仰を棄てない限り、彼が置かれた状態から解放されないと告げるなど、親族の態度から、原告が棄教するよう強要したことは明らかだ。

これらの認定に基づき裁判所は、原告に対し4,839,110円の損害賠償を与える判決を下した。
その内訳は、医療費と弁護士費用に839,110円、精神的苦痛に対して4,000,000円、となっている。

同裁判所は原告に対する10年以上もの長期間の不法行為について、4,000,000円の賠償を認めたが、この期間中、原告の行動の自由は、本人の明瞭な意思表示も無視され、極めて制限されたものだった。
原告は居住場所の外部にいる人間とは連絡を取れない状態に置かれ、心身が不当に拘束され、その中で棄教を迫られたのだ。
従って東京地裁は、「原告が経験した心理的苦痛は途方もないもの」と認定した。

それにも拘らず裁判所は、親族が「家族の一員である原告への愛情と心配のゆえに、前述のような不法行為に走った」と認定し、これら一切の事情を総合考慮して、4,000,000円は妥当な賠償であると認めたのだ。

従って、原告が孤立状態の中で「途方もない」精神的苦痛を受けながら過ごした1年について40万円を支払うよう認定したわけだが、裁判所はそうした強制手段は、原告の宗教的帰属について「愛情」と「心配」に基づいたものだったというのだ。(注1)

(注1) 2002年8月7日、大阪高裁は、後藤氏と同様に拉致され16日間にわたって監禁され、強制的な「説得」を受けたエホバの証人の信者に対して、「相当な身体的・精神的苦痛」に対する損害賠償として30万円、弁護士費用として10万円の、合計40万円を認容した。

これは後藤氏に対して認められた金額の一年分に相当する。後藤氏が10年間にわたって強制的に監禁されたことを踏まえると、彼に対して認められた損害賠償は比較すれば甚だしく低額であると言える。

この判示から、裁判所は、原告に対し暴行殴打を行い、また、原告の人生のうちの10年間を奪ったとしても、親族が「心配」していたからという理由であれば部分的に正当化され、免責されると捉えているものと見られる。


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後藤徹氏

2014-08-29(Fri)
 

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18対1 

「身体的・精神的苦痛」に対する損害賠償
16日間監禁された「エホバの証人の信者」に対しては30万円
  →1日あたり18,750円
12年5ヶ月監禁された統一教会信者(後藤さん)に対しては400万円
  →1日あたり1,052円(監禁期間を10年だとしても1,095円)

この違い(18対1)、って、一体、何なんでしょう?
裁判官の偏見と差別には、あきれる。
2014-08-29 08:39 | みんな | URL   [ 編集 ]

被告に同情し、責任を免除 

欧米の人権活動家は、要所を突いていると思う。第一審の判決が、拉致監禁の抑止力になるのではと期待したが、今のままでは、残念ながら、抑止力になっていない。実際に、判決後に、4件(2014年3月に1件、7月に3件)の拉致監禁事件が起きている。

以下は、「国境なき人権」が、2014年6月に国連・自由権規約人権委員会に提出した報告書から。

http://humanrightslink.seesaa.net/article/402448735.html

過去に、似たような拉致の被害者によって引き起こされた、他の民事裁判にならい、裁判所は後藤氏の自由を剥奪し監禁した親族に、同情を示した。裁判所は、親族らは、後藤徹氏に対する ”愛情”や ”心配”の気持ちからの行動だったと指摘し、それ故、ある意味で、被告らの責任を免除し、他の家族に対し、高尚な動機に基づく強要的行為に対しては、関係当局は許してくれるだろうというシグナルと送った。同時に、加害者の動機を肯定的に特徴づけることは、被害者に対する、低い損害賠償額を正当化することになる。

裁判所は、後藤徹氏の自由を剥奪されたことによる、深刻な身体的問題に加えて、”多大な”精神的苦痛を認めた一方で、示された賠償額は、裁判所の判断、そして、効果的な救済措置を定めた、自由権規約2条3項(注 1)に相容れないと、国境なき人権は信じている。裁判所によって示された賠償額は、個人としての自由に対してだけでなく、働く能力、家族のための経済的基盤、社会への貢献を否定された ”機会費用(逸失利益)(注 2) (opportunity cost)”に対しても、きわめて低い。


11月の控訴審の判決では、損害賠償額がどのように決定されるかが、私の重大な興味のひとつです。
2014-08-31 08:53 | Yoshi Fujiwara | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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