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後藤徹氏の兄らの控訴理由書(1)の③-原審の裁判体は,本件に関し,一審被告宮村及び一審被告■<後藤徹氏の兄>らに不法行為責任を負わせるという結論を先に決めていた。

兄らの控訴理由書の第4の1をアップ致します。

第4の1で12頁半費やしていますが、同じことの繰り返しです。
「同じ箇所を間違えて数回コピペしたのではないか?」と、思わず見直した程です。

数回出てくる文章(同じ内容)を、茶太文字としました。

同じことを地道に訴える高偏差値弁護士様達を思うと涙が出てきます。
「俺は、こんなことのためにあの難関の司法試験の突破したのか?」と虚しくなってなければよいのですが。

※今回新たに主張している内容は、青太字にしました。
サブタイトルもそのひとつですが、「こんなことを言って大丈夫なのか?」と心配になりました。

※世話人の言葉は緑小文字にしました。

バリ島
第4 原審が予断と偏見に基づき,当然に認定すべき事実を認定していないこと
 
1 実質的に当事者間に争いがないにもかかわらず,原審が認定していない重要な事実
 
(1)はじめに
   
原審判決は,上記第2,1(1)ないし(8)の事実を認定する一方で,以下のとおり,当事者間で実質的に争いがなく,かつ,本件における不法行為の成否に大きな影響を与える重要な間接事実を認定していない。
 
(2)一審原告が一審被告宮村との話し合いに同意していたこと
  
 一審原告が一審被告宮村との話し合いに同意していたことについては争いはないが(一審原告145頁),原審判決は認定していない。
一審被告宮村が話し合いに来るのは,一審原告が偽装脱会をしていたことを告白した後のことであり,この事実も争いはない。
  
 原審判決は,「前記認定事実によれば,原告は,遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らか』(原審認定⑧)との認定をしているが,
これは,一審原告が一審被告宮村との話し合いに同意していたという争いのない事実とは明らかに矛盾し,事実誤認が存在することは明らかである。
  
 重要なのは,原審認定⑧が事実誤認である以上,そもそも,原審判決の認定する不法行為の開始時点が存在しなくなることである。
原審の裁判体は,本件に関し,一審被告宮村及び一審被告■<後藤徹氏の兄>らに不法行為責任を負わせるという結論を先に決めていた。

そして,適当な不法行為の開始時点を探し求め,おそらくは,「分かり易いイベント」であったであろう一審原告が偽装脱会を認めた時期を不法行為の開始時点を不法行為の開始時点として「決め打ち」した。

その認定を成り立たせるためには,一審原告が一審被告宮村との話し合いに同意していたという争いのない事実が邪魔であったから,意図的にこれを無視したものである。
 
 このように,原審判決が,「一審原告が一審被告宮村との話し合いに同意していた」という争いのない事実を無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。
 
 真実としては,原審判決の認定とは違い,一審原告は偽装脱会を告白した後も,一審被告■<後藤徹氏の兄>らと話し合いに応じる意思を有していたものであり,だからこそ,後述するとおり,マンションを退出する機会が少なからずあったにもかかわらず,マンションに止まり続けたのである。

(3)一審原告がマンション内において,運動をしており,相当の体力があったこと 

 一審原告がマンション内において運動をしており,相当の体力があったことは争いがないが,原審判決はこの事実を認定していない。
統一協会系の新聞である世界日報は,一審原告に対する取材に基づいて,

「脱出したり,助けが来たときのため,備えは怠らなかった。いざというときに素早く逃げられるよう,毎日欠かさず体を動かした。スクワットと腕立て伏せ,3分ほどの足踏みなど,1日に15分くらいは運動を続けていた。だから,少しは歩けるはず,と自信があった。監禁現場の荻窪三丁目から杉並区役所の前を過ぎ,青梅街道と山手通りが交差する東京メトロの中野坂上駅(中野区)までの5キロほどの距離は割と速いペースで歩いた。」

との報道を行っており(甲57の3),一審原告がマンション内において,スクワットや腕立て伏せ等の運動をしており,また,5キロほどの距離を速いペースで歩くだけの体力を有していたことは明らかである。 
yjimage[3] (4)
の運動の甲斐あり、道のりは普通に近いペースで歩けた・・・・・・>
荻窪フラワーホームから杉並区役所
<赤丸は杉並区役所>
杉並区役所より更に更に更にまっすぐ歩き、中野坂上駅に着き、(ここまでは一般成人と同じ歩行速度?)


中野坂上まで
<赤丸は中野坂上駅&青梅通りと山手通りの交差点>
山手通りをまっすぐまっすぐ歩き、松濤二丁目交差点まで・・・歩いた。(この道のりは通常の2~3倍の時間がかかった。)

詳しい道のりは、yoshiさんのブログ「荻窪ー松濤ウォーク」参照


 
 原審判決は,「原告が平成7年9月11日以降,各滞在場所間の移動の機会を除いてはほとんど外出をしておらず,長期間にわたりその行動範囲が著しく制限されていた結果,上記滞在期間中には相応の筋力の低下が生じていたことが窺われることに加え,被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告■<後藤徹氏の妹又は■<後藤徹氏の母に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても,そのことから直ちに荻窪フラワーホームにおける滞在が原告の意に反するところではなかったものとみることはでき」ないとの認定をしているが(原審認定⑤),

後藤徹氏衰弱写真

これは,一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していたという争いのない事実とは明らかに矛盾し,この点についても,原審判決には事実誤認が存在することは明らかである。

 一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>,あるいは,故■<後藤徹氏の母>だけとマンションにいることも多く,体格差等に鑑みれば,マンションを出ようと思えば,出る機会は幾らでもあったことは,一審原告の主張する監禁,棄教強要の事実が存在しないことを基礎づける極めて重要な間接事実である。

yjimage6NO8JLYQ.jpg 

この点,検察審査会の議決書も,「このマンションに平成9年12月末から申立人が追い出された平成20年2月10日までに一緒に住んでいた者は,■<後藤徹氏の母>,■<後藤徹氏の兄>,■<後藤徹氏の兄嫁>,■<後藤徹氏の妹>の4人であるが,■<後藤徹氏の兄嫁>は,平成10年の春頃から平成11年年末まで体調を崩して自宅に戻っており,マンションには週に2,3日の頻度で通っていた。
平成12年3月には病気で3週間入院し,同年5月からはアルバイトを始めたので,平成15年末まではマンションには偶に行く程度で,平成16年2月ころからはずっと同居していた。

■<後藤徹氏の兄>は,仕事を平成13年1月で辞め,平成16年3月に就職するまでは一緒に生活していた。
しかし1週間に1回以上は自宅に帰っていたし,マンションにいた日であっても,図書館等に出かけて不在のときもある。平成16年3月に仕事に就いてからは1,2年の間はマンションに全く行っておらず,その間,申立人とは一切会っていない。

したがって■<後藤徹氏の母>と■<後藤徹氏の妹>の3人だけの生活がほとんどであり,一人が買い物等で外出すると部屋には申立人と二人だけになる。

■<後藤徹氏の母>は内科,整形外科,眼科等の病院通い,■<後藤徹氏の妹>も通院やスポーツクラブに通っていたことから,二人だけという機会は少なくはない。」
と認定した上で,「平成13年2月の行動を抗議行動というのであれば,何故この1か月間だけ行ったのか,どうして■<後藤徹氏の兄>がいるときだけに行ったのか,より効果的な女性だけのときに行わなかったのか,みんなが寝静まってから行わなかったのは何故か,また脱出する意思があるなら,自分が今いる場所はどこであるのかを知ることは重要なことであるが,申立人はマンションを追い出されて初めて知ったと述べている。

調べる気持ちがあるなら,配達された郵便物や新聞の領収書,電気の使用量の通知書等で容易に分かることであり,調べようとした形跡は,記録上認められない。」と一審原告の主張の信用性に強い疑問を呈しているところである(乙イ1)。
 
原審判決も「確かに,前記認定事実からは,原告が被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>のみと在室していた時間は多く,特に前記1(1)タ(キ)の各機会を含め実力行使で退出を試みるに適した機会も少なくなかったことが窺われ,また原告と被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>との間に相応の体格差があったことは被告■<後藤徹氏の兄>ら主張のとおりである」(原審認定④)と判示しており,一審原告が退出するに適した機会も少なからず存在していたことを認めているところである。
 
しかしながら,先述したとおり,原審の裁判体は,本件に関し,一審被告■<後藤徹氏の兄>らに不法行為責任を負わせるという結論を先に決めていた。
そして,その認定の為には、「一審原告が退出するに適した機会も少なからず存在していた」という事実を何らかの方法で「中和」しなくてはならなくなり,「一審原告の体力低下説」を持ち出し,これと明らかに矛盾する「一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していた」という争いのない事実を意図的に無視したものである。

 また,原審判決は,「被告■<後藤徹氏の兄>らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告■<後藤徹氏の兄>らは原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたもの」(原審認定④)との認定をしているが,この認定も一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していたという争いのない事実とは明らかに矛盾し,ここにも事実誤認が存在する。

原審判決の認定するとおり,「一審原告が退出するに適した機会も少なからず存在し」,一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していたのであれば,「被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していた」という認定は明らかに成り立たないからである。

ここでも,原審判決は,「被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していた」という認定を成り立たせるため,「一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していた」という争いのない事実を意図的に無視している。

<徹氏の体力と、兄ちゃんが徹氏が棄教しない限りマンションから出さないと態度で示すのは、全く別物で、どちらかが成立するなら、片方が成立しないということはないはずだと思うが・・・

 さらに,原審判決は,「前記認定事実によれば,原告は,遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らか」(原審認定⑧)との認定をしているが,この認定も一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していたという争いのない事実,また,原審判決も認定する「確かに,前記認定事実からは,原告が被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>のみと在室していた時間は多く,特に前記1(1)タ(キ)の各機会を含め,実力行使で退出を試みるに適した機会も少なくなかったことが窺われ,また,原告と被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>との間に相応の体格差があったことは被告■<後藤徹氏の兄>ら主張のとおりである」(原審認定⑤)とは明らかに矛盾し,ここにも事実誤認が存在する。

一審原告は,マンションを退去しようと思えば,退去し得たにもかかわらず,敢えて,何らかの理由で留まり続けていることは明らかである。

 このように,原審判決が,「一審原告が日々運動を行い,相当の体力を有していた」という争いのない事実を無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。
 
 前述したとおり,原審判決の認定とは違い,一審原告は偽装脱会を告白した後も,一審被告■<後藤徹氏の兄>らと話し合いに応じる意思を有していたものであり,だからこそ,後述するとおり,マンションを退出する機会が少なからずあったにもかかわらず,マンションに止まり続けたのである。

(4)一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにマンションから退出しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実はないこと
 
 一審原告は,荻窪フラワーホームにいる間も含め,新潟から始まる話し合いの過程全体を通じて,一審原告がマンションから退去しようとし,マンションを出たい等と述べたり,外部と連絡を取りたいと述べた事実自体一切ないものであるが,特に,一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに暴れたり,マンションから退出しようとしたり,マンションを離れたいと表明したり,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実がないことについては争いはない(一審原告自身も一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親しかいないときに暴れたり,マンションから退出しようとしたり,あるいは,マンションを離れたいと表明した旨は主張していない。)。
しかしながら,原審判決はかかる事実を正面から認定していない。
 
 原審判決は,「これに対し,原告が平成9年12月に荻窪フラワーホームに移動した後間もなく偽装脱会の告白をして以降は,
①常に被告■<後藤徹氏の兄>らのいずれかが原告と共に荻窪フラワーホームに滞在して原告と行動を共にし原告が一人で外出することや,外部との連絡をとることを許容されなかったことに加え,

②原告が退出の意向を示したにもかかわらず,被告■<後藤徹氏の兄>らにおいて,玄関に向かおうとする原告を取り
押さえるなどしていたこと,

③原告が上記の状況に置かれていることについて,被告■<後藤徹氏の兄>らに対して明示的に抗議の意を表していたこと,

④原告の行動範囲に対する著しい制限が長期間に及び,原告の全身の筋力が低下するに至ったことが認められるところであって,これらの点からすれば,上記期間中の被告■<後藤徹氏の兄>らの行為については,原告の明示の意思に反してその行動の自由を大幅に制約し,外部との接触を断たせ,原告の心身を不当に拘束したものと評価せざるを得ず,原告に対する不法行為を構成するというべきである。」(同p56,57)との認定をしている(原審認定③)。
 
また,原審判決は,「被告■<後藤徹氏の兄>らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたもの」との認定をしている(原審認定④)。
  
さらに,「原告が平成7年9月11日以降,各滞在場所間の移動の機会を除いてはほとんど外出をしておらず,長期間にわたりその行動範囲が著しく制限されていた絡果,上記滞在期間中には相応の筋力の低下が生じていたことが窺われることに加え,
被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても,そのことから直ちに荻窪フラワーホームにおける滞在が原告の意に反するところではなかったものとみることはでき」ないとの認定をしている(原審認定⑤)。
  
また,原審判決は,「さらに,被告■<後藤徹氏の兄>らは,組織的に反社会的活動を行っている団体であることが極めて明白である統一教会により精神の自由を実質的に拘束され,精神的呪縛のもとにある原告に対し,自分自身で考え,信者として組織的な反社会的活動に関わり続けることの問題に気付いてほしいという気持ちから,話合いに応じるように必死で原告に対する説得を試みたものであり,原告においても,不承不承ながらもこれに応じていたものである旨主張するが,前記認定事実によれば,原告は遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らかであって,」と認定している(原審認定⑧)。
  
しかしながら,一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに暴れたり,マンションから退出しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実は一切ないことに争いはなく,これらの原審認定は,以下に述べるとおり,明らかに争いのない事実と矛盾するものである。

 原審認定③は,

「①常に被告■<後藤徹氏の兄>らのいずれかが原告と共に荻窪フラワーホームに滞在して原告と行動を共にし,原告が一人で外出することや,外部との連絡をとることを許容されなかったことに加え,

②原告が退出の意向を示したにもかかわらず,被告■<後藤徹氏の兄>らにおいて,玄関に向かおうとする原告を取り押さえるなどしていたこと,
 
③原告が,上記の状況に置かれていることについて,被告■<後藤徹氏の兄>らに対して明示的に抗議の意を表していたこと,

④原告の行動範囲に対する著しい制限が長期間に及び,原告の全身の筋力が低下するに至ったことが認められる。」との認定をしているが,
 
これらの認定のうち,①②③の認定は,一審原告は有形力を行使しない形であっても,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しないし,認定されていないことと明らかに矛盾するものである。
  
すなわち,①について言えば,「常に被告■<後藤徹氏の兄>らのいずれかが原告と共に荻窪フラワーホームに滞在して原告と行動を共にし」ていたことは事実であるが,一審原告が荻窪フラワーホームにいる間も含め,新潟から始まる話し合いの過程全体を通じて,一審原告がマンションから退去しようとし,マンションを出たい等と述べたり,外部と連絡を取りたいと述べた事実自体一切なく,その事実は,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにおいてさえも,一審原告が,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しないことからも優に推認される以上,かかる事実の存在を主張する一審原告の主張の信用性はなく,一審原告に対する不法行為を認定すべき根拠とはならないものである。
  
また,②③の認定も,一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにおいてさえも,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しない以上,②③の認定となっている一審原告の供述の信用性は明らかに否定されるから,かかる認定が誤りであり,事実誤認が存在することは明らかである。
  
なお,④の認定が事実誤認であることは,前述した「一審原告がマンション内において,運動をしており,相当の体力があった」という事実と矛盾することからも明らかであるし,仮に,筋力の低下が生じていたとしても,それは,一審原告が自らの意思に基づき,話し合いの場に止まり続けた絡果であるから,何ら,一審被告■<後藤徹氏の兄>らが責任を負うべきものではない。

 原審認定④は,「被告■<後藤徹氏の兄>らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたもの」との認定をしているが,
前述したとおり,一審原告が荻窪フラワーホームにいる間も含め,新潟から始まる話し合いの過程全体を通じて,一審原告がマンションから退去しようとし,マンションを出たい等と述べたり,外部と連絡を取りたいと述べた事実自体一切なく,その事実は,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにおいてさえも,一審原告が,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しないことからも優に推認される以上,原審認定④の根拠となっている一審原告の供述の信用性は明らかに否定されるから,かかる認定が誤りであり,事実誤認が存在することは明らかである。

 原審認定⑤は,「被告■<後藤徹氏の妹>及び■が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても,」と無理やり仮定的な条件を付してまでも,一審原告がマンションから退去しようとしなかったことを以って,マンションヘの生活が自由意思に基づくものであったことを否定しようとしているが,そもそも,一審原告は有形力を行使しない形であっても,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しないし,認定されていない。

「肉親であること~(中略)~有形力を行使してまで」という前提は,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかないときに,一審原告が平穏に退去しようとし,これを制止された場合に初めて意味を持つものである。

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実際には,一審原告は,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに,マンションから退出しようとしたこともなく,マンションを離れたいという意思を表明したこと自体がないのであるから,原審認定⑤の「被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても,」なる認定は,一審原告の荻窪フラワーホームにおける生活がその意に反するものであることをこじつけるため,原審判決が勝手に付け加えた前提に他ならないものである。

 原審認定⑧については,「原告は,遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らか」であるという事実認定は,「一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにマンションから退出しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実はない」という争いのない事実と明らかに矛盾する。
   
以上のとおり,一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときに,マンションから退出しようとしたり,退去したいという意思を表明したことはないという争いのない事実は,一審原告の荻窪フラワーホームにおける生活がその意に反するものであるという原審認定⑤の前提を覆すものであることは明らかであり,原審認定⑤については事実誤認が存在することが明らかである。
 
 このように,原審判決が,「一審原告が,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■しかいないときにマンションから退出しようとしたり,あるいは,マンションを離れたいと表明した事実はないこと」という争いのない事実を正面から認定せず,あるいは,無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。

(5)一審原告が―審被告■<後藤徹氏の兄>のいる時しか暴れていないこと
 
 一審原告は,一審被告■<後藤徹氏の兄>のいるときにしか暴れておらず,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■のいるときに暴れたりしていないことは争いはないが(一審原告自身も一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親しかいないときに暴れたことがある旨は主張していない。),原審判決はかかる事実を正面から認定していない。
 
 原審判決は,「原告が平成7年9月11日以降,各滞在場所間の移動の機会を除いてはほとんど外出をしておらず,長期間にわたりその行動範囲が著しく制限されていた結果,上記滞在期間中には相応の筋力の低下が生じていたことが窺われることに加え,被告■<後藤徹氏の妹>及び■<後藤徹氏の母>が自身の肉親であること等に照らせば,原告が,被告■<後藤徹氏の妹>又は■<後藤徹氏の母>に対して有形力を行使してまで荻窪フラワーホームからの退出を試みることをしなかったとしても,そのことから直ちに荻窪フラワーホームにおける滞在が原告の意に反するところではなかったものとみることはでき」ないとの認定をしている(原審認定⑤)。
  
また,原審判決は,「さらに,被告■<後藤徹氏の兄>らは,組織的に反社会的活動を行っている団体であることが極めて明白である統一教会により精神の自由を実質的に拘束され,精神的呪縛のもとにある原告に対し,自分自身で考え,信者として組織的な反社会的活動に関わり続けることの問題に気付いてほしいという気持ちから,話合いに応じるように必死で原告に対する説得を試みたものであり,原告においても,不承不承ながらもこれに応じていたものである旨主張するが,前記認定事実によれば,原告は遅くとも荻窪フラワーホームに移動し,偽装脱会の告白をした後においては,その場に留まり続けて家族らと共に生活を行い,話合いを続ける意思を有しておらず,しばしば退出の意向を明示していたことは明らかであって,」と認定している(原審認定⑧)。

しかしながら、一審原告は,2001年2月頃,一審被告■<後藤徹氏の兄>がいる時に暴れた事実はあるが,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親しかいないときに暴れた事実は無い。
一審原告の荻窪フラワーホームにおける生活が一審原告の意に反するものであり,一審原告が暴れた事実が,意に反して生活を余儀なくされたことに対する抗議の意味合いを含むものであれば,一審被告■<後藤徹氏の兄>がいないときにも暴れなくてはおかしい。

一審被告■<後藤徹氏の兄>は,一審被告後藤家及び■<後藤徹氏の母>の中では一審原告と同年代の男性であり,最も体力のある者であり,そのことは実弟である一審原告も知っていたにもかかわらず
(原審一審原告準備書面(7)第19頁においても,「一方,実家に被告■<後藤徹氏の兄>がいないことを原告は知っており、」とわざわざ一審被告■<後藤徹氏の兄>の不在時を見計らい,実家を訪問したことを述べている。)、
一審原告が一審被告■<後藤徹氏の兄>のいる時しか暴れていないという事実は,明らかに,原審認定⑤,⑧の事実と矛盾し,明らかな事実誤認が存在する。
 
 このように,原審判決が,「一審原告は,一審被告■<後藤徹氏の兄>のいるときにしか暴れてお
らず,一審被告■<後藤徹氏の妹>や母親である■のいるときに暴れたりしていない」という争いのない事実を正面から認定せず,あるいは,無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。

(6)一審原告が自由に原理講論を読んでいたこと
 
 一審原告は,原理講論を持っており,それを取り上げられたり,読むことを制約されたことがなかったことは争いがないが(一審原告本人146頁),原審判決はこの事実を認定していない。
 
 原審判決は,「被告■<後藤徹氏の兄>らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたもの」(原審認定④)という認定をしている。

この認定のうち,「被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していた」という認定が事実誤認であることは前述したとおりであるが,加えて言えば,真実,被告後藤■<後藤徹氏の兄>らが,「統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的」を有していたのであれば,一審原告について,自由に原理講論を読むことを許す筈はなく,原審判決は,ここでも,自己の決めた結論に反する争いのない事実を意図的に無視していることは明らかである。

<原理講論を読み、検証しないことには統一原理の間違いはわからない。⇒棄教に結びつかない。
原理講論を読むことを禁じたら、原理の間違いを検証することはできないので、禁止することはまずないと思いますが。>

 
 このように,原審判決が,「一審原告は,原理講論を持っており,それを取り上げられたり,読むことを制約されたことがなかったこと」という争いのない事実を無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。
 
 なお,一審被告■<後藤徹氏の兄>らは,一審原告が統一協会の信仰に基づく礼拝を行い,あるいは,教義についてノートに何冊も纏めたりすることも制約していない。
一審原告がノートをマンションでの生活中に書き溜めていたこと自体については,一審原告も認めるところである(原審一審原告準備書面(4)39頁,同準備書面(7)19頁参照)。

(7)一審原告が「祝福と氏族メシア」(乙イ2)を読み,その内容を自己の信仰の内容としていたこと(一審原告127,128頁)

祝福と氏族メシア表紙
 
 ア 詳細は後述するが,一審原告が「祝福と氏族メシア」(乙イ2)を読んでいたことは争いはなく,また,一審原告は,統一協会信者として,「祝福と氏族メシア」(乙イ2)に書いてある内容を実践することを自身の信仰の内容としていたことも争いはないが(一審原告127,128頁),原審判決はこの事実も認定していない。
 
 乙イ2「祝福と氏族メシヤ」の4頁には,「『氏族的メシヤたれ』とは,成約時代を歩む統一協会の全食口の目的であり,それなくして私たち個人の完成もありえないし,復帰摂理の歴史の目的である地上天国実現もありえません。」と書かれており,「氏族メシヤ」が統一協会における最重要概念であることは明らかにされている。

そのほかにも,同書には,「皆さんは氏族を救うために,どんなに困難でも生涯迫害されても逃げてはいけません。それを歓迎し続け,正面で受けます。正面から困難なサタンの行為を歓迎しなさい。それが先生のとった道なのです。」(乙イ2,32頁),「だから,氏族的メシヤである皆さんが,再臨主の前に,皆さんの家庭と氏族的基盤を連結させる,その責任分担がどれほど重要かということを知らなければなりません。すなわち,皆さんの父母は堕落した今の世界で皆さんを生みましたが,皆さんの蕩減復帰によって皆さんの父母圏が天の国に入籍され,そうしてサタン圏を逃れて天の国で皆さんが生まれる,そのような基準まで上がっていくのです。」(乙イ2,43頁~44頁)などと,両親や家族を救うことが,教義的に非常に重要だということが述べられている。

また,「メシヤという立場は父母の立場であり,父母は真の愛をもって子女のために自分のすべてをささげていくのです。父母の心情は堕落世界においても変わらず,荒漠たるこの世において唯一残っている真の心情です。それを感じさせる実体が父母の立場なのです。したがって,子女を愛する父母の心情で完全投入するとき,はじめて氏族の主人として立つことができるのです。」(乙イ2,50頁)などと,統一協会員が自分の親を導く際には,父母の立場で親が子供を愛するように愛さなければならず,親が破滅に向かっている子供を命がけで助ける気持ちで伝道するようにと述べられている。
  
 原審判決は,被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告が統一教会の教義に従い,家族を救済する目的の下に上記各居室に居座り続けた旨をも主張するが,原告自身これを明確に否定するところであり,本件全証拠によるも,荻窪フラワーホームに滞在中の原告の行動が上記のような目的の下に行われていたことを窺わせる事情は認められず,被告■<後藤徹氏の兄>らの上記主張は採用することができない。」(原審認定⑥)と事実認定しているが,この内容は,一審原告が「祝福と氏族メシア」(乙イ2)を読み,その内容を自己の信仰の内容としていたという争いのない事実と明らかに矛盾するものである。
 
 前述したとおり,また,一審原告の主張と整合性を有しない争いのない事実を無視していることからも明らかなとおり,原審の裁判体は,本件に関し,一審被告宮村及び一審被告■<後藤徹氏の兄>らに不法行為責任を負わせるという結論を先に決めており,そのために邪魔となる,一審原告が「祝福と氏族メシア」(乙イ2)を読み,その内容を自己の信仰の内容としていたという争いのない事実を意図的に無視したものであり,そのことは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。

(8)一審原告自身,マンションから出るように言われていたことを認めていること
 
 一審原告も,2006年以降(平成18年4月の3回目の断食以降),一審被告■<後藤徹氏の兄>らからマンションを出るように言われたことを認めているが(一審原告本人32頁,49頁甲9・34頁),原審事実はこの事実も認定していない。
  
 この事実は,一審原告がマンションにいたことが,当人の意思に反するものであったかどうか,損害額等を認定する上で極めて重要な事実であるにもかかわらず,原審裁判所はこの事実を無視している。

前述したとおり,原審の裁判体は,本件に関し,一審被告宮村及び一審被告■<後藤徹氏の兄>らに不法行為責任を負わせるという結論を先に決めていた。

そして,適当な不法行為の開始時点を探し求め,おそらくは,「分かり易いイベント」であったであろう一審原告が偽装脱会を認めた時期を不法行為の開始時点を不法行為の開始時点として「決め打ち」したものである。
そして,原審の裁判所としては,不法行為の開始時点を認定した以上,不法行為の終期についても留意する必要があった。

一審原告が,2006年以降,一審被告■<後藤徹氏の兄>らからマンションを出るように言われていたことを認めてしまえば,一審原告の不法行為に基づく主張については,3年の時効期間が経過していることを事実上,判決文中において認めなくてはならなくなってしまう。
原審の裁判体は,かかる認定を避けるため,一審原告も,2006年以降,一審被告■<後藤徹氏の兄>らからマンションを出るように言われていたという争いのない事実を意図的に無視したものである。
 
 このように,原審判決が,「2006年以降(平成18年4月の3回目の断食以降),一審被告■<後藤徹氏の兄>らからマンションを出るように言われていた」という争いのない事実を無視していることは,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見を以って臨んだことの明らかな証左であると言える。
 
 なお,一審被告■<後藤徹氏の兄>らは,不法行為責任の存在についてあくまでも争うものであるが,念のため,本控訴理由書により,一審原告の主張する不法行為責任については,損害賠償請求権の消滅時効期間が経過していることを主張し,援用するものである。

(9)清掃業者などが来た際に,行動や言動を制約された事実が存在しないこと

yjimage[7] (4)
 
 一審原告は,清掃業者などが来た際に,行動や言動を制約された事実が存在しないことは認めているが(一審原告本人101,102頁),原審判決はその事実を認定していない。
 
 原審判決は,「被告■<後藤徹氏の兄>らの前記(ア)の行為については,原告に統一教会に対する信仰を棄てさせるとの目的の下に行われたものであることは明らかであり,被告■<後藤徹氏の兄>らは,原告に対し,棄教をしない限り,その置かれた状態から解放されないことをその態度をもって示していたもの」(原審認定④)との認定をしているが,この認定は,一審原告は,清掃業者などが来た際に,行動や言動を制約された事実が存在しないことと明らかに矛盾する。

すなわち,一審原告は,清掃業者などが来た際に,行動や言動を制約された事実が存在しないにもかかわらず,原審判決も認めるとおり,清掃業者等に対し,助けを求めた事実は存在しなかったものであり(原審判決52頁),原審認定④の認定は明らかにこれに矛盾するものである。

(10)まとめ
  
以上述べた通り,原審判決は,自らが先取りした結論にそぐわない争いのない事実について意図的に認定を避けており,原審判決が証拠と合理的な経験則ではなく,予断と偏見に基づき,事実認定を行っていることは明らかである。


次回は第4の2、第5、第6をアップ致します。


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2014-07-26(Sat)
 

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山貴弁護士は頭がちと悪い! 

世話人さん
>同じことの繰り返しです。
「同じ箇所を間違えて数回コピペしたのではないか?」と、思わず見直した程です。
同じことを地道に訴える高偏差値弁護士様達を思うと涙が出てきます。
「俺は、こんなことのためにあの難関の司法試験の突破したのか?」と虚しくなってなければよいのですが。

 ほんとほんと。
 同じことの繰り返しだけならまだしも、文章が下手くそときている。どうしようもないですね。被告を支持する人たちだって、そう思うでしょうね。

 被告代理人たちは今からでも遅くないから、『日本語の作文技術』(朝日文庫)と『理科系の作文技術』(中公新書)を読んだほうがいいと思う。

 トートロジー&下手クソ文を忠実にアップされる世話人のみなさんには頭が下がります。

「浪費した時間と能力を返せ!」
 誰かに訴えたい気分でしょうねえ。

 被告代理人の山口貴士氏と荻上守氏は相当に出来が悪い弁護士だと思います。
 あの、有名になりたい指向だけは一丁前の紀藤氏のリンク法律事務所しか入れなかったのだから。
2014-07-26 20:47 | 米本 | URL   [ 編集 ]

お気持ちわかってくださり、嬉しいです。 

米本さん、コメントありがとうございます。

・後藤さんが、母、妹しかいない時は暴れなかった(マンションをでようとしなかった)こと。

・母、妹と体格差があること。
等がしつこく何回も書かれていて、ブログアップの作業をしながら、「もうわかったから、ええかげんにして!」とどやしたくなりました。

そして、思ったことは、「こんなブログ記事、途中で嫌になって誰も読まないよなぁ・・。」ということです。

案の上、現時点でツイートもシェアもゼロ・・・
当たり前です。こんな控訴理由書を誰も紹介したいなんて思わないでしょう。(紹介した人の感性が疑われます。)

誰も読まないだろうブログを地道にアップするのは、虚しいです。
まさに、「浪費した時間と能力を返せ!」 と叫びたい気分です。(能力はないけど・・・・)

米本さんが、そんな苦労と思いをわかってくださり、嬉しいです。
思わず、涙があふれました。

2014-07-27 06:07 | 世話人X | URL   [ 編集 ]

読まれなくとも… 

管理人さんが前説と色を付けてくださっているので、無駄な時間を費やさなくて済みました。
ありがとうございました~。(^^)

「一審原告が,マンションから退去しようとしたり,マンションを離れたい,あるいは,外部と連絡を取りたいと表明した事実自体が存在しない」

ざっと数えて10回。
同じ文章が繰り返されていますね。

読者からすれば、「あ、さっき読んだ文章だ~」と読み流せるのは、せいぜい2回。我慢できて3回だ。
4回目が出てくると、もはや「なんだこりゃ、下手くそっ」となって、つきあわされた分だけ損をした気分になります。
その先はまず、読みませんね。

まあ、山貴らにしてみれば、この部分を繰り返すしか、反論のしようがないのでしょう。
下手に、これ以外の箇所を強調すると、拉致監禁を裏付けるようなボロが出てしまいかねない。
苦しいところです。

<誰も読まないだろうブログを地道にアップするのは、虚しいです。まさに、「浪費した時間と能力を返せ!」 と叫びたい気分です>

管理人さんには心から同情します。
虚しさにめげずにアップされた努力に敬意を表します。

仮に、ほとんど読まれなかったとしても、いずれ、この努力は報われると思います。
内容がうんぬんというより、拉致監禁派=しょぼい人たち=知的に鈍い人たち、ということがはっきりする証拠として、拉致監禁撲滅史に残ると思いますので。
2014-07-28 17:53 | みんな | URL   [ 編集 ]

世話人の思い 

みんなさん、いつもコメントありがとうございます。

みんなさんが丁寧にブログを読んでくださり、コメントをくださることが、ブログ継続の力となってます。

みんなさんのような読者さんがいらっしゃることは、このブログの大きな宝です。

これからも宜しくお願いします。

拉致監禁がなくなるために•••





2014-07-28 21:44 | 世話人X | URL   [ 編集 ]

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世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
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