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後藤徹氏陳述書(控訴審)①-反牧対策は、監禁されないこと!

今回より、控訴審での後藤徹氏の陳述書を4回に分けて公開します。

内容は以下のようになっています。

第1 第1回目の拉致監禁について
 1 統一教会の対策講座について
 2 私が脱会したとの認定について
 3 退職の経緯


第2 第2回目の拉致監禁について
 1 実家での拉致
 2 偽装脱会の意図についての事実誤認
 3 保谷の実家において私が激しく抵抗できなかった理由
 4 監禁についての事実誤認
 5 荻窪フラワーホームでの監禁

第3 逸失利益及び慰謝料について 
 1 逸失利益及び慰謝料の不当性について
 2 慰謝料の不当性について

今回は、青字部分をアップ致します。

 

陳述書


平成26年3月31日


後藤 徹





原判決の中に事実誤認が多々ありますので、以下指摘し事実等を記述いたします。

第1.第1回目の拉致監禁について

1.統一教会の対策講座について

(1)原判決の事実誤認
 
原判決は、昭和62年(1987年)当時のこととして、「原告及び被告■<後藤徹氏の妹>は、当時、統一教会の講座等において、家族らから自宅以外の場所において話合いをすることを求められた場合には、話を聞くふりをし、間違いに気付いたという姿勢をみせて偽装脱会を行い、その後戻るように指示されていた」(判決文36頁5行~8行)と認定していますが、不正確です。

偽装脱会はあくまでも拉致監禁されて、脱会しない限り部屋から解放されない状態となった場合の次善策として説かれていたことであって、特に上記認定が別の箇所で■<後藤徹氏の妹>及び私がマンション等への同行に応じたことの根拠とされているのは明らかな間違いです。そこで、1987年頃の対策講座について以下述べたいと思います。

統一教会では、1966年以降現在に至るまで数多くの拉致監禁による強制棄教の被害が起こりました。
特に1980年代後半からその数が増え始め、この時期は年間200件以上の信徒が拉致監禁の被害に遭っていました。

このような信徒に対する人権侵害、犯罪行為に対し信徒会では対策を講じるようになりましたが、拉致監禁、強制棄教の主な首謀者がキリスト教牧師であったため、こうした対策は「拉致監禁対策」あるいは「反対牧師対策」などと呼ばれ、信徒に対する啓蒙・教育が行われるようになりました。

信徒に対する啓蒙・教育の手段としては、当時信徒によく読まれていた月2回発行の統一教会機関誌『中和新聞』に拉致監禁関連の記事が掲載されたり、統一教会ないし信徒会にて小冊子、スライドなどの教材を作成しそれらを全国の修練会や教育現場で使用するなどしていました。
 
例えば、『中和新聞』には、1987年5月1日~1988年2月15日の間に「現代の宗教迫害」「信教の自由を奪う牧師神父」と題して16回にわたる連載記事が掲載されています(甲171号証の1)。

また、この連載期間中の1987年6月1日には1面を使って「暴力で改宗を迫る 統一教会員をら致・監禁」と題する記事が掲載されています(甲171号証の2)。

中和新聞
<甲171号証の2 中和新聞>

また、1988年10月15日の特集号には第1面と第2面を使って拉致監禁関連の記事が掲載されています。
そこには、原審で甲141号証の1として提出した上申書(1988年7月18日付け)の作成者であり宮村峻の被害者であるT・Mさんの事件も掲載されています(甲171号証の3)。
 
小冊子としては、上記中和新聞の記事を元にして作成した『私は拉致・監禁された!』(1988年7月20日発行・甲172号証)などがあります。

小冊子 目次


ちなみに、この小冊子の55頁ないし56頁には、監禁下に松永堡智と宮村峻が相次いで来て脱会強要を行った事例も掲載されています。

また、対策講座の教育用スライドとして作成されたものとして『反対牧師の真相』(1988年作成・甲173号証)があります。

スライド①
<甲173号証 スライド 反対牧師の真相>
 
これらの記事や教材の内容を要約すると以下のようになります。

① 数多くの統一教会信者が棄教目的による拉致監禁の被害に遭っており、これは明らかな人権侵害、犯罪行為である。

② その手法は、暴力をもって拉致し、あらかじめ準備されたマンション等に監禁するものであるが、監禁された信者が鎖でつながれたり拉致される際に縄で縛られたり精神病院に強制入院させられたりする悪質なケースもある
(甲86号証M・K陳述書添付の1984年5月14日付け朝日新聞、甲87号証の1、同号証の2の1、2、同号証の3)。

朝日新聞
<甲86号証 添付 1984年5月14日 朝日新聞>

③ 拉致監禁を実行するのは信徒の親族だが、真の首謀者は親族の背後にあって拉致監禁を教唆・指導するキリスト教牧師(反対牧師)である。
彼らは、統一教会に反対する左翼的な勢力と組んで組織的な活動を行っている。

④ 一旦監禁されると、信仰を表明している状態での脱出は困難である。

⑤ 監禁現場では、監禁から脱出するためにマンションから飛び降りたり、洗剤を飲んで救急車で運ばれたり、暴力を受けたり暴言を吐かれるなど極めて凄惨な状況が展開される。

⑥ 監禁経験者の多くが監禁から逃れるためにやむなく偽装脱会を行っている。
しかし、偽装脱会による脱出も簡単ではなく、「脱会届」を書かされたり他の信者の監禁棄教に加担させられるなどの幾重もの踏み絵を踏まされる。

⑦ 反対牧師が監禁現場で行う批判は、主に教理的批判とスキャンダル的な批判だが、信憑性に欠けるものが多くそれらをよく見極める必要がある。

このように統一教会ないし信徒会の対策は、暴力的な拉致監禁を手段とする強制棄教に対処するためのものですから、対策講座の第1の要諦は「監禁されないこと」です。
赤字太字部分:実際の陳述書では、下線が引かれています。>

このことは対策講座においてはあまりにも当たり前の話です。
なぜなら、一旦監禁されれば信仰を保ったまま脱出することは困難で7割の信徒が離教してしまい、また、監禁現場では鎖でつながれたり、暴力や暴言を受ける等の例が多く報告されていますし、特に精神病院に違法に強制入院させられた場合、薬漬けされ廃人にされる可能性もあるからです。

従って、拉致監禁されそうな場面(例えば自宅に帰った際に「別の場所で話し合おう」などと言われる場面)に遭遇した場合に、間違っても「自分からマンションに行くように」などと教育・指導することは絶対にあり得ないと断言できます。
 
一方、拉致監禁されてしまった場合の次善の策として偽装脱会するしか解放される途はないということが言われることはあります。

しかし、だからといってどのようにして偽装脱会するのか具体的に説かれることはありません。
むしろ対策講座では、偽装脱会をしたからといってすぐに反対牧師が納得して監禁から解放するかと言えばそうではなく、本当に信仰を棄てたか否かを見極めるための様々な「踏み絵」(脱会届、脱会手記、統一教会員の救出を手伝う等)をさせられるので、偽装脱会することは大変な屈辱と苦痛と忍耐を伴い、決して簡単ではなく失敗例も多いことが説かれます(甲173号証対策スライド34頁参照)。

スライド②
<甲173号証 対策スライド34頁>

実際、原判決で認定されている脱会マニュアルメモ「⑥判定基準・・・以上をクリアーして、外出は許される」(判決文33頁13行~18行、甲98号証の3の6枚目)を見れば監禁から解放されるためには、いかに執拗に踏み絵を踏まされるかよく分かります。

甲98-3⑥
<甲98-3⑥ 判定基準>


従って、対策講座を受講した側としては、「たとえ拉致監禁されそうになったとしても偽装脱会すればいいのだからマンションについて行こう」などという気持ちには絶対になりません。

(2)被控訴人等の供述、及び反対派の書籍から明らかなこと
 
拉致監禁の場面に遭遇した場合のことについて統一教会ないし信徒会が、「自分からマンションに行くように」などと教育・指導することがあり得ないとは、被控訴人等の供述や反対派の書籍からも一層明らかです。

 ①松永の供述 

松永は、陳述書(乙ロ1号証5頁7行目~)において、元信者から聞いた話として、統一教会では反対牧師対策の講義を受けており、「牧師の話を聞くな」とか「黙って逃げてこい」と教育されている、と述べています。

原判決で認定しているような「統一教会の対策講座では、マンションについて行くようにと言われている」などという内容は一切ありません。

②松永の拉致監禁指導ビデオ

映像10

 
松永は、1987年に信者父兄を対象に拉致監禁による脱会説得の指導ビデオを撮りしましたが(甲101号証の1)、その中で統一教会信者は免疫講座(反対牧師講座)を受けていると述べ(甲101の3、12頁14行~35行)、

免疫講座を受けた信者を救出する方法として、
第1に電話をするので電話のない部屋で説得すること、
第2に逃げるので特に逃げられやすいトイレの窓に注意すること、
第3に親をだまして逃げようとするので注意すること、
第4に統一教会の救出隊が説得現場に来るので注意すること、等を述べています(同12頁35行~13頁28行)。


 さらに松永は、信者の子供が実家に帰省する際に保護対策(松永は拉致監禁のことを保護と表現する)のために3つのことを統一教会で準備してくるといい、

第1にすぐに救出してもらえるように実家の地図を統一教会に置いてくる、
第2に1万円ほど逃走資金をブラジャーの中や靴下の中に隠し持ってくる、
第3に「親に監禁されたなら私を救い出して下さい」との救出願いを統一教会に書き残してくると述べ、
信者父兄に注意を促しています(甲101の3、13頁33行~14頁14行)。
 
また、松永は主尋問において、免疫講座とは反対牧師対策とか反対父母対策という対策講座のことだと述べ、この対策講座では「家族が話合いしようと言えば、それに乗っちゃいけないとか、あるいは牧師に会うって言ったら逃げてこいとか、そういう対策」を教わると述べています(松永調書26頁20行~27頁1行)。

松永牧師主尋問より引用>

松永主尋問

<引用終わり>
 
このように上記松永のビデオにも、原判決で認定しているような「統一教会の対策講座では、マンションについて行くようにと言われている」などという内容は一切ありません。
逆に統一教会の対策講座では「逃げるように」教育されていたのであり、自宅に帰省して拉致されそうになった時や逃げ切れずに力ずくで拉致監禁された時でも隙を見て逃げるべきだと指導されていたことが明らかです。

③松永の拉致監禁マニュアル(甲98号証の3) 

松永が手書きで書いた原対協の拉致監禁マニュアル(甲98号証の3)からも、統一教会ないし信徒会の対策が、「マンションについて行くように」というものではなく、「逃げるように」というものであったことは明らかです。

まず「子の救出に際して」と題する部分には、
「家か親戚の家で一論争し、ひとあばれさせる。そして、逃げられないという自覚をさせる。そのためには6人位の大人が必要である。」、
「その時電話をさせない。電話のない部屋で話し合う」
「献身者の場合、協会関係者が家のまわりを張り込んでいるケースが多い。移動するときは注意を要する。どこに連れていかれるか調べる」等と記されており、

甲98-3①
<甲98-3①>

また「車に乗せる前の話し合い」と題する部分では、
「人と場の設定」、
「①電話に注意 必ず報・連・相をして指示を受ける。」、
「②逃げる トイレ」、
「③人数は5~6人、男が4~5人」、
「④1時間くらい、家族として納得できない。少し時間をかけて話し合う、場所を変えて→移動」、
「⑤警察(110)が入ると信教の自由を盾に逃げる。」等と書かれています。

甲98-3②
<甲98-3②>
 
もし、統一教会ないし信徒会で当時教育されていた対策講座の内容が、原判決にあるような「マンションについて行く」といったものだとしたら、上記マニュアルのように信者の逃走に備えて複数の人間をわざわざ準備する必要など全くないはずですし、逃走を阻むための方法を徹底して記載する必要もないはずです。

このことからも、当時の統一教会の対策講座が「逃げるように」というものであった事実が明らかです。

④反対派の書籍

統一協会信者の救出

統一教会信者からの子弟の脱会を希望する父兄向けに書かれた『統一協会信者の救出』(2007年10月発行・全国原理運動被害者父母の会編著)という書籍には、統一教会の「対策」に対する対処法が記してある箇所があります
(甲174号証177頁~179頁)。

同書籍の178頁5行ないし6行には「家族が反対派に繋がったと思われる信者に対しては、徹底的に対策講座を行う(「保護」されないことも含めて)。」と記されており、対策講座において「保護されないこと」即ち拉致監禁されないことを教育している事実が述べられています。

なお、179頁末行に「『保護』とは、統一協会との連絡を自ら絶って、自ら勉強する生活に入ることを本人が納得すること。」との記述がありますが、統一教会員の脱会を企図する人たちが言う「保護」とは拉致監禁のことです。
  
ちなみに、179頁には写真入りで統一教会の「対策」本として先に挙げた『私は拉致・監禁された!』が紹介されています。

本
<書籍 統一協会信者の救出 178頁~179頁>
※赤線は、世話人Xが引きました。
※世話人Xの呟き:監禁部屋を説得部屋と言うとる・・
「保護」は、統一協会との連絡を自ら絶って、自ら勉強する生活に入ることを本人が納得すること。
連絡を自ら絶って、自ら勉強する生活に入るなら、携帯電話を家族が預かることも、別の場所(勉強部屋)に移動する必要もないように思うのだが・・・。


このように反対派の書籍からも統一教会の対策が「監禁されないこと」であって「マンションについて行くように」ではないことが明らかです。

(3)■<後藤徹氏の妹>の供述の虚偽性 

原判決が上記間違った認定をしたのは、■<後藤徹氏の妹>の陳述書にある次の陳述に基づくものだと思われます。

「就職して1年が経とうとしていた1989年の3月、私は仕事が終わって一人で住んでいた保谷の自宅に帰ると、両親と■<後藤徹氏の兄>が待っていたので、私はびっくりしました。

久しぶりに■<後藤徹氏の兄>と会って、どうしていたのかなどの会話をした後に、両親から「統一協会で活動していることを心配している。
そのことについてしっかり話し合おう。」と言われ、私は、「とうとう来たか。」と思い動揺しました。
家族と共に荻窪のマンションへ移動しました。マンションへ行くこと自体は、私は抵抗せず応じることにしました。統一協会では、マンションについていって、話を聞いたふりして偽装脱会して戻ってこいと言われていました。」
乙イ7号証12頁21行~13頁1行)。

<妹陳述書より引用
妹陳述書③
<引用終わり>
 
■<後藤徹氏の妹>は、あたかも統一教会の対策講座において、自宅などで家族などから「別の場所で話し合おう」と言われた場合に自分からマンションについて行き、話を聞いたふりをした上で偽装脱会を行い、戻ってくるように教育されていたかのごとく述べていますが、これは全くの虚偽供述です。

 同じ■<後藤徹氏の妹>の陳述書の別の箇所には、対策講座について、上記■<後藤徹氏の妹>の供述と全く矛盾する内容が記されています。

即ち、■<後藤徹氏の妹>は陳述書(乙イ7号証9頁13行~)において、1987年1月か2月の出来事として母から「大阪に一緒に行って牧師の話を聞いてほしい」と提案された際、当時■<後藤徹氏の妹>が所属していた地区の責任者であったK・H次長から「反対牧師の話を聞くと信仰を失うかもしれないから逃げてこい」と指示され、それに従って東京駅から逃げ帰ったことを記し、その当時の「反対牧師」に対する認識として以下のように記しています。

 「当時、『反対牧師の素顔』という冊子を読まされたり、同じ内容のビデオを見せられたり、講義で反対牧師が信者を拉致監禁して無理矢理脱会させるという話を聞かされたりしていました。
その中には、反対牧師によって注射を打たれ、精神病院に連れて行かれるとか、手錠を掛けられるという話もあって、私は、反対牧師はとても怖いという強烈な印象を植え付けられていました。」(乙イ7号証9頁21行~27行)

<妹陳述書より引用
妹陳述書②
<引用終わり>

 ■<後藤徹氏の妹>自身が上記のように述べている以上、1989年に実家で両親と■<後藤徹氏の兄>から申し出を受けて対策講座の指示に従って両親らについて行ったというのが、実際には拉致監禁されたことを隠蔽するための方便であることは明らかです。

2.私が脱会したとの認定について
 
原判決は1987年10月から11月までの間、私が京王プラザホテル及び荻窪のマンションにて監禁され脱会強要を受けた際のことについて、私が宮村の脱会説得によって脱会したかの認定を行っています(37頁25行~38頁5行)。
しかし、私はこの時脱会してなどいません。

3.退職の経緯
 
原判決は1回目の監禁後における大成建設からの退職について、昭和62年に自らの意思で大成建設を退職したと認定しています(判決文62頁23行~25行)。
しかし実際には、私が荻窪栄光教会から脱出した後に父■<後藤徹氏の父>が私に無断で勝手に退職手続を行ったのであって(■<後藤徹氏の兄>反対尋問調書16頁26行~17頁1行)、私が自らの意思で退職したのではありません。

世話人Xの呟き:大成建設退職は、後藤さんのお父様が勝手に行ったとは・・・

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019_convert_20140131104434[1]
2014-06-30(Mon)
 

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つい頬が・・・ 

「監禁部屋」を言うに事欠いて、「勉強部屋」だってぇ。
 つい笑ってしまいましたとさ。
2014-07-01 09:19 | 米本 | URL   [ 編集 ]

絶対、行かない! 

一度、拉致監禁された人間が、「話し合いをしよう」と誘われ、ノコノコついていくか、って!
ついていけば監禁されることは百も承知だ。
何が何でも、行くわけがない!
多勢に無勢、実力行使で拉致されたとしか、考えられんだろっ。


会社に勤務する意思がなかったから、として損害賠償金が少額に抑えられているが、なんのことはない、父親が勝手に会社を辞めさせる手続をとった、って。
控訴人の意思までも勝手に創作し、損害賠償金を少額にする裁判官は、もはや監禁一派のお仲間だな。


監禁の恐怖について、秀さんがブログに生々しい手記をしたためておられます。
http://hydenoshikou.kakuren-bo.com/Entry/44/
こういう話を聞き及んでいる信者が、どうして監禁部屋に自分の意思で行くか、って!

秀さんのブログにはなぜかコメントが投稿できないので、この場を借りて、秀さんにお礼と感謝の言葉を贈ります。
ここまでリアルで生々しい描写の監禁体験談は初めてです。
秀さんの無念が晴らされることを心から祈ります。
2014-07-02 08:51 | みんな | URL   [ 編集 ]

みんなさんへ 


私のブログにコメントができないとのこと、すみません。
ブログでは「監禁のその後」まで書くつもりでいます。
懲りずにコメントしてみて下さい。よろしくお願いします。

「監禁」が「保護」になるくらいですから「監禁部屋」が「勉強部屋」に変わっても驚かないけど、、、。

危うきには近寄らず。
誰が好き好んであんな部屋に入るか! アホかってんだ!

管理人さん
ちょっとコメント欄使わせていただきました。
ブログこれからも楽しみにしています。


2014-07-03 10:07 | 秀 | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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