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宮村峻氏の最終準備書面⑤-偽装脱会をするのは、監禁から逃れるためではなく家族との話し合いを中断させるため?

いよいよ判決まであと10日となりました。
今回は
第5 話し合いの終了は家族が決めること
を紹介します。

 宮村氏は統一教会員が偽装脱会をするのは、監禁から逃れるためではなく、家族との話し合いを中断するためだと主張しています。
 家族との話し合いをすれば、脱会に至ることが多く信者が減ってしまうため、そうならないための統一教会側の「対策」として偽装脱会をするというのです。

別のところでは、統一教会創始者文鮮明氏の説教集を引用しながら「氏族メシア」つまり、家族を伝道することが教理上たいせつなことだということを力説し、後藤徹氏が「氏族メシア」活動のために、話し合いの場に居座り続けたという論説を展開していたのに・・・です。

 またこの章で強調しているのは、原告側の証人であるMK氏がいかに信用ならない人物であるかということです。
 MK氏は、後藤徹氏の監禁現場を目撃した貴重な証人なので、無理もないですね。

 またMK氏が、本訴訟のためにどれだけ労を惜しまなかったかということもここでは語られています。
 かつて、宮村氏と親しい関係にあった元信者の実家、自分を説得したK牧師やMF氏、また宮村氏の一時期提携関係にあったAT牧師のところにも訪れていたことがわかります。


 MK氏をここまで突き動かしたものは何だったのでしょうか?

 




第5 話し合いの終了は家族が決めること

1.なぜ統一協会信者は偽装脱会するのか

(1)統一協会信者は、家族が心配して信者の活動を続けることに反対すると、多くの場合、脱会したふりをして家族に内緒で信者としての活動を続けるようになる。これを「偽装脱会」という。
家族は子や妻がもう統一協会をやめたものだと安心していると、より事態が深刻になって、大金を統一協会に多数回献金させられていることが判ったり、深入りして親が全く了解し難い合同結婚式に参加して文鮮明によって指名された見ず知らずの信者との結婚に突き進む事態になっていたりするため、家族関係により深刻な亀裂が生じることになる。

(2)どうして統一協会信者はこのような偽装脱会をするのか。これについて被告宮村は乙ハ第25号証の陳述書(その2)で「統一協会信者が嘘をつくわけ」として説明している。
 すなわち、第1に、信者になったことを家族に隠す(嘘をつき続ける)。家族がどんなに反対しても信者でいることを貫けるようになるまで、統―協会幹部らは、信者に統一協会とのかかわりを隠すように指導するのである。
 そして、第2に、家族との話し合いの場では、もう統一協会をやめると言って以降しばらくは統一協会とのかかわりを隠すのである。まさに偽装脱会である(乙ハ第25号証の2ないし6頁と19ないし21頁)。

(3)したがって、本件とのかかわりで重要であるのは、信者が偽装脱会するのは、原告が言うように監禁されている状況を逃れるためではないということである。原告ら信者は、やめたふりをして家族との話し合いを打ち切ろうとする。そのように統一協会も家族対策、反対牧師(反牧)対策で教え込んでいる(被告■<後藤徹氏の妹>調書1頁、OB調書18頁)。それは話し合いを続けていると脱会に至ることが多いので、話し合いを中断させることが統一協会としても信者を減らさず、また脱会した信者から違法に献金させた多額の金員の返還請求等を起こされる事態を防止できることになるので、組織上極めて重要な方針とされている。
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<被告■<後藤徹氏の妹>調書1頁の一部>

 本項において、被告宮村としては、原告が証人MK証言等を利用して、被告宮村は、同被告が承諾するまで信者をマンションから解放してはならないと指導していたかの如き主張をしているので、その点に焦点をあてつつ、原告主張の問題点を指摘する。

2.MK証言は信用性がないこと

(1)MK証言が虚偽であること

ア MKは、1998年5月に、元信者のAが呼びに来たので、原告がいたフラワーホーム8階の部屋を訪問したと述べた。MKは、「小さく合図のノックをして、そうすると後藤さんの家族が中から監禁のための施錠を解いて、私たちが中に入ります。それで、また後ろで施錠して、後藤さんを逃げられないようにします。」と述べている(MK調書16頁)。
 ところが、MKは、実際に施錠やそれを外す場面を見たわけではなく、施錠を外したんだろうと推測していると認めた(MK調書69頁)。しかも、部屋の配置等に鑑みると、MKに見えるはずがないのである(MK調書70-72頁参照)。
 さらに、すでに被告宮村が原告と話し合っているところに、MKらが行くのだから、仮りに外鍵か内鍵があったとしても、それは解錠してあるはずで、MKの証言は全く不自然、ありえないことである。
 しかも、MKは、被告宮村を先頭に部屋を出て行くについて(MKによると元信者3名とMKとAの計6人が出ることになる)、「まず、後藤さんの家族が施錠を取ります。開けます。私たちが出て、その後、また後ろでガチャガチャガチャガチャと監禁のための施錠をします。」と述べた(MK調書17頁)が、これもあり得ない嘘である。
 なお、MKの陳述書では原告の部屋に行ったのは1998年に入ってからと書いており、1998年5月頃に行ったとする法廷での証言と明らかに矛盾する。

 しかも、MKは陳述書には自分を呼びに来て、原告の804号室に連れて行ったのは、元信者としか書けず、誰だったか思い出せなかったのに、証言ではAだったと強弁した(MK調書59、60頁)。
 まして、MKが原告の部屋に滞在したのは、20分から30分だったという(MK調書64頁末行)。
 そして、MKは、「彼(宮村)が南京錠を付けて、そこに統一教会員を閉じ込めて脱会させるまで出さないように指導しているのは彼(宮村)なんです。」と決めつけるに至っては(MK調書18頁)へ統一協会や原告に加担するあまり、MK自身が知るはずもなく、また、事実あり得ないことを、被告宮村の責任に決めつけるため言い募っていることが明白である。

イ MKは、1990年夏から90年初めまでの6ヶ月間を「監禁」と誘導された(MK調書1頁)。
 ところが、MKは、この「監禁」を指導したと断言したK牧師やMFのもとを2011年末や2012年初め頃、自ら訪問して、本件訴訟への協力を要請するなどしている。そして、1回目の話合いは、2回目とちがっていたなどと訂正しているのである(MK51、52頁)。

ウ MKは自分が滞在していたフラワーホーム5階の部屋について、「水茎会が用意して、諸経費と家賃を水茎会に払っていたと(弟が)言っていました。」と述べた(MK調書8頁)。しかし、当然あるべきそれを裏付ける経理書類が全く提出されていない。
 両親が死去し、全てMMが承継しているのだから弟が言ったことが真実であるならば、それを裏付ける領収証等があって当然であるのに、これらの客観的証拠は全く提出されていない。被告宮村の責任にすることに急なあまり、裏付けもなくとにかく主張するという訴訟態度が露骨である。

エ MKは、弟であるMMが「私を威嚇して、ついには私の髪の毛をつかんで、後ろの壁に頭を叩きつけ始めました。」「宮村に厳命されているようで、一切彼らは自由に家に帰ることができなかったんですね。」と述べた(MK調書8頁)。
 仮りに、頭を壁に叩きつけた行為があったとしても、それは弟の非違行為であって、これまでも被告宮村の責任にする根拠は全くない。被告宮村の「厳命」なるものは存在しないし、そんな「厳命」に弟MMが従わねばならない理由はないのである。全くの想像で両親や弟MMの行動は全て被告宮村の指示によるものと決めつけて証言したMK証言の信用性がないことは明白である(MK調書32、33頁)。
 さらに、MKの父親は「被告宮村から何度か叱責を受けた」し、「父も何度か愚痴をこぼしたことがあります」という(調書2頁)が、そのような父親が被告宮村の指示に従うはずもないのである。

オ MKは、合同結婚式で入籍した韓国人男性との婚姻無効裁判を提起し、判決に基づいて解消した(乙ハ第40号証の1)。
 この手続についても、MKは離婚すると言ったのに、元信者が何度も言うので仕方なく婚姻無効の裁判を起こして紀藤正樹弁護士に委任したと述べた(MK調書18、19頁)。そして、被告宮村から「婚姻無効裁判が終わるまではだめだ(マンションから解放されない)と言われ、1998年9月に婚姻無効の判決が出て、ようやく解放されたと述べた(MK調書22頁)。
紀藤正樹弁護士
<自らの著書「マインド・コントロール (2時間でいまがわかる!) 」の表紙を飾る紀藤正樹弁護士
山口貴士弁護士、荻上守生弁護士のボス弁。MK氏はかつて、この紀藤弁護士のクライアントであったが、本訴訟では敵対関係となってしまった。>


 そもそも弟MMと2人で歩いて西央マンションに行ったMKが「解放」云々と言うこと自体矛盾している。しかも、1998年9月は、乙ハ第41、42号証のMK自らハングルで書いた陳述書のとおり、婚姻無効裁判を提起した時期である。乙ハ第40号証の1のとおり、この韓国人男性KKとの入籍は平成4(1992)年12月14日であるところ、婚姻無効判決の確定による「婚姻の記載消除」は平成11(1999)年6月16日となっている。このようにMKは自分が婚姻無効裁判を起こした時期に荻窪フラワーホームを出たのに、全く虚偽の証言をしているのである(MK調書40-42頁)。
 しかも、MKは仕方なく婚姻無効の裁判を起こしたというのに、自分の陳述書を自らハングル語への翻訳の手間をかけて、乙ハ第41号証を作成しているのである(同4 41、42頁、及び83、84頁)。

カ そもそもMKは証人採用が決まって次回法廷で証言するのに、被告ら代理人等に隠れて原告本人尋問を傍聴し、その極めて偏ぱな傍聴記をアメリカの信者にメールして、アメリカ統一協会のホームページに掲載させている。しかも、MKは、実際には被告■<後藤徹氏の妹>らによる食事制裁があったか否か知らないのに、あったことを前提とする報告をしたことを認めている(MK調書29頁)。さらに、MKは、SYと2人で、2011年秋、TYの静岡県の実家を突然訪問した(MK調書52、3頁)。さらに、MFや荻窪栄光教会の牧師であったK牧師を訪問して、この裁判への協力を求めたりしている(MK調書50、51頁)。また、MKは、AT牧師を再三訪問して、宮村を攻撃するための陳述書の案に署名押印をとりつけようとした。甲第155号証の2の40頁を見ると、MKが予め統一協会サイドで作成した書面を準備、持参して、AT牧師に署名押印を求めていることが判る。
 MMの陳述書(甲第43号証)も、まさに同様にMKが統一協会幹部らと協議して統一協会サイドで作成し、それにMMが署名押印したものであることが明らかになった。
 MMの陳述書がまさに統一協会の組織的意図のもとに作成された信用性のないものであることが明らかになったのである。
 さらに、このように多くの労力を費やしてMKが様々な人と会い、原告や統一協会のキャンペーンのための資料を集めようとしている事実は、MKの極めて露骨な立場性を明らかにするものであり、MK証言が、事実の証言ではなく、まさに組織的意図に基づいて被告宮村を攻撃するためになされた信用性のないものである事実を重く見なければならない。

キ MKは2011年秋頃、AT牧師と会って聞いたこととして、累々証言した(MK調書25-27頁)。
 ところが、その証言は乙ハ第52号証のAT牧師の陳述書の内容と著しく矛盾している。原告側がAT牧師との会話を録音した反訳書[甲第]。55号証の2)とも矛盾しており、MKが宮村を責めるのにあせって虚偽の証言をしたことが明白である。

 ・第1段階は新宿西教会で、第2段階は西央マンションなどの話は反訳書にはない
 ・父兄たちに「宮村の意に即した細かい指導をしていた」という話もない。
 「隔離して脱会するまで出さないというやり方」という断定もない
 ・「AT先生がもう脱会説得を降りようかと言った」という話もない。

ク このようにMKの証言はまさに統一協会の組織的目的に従って、被告宮村の法的責任を認めさせるために、敢えて虚偽の事実まで述べたてたものであることが明白である。

(2)MMの陳述書について
 原告は、被告宮村がMKと話し合いをした際の出来事について記載されたMMの陳述書(甲第43号証)を提出しており、同陳述書には、「姉は毎週日曜日に新宿西教会の礼拝に通うようになりましたが、荻窪フラワーホームから1人で自由に出られないことが不満だったようで、「なぜいつまでもここにこうしているのか」と言ってきました。
それに対し、誰も明確には返答できなかったように思います。姉の疑問がおさまらないため、一度、姉を連れて西央マンションに行きました。姉が宮村氏に「いつまでフラワーホームにいないといけないのですか?」と聞くと、宮村氏はまだ滞在するように言われ、結局姉も引き下がりました。」
と、MKが荻窪フラワーホームに滞在するか否かについての決定権限を被告宮村が持っていたかのように記載されている。
 しかし、このような事実は一切存在しない(被告宮村80頁)。そもそもMK及びMMら家族が被告宮村の指示に従わなければならない理由など一切なく、被告宮村の意向にかかわらず、フラワーホームから出て行こうと思えばいつでも出て行くことはできたのである。
 既に繰り返し述べてきていることであるが、話し合いをいつ、どこで、どのようにするのか、いつやめるのかについては話し合いをする家族が自ら判断するのであって、この判断に被告宮村が関与することはない。
被告宮村がMKがいつまで荻窪フラワーホームに滞在するかについて決定権限を持っていた等ということはあり得ない。
 したがって、MMの上記陳述書は明らかに不自然であり、信用できないものであることは明らかである。

3.OFの手記について

 原告は、被告宮村がOBと話し合いをしていた際の状況について、「親は何を知るべきか」に記載されたOFの手記(甲第24号証)には、OBが家族に対して「どうしたらここから出られるのかを、宮村さんに聞いてみたい。呼んでくれ。」と述べたと記載されている。しかし、被告宮村がOBの家族に対してマンションの外に出すか否かについて指示をした事実は存在しないし、このような発言が仮にあったとしてもこのことは被告宮村が家族に対してOBをマンションの外に出すか否かについて決定権限を有していたことを意味するものではない。

 そもそもOB自身も、当時、自身が監禁されていたわけではないことを認めている(OB調書73頁)。そして、OBは、マンションから外に出るか出ないかは家族で判断することであり、被告宮村か決められることではないことを認めている(OB調書23頁)。その上で、OBは、話し合いを続けたいと願う親の立場も理解しており、また、元信者の立場も良く理解している被告宮村なら、家族と話し合いを円滑に進めるためのアドバイスがもらえるのではないかと思い、被告宮村を呼んでほしいと述べたのである(OB調書23,73頁)。
 したがって、OBが被告宮村を呼んだことは、被告宮村がマンションの外に出るか否かについての決定権限を有していたことを意味するものでは全くない。

4.「親は何を知るべきか」と題する本(甲第24号証)について

 「親は何を知るべきか」と題する本(甲第24号証)において、被告宮村は、「本人がどれくらいマインド・コントロールされているか、つまり、マインド・コントロールの入口にいるのか、あるいは途中にいるのかは、カウンセリングにあたってとても重要なことです。当然のことながらカウンセリングは、初期であればあるほど、短期間ですみます。救出は、早ければ早いほどよいのです。かといって、中にいる期間が長ければ長いほどカウンセリングは困難になるかといったら、そうでもないのです。このあたりはちょっと微妙なところですが、それよりもっと大事なことは、それをあなたが判断することは、非常に危険だということです。後でまたふれますが、これはもう、豊富な経験をもつカウンセラーに頼るしかありません。」「カウンセリングの時間は、それはもうカウンセラーにまかせるしかありません。始まったら、解決するまであきらめずにがんばることです。」などと記載していることをもって、被告宮村が被告■<後藤徹氏の兄>らに対して自身に話し合いに関する決定を全て委ねるよう指示しているかのように主張する。

 しかし、これは原告による完全な曲解である。ここでいうカウンセリングとは、原告の主張するような拉致監禁して棄教を強要する行為のことではない。ここでいうカウンセリングとは、マンションで話し合うのか、それともカウンセラーのもとに通いながら話し合うのか方法の有無を問わず、専門的な知識を有する者と話し合いをすることを言っているのである(被告宮村65頁)。すでに繰り返し述べてきているとおり、被告宮村は、家族が統一協会信者とどのように話し合いをするかについては家族及び統一協会信者の判断に委ねており、これに関与することはない。しかし、どのような話し合いの方法をとるにしろマインド・コントロールが解けたのか否かは専門家にしか判断できないので、被告宮村は、マインド・コントロールが解けたか否かの判断については専門家であるカウンセラーに頼るべきでると述べているのである。

 このように被告宮村がマインド・コントロールが解けているのか否かの判断を自身に委ねるべきであると述べていることは、家族に統一協会信者の拉致監禁を指示していることとは全く異なるのであって、被告宮村に何らの問題もないことは明らかである。繰り返すが、被告宮村は拉致監禁をいつまで行うのかに白身に判断を委ねるべきであると述べているわけでは全くない。

親は何を知るべきか
<今やAmazonで中古品で\6,549の値がついてしまった「親は何を知るべきか」
おいてある図書館もありますのでお読みになりたければ、お近くの図書館をまず当たって見ましょう。>


5.小括

 以上のとおり、被告宮村か統一協会信者をいつ話し合いの場から外に出すかについて決定権限を有しているなどということは全くない。原告は、MK証言やMM陳述書、OFの手記、「親は何を知るべきか」の記載等から被告宮村が決定権限を有していると主張するが、いずれの主張も事実と異なるか、事実を曲解したものである。
 したがって、被告宮村が、本件についても、原告をいつ荻窪フラワーホームから外に出すかについて決定権限を有していなかったことは明らかである。




次回はいよいよ最終回です。
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2014-01-18(Sat)
 

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話し合いを打ち切る 

①<原告ら信者は、やめたふりをして家族との話し合いを打ち切ろうとする>
②<後藤徹氏が「氏族メシア」活動のために、話し合いの場に居座り続けた>

おっしゃる通り、①と②は完全に矛盾していますね。
偽装脱会した徹さんは話し合いを打ち切ろうとしたわけなのに、それでもその一室に居座り続けた…。
自由に出入りできるマンションであるなら、100%あり得ない話だ。
完璧に矛盾している。


<美山きよみ及びMMら家族が被告宮村の指示に従わなければならない理由など一切なく、被告宮村の意向にかかわらず、フラワーホームから出て行こうと思えばいつでも出て行くことはできたのである>

「出て行こうと思えばいつでも出て行くことはできた」…。
いくら強調されても、虚しく聞こえますね。

拉致監禁絡みの裁判で、出て行こうと思って、自由に出て行った信者が果たして1人でもいたか…。
両親が寝ているスキに、ベランダから電柱をつたって「出て行った」という話はあるけど…。

最終準備書面で矛盾がより鮮明になりましたね。憐れ~。
2014-01-20 08:40 | みんな | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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