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松永牧師最終準備書面②ーこの訴訟は統一教会の政策的訴訟

松永牧師の最終準備書面の続き②を公開致します。

前回の①では、「原告は拉致監禁などされてなく、原告を心配した家族が話し合いをもったこと。」「その話し合いの前に、心構えついては話しはしたが、話し合いの具体的計画には全く加担していないこと。」「あくまで、話し合いを望む家族に依頼されて教義等の話しに行っただけのこと。」「話し合いをいつ終えるかの判断は家族が行うこと。」「偽装脱会していたことはわからなかった。」ということを主張されていました。

今回の②では、原告側から提出されたビデオ、証拠書類の反論から始まり、宮村氏との共謀の否定、この裁判は拉致監禁キャンペーンの拡大にすぎないとまで語ってらっしゃいます。

松永牧師は、甲98の3(原告側が拉致監禁マニュアルとして提出)は、「原対協で聞いた話しのメモにすぎない」「賛成しかねる意見も多くあるので、これをマニュアルとして利用したことはない」と言い切っており、1頁ずつ丁寧に、「原対協でこういう質問があって、こういう意見があったので、メモをした。自分の意見ではなく、参加した人の意見である。」と説明しております。
また、ビデオや甲98の3をはじめとした書類等は、使用せずに段ボールにしまっておいたものを盗まれたと再度主張してらっしゃいます。


果たして、裁判官はどう判断されるのでしょうか?皆さんも裁判官の気持ちになって、じっくりとお読みください。

映像6



(4)拉致監禁マニュアルなど存在しないこと
 
 原告は、甲98の3の被告松永のメモを「拉致監禁のマニュアル」と決めつけ、このメモが作成された原対協の会議が、拉致監禁を組織的に行うためものであったとして、これら甲98の3他の書証が、被告松永による拉致監禁の主導があったものであることを裏付けると主張する。
 しかし、被告■<後藤徹氏の兄>らは勉強会でこれらのビデオや書証をみていないとはっきりと供述しているし(被告■<後藤徹氏の兄>15回調書45頁、被告■<後藤徹氏の兄嫁>調書3頁、31頁、被告■<後藤徹氏の妹>調書31頁)、被告松永が、被告■<後藤徹氏の兄>らに対して、拉致監禁の指導など行っておらず、また統括もしていないことは、上述のとおりでありすでに明らかであるが、原告は、甲98の3他の書証の作成経緯や内容についても事実と異なる主張をしていることから念のため敷衍しておく。

 原対協について
 原対協とは「原理運動対策キリスト者連絡協議会」の略称であり、荻窪栄光教会の森山諭牧師を中心として、統一協会問題に取り組む全国のキリスト者始め、被害者の会メンバーなどに出席を呼びかけて開かれた会合である。
 かかる会は、その頃、統一協会に入った子どもが音信不通になって困った親が、右翼団体に金を払ったり、強引な方法で子どもを統一協会から連れ戻すといった事態が生じたが、それでは何の解決にもならないことから、そういった情報も含め、統一協会問題に取り組む者同士の間で意見交換を行う目的で開催された(被告松永調書16頁以下)。
 しかし、原告はかかる原対協について組織的に拉致監禁を行うための、拉致監禁方法をレクチャーするための会合であると主張するが、下記のとおり、証拠がない。

森山牧師

 甲98の3
(a)甲98の3は、原対協の9月3日の準備会や、10月16日の発足会、その後の会合に出席した際に、家族の話し合いに関与した多くの参加者が話した体験や意見を被告松永が個人的にメモしたものである。
 原告は、準備書面(11)で、「荻窪栄光教会では当時、統一教会信者を拉致監禁、脱会強要するための具体的な方法が被告宮村等によって定型化され、マニュアルに基づいて拉致監禁、脱会強要活動が反復継続して行われていたものであるが、発足会においては、同マニュアルの内容が発表された。甲98の3は、同マニュアルの内容を被告松永が手書きで書き取ったメモである」と主張しているが(3頁)、そのようなマニュアルは存在しない。
また、それを被告松永が手書で書き取り、新津教会に持ち帰り、これに基づいて拉致監禁・脱会強要活動にあたったという事実もない。
 さらに原告は、原告準備書面(11)で、「この内容は、細かな点に違いがあるものの、甲58の1の40頁に「『原対協』の改宗マニュアル」と題して掲載されているものとほぼ同一内容である」と主張するが、前述したように、これは被告松永が個人的に作成したメモ(甲98の3)を、統一協会の指示を受けた偽装脱会者が新津教会から盗み出して全貌社に渡し、「ゼンボウ」が統一協会の意を受けて「『原対協』の改宗マニュアル」というタイトルを付けたに過ぎないものである、
(b)原告はかかるメモと、HC<拉致監禁された妊婦の妹>ノート(甲44)や原告主張にかかる本件話し合いの経緯を照らし合わせて、あたかも類似点があり、かかるメモがマニュアルであって、被告松永や被告宮村がこのマニュアルをもとに活動しているかのように指摘する。
 しかし、原告による引用及び趣旨説明は、実際作成した被告松永が記載した趣旨とは異なっている。そこで、以下、甲98の3の記載の趣旨について敷衍する。

①1枚目「子の救出に関して」の記載のうち、「1.本人の願うことをしていくならば必ず出てくる」という記載は、ある先輩牧師の意見をメモしたものである。
 統一協会信者と家族は、殆ど自由に会って話し合ことができない環境にあり、とくに献身者は実家を出てホームで共同生活をし、朝から晩まで統一協会のための活動に従事している。
住む場所も、活動している場所も家族から切り離され、居住先を家族に隠すように指示されているため、家族と自由に話をする機会は殆どない。そのような彼らと話し合う機会をどのようにして作るのかということが、家族にとって最初に突き当たる問題である。
 しかし、統一協会について理解し、信者が統一教会の指示に従って行動していることを知るならば、必ず信者であるわが子と出会うことができるということが参加者の意見として出され、被告松永はそのことを記載したものである。原告が主張しているように「共同生活をしている信者をいかにして家におびき寄せるか」ということを書いたものではない。
 
 「2.家か、親戚の家で一論争してひとあばれさせる」というのは、統一協会による反対父母対策のために、自宅で話し合っても信者は逃げようとして暴れる、そのような時にどうしたらといか。という質問に対し、参加者からある信者家族の体験談が語られた内容をメモしたものである。
話し合いのために家に戻った信者は自宅で暴れて、どうすることもできなかったが、ひと騒動が終わって落ち着いたら、本人が場所を移して話し合うことを了解してくれたという話であった。原告準備書面(11)で言うように、信者にひと暴れさせて逃げられないということを自覚させるというのでなく、あくまでも信者であるわが子と家族親戚が真剣に話し合った結果についての体験談として報告されたものであった。
 「逃げられないという自覚をさせる。そのためには6人位の大人が必要」というのは、信者が自分の活動を家族から埋解してもらうには、家族との話し合いから逃げるのではなく、お互いにきちんと向かい合って話し合いをしなければならないことに気づいてもらうことが大事であり、そのためには、それ位大勢の大人が心配してこの場に来ていることを本人に知ってもらうことが必要であるいう発言をもとに記載したものである。
 「その時電話をさせない。電話のない部屋で話し合う」というのは、信者との話し合いをじっくり時間をかけて行うようにするため、信者がその場で統一協会に電話連絡をしないように要請するというものであり、そのためには、信者に親の真剣さを伝えることが重要であるという意見をもとに記載したものである。

甲98-3①
<甲98-3の1枚目>

② 2枚目「車に乗せる前の話し合い」の記載は、参加者から、自宅で信者である子どもと話し合っていたら、統一協会の信者が数人やってきて自宅の周りを見張り始めたため、家族はわが子と話し合いを続けることができず、話し合いを中止せざるを得なくなったが、このような場合、どうしたらよいか、という質問が出た際の意見をメモしたものである。
 その質問に対して参加者の一人からは、「まず、信者は統一協会で反対対策の教育を受けているので、家族としては何よりも電話に気をつけるべきだ」という意見が出た。
統一協会の指示に従って逃げ帰った人の体験談も紹介された。自宅で話し合っていた際に、「トイレに行く」と言って、トイレの小窓から逃げて行ったということで、トイレの小窓についても気をつけなければならないという発言も出た。
 また、自宅で十分信者と話し合おうとしても、信者が自宅に戻ってから1時間経過すれば、統一協会が自宅に連絡を入れるなど動き出すので、さらに話し合いを続けるには、1時間をめどに静かに話し合うことができる場所に移動することが必要だが、その場合も、家族として統一協会の活動には納得できない点があり、もう少し時間をかけて話し合う必要があることを説明し、信者本人の了解を得ることが大事であり、家族がこの点を無視しては話し合いに入れないということを伝えるべきだという発言もあった。
 一方、統一協会の信者は「報連相(報告・連絡・相談)」が徹底しているので、信者が話し合いの途中で統一協会に電話を入れると、統一協会から、「話し合いにのらずに、聞いたふりをして逃げて来なさい」と言われたことがあったという体験談も出されたが、そのケースでは、最後まであきらめずに話し合うことの必要性が説かれていた。

甲98-3②
<甲98-3の2枚目>

③ 3枚目「家族との話し合い」の記載は、家族は統一協会の実態について、書籍や雑誌を読み、さらに元信者の体験談を聞いて、だんだん正しい情報を得ていく。
今まで子どもから聞いていたことが殆どウソに近いことに気づき、心が苦しくなる。時間をかけて学び、多くの体験談を聞いた家族は少しずつ落ち着いて話し合いに臨む。しかし、焦って理解が不十分の場合は、家族は何を話したらよいか分からなくなる。1晩ないし2晩じっくりと時間をかけて信者と家族が話し合うことが大事ではないか、という意見が出されたことに関連して、そのような場合に家族をどのようにサポートしたらよいのか、という質問が出た際に、参加者から出た意見をもとに家族が信者と語し合いをする項目のいくつかをメモ にしたものである。
 ある参加者からは、わが子が統一協会に入って活動していたことについて、家族がどのような点を心配していたかを率直に伝え、心配に思っていた点を具体的に尋ねることが必要だという発言があった。また、統一協会に入教した動機や活動内容、将来のこと、また統一協会の活動が正しいと言える理由を尋ねることが大事だという発言もあった。

甲98-3③
<甲98-3の3枚目>

④ 4枚目「両親に対して」の記載は、両親といっても様々な考えの方々がいて、対応が難しいという質問に対し、とくに話し合いの最中にわが子が外出したいと希望した場合の両親の対応について、ある参加者の意見をメモにまとめたものである。
 この発言の前後に、ある参加者から体験談が語られた。何回か子どもに騙された経験のある親から、本人のいる前でもう外に出てもいいですかと聞かれ、自分には相談者の子どもの自由を拘束する権限は全くないので、いいですよと答えた。その結果、また両親は騙され、子どもは行方不明になった。そして両親は、非常に落ち込んでしまったという体験談である。
 この体験談について参加者から色々な意見が出た。ある先輩牧師は、両親が信者であるわが子に騙されないようにするためには誰かに相談することである。それが協力者である元信者などの説得者の場合もある。なによりも親や協力者がよく相談して判断することが大事だということを強調していた。
 しかし、親がわが子の意見を尊重して誠実に対応しようとすればするほど、その誠実さを利用しようとする統一協会の反対対策の前に、親の努力が無力になってしまうことも否定できない。「両親に対して」の記載はそのような込み入った質問が出された文脈の中で出た意見をメモにまとめたものである。
 「1、説得者の許可なく外出はしない」という記載のうち、「許可」という言葉は、親が支援者や協力者とよく相談するという趣旨である。説得者という言葉は、当時、原対協の参加者の中には、元信者やその家族、牧師など、信者や家族が話し合いをする際の支援者や協力者、カウンセラーを「説得者」と呼んでいた人もいたので、被告松永もその発言者の言葉どおり「説得者」と記載した。
 原告は、準備書面(11)で、「被告松永、同宮村のような『説得者』の許可がなければ両親でさえ外出してはならないとの意味である」と主張しているが、そのような事実はない。この記載は、原対協の参加者の個人的な意見のひとつに過ぎず、被告松永の個人的見解ではない。
信者と家族が話し合いをする際の支援者や協力者、カウンセラーに外出を許可するかどうかの権限がないことは当然である。
 
 「5.最初の1週間位は4人を準備する」という記載についても、原対協の参加者の体験談を被告松永がメモにまとめたものであり、原対協や被告松永の見解ではない。
 「6.外出する時があったら二人以上で、本人の前には歩かない」という記載は、ある家族が話し終えた信者と買い物に出かけたところ、信者がトイレに行くと言って行方不明になったが、このような場合、どうしたらよいか、という質問に対する回答として参加者の一人から出された意見を被告松永がメモしたものである。

甲98-3④
甲98-3 4-5,6
<甲98-3の4枚目>

⑤ 5枚目「説得中」の記載の「説得中」とは、家族の話し合い中という意味である。 

ここで、国語のお勉強~
説得(英: persuasion, suasion)とは社会的影響(social influence, ソーシャル・インフルエンス)の一種であり、合理的かつ象徴・記号的であり時には論理的とは限らない手段を利用して、ある考え、態度(英語版)、または行動を相手にさせる目的の行為、または別の誰かを差し向ける過程、プロセスである。説得術は議論などを行ううえで相手を納得させるために必要な手法であり、様々なものが存在する。
「説得する」は"persuade"の訳語であり、相手を言い包(くる)めるという意味を含めて「説き伏せる」などという場合がある。
<ウィキペディアより>



「1、外部との関係をシャットアウトする」という記載も原対協の参加者の発言内容を被告松永がメモしたものである。信者と家族が自宅で話し合っていた時にクラクションが聞こえ、これがきっかけで話し合いが中断し、その後なかなか話し合いが進まなくなった。多分、クラクションは、仲間(信者)が近くにいるという合図に違いないと思った。じっくりと話し合うには、どうしても静かな場が必要だという意見をもとに「外部との関係をシャットアウトする」と記載したものである。
 「絶対に逃げられないのだという意識がない限り、聞こうとはしない」という記載は、参加者から、信者が家族との話し合いから逃げたのでは決して解決しない、家族も仕事を犠牲にしたり、時間を犠牲にして話し合いに臨んでいるのだから、双方に真剣さが見えないと話し合いが進まないという趣旨の発言等をもとにして被告松永がメモしたものであり、物理的に逃げられないという意味での発言ではない。
 原告は、準備書面(11)で、「24時間・・・誰かが起きていること」の記載について、「信者本人を厳重に監禁すべきことが指導されている」と主張しているが(4頁)、事実ではない。この記載のもとになった参加者の発言の趣旨は、親も含めて誰かが信者本人と24時間一緒にいて愛情を持って熱心に語りかけ、原理の教えのなかに逃げ込もうとする子どもに、話し合いの内容から逃げないで欲しいと訴えることが大事だというものである。

甲98-3 5-1,2
甲98-3 5-3,4
<甲98-3の5枚目>

⑥ 6枚目「判定基準」の記載について、原告は準備書面(11)で、「他の信者に対する拉致監禁、脱会強要に加担する意志があることが外出を許されるための判定基準とされている」と主張しているが(5頁)、これは、信者と家族の話し合いの結果、本人は本当に脱会したので、基本的に統一協会に戻ってしまうことはないと家族が判断できるにはどうしたらよいか、という質問に対して、参加者から出された意見を被告松永がメモしたものであり、この基準はあくまでもその参加者個人の考えに過ぎない。
 原告は、準備書面(11)で、「『説得者』が行う違法な拉致監禁、強制棄教に協力する姿勢を示さない限り、脱会したとの判定は下されず、監禁が継統するのである」と主張しているが、そのような事実はない。信者や家族の支援者や協力者、カウンセラーは、統一協会問題で困り果てた家族の相談に乗り、信者と家族の話し合いに参加しているのであり、拉致監禁、強制棄教を行ったことは全くない。

甲98-3⑥

⑦ 7枚目の図は、信者と家族との話し合いはどのようになされているのかという参加者からの質問に対して、ある参加者から、大まかにこのような流れでなされるという意見が出された際に示されたものである。

甲98-3⑦
<甲98-3の7枚目>

(C)甲98の3が本訴訟に提出された経緯
① 甲98の3は、甲95ないし甲100甲102甲101の1のビデオなどとともに、被告松永が新津教会に保管していたものを、統一協会の指示を受けた偽装脱会信者が新津教会から盗み出し、統一協会がそれを入手したものである。
 このことは、元信者のMK<朱光会が関わり、自宅に帰された人>の陳述書に、「私は偽装脱会をした1987年10月下句ころには、自宅から新津教会にリハビリと称して通っていました。私が、そうやって統一協会を実際には脱会もしていないし、リハビリするつもりもないのに、新津教会に通うことにしたのは、T部長の指示によるものでした。その時、教会に泊まり込んだひとりで信仰歴の長いTさん(括弧内は略)から、被告松永牧師の書類を、牧師の留守の時を狙って書庫から盗んでT部長に流していたと直接本人から聞きました」と記載されていることや(乙口18・4頁)、「私たち偽装脱会者は、リハビリと称して新津教会に通いつつ、1987年11月ころからは本格的に統一協会に復帰する準備を始め、新潟市の「コーポアイリス」と言うマンションの一室に集まって統一協会のビデオを見たり、T部長らアベルらと会って話したりしていました。その時に、TさんはT部長に対し、自分が新津救会から盗み出した資料について「ゼンボウ」から取材を受けたことを話していました。Tさんは、T部長に、その取材は非常に怖かったと言っていました」と記載されていることからも明らかである(同・4頁)。

② T部長とは、統一協会関東ブロックの対策部長であり、Tらのアベル的な立場にあり、統一協会の信者であるTの行動はアベルの指示によるものとと考えるの自然である(MKの陳述書(2)・乙ロ20・7頁参照)。
しかも、これらの文書の多くが雑誌「ゼンボウ」に掲載された「統一教会員を拉致監禁する″改宗・棄教屋″グループの正体」という記事に引用されていることからすれば(甲58の1参照)、統一協会は、当時、統一協会信者の家族の相談に乗ったり、信者と家族の話し合いに参加していた「原理運動(統一協会)対策キリスト者全国連絡協議会」(以下「原対協」という)関係者や被告松永の活動を妨害するために、組織ぐるみでTら偽装脱会者を使ってこれらの文書を新津教会から盗ませ、それを全貌社に渡して取材させ、「ゼンボウ」誌上で原対協関係者や被告松永を誹膀中傷したことは明らかである。

③ しかも、原告はこれらの「資料」を統一協会の法務部から入手し(原告調書164頁)、「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」(代表・後藤徹)の名前入りで「統一協会信者の拉致監禁・強制改宗に長年関与してきた被告松永堡智牧師による『拉致監禁指導ビデオ』と手書きの『拉致監禁マニュアル』が見つかりました」と書かれたビラ(乙ハ第27)を被告関係者の居住地をはじめ全国各地にばらまき、インターネットを通じて拉致監禁に関する「指導ビデオ」や「マニュアル」が見つかったというキャンペーンを組織的に大々的に流している。
 このことは、統一協会と原告が一体となって本件訴訟「報告」に藉口して日頃から統一協会信者や家族の相談に乗っている被告松永を誹誇中傷し、被告松永から統一協会信者や家族を引き離そうと画策していることを物語るものである。

それで,このビデオはどういうふうにしてあなたは存在を確認したんですか。

統一教会の関係者から知らされました。


統一教会の誰ですか。

関係者です。


関係者はいいけれども,何という人ですか,統一教会の。

法務部の方ですね。


<後藤徹氏反対尋問(中村弁護士)一部>
中村周而弁護士
<中村弁護士が顔真っ赤にして、尋問していたのは印象的でした。>

(d)以上のとおり、甲98の3は、被告松永のメモに過ぎないもの、を統一協会がこれを勝手にマニュアルと称して自らのキャンペーンに利用しているだけでなく、本件裁判においても、被告松永が原告に対する拉致監禁を指導・統括したと認めるに足りる証拠が全くないことから、苦し紛れに提出したものである。
被告松永は、メモを作成したものの「賛成できる部分と賛成できない部分があり」その基準は、「信者の意思を大事にする」かどうかである、と述べている(被告松永調書25頁)。
結局、かかるメモは利用されないまま、段ボールにいれてしまわれていたのである。したがって、かかるメモがあったからといって、被告松永が家族に対し原告の拉致監禁を指導したり統括していることの証拠とはならない。

imageCA38ZE06.jpg
<段ボールにしまって使ってなく、誰にも見せてない書類を、偽装脱会中の統一教会信者はどうやって見つけて盗み出したのだろうか?>

なお、甲100に関しては「Tよう」と記載されており、これは、これらの甲98の3を初めとする書類を盗み出して統一協会に流した信者が、偽装脱会中にやはり元信者として、新津福音教会での会合に参加した際に配布されたレジュメを自分用に所持していたものであり、被告松永の元から盗み出した書類ではない可能性が高い。
甲100
<甲100>

先ほどのMさんの話だと,持ち出した資料,ビデオとかその他の資料,87年10月頃だと思われるんだけども,甲100号証,これは88年4月17日に作ってるものなんだけど,おかしいよね,87年に持ち出したやつに何で88年のものが含まれてるんですか。

ちょっと意味が分かりません。


<中略>
4月17日とあるんだけど,これは新津地区原対協ですから,ということは,もともとの原対協の発足が87年9月ぐらいだったかな,87年でしょう。新津の原対協だからその後。 したがって,これは88年4月17日と,曜日を見ると,どうもそれは88年と思われるんだけど,そうすると,盗み出そうにも87年10月にこれはないよね。

それとどう関係あるんですか。


ないものを盗み出したんですか。

いえ。


Mさん<前出の被告松永に説得を受けた元信者>が盗み出したと言ってるんだから。でも違うでしょう,これ。

いえ,そういう意味じやないでしょう。もうちょっと時系列に考えてください。


<松永牧師反対尋問一部>
<甲100は盗まれた物でない、とここで言っているのは、尋問で日付指摘があったからか?>

 甲101及び甲98の1について
(ア)また、原告は甲101のビデオも、被告松永が「原対協」の会合を受けて、拉致監禁を主導したことの証拠であると主張する。
 しかし、甲101のビデオは、信者の家族が信者であるわが子と話し合い、信者の身の安全を確保し、乱暴な扱いをすることなく、ましてや右翼団体にお金を払って解決するようなことを避けるには、家族が統一協会の実態を正しく知る必要があり、それをどのように伝えるかについて被告松永自身も苦心し、個人的にかつ試験的に作成したものである。そして、かかるビデオは、原告がいわゆる「拉致監禁マニュアル」とする甲98ではなく、被告松永がこのビデオのレジュメとして作成した甲98の1と同じ順番で進行している。
 したがって、甲98の1も甲101も、原対協とは全く関係ない。

(イ)以下、ビデオの内容(甲101の3)を補足的に説明する。
 (a) 12頁下から3行目「そこで免疫講義を受けていますから」と述べているが、免疫講座とは統一協会が行っている「反対牧師対策講座」とか「反対父母対策講座」のことである。「親に保護された場合」とは、自宅で信者である子どもと家族が話し合いをする場合という意味である。自宅での話し合いの時に何が起こるか、それに対してどのように対応したらよいかについて、13頁の第1以下で説明している。
 第1の「電話をする」というのは、信者は統一協会に電話をかけるように指示されている。もし電話をされれば話し合いはできなくなる。電話が部屋にあるだけでも信者は落ち着かない。そこで、話し合いに集中できるようにするため電話を置かないのが自然であることを説明したものである。
 第2の「逃げます」というのは、信者は統一協会から「牧師と話すな。逃げて来い」と免疫講座で教えられており、家族と話し合いをするよりも逃げようとする意識が強い。そのため、家族は子どもに対して話し合いの場に臨むように熱心に勧めるが、子どもは話し合いから逃げようとし、自分の都合が悪くなると話し合いの場からも逃げようとする。そこで自宅で十分話し合うことが何よりも大切であることを説明したものである。
 なお、13頁の8行目以下の「ドア」や「窓」は、トイレのドアや窓のことである。原告は準備書面(11)で、「玄関ドア」にすり替えようとしているが(13頁2行目)、玄関ドアのことではない。トイレのドアと書いたのは、都合が悪くなった信者が、トイレにたてこもって出て来ないということを説明したものである。

甲101-3
<甲101の3 13頁一部>

被告らは3カ所のマンションの部屋の玄関ドアに設置された南京錠等の施錠について,一部を除き否定するが,被告松永が父兄を教育する際には,「ドアなんて鍵をかけちゃえば終わりなんですよね」などと述べ,玄関ドアよりもむしろ窓からの脱出が手薄になりがちなことを説いており(甲101号証の1及び3),玄関ドアを内側から開閉できないように施錠すべきことは,被告松永らが統一教会信者に対する脱会説得を行うに際しては,敢えて指導するまでもないほどの当然の前提となっているのである。


<後藤徹氏準備書面(11)一部>
 
 第4の「救出隊」というのは、被告松永の体験では、1985年当時でも4~5人の統一協会信者が「救出隊」を構成し、家族と話し合っている家の周りを「○○ちゃん頑張れ」とか「断食しろ」とか叫びながら家族の話し合いを妨害していた。87年頃も家族が信者と話し合った翌日には救出隊がやって来たり、深夜に30人位で押しかけることも珍しくなかった。
 ある家族の場合、信者が親戚の家で話し合いをした後、統一協会の活動の間違いに気づいて翌日自宅に戻ったところ、すでに信者数人が自宅を取り巻いていた。自宅のドアを開けさせようとして郵便局員を装い、「速達です」などと言って玄関のドアを開けさせようとしたり、留守中の家に忍び込まれたりした例もあり、そのような報告が父兄からも出ていた。
 そして、当時脱会した元信者が、その後、統一協会内部で指示されていたことを話すようになって判明したのが、統一協会が信者の「救出」ができるようにするために行っている3つの指示である。
第1が「自宅の地図」を用意しておくことであり、第2が逃げるための「逃走資金」を隠し持っていることである。ある信者は、腹に巻いていたストッキングを解き、そこから1万円札を取り出して逃げるための逃走資金であると家族に説明した。さらに第3に「救出願い」を書くよう統一協会から指示されていることである。信者が家族と話し合うのに、あらかじめ「救出願い」を書くよう指示するに至っては、あまりにも反対対策が過ぎていると言わざるを得ない。
被告松永は、信者と家族の話し合いに際して、家族が統一協会の信仰や活動を理解し、問題点を整理しておく必要があると考え、そのためのビデオを作ることにした。

(b)結局、ビデオは使用していないこと
 被告松永は、ビデオを作成した後、内容について元信者や、被告松永の同僚である本間進牧師や森山諭牧師に意見を聞いたところ、このままではカウンセラーの領域を超えていて、無用の誤解を招きかねないのではないかという意見があったためビデオを使用しないことにした。
 その後、統一協会の実態については元信者が体験に基づいてビデオを作ることにした。元信者の有志は、自らの体験をもとに、「統一協会の実態」、「統一協会の価値観」、「万物復帰の教え」、「統一協会の対策の実態」のビデオを作成した。
 このように、甲101の1のビデオは、あくまでも被告松永が試験的に作ったものであり、貸し出したこともなく、被告松永のところに相談に来た人にも見せたこともない。
 被告■<後藤徹氏の兄>らもかかるビデオを見たことがない、と述べており(被告■<後藤徹氏の兄>15回調書45頁、被告■<後藤徹氏の兄嫁>調書31頁、被告■<後藤徹氏の妹>調書31頁)、かかるビデオは被告松永が拉致監禁を指示し、統括したという証拠にはならない。

 甲102及び甲49の4について
 さらに、原告は甲102甲49の4を根拠に、被告松永が信者家族に対し、個別に拉致監禁の指示・指導を行っていたと主張する。
 しかし、甲102は、被告松永が他の父兄から聞いた内容を、相談に来た信者家族に説明したときに作成したメモであって、決して計画書などではない。
 甲102の時間の記載についても、すでに話し合いを終えた家族の話し合いの経緯について、被告松永が他の家族に説明するにあたって記載したものである。

甲102 連絡時間
<甲102の1枚目 一部>
 
 即ち、被告松永が、ある家族(被告松永が甲102を作成した時点では、すでに話し合いを終えていた家族)に対し、もしも自分に話し合いに来て欲しいなどの連絡をする場合の時間帯について説明したのを、別の家族に説明したものであり、計画書ではない。
原告らのいうように被告松永が主導して家族のために作成した計画書であれば、家族が所持しているはずであるが、これは被告松永のもとから持ち出された書類の一つである。すなわち被告松永が保管していたものであり、この点からも計画書などではないことは明らかである。
 また、甲49の4も、HY<拉致監禁された妊婦HYuの母>が被告松永に対して語った考え等を被告松永がメモしたものである。
 甲102も甲49の4どちらも体裁上も走り書きのメモに過ぎず、計画書などといえるようなものではない。

 他の信者の陳述書及び上申書等について
 原告は、YT、川嶋英雄、AS<松永牧師により説得を受けた現役教会員>、SK<AS実父>、小出浩久、HYu<拉致監禁された妊婦>、HY<HYuの母>、HM<HYuの姉>らの陳述書を根拠として、被告松永が原告以外の統一協会信者について家族を主導して拉致監禁をしたと主張する。
しかし、前述のとおり、これらの陳述書を提出しでいるのは、統一協会信者や、SKまたはHYのように、統一協会信者の子どもに現在面倒を見てもらっている高齢の親である。

解説:H家について
HYu:妊娠中でありながら監禁、説得を受けた。H家次女。
HM:H家長女。統一教会員。
HC:H家三女。被告側から陳述書提出。松永牧師の勉強会参加時の講義ノートが原告側から提出されている。
HY:H家の母。娘を統一教会から脱会させようと、松永牧師に相談し、HYuを拉致監禁したが、現在後悔しており、原告側より陳述書提出。甲105の1は、長女HMの質問に答える形のDVD。



 信者ではないSK<統一教会員の娘ASを拉致監禁した父親>については、先に述べた<松永牧師最終準備書面①第2(2)エ参照>とおりであるが、HYにしても、同様である。すなわち、HYは、その陳述書の作成経緯に関し、HMが録画したDVDが提出されているが(甲105の1)、かかるDVDは、高齢で非常に頼りない印象を受けるHYが、統一協会信者であり、現在同居して面倒をみてもらっている長女HMに誘導されて、ほぼHMの言葉を繰り返しているだけのものであり、むしろ、HYの陳述書が、本人の記憶と意思によって作成されたものではなく、HMに誘導されてHMのいいなりに作成されたことが推認出来るような内容であり、かかる陳述害やDVDは信用性に欠ける。

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 また、その他の本裁判以前に裁判所等あてに提出された統一協会信者作成の上申書も、全て、ほぼ同じ内容である。明確な根拠もないのに、伝聞で、共産主義者と連携した被告松永が、「おそらくは」両親を唆したに違いない、という、統一協会信者によるステレオタイプな推測が述べられているに過ぎない。
原告は、これらの上申書等が、本裁判以前に作成されたものであることを強調するが、それがかえって、以前から、統一協会が信者に対して、全く同じ内容の反牧対策をすり込んでおり、何をみても、何を聞いても、信者らは、統一協会に教えられたとおり、親は反牧に唆されている、反牧に唆された親は拉致監禁をする、親は反牧に大金を支払わされている、反牧は自分たちを強制棄教させようとしており、何をいっても一方的に罵倒され批判されていると感じ、反牧は、家族のためではなく自分の利益のためにやっている、脱会したかどうか踏み絵を踏まされる、反牧は組織的にやっている、そして大抵は共産主義者が絡んでいる、と思い込むようになっていることを証明しているようなものである、
 どの上申書も、例外なく、親ではなく背後の反牧が全てを牛耳っていると主張するものの、根拠が全く明らかになっておらず、結局は、自分が体験した事実であっても、統一協会で教え込まれたとおりに解釈した内容をそのまま書き記したものに過ぎず、客観性、信用性に欠ける。
 むしろ、こういった反牧対策が、より一層家族間の真剣な話し合いを阻んでおり、統一協会が、家族の絆をさいている証というべきである。

(5)小括 

以上のとおり、被告松永は、本件において、■<後藤徹氏の父>らの相談を受けて、勉強会において「心の対応」について話しをし、また、原告の承諾を得て、教理について話し合いをしただけである。
 家族と原告が東京から新潟へ移動するにあたって一切関与していないし、また、新潟のマンションにおいて監禁されている状況ではないなかで、原告と、教理について話し合いをしたに過ぎず、罵倒はおろか、強制棄教など一切していない。これらの事実は証拠上明らかである。
一方で、原告の主張には、原告の供述以外全く根拠がない。かかる原告の供述もまた、原告が自ら体験した事実を客観的にありのままに主張しているのではなく、統一協会の指示に従って、統一協会の主張にそうよう、これを歪曲し、また推認によってねじ曲げて、事実とは異なる主張を行っていることは明らかである。


第3 被告宮村と共謀していないこと
 
 原告は、本件において、いつ何をどのように共謀したというのか、その具体的事実を全く明らかにしていないものの、被告松永と被告宮村が共謀関係にあった旨主張する。しかし、被告松永は、家族の依頼で原告と話し合うにあたり、事前に被告宮村と連絡をとったことはないし、新潟での話し合いを終えた後も、原告との話し合いについて被告宮村と連絡を取り合ったことはない。

1 本件の発端

 原告との話し合いを被告松永が引き受けた発端は、前述のとおり■<後藤徹氏の父>から相談されたためである、後藤家が被告松永に依頼しようとしたのは、被告■<後藤徹氏の兄嫁>の伝手などであって、被告宮村は関係ない。
 ■<後藤徹氏の父>らが相談にきたとき、被告松永は、被告宮村に内緒で来ている雰囲気であったと感じたこともあり、相談者から依頼されないのに自ら前のカウンセラーに連絡を取ったりすることはしない。

2 その後の被告宮村との間の連絡
 
 その後、被告松永と被告宮村が本件で話をしたのは、■<後藤徹氏の父>死亡後に、たまたま被告宮村から電話があり、このとき初めて宮村が、新潟で話し合いをしていることを知ったため、原告が脱会して手記を書いた事実を話した(被告松永調書8頁)。
 さらに、1998年春頃、被告松永がたまたま東京へ行って、被告宮村と原告が話し合っているのを知った。家族を通じ、原告も会うことを了承していると聞いたため、被告松永は、被告宮村とともに、荻窪フラワーマンションに原告を訪ねたのである。
 そのときも、被告松永は原告を罵倒したりしていない。原告からは、偽装脱会したとの告白を受けた被告松永は、偽装脱会した事実は、偽装脱会した本人と家族にこそ、残念な事実であれ、それを被告松永が自分を欺していたといって腹を立てる理由はない。被告松永は、ただ、そのために家族の話し合いが進まなかったことを残念に思って、原告に対しもう一度家族と向き合って話をするように話したのである(被告松永調書11頁)。

3 再度被告宮村が原告と話し合いをはじめた経緯 

 ■<後藤徹氏の父>の死をきっかけに、原告らが東京に戻ったあと、被告宮村が再び原告との話し合いを始めている。被告宮村が再び話し合いを始めたのは、■<後藤徹氏の父>や被告■<後藤徹氏の兄>からの依頼があったからであり、被告宮村が再び原告と話し合いを始めたことについて、被告松永はこれを知らず、全く関与していない。
 もし、原告のいうように被告宮村と被告松永が、原告が新潟で話し合いを始める時から共謀や連携関係があり、原告の脱会表明にもかかわらず、みなが偽装脱会を疑っていたというのであれば、被告松永が話し合いを止めたあと、■<後藤徹氏の父>も東京にいたのであるから、すぐ東京に戻って被告宮村と話し合いをしたはずである。
しかし、そうしなかったのは、まさしく家族間で話し合いが必要であると家族が判断し、それを実行していたからであるし、これについて、家族をさしおいて、被告宮村と被告松永が連絡を取ったり共謀したりしてなかったことの証左である。

4 原告以外に被告宮村及び被告松永が関与した話し合いについて
 被告宮村と、被告松永がそれぞれ話し合いに関与したのは、小出浩久、KH<現・新津キリスト教会牧師>、被告■<後藤徹氏の兄嫁>、TFの4名である。
 被告宮村も、また被告松永も述べているとおり、この中のいずれも、話し合いを始める前に、家族から相談を受けた時点で、被告宮村と被告松永とで連絡を取り合って、話し合いの準備を進めたりしたことはない。話し合いを始めてから、たまたま近くに来た、あるいは、家族が別途依頼したなどの理由で、信者の了承を得て、話をしにいっただけである。
 本件の事実経過は先に述べたとおりであり、これらの件とは全く関係がなく、またいずれの件も、被告宮村と被告松永の事前の共謀があったとはいえない。


第4 最後に 
 
 以上のとおり、そもそも被告松永は、悩む苦しみ信者と一度話し合いたいと願う家族の相談を受けて、牧師として身を削って、その家族の悩みに寄り添っているのである。
また、被告松永が、このように相談にくる家族に対して、信者と話し合いをするにあたって、気をつけて欲しいことは、まず一番に、心の対応、と言うことである。-旦ひびがはいり、信頼を失った家族関係を修復することは容易なことでない。しかし、いつか信者が自分が統一協会信者としてしたこと、していることを冷静に振り返ることができるようになったとき、家族がその信者を受入れられる、信者にとっての居場所になることができなければ、信者は家族のもとにはもどってこないのである。そうならないために、家族は、今までの対応を改め、決して自分の正義を信者に押しつけようとせず、信者の気持ちを理解し、それに寄り添っていかなければ、真の家族関係を回復することは出来ないのである。
 
 本件でも、被告松永は、■<後藤徹氏の父>らに対して勉強会に通って、心の対応を学んでもらっていた。そして、家族の依頼と原告の了承を得て、原告との話し合いにあたっては、原告に、冷静に自分のしてきたことを振り返り真剣に考えてもらうために、一緒に教理の整理を行ったのである。
 
 本件の事実経過を見ても、被告松永が■<後藤徹氏の父>らに対して拉致監禁を指導した事実などー切なく、また、原告との話し合いにおいて棄教を強制したとの事実もないことは証拠上明白である。
 
 被告松永の本件における関与は以上のものであり、原告に対する不法行為は一切行っていない。■<後藤徹氏の父>らの原告に対する心配を理解し、これに寄り添い、原告のためを思って話し合いに臨んだのである。
信者家族の相談にのること、信者と話しあいをすること、は心身共に非常に負担が多い。それでも、家族の真摯な思い、また一人の青年の人生がかかっているという重大さから、被告松永は時には自分の家族を犠牲にしても、この相談に乗り続けてきたのである。
そして、これらの被告松永の活動によって助けられた家族や元信者がおり、被告松永に感謝していることも事実である。統一協会は、かかる被告松永の地道な牧会活動によって、自分たちの信者獲得および資金獲得活動が妨害されていること、近年、壮婦信者のおもな獲得ルートで、また資金獲得ルートであった霊感商法による印鑑等の販売について、刑事捜査がすすみ、これらの自粛をせざるを得なくなっていること、さらに世間の厳しい批判にさらされることになったことから、信者の動揺を防ぎ、再び統率を取らなくてはならなくなってきたことから、20年以上も前から、緩急はあったものの継続して行ってきた拉致監禁キャンペーンを訴訟まで拡大して大々的にうつことにしたいわば統一協会の政策的訴訟に他ならないのである。
 
 裁判所におかれては、かかる訴訟の本質を明らかにし、速やかに請求棄却の判断を為されるよう希望する。

以上

__ (7)



次回は、いよいよ大御所宮村大先生の最終準備書面です。お楽しみに~。

宮村峻氏

2013-11-25(Mon)
 

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1人で外出=逃げる 

この最終準備書面を書いた人の人権感覚はかなり歪んでますね。
これで裁判長や世間が納得してくれると真面目に思っているのだとしたら、完全に頭のネジがはずれてますね。

●家でひと暴れさせる―。
「あくまでも信者であるわが子と家族親戚が真剣に話し合った結果」

真剣に話し合うと、暴れることになる?
暴れる前にプイッって出て行けばいいだけでしょ。


●6人位の大人が必要―。
「きちんと向かい合って話し合いをしなければならないことに気づいてもらうことが大事であり、そのためには、それ位大勢の大人が心配してこの場に来ていることを本人に知ってもらうことが必要」

でも、マンションに到着すると、みんな帰って行っちゃったよねぇ。
心配してるんなら、残らなきゃ。
そうか~、もう逃げないから、安心したのね。ガチャ。


●その時電話をさせない―。
「統一協会に電話連絡をしないように要請する」

「させない」と「要請する」は全く違うぞ。
「させない」は使役動詞(否定)、「する」はただの動詞。
要請したから電話しなくなった、ってかぁ。でも、いくらなんでも勤め先に電話しない、というのはおかしいでしょ。


●外出する時があったら二人以上で―。
「自宅で話し合っていた際に、『トイレに行く』と言って、トイレの小窓から逃げて行ったということで、トイレの小窓についても気をつけなければならないと…」

1人で外出=逃げる、って、そもそも“自由”のとらえ方が間違っているぞ!
それにしても、トイレの小窓から逃げなきゃならない状況、って何なんだ!


●説得者の許可なく外出はしない―。
「『許可』という言葉は、親が支援者や協力者とよく相談するという趣旨である」

意味不明~。
東大卒の山口弁護士も、この言葉(証拠)を否定するのには、さぞや頭をひねったことでしょう。
でも、残念ながら、意味が通じませ~ん。


●24時間・・・誰かが起きていること―。
「誰かが信者本人と24時間一緒にいて愛情を持って熱心に語りかけ、原理の教えのなかに逃げ込もうとする子どもに、話し合いの内容から逃げないで欲しいと訴えることが大事だというもの」

寝るときくらい、ちょっと静かにしてあげようよ。
布団の中に潜り込むのも「逃げる」ってこと?
そんなに愛情を掛けてあげたいなら、温泉にでも連れて行ってあげたら~。
マンションに閉じこめられて愛情を感じる人って、100%いないから。
2013-11-26 18:09 | みんな | URL   [ 編集 ]

祝・アクセス10万件 

 世話人のみなさま、「祝・アクセス10万件」です。

 判決の結果がどうであれ、このブログは貴重な記録として、後世にまで残ります。後世の人が東京地裁で記録を閲覧するのは大変です。

 判決までに、まだアップされる文章があると思います。
 長文で大変でしょうが、頑張ってください。

 なお、小生もがんモードから拉致監禁モードに変わりつつあります。

 最新のブログを読んでみてください。

http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-433.html#more



2013-11-27 15:49 | 米本 | URL   [ 編集 ]

要するに 

逃げます。騙します。
つまり、逃げたがっている人を
閉じ込めたというのは認めてるんだ。したのは家族で
私は関係ないと言いたいわけね。
ふ〜ん。
2013-11-28 14:08 | Etsuko | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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