スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------(--)
 

被告後藤徹氏の兄の反対尋問-12年5ヵ月間居続けたのは,原告本人の意思だ!?

後藤徹氏の兄の反対尋問です。

台本どおりに順調にすすんだ主尋問に対し,反対尋問は,時には答えに窮する場面もありました。
フラワーホームに後藤徹氏がいたとき,後藤氏の兄は,「統一教会は嘘ばかりだ。自分は絶対に嘘はつかない」と豪語したそうです。

ですが,反対尋問での後藤氏の兄は終始小さな声だったということです。

時折,代理人の山口貴士弁護士が,「異議あり」「誤導です」と助け舟を出す場面もありましたが,「誤導」が認められたことはなかったようです。

今回も超長文ですが,なにとぞ最後までお付き合いください。



<「抵抗しなかった」と言いつつ、警察沙汰になるほどもみ合った!?>

原告代理人(福本)
あなたが実家から呼び出されて保護された当時ですけども,あなたは伝道機動隊の副隊長をしていたということですね。

はい。


当時の隊長は,Oさんという人ですね。

はい。


あなたの陳述書や準備書面には,アベル・カインの法則というのがあって,アベルの指示には絶対に従わなければならないと信じ込まされていた,アベルヘの報告,連絡,相談の徹底といったことが書かれているんですけど,そうすると,あなたが実家から呼び出されて行くときに,当然O隊長に報告をして,許可を得て行ってますよね。

Kさんだったと思います。


Kさんもアベルの1人かな。

はい。


その日のうちには帰るということで,報告していったのかな。

・・・・・。


何日か泊まると言ったの。

いや,泊まるとは言ってないですね。


その日のうちに帰るというふうに言ったんだね。

うん。


実家に向かう途中,お父さんが出迎えてくれましたね。家で待ってたんじゃなくて,出迎えてくれたよね。

いや,家に行ったかと思いますが。


家に行って,それから,何か随分強引な形で車に乗せられたと先ほど言ってましたけど,どういう形で乗せられたの。

車のあるところで,これからおまえと話をしたいので,場所を変えようと。


車のあるところまで出迎えてくれてたんだ。

帰りですね。


帰り際に。

はい。


それで,お父さんがそれっていうかけ声をかけるとともに,潜んでた人たちがばーっと出てきてあなたをつかんだね。そうだね。

いや,人はいましたけども。


何人いた。

父のほかに2人です。


たった3人でやってた。

はい。


3人で,あなたは抵抗して逃げられなかったの。

そうですね,抵抗なんかしてませんけど。


先ほどちょっと,もみ合ったとか言ってたじやない。

もみ合ったことはあります。


被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり。どの時点でもみ合ったのかというのを確定した上で聞いてください。

原告代理人
車に乗るときは,もみ合わなかったんですか。

はい。


もみ合ったのは,窓から逃げようとしてもみ合ったんだ。

そうです。


窓から,一旦あなたは出たの。

上半身が出ました。


上半身が出て,それでもみ合って,警察がその程度じゃ来ないわね。外でもみ合いになったんじゃないの。

外でも,外に私は降りました。そこで,多少つかむような感じでもみ合いにはなりました。


3人とつかみ合いになったの。

はい。


たった3人だったの。

そうです。


もっといたでしょう。

いや,3人ですね。


そのときに,お父さんは,すまんとか言いながら,あなたの腹を1発殴ったよね。

いや,そんなことはありません。


あなたは当時のことを振り返って,原告に,自分の腕にしていた腕時計が飛ぶほど激しかったと,そういう話をしましたね。

記憶にないんです。


言ったかもしれない。

はい。


警察が来て,一旦は警察署に,先ほど行ったということで,警察は最初,これは信教の自由の問題だから連れていくことはできませんよと言って,強制連行をやめさせようとしましたよね。

いや,してません。


その後,何か上司のような人が出てきて,いや,自分か責任をとるからということで,あなたを親に引き渡したんじゃないですか。

いや,そういうことはありませんでした。自分が責任をとるからとか,そういう話もされてません。


上司が出てきて,あなたを親に引き渡した,そういう事実がありますか。

調べをしていた人とは違う人が,上司かどうか分かりません,出てきて,要は,何か事件ではないというふうに判断されたようで,いろいろ話をしてるうちに,自分もちょっと冷静になったので,警察官のほうから,家族のもめごとなんだから,家族としっかり話をしなさいよと言われましたので,父も真剣な態度でしたので,車に乗りました。


そのときのことを原告に,あの警察官がいなかったら,自分は統一教会から救われなかったと,本当に助かったというふうに述懐してましたね。

ええ。お身内に統一教会の人がいる警察官の方が当直でいらして,ということはありました。


そのことを,原告にも話をしたね。

それはしましたね,はい。



<アベル・カインの教えは実はそれほど重要じゃなかった!>

あなたは,実家に向かって以降,統一教会関係者には,以後脱会するまで一切連絡しませんね。

はい。


それは,あなた方が言う,あなた方が準備書面や陳述書でさんざん書いてあるアベル・カインの教え込みに反することじゃないですか。

いや。私は話合いに入ってましたので,また,親を信頼しましたので,親の願いとして統一教会云々ではなく,おまえの考えを聞きたいし,おまえと話がしたいんだということを言っておりましたので,渋々ではありましたけども,それに従いました。だから,連絡はしてません。


この時点で,アベル・カインの教え込みは,あなたの頭の中では飛んでしまったということですな。

飛んでしまった・・・。


こんなもの守らなくていいと。

父の願いを優先させてしまいました。


でも,先ほどあなたはホームを出るときに,あなたのアべルに今日じゅうに帰るという話をしたじゃないですか。その約束はいいんですか,放っておいて。連絡の一つも入れなくていいんですか。

家族が,父がここまで心配してるんだから,それはしようがないと思いました。


あなたは,保護されて信仰を失うまで,どれぐらい期間がありましたか。

一月弱だったと思います。


そんなにやっぱりあったわけね。一月弱の間,あなたはその間アベルに報告,連絡,相談しようにもできない状態だったということだね。

いえ。ニュートラルになって考えてみようと思ってたからです。


しようと思わなかったの。

そうです。


したいとも思わなかった。

家族の意向に従おうと思いました。


あなたはその間,その1ヵ月余りの間に,部屋から外に出たり,あるいは電話をしたりしましたか。

電話はしてません。散歩は行きました。


1人で散歩したの。

いや,1人じゃないです。


何人と散歩に出てたの。

親とですから,3人ですね。


本当は,一歩も出してもらえなかったんじゃないの,完全に脱会するまで。

いや。そのときは,そうではありません。


あなたが保護された当時,ご両親は水茎会に入ってましたよね。

私の認識では,水茎会に入ったというのは,私かやめてからだったんじゃないかと思うんですが。


水茎会に入っていないのに,宮村が来るんですか。

その辺の事情はよく分かりません。


宮村が来たとき,ご両親はこの人は誰だろうとか,どうしてなんでしょうねとか,そんなこと言ってましたか。

いえいえ,そうは言ってませんでしたし・・・。


よく知ってたわけだ。

親も知ってましたね,はい。


水茎会には入ってないけども,よく知ってたということですか。

はい。


親が頼まなきゃ,来ないんじゃないですか。

うん,それはあると思います。


親御さんが頼んだんでしょうな,来てくれと。

だったかと思います,はい。



<後藤兄もほかの保護説得マンションを訪問>

先ほどのあなたの話,陳述書もそうですけども,あなたは脱会後に水茎会に入って,そこに集まってきた父兄らの相談に乗ったり,あるいは,保護されている信者のところに行って話をしたりということをしたということですけども,父兄に対して,保護,救出の際の諸注意をあなたが話すこともありましたよね,当然。

統一教会というのはどういう考え方で,どういうふうに動くのか,それに関して,家族としての心構え等を話はしました。


一般的な心構えは結構なんですが,実際の保護,救出の場面における諸注意,それを,あなたはしたんじゃないですか。こういうことをしちゃいけないよとか,こうしなきゃいけませんよとか。

そういうことを,元信者の立場で話したことはありますね。


何かあったときは,必ず森山牧師か宮村に相談をするようにという指導をしてましたね。

いや,そのように言ってた記憶はありません。


困ったときに,誰に頼むの,誰に相談するの,信者のご両親は。あなた方に頼むんですか。違うでしょう。

基本的に,家族が判断しますよ。


家族が判断して,物事をやってるんですか,全部。

そうですね。


それじゃ,宮村や森山牧師要らないじゃない。

いえ。申し上げたように,家族は統一教会の問題について詳しくありませんし,第三者の話,家族の言うことというのは,押しなべてなかなか素直に聞けない部分がありますから,カウンセラーという立場で詳しい人がお話ししてくださるというのが,この話合いには重要なんです。


あなたは,元信者という立場で保護中の何人もの信者のもとを訪ねているようですが,どのマンションの何号室に何という信者が保護されているのかという情報は,誰から聞いたの。

水茎会に出席してるときに,そこに来てる人たち,元信者,もちろん宮村さんもいますけども,そういった方たちから情報をもらいました。


前回OBは,宮村から聞いたというふうに証言しておったけど,そうじゃないの。

もちろん,宮村さんから聞くこともありました。


そこで,行ってやれやというふうに言われるわけだ。

行っていいですかということですね。


許可をもらって行くわけだ。

許可というかどうか,行きたければ行ってこいという感じです。


保護に使うアパート,マンション,あなたが元信者として水茎会で活動してたときのことでいいですが,そういう保護のマンションは何ヵ所ぐらいありましたか,常時。

時期によって違うと思うんですが。


大体どれぐらい。

私が話合いの場に出た頃は,3ヵ所か4ヵ所,多いときでですね,あったときもあったと思います。


他方,元信者,行く人,ボランティアスタッフ,何人ぐらいおりましたか。あなたを含めて。大体でいいですよ。

10人ぐらいだったかなと思いますけど。


三,四ヵ所保護されてる部屋があって,10人ぐらい元信者がいる。それぞれみんな,てんでんばらばらに訪問するの。

基本はそうですね,はい。


そうすると,偏りが生じたり,重なったり,混乱を来すんじゃないの。

ただ,常時,いつもみんなが行けるわけでもありませんので,もちろん現場で会うこともありましたし,相談して一緒に行くことも多かったので。


相談して一緒に行くこととか言ってる,その調整の場所ってどこ。調整してたよね,どこにいつ行くか。

調整の場所というか,事前に電話とか,あの当時,ポケベルだったかな,要は,連絡をとって,今日行けるという感じで一緒に行くということをしてました。


西央マンションで,そういうスタッフが集まってそういう調整してたでしょう。

いや,そういうことはありません。


西央マンションは,ここで何してたの。あなたは,お茶を飲んでただけなの。

いや。西央マンションというのは,そういう元メンバーが集まってどこ行く,ここ行くっていうことではなくて。


何を話してたの。

地方から来られた親御さんたちの宿泊のためというのがメインの場所で,私自身,西央マンションに話合いの調整,打合せ,そういうことのために行ってたということがないです。


西央マンション
<西央マンション。後藤氏の兄は、地方から来られた親御さんたちの宿泊の場所と証言した。>

西央マンションは水茎会で借りたのかな。水茎会という団体はないから,法人格はないから,誰かの名前で,代表者の名前で借りとったんだな。そうでしょう。

と思いますけど,はい。


誰の名前で借りてた。

分かりません。


<水茎会会費の値上がりは隠したい!?>

先ほどあなたは,水茎会の収支についてちょっと証言してたけども,一家族月5000円,そう言ってたよね。

はい。


これ,違うよね。現役の信者の親,まだ脱会してない親,これは1万円で,(水茎)0Bが月5000円,そうじゃないですか。

いや,5000円でした。


だって,伊藤先生,訴訟の原告の信者から話を聞いて,そういうふうに聞いてるよ。

でも,5000円でした。もっとも,金額は変わりましたんで。


その後値上げしたの。

時期によると思います。 1万円のときがありました。


先ほど,水茎会の集会に50組ぐらい常時出てたと。そうすると,それだけで50万だよな。

1万円になった頃は,そこまでの数が来てませんでした。


0B<水茎会のOBのこと>だけで,相当な人数いるわけだね。それが各5000円払ったら,相当だね。

0Bの会費があるというのは,どうだったでしょうね。会費,月幾らっていうことの認識がないんですけど。


西央マンションの家賃,やっぱり10万,20万ぐらいするでしょう。

そうですね,してたと思います。


それ,地方から出てきた親御さんたちのための宿泊として,そんなもの維持する意味があるんですか。その辺のビジネスホテルに泊まればいいじゃないの。

地方から来られて,夜までお話をされるということが多かったから,そのまま泊まれるようにということで借りたんだったと思いますけども。


それが10万,20万すると。先ほどあなたは,月間の水茎会の収入が二,三十万と言ってたけど,それだけで10万飛ぶ。電話代だ,水道代,電気代だと,あと何か会場費が要るとか言ってましたね。会場費って,どこに払うの。新宿西教会が金取った。

私の記憶で,会場費というのがあって,そこの金額が大きいんだなっていう記憶があったので,そう申し上げたんですけど。


どういう会場,有料会場を借りたの。

西教会もそうでしょうし,だから,マンションの経費もそこに入ってたのか,ちょっと定かでないです,そのあたりは。


西教会が会場費を取ってた。違うでしょう。

ちょっと分かりません,それは。


先ほどあなたは会場費だと言ったから,聞いてるんだよ。

だから,その会場費というのが,具体的に西教会の会場の費用なのか,分かりません。

新宿西教会入り口
<水茎会の集会の会場として使用された新宿西教会>




<続々出てきたフラワーホーム以外のアジト?>

あなたの陳述書によると,1988年2月にタップに就職してからは忙しくて,話合いの場に訪問するのはだんだんとなくなったんだというふうに書いてあるんですけど,就職してどれぐらいで忙しくなってやめたの。 1ヵ月,2ヵ月,3ヵ月,1年。

・・・・・。


忙しくなったんでしょう。

1年くらいでしたかね,ちょっと定かではないですが。


それからは,行くことはやめた。

全くということではないですが,頻繁に行くことはしなくなりましたね。


監禁から生還した信者だけでも・・・。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり,それは誤導です。監禁ということは誤導です。

原告代理人
保護から生還した信者だけでも,TU,91年に保護,YY,91年に保護,小出浩久,92年に保護,これだけ,あなたは最低でも行ってるわな。

いや,小出君のところには行ってないですね。


あとの2人のところは行ったんだ。 91年,92年。

水茎会で会って話をしたんじゃなかったかと思いますけど。


甲第124号証(写真説明書)を示す
写真2, 3, 4, 5, 6と,あなた方家族が写ってるね。

はい。


これは,93年5月29日土曜日なんだけど,これ,新宿西教会の前だね。

はい。


93年の時点で,お父さんを除く家族全員が水茎会に行ってたということだね。

はい。


こうした93年の時点で水茎会に出ているあなたが,信者のもとを訪れないということはないでしょう。スタッフとして行ってたでしょう。

いや。忙しかったのもありますけど,行ってませんでした。


行かなかったの。

そうですね。


甲第127号証の2ないし3(栄光教会アジト監禁場所)を示す
これらは,1998年頃,当時原理研究会のI氏が作成したリスト,そして撮影した写真なんですが,ここにコスモマンション,犬ねこマンション,フラワーホーム705号室と書いてあるんですけども,これらは,当時あなたが先ほど言ってた保護に使われてた部屋ですね。

コスモマンションというのが,ちょっと分かりません。


それ以外は知ってる。

それは知ってますね。


これは,保護に使われておったんですね。

うん,家族の話合いの場として使われてましたね。


ここでフラワーマンションが出てきてるんだけどね,88年。

はい。


ずっとこのフラワーマンションというのは,保護のために取っ替え引っ替え,新しい人,古い人,古い人が出たら新しい人と,こうやって使っておったね。

この頃から使われてたマンションだということではありますね。


これは,全部水茎会が管理してて,冷蔵庫とか最低限の家具なども全部そこに備えつけてあったね。

基本的に,その家族が用意するということでした。


前に終わった人,もう要らないでしょう,そんな家財道具は。だって,もともと自宅じゃないもの,ここは。

家族によってだと思いますけど,全部持ってく人もいましたので,それは,個々のおたくの話合いじゃないかと思いますけど。


このマンションの用意は,保護の場所の用意は,水茎会で用意して,水茎会の保護を実行するご家族に提供するということだったね。

いや,違います。


MMというMKさんの弟さんは,はっきりと水茎会が用意してくれて,水茎会に家賃,光熱費を払ったというふうに言ってるんですけども,違いますか。

私の認識とは違います。


あなた方は,フラワーマンションとか荻窪プレイスとかは自分で借りたんですか。

それは,水茎会で知り合った方に貸していただきました。ただ,途中で自分の名義に変更はしましたけど,最初はそうではなかったです。


フラワーホーム表札
<フラワーホーム804号室の表札の変遷 ゼンリン住宅地図による>

<宮村の許可なしで出た家族は記憶にありません!>

保護されていた信者が信仰を失うことを,落ちるというふうに言いますよね。

それは,統一教会でそう言ってますよね。


あなた方もそう言ってたんじゃないの。

落ちる・・・。


違う言葉を使ってたんなら,どうぞ教えてください。

やめるとか,離れるとか。落ちるという言葉を全く使ってないってことではないです。


あなた自身も元信者として訪問もして,この信者はもう落ちたとか,まだ落ちてないとか,離れてないとか,そういうことは,自分の判断を宮村に伝えたことあるよね。

そうですね,伝えたことも。ただ,自分で判断・・・。


あなたの感想。

うん,感想ですかね。自分はこう思いますけどねということは,言ったことはあると思います。


MHという元信者がいましたね。

MHさん,はい。


このMHは,そうした判断に長けてて,自分の判断を宮村に伝えていましたよね。

いや,ちょっとMHさんの事情はよくは分かりません。


最終的に,いわゆる最終的見極めというのは,宮村しかできないよね。

最終的には,それは,話合いをどうするのか含めて家族が判断するんですが,もちろん宮村さんなり元信者の方たちの意見はアドバイスとして聞く,そういうことです。


宮村は,親は何を知るべきかという本で,この点について,120ページ,121ページ,それよりももっと大事なことは,それをあなたが判断することは非常に危険だということです,後でまた触れますが,これはもう豊富な経験を持つカウンセラーに頼るしかありませんと,自分で言ってるよね。家族じゃだめだよと,俺に聞けと,そう言ってるんじゃないんですか。違うんですか。

ですから,貴重なアドバイスとして意見を聞くということはあると思います。


最終的に,保護された部屋から信者を出すかどうか,これは,やっぱり宮村の許可がないとだめなんでしょう。

いや,家族が判断してました。


家族が判断して,これを出すか出さないか決めるわけだ。

はい。


ということは,監禁されてるということだな。

いや,出さないというか・・・。


さっき,はいって言ったじゃない。

監禁というよりも,話合いの場を設定して家族が話をしてるわけですけども,やはり外に一緒に出ることについて,本人が散歩したいとかいう場合もあるうかとは思いますが,家族の思いを伝えて,もうちょっとしっかり話をしてからにしようよというようなことで,本人との行動を相談の上で決めていくという意味合いです。


先ほどあなたは主尋問で,どうやったら話が終わるんですかということについて,これは本人と,本件でいうと原告と家族との話合いで決めることであるというふうに,あなたは言ってましたよね。本人と話合いで決めることだと。

そうですね,はい。


原告の意思だけじゃ出られないということ。一方的な意思で出られないということ。

ただ,本人が強く話合いはもうしない,もういいからということであれば,それはもうそれで仕方ないですね。


宮村がカウンセラーをした案件で,全く宮村の許可もない,意見も聞かない,親が勝手に,どうぞ,出ていってくださいと,出ていきたいんだったら出ていってくださいと,出ていった事案ありますか。一件でもあったら,具体的な名前を挙げて言ってください,調べますから。

・・・・・。


ないでしょう。一件でも挙げてください,1人でも名前を挙げてください。すぐに調べます。

・・・・・。


ずっとあなたは水茎会にいたんだから,たくさんの人を知ってるでしょう。親が,はい,どうぞ出ていってくださいと出ていった人,1人でもいるか。

いや,記憶にはないです。



<徹氏保護の後、本人と一緒に職場に挨拶へ行った!?>

あなたの陳述書によると,原告が勤めていた大成建設に,事前にお父さんのほうで事情を説明しに行ったんで無断欠勤にならなかったということですが,どのぐらいの期間会社を休ませるということを伝えたの。

ちょっと分かりません,それは。


無期限というふうに会社に言ったら,会社もびっくりするよね。

分かりません。そうは言ってなかったんじゃないかと思いますけど。


じゃ,ある程度のことを言わなきゃいかんじゃない。

期限は分かりません。


なぜこれ,本人に事前に意向も聞かないで,こんなことしたの,原告の上司に。本人の意思は無視なの。

本人が話し合いに同意したらという前提で話をしていたはずです。


同意してからでもいいじゃない,上司のところへ行くのは。上司に連絡するのは,本人が同意してからでもいいじゃない。何で事前にそうやってやるわけ。本人から頼まれてもいないのに。

父が休みをとる都合があったんだろうかと思いますけども,それ以上のことはちょっと分かりません。


それはお父さんの都合であって,原告の都合じゃないの。

いずれにしても,事前には相談してはいないと思います。


先ほどあなたは,給料はきちんと原告に振り込まれてたんだと。あなたは確認した。

ええ。


どうやって確認したの。あなたは本人の通帳を持ってたの。

会社の人とのやりとりで,そう聞いてました。


振り込んであるよと,そういうふうに言ってた。

出てますよと,はい。


何ヵ月間振り込んだ。

退職扱いにもうしてくださいと,こちらから言いましたので,それが,どうでしたかね,11月か12月だったかと思いますけど。


原告が逃げた後。

そうですね,はい。


原告はこの時点で,大成建設に勤め始めて1年にも満たない。当時の法律では,有給休暇は6日しかなかった。 2ヵ月以上も給料が振り込まれたというわけ,あなたは。そんなことあるわけないでしょう。

いや。でも,実際そうだったので,そうでしたと申し上げております。


あなたは先ほど,船橋の現場に本人を連れてって,上司に会わせたというふうに言いましたね。

はい。


原告は何と言ってましたか。

あの当時は,通いで勉強してる頃でしたので,本人ももう本当に素直に,一緒に行って,すいませんという感じでしたね。


すいませんで,何だと言ったの。すいませんじゃ済まないよね,これからどうしますと。

もうちょっと勉強しますというふうに言ってました。


勉強するから休ませてくれというわけ。

休ませてくれとは言ってないですね。会社の方たちのほうから,仕事のこととか休むということを気にしなくていいからというふうに言ってくれてましたので。


本当は,そんなところ行ってないでしょう。

いや,行きましたよ。


<栄光教会前での乱闘そして分裂>

原告が移された先は,犬ねこマンションの1室でしたよね。

はい。


Inuneko
<犬ねこマンション>

原告が逃げ帰った後なんだけども,この部屋は,また別の信者のほうに使われてますね。

思いますけどね,いつまでかはちょっと。


MFという元信者がかつて保護されていたのは,環八沿いのコスモマンションでしたね。

・・・いや。彼がどこで話合いをしてたかということが,ちょっと記憶にないんですよね。それで,その後,通いで荻窪栄光教会に通ってた頃に,フラワーホームの近くのマンションにいたという記憶なんですけどね。


原告が逃げ去った後のことですけども,SMという女性信者が牧師館に連れてこられたことがありますね。

SMさん,はい。


覚えてるでしょう。そこにいたときに,統一教会の信者が牧師館の周囲に様子を見に来ましたよね。

ごめんなさい,ちょっと覚えてないですね。


彼らが外から,Mちゃん頑張ってとか,声かけたんじゃないの。

そういうこともあったかもしれないですけど,ごめんなさい,ちょっと。


そうすると,SMさんは,脱会したことを伝えて皆に帰ってもらうよと,そう家族に言って出ていきましたよね。

そうでしたか。


違いますか。

ごめんなさい,ちょっと・・・。


覚えてない。

分かりません。


そうすると,出たら信者のほうに走ってって,助けてと言って駆け寄ったため,あなた方がばーっと来て乱闘になりましたね。

すいません,覚えてない。


あなたはその場にいたはずだよ。

いや,覚えてないんですけど。


1989年,宮村は脱会説得に関するトラブルで,荻窪栄光教会から追われましたね。

脱会説得のトラブルですか,そういうふうには認識してないですけど。


原因は結構です。どっちにしろ,栄光教会から分かれていきましたね。

そうですね,はい。


荻窪栄光教会
<後に追い出されるものの,1989年頃まで宮村氏が脱会説得の拠点にしていた荻窪栄光教会>
そこでは,もともと栄光教会で保護,救出に携わってる人たちは二分されましたね。

二分というか・・・。


分かれていったよね。

そうですね,はい。


宮村についていったのが,TY,MT,NI,あなた,そういったメンバーだね。

そうですね,はい。


残ったのが,TN,MF,MH。彼らは,KYらと引き続きそこでやってましたね,栄光教会。

はい。


どうして分かれることになったんですか。

詳しい事情はあんまり分かりません。


何かなきゃ,こうはならないよね。

とは思いますけども,教会と連携するのでなく,水茎会として独自にやってくということを聞いて,あんまり詳しいことまではちょっと分からなかったですね。


本当は,宮村のやり方に批判が出て,そんなところとは一緒にできないということで,荻窪教会から追われたんじゃないですか。

いや,そういうふうには認識してなかったですね。


<宮村氏「10年でも20年でもそうしていれば」と言っていた>

TUという信者を知ってますね。

はい。


この人は,91年4月7日に京王プラザホテルで保護された。同年5月に荻窪駅近くのシャンボール荻窪というマンションに場所を移されて,約半年間そのマンションに保護されたと言ってますが,そういうことですか。

本人がそうおっしゃってるんでしたら。


あなたはそこに訪問したよね。名前出てくるよ。

正直,記憶に定かでないんですが,行ったかもしれません。


TUの陳述書に対しては,宮村側から特に反論の陳述書も準備書面も出てないんですけども,これによると,京王プラザホテルで宮村がTUに対して,おまえはもうここから出られない,ここにいる親戚や両親を1人でも伝道したら出してやる,それ以外には偽装脱会しか出られる道はないと,宮村がこういうことを言ってたでしょう。

いや,私はその場にいないので分かりません。


TU以外でも,宮村がこういう話をするのを,あなたは聞いたことあるね。似たような話は。

・・・10年でも20年でもそうしてればっていうようなことは聞いたことありますけど。


宮村は,TUからパスポートを取り上げて,これは俺が預かってるということで渡しませんでしたよね。

いや,それも知りません。


TUはその後偽装脱会するんですが,統一教会に対する裁判をやらないという理由でマンションから出してもらえませんでしたね。

そうなんですか。


知らない。

ええ。


TUは,その後脱会したと判断されて,新宿西教会で開催された水茎会にも出てましたね。

うん,水茎会で会ったことがありますね。


水茎会の集まりというのは,先ほども写真を示しましたけども,毎週土曜日午後にあったんだね。

そうですね,はい。


水茎会に入るには,最初に宮村の面接が必要ですね。

いや。面接が必要というか・・・。


面接なしで,いきなり入れますか。

入れる,入れないというか,ごめんなさい,水茎会に入るというのが,厳密にどういうことなのか,いまいちよく分かってないんですけども。というのは,何か来るのも来ないのも家族自由で,かなりアバウトな感じなものですから,一応会費を払ってれば会員なんでしょうけども,来なくなられるご家族もかなりいらして。ただ,その方たちがまた来れば,会員ってことにもなるんでしょうし。面接というか受付を,元信者の人たち含めて事情を聞くということはされてましたね。ただ,全部宮村さんがやってたということではないと思いますし,面接というニュアンスがちょっとぴんと来ないですね。


甲第124号証を示す
写真11ですが,ここに写ってるMT知ってますね。この白い服,おばちゃん。お母さん,覚えてる。

何か記憶にあるような,ないような。


ちょっと写りはあれだけどね。記憶にあるかないかということですか。

はい。


MTさんの相談というのは,言うまでもなく娘のきよみさんを脱会させたいという相談でしたね。

脱会させたいというか,心配なさって,だから,どうしたらいいか分かんないということで相談に来られたということですよね。


相談に来られて,どういうふうにあなたは相談に乗ってあげたんですか。

私自身が,このM家の相談とか話・・・。


個人的には受けてない。

話をしたっていう記憶はないですね。


でも,ここに来る人はみんなそうでしょう。娘,息子を保護して脱会させてくれということでしょう。

保護して脱会させてくれっていうか,それこそ何も分かんない状況のときに,とにかくやめさせなきゃみたいな感じで来られる親御さんも,それはいなくはないですが,そんなんじゃだめですよというふうにたしなめられる,で,また私たちも,しっかりと本人と,本人の目線まで下りて話ができるようにならないとっていう話は,M家に限らずしてましたけどね。


結局,MKさんはこの結果,保護されてますね。結果としてね。

話合いに入ったということですよね,はい。


前回彼女が法廷で詳しく証言されたようなことが,そこで行われたわけだ。

はい。


父兄らは,宮村に頼めば,統一教会に行ってしまった自分たちの家族をもとに戻してもらえるということで,絶大な信頼を寄せてましたよね。

ですから,家族の状況と理解度というか,単に宮村さんにお願いすればそれで済むということでは話はうまくいきませんので,もちろん,それは信頼してないわけはないですよ。


集会で宮村は,親,兄弟,そして親戚の方々の協力が得られれば,あとは私が本人を必ず説得しますというふうに,水茎会で話をしてましたよね。

いや。そういう物言いは,ちょっと聞いたことはないですね。


TUはそういうふうに言ってるんだけど,違いますか。

それは,TU君が言ってることで。


あなたの陳述書によると,統一教会に場所が知られてる自宅で話合いをすると,信者が押しかけてきて邪魔をするため,落ち着いて話合いをすることができないんだというふうに言ってますね。

はい。


自宅は保護には適さないということだな。

話合いの場としてはどうかという。


だから,違うところに保護すると。

違うところ,場所を変えて話をするという。


統一教会側から信者に連絡をとれない環境に,本人がとれない環境に置かなきゃいけないということだね。

そのあたりは,本人の同意も得て,そういうことで話合いをしようということでやりますから。


水茎会では,そういう指導をしてないの。本人と連絡とれる状況じゃ困りますよと,絶対とらせてはいけませんよ。

ですから,本人とそのあたりのことまできっちり話をして,家族で話をしたいんだからということで。


宮村本人,親は何を知るべきかの141ページでこう言ってる。その一部始終は,本人からそのグループリーダーのもとに報告され,本人はさらに教育を受け,さらに強くなり,事態はますます深刻になる。だから,隔離しなきゃいけないんだと,宮村自身がそう言ってるじゃない。これどう。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
異議があります。

原告代理人
何で。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
隔離しなきゃいけないとか,そういうこと言ってますか。示してください。

原告代理人
隔離という言葉は使ってません。趣旨はそういうことでしょう。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
いや,違うでしょう。

宮村さんは常々,本人の同意をとってくださいと,その上での話ですということはおっしゃってましたので,統一教会に連絡しないということも,私もそうでしたけども,家族と本人とのやりとりの中で,同意してそういうことにするということです。


<何と804号室には電話が置いてあった!?>

原告代理人
そうすると,電話も本人の手の届くところに置きませんな。

どうなんでしょうね。それは,もうまちまちじゃないですかね。


だって,信者は,アベルと報・連・相を義務づけられてるんだから,電話があったら,そこは報・連・相するじゃない。困るでしょう。

だから,話合いの上で,それはしないで話し会おうということでやってますから,電話があっても,別にしないということです。


あなたは,準備書面7で電話機をフラワーホーム804号室に設置してたと主張してる。これは嘘だよね。

804に電話はありましたね。


準備書面7
<準備書面7の一部>
どこに置いてあった。

居間でしたね。


甲第9号証添付図面4を示す
荻窪フラワーホーム804号室間取り図
居間のどこに置いてあったの。

この辺に本棚的なものがあって,ここに置いてたり,あと,ここに衣装ケース,時期によってちょっと違うんですけど。


Bの部屋の「フトン」とあるところの左手,ここに置いてあったか,あるいは同じ部屋の「服など」とか書いてあるところの上に置いてあったか,そういうことですか。

その範囲ですね,はい。


電話線はどこにあったの。電話線のジャックは。

電話線ジャックはここですね。


玄関にあったの。

そうです。


玄関にあったジャックを,ここまで引っ張ってきたの。

それは,もともとそういうふうに配線してあったんですよ。


ジャックはここにあって,ここまで線が延びてた。

延長してたんです。


ジャックが延びて。

ええ,そうです。


あなたは,この電話,証拠を探すなんて準備書面にあったけど,出てこなかったね。電話を置いてたという,出てこないな。

証拠を探す・・・。


準備書面に書いてあったよ。ないよな

いずれにしても,あったのはあったので,何とも。


原告は,電話の鳴る音なんか一度も聞いたことないと言ってるんだけど,電話は鳴ってましたか。

いや,鳴ってはいませんでしたね。


専ら,自分らが電話をするときだけ使ったの。

使ってはいました,はい。


外からはかかってこない。

外からかかってくることは・・・いや,なくはないですけど。


だって,宮村やほかの元信者が,これから行くよ,これからどうですかという,電話するのが一番早いじゃない。昔は携帯電話なんかなかったんだからそれが一番早い。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり,誤導です。携帯電話がなかったって,いつの時代の話をしてるんですか。

固定電話ではなく,携帯を持ち始めてからは携帯,その前はポケベルという手段でした。


原告代理人
ポケベルの時代に,固定電話には電話かかってこなかったの。

かかって・・・。


被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
フラワーホームの時期を特定して言ってもらえませんか。フラワーホームの話合いがいつから始まったということで,その時期を固定してぐちゃぐちゃやると,本人も混乱するだけだと思います。

原告代理人
携帯電話も持ち,固定電話も置いてあったということ。

そうですね。


<愛車のベンツに簡易トイレを積んでいた??>

先ほどの主尋問で,あなた方は新津教会に勉強会に通ったと,五,六回通ったというふうに言ってましたね。

はい。


あなたは,しかし,先ほど写真を示したように,93年に写真に写ってたけど,家族で水茎会に行って,あなた自身は父兄の相談にも乗ってたと。そういう立場のあなたが,何でわざわざ新潟まで勉強しに行くんですか。

私もそうですし,両親は親としての心構え,そういったものが本当にしっかりできてるとは言いがたい面もありましたし,逆に,私も元信者の立場,それから,体験を話しする相談者というか,そういう立場ではありましたけど,いざ家族の立場になって謙虚に話をするということになると,これはむしろ難しいことがあって,私自身も勉強の必要性を感じたんですよね。


つまり,水茎会の勉強じゃ足らないということなの。

足らないというよりも,語るほうから聞くように明確に立場を変えるということですね。


お父さんは,晩年に免許を取って,愛車のベンツを乗り回してたようですね。

ええ,免許を取りましたね。


愛車のベンツに簡易トイレは積んでたの。

積んでましたね。


普段,ベンツのどこに積んでたの。

ダッシュボードっていうんですか。


ダッシュボードに入る。

入れてたと思いましたけど。


それで,運転中に用を足したくなったら,そこから出して,ペンツの中でおしっこしてた,そういうこと。

そうですね,父のしてたことですので。


あなた,積んでるのは見たでしょう。

ええ,持ってるということを知ってました。


車の中でやってるのは,見たことない。

やってたのは・・・実際にやってるのは見てないですね。


そのベンツに乗せてた簡易トイレを,新潟に行くときのワゴン車に乗せたのか。

だと思いますけど,父が持ってたので。


その簡易トイレというのは,使い捨てじゃないの。

使い捨てですよね。


使い捨てで,幾つもベンツには乗せてるわけだ。

いつ買い足したのか,そういうことは分かりません。


<徹氏の保護時、気がついたら外に人がいた??>

あなたは,2回目の保護の件で新潟のマンションを用意して,そのことを原告に事前に伝えましたか。家に呼ぶときに,お父さんからでもいいから。新潟のマンションを用意したということを事前に伝えて,本人を家に呼んだんですか。

いや,どうでしょうね。伝えてないんじゃないかと思いますけど。


何で伝えない,本人の都合があるでしょうが。

ちょっとそのあたりは,父が責任持ってましたので。


原告を保護した1995年9月11日の夜,あなたたち家族5人のほかに,叔父のO,被告■<後藤徹氏の兄嫁>の兄も動員されてたということね。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり。その動員という言葉は誤導だと思います。

原告代理人
いたということで結構です。

はい,おりました。


何でこんなにたくさん人がいるの。

たくさんというか,叔父さんに関しては,事情を聞いて心配してくれて,自分も行くからと言ってくれたのと,普段余り会わない叔父さんが来てくれることで,いかに家族が真剣に心配してるかということを感じてほしかったということ。あと,被告■<後藤徹氏の兄嫁>のお兄さんに関しては,新潟のマンションに連れてってもらうのに,お兄さんほうから自分が運転するからということで申し出てくれたので,お願いしました。


自宅の庭付近に,野外で待機してもらった元信者もいますね。

待機してもらったというか。


見守ってもらった。

私,頼んでませんし,気がついたらいたんです。


何人ぐらいいた。

1人だったと。


たった一人。

うん。


どうせ動員するんだったら,もうちょっと多いんじゃないですか。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり,誤導です。動員って言葉は使わないでください。

原告代理人
このとき使用したワゴン車は,松永の教会のワゴン車ですね。

いえ,レンタカーだったんじゃないかと思いますけど。


どこで借りたの。

東京で借りたものだったんじゃないかと思います。ちょっと記憶が,余り定かじゃありません。


そうすると,ガソリンは満タンだよね。

ですから,記憶は定かでなく。


記憶は定かでないでいいですよ。2つしかないんだから。新潟で借りたか,東京で借りたか。あなた方は途中で給油をしたというんだから,新潟で借りたということになるんじゃやないですか。

それはそうですね,はい。


本当ですか。

本当ですよ。給油に寄ったこともあります。


新潟で,誰が借りた。

私は,車のほうはお兄さんにお願いしてましたので,お兄さんのほうで借りてくれたと思います。ごめんなさい,ちょっと本当に記憶が定かでないので,そうだったと思います。たしか,おっしゃるように給油しましたので,ガソリンはそういう状態だったんですね。


高速道路のサービスエリアで給油したのかな。

そうです。


どこのサービスエリア。

割とすぐでしたから,高坂とか三芳とか,あの辺じゃなかったかと思いますけど。もうちょっと先かな。


そこでは,トイレに行かせなかったの。

いや。徹はトイレに行きたいとも言いませんでしたし,別に普通に静かにしてましたので,ただ,その流れにゆだねてただけですけどね。


これ,片道4時間以上かかってるでしょう。

4時間かな・・・4時間ぐらいじゃないかと思いますけどね。


トイレの近いお父さんは,何回簡易トイレを使いましたか。

いや。父は,そのときは使ってません。


だって,トイレが近いんじゃないの,この人。

そうなんですけど,そのときは使ってません。


<「徹自身がもう話合いはやめると言わなかったからです」>

新潟へ行って,ここは,玄関ドアに鍵もかけなかったし,窓も鍵をかけなかったということなのかな。

はい。


どうしてここはかけないの。

ですから,先ほど主尋問でも申し上げたように,新潟での話合いであれば,徹の所属してるところから押しかけてこられるという心配もさほどしてませんでしたし,徹が何か感情的になって,これはちょっとなということであれば,窓のほうにはそういう何かしたかもしれませんけど,そういうこともなかったのでしませんでした。


新潟に来て間もなく,原告は家族に対して,もうこんなことしないと言っただろうと,この鍵は何だと,こんな人権侵害許されると思ってるのかと,こういうことを言ったんじゃないですか。

いや,言ってません。


お父さんは,確かに言った,でも,ほかにどうすることもできなかったんだというふうに言ったんじゃないですか。

いや,言ってないですね。


あなたはこのときも,原告が祝福を受けて,合同結婚式を受けているというふうには思ってましたね。

すいません。ちょっとその記憶が・・・祝福は受けてると思ってましたね。


何で相手に連絡をさせてあげなかったの。

相手の人がやめてると思ってたからです。


もうやめてると思ってたの,あなたは。

はい。


あなた方は,神山会長宛に内容証明で結婚式の原告の参加は断固反対だということまで書いて送ってて,原告が受けてたというのを,あなたは知ってたでしょう。でも,離れたというのは,いつ知ったの。

それは,内容証明を出したのがいつのことでしたですかね。


92年。

・・・ですから,その後ですよね。


結局,結果的には偽装脱会だったんだけど,やめるということで本人が脱会届を統一教会本部宛に送って,あなた方もホームに行って,本人の荷物を引き揚げてきたということだな。

本部に送ったんですかね,ホームじゃなかったかと思いますけどね。


反省手記も書いた。

反省手記というか,手記ですね,はい。


どうしてこれで話合いをさらに続けなきゃいけないの。

徹の様子に,どうもまだすっきりしてないということが見てとれましたし,それは,ほかの家族もちょっと心配していた,半信半疑ではありましたけどということと,徹自身がもう話合いはやめるというふうに言わなかったからです。


本人が言わないから,そのまま続けたということですか。

はい。


1回目の保護のときは,原告が脱会表明をした後,荻窪栄光教会に連れてってますね。

脱会表明とはちょっと言えるかどうかですけど,まあそうです。


95年の2回目のときは,脱会表明しても新津教会には連れてってないね。どうして。何か違いがあるの。

ですから・・・。


同じでしょう,脱会表明してるんだから。

違いといえば,話合いも2回目ですし,徹の様子で,私たちの見る目というものも変わってるところもありますし。


はっきり言うと,偽装脱会を疑ってたから,連れていけなかったということでしょう。正直に言いなさいよ。

心配はしてましたね。半信半疑ではありました。


偽装脱会じゃないのかと思ってたわけだ。そうでしょう。

心配はしてましたね。


<話合いをしたくないことを知りつつ・・・>

次の荻窪プレイスですが,ここを借りることを事前に原告に伝えた。ここを今度借りて,おまえ,移ってもらうからなと。

いや。借りるということについては,話してないと思います。


本人の意向も関係なしに借りたということだね。

特に,当時,不満とか不平とかいうこともありませんでしたし,また,私も父につきっきりで,かなりばたばたもしてましたので,結果的には伝えませんでしたね。


先ほどの偽装脱会の話だけども,偽装脱会してると疑ってたということだよね。

うん。


原告は,何のために偽装脱会してると思ったの。

何のためにという・・・。


何か目的があってやるでしょう,行動は。何のためにやってるの。

話合いをしなくても済むようにできないかなということで,そういう態度をとってたんだと思います。


あなたの陳述書はこう書いてあるね。徹が話合いに入ること自体をかたくなに断れば,話合いは成立せず,家族は諦めるしかなかったのですと書いてあるね。原告が偽装脱会をしてること,要するに,話合いしたくないということだということであれば・・・。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
すいません。それ,代理人の前提を押しつけないでください。

原告代理人
違いますよ。そうであれば,話合いをする気はないんだから,そこで諦めりゃいいの。何で諦めなかったの。

ですから,主尋問でも述べましたように,そう簡単に割り切れるものではなくて。家族との関係を断ち切るようなことになれば,家族と一緒に天国に入るというふうに,私も教わってましたし,家族との関係は非常に大事に考えますから,伝道に支障が出る,いつまた会えるかも分かんない,また,そういったことは,徹白身も言ってましたので,葛藤してたんだと思います。


<嘘がばれて・・・脱会した人を教会が奪還しに来た例はありません>

お父さんが亡くなって,最期のお別れに行った件ですが,東京に移動するに当たって,被告■<後藤徹氏の兄嫁>,被告■<後藤徹氏の妹>がいましたね。

はい。


それに,被告■<後藤徹氏の兄嫁>の兄2人,そのほか元信者のT,S,女性の元信者,同行を頼んでますね。

私が頼んだというか,伝えたのは,とにかく危ないから東京に来てくれと。ちょっと記憶も飛んでしまってたんですけど,誰に運転してもらうかというときにTさんに連絡をとったようなんですが,誰がどう車に乗るとか,その辺のことについて何もタッチしてないですね。


それでも,被告■<後藤徹氏の兄嫁>,被告■<後藤徹氏の妹>,兄2人,T,原告の話によると,さらに元信者が2人いるというふうに言ってるんだけど,何でこんなに人がたくさんいるの。東京へ来るだけでしょう。本人,偽装脱会かもしれないけど脱会してるんでしょう。

Tさんとお兄さん2人,それから被告■<後藤徹氏の兄嫁>と被告■<後藤徹氏の妹>,徹を入れて6人だったように聞いてますけども。


何でそんなに人がいるのかという。

何でというか・・・そんなにたくさんの人がという認識でなく,東京にすぐ来てというふうに言ったときに,Tさんにはお願いしましたけど,そのほかの人たちに関して,ついてきてほしいというふうにお願いしたことがないので,そういうふうに言われても,ちょっと分からないですね。


お父さんが亡くなって,原告は葬儀には参席させませんでしたね。

葬儀に出たいということもありませんでしたので,ちょっと心配なこともあって,自分と母で出るからねということです。


自分の父親の葬儀に出るか出ないか,これは,誰が決めることですか。あなた方が決めることですか。

徹も偽装していたという立場でもありますので。


逃げると思った。

逃げるというか,葬儀に出たいのでという話もしてませんでしたし,それ自体普通じゃないかもしれませんけど,自分と母が葬儀に行くからということで,分かったということでした。


お父さんの訃報が大手新聞に載ったから,統一教会がこれを見て奪回に来るかもしれないと,だから出さなかったんだというふうに,あなたは主張してましたね,準備書面で。

載ったからというよりも,載るかもしれないという心配でしたね。


載ったと書いてある,準備書面。

そうでしたか。


そうですよ。これは嘘だというふうにばれましたね,後で証拠を出したでしょう,こっちから。

ええ。


大手新聞全部出した。載ってない。一体どこに載ってるの。

実際,載るかもしれないと思ったからですね。


載るかもしれないと思ったから,載るかもしれないだったら,まず確認してないの。大手新聞って,準備書面には書いてるんだよ。大手新聞だから,朝日か読売か確認したんだろうと私は思ったよ,だから調べた。

いや,確認したわけではないですよ。載るかもしれないと思ったので,どういう新聞,全部調べるということも,そんな暇もありませんでしたし。


この時点で,原告は既に脱会届を出し,荷物もあなた方が引き揚げてきてる。そういう信者に対して,統一教会が奪回に来ますか,そういう事例が過去にありますか,脱会信者に対して。一件でもあったら挙げてください,名前を挙げて。あるかないか,具体的に名前を挙げてください。誰それの葬儀に来た。

いや,それはありません。

脱会した人間のところに,教会が奪還しに来ましたか。来た例がありますか。

いや,それはありません。


あなだだって脱会してるわな。妹だって脱会してるね。女房だって脱会してるじゃない。

うん。


この人は,もう2年前に脱会届出してる。立場的には,統一教会から見たら同じでしょうが。

そう言われるかもしれませんけど,そのときはそういう心配をしたんです。


さらに,この葬儀には,被告■<後藤徹氏の兄嫁>も被告■<後藤徹氏の妹>も出てない。

はい。


原告を1人に,部屋に置いといたら逃げるからでしょう。だって,あなたは偽装脱会を疑ってたんでしょう。

先ほどの訃報が出て云々の心配があったので,徹のほうは葬儀に出たいとも言わないので,私と母だけで行きましたけども,被告■<後藤徹氏の兄嫁>と被告■<後藤徹氏の妹>は,ちょっと私たちも残るからと言ってくれたんで,そのようにしました。


おやじさんの葬儀に実の子供が2人,長男の嫁が1人,同じ東京にいながら葬儀に出ない,異常でしょう,これ。同じ東京ですよ。

異常ですよね,はい。


そのとき,あなたは異常だと思わなかった。

この問題に取り組む上で,別にそういうこともあり得るという感じでおりましたけど。


<また、でまかせが一つ・・・>

荻窪プレイスからフラワーホームに移動する際に,あなたの友人3人に家具の移動を手伝ってもらったんだと,そう言ってるね。

家具・・・。


そう書いてあるよ。

はい。


荻窪プレイスにあった小型の冷蔵庫は,フラワーホーム804号室にあった特大の冷蔵庫とは違いますよね。あの小型の冷蔵庫は,どこへ持ってった。プレイスにあった。

プレイスのは,それは持ってってませんよ。


置いてったよね。

はい。


その3人に,一体何の家財道具,何を持ってってもらったの。

自宅にあった衣装ケースとか,あのとき持ってったのは,レンジとか本棚とか,本棚はあったか・・・。


それは,3人に持ってってもらったのね。

そうですね,はい。


そうすると,別行動になるわな。荷物運び部隊と原告を連れていく部隊と2つに分かれた,そういうことですか。

いや,同じですね。


だって,本棚とか車に載る,同じ,この人も乗ってる車に。どんなでっかい車を持ち出したの。

その車ではなくて,ちょっと時間帯が違ってたという意味ですね。


時間帯が違って,それぞれ別にやったのに,何で本人はこの3人と会ってるの。会ったって言ってる。

ですから,いてくれたという感じですね。


乙イ第1号証の2(議決書)を示す
あなたは,検察審査会の議決書でどう書いてあるか知ってる,これ。こう書いてある。5ページ下から7行目以下,「被告■<後藤徹氏の兄>の友人3人が来たが,統一教会からの奪還防止のために手伝ってもらったものであり」と,あなたは,刑事ではこういうふうに言ってるの。何で民事で違うことを言うの。刑事でそう言ったのを,忘れたのか。

・・・・・。


原告が新潟に置いてきたままにした財布と運転免許証は,お母さんが本人に返した。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり,誤導です。

原告代理人
何で。そう言ったじゃないですか。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
本人は,運転免許証について話はしてない。

原告代理人
じゃ,財布だけでいいです。財布は返したということですか。

ええ,だったと思いましたけど。


ところが,最終的に彼をフラワーホームから出したときには,一銭も持たせなかったと書いてあったね。持たせてないと。これは,どういうこと。返したんじゃないの。

そのときは・・・聞いたことですけど,財布の中にお金が入ってなかったということだったと思いますけど。


1万円入ってたと言ってます,本人。誰が抜き取ったのかな。

いや,分かりません。


原告は,12年前に家に帰るときに無一文で来たと思いますか。無一文で来たと思いますか,財布の中。

・・・・・。


出たときは無一文だよ。その間に,お金はどうなったの。

・・・・・。

1万円
<後藤徹氏の財布の中の1万円札はどこへいってしまったのか???財布を返してもらえなかったと主張する後藤徹氏と,財布は返したが財布の中にお金が入ってなかったと主張する後藤徹氏の兄>


<南京錠を付けた時期を・・・「何でこんな嘘つくの」>

フラワーホームについては,ここは,玄関に南京錠をつけ,窓にはクレセント錠で開かないようにしたということだね。

そうですね。時期によってです。


なぜここだけそうしたのかな。ほかのプレイスとマンション多門,新潟,あなたは両方してないというんでしょう。なぜここだけするの。

ですので,杉並教会が近かったことと,宮村さんが話合いの場に行くときなどに,つけられていたことがあったからです。それで,統一教会の人たちが来るんじゃないかと思って,心配しました。


まず最初に,もうこの人は脱会届を出して,荷物も引き揚げて2年以上たってる。まだ来ると思いましたか,教会が。

脱会届に,普通ではちょっと分からないようなやり方で,まだ脱会してないというふうにサインを書くっていうことは聞いてましたし。


サインあった。出す前に,あなたは見たでしょう。サインがありましたか。

いや。それが,気づけばいいですけど,気づかない可能性もありますので。


どういうサインが書けるの。何か絵でもかくのかね。絵がかいてあった。

それが分かるようでは,サインじゃないと思いますので,何とも言えないですけど。


先ほど,フラワーホームには宮村がやってくるから,そこでばれるんじゃないかと言ったよね。

可能性は,はい。


南京錠は,いつあなたはつけたの,フラワーホームに。

直後ではないですよ,入った。


直後じゃなくて,どれぐらいしてつけたの。

1週間ぐらいでしたかね。


乙イ第1号証の2を示す
議決書

6ページ真ん中,「南京錠は,入居前に取り付け」と,あなたは刑事ではこう言ってるじゃない。1週間後に取り付けたなんて,嘘じゃない。入居前に取り付けてるじゃない。何でこんな嘘つくの。

記憶違いでした。失礼しました。


原告が偽装脱会を表明して,その後,宮村が来たのは,フラワーホームに入った後です。宮村は来てないじゃないですか,この時点では。

ですから,杉並教会が近くにあって,信者さんたちがうろうろしてたので,過度の心配だったかもしれませんけど,心配をしました。


荻窪プレイスもごく近いところでしょう。

いや,ごく近くはありません。


乙ハ第44号証の1を示す
この図面でいうと,荻窪プレイスはどこにありましたか。

この辺でしょうか。


この保健所の「保」というところでしょう。

はい。


大して変わらないじゃないの。

全く,動線も違いますので。


今,保健所の「保」というのは,荻窪駅のすぐ下に保健所とあるところの「保」という字のところを指しました。大して変わらないのに,何でプレイスでは奪還を恐れる必要がなくて,何でフラワーホームは奪還を恐れる必要があるんですか。

ですから,大して違うとは思ってませんでしたから。


同じ荻窪でしょう。

動線が,ちょうどマンションの前を通って信者さんたちが,荻窪の駅からなんでしょうけど,歩いてましたので,それで心配になったんです。


原告は,江戸川だとか,あっちのほうの信者だよね。杉並とは全然違う。それで,何で恐れる必要があるの。知らんですよ,この人,杉並の人たちは。

ただ,私たちも元信者でしたので,どういう人事でどういう人が杉並に来てるかも分かんなかったので,ちょっと余計な心配と思われるかもしれませんが,心配しました。


荻窪プレイスは心配する必要がなかった。

うん,そうですね。


<味方の陳述書があだに・・・>

フラワーホームで,移ってからしばらくして,原告があなたを呼んで,机を叩いて,偽装脱会を自分はしてるということを告白したときに,こんな監禁なんてやり方をするあなた方が悪いんだと言って,長い間心中に無理やり押し込んできたうっくつした思いを一気にぶちまけたと,これ,事実でしょう。

いや,そんなふうには言ってませんでした。


あなたの陳述書では,こうなってるね。偽装脱会という形で家族やかかわってくれた人たちをだまし続けたことをわびた。わびましたか。

わびてましたよ。


そんなふうに声を上げたり,責め立てたりしたことはありません,そう書いてある。

はい。


神妙に,あなたにだましててごめんと言ったの,本人が。

そうですね,はい。


宮村の陳述書ではこう言ってる。宮村の陳述書,乙ハ2号証27ページ9行目以下,原告が述べる,このうっくつした思いをぶちまけたというやりとりについて,こういうふうに言ってる。「そのようなことがあったと私はマンションで聞いたように思います」。あなたが伝えなきや,宮村は知らないでしょう。ぶちまけたとあなたが伝えなきゃ,誰が伝えるの。

・・・・・。


あなた方は,陳述書を書くときお互いに示し合わせてやってないから,こうなるんだよ。

いや・・・。


フラワーホームの呼び鈴は鳴らないようになってましたね。

鳴りませんでした。


鳴らないように細工がされてたと,もう切ってあった。

鳴りませんでしたね。


だから,訪問者,宮村,あなた方,元信者,ノックの合図で来訪を知らせましたね。

ノックはされてましたね。


ノックの仕方で,一般の人なのか,それとも関係者なのか,これが分かるようにしてあったんでしょう。違いますか。

そういったことではないです。


違うの。

ノックはノックでした。


甲第146号証の2(写真報告書)を示す
甲146-2写真5
<甲第146号証の2 写真5>

写真5は,SRという父兄が水茎会の勉強会に参加した際に記したメモなんですが,ここに,「訪ねてきた時の合図のノック」とありますね。水茎会でこのように指導してるんでしょう。

いや,私は知りません。


水茎会でこういう指導をしてるんだから,あなたは当然水茎会の古手なんだから,知ってるでしょう。

いや。これが水茎会の何かだということなのかどうか分かりませんけど,合図のノックというあれはないので,何とも言えません。



<「統一教会は嘘ばかりだ。自分は絶対に嘘はつかない」!?>

甲第9号証添付写真2を示す
南京錠による玄関ドアの施錠状態の再現写真

これはフラワーホームの玄関の南京錠だけど,こんな感じでやっとったのかな。

おおむね。


ところで,このやり方,誰に教えてもらった。

いや,自分で。


自分で考えたの。

はい。


これは,全国統一だよ。

そうですか。


自分で考えた。

そうですね。


こうしたらいいだろうなと思ったわけだ。何のためにこうしたの。

ですから,統一教会の人たちがドアチェーンを切って入ってきたという話をどっかで聞いてて,それで心配したんです。


これだったら,ドアチェーン切れないの。そもそも開かんわな,これじゃ。

そうですね。


原告に,これはおまえの奪還を防ぐためにこうしてあるんだと,そういう説明した。

いや,そうは説明してません。


何と説明したの。

いや,何も言ってません。


南京錠の鍵はどこにあるか,本人に言った。

いや。だから,そういう会話自体がなくて,それで・・・。


本人はこれを見たら,ああ,やられたなと思うじゃない。出られんなと思うやん。

だから,そういう会話は,外してから言ってきたので,もうしてないよと,見てきなよという会話はしました,


被告宮村の準備書面ではこう言ってたね。現に,原告について,内鍵をつけて,自分の判断で外に出にくい状況であることに気づいた被告宮村は,被告■<後藤徹氏の兄>らに,それは外したほうがよくないかと述べたと。自分の判断で出にくい状況,鍵がどこにあるのか分かんなきゃ出られない,本人。でも,あなたは伝えなかった。

そうですね。


あなたは,フラワーホームにいたとき原告に対して,たとえ裁判に訴えられても,俺は絶対に嘘はつかないと言い切りましたよね。

いや,そんなことはあったですかね。


あなたは青春裁判に出て,統一教会の人間は嘘ばっかりだと,俺は訴えられたって絶対に嘘つかない,そういうふうに言ったでしょう。原告は聞いてる。

言った覚えがないです。


原告から拉致監禁だと非難されたときに,これは緊急避難的保護だというふうに反論したでしょう。

保護だということは言いましたね。


緊急避難的保護じゃない。

いや,違います。


原告はあくまで拉致監禁だと言うので,ほかにどういう方法があるんだ,あったら教えてくれというふうに,あなたは言ったでしょう。

いや,言ってません。



甲第9号証添付図面4を示す
荻窪フラワーホーム804号室間取り図
フラワーホームの見取図ですけど,大体こんな感じでいいわけね。

はい。


ここに,原告の常駐場所だとか家族の常駐場所を書いてあるよね。それも,大体こんな感じかね。

そうですね,はい。


いつも原告はここに座っとったの。

ここに限らず,この辺にいたりとか。


今指示してるのは,テーブルの下ね。

この辺ですね。


大体,そのテーブルの上か下にいたのね。

はい。


ところで,こういう部屋割りはどうやって決めたの。

部屋割りというか,自然にこうなりました。


同じタイプの部屋に保護されたMKさんも,やっぱり奥の部屋におらされたわけね。で,家族はこっち,Bのほうね。これも,偶然の一致,たまたまそうなった。

自然にそうなったんじゃないですか。


何で家族は玄関に近い部屋で,保護された信者は奥の部屋なの。

本人が落ち着くからじゃないですか。


そういうふうに言ってたの。

いや,それは分かりません。


キッチンのところに冷蔵庫あるよね。

はい。


これ,転倒しないように床に固定させてたよね。

・・・いや,どうでした。


覚えてない。

はい。


これは,もともとここにあったよね。これは超大型みたいだけど,ここにもともとあったでしょう。

冷蔵庫はちょっと,そうかもしれません。


ということは,前の保護で使ってたわけだ。

そこにあったものを貸していただいたということですね。


洋服だんすだとかも,全部ここにあったね,食器棚も,もともと。

全部ではないですね。


やっぱり水茎会から手配してもらった部屋だね,これ。

ですから,水茎会からということではないんです。


家族がインフルエンザにかかって,原告もうつって高熱を出して寝込んだことあるよね。

風邪を引いたことはありましたね。


インフルエンザ。

いや,インフルエンザではないと思ってましたけど。


でも,高熱が出たでしょう,40度。

出てないと思いますけど。


何で原告を病院に連れてってやらなかったの。

ですから,普通の単なる風邪だろうと思ってました。


でも,寝込んでるんだから,病院に連れてってやりゃいいじゃない。

寝込んでましたかね。


ぴんぴんしてた。

ぴんぴんではない,風邪の症状ですね。


だから,なぜ病院に連れていかなかったのか。

薬があったからです。


薬があったから,これで十分だと。

そうです。


そういうふうに思った。

はい。


<自分で買いに行けばいいだろうと言えなかった!?>

2001年2月頃に,約1ヵ月間にわたって,原告が力づくで脱出を試みて抑圧されたということを本人は言っとるんですが,あなた方に言わせれば,脱出を図ったんじゃなくて,嫌がらせか何かで激しく暴れたということがあったということだね。

はい。


その後の3月頃から,原告から様々な書籍を要求されて,あなたは何十冊と差し入れてますね。

そういうこともありましたね,はい。


あなたは,原告から要求を受けて,自分で買ってくりゃいいじゃないかと,そう言わなかったの。自分で買いに行けばいいだろうと。何十冊ですよ,彼が要求したのは。

そうは言いませんでしたね。


あなたは,唯々諾々と原告の要求に応じて,本を差し入れたでしょう。

私自身の判断でそうしたんですけどね。


要するに,原告を閉じ込めてることへの後ろめたさから,そうしたんでしょう。

いえ。話合いを円滑,何しろ私に対する反発があったので,それを和らげようと思ってしたことです。


前回この法廷でMKさんが証言したとき,あなたは随分と神妙にMKさんの証言を聞き入ってたのを見てたんだけど,MKさんの証言で,特に事実と違うと気づいた内容がありますか。あなたが分かる範囲でいい。

MKさんが玄関の鍵を見たというのは,違うだろうなというふうに思いました。


MKさんが来たとき,あなたもそこにいましたよね。

ごめんなさい,分かんないです。


あなたは,MKさんが,このとき鍵を開けたのは,あなたに開けてもらったという証言をしてた。それは覚えてる。

いや。開けてもらったというのは。


あなたに,出ていくとき。思い出した。

彼女が来てたのは,私は記憶ないです。


MKさんが同じフラワーホームの下の階,505号室にいたというのは知ってたね。

知ってたんだろうと思います,はい。


505号室は,MKさんが入る前,OBさんがいたね。

ごめんなさい,ちょっと時期的なものまでは分からないですけど。


時期は分からないけど,フラワーホームにいたよね。

OB氏もフラワーだったかな。


前々回,原告も法廷で示したんですが,原告の指が変形したのは,あなたは知ってますか。

知りません。


2001年2月にあなたが出勤しようとした際,原告が出ようとして,そこでもみ合いになって取り押さえられた,こういうことあったよね。

何か徹が私に向かってきたので,何だ,何だっていって,やりとりをしたような記憶ですね。


このときに,あなたは被告■<後藤徹氏の妹>に目配せして,携帯電話で宮村に連絡させたよね。

いや,してないですね。


宮村が来たでしょう,この日。

いや,来てないですね。


あなたの陳述書によると,業績不振のため,2001年1月にタップを辞めたというふうに言ってるんだけど,実際は,2月に原告が脱出を図ったことが原因で,タップを辞めたんじやないの。

いや,そうではないんです。


1月じゃないでしょう,2月でしょう,あなたが辞めたのは。

いや,1月いっぱいで辞めてます。


1月いっぱいに辞めたのかな。

はい。


宮村によると,2月に辞めたとなってるけど。

残務整理で会社にちょっと行ってたことがあったので,混同なさったんじゃないですか。


これ,業績不振じゃなくて,原告がこのとき脱出しようとして暴れ始めたから,あなたが専念するために辞めたんでしょう。違いますか。

いや,そういうことではないです。


<中から開かず外から開けられるドア、そしてトイレ事件>

甲第9号証添付図面4を示す
荻窪フラワーホーム804号室間取り図
Dのところのドアは,鍵をつけたということでしたね。

はい。


これは,玄関の側からしか鍵が開けられないようになってたの,それとも,どっちからも鍵で開けられるようになってたの。

玄関の側は,回せば開くようになってましたね。


内側からは,鍵がないと出られないということだな。

そういうことです。


あなたは仕事が忙しくて,その玄関のところにこもって仕事をしなきゃいけないなんて言ってるけど,別にここ,鍵を締めなくたって,普通に閉めりゃ,ここで仕事できるでしょう。何で鍵まで要るわけ。

突然,家族なり徹が入ってこられても集中できないので。あと,そうですね,そういうことです。


しかし,さっき,玄関側からは回せば開く,ところが,内側からは鍵で開く,そうすると,鍵は当然内側,BとかAとか,この辺に置いてあったわけでしょう。鍵をここかけたって,開けられるじゃん。個室にならないじゃない。鍵かけてまでする必要もない,外から開けられるんだから。

鍵がかかってれば,使ってるんだなということで分かるので,実際そういう感じでしたので。


ここ,玄関でしょう。

うん。


玄関に出る,外出する以外に,ここ通らないよね。あなた方はみんなここにずっといるんだから。夜ここであなたは仕事するのに,家族は夜中,外に何しに出るの。出ないでしょう。

そのスペースを自分のスペースとして使ってたということもあって,その流れの中で,個室として鍵もほしいなということでかけたまでです。


ここは,原告が一度脱出しようとして,ここに手をかけたら鍵が締まってて出られなくて,危ない,危ないと,油断も隙もないと,あなたは言ったでしょう。

いや,そういうことありませんでした。


何で原告は,ここに鍵がかかってるのを知ってるのかな。行ってみなきゃ分かんない,開けようとしなきゃ分かんないね。想像で言っとったのかね。違うでしょう,実体験でしょう,開けようとした。

どうなんでしょう。だから,私がいないときにも誰かが鍵をかけていたので,何かそういうことがあったのか,ちょっと私には分かりません。


トイレにあなたが閉じ込められて,OBが来て開けてくれたということがありましたね。

はい。


このとき,OBはタップに勤めてたというふうに証言してたけども,タップの勤務時間中に,OBに来てくれと言って,社長の丁解が要るんじゃないの。社長の宮村の了解が要るんじゃないの。

仕事自体は,個人の裁量で動いてましたので,許可が要る的なことを私は考えてませんでした。


本当は,宮村に電話をして,宮村が,OB,おまえ行ってこいと,そう言っていたんじゃないですか。

いや,違います。


それで,OBが来て開けてくれた。あなたはトイレから出た後,原告がいたこの部屋のふすまを開けて‥騒がせてすまんと言いましたよね。

いや,ふすまは開いてましたよ。


そこ,開いてたところで,すまんというふうに言ったわけだ。

騒がせて悪かったなと。


原告は,監禁されてる者の気持ちが分かっただろうと,あなたに言ったでしょう。

いいえ。


言わなかった。

はい。


原告はそのときここに座って,あなたに向かってそう言ったと言ってる。

いや,記憶にないですね。


ここに座ってたでしょう。

はい。


ここ,原告の居場所に座ってたね。

だから,言ってないです。


ここに座ってて,OBは,トイレのほうを,ざまあみろというふうな顔をして見てたなんて,ここから見えるわけないでしょう。

いや。ここじゃなくて,ここですよ,本人がいたのは。


テーブルの下のベランダとの角。

ここですよ。


ここからだって,見えないよな,これ。

いや,見えますよ。


見えない。

いや,見えますって。


今示したのは,ベランダとの境の左の角,隅,そこを指して言いました。そこから見えない。大きな冷蔵庫があそこにあるから,見えないです。

いや,見えますけどね。


<12年以上も選挙権を奪っていた!>

実は,原告の住民票を調べたんです。パレスマンション多門にいた1997年2月1日付けで,保谷市の実家に住民票が移された。これ,手続をやったのあなたでしょう,ほかにいない。多門にいた97年2月1日,このとき,あなた以外は全員新潟だ。あなたしか,この手続はできない。あなただよね。97年2月1日付け。保谷市に移ってる。本人ができるわけないよな,これ。あなたしかいない。忘れた。

ちょっと,記憶にはないですね。


そこに移ったという時期はいつ。そこに移ったというのは知ってるな。

いや・・・。


知らんわけないでしょう。それまではホームに住民票があったんだから,そのまま残してるわけないじゃないですか。

ごめんなさい,覚えてないです。


これ,当然,国政選挙,地方選挙があれば,投票の用紙が送られてきますよね。これを本人に渡した。お母さんが渡した。

いや,渡してません。


渡してないよね。

うん,渡してはないですね。


何で。統一教会信者で保護されてる者には選挙権はないということかな。

いや。話合いもしてましたし徹自身もそういったことを言わなかったので,我々も行ってませんでしたし,そういう意味では,余り気にはしてませんでした。


選挙があるかどうかなんて,あなた方が教えなきゃ分かんないんじゃないの,本人は。

どうでしょう,はい。


免許も失効してるんだけどね。免許の件はどうしたの,あなたは。もうそろそろ,おまえ,免許切れるけどどうすると心配しなかったの。

そういったことも話題になりませんでした。


話題にならなかったけど,あなた方が連れてきて保護してるんだから,更新してやらないと失効しちゃうでしょう。そんなに心配もしなかった。

連れてきて保護してるというか,話合い自体に徹も同意しましたので,そういった話題が出なかったので,そのままにしてました。


<食事の差別化は本人のことを考えてした!?>問題発言に双方の代理人もヒートアップ!!

甲第1号証を示す
これは,原告が解放3日後に撮影した写真だけど,あなたは,保護の期間中に,原告がもしかしたら死ぬかもしれないと心配したことあるでしょう。

死ぬかもしれない・・・。


餓死するんじゃないかと。

断食をしてたときは,そういう心配もある時期からは,全くなかったということではないですね。


長期断食後に,原告の食事をもとに戻そうとしない被告■<後藤徹氏の兄嫁>の態度に,あなた自身も驚いたことがあるでしょう。そこまでするかと,あなたは言ったでしょう。

いや,そう言ったことないですね。


甲第140号証の1(照会書)を示す
HirtYoru


これは,昼食のおかず,夕食のおかず,これは,原告が解放される直前の1年4ヵ月間の食事内容,先ほどあなたは,これよりもう少し多かったというふうに言ってたけど,これにどんなものがついてたの。

具だくさんのみそ汁と,御飯ですよね。


それだけ。

ですから,こういったものを,もっと量があったように記憶してますけど。


これ,毎日同じメニューだったと。多少,たくあんが梅干しになったりとかあったけども,毎日同じ。何で毎日同じメニューにしたの。

毎日同じだったかどうかは,ちょっと私には分かりません。


これは小皿でしか出してない。大皿で出したことはないよね。

ごめんなさい。ちょっと,私がいつも一緒に食事をしてたわけではないので。


あなたも食事してたことあるでしょう。

それはありますね。


他方で,あなた方ほかの家族は普通の食事をしとったよね,同じテーブルで。

そうですね。そんな豪華ではないですけど,普通の食事ですね。


カレー,ハンバーグ,スパゲティー,カツどん,こんなものを食っとったというふうに本人は言っとったけど,あなたらはそんなもの食ってたのね。

そうですね。


同じテーブルで,原告はこの写真の食事,あなたらはカレー,ハンバーグ,スパゲティー,カツどん。この落差を目の当たりにして,良心の呵責を覚えなかった。
カレーハンバーグスパゲッティカツどん

良心の呵責というよりも,本人のことを考えてのことでしたので。


本人のことを考えて,こういう食事にしたと,本気であなたは言ってるの。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
前提が違うでしょう,異議があります。

原告代理人
何でですか。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
本人は,そういう食事だったとは認めてませんよ。

原告代理人
これにちょっと量が増えたって,同じですよ。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
違いますよ,だから。

原告代理人
前々回の原告本人の尋問では,この差別的な食事の場について,一切会話もなく,空気が凍りついた雰囲気があったというふうに言ってましたが,食事の場はそういう雰囲気だったの。

そういうときもあったかもしれません。ただ,ずっとということではないです。


あなた方は普通の食事,本人はこの食事で,和気あいあいと話ができますか。

・・・いや。


してましたか。

そうですね,和気あいあいというのがどの程度のことか分かりませんけど。


あなたの陳述書,乙10号証の24ページにこう書いてあります。「フラワーホームで徹は家族を見下すような態度で,自分の決めたペースで勝手に生活していました。家族は徹に振り回され続けました。その偉そうな態度は「まるで王様みたい。」と家族の皆が言うほどでした。」,このくだり,あなたが自分で書きましたか。

そうですが。


本当は弁護士が書いたでしょう,このくだりは。

いえ,自分です。


自分で考えて書いた。

はい。


これ,正気で書いたの。

そうですよ。


甲第1号証を示す
王様の生活をしてた人が,飢餓状態のマラスムス状態<飢餓、長期間にわたる栄養の不摂取、若年女子に みられる神経性食思不振症などでみられる栄養障害>になりますか。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
異議あり,誤導です。

原告代理人
どこが誤導なんですか。

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
誤導ですよ。だって,この写真のやつと違うというふうに,本人は主尋問で言ってるわけだから,それについて,それを前提に聞くのは誤導でしょう。

原告代理人
違います,そんなことはないです。誤導じゃありません。事実です,これは。

裁判官
続けてください。

原告代理人
事実をねじ曲げるな。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
ちょっと異議があります。そういう脅迫的な発言はやめてください。

原告代理人
先ほどは,尋問に対する妨害ですよ。

被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
尋問調書に残していただきたい。

原告代理人
王様の生活をしてた人間が,マラスムス状態になりますか。

ですから,12年間の間にいろんな場面がありました。徹が断食をしてたときもありますし,先ほど言ったような,本当に家族を何だと思ってるんだというような態度をとってた時期もありました。私は,そういうときのことを切り取って,そこに書いたということです。


<12年5か月、24時間、徹氏を絶対一人にさせなかった動機とは?>裁判官も思わず口をはさむ!

先ほどあなたは,フラワーホームから本人を出したときに,一銭も渡さなかったということだけども,この時期は冬の2月,一番寒い時期ですね。一円も持ってない,それで放り出されて,凍死したりしたら,どうしようと思った。心配しなかった。

ですから,戻ってくると思ってましたので。


戻ってくるからいいんだと。

戻ってくると思ってたので,全然帰ってこなくなるとは実際思ってなかったですよね。ですから,帰ってこなかったので,そういう面で心配しなかったかといえば,それは嘘になりますけど。


原告は,外へ出されて靴を投げつけられた後,玄関から立ち去ったということなんだけど,あなたはのぞき窓から本人の様子を見てたよね。

見てたかもしれません,はい。


見てたでしょう。あなたは陳述書で,原告はへらへらしていましたと言ってる。開けて見たわけじゃないでしょう,そこから見てたんでしょう,あなたがのぞき窓から。へらへらしてたの,本人。

うん,今思い出しました。


金くれと言ったでしょう。

いや,言ってないですね。


あなた方は,これは拉致監禁じゃないんだと,原告が自分の意思で12年5ヵ月間居座り続けたんだというふうに言ってるんですけども,この法廷で,裁判長の目を見て,そうですと胸を張って言えるか。

言えます。


原告が居座ったというが,この12年5ヵ月間,24時間,あなた方誰かが必ずマンションにいましたね。1人にしたことないよね。

1人はいたと思います,はい。


原告を部屋に1人で残して,家族みんなが,ほかのは出払うということは,一日も,一瞬もなかったね。

私はずっといたわけじゃないので,ちょっとそこは,そうですと言い切れない部分はありますけど,私の知る限りではないと思います。


たとえ小学生の子供に対してでも,24時間張りついて,12年間,そういうことしないでしょう,親も。何で原告にはここまでしなきゃいけないの。なぜ。

それは,家族の動機としてということですね。


家族の動機。どういう動機なの。

私たちが経験したことからしても,統一教会というところで活動するということは,社会的には許されないようなこともあります。だまされていたという,私たちには認識もあります。私があちらにいたときには,そういう感覚がなく,誤解だというふうに考えていましたが,本当のところを自分の頭でちゃんと検証して確認してほしかったし,そうしないと,あちらで伝道するにしても,その人の人生に大きく,伝道の対象者に大きく影響するわけですし,どうやって責任取るんだっていう・・・。


そのことと24時間張りつくこと,どう関係するの。

ですから,家族としても,徹と一緒に検証作業をするという意思を示したかったんです。


婚約者と家庭を持つこともできない,子供を持つこともできない,仕事もできない,外に出ることもできない,太陽を見ることもできない,高熱にうなされても病院に行けない,食べたいものも食べることができない,ただ,延々と狭い部屋に居続けて,12年5ヵ月間無為に年を重ねるしかない,これが原告本人の意思だというのか。

統一教会の価値観からすると,この世とはまるで違いますので。


裁判官
結論だけでいいですよ,原告のご意思だということですか。

そうです。

原告代理人
自分言ってることが常識から外れてるのは分かってる。

統一教会は常識では図れませんので。



被告側弁護士からの再尋問

被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(山口貴士)
山口貴士弁護士
今回の話合いについてなんですけども,徹さんは,話合いに入ること自体については同意してたわけですよね。

はい。


それから,場所を移動したり,マンションに入るということについても,同意されてましたね。

はい。


ここ,重要なんですけども,徹さんは,その場から出ていこうと思えば,いつでも出ていけたんじゃないんですか。

そうです。


宮村さんや松永先生と話し合うことについても,承諾してましたよね。

はい。


徹さんから話しを終えたいという話が出たことはあるんですか。

ありません。


先ほど97年2月の徹さんの住民票の話が出ましたけども,97年2月の時点で東京のほうにいたのは誰なんですか,後藤家で。参考までに,お父さんの肝臓がんが発覚するのは,97年3月です。

父もおりましたね。


お母さんは。

母もいました。


あなたも東京におられたということですか。

そうですね。


そうすると,あなただけがそういうことをやれる立場にあったというわけではないですよね,先ほどの福本代理人の尋問と違って。

そうではないですね。


風邪を引いたときのことなんだけど,徹さんは,病院に連れてってほしいいうふうに言ったんですか。

いや,言ってないですね。


それで,深刻な病気だとか,そういう認識だったの,それとも,普通の風邪でちょっと具合悪いだけと,どっちの認識だったんですか。

普通の風邪です。


大成建設のときの話なんですけども,あなたは先ほど,会社のほうに退職扱いにしてくださいというふうに言ったというふうに言うんだけど,何で家族のほうから退職扱いにしてくださいという話を大成建設にしたんですか。

いつまでもずるずると籍を置いておくのは申し訳ないと思いましたし,父もそう,父ですよね。父のほうで,こういうことになってしまって申し訳ないんでという,もう退職ということでお願いしますというふうに言っておりましたね。


大成建設の人と,コネ入社できたことですから,人間関係があったのは,あなたなんですか,お父さんなんですか。

父です。


今言われたことをしたのは,どなたなんですか。会社の話は,あなたなのか,それともお父さんなのか,どちらなんてすか。退職扱いにしてくださいというふうな話をしたということを言ってますけども。

父ですね。


あなたは先ほど,徹さんのほうとしては,戻ろうと思えば大成建設に戻れたはずだというふうに証言されたんだけど,それと,今回退職扱いしてくださいという話をお父さんがしたことというのは,矛盾しないんですか。

ですから,もちろん,徹のほうから復職したいという連絡等があれば,会社としてはそうしたと思いますよ。


強制連行という言葉を使ったことというのはあるんですか。

ありません。


平成20年, 2008年2月10日に,徹さんをマンションの外に出したということがありましたよね。

はい。


それは,宮村さんの許可をもらって出したんですか。

いや,私たちの。


事前に相談していますか。

相談してません。


強制連行という言葉を,徹さんの前であなたは使ったことがあるんですか。

いや。先ほども言いましたけども,ないです。


徹さんのお財布から,あなたがお金を抜き取ったことありますか。

ありません。


被告宮村代理人(山口広)
山口広弁護士
原告の祝福のことなんですが,先ほど祝福のことを認識してたような証言だったんだけども,これは,いつの祝福のことを言ってるんですか。

最初の祝福のことです。


最初というのは,何年。3万双ということでいいですよ。

そういうことですね。


3万双というのは,92年の桜田淳子とかの大騒ぎになったときの合同結婚式なんだけども,そのときに,原告も合同結婚式に参加したというのは知ってた。

そうですね,はい。


その相手方はどうなったと認識してたんですか。

それが,いつの時期だったかちょっと定かでないんですけど,やめてるということを聞いてました。


Rさんという女性ですね。

そうです,はい。


その人が既に脱会してたということを,後で知ったということですか。

そうですね。


95年8月の合同結婚式,このことは,原告なり,あるいはほかから,あなたは聞いてましたか。

ごめんなさい,聞いてないですね。


あるいは原告のほうから,前々回の主尋問で出たんだけども,Sさんという人と合同結婚式で婚約したんだと,その人のことを気になるんだとかいうようなことは,一言でも発言が出たことあるの。

ないです。


一言もなかった。

一言もないです。


そうすると,あなた方は,この話合いに入る前の月の95年8月25日の合同結婚式に原告が参加しているということは知らなかったわけ。

知らなかったですね,失礼しました。


それは,聞かなかったんですか。

はい。


原告からも積極的な話はなかったわけ。

なかったですね。


OBさんの関係でちょっとよく分からなかったんですが,OBさんの話合いがどこでなされたかということについて,あなたは知ってるんですか。

今は知ってます。ただ,当時どうだったか・・・。


今は知ってるというのは,どういうこと。端的に,知ってるか,知ってないかだけなんですよ,そんな難しい話じゃないです。

知ってますというか,だったと思いますというレベルです。


だったと思うというのは,OB君は,話合いの場所はどこだというふうにあなたは認識してるの。

フラワーじゃないですかね。


フラワーだと認識してる。

じゃないかと思うんですけど,ちょっと定かじゃないんです。


はっきりはしないの。

はい。


<一番に電話した先がやめたはずの宮村の事務所!?>

先ほどのトイレの事件のときなんだけど,トイレに閉じ込められた後,あなたは誰に電話したんですか。

会社にもしました。


会社というのは。

タップです。


もうタップ辞めてるよね。

うん。ただ,近かったので,とりあえずしました。


そうしたら。

出なかったんですよね。


ほかに,何ヵ所ぐらい電話したんですか。

あと,嫁さんと自分の地元の友人,要するに,近くにいて,すぐ来てくれそうなところにかけましたね。


宮村さんには連絡しましたか。

ですから,携帯にしたんですけど,それもつながらなかった,出なかったんです。


OB君というのは,何人目ぐらいの。

4人目か5人目か,そのくらいだったと思います。


それで,二,三十分後には駆けつけてくたれということなんですか。

はい,そうです。


先ほど,食事のことで話が出たんですが,あなたとしては,原告の食事とあなた方の食事が差別的だというふうに認識してたの。

全く同じとは言いませんけども,我々もどっちかというと粗食でしたので,そんなに大きく違って云々という感覚ではありませんでした。


全く同じものではなかったんですね,確かに。

うん,全く同じではないですね。


それは,どうしてなんですか。

徹が,またいつ断食始めるかも分かりませんし,そうすると,普段の食事とのギャップもまた大きくなっちゃうので,むしろそのほうがいいのかということだったかと思います。


最初は断食の回復食だということなんですね。

そうです。


被告宮村代理人(木村)
1点目ですけど,Oさんというのは,水茎会のカウンセラーですか。

いや,違います。


あんまり関係ないということですね。

はい。


あなたがほかの家族が話し合ってるところに行ったときに,その信者の様子を宮村さんに伝えてたこともあったというふうに,先ほどおっしやいましたね。

はい。


伝えないこともあったんですか。

そうですね。


宮村さんから,必ず報告するようにという指示はあったんですか。

いや,そういうことはないです。


あなたたちがフラワーホームを使ってたときに,家賃は誰が払ってたんですか。

母ですね。


自分たちで払ってたということですね。

そうです,はい。


被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(荻上)
フラワーホームへの移動の際に,ちょっと検審に書いてあることと違うんじゃないかというふうに福本弁護士からでかい声で言われて,ちょっと混乱されてて説明できてなかったと思うんだけど,何人か行ってもらった人がいるというのは事実なんですよね。

そうです。


それは,徹さんが逃げるためだということではなくて,統一教会員がうろうろしている場所だし,奪還防止のためだと,万が一あればということで行ってもらったということでよろしいですか。

そうですね。


被告松永代理人(東)
新潟で,1995年12月に徹さんが脱会表明をしましたね。

はい。


脱会をするという表明したときに,そのときに,すぐこれは偽装脱会だと思ったんですか。

そのときに完全に信用したということではないですけど,徐々にという感じ,強くなったという感じですかね。ただ,確信という感じは,かなりたってからという。


偽装脱会じゃないかと確信し始めたのは,かなりたってからということですか。

はい。


フラワーホームで南京錠を外した後に,徹さんから何か鍵をかけてるんじゃないかと言われたことがあったということですか。

はい。


そのときに,被告■<後藤徹氏の兄>としては,もうしてないよ,見てきなよと言ったと。

そうですね。


そのとき,徹さんは見に行ったんですか。

行きませんでした。


原告代理人
<偽装脱会してどうやって家族を伝道するの?>

あなた方は,本人がここにずっといたのは氏族メシアだと,あなた方を伝道するためにずっといたんだというふうに言ってたね。

はい。


ところが,原告は約2年間ぐらい,偽装脱会したよね。

はい。


偽装脱会して,どうやってあなた方を伝道するの。

その先も見据えて,信仰心の強さ,それを家族に見せつけて,そこまで信じられるものなのかという観点でじゃないか。


被告■<後藤徹氏の兄>外2名代理人(荻上)
すいません。偽装脱会したのは,新潟の話ですよ。

原告代理人
いいですよ,新潟の話を聞いてる。偽装脱会して,それで信仰心の強さを示せられる。俺はやめたと言ってるんだから,全然信仰心ないじゃん,それじゃ。

でも,偽装ですからね。


偽装でしょう。だから,信仰心の強さが,それで分かるの。

だから,偽装っていうのは,信仰があればこそなんで。


偽装してるんだということをあなた方に認識させることによって,自らの信仰の強さを示そうとした。原告は,非常に複雑なことをやったんだね。

・・・・・。


                                     
以上



超長文にお付き合いいただきありがとうございました。
水羊羹

次回は,松永牧師の主尋問です。
これからも後藤徹氏を応援してくださいね!!

↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村
2013-08-20(Tue)
 

コメントの投稿

非公開コメント

話し合いを再現 

何事も話し合いで決める―。
なんとすばらしい家族愛。

この尋問録を元に、後藤家の話し合いを再現してみたいと思います。

徹「統一教会のアベルには電話しなくてもいいかもしれないけど、会社(大成建設)の上司には一本、電話を入れとかなきゃ」
父「俺が話をつけておいてやるから、お前は心配しなくていい」
母「そうよ、あなたはお父さんのコネで入社したんだから、お父さんの言うとおりにしてりゃいいのよ」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(電話一本すらしないで、期限も決めないで、会社を休むことに)

兄「ちょっと話し合いしよう。マンション、移動するから」
徹「えっ、なんで?。どんなマンション?」
兄「お前はそんなこと心配しなくていい。お前が家賃を出しているわけでもないんだから」
徹「俺、また六畳一間なの?」
妹「しょうがないでしょ、大家さんの都合なんだから」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(窓の開かない六畳一間の畳部屋から、同じく窓の開かない六畳一間の畳部屋へ引越しすることに)

徹「俺は脱会した。統一教会にはもどらないよ。栄光教会に行こうよ」
妹「そうよね、脱会して日もたつしね」
兄「ちょっと、話し合おう。でも、まだ自分の頭で考えていない、統一教会のマインドコントロールが抜けていないかもしれない(こいつ、偽装脱会してるのかもしれない)」
徹「本当に脱会したよ。統一教会の信仰はきっぱり捨てたよ」
兄「わかった。ちょっと専門家の意見を聞いてから、それからにしよう」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(いつマンションから出るか分からないまま、同じ生活を続けることに)

徹「ああ、息抜きに散歩したいなあ。外の新鮮な空気を思い切り吸いたいし、太陽の光を浴びてみたいよ。足腰もなまっているしなあ」
兄「そうか、話し合いだ。お前が散歩に行ったとき、統一教会が奪還にくるかもしれない」
妹「目の前に、まだ救われていない家族がいるのに、その家族を放っておいていいの」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(一歩も外に出ない上に、窓も開けないことに)

徹「そろそろ、このマンションから出たいなあ。っていうか、この奥の間から違う部屋に移動したいなあ」
兄「話し合いだ。お前がこっちの部屋にくる必要はないだろっ。ごはん作るわけでもないし。こっちはレディー(妹)が使っている部屋だし」
妹「そうよ、わたしはこっちの部屋が好きなんだから」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(徹は奥の六畳一間で24時間、生活を続けることに)

徹「ちょっと熱があるんだ。薬買ってきていいか」
兄「そうか、話し合おう。外に出ると人に感染させるかもしれないし、風邪をこじらせてしまうかもしれない」
徹「でも、この部屋、換気扇もないし、下手すると妹にうつしてしまうかもしれないよ」
妹「いいの。私は丈夫だから。薬は、私が薬買ってきてあげる」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(病院に行かずに、自然治癒力で風邪を治すことに)

徹「お父さん、死んじゃったの?。死に目に会えなかったなあ。せめて線香でも上げたいよ」
兄「そうか、話し合おう。葬式に統一教会のやつらが来たら、また連れ戻されるぞ。葬式は俺たちで済ませるから、お前はここにいろ」
妹「そうよ、私もいるから」
徹「お前(妹)は葬式に出たいと思わないのか。血のつながった父親の葬式だぞ」
妹「…」(この場合、どういう返事をするか、思いつきませんでした~)
兄「お前がお父さんを苦しめたんだから、会わせる顔もないだろっ」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(すぐ近くで行われている実の父親の葬式に出席しないことに)

徹「断食、終わりにします。みんなには迷惑をかけたので、自分で断食明けの食事は用意するよ」
妹「いいよ、私が作ってあげるから」
徹「っていうか、腹が減って仕方がないんだ。何かコンビニで買ってきていいかな」
兄「話し合いで決めよう。そもそも、統一教会についての話し合いの為にここにいるわけだ。まだ、話し合いに決着がついてないぞ」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(無茶苦茶腹が減ったが、自分では食べ物を準備しないことに)

兄「お前、外に出て、頭を冷やしてくるか」
徹「えっ。急だなあ。外は寒いでしょ。でも、そうするよ。ところで、俺の財布は?。あれっ、お金が入っていない」
妹「頭冷やしにいくだけでしょ。どうせ戻ってくるんでしょ。いってらっしゃ~い」
徹「ふ~」
→話し合い成立!(真冬の2月の夕方、無一文で外に出ることに。12年5ヶ月ぶりに)


これは私の想像した「話し合い」の場面です。
まったくの出鱈目だ、とおっしゃるなら、どうぞ、再現してみせてください。
2013-08-20 20:46 | みんな | URL   [ 編集 ]

世話人さん、ナイス! 

 文中の山口広先生と山口貴士先生の写真はとても光っていました。

 リアルな写真があれば尋問録もリアルになる。

 容姿に存在感のある荻上先生と東麗子先生の写真も見つけてきてくださいな。
2013-08-21 18:46 | 米本 | URL   [ 編集 ]

アクセスカウンター
プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓

にほんブログ村
重要なお知らせ

当ブログはリンクフリーです。
 

最新記事
最新のコメント
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。