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被告松永牧師主尋問ー原告側が提出した証拠ビデオ、書類は不当に盗まれた物

松永牧師の主尋問を公開致します。

松永牧師は、原告側から、監禁指南のビデオ、拉致監禁を指導する講義ノート等が証拠として提出されました。
もはや、統一教会員父兄に対して拉致監禁を指導していた事実は、言い逃れできないものと思われたのですが、当裁判の主尋問では見事に反論してくれました。
松永牧師の弁護士である中村弁護士は、「新潟合同法律事務所」のホームページで「統一協会信者が家族や協力者を訴えた損害賠償事件」という記事をアップしているのですが、その中にも、ビデオ、メモがどういうもので、何故原告側に渡ってしまったのかが書かれています。

この見事な堂々とした反論が、反対尋問でも主張できるかが興味深いところですが、今回は松永牧師の主張に注目しましょう。

松永堡智


<松永牧師の後藤徹氏の家族への相談対応>

被告松永代理人(東)
imageCARVBUZ9.jpg
乙ロ第1号証,乙ロ第12号証及び乙ロ第16号証(いずれも陳述書)を示す
これらはあなたがサインしたということで間違いないですね。

はい,間違いありません。


内容は確認しましたか。

はい。


16号証の1ページ目と2ページ目に齟齬があるというふうにさっきご指摘があったんですけど,ご確認いただいていいですか。これ,抜けちゃってるのはどこの部分ですか。

・・・・・・・。


1はHさんの陳述書<甲15号証参照>に反論を先生が書かれてる部分ですけど,抜けちゃったのは。

(3)の部分ですね。


(3)で,Hさんの陳述書を抜き書きした部分が一部抜けてるということでよろしいですか。

そうですね。


「(2頁の上から15行目以下)」とある抜き書きした部分が抜けてるということでいいですね。

はい。


<ここまでは、被告側が提出した陳述書に不備あったことについての確認です。参照:傍聴記

本件についてですが,本件で原告と家族が話合いをしてましたね。

はい。


その話合いにかかわるようになったきっかけは何ですか。

原告のお父さんから95年の初夏,お電話をいただきました。


どういったお電話をいただいたんですか。

二男の徹さんが統一教会に入ってるので相談したいという電話でした。


どういうふうにお答えしましたか。

一度,訪ねてくださいと。


どこを訪ねてくださいと。

私のところに訪ねてきてくださいと。


新津教会ということですか。

はい,そうです。


第1回目,ご家族全員で新津教会に来られましたか。

はい,そうです。


何の話をしましたか。

そのときは徹さんの今までの経過,そして私は家族が信頼を結ぶために,ぜひ心のありようとか対話の仕方について学んでくださいねって,そういうふうにお話ししたと思います。


まず徹さんの経過について聞いたということですけど,どのようなことを聞きましたか。

数年前,荻窪で宮村さんという方と会って,一度やめたけどもその後,もう一度,統一教会に戻ったと,そういう話を聞きました。


宮村さんと話し合っていたという経過を聞いて,あなたのほうでは宮村さんに連絡をとろうと思いましたか。

いえ,思いませんでした。


なぜですか。

訪ねてこられた後藤さんが,宮村さんには内緒で来ていらっしゃるような,そういう雰囲気があったもんですから,これは連絡しないほうがいい。そして相談を受けた場合,それは他に漏らすことはありませんので,連絡しませんでした。


その後,新津教会の勉強会に出席してもらいたいと,心の対応について学んでもらいたいとおっしゃったというふうにおっしゃってましたけども,それはなぜ新津教会に来てもらいたいと言ったんですか,勉強会に。

家族関係の信頼関係を回復するためには,どうしても心の対応や子供を愛するということを学んでほしかったからです。


このとき,新津教会では勉強会というのをやってたんですか。

はい,そうです。


その勉強会はどういう勉強会をしていましたか。

その当時は,元信者や父兄が集いまして,自分たちの体験とか,あるいは統一教会の中で経験してきたこと,あるいは親がどんなに苦労したんだろうかとか,そういう話をまずしてました。


あなたが勉強会で話すことはあったんですか。

ありました。


何の話をしていましたか。

先ほど言いましたように,心の対応とか,あるいは親子の関係を回復するために本当に愛が必要なんだよっていう,そういう話をしてました。


心の対応というのは,具体的には何なんですか。

愛するということを深く理解することだと,そういう話をしました。


愛するということを深く理解することがどうして必要なんですか。

大体の家族が関係が悪くなってるんですね。ぐちゃぐちゃになっちゃってるんですね。それでそれが改善されるためには,愛によって心の交流がなされないと難しいなということです。


あなたがこの勉強会でビデオを見せたということはあるんですか。

あります。


今回,甲101号証というビデオが提出されてますね。それはご存じですか。

いえ,それとは全く違います。


あなたが出演してるビデオが甲101号証で提出されてることはご存じですね。

はい。


そのビデオを見せたことはありますか。

ありません。


ほかにビデオがあったんですか。

そうです。


どういったビデオですか。

元信者たちが作ったビデオがありました。


この勉強会に何か費用が発生したりとか,そういうことはありましたか。

その頃,一家族,月3000円を会費としていただいたように思います。


会費以外に,勉強会に出席してる人が支払わなければならない金員<ママ 金品>といったものはあったんですか。

それはありませんでした。


映像6
<この映像は見せたことがないと語る松永牧師>

<松永牧師が語る、後藤徹氏、家族の様子>

その後,95年9月11日に原告は新潟に行きますよね。

はい。


あなたはそれを9月11日の時点で知っていましたか。

知りませんでした。


原告が家族と一緒に新潟に移動する日については相談されましたか。

いいえ,相談ありませんでした。


誰が決めたんですか。

それは家族が決めたんだと思います。


あなたは全く聞いてなかったんですか。時期くらいは聞いてましたか。

相談に来られていたときに,秋頃に話し合いたいんだけどと,そういう話は聞いてました。


原告が家族と話し合ってるところには,95年10月半ば頃に初めて訪問してますね。

はい。


これはどういった経緯で訪問したんですか。

お父さんから,徹さんが私に会ってもよいと了解したので,ぜひ会ってくださいませんかという,そういう連絡がありましたので参りました。


お父さんから連絡が来て,すぐにあなたは行かれたんですか。

いいえ。私は自分の仕事もありますし,それですぐは行きませんでした。


どれくらい後に行きましたか。

多分,翌日か翌々日じゃなかったかと思います。


原告は家族で話し合った後,一旦,幾らか時間を置いて,その後,牧師を呼ぶのがセオリーなんだというふうにいってるんですけど,そういう取り決めがあったんですか。

いえ,そういうことはありませんでした。


初めて原告のところを訪ねたとき,原告の様子はどうでしたか。

最初,少し緊張してた感じがありましたけども,間もなくリラックスして,普通に話をしてたように私は感じました。


原告とどんな会話をしましたか。

家族とどんな話をしたでしょうかとか,あるいは家族がどんなことで心配してると思いますかとか,何であなたのことで家族がそんな心配するんですか,そういう話を聞きました。


あなたが家族が何を心配してるか,何で心配してるかというふうに聞いたとき,原告は何と答えましたか。

しばらく考え込んで,霊感商法とか偽募金とか,あるいは合同結婚式について心配してると思いますと,そんなことを言ったと思います。


それについてはあなたは何と返しましたか。

そのことについて,これについて正しいと思うのって,そんなことを,そういうふうに聞きました。


霊感商法とかそういったものが。

はい,そうですね。


それについては何と答えてましたか。

そのときもしばらく沈黙が続いて,最後に,正しいと思います,そう答えたと思います。


なぜ正しいかは言ってましたか。

なぜ正しいのって聞いたら,文先生がメシアだからとぼそっと話しました。


それに対してあなたは何か言いましたか。

そのことについて家族と話し合ったの,家族は納得したのと聞きました。


そしたら。

難しいね・・・うーんと,はっきりした答えがなかったように思いますね。


それであなたはどうしましたか。

家族との話合いができてないんだな,君がもう少し家族ときちっと話し合いたい,そのために必要ならば,私が手元にある資料ならば提供するよと,そんなふうに言って,私はその場を終えたと思います。


時間にしてどれくらいでしたか。

1時間くらいだったと思います。


そのとき,次の約束とかそういうのはしてくるんですか。

また来てもいいって本人に尋ねましたら,どうぞっていうことでありました。


あなたが訪ねた新潟のマンションの部屋の様子はどうでしたか。

普通で特別,何かあったとは。特別に何があった,そんなことはありませんでした。


あなたが原告のところを初回に訪ねたとき,元信者と一緒でしたか。

はい,一緒でした。


なぜ元信者と一緒に行くんですか。

元信者も信者と同じ経験をしてますので,話合いの中で互いに理解し合う部分があるので,非常にスムーズにいくことが多かったからです。


必ず元信者と一緒に行くんですか。

いいえ,私1人で行く場合もありました。


元信者が協力してくれる場合もあるということですけれども,元信者の誰が行くかとか,あるいは行って何を話すかとか,そういうことについてはあなたと相談するんですか。

いいえ。それは元信者の世話人の方が私と一緒に行ったときなど,今,こういう話をしてるんだけどもと皆さんに報告すると,それぞれ都合のつく方が,じゃ私も今日行きますとか,それぞれ自由に参加してくれました。


結局,95年の末に原告が脱会表明をしてますよね。

はい。


それはあなたはいつ誰から聞きましたか。

翌年96年・・・徹さんのところを訪ねたとき,お父さんから聞いたと思います。


その話を聞いた後,原告の様子に何か変化はありましたか。

少し明るい感じがちょっとしたかなと思います。


その後もあなたは話合いに行ってたんですか。

ええ,行ってました。


何を話してたんですか。

教理の整理のために,教えの整理のためにしばらく通いました。


原告に対して手記を書くように勧めましたね。

はい。


それはなぜですか。

心の整理をするためです。


その手記を見たことはありますか。

はい。


いつどのような経緯で見ましたか。

96年3月頃だと思いますが,徹さんを訪ねたときに,お父さんから徹がこんなものを書いたんですよと言われて,見せてもらったと思います。


お父さんがあなたに手記を見せたとき,その手記で何か判断してくれとか,そういうことだったんですか。

いいえ,そういうことはありませんでした。


あなたはこの手記を見て,どう思いましたか。

徹さんもいよいよ心の整理をし始めたんだなと,そう思いました。


宮村さんに,徹さんが脱会したということを話したことはありますか。

あります。


いつ頃ですか。

96年の春だと思います。


なぜ宮村さんに話したんですか。最初は内緒だったと思ったとおっしゃったけど。

ところが・・・宮村さんと何か電話で話をしたときに宮村さんのほうから,徹さん,元気って。あ,宮村さんは徹さんのことを知ってるんだなと思ったので,実は徹さんは脱会表明して手記書いたんですよと,そういうことを説明したと思います。


その後,大体3月以降ですか,徹さんとの話合いに行かなくなりましたね。

はい,行かなくなりました。


それは何でですか。

1つは教理の整理が終わったので,私の務めはここまでかなと思ったことと,本人がまだ私に来てほしいという要請がなかった。あるいは家族の方もそういう要請がなかったので,私は行かなくなりました。


元信者は行ってたんですか。

はい,行ってました。


それはなぜですか。

元信者の方は徹さんと心の交流をするために行ってたようです。それぞれ自由に行ってるわけですから。


あなたが行けとか言ったんですか。

いや,そういうことはありません。


徹さんと家族が話し合ってたのは,家族関係の回復ということでしたけど,それについては,あなた自身は十分に回復できたというふうに思いましたか。

そうは思わなかった。十分じゃないな,まだ何か十分じゃないなっていうのを感じてました。


あなたのその印象を家族に話したりとかしたことありますか。

ありません。


それはなぜ話さなかったんですか。

家族に話さなかった。それは家族が判断することだからです。私がとやかく言うことじゃないからです。


余計な口を挟まなかったということですか。

はい,そうです。


徹さんがその後,新津教会でリハビリをするとか,そういった話にはなってませんよね。

はい。


それはなぜですか。

まだ親子の,いわゆる家族の関係が,信頼関係,その絆がまだできてなかったので,家族の方は,リハビリよりもまず家族の関係を回復したいっていう,そちらを優先されたのでリハビリを,本人もリハビリしたいとか,そういうことを申さなかったので,そうしたと思います。


それは家族からそういうふうな申出があったということじゃなくて,リハビリの申出がなくて,あなたはそう思ったということですか。

そういうことです。


97年6月に原告のお父さんが亡くなったのを聞きましたか。

聞きました。


誰から連絡が来ましたか。

・・・これは■<後藤徹氏兄>さんから聞いたかなと思うんですけど,ちょっと記憶がはっきりしないんですけども。


徹さんが葬儀に出ると聞きましたか。

そこははっきりしません。葬儀に出るかどうかは分からなかったんですが,東京に帰る,行くということは聞きました。


あなたとしては葬儀に出ると思った。

そうですね。


東京に帰るんだったら。

ええ,そうです。実際に行ったかどうか,それは分かりませんけど。


葬儀に出たかどうかもね。

はい。


その後,原告は荻窪プレイスにそのまま移動して,東京に滞在することになったわけですけど,それはあなたは聞きましたか。

いいえ,聞いてません。


新潟に戻ったという連絡はありましたか。

それはありません。


その後,98年の春頃,原告に会いましたね。

はい,会いました。


どういうきっかけで会ったんですか。

その頃,教団の,同盟教団の用があって上京いたしましたときに宮村さんに電話しましたら,今,徹さんと話してるんだと,そういうふうに聞いたもんですから,ああ今,話してるんだ。じゃ会ってみないかって言われるので,そうですね,一応会いたいですねって,家族の了解があればと思いまして,お会いしました。


ご家族からも会ってほしいというお話はあったんですか。

ありました。


ということを聞いたということですね。

はい。


原告と会ったとき,原告とはどのような話をしましたか。

私,お会いしたときに,徹さんは,先生,だましてすみませんでしたと謝ってましたね。


それを聞いてどう思いましたか。

本当に残念だと思いました。


何が残念。

だましてたというか,それからやっぱり向き合わなかったのかなというのをちょっと残念に思いました。


家族をだましてたということですか。

はい,そうです。


それを聞いて,あなたは徹さんに何と言いましたか。

もう一度,家族と向き合って,家族との関係を回復したらいいんじゃないのと,そういうふうにお話しした記憶があります。



<松永牧師と統一教会の関わり>
imageCAF5NE0S.jpg
<85年と86年のリンクを開くと懐かしの物、ニュース、音楽が流れます。>

あなたが統一教会にかかわったきっかけですけど,いつ頃,どういったきっかけで統一教会の信者とその家族にかかわるようになったんですか。

それは95年頃,突然・・・。


95年ですか。

85年ですね。85年頃,突然,電話がありました。ある女性の方から,自分の友達が統一教会に入って,本当に家族ともども苦しんでるので,その家庭に訪ねてほしいという,そういう電話でした。


あなたはその電話を受けて,家庭に訪ねていきましたか。

行きました。


そこでどのような話をしたんですか。

そこで,やつれたお母さんから今までのことを聞きながら,本人が希望してること,要するに本人が望んでることって何ですかと,そんなことを聞いたと思います。


ご本人はあなたと何を話したいということですか。

聖書をきちっと読みたいということでした。


それであなたとしてはどうすることにしたんですか。

それから,それじゃ聖書を創世記から学ぼうかということで聖書を学びました。


この当時,あなたは統一教会のことはどれくらい知ってたんですか。

神学校の時代に異端研究っていうのがあって,統一教会については教祖のこととか,あるいは歴史とか教義とか,そういうのを少し学んでました。


詳しく知ってたわけではない。

そうです。


85年に相談を受けた後,統一教会信者の家族からの相談というのはありましたか。

96年から少しずつ増えてきましたね。


86年。

86年頃からですね。


相談が増えてきた。

はい。


87年頃はどうでしたが。

87年頃は大変大勢の方が相談に来ました。


これは急に増えたという感じなんですか。

そうですね,多かったですね。


なぜ87年になって相談が増えたと思いますか。

1つは85年頃からマスコミ,特に朝日ジャーナルとかTBSの報道特集とか霊感商法とか,そういう報道がなされていたからじゃないかと思います。


その後,あなたが85年に初めて相談を受けた後も,ずっと増え続ける統一教会の相談を受け続けたのは何でですか。

私は,数少ないんですけれども,それまでに,85年,6年と少し信者と会って,そして統一教会の活動について少し垣間見ました。ですから,これは断れないなと思って受けておりました。


あなたの新津福音教会に相談に来る統一教会家族は,具体的にはどういう相談,悩みを持って来るんですか。

家族の悩みは,前は非常にまじめで,そして節約家で,人生まじめに考えていたのに,急に人格が変わったように家族に対して嘘をつくようになるとか,特にお金においていろんな請求してくるもんですから,家族は,これはどういうことになったんだろうかと,そういう心配と,もう一つは友達の親から電話が来て,あんたの息子は私の息子を統一教会に入れたんだ,こういう感じで周囲の方から非難を受けるようになって,最初,親は被害者だと思っていたのに加害者になってるんだなと,これは本当に親にとって深刻だったと思います。


統一教会信者家族の相談が増えて,あなたがそれを受けるようになってからあなたの身辺に何か変化はありましたか。

嫌がらせのビラまきですね。それから宣伝カーを使って私を非難することが1週間,2週間と,1週間ぐらい続きましたね。


85年に統一教会信者家族の相談を初めて受けたときは,新津福音教会ではあなたは1人でその相談を受けてたんですか。

そうです。初めですので。



<新津教会での勉強会の経緯>

新津福音キリスト教会(日本同盟基督教団HP)

その後,新津教会では勉強会が行われるようになりましたね。

はい。


なぜ,あなたが1人で相談を受けるんじゃなくて,勉強会という形で相談会をすることになったんですか。

87年,88年頃になると,非常に大勢の方が相談にいらっしゃるので,個別対応ができないんですね。もちろんその頃,元信者もいろいろ協力してくれたんですけども,個別対応ができなかったので,少しみんなで話し合った結果,そういう方向がいいんじゃないかということでした。


勉強会を開くという方向に。

はい。


元信者とかそういう人たちは,それ以前,勉強会をする以前も協力はしてくれてたんですか。

そうです。


甲第100号証(メモ)を示す
これはあなたが作成した文書ですか。

はい,そうです。


どこまでがあなたの書いたものですか。

1が「この会をもつに至った経過」,2が「どのような協力ができるのか」,3が「役員,係の選定」「(1)父兄」「(2)脱会者」,ここまで私か書いたと思います。


(2)の脱会者以下はあなたが書いたものではないですね。

はい,そうです。


この右上に「■<ある信者の名前>よう」と書いてあるんですけど,それもあなたの字ではないですね。

はい。


これは何のために作った文書ですか。

先ほど申し上げましたように,皆さんが協力して,相談に来る方々をお世話しようということで,それぞれ役割を決めながら協力していこうという,そういう目的があって会を開いた。


そうすると,この会議の目的というのは。

この会議の目的は,困ってるそういう方々を受け入れるに対して,元信者や家族の方がどういうことをしながらやっていくかを相談した。


信者とあなたの役割分担を決めたということですか。

そうですね,はい。


一番大きなこの会を持つに至った理由というのは,先ほど,あなたが1人で対応できなくなったとおっしゃってましたけども,あなたの負担が大きかったということがあるんですか。

そうですね。私も教会のほかに幼児教育をしたり,障害児教育をしてたもんですから,なかなか時間がとれなくて,そういうのを見かねた元信者や家族が協力していきましょうという,そういう提案がありましたので,ぜひ皆さんにお願いしますという感じで始まりました。



<原対協について>

原対協についてですが,87年9月3日,原理運動対策キリスト者連絡協議会準備会という会合に参加してますね。

はい。


これはどのような経緯で参加することになったんですか。

森山先生から連絡がありました。


なぜ参加することを決めたんですか。

私はその頃,統一教会の信者に接しておりましたけども,よく分からない部分があったりしましたので,もっとしっかりと学ばないかんなと。それからもう一つは,こういうことを全国でいろいろやってる,そういう人たちの意見を聞きたいなと。そんな思いで私は参加するようになりました。


あなたが最初,学ばなきゃいけないなとおっしゃったのは,何を学ばなきゃいけないとおっしゃったんですか。

統一教会の実態とか,あるいは後で分かるんですけども,統一教会の反対対策とか,その頃も難しい問題を抱えて迷っておりましたから,いろいろ聞きたいなと思って。


先ほどの原理運動対策キリスト者連絡協議会準備会,原対協は誰が中心になってやってましたか。

それは荻窪栄光教会の森山先生です。


9月3日の原対協準備会が開催された経緯について,あなたは何か知っていますか。

ここの87年という,先ほども言いましたように,1つはやっぱりマスコミですね。より統一教会の実態,霊感商法とかがされて,全国にいろんな相談が教会に寄せられて,そういうことと同時に行方不明になったお子さんとか,それを捜していた方々に,右翼の朱光会という団体,それがお金を持って統一教会の信者を・・・多分,87年は150万だったんじゃないかな,お金で家に返してもらうと。そういうこととか,あるいはよく分からない方は強引に子供を連れ戻すとか,こういうことをやっては,本当の家族の回復というのは難しいので,そういう背景っていうか,事情があったと思います。


9月3日の準備会というのはどのような目的で開かれたんですか。

・・・皆さんが持っている情報交換をしようと。もちろん統一教会のやっていることや対策や,いろんなことを持ち寄って,話したと思います。


甲第98号証の2及び1(いずれもメモ)を示す
甲第98号証の2と,それから甲98号証の1の3枚目,これらはあなたが作成したメモですか。

そうです。


いつ作成したメモですか。

これは9月3日かな。


原対協の準備会に出席したときに作成したメモということで間違いないですか。

そうです,はい。


甲98の2と甲98の1の3枚目というのは何を記載したものなのですか。

原対協の準備会で話された確認事項,それを主に記載したわけです。


甲第96号証の2(報告書)を示す
これはどういった文書なんですか。

この文言も9月3日の準備会において確認されたことを記して,これは森山先生からその後,送られてきたものです。


これは森山先生のほうから準備会の後に確認事項として送られてきたものということですけど,3の「活動」と書いてあるところに「2.情報の交換」と書いてありますけど,先ほど,あなたがおっしゃったのはこの情報の交換ということなんですね。

そうです。


これが原対協の目的だったということですね。

はい。


甲第98号証の2を示す
「2.確認事項」のところに①,②,③,④とあって,その下に①,②,③とありますね。

はい。


この③のところで「救出活動」というふうに書いてありますけども これはどういう趣旨なんですか。

・・・家族の関係がいろいろごちゃごちゃごちゃごちゃ,本当に壊れていた。そういうものがよく話合いによって信頼関係が回復するようにという,そういう意味での救出活動ですね。


この次に「福音にふさわしいしかたで」というふうに書いてありますけど,これはどういう意味なんですか。

それは,そうでない方法,その当時,少し暴力的な,家族の暴力的な行為によってなされていた信者の,信者をつかまえたり,何かそういうことはしないようにと,やっぱり家族は対話をしながら解決していく,そういう意味で福音にふさわしくと,そういうふうにその当時,理解してました,私は。


朱光会の手段が問題で開かれた会合だからということですか。

そうです。



<原対協で出た意見「子の救出について」>

甲第98号証の3(メモ)を示す
これはあなたが作成したものですね。

そうです。


いつ頃,作成しましたか。

これは97年10月の半ば過ぎだと思います。


このメモは何を記載したものですか。

このメモは・・・。


今,いつ作成したとおっしゃいましたか。97年。

いえ,87年ですね。87年10月の半ば過ぎだと思います。


このメモは何を記載したものですか。

準備会とか発足会で話された全国から集まった方々,いろんな意見を持ってきてくださった。それをメモしたものを私かまとめたものです。


さっき,10月16日と言ってましたけど,10月16日は原対協の発足会ということですか。

そうでした。


なぜこのような整理メモを作成したんですか。

・・・子供の救出に関して。


甲98号証の3は,あなたは今,意見交換とかで出た意見を整理したまとめたものだとおっしゃってましたよね。

はい。


なぜあなたはこういうメモをまとめたんですか。

私はよく分からない部分があったので。


何について分からない。

統一教会についてとか,あるいは親子の対話はどうしたらいいかとか分からなかったもんですから,出る意見を一生懸命書いて,そしてそれをまとめたものです。


そうすると98号証の3はあなたの意見が記してあるんですか。

いいえ,参加された方々の意見です。


そうすると,あなたの意見を反映してる部分とそうじゃない部分とあるということですか。

はい,そうです。


例えば1枚目についてですが,2の1行目のところで「家か,親戚の家で一論争し,ひとあばれさせる。」とかというふうに書いてありますね。これはどういうことなんですか。

それはそのとき,たしか集まった方のどなたかが自分の経験を話しておられました。自宅で話し合うんだけども,なかなか本人が了承しないもんだから,承諾しないもんだから,本当にけんかのようになったと。でも,その後,本人と話し合うことを本人が承諾してくれて,話し合うようになったんですよ,そういう話でしたね。


あなたはこの意見についてどう思いましたか。一暴れさせるとか。

これはもっと穏やかに話し合ったほうがいいんじゃないかと私は思います。


それはどうしてですか。

本人が,また家族もそういう状況では後々,心に傷が残ります。本当に話合いになっていくためには,これは穏やかな話合いがいいなと思います。


その後,その次に「そして,逃げられないという自覚をさせる。」というふうに書いてありますけど,これはどういう趣旨なんですか。

これは家族の話合いから逃げようとする。家族の話合いを避けて通ることはできないんだということを本人が自覚するということが,それが必要ですよとその方は言ってましたね。


逃げられないというのは物理的にということなんですか。

いえ,物理的じゃないですね。これは話合いから逃れるということですね。


じゃ覚悟して話し合ってもらうということなんですか。

そういうことですね。


向き合ってもらうということ。

はい。


あなたは,ちゃんと向き合って話をしてもらうということについてはどうですか。

それは必要なことですね。もちろん本人の承諾が必要ですけどね。


本人が話し合いたいということの上でということですか。

そうです,はい。


その次に「そのためには6人位の大人が必要である。」というふうに書いてあります。これはどうですか。

この6人くらいというのは,これはその方が言うには親戚とか友人とか,本当にあなたのことを心配してるよと。そしてそういう心配してることの話合いがそこでなされて,本人が承諾するようにみんなで努力するという,そういう話だったと思います。


6人くらいの大人というのは,これは人数的にこういった大人が必要であるとあなたは思いますか。

これは人数の問題じゃないですよね。いかに家族が心配しているかということです。


を,伝える。

はい。


あなたとしてはこの件はどう思いますか。

人数の問題じゃないです。だからいかに伝えるかですね。心配してることを伝えるかということだと思います。


2枚目についてですけど,例えば1の①のところに「電話に注意」と書いてありますね。これはどういう意味ですか。

自宅での話のことですよね。電話をしますと必ずアベルに連絡しますので,そうすると家族の話合いができなくなってしまうので,本人に電話をしないでねっていうこと,了承をとることが大事かな。


アベルと連絡すると,どうして話合いができなくなっちゃうんですか。

アベルは話合いなんかするなとか,ひどい時は逃げて来いとか,そういうことを指示しますので,そうすると話合いができなくなるわけですね。


最初,本人が話合いを了承してたとしてもということですか。

そうです。


本人は話合いを了承してたとしても,アベルに連絡しちゃうんですか。

それは反牧対策の中でそういうことが教えられてますので,了承してもそのことを思い出すと,衝動的に,あるいは恐怖感のゆえに行動を起こしてしまうと。


そういうことがあるから,電話にも注意したほうがいいですよということですね。

はい,そうですね。


電話をかけさせるなとか,そういった強制的な話なんですか。

そういうことじゃないです。電話をしないでほしいということを本人に了解を求めるっていうことですよね。


次にちょっと気になるのがまた「②逃げる」「トイレ」と書いてあるんですけど,これはどういう意味ですか。

これも反牧対策のために,本当に話合い,ここから逃げないでほしいと。本人は承諾するんですけど,それでもやっぱり恐怖感とか衝動のゆえに逃げてしまうことがあるので,家族の方は注意しなきゃいけないと。この発言された方はそんなことを教えてましたね。


トイレというのはどういう意味なんですか。

トイレに閉じこもってしまうっていうことですね。


それで話合いから逃げるということですか。

そうです。それをおっしゃってましたね。


甲98の3_2枚目
<松永牧師は、信者は話し合いに了承しても、恐怖心や衝動が出て逃げることがあるので、家族は注意するようにと、語る。>

3ページ目は「家族との話し合い」ということで書いてありますけど,これはどういうことを話し合ったときのものですか。

信者と家族が話し合うとき,この方はこういう内容を話したらいいんじゃないかということで,ご自分の経験を踏まえて,こういうことをお話ししてくださいました。


何でこういうことを話し合ったほうがいいということなんですか。

これはやっぱり家族がいかに心配してるかということだと言われてましたね。


あなたはその意見についてはどう思いますか。

これはやっぱり必要じゃないかなと思いますね。


家族と信者が話し合うことが。

はい。


何で必要ですか。

やっぱり家族の心配を本人にきちっと分かってほしいから。


本人が何をやってたのかということを家族がきちんと聞くことが必要ということなんですか。

そうですね。家族も理解する必要かありますね。


4枚目は「両親に対して」というふうに書いてあるメモがありますね。これは何についての意見交換で出た意見をまとめたものですか。

このことを話された方は,非常に子供にだまされた親の経験とか,そういうことを話しておられましたね。


「説得者の許可なく外出はしない。」とかいろいろ書いてありますけど,これについて,両親に対してこういった対応をしましょうというような意見だったんですか。

これはいろんな人の意見が入ってますので・・・。


この意見については,あなたはどう思いますか。

私は賛成はできないですね。


それは何でですか。

許可とかそういうことは家族のすることだからです。


許可は家族がするんですか。

・・・外出の許可なんかは,これは家族と本人がよく話し合って,相互に了解した上で決めることだと。


外出をするかどうか,あるいはしないかどうかというのは,本人と家族とで話し合うということですか。

そうです,はい。


ここはあなたは賛成できないということですか。

そうですね。


98-3 4枚目
<この意見には賛成しかねると語る松永牧師>
6枚目に「判定規準」と書いてありますね。

はい。


これはどういうことなんですか。

これは本当に我が子が間違いに気づいたかどうか,そういうことを悩む家族がいたので,その家族にこういうことを話しましたと,そういう方がおられました。


あなたとしては,これはどう思いますか。

家族が絆を深めて,信頼関係を築いていくという,こういう心の内面的なことをこういう具体的なことで判断するっていうことは,これはできないですよね。


あなたとしては,これは賛成ではないと。

賛成できませんね。


甲98の3_6枚目
<内面的なものはこうした具体的なものでは判断できないと語る松永牧師>
あなたは今,ご自分がまとめたメモについて賛成できる部分と賛成できない部分があるというふうにおっしゃってましたよね。

はい。


どうして賛成しないものだとか賛成するものとかも一緒くたにまとめてあるんですか。

それはその会議で出たことを私はまだよく知らなかったもんですから何でもかんでもきちっとメモして,それをまとめただけですので,それはいろんな,入っていたわけですね。


あなたとしては,さっき採用できるものとできないものとあると言ってましたけど,この規準というのはどこにあるんですか。

1つは,やっぱり信者の意思を大事にする。信者の意思に反したことをしちゃいけないなと思うんですよね。また,同時にこういう話合いは家族が主体なんであって,家族が主体であるっていうこと。そういう2つの点からこれを見ると,これは賛成できるな,これはちょっと受け入れることできないなって,そういう判断は私の中にあるんですよね。



<ビデオについて>

甲第101号証の3(反訳書)を示す
このDVDはご覧になりましたか。

はい。


これはいつ頃,作成されたものですか。

これは87年10月頃だと思います。


これは何のために作ったんですか。

その当時,相談に来られる方が随分増えちゃったんですね。個別相談ができなくなって,せめて統一教会の基本情報だけでも前もってお知らせしたほうがいいのかなと思って作ってみました。試験的にこれ,作ってみました。


このビデオを作成するに当たって,レジュメを作成してますね。

はい。


甲第98号証の1を示す
1枚目と2枚目ですがこの「父兄対策ビデオ」という題名で始まるのがあなたの書いたものですね。

そうです。


これが甲101号証を作成するに当たって,作成したレジュメということでよろしいですか。

はい,そうです。


甲101号証の1のビデオの反訳が甲101号証の3で出てますね。

はい。


原告のほうで12ページから,例えばマーカーが引いてあるところがありますね。

はい。


そこは,この98号証の1のレジュメでいうとどこに当たるんですか。

2枚目に「4.救出するには」と書いてありますね。「実態をよく知る。」「別人に」。


どこか端的に言ってください。

ここです。免疫講座,この部分ですね。


3の免疫講座のところを話した内容ということなんですね。

はい,そうです。


この免疫講座というのは何ですか。

これは反対牧師対策とか反対父母対策って対策講座ですね。


統一教会信者にされるものということですか。

そうです,はい。


この免疫講座において,統一教会信者というのはどんなことを教わるんですか。

家族が話合いしようと言えば,それに乗っちゃいけないとか,あるいは牧師に会うって言ったら逃げてこいとか,そういう対策ですよね。


なぜ免疫講座について親に説明する必要があるんですか。

免疫講座のことが分からないと,親は対応がなかなか難しいんですね。だから,それのことはちょっと注意してくださいっていうことを知らせるためにこのことをお話ししたんです。


親の対応が難しいというのは,それは信者と話し合うに当たって,何か不都合があると。

そうです。


それは信者が何かするからとかそういうことですか。

そうです。


免疫講座を受けた信者ってどういう対応をするんですか。

どんなに家族と話し合うということを承諾していても,了解していても,免疫講座を受けてますと恐怖感とか,あるいは衝動的に突然,行動を起こしてしまうという,そういう意味です。家族の方がそういうことを分かっていて,ちゃんと本人を見守っていかないかんということですね。


そうすると101号証の3の例えばマーカーが引いてある12ページの部分,これは電話について話してる部分だと思うんですけど,これは98号証の1の2枚目の,3,免疫講座の,①電話というところなわけですね。

はい。


この電話ってどういう意味なんですか。

電話をすると,アベルに電話しますと,そうすると家族との約束よりもアベルの指示のほうが強くて,そっちに行ってしまう。ホーレンソーのことですけど,ですから電話をかけないでほしいということを本人に了解してもらうと,そういう必要があるということですよね。


あなたは,電話がないか,電話線を一時切っておくことですよと話したというふうに反訳書に書いてあるんですけど,これは強制的にそういうふうな環境にしろということを指示したものなんですか。

いえ,違います。


そうすると,アベルに電話をかけてしまうと話合いが進まなくなるから,それに注意してほしいと促したということなんですか。

そうですね,はい。電話に注意してくださいねっていうことです。


信者との話合いのところをどうするかの対策だと思うんですけど,信者と話し合うに当たっては,信者が話合いを承諾してるということが前提なわけですよね。

そうです。


このビデオを作ったすぐ後に,これは元信者やその父兄に見てもらいましたね。

はい。


どういった意見がありましたか。

これを見た方は少し新しい人には誤解を招くおそれがあるねということでした。


どういう誤解をするという話でしたか。

初めて相談に来る方は,何とか早く解決したいと思うあまり,どうしたらいいんだろうかと非常に具体的なことを求めるんですよね。家族が信者と話し合う,そのことを了解をとるということよりも,具体的なことに気持ちがいっちゃうので,それはちょっとまずいなということでした。


結局,そうやって誤解を招くと言われたので,このビデオは使うことをやめたんですか。

やめました。


あなたは親に対する説明の必要からビデオを作ったとおっしゃってましたけど,その後,親に対する説明についてはどうなさったんですか。

その後は,元信者の方や父兄の方が私たちの実体験,私たちの経験したことを話したほうが統一教会の実態とか信者の実態とかはより分かりいいって。その時点でそういうふうに皆さんが協力してお話しするようになりました。


あなたとしては,親に対しては何を伝えることにしたんですか。

一番大切な心の交流,心の対話の仕方,そのことを分かってほしいということで,そのことを中心にお話ししました。


つまり,親が外形的行為に頼らないようにということですか。

はい,そうです。


映像10
<ビデオは作ったが、親が外形的行為に頼らないよう、見せなかったと語った。>

<甲95号証から甲102号証が何故原告の手に?>

これらの甲95号証及び102号証までは,あなたが保管していましたか。

そうです。


どこに保管してましたか。

私のロッカーの中に。


教会の。

はい,教会のロッカーの中に,段ボールの中に入れて保管しておきました。


いつ頃からその段ボール箱に保管してたんですか。

それは87年12月末かなと思うんですね。


12月。

87年10月の末頃だと思います。


それからその段ボール,ないしロッカーを開けたということはありますか。

ないんです。


今回,この訴訟で甲95から102までの写しが原告から証拠提出されて,あなたのほうで原本を探しましたね。

はい。


見つかりましたか。

いえ・・・ある部分,見つかったんですが,ある部分,見つかりませんでした。


何が見つがらなかった。

・・・印刷された部分については・・・。


印刷されたもの,95号証。

ええ,95。


96号証,6の2から7もですね。

はい。


これ以降については。

それはなかったんですね。


99号証もなかったですか。

はい,そうです。


これが教会からなくなった経緯については,あなたは何か聞いていますか。

最近というか,今年に入ってからですけども,お話ししたところ,かつて・・・私のところでリハビリしていた人が私に伝えてくれました。


Mさんという方ですか。

そうです。Mという方が。


Mさんはどういう経緯で脱会された方ですか。

Mさんは87年に,実は朱光会という右翼団体で,そこで出された。要するに家族がお金を払って,そして統一教会から家に帰りなさいと言われた。そういう中で帰された人です。


右翼団体の仲介で,統一教会の指示で親元に帰された人ということですか。

そうです。


その人がどういう経緯で。

その人が,私とも話したんですけども,87年10月頃,彼女は自宅から教会に通ってました。


リハビリとして。

はい。ところが,私の教会に寝泊まりしながらしていた人がいました。


Mさんと同じように朱光会で脱会した人がですか。

そうです,出された人がですね。そして私の留守の間に,私たちの教会に寝泊まりしていた方が私の書斎から,私の教会のロッカーの中から抜き取った。そのことをMさんは聞きましたと。そしてそんなことしていいのかなと自分なりに思ったと,そういうことを聞きました,私が。


その信者は甲58号証の1のゼンボウの記事についても何か言ってましたか。

はい。彼女たちは87年11月からもうやめたということで,このときは,あなた方は親の許可がなければ統一教会に戻ってはならないと言われていたんですけども,統一教会の新潟に,コーポアイリスっていうところですけども,そこにまた集結したようですね。集められたようです。そこで当時の対策部長でありましたTさんっていう方と。


対策部長というのは統一教会の対策部長。

統一教会の対策部長でありましたTさんと,そして私のところから抜き取った方と話し合って,そのとき,実は・・・ゼンボウの記者と取材に応じたことを聞いたというんですね。


つまり,あなたのところから抜き取ったという信者が,T部長にゼンボウの取材を受けたというふうに言ってたのをMさんが聞いたということですか。

そういうことですね。



被告松永代理人(中村)
中村周而弁護士
<後藤徹氏本人尋問を傍聴した人の呟き:顔真っ赤にして、尋問してたのが印象的だった。>
87年当時,新潟県内で統一教会の問題について相談に乗っていた方は,あなた以外にほかにいらっしゃいますか。

はい。


例えばどんな方がいらっしゃいますか。

新潟福音教会のHS先生とか高田聖書教会のT先生とか,あるいはKさんとか,そういう方々がおられました。


牧師以外に,そういった統一教会問題の相談に乗っていた方もいらっしゃるということだったんですね。

そうです。


仕事の関係では牧師以外で,例えば学校の先生とかそういった方なんかもいらっしゃるんでしょうか。

そうですね,はい。高校の先生で,自分の卒業生が統一教会に入って,親からすぐ相談されて取り組んでいた先生もいましたし。


そういったあなた以外の牧師とかそれ以外のボランティアで相談に乗ってる方々はお一人でやるんでしょうか,それとも父兄の皆さんとも協力しながらやるんでしょうか。そこは分かりますか。

大体,父兄の方と,あるいは元信者と一緒にやっておられたようですね。


そうすると,勉強会を新津福音教会でやるようになったというふうな話も出てますけども,別に父兄の皆さんと協力してやるというのは,あなただけのスタイルではないということですね。

そうですね,はい。



<松永牧師と宮村氏の関係>

被告宮村代理人(木村)
あなたは宮村さんとはいつどういう経緯でお知り合いになったんでしょうか。

私が統一教会のことを知りたいと思って,荻窪栄光教会を訪ね,森山先生を訪ねたときに初めてお会いしました。


宮村さんじゃなくて,森山先生を訪ねたときに会ったということですか。

そうです。


そのときに宮村さんを紹介されて,その後,今回, 1995年に原告と話合いを始めるまでの間ですが,どのような付き合いが宮村さんとありましたか。

年に一,二回会う程度でした。


それはどういう場で会ってたんですか。

先ほどの原対協で一,二度会ったり,その程度でした。


それ以外に連絡をとり合うことはありましたか。会う以外にという意味ですが。

あまりありませんでした。


電話をすることはどうですか。

それもありません。


原対協で会ってたということなんですが,あなたと宮村さんとの間で,統一教会信者との話合い方について,互いに指示や助言をするということはあったんですか。

いや,それはありませんでした。


あなたが荻窪で行われてる水茎会の会合に参加したということはありますか。

ありません。


逆に,新潟の新津教会で行われてた勉強会に宮村さんが参加したことはあるんですか。

それもありません。


そうすると,統一教会信者との話合いの方向ということについては,あなたと宮村さんで相談したことはないということですか。

はい,ありません。


それぞれ独自に判断して行ってたということですね。

そうです,はい。


特定の統一教会信者との話合いを,あなたと宮村さんで共同して行ったことはあるんですか。

ありません。


ただ,この本件裁判でも証拠で出ている小出浩久さんについては,宮村さんが話をした後にあなたが小出さんと話合いをしてますね。

はい。


これはどういう経緯で小出さんと話をすることになったんですか。

小出さんのお父さんから連絡いただきました。小出さんのお父さんの願いで始まりました。宮村さんから依頼があったわけじゃないです。


そうすると,宮村さんからの依頼ではなくて,家族から依頼を受けて,話合いをしたということなんですか。

はい,そうです。


小出さんと話合いをすることについて,宮村さんと協力したということはないんですか。

ありません。


KHさん<元統一教会員で現新津教会牧師>のケ-スも本件裁判で出てるかと思うんですが,KHさんと話合いを始めるときに,あなたと宮村さんと一緒に話合いの場に行ったことがありますね。

はい。


小池さん新聞記事
<KHさんが松永牧師を訴えた新聞記事

これはどうして一緒に行ったんでしょうか。

ちょうどそのとき,宮村さんが何か用で新潟にいらっしゃっていたので,私のところに寄られたので,今,KHさんという方と話していますがということで,一緒に行ってもいいですかっていうことで,どうぞっていうことで話に加わっていただきました。


宮村さんはKHさんとの話合いとは関係なく,新潟にいらしたということなんですか。

そうです。


■<後藤徹氏の兄嫁>さんと話合いをしたときにも,宮村さんが新潟に来てますね。

そうです。


このときはどうして宮村さんは新潟に来てたんですか。

宮村さんがやはり私の近くまで来たので,お電話いただきました。そして■<後藤徹氏の兄嫁>さんのことを話したら,実は韓日,韓国の方と合同祝福,合同結婚式を受けたということで,その頃,私は少しよく分からなかったもんですから,宮村さん,こういうケースがあるんだけどもと話したら,それじゃ私が話してあげましょうってことで,■<後藤徹氏の兄嫁>さんの了解を得て話したと思います。話してもらったと思います。


今のケースのように,あなたが統一教会信者と話し合ってるときに,宮村さんが新潟にいて,話合いに参加してもらったことが何回かあるということですね。

そうですね。


これ以外にも何件かあるんですか。

ええ,数件ありますね。


宮村さんに話合いに参加してもらったケースというのは,何件くらいありますか。

四,五件かな。


それは何年間の間でということですか。

二十四,五年の間でしょうかね。


で,四,五件だけだということですか。

はい。


先ほど,原対協なんかで宮村さんと顔を合わせてたということですが,それ以外にも,宮村さんが新潟に来たときに顔を合わせることはあったということなんですか。

はい,それはありました。


それは頻繁にあったんですか。

いえ,そんな頻繁じゃないです。


今,質問した以外に,例えば年に一,二回は会ってたということなんでしょうか。

そうですね。東京で会うことが多かったですね。1年に一,二回ですよね。


東京で会うというのは,あなたは何で東京に行って会うんですか。

原対協に参加したりとか,あるいは・・・特にっていうことはないんですけども,でも,それも年に一,二回ですので,あまり記憶してません,昔のことは。


あなたが統一教会信者との話合いをしていることについて,すべての件についてですが,宮村さんと互いに情報交換をしていたということはないんですか。

ありません。


宮村さんに話合いに参加してもらったときですけど,あなたが話合いをしている統一教会信者からは,宮村さんと話をすることについての了解は得ているんですか。

はい。こういう方がいるんだけども,話し合ってみるかと家族にも本人にも了解を求めてから話し合ってもらってます。


本件のことについてですけど,あなたが後藤徹,原告と1995年に話合いを始めた後に,話合いの状況について宮村さんに報告をしたりしてたことはありますか。

ありません,それは。


原告との話合いについて,宮村さんに相談したことはあるんですか。

それはありません。


逆に宮村さんが東京で話合いをしているとき,宮村さんからあなたに原告との話合いの状況について報告はありましたか。

それもありません。


宮村さんからあなたに相談があるということもなかったんですか。

はい。



<盗まれた書類>

被告宮村代理人(山口広)
後に提出する乙ハ第45号証(念書),乙ハ第46号証の1及び2(いずれも名刺)を示す
これは宮村さんのほうが持ってた書類なんですが,ご覧になったことはありますか。

あります。


この念書の趣旨はどういう趣旨ですか。

これは・・・朱光会っていうのがあって,その朱光会が仲介して,統―教会の信者を自宅に帰すという,その約束を統一教会のKさんと朱光会が話し合って,その念書だと思います。


この下に名簿がありますが,この方々を,そういう意味では本人の意思にかかわりなしに右翼が統一教会と話をして,右翼のほうに妥協して,統一教会のほうがこの人たちを返すということになったと,こういうことですね。

そういうことです。


その中の何人かがあなたが運営されてる新津教会の建物の中に住んだり,あるいはリハビリに通ったりされてたんですか。

そうです。


あなたはそういうのを受け入れてたわけですか。

それは本人たちが分かった,理解したということで,気持ちの整理のためにリハビリに通ってたわけですから。


その中の1人が盗みを働いたということなんてすね。

そうですね。


<解説:朱光会が関連した事について(元信者の陳述書より)
①親⇒朱光会に150万円を支払う。⇒統一教会は信者を家に帰す。
②親が牧師の話を聞くことを勧める。⇒信者はマンションに行って牧師の話を聞く。
③信者は統一教会より、親や牧師の話を聞いて納得したふりして偽装脱会するよう指示された。
④偽装脱会した信者のうち2人がリハビリをしたいと嘘をついて、牧師の教会に泊まりこんでいた。>


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<ここらでコーヒーと音楽でもどうぞ>

<日本同盟基督教団新津福音教会について>

被告ゼ・エバンゼリカル・アライアンス・ミッション代理人
被告法人とその法人部である日本同盟基督教団と被告との関係についてですが,被告は牧師として新津福音キリスト教会の代表者である主任担任教師ですか。

はい,そうです。


新津福音キリスト教会というのは,いつ頃,設立された教会ですか。

1950年。


被告はいつ牧師に就任されましたか。

1971年に牧師に就任しました。


ということは,今日まで42年間,牧師をしていらっしゃいますね。

はい,そうです。


新津教会は法人部の日本同盟基督教団に属する教会ですか。

はい,そうです。


それはいつ頃から。

それは1950年,創立時。


設立当初から被告法人を包括宗教法人としている教会。

そうです。


被告は同盟教団の教師としての資格をいつ取得されましたか。

1971年です。


ということは,教職資格をとられてからずっと新津キリスト教会。

はい,そうです。


ほかの教会の牧師の経験はないということなんですね。

そうなんです。


牧師の人事というのはどういうふうに決まるんでしょうか。被告法人,あるいは法人部である同盟基督教団が決めるのか,あるいは各個の教会が決めるのか,そのあたりを説明してください。

教師あるいは人事ですけれども教師とそれから法人部の理事会と,それから牧師を求めてる教会と3者で協議するんです。そして最終的には教会と牧師が了解して,理事会がそれを派遣するという形で決まっていくんです。


牧師は任地の希望というのを出すことができるんですね。

はい,できます。


被告は最初から新潟の新津教会を志望して,そのまま新津教会と法人部,同盟教団の理事会とで一致して決まったということですね。

そうです。


教団の理事会のほうで牧師を一方的に異動したりすることはできますか。

いや,それはできないです。


牧師のほうから異動を希望することは可能ですね。

それはありますね。


その場合はどうやって人事は決まるんですか。

牧師が異動したいときは理事会に申し出ます。そして理事会でほかの方の,転任希望の方とか,そこで事情を聞いて,そして諸教会,今,牧師を求めてる教会に紹介して,そして教師と教会がそのことを了解したときに,理事会はその人を教会に派遣します。
牧師の研修についてですが,同盟基督教団では年に約1回程度,牧師の研修というのを開いてますね。

はい,そうです。


テーマは大体,どんなことが多いんですか。

大体,私たち教団が持つところの信仰告白の研修とか,それが多いです。


参加は,これは義務づけられてるんですか。

それは参加は自由なんです。強制ではありません。


同盟基督教団の牧師としての資格の認定は,これはまた理事会で行いますね。

はい。


教職の資格を認定した牧師について,同盟基督教団法人部,あるいは被告法人がその資格を剥奪するということもあり得るんですか。

それはありませんね。


戒規の手続というのはありますね。

はい,戒規はあります。


戒規の手続によって,もう教団の教師としては認めないということがあり得るのではありませんか。

はい,それはあります。


どんな場合に。

キリスト教の教理に対して,それに反すること,言動をしたりした場合,その場合,この戒規にかかりますね。教えの部分ですね。もう一つはキリスト者,牧師としての品性というか,特に非行に走る。特に女性問題とかそういうことが発覚したときは,教団で戒規にかけて除名することはあります。


牧師としての活動について,被告法人あるいは同盟基督教団のほうから指示を牧師になされることはありますか。

それはないです。


そうすると,各自の牧師の活動というのはどのようにして方針が決まるんですか。

各教会は牧師と,各教会には役員会があります。そこで年間計画を立てたりしながら,あるいは予算を立てながら,そして総会がありますので,そこで審議して皆さんの賛成を得て,そして実行されるわけです。


教会の活動方針,あるいは牧師の活動について,一々,法人部の本部,あるいは被告法人の本部に報告するということはありますか。

そういうことはないです。


教会の財政についてですが,財政はどのようにして決まるんですか。

教会の財政は,それぞれの教会の役員会,総会等で皆さんで話し合って,そこで決めていきます。教団とは独立しております。


牧師の給料も教会の予算で決まるんですね。

そうです,はい。


ということは,個々の教会の牧師がどのような伝道活動というのか,宣教活動をするのかというのは,その牧師に任されているわけですね。

はい,そうです。


教会の不動産が被告法人名義になっているのですけれども,これはなぜですか。

それは私たちの教会が実はまだ宗教法人を取得していないんです。ですから同盟教団という包括法人の中に,その中で受け入れられてるものですから,そういう形になってます。


もしも新津教会が法人になった場合には。

そういう場合は名義を変更します。無償で名義を変更するという約束になってます。



<話し合いは了承を得て行うもの>

被告■<後藤徹氏兄>外2名代理人(荻上)
荻上守生弁護士
<一番左が萩上弁護士です。>
被告の■<後藤徹氏の兄嫁 旧姓>さん,現■<後藤徹氏兄嫁>さんの家族との話合いについても,松永牧師が行かれましたよね。

はい。


そのときに■<後藤徹氏の兄嫁>さんのほうから,家族から拉致監禁されたとかひどい扱いを受けてるというようなことを言われたことはありますか。

いいえ,ありません。


原告の話合いの場に行かれたときに,同様に原告のほうから同じような抗議のようなことを言われたことはありますか。

ありません。


原告が東京のほうにお父さんが亡くなられて移動されたときに,教団のほうで移動する車を用意してあげたということはありますか。

ありません。


後で聞いたということですね。

はい。


この事件でも原告側で盛んに言うのは,家族の話合いについて拉致監禁,誹膀中傷,罵倒,暴力的なことをされたというようなことを,盛んにそういう内容の陳述書なんかが出てくるんですけれども,松永牧師のほうでそのようなことを首謀してるというようなことを主張されてるんだけど,そのような事実はないですよね。

全くないです。


むしろ,そういうカルトに入ってしまったご家族から相談を受けた際に,そういうことは絶対しないでくださいというようなアドバイスをされるんじゃないんですか。

もちろんそうです。


今回の後藤家に関しても,基本的にはそういうことはしないでくださいというか,そういうことはだめだというような話をされてたということですね。

はい,そうです。


被告松永代理人(東)
先ほど,■<後藤徹氏の兄嫁>さんとかの話が出てましたね。そのときに宮村さんとお話しされた経緯についてお話しされてたと思うんですけど,最初,基本的には宮村さんとそういうふうな個人の相談について相談する関係にないとおっしゃってましたね。

うん。


ただ一部,■<後藤徹氏の兄嫁>さんについては,さっき合同結婚式の関係で聞きたいことがあったと。それはその何件かだけということですか。

いえ,そのほか一,二件,全部で四,五件あったかな。


宮村さんと話をしたことがあるということがですね。

要するに宮村さんが来てくださって,話ししたという。


それはあなたが別に個人的に相談したとか,そういうことなんですか。

そういうことじゃないです。


例えば■<後藤徹氏の兄嫁>さんの場合ですけど,■<後藤徹さんの兄嫁>さんとの話で,あなたが韓日の合同結婚式のところで話が詰まってしまったということでしたね。

そうです。


その点について,たまたま宮村さんが詳しかったから聞きに行っただけということですか。

そうです。


宮村さんに聞く前に,■<後藤徹氏の兄嫁>さんやその他相談者の人に,こういう人がいるけれどもという了承は得てるということですか。

そうです,はい。



次回は、松永牧師の反対尋問です。

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2013-08-23(Fri)
 

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はい、はい 

宮村とは新潟でも東京でも何度も会っているのに、すべて偶然…。

「最初の一週間位は4人を準備する。説得者の許可なく外出させない。必ず逃げるから」と書いた自筆のメモ、講義ビデオという動かぬ証拠があるにもかかわらず、それは他人の発言をメモったもの、誰にも見せていない…。

はい、はい。
2013-08-27 08:30 | みんな | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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