スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------(--)
 

WN氏の陳述書-MM氏の陳述書に対する反論。MK氏が統一教会に戻ったのは両親の不仲が原因と主張

MK氏の陳述書(3)の後半をご紹介する前に、先にご紹介しなければならない陳述書があります。それが今回のWN氏の陳述書です。この陳述書は、MK氏の弟、MM氏の陳述書の反論です。

実は、WN氏という人物は原告側では把握していない人物です。
今回の陳述書はMK氏の家庭のかなりプライベートなことに言及しているのですが、その割にはMK氏も弟のMM氏もWN氏のことは記憶にないとのことです。

また、先日行われた証人尋問で、被告側の証人OB氏もWN氏のことを知らないと証言しています。

WN氏によれば、宮村氏は指導はしていない、話し合いは各家族の創意工夫で行われているということなのだそうです。
また、延べで数百人の人達がMKさんやその家族との話し合いに協力したと述べ、それに対し、お世話になったという気持ちを表すどころか、原告側から陳述書を提出したMM氏を非難しています。







陳述書

平成24年6月12日
WN

まず最初に、私がこの陳述書を書くに至った理由の説明から申し述べたいと思います。
私の略歴は下記に述べますが、平成23年11月9日付けのMM氏の陳述書(甲第43号証)について、その内容に看過出来ない箇所が数多く見られるので、それについて陳述したいと思ったためです。

1;私の略歴
 私は19●●年●月●日、二人姉妹の二女として新潟県加茂市で生れました。●歳違いの姉、Aは結婚して一男二女をもうけましたが、19●●年●月に乳がんのため40歳の若さで亡くなりました。
 当時私は結婚しており、神奈川県●●市で夫と共に建築会社を営んでおりました。
 1990年4月、亡き姉の長女、TS(現姓S)が専門学校入学のため上京し、アパートが決まるまでの3か月間私の家に滞在しましたが、一人暮らしを始めて4か月後に●●●●駅で統一協会に伝道されました。私が姪の入信を知ったのは翌年の1991年8月です。
 当時、私は統一協会について多少の知識があり、大変なことになったと思いましたが、どう対処すればよいのか全く分からず、途方に暮れました。知り合いの牧師さんに相談したところ、統一協会について書かれた本を2冊いただきました。浅見定雄先生と川崎経子先生の著書でした。姪の父親(私の義兄)や姪の兄妹、私の両親に大変な事態になったことを告げ、つてを辿って水茎会に相談し、勉強させていただくことをお願いしました。
 それから約半年後、1992年3月に姪と話し合う機会を設け、姪は統一教会の間違いに気付き、自ら脱会しました。
 ここに至ったのは全て水茎会で先輩や脱会した元信者の皆さん、そして宮村さんに統一協会の問題がどういうことであるか、色々なお話を伺えたおかげです。そして今に至るまで私はこの問題に関わり、考え続けております。

2; MMの陳述書(甲第43号証)について
 1) その1ページ4行目「保護説得と言っても、実際に行なっていることは拉致監禁であり、やり過ぎの観は否めない」とありますが、水茎会に相談するか否かどのような形で話し合いの場を設定するのかはそれぞれで判断して決められることです。話し合いの場を設定したのはM家の方々であり、もしMM氏がそのやり方に納得出来なければ家族を止めればよかったのです。
 1990年にMK氏を「拉致監禁」(本文の記述による)したのは一体誰なのでしょうか。何処かの救出団体の人達なのでしょうか。M家の方々以外あり得ません。MM氏の言うこの救出団体と、水茎会や宮村さんとは何も関係ないのは確かです。

 2) 2ページ5行目「宮村峻氏らが指導を行っていた水茎会」とありますが、そもそも水茎会は看板も出していませんし、連絡先を公に出してもいません。大切な自分の家族が統一協会に入信したために悩み苦しんでいる家族が、救いを求めてあちこち探しまわり、人づてに聞いて相談に訪れ、家族との対話を取り戻すための相談をするのです。水茎会はそのような家族で構成されており、オブザーバーを宮村さんにお願いしているのです。宮村さんは指導など行っていません。各家庭の事情はそれぞれ異なりますから、画一的なマニュアルなどありませんし、各家族の創意工夫で取り組むべきことなのです。

 3) 2ページ6行目 「勉強会にずっと通いました」とあります。私は毎回出席してきましたが、MM氏は私の記憶では時々しかお出でになっていませんでした。

 4) 2ページ10行目以下 「家族の不和の原因について自分たち(親達)の反省を促されるので」とありますが、反省を強要することはありません。自分達の家族がどのような家族であったかを顧みることの大切さは勉強の中で自然に判ってくることです。
 少なくとも信者になった本人だけを責め立てるような発想をたしなめることは重要なことなので、皆さんが助言しているはずです。

 5) 2ページ12行目 「父も何度か宮村氏に叱責されたり」とありますが、叱責ではなく注意を促されることはあります。宮村さんは叱責するような態度はとられません。
 Mさんのお宅は、ご夫婦の間に問題があって、お母さんは「父親が酔って暴力をふるったり、セクハラに近い行為を行い、どうしたらよいか」と泣きながら何度も宮村さんに相談するのを私も見ていました。そのことで宮村さんはお父さんに「やめて下さい」と何度か注意しているのを私も見たことがあります。

 6) 2ページ15行目の西央マンションについての記載ですが、「父兄との打ち合わせの事務所」とか、「宮村氏の指導のもと、親戚の人に必要事項の確認をした」という箇所は事実と違います。事務所ではありません。そのようなことをするために借りているのではありません。Mさんの方から親戚の人達との話し合いに参加してほしいと頼まれた宮村さんがわざわざ参加して、考え方などを述べたということを当時聞いていました。親戚の人たちと話し合うための場所がなかったので、とりあえず西央マンションを使うことを水茎会として了承したのです。水茎会の応急措置でしたことです。この時の打合せも私は聞いていましたが、必要事項の確認ではありません。確認は家族が自分ですることです。

 7) 2ページ下から8行目 「マンションは二度とも水茎会が準備し、私たちはマンションの家賃と諸費用を水茎会に支払いました」という記述は完全に違います。水茎会が、特定の家族のためにマンションを借りることはあり得ません。まして家賃と諸費用(何のことか分かりませんが)を水茎会に支払うなどということは、思い違いかデタラメとしか考えられません。M家のご家族が自分で手配なさったことと聞いていました。

 8) 2ページ下から5行目以下の施錠等の箇所について
 これらが本当なら、私は問題だと思います。しかし、それはM家の方々が自分の判断でなさったことのはずです。宮村さんはむしろ逆にそのような行為は本人を傷つけるから、やめてほしいといつも、そのような話が出ると話していました。そして、家族は愛情の目を持って本人を見守ってほしい、といつも言っていました。

 9) 3ページ17行目
 「配下のスタッフ」とありますが、会社や営利団体もありません。統一協会ではありませんからそのような上下関係もスタッフも存在しません。一体誰のことを言っているのでしょうか。

 10) 3ページ17行目
 「電話をしたらすぐ宮村さんが来た」というのは、たまたま近くにいたから、行ってあげたのだと聞いていました。MM氏が「辛いから来て下さい」と言うから行ってあげたのだそうで、それがなぜこんな書き方になるのでしょうか。

 11) 3ページ31行目
 「姉が宮村さんに「いつまでフラワーホームにいないといけないのですか?」と聞くと、宮村氏にまだ滞在するように言われ、結局姉も引き下がりました。」という箇所ですが、それを決めるのは家族です。宮村さんがここに書かれているようなことを言うはずがありません。

3;総括
  そもそも水茎会にMさんのご家族が来られるようになったのは、M家が助けを求めてあちこち調べ、結局都内のテレビ局まで行き、水茎会を紹介してもらったと聞いていました。水茎会はM家から何度も本人と話し合いをしたいので協力して下さいとお願いされたし、宮村さんも真摯なお願いをうけて引き受けて下さったと聞いていました。
  幸いにもMK氏は一度は統一協会を脱会したと聞いています。それはMM氏の陳述書の最後に記載されているとおりです。完全にやめたと書いてあります。
 そんなMK氏が統一協会に戻ってしまったのはなぜなのでしょうか。両親の不仲などのため、MK氏が平穏に生活できる場がM家で提供できなかったという側面があったのではないかと、私は思っています。これからの教訓ともすべきことです。
 結論を言えば、水茎会側でMM氏が書いているようなやり方を指導したことはありませんし、「やりすぎの観は否めない」のであれば止めればよいことであって、自分達家族でやりながら、それを他人のせいにするのはひどい責任逃れです。
 しかもM家の人達は、この話し合いが終わった後、水茎会に全く出席することがありませんでした。またその後、誰にもお礼の挨拶をされませんでした。ましてMKさんとその家族のために、延べで数百人の人達がMKさんやその家族との話し合いに協力しているのですが、その交通費や実費さえM家から頂いておりません。勿論私たちはそんなことが目的ではありませんが、お世話になったという気持ちどころか、甲第43号証のような陳述書を出すとは全く信じられないことです。MM氏のこの陳述書の内容は余りに事実と違っていて、私は悲しい気持ちでいっぱいです。



次回の記事はこの陳述書の反論です。
応援よろしくお願いいたします。

↓↓↓↓↓↓

にほんブログ村
2013-04-15(Mon)
 

コメントの投稿

非公開コメント

拉致監禁はあった、でも宮村は無関係、ってか 

<話し合いの場を設定したのはM家の方々であり、もしMM氏がそのやり方に納得出来なければ家族を止めればよかったのです>

<1990年にMK氏を「拉致監禁」(本文の記述による)したのは一体誰なのでしょうか。何処かの救出団体の人達なのでしょうか。M家の方々以外あり得ません。MM氏の言うこの救出団体と、水茎会や宮村さんとは何も関係ないのは確かです>

<施錠等の箇所について
 これらが本当なら、私は問題だと思います。しかし、それはM家の方々が自分の判断でなさったことのはずです。宮村さんはむしろ逆にそのような行為は本人を傷つけるから、やめてほしいといつも、そのような話が出ると話していました>

<水茎会側でMM氏が書いているようなやり方を指導したことはありませんし、「やりすぎの観は否めない」のであれば止めればよいことであって、自分達家族でやりながら、それを他人のせいにするのはひどい責任逃れです>

あ~あ、やっぱりね。
こういう流れになっていくと思いましたよ。予想通りです。

拉致監禁はあったかもしれない、しかし、それは家族がやったこと、宮村は全く無関係、宮村はむしろ拉致監禁はやめなさいと話していた、と…。

トカゲのしっぽ切り。
拉致監禁加害者家族に犯罪を押しつけて、無傷で逃げ切ろう、って算段ですね。

<WN氏という人物は原告側では把握していない人物です>

別にWN氏でなくても誰でもいいのでしょう。
水茎会(宮村)と拉致監禁家族とは無関係、ってことを“宮村教”の熱心な信者に証言させればいいだけ。そう思ってやっていると思います。

拉致監禁はなかった、というのでは、流石に勝てない、と思ったのでしょう。
それにしても、いまさら、ですね。

卑怯者はどこまでいっても卑怯者ですね。
2013-04-16 08:34 | みんな | URL   [ 編集 ]

アクセスカウンター
プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

応援のクリックお願いいたします。
↓↓↓↓↓

にほんブログ村
重要なお知らせ

当ブログはリンクフリーです。
 

最新記事
最新のコメント
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。