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星野結美氏の陳述書-ステレオタイプに押し込められたNI氏の陳述書

このブログを立ち上げてから2年以上が過ぎました。
後藤徹氏の第1回目の口頭弁論は2011年3月23日でした。
予定をだいぶオーバーしましたが、2年の月日を経てようやく本日(3月11日)法廷で後藤徹氏自らが訴える時がやってきました。実に解放から5年の月日がたっています。


本日の尋問の様子は近日中にお伝えすることになると思いますが、今日は、星野結美氏の2つ目の陳述書を紹介します。

星野結美氏の陳述書は、先日ご紹介したようにNI氏によって反論されましたが、今度はそのNI氏の陳述書の反論です。

統一教会は長年に渡り、「正体隠しの伝道」を非難されてきたためか、NI氏は、星野氏にも「正体隠し」という決め付けをしていますが、それに対し星野氏はこのNI氏の陳述書を「統一教会信者を全て十把一絡げにしてステレオタイプに押し込めています」と述べて反論しています。

また、監禁部屋での様子や説得内容は事実でないことばかりで、教会で教育し信じ込まされている内容であるというNI氏の主張に対しては、松村牧師の監禁マニュアルを引用しながら反論しています。

監禁部屋から逃げたときの様子や、統一教会に戻ってからのあゆみなどもNI氏の主張とは違っているようです。



陳 述 書



  私が後藤さんの裁判に提出した陳述書に対し、NIさん名義の陳述書(乙ハ第19号証)の「第5」で反論がなされていますので、それに対して反論致します。

1、「第5」「1」について
 ここで言っていることは以下の3点です。
 両親は娘が統一教会に入ってから言動がおかしくなって心配して悩んでいた。そして娘は嘘も多くなり仕事をやめてしまった(これは「3」でも繰り返し主張しています)。
 統一教会は最初、統一教会であることを隠して統一原理を学ばさせている。
 両親に対しても統一教会に通っていることを内緒にさせる。

 上記①について、両親が私の言動がおかしくなったとか嘘をつくようになったとかなどで心配したというのが、具体的に何の事を指しているのか疑問です。私は短大卒業後、2,3カ月してから就職のために実家の千葉に戻りました。そしてスイミングスクールでインストラクターをしながらビデオセンターに週1,2回の割合で通っていました。千葉のビデオセンターに通い始めて、2,3カ月した頃、両親は血相を変えて「おまえが通っているところは統一教会じゃないのか」と言って来ました。私の部屋には通っていたビデオセンターのチラシがありましたが、チラシに統一教会という名称が入っていたのを見て、両親は統一教会について言ってきたのだと思います。これに対し私は「はい、そうです」と答えました。特に父親は人が変わったように統一教会に対して批判するので、私はびっくりして「どうしてそんなに怒るの?」と聞き返すほどでした。父は、「統一教会」や「イエスの方舟」は危険なところだと言い、「イエスの方舟」についてもずいぶんと話してきましたが、「統一教会」については「親泣かせ原理運動」と言われている悪いところだということでした。そして「新興宗教はだめだ。宗教をやりたいなら仏教かキリスト教にしろ」と言ってきました。私は感情的になって言ってくる父の話す内容と、実際通っているビデオセンターの雰囲気とがあまりにも違うので、世間の風評をもとに批判するのでなく、内容を見て欲しいと言いました。
  以上の経緯ですので、「ご両親は、娘の結美が統一協会に入ってからその言動がどんどんおかしくなることを心配して、悩んでいました」は、私の家族には全く当てはまりません。実際には、両親の統一教会についての中途半端な知識が心配の種となっていたのです。
 また仕事をやめたことに関しては親とも話をしています。両親は統一教会に来て話を聞き、「おまえの意思に任せる」と言って、統一教会での活動をその時は認めてくれていたのです。

   上記②について、私は吉祥寺のビデオセンターに2,3カ月通った時にも、そこが統一教会の関係のところだと言われていました。ですので、千葉で最初に声をかけられた時に、「ああ、統一教会じゃないですか?」と私の方から聞いたほどで、その人は「はい、そうです」と答えました。従って、「最初は統一教会であることは隠して、ビデオセンターに通わせて統一原理を学ばせていることがはっきりわかります」とあるのも違います。

  上記③について、吉祥寺にいた時に2,3カ月ビデオセンターに通ったことがありましたが、そこでも親に隠せと言われたことはありませんし、後日、千葉でも、両親に隠せと言われたことはありません。逆に、隠さないといけないなど思っていなかったので、ビデオセンターのパンフレットなども私の部屋においておいたのです。従って、「両親に対しては統一協会に通っていることを内緒にさせていることもわかります」との記載も間違っています。
乙ハ19号証は統一教会信者を全て十把一絡げにしてステレオタイプに押し込めています。

2、「第5」「2」について
  ここでは「グリーンベレー」について書かれていますが、ずいぶんと曲解されています。「同じ教育局に所属していた元信者の話では」となっていますが、本当にそうなのでしょうか。実際、「グリーンベレー」に参加したことのない元信者の人の話ではないでしょうか。
「グリーンベレー」は教育局の一部信徒等で組織した信仰訓練のプログラムでした。毎月数日間、みんなで一ところに集まり、統一原理のみ言を学び、集まってきたメンバーの親睦会をして、そして訪問販売に出発していくという1カ月周期での活動をしました。本人が嫌がっているのを無理矢理させるとか、始めたら休ませないということはしません。本人が休みたいと言えば休めますし、体調が悪ければ訪問販売には出ません。グリーンベレーは普段仕事をしながらマンネリ化する生活を一新するのに好都合な場であり、「グリーンベレーへ行ったら気持ちが復興する」とか「少しグリーンベレーへ行って頑張ってきます」と言った感じで参加していたのです。乙ハ第19号証では「『地獄のマイクロ』とささやかれていました」とありますが、「地獄のマイクロ」などと言われているのを聞いたことはありませんし、実際とはあまりにもかけ離れた表現です。
「きつくて辞めてしまう(「落ちる」と言っていました)信者もいた」とありますが、きついと思ったら休むはずです。休みたいと言えば休めるからです。また、訪問販売を辞めることを「落ちる」などとは言いませんしそのような表現は使ったことがありません。信者が統一教会を辞めることを宮村がよく「落ちる」とか「落ちたな」などと表現していましたが、統一教会を辞めるという意味で使っているのだとしたら、「グリーンベレー」に行って統一教会を辞めたなどという例は聞いたことがありません。もちろん訪問販売での訓練ですから、足が痛くなったり、疲れることはありますが、「地獄」とか「落ちる」という言葉とはほど遠いです。「グリーンベレー」はむしろ「何か変われる、成長できる」というイメージが強いのです。

3、「第5」「3」について
  ここで言っていることは以下の2点です。
   両親は娘が統一協会に入ってから言動がおかしくなって心配した。
   親がビデオセンターへ行ったのは宮村の指示でなく娘の誘いに応えたからだ。
  上記①については既に「2」で言及しましたので、ここでは繰り返しません。 

  上記②について、乙ハ第19号証には、「母親がビデオセンターに来たのは宮村の指示であるというような記述がありますが、当時統一協会では両親を伝道するためにはビデオセンターに来てもらって、ビデオを見て勉強してもらうのが良いと指導されていました。(中略)ですから、信者が親を誘っておいて、それに応じて親が行ってあげたことについて、それが『油断させるための宮村の指示だ』なんてことはあり得ません」とあります。しかしこの部分は、当時母がビデオセンターに来た実際の経緯を知らない人が、当て推量で反論しているものに過ぎません。なぜなら、母は以下に述べる通り、当時私が誘ってもいないのに唐突にビデオセンターに来たからです。
 
  1984年4月、私はホーム(統一教会信者が共同生活する場所)で生活するようになりました。しかし、家から電車に乗って40分ほどしか離れていなかったため、私はしばしば家に帰って近況報告をしたり、両親をビデオセンターに誘ったりしました。しかし、両親はビデオセンターには一切来ませんでした。そこで私は家にビデオを持って行って両親に見せたりもしましたが、ほとんど興味を示しませんでした。

  1987年春、私の名前が反対派グループの監禁リストに載っていると教会の人から言われました。私はびっくりしましたが、それがどういうことかよくわからず、拉致監禁された人の体験談を2冊ほど読みました。先の陳述書で私が「統一教会反対派グループがどのような手口で拉致監禁による強制説得を行っているのかを学びました」と書いたのは、この2冊の本を読んだことを言っています。また、私は直接母親に電話し「お母さん、統一教会に反対している牧師さんのところへ行っているの?」と聞きました。すると母は、「行ってない」と嘘をつきました。私はその嘘を信じてしまいました。また、本に書かれているような拉致監禁をまさか私の親がするわけがないと思いました。ただ、以前のように家に帰ることは控えました。

  1988年春、突然母が自分からビデオセンターに来たのです。私はびっくりしました。ビデオに対して何の関心も興味も示さず反対していた母が、自分からビデオセンターにやって来たからです。
  私は、母が反対派に繋がっている気配があるかどうか見てもらうため、教会の先輩にの人にも会ってもらい、一緒に会話に加わってもらいました。その人が「お母様は大丈夫だと思う」と言うので、私は警戒心がなくなり、母がビデオセンターに来たことを純粋に喜んでしまったのです。しかもこの時母は、今後もビデオを見て勉強するということで受講料まで払って行ったのです。こうしてすっかり油断させられたため、半年後に家に来るようにと言われた時は、まさか拉致監禁されるなどとは夢にも思わず帰省したのでした。捕まってから、あの時ビデオセンターに来て受講料まで支払ったのはこの時のためだったのだ、私を安心させいつでも帰省するように伏線をはるためだったのだ、と気づかされました。もし母がビデオセンターに来なければ、私はそのまま漠然とした不安感で家から足が遠のいていたでしょうし、突然家に帰ってこいと言われれば、多少の警戒心もあったはずです。
 最近、後藤さんの裁判に提出された拉致監禁マニュアルを見ましたが、その最初の項の「子の救出に関して」には「1、本人の願うことをしていくならば必ず出てくる。いざ説得の時のために」とあり、その例として「ビデオセンターに通う」とありました。背後に拉致監禁のプロがいて、両親を指導しているなど想像することができませんでしたが、今更ながら、もっときちんと警戒しておくべきだったと思いました。

 
4、「第5」「4」について
 ここでは、以下の2点を言っています。
 統一協会では拉致監禁されると恐ろしいことをされると教会で教育されているので、条件反射的に逃げようとする。
 私の陳述書(甲47号証)の4頁から10頁に書いてある監禁部屋での様子や説得内容は事実でないことばかりで、教会で教育し信じ込まされている内容である。

 上記①については、乙ハ19号証の陳述書には「統一協会では、拉致監禁されると恐ろしいことをされて精神的におかしくなり脱会させられてしまうという話を頻繁にします。そのため信者は恐怖心でいっぱいになり、とにかくまず逃げなくてはと思い込んでいます。トイレに行くと言って逃げたり、大声で騒いだり暴れたりして近所の人に助けを求めて逃げたり(中略)このため信者は自分も同じことをしないといけないと思いこんでいて、実際にそうしようとします」と書かれており、統一教会信者をまるで自分が監禁されているのかいないのかの状況判断もできない知能の低い人間でもあるかのように書くことによって、宮村等のやっていることをかばっています。しかし、前述の拉致監禁マニュアルの「説得中」の「1」には,「外部との関係をシャットアウトする」,「<絶対に逃げられないのだという意識がない限り聞こうとはしない>それで4人~6人で取り囲む必要があるのです」とあり、「4」には,「24時間・・・誰かが起きていること」とあります。98-3 5
98-3 5枚目4
<甲98の3号証 5枚目>

そして、「判定規準」には「以下をクリアーして,外出は許される」と書かれています。従って、統一教会での教育によってまず逃げようとするのではなく、逃げられないようにされるので、何とか逃げようとしているのです。
判定基準
<甲98の3号証 6枚目>




なお、私は拉致監禁の被害者の体験談は読みましたが、特に拉致監禁について教育されたことはありませんでした。また、被害者の体験談についても、まさかうちの親に限ってこんな事をするはずがないと思っていたのと、母も反対派のところに通っていることを否定していたことから、ほとんど関心がありませんでした。従って、“教育の効果”として恐ろしくなったと言うことはありません。私は、実際に拉致監禁されたために恐怖を感じたのです。まず最初に恐怖を感じたのは、実家から拉致された時です。家族が異常に緊張して深刻な表情になり、そこに何年も会っていなかった親戚ら7~8人が突然現われ、「統一教会について話し合いたい。これから別の場所へ行こう」と言い出すのです。この異様な雰囲気の中、無理矢理どこかに連れて行かれることがどれほど恐いことでしょうか。それも行き先も言って貰えず、誰に会うのかも言われず、腕をぎゅっとつかまえられてワゴン車に連れ込まれました。いくら家族・親族だとしても無理矢理ワゴン車に乗せられれば抵抗します。私はパニックになりました。そして、ワゴン車で目的地のマンションに着くまでの異様な沈黙は耐えられないほどでした。次に恐怖心で一杯になるのはマンションに到着した時です。私はこのマンションの一室に閉じ込められるのだと察し、とっさに逃げようとしました。しかし数人の男性に取り押さえられ、そのままエレベーターに連れ込まれ、5階の部屋に入れられました。そして玄関ドアには南京錠やチェーンまで準備してあったのですから、これで恐怖を感ぜずにいられるでしょうか。乙ハ19号証に書いてあるような「教会の教育を信じ込んで」というのは、弁明にもなりません。実際の体験から恐怖を感じるのです。マンションの部屋に閉じ込められた直後にも私はパニックになり、大声を出しました。それは統一教会で教えられたから大声を上げたのではありません。閉じ込められる恐ろしさから必死で助けを求めたのです。

 上記②について、私の先の陳述書の4頁から10頁にかけて書かれているのは、監禁された部屋の中での出来事と様子です。乙ハ19号証では、私のが先の陳述書で「統一教会反対派グループがどのような手口で拉致監禁による強制説得を行っているかを学びました」と書いていたことを、統一教会の「対策」教育と決めつけ、その内容が私の先の陳述書の4頁から10頁にかけて書いてあると述べています。しかし、前述の通り、私は2冊の本を読んで学んだだけで、特に「対策」教育など受けていません。宮村については全く知りませんでした。このため、宮村がマンションの部屋に来たとき、「あなたは一体誰なのか」を聞いたほどです。従って、「対策」教育に基づいて先の陳述書の4頁から10頁の内容を書いたなどというのは、全く事実ではありません。
 
5、「第5」「5」について
  ここでは私が先の陳述書の4頁~10頁で書いた監禁部屋での様子に対し反論しています。以下、一つ一つ説明します。
 まず乙ハ19号証には「宮村が威圧的な態度でヤクザ者にしか見えなかったとありますが、一方的な決めつけです。また、『共産主義者か』と聞いたところ胸倉をつかんで殴ろうとしたとありますが、そんなことはあり得ませんし、そのくらいのことで殴ろうとした宮村さんは今まで見たこともありません」とあります。
   私はワゴン車に乗せられ、マンションの一室に総勢10名近くの人たちに囲まれ閉じ込められました。その目的は、両親が最初から言っていた「会ってほしい人」に会わせるためです。この10名近い人々は黙々と私を閉じ込めるために動いていました。彼らはほとんど話をせず、私の質問に答えることもせず、どこへ行くのかも、誰と会うのかも、いつまで私を拘束するのかも、一切話しませんでした。ただ「会ってほしい人がいる」の一点張りでした。ですから私を連れて行く目的は、私の意思を無視してその人物に会わせるためでした。そんな中でマンションの部屋に宮村が登場してきたのです。家族を始めまわりの親戚もみなが緊張し、まるで大先生が入ってきたかのようにかしこまる中、宮村は「オレが宮村だ。そこら辺のへっぽこ牧師とは違うぞ」とすごんできました。私は「オレが宮村だ」と言われても彼を知りませんから、一体このヤクザみたいな人物が誰なのか、なぜ家族や親戚までもがこの人物にへいこら従っているのか、この男の身元が知りたかったわけです。同時に私は、このように人を閉じ込めて威嚇してすごんでくるこの人物に非常に怒りを感じて、「あなたは何なんですか。私はあなたと話すつもりなんてありません」と言いました。しかし宮村は私を威嚇するように、言葉で押さえつけてきました。聖書の話が出るので、まさかクリスチャンではないだろうと思いながら「あなたはクリスチャンですか?」と聞いても「クリスチャンじゃない」と言います。私はこの傍若無人な振る舞いで、人を威圧しようとする宮村という人物がどういう背景を持った人間なのか全くわからず、統一教会を嫌う共産主義者かと思い、あてずっぽうで「あなたは共産主義者なんですか」と言いました。すると、「何だと!」と私の胸倉をつかみ殴ろうとして来たのです。私もいきなり閉じ込められ、無理やり話を聞かされるのですから、反抗的に言いました。しかしなぜ閉じ込められ殴られなければいけないのでしょうか。

  ところが前述の監禁マニュアルの「<絶対に逃げられないのだという意識がない限り、聞こうとはしない> それで4人~6人で取り囲む必要があるのです」という記載を見て納得しました。父親に私を殴らせたり、威嚇して威圧的に批判してきたり、来るたびに複数の元信者を連れて取り囲ませるのは、こういう理由だったのかととても納得しました。私に対して「何だと!」と殴りかかってきたのは、反抗的な私に説得を効率よく行えるように気をくじくためだったのです。そして「ここから逃げると痛い目に遭うぞ」と言わんばかりに脅迫して、私に逃走を断念させようとしていたのでした。
 次に乙ハ19号証には「『醤油を飲んで自殺をしようとしたやつ』がいるなどとは聞いたことがないので、そんなことを言うはずはなく、記憶違いだと思います」とあります。これはNIさんの陳述書ですが、NIさんが聞いたことがあるかないかが宮村の言動をどうして規定するのでしょうか。記憶違いだと思うとの主張はおかしいと思います。私は拉致監禁に対しての予備知識は先ほど書いた2冊の本だけです。従って、宮村に言われなければ、醤油の話など知る由もありません。私はこのとき初めて聞いて、「そこまで人を追い詰めるなんて何と悪どいことをしているんだ」と憤慨しました。

   続けて乙ハ19号証にはこうあります。「結美さんは最初からふて寝をしていて、起きようともしなかったし、座って挨拶をしようともしませんでした。ご両親が『なんて態度なの。起きなさい』と結美さんを起こそうとしても、もぞもぞ動くだけなので、トレーナーがずれ上がり背中やお腹のお肉がはみ出して見えてしまいました。『結美、お腹が見えているわよ』と言っても彼女は身だしなみを直そうとはしませんでした。体格も良かったので、ちょっとトドのように見えました」
   私は無理やり監禁されて、外を見ることも出ることもできず、ずっと宮村の居丈高な批判を聞かなければいけないのが、精神的にも肉体的にも非常に苦痛でした。そしてこのような人物に家族が平身低頭しているのが悔しく、情けない思いでした。それで宮村が来ても起き上がらない時がありました。その時、宮村は「おまえはトドか」と言って私のことを侮辱したのです。これは宮村が私に対して実際に言った言葉です。閉じ込められた状態でここまで言われなければならない屈辱感は大変なものでした。
 乙ハ19号証の著者はNIさんになっていますが、私のことを「トド」のように思ったのは実際には宮村であり、この記載は宮村がNIさんの名前を借りて自分の認識を書いているように見えます。

6、「第5」「6」について
  ここでは統一教会が偽装脱会を指導していると書いています。「偽装脱会は、これもまた統一協会が指導しているとおりのことです。やめたふりをして隙を見て逃げてこいとか、実家に帰ってしばらくしてから戻ってこいと指導されています。結美さんもこの指導に忠実に従ったのです」とあります。しかし私はそのように指導されたことがないのはもちろんのこと、指導とは関係なく、そうするしか出られなかったためにそうしたのです。もし自由に出入りができるならば、わざわざ苦労して本心を偽りやめたふりの演技をする必要もないのです。しかも、偽装脱会をすることは、ものすごく精神的負担になります。そんなことをするくらいなら、一通り話を聞いて教会に帰るなり自宅に帰るなり、あるいは話を聞く前に帰るなりすれば済むはずです。そもそも時間の無駄です。しかし、信仰をやめると自ら表明するまで出られない状況であるため、そこから解放されるには、実際に信仰を失うか、やめたふりをするしかないのです。ですから偽装脱会をする理由は実に簡単です。外に出たいからです。自由になりたいからです。これは、教育や指導ではなく万人共通の自然な行動なのです。また、「結美さんもこの指導に忠実に従ったのです」というのが本当なら、何故偽装脱会してすぐに逃げてこなかったのかの説明がつきません。

  被告側から出ている元信者の人の陳述書では、最初ずいぶんと抵抗した様子を書きながら、抵抗した理由として一律に「統一協会の教育」などと書いているようです。しかし、自由に出入りができるのであれば抵抗する必要などないのです。「統一協会の教育」などというのは言い訳にもならない詭弁です。事実を重ねて考えればわかります。場所も分からないマンションの一室に連れ込まれ、ドアに南京錠まで使う厳重な施錠を見れば誰でも抵抗します。そもそも、家族・親族の異様な雰囲気だけで極度の緊張感に襲われます。腕をつかまれ連れて行かれるのですから、まず身の安全と自由の確保を一番に考えます。教育を受けたから抵抗するのではありません。乙ハ19号証だけでなく被告側から出た元信者の陳述書は、統一教会信徒を上から見下し、知能の足りない人のごとくに書いています。「教育によって~信じ込まされている」とか「平気でうそをつく」とか「妄想している」など、このような言い方はいかにも宮村らしい言い方です。

   次に「それまで反抗的な態度だったのに急に脱会した様子を示しても偽装はバレバレです。したがって、脱会の意思があるかどうか確認するために、教会員の名前や婚約者の実家の連絡先を書くよう強要したということはあり得ません」と書かれています。しかし、婚約者の両親の名前と住所と電話番号を書けと言ってきたのは事実です。この時、私は精神的に限界状態で、自由の身でいる他人の心配までする余裕が全くなかったので、婚約者の両親の名前や連絡先を書いてしまいました。そして、それ以降監視要員の親戚や見ず知らずの人々達は帰り、母と二人でいることも多くなりましたし、玄関ドアの南京錠もなくなりました。従って実際には、私が婚約者の両親の名前と住所と電話番号を書いたことが効を奏して、私がある程度信仰を捨てている状態だと宮村は判断したものと思われます。

7、「第5」「7」について
 ここでは私が脱出する時とその後について書かれています。
 まず脱出時の事について乙ハ19号証はこう書いています。「お風呂に入って自分の下着を洗い、それをお母さんに『ベランダに干してください』と頼み、お母さんがベランダの物干し竿に干している最中に後ろから母親をベランダに突き飛ばし、内側から鍵を閉め、お母さんをベランダに監禁し、お母さんの靴ばかりかお財布まで持って逃げ出したと直接お母さんに聞きました」
しかし、この文章にはあからさまな嘘が入っています。

  私はこの4ヶ月間一切外に出ることが許されませんでした。しかも、私を外に出すかどうかの決定権も両親にはないことがわかりました。そこで、どうやって部屋から出るかを祈るような気持ちで考えていました。玄関の南京錠がなくなったので、逃げようと思えばできたかも知れませんが、万一失敗した時は、また玄関ドアに南京錠がつき、監視がついて、再度厳重な監禁状態にされることを思うと、心臓がドキドキしてとても実行する気にはなれませんでした。そこで、逃げるにしても絶対に失敗しない方法を探るしかありませんでした。そして、母と二人の時に、母がベランダに出たとき、後ろからベランダを閉めて鍵をかけたのです。乙ハ19号証は「お母さんがベランダの物干し竿に干している最中に後ろから母親をベランダに突き飛ばし内側から鍵を閉め、お母さんをベランダに監禁し」といかにももっともらしく書いていますが、私は母には一切触れていません。しかも冷静に考えれば、この話が作り話だということはいとも簡単にわかります。母が部屋に背を向けてベランダで洗濯物を干している以上、そのままベランダを閉めて鍵をかければ十分であって、わざわざ自分からベランダに出てまで母を突き飛ばす必要など無いからです。また部屋の中にいる人間をベランダに突き飛ばすとか、ベランダにいる人間を柵に向かって突き飛ばすというなら意味は通じますが、ベランダにいる人間をベランダに突き飛ばすというのは日本語として変です。事実でないことを書いているために、意味の通らない表現になっているのだと思います。また、母が数十分ベランダにいたことを「監禁」と表現するなら何故自分達のしていることを正直に「監禁」と認めないのか非常に腹立たしく思います。

  そもそも、出入りが自由なら、母がベランダに出た隙にベランダの鍵を掛ける必要などないはずです。出入りが自由でなかったために、こうするしかなかったのです。
続いて脱出後の私について乙ハ19号証ではこうあります。「さらに残念なのは、結美さんが逃げ出したあと、結美さんが統一協会で霊感商法に従事して人々に損害をもたらしていたことです。彼女は逃げ戻ってきてから店舗にいたと元信者の人から聞きました。正体を知らないゲストに対し、先祖の因縁を解消するために浄財をしなければ大変な不幸にあうことになるなどと言って、印鑑や水晶を高額で販売していたのです。このような犯罪的行為をくりかえしている際に、後ろめたさはかんじなかったのでしょうか」

  しかし、この記載もあからさまな作り話です。私が監禁から脱出後にいたところは、「光の子園」という教会の子どもたちを預かる保育所でした。そこで子どもたちの世話をしていたのです。そこに1年近くいた後、知り合いから紹介されて宗教新聞社で総務の仕事につき、主に新聞発送や顧客管理をしました。真っ赤な嘘を平気で書いていることからも、乙ハ19号証は宮村がNIさんの名前を借りて書いているものとしか思えません。

8、「第5」「8」について
  ここでは、私がアメリカで活動しているACLC(アメリカ聖職者リーダーシップ協議会)についていい加減な内容が書かれていますので、いくつか指摘いたします。
 乙ハ19号証には「現在結美さんはアメリカでACLCという団体で活動していると書いてあります。これはキリスト教の他の教派を取り込むための統一協会の一組織です。昔私が統一協会に入信したころ、1984年ですが、アメリカの6000人の牧師を復帰する摂理というのがありました」と始まり、「詐欺的な活動」とまで言っています。
  ACLCは2000年5月から始まりました。キリスト教の牧師さんたちがお互いの宗派を認め、世界平和のために宗教者が手を取り合って協力していこうというものです。提唱したのは統一教会の創始者である文鮮明師です。活動はブレックファースト・ミーティンイングがメインです。これは、その名のごとく朝食会を通して聖職者たちがお互いの教派を越えて交流できる場を提供するのが目的です。そうしながら、宗教者達が積極的に世界平和を意識し祈ることを促しているのです。もしその過程の中で、文鮮明師のビジョンに共鳴し文師のことをもっと知りたいという牧師さんがいれば、文師の自叙伝を読んで頂いたりしますが、中には統一原理を勉強する牧師もいます。乙ハ19号証では「キリスト教の他の教派を取り込むため」などと書かれていますが、信仰や教派は簡単に取り込めるものではありませんし、取り込んでいるわけではありません。牧師達も統一原理を聞いたからといって、自分の教会を捨てるわけでも、教会の名称を変えるのでもありません。一つの目的にそれぞれの立場で協力するのです。
  乙ハ19号証で、「アメリカの6000人の牧師を復帰する摂理」と言っているのは1985年4月から始まった米国牧師会議のことです。私は米国牧師会議については体験していませんが、同会議に実際に参加した牧師さんの一人からACLCを通して反論の手紙を頂くことができましたので、添付します。この手紙を読んで頂ければ、NIさんの記述がいかに歪曲された内容か理解して頂けると思います。

9.最後に
  アメリカでは拉致監禁強制棄教は1990年代に終わりました。それは裁判できちんと裁かれたためです。アメリカの司法機関が信教の自由をはじめとした人権問題ときちんと向き合って来た結果であると思います。
日本では、家族という枠組が個人を凌駕していて、家族間ならたとえ拉致監禁のような犯罪であっても警察が手出しできない、という点で、人権侵害が厳然と存在していると言わざるを得ません。
非政府組織の「国境なき人権」が真摯に被害者の声に耳を傾け、人権侵害を暴きだし、かつ日本政府に勧告している内容を、真摯に受け止めて頂くことができればと思います。
以上


後藤徹氏を是非応援してください。
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2013-03-11(Mon)
 

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ただ宮村に会わせるために 

<私はワゴン車に乗せられ、マンションの一室に総勢10名近くの人たちに囲まれ閉じ込められました。その目的は、両親が最初から言っていた「会ってほしい人」に会わせるためです。(中略)。ただ「会ってほしい人がいる」の一点張りでした。(中略)。そんな中でマンションの部屋に宮村が登場してきたのです>

なにが家族の“話し合い”だ!!!
宮村に会わせるために、そして、宮村の説得を受けさせるために拉致し、監禁した、ってことじゃん。

宮村の教唆がなかった、との主張、ちゃんちゃらおかしいぜー。

こんな嘘つきで卑怯な連中をのさばらせてはいけない。

3月11日、本日は後藤さんの裁判にとって、とても重要な日だと思います。
宮村サイドの5人の弁護士が数時間にわたって後藤さんを尋問する日だと聞いています。

後藤さんのご健闘を心から祈ります。
2013-03-11 08:40 | みんな | URL   [ 編集 ]

抱腹絶倒 

みんなさん

>3月11日、本日は後藤さんの裁判にとって、とても重要な日だと思います。
宮村サイドの5人の弁護士が数時間にわたって後藤さんを尋問する日だと聞いています。

 そうでした。
 私も後藤さんがボコボコにされるのではないかと心配していましたが、全くそんなことはなく、そうそうたる被告側弁護士=荻上・山口貴士・山口広・木村・東・中村(高校時代の偏差値の合計は?)の珍質問に、法廷は爆笑の渦でした。
 爆笑は少なくとも5~10回。

 私事で恐縮なのですが、荻上弁護士が後藤さんにこう質問しました。
「米本さんは信用できるライターだと思いますか」

 唖然呆然。

 後藤さんは当然、「ハイ」。それで終わり。

 あたりまえですよね。どんなに私がデベソ、短足、色黒であろうが、後藤さんは「ハイ」というしか選択肢はないのですから。

 そして、この質問は終わり。結局、調書に残ったのは「米本は信用できるライターである」。オシマイ。

 高偏差値集団の弱点を書くと、あとで修正作業に入られるので(こうしたことはきわめて得意)書きませんが、ともかく笑い&笑いでした。


 ところで、今回の後藤尋問録を、このブログでアップする予定みたいです。
 トータール8時間の膨大な尋問録のアップです。
 みんなさんも協力していただけないでしょうか。
 イエスなら、このブログの連絡先メールに連絡してください。
2013-03-12 20:29 | 米本 | URL   [ 編集 ]

米本様ありがとうございます。 

米本様
わざわざお声かけしてくださりありがとうございました。

みんな様
いつも応援ありがとうございます。
尋問録のお手伝いをしていただけるようでしたらご連絡ください。

連絡先はこちらです。
↓↓↓
gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp


2013-03-12 21:41 | 管理人 | URL   [ 編集 ]

協力 

<みんなさんも協力していただけないでしょうか>

そ、そうですか~~~。

協力、もちろん、できるだけの協力はさせていただくつもりです。

ですが…、匿名での書き込みと、ついに、おさらばになるのですねぇ~~~。(T_T)
そのことが正直、残念でなりません。その意味で、ちょっとためらいもあります。

匿名であれこれ意見を述べさせていただくことに、私なりにやりがい、というか使命感に近いものを抱いていたので…。

まあ、偉そうに言ってますが、どれだけお力になれることやら。

遅ればせながら、米本さんからお声をかけていただけて、光栄の極みです。

協力させていただく方向で、心を固めて、今日中にご指定のメアドに連絡させていただきます。よろしくお願いいたします。
2013-03-13 08:53 | みんな | URL   [ 編集 ]

誤解 

みんなさん

>協力、もちろん、できるだけの協力はさせていただくつもりです。
ですが…、匿名での書き込みと、ついに、おさらばになるのですねぇ~~~。(T_T)
そのことが正直、残念でなりません。その意味で、ちょっとためらいもあります。

 やや誤解があります。

 管理人さんは口が固い人です。みんなさんの実名を他の世話人や、裁判を支援する会のメンバーに漏らすことはありません。これは私が保証します。私にも絶対に教えてくれません(苦笑

 だから、みんなさんはこれからも「みんな」さんでいいのです。

  なにはともあれ、「みんな」名で、管理人さんとメールのやりとりをしていただけたらと思います。それによって協力するかどうかを判断されたらいかがでしょうか。
2013-03-13 10:38 | 米本 | URL   [ 編集 ]

口が固い 

<管理人さんは口が固い人です。(中略)。
みんなさんはこれからも「みんな」さんでいいのです。(中略)。
「みんな」名で、管理人さんとメールのやりとりをしていただけたらと思います>(米本さんのコメント)

かしこまりました。
では、これからも「みんな」としてコメントさせていただきます。

ただ、管理人さんにはすでに(うっかり?)実名を伝えてしまいました…。
管理人さんから最初にいただいたメールを読んで、「この人なら…」と信頼して…。

匿名ですと、無責任な発言も気兼ねなくできます。だから、匿名に甘んじてきただけです。お恥ずかしながら。

ゆくゆくは実名で…。
でも今はまだ、実名での投稿には抵抗があります。「みんな」での投稿、お許しください。

管理人さん、可能な限り、実名の秘匿、よろしくお願いしま~す。(^_^;)
2013-03-13 16:13 | みんな | URL   [ 編集 ]

Re: 口が固い 

みんな様
> 管理人さん、可能な限り、実名の秘匿、よろしくお願いしま~す。(^_^;)


私はたいへん口が硬いので、絶対にみんな様の本名をバラしたりしませんので、ご安心ください。
これからも、後藤さんを応援してくださればと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
2013-03-13 18:57 | 管理人 | URL   [ 編集 ]

お知らせ 

 オーストラリア在住のYoshiさんが先日の後藤裁判のことをブログでアップしています。

後藤裁判 原告尋問 - 「笑い」のないエイト君の記事
http://humanrightslink.seesaa.net/article/346090803.html

 なかなか客観的な記述で面白い。
 私も投稿しておきました。

 ぜひ、一読を!

2013-03-14 19:33 | 米本 | URL   [ 編集 ]

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拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
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(自主脱会者)
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(強制脱会説得体験者。教会員)

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