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松永堡智氏の陳述書(2)-ビデオは試験的に作ったもの。見せたことはないと主張する松永牧師

今回は松永牧師の二つ目の陳述書を掲載します。
先回の準備書面と同様、原告側が"監禁マニュアル"と主張している甲98号証の3の他、自らご出演のビデオ(原告側が監禁指南ビデオと主張している甲101号証の1)など、原告側が提出した証拠品に対して、反論しています。
 ちなみに"監禁指南ビデオ"については、試験的に作ったもので、貸し出したこともなく、見せたこともないということです。さらに、門外不出のビデオが、原告側から証拠品として提出されたことに関しては、何者かが無断で持ち出したという主張をしています。

また、後藤徹氏の事件には関係ありませんが、随所に、右翼団体「朱光会」(正式名称は、「大日本朱光会」東京都新宿区に事務所を構える住吉会系右翼団体)のことが言及されています。
統一教会の信仰に反対している親からお金をとって、統一教会側と交渉(強迫)し、子供を親元に帰させるというようなことをした団体です。

「朱光会」がかかわった案件についての詳細は不明ですが、親元に帰された後、統一教会に戻ってきた教会員が何人かいることが確認されています。
松永牧師は、「朱光会」のような暴力的な心を傷つけるようなやり方ではなく、あくまでも良心的に、福音にふさわしいやり方で、脱会の説得をしたということを言いたいがために、「朱光会」のことを引き合いに出したのかもしれません。

ちなみにこの「朱光会」は、かつて水茎会が毎週土曜日に相談会を開いていた日本基督教団新宿西教会と同じ、新宿シャロームビルに事務所を構えていました。
なんという偶然でしょうか?

とにかく少し長いですが、松永牧師の陳述書(2)を読んでみてください。

 


陳  述  書  (2)

        

                     
平成24年10月3日

東京地方裁判所第10民事部 御中
松永堡智



1 はじめに
(1)原告が提出した甲第95号証から甲第100号証甲第102号証の文書及び甲第101号証の1のビデオを見て、私が驚いたのは、これらの文書やビデオは、いずれも私が新津福音キリスト教会(以下「新津教会」または「教会」といいます)に保管しておいたものであり、コピーも含めて他人に渡したこともない文書であるのに、それが原告から書証として提出されているということです。これらの文書は、現在、私の手元にも新津教会にも見当たりません。それなのに、なぜ、統一協会は、これらの文書やビデオを入手することができたのか。何者かによって、これらの文書やビデオが新津教会から無断で持ち出され、統一協会がそれを入手したとしか考えられません。
 これらの文書の多くは、以前、全貌社が発行している「ゼンボウ」という雑誌に掲載された「統一教会員を拉致監禁する“改宗・棄教屋”グループの正体」という記事に引用されていることからすれば(甲第58号証の1参照)、当時、統一協会信者の家族の相談にのったり、信者と家族の話し合いに参加していた「原理運動(統一協会)対策キリスト者全国連絡協議会」(以下「原対協」といいます)関係者や私の活動を妨害するために、統一協会関係者がこれらの文書を私の教会から無断で持ち出し、それを全貌社に渡し、「ゼンボウ」誌上で原対協関係者や私を誹誇中傷したことは明らかだと思います。

(2)原告は、準備書面(11)の冒頭で、原対協の準備会や発足会の経緯に触れ、「1967年頃より統一教会信者に対する身体拘束を手段とした脱会強要活動を行ってきた」荻窪栄光教会の森山諭牧師が、「当時同様の活動を行っていた全国の牧師や反対活動家を同教会に集め」、原対協の準備委員会を開催し、私も同準備委員会に参加していたと主張しています。
 しかし、私が知る限り、森山牧師や私も含めて原対協の活動に参加した皆さんが、統一協会信者に対して身体拘束を手段とした脱会強要活動を行ったことはありません。原告の主張は、原対協や私に対する誤った理解と虚偽の事実が前提になっており、間違っています。
 そこで、2以下で、私が原対協に参加するようになった経緯や、原対協が開催された背景を説明します。
 次に、3以下で、原告が提出した書証のうち原対協に関係する書証の内容について、私が記憶している範囲で説明します。
 なお、原告が提出した書証の中には、私が個人的に作成したもので、原対協の活動とは全く関係のない文書や、私自身も作成した記憶のない文書もありますので、これについては、4以下で詳しく説明します。

2 私が原対協の準備会に参加した経緯
(1)私は、1987年当時、統一協会信者の家族に依頼されて、信者の自宅や親戚の家で、家族と信者の話し合いに参加していました。当時、家族は、統一協会の違法な活動について心配しており、お互いに理解し合うため、信者と話し合いをしていました。話し合いの場所は、信者の自宅や親戚の家が主でした。その頃は、信者と家族が、突然、私のいる新津教会を訪ねて来て、そのまま教会で話し合ったこともありました。
 新津教会は、田舎の小さな教会堂で、一階に礼拝堂、二階に私や家族の住む牧師館がありました。牧師館には6畳の部屋が3室、4畳半の部屋が1室あり、信者と家族が訪ねてきた場合、私は牧師館の6畳の1室を提供して話し合ってもらいました。時には、信者や家族がそこに滞在し、私たち家族の食卓で共に食事をしながら話し合うこともありました。
 私が、統一協会の信者や家族の相談にのり始めた初期の頃は、滞在する場合でも、比較的短期間で話し合いが終わっており、その話し合いのために牧師館の1室を提供することを、私の家族も忍耐してくれました。
 しかし、統一協会が信者の脱会を阻止のため組織的な対策に乗り出してからは、信者と家族の話し合いが困難になり、牧師館での話し合いも以前に比べて長時間を費やすようになりました。そのため、私の家族、とくに子どもたちの教育に影響が出るようになり、私と妻は大変苦悩していました。
 そのようなこともあって、私は教会内での話し合いをやむなく断り始めていたところ、統一協会信者の家族は、教会の近くにアパートやマンションを借りて、信者や家族と私が話し合いをする場を用意するようになりました。

(2)私は、原対協の会議に参加するまでは、統一協会や信者の置かれた状況についてきちんと自分で勉強したこともなく、経験も不十分でした。家族と信者の話し合いを希望して新津教会を訪ねてくる人たちに求められるまま、話し合いに参加していただけであり、全国各地で誰がどのような取り組みを行っているのか、詳しく分からない状況でした。
 そのため、1987年に森山先生から、原対協の準備会へのお誘いを受けた際、私は進んで準備会やその後の会合に参加しました。そして、私よりも先にこの問題に取り組んでいた多くの諸先輩のお話を聞き、このようなこともあるのかと思いながらメモし、それをまとめたのが、甲第98号証の3の文書です。

 このメモは、参加者の皆さんのそれぞれの発言内容をまとめたものであり、私の個人的な考えでもなければ、原対協の方針でもありません。しかし、参加者の発言は、参加者が信者家族の話し合いを通じて体験したり、日頃から考えていたことを内容とするものであったため、私は、「なるほど、このような意見もあるのか」と思いながらメモし、整理したことを覚えています。とくに、「全国原理運動被害者父母の会」の会長だった本間テル子さんの話は、家族の苦悩がにじみ出ていました。
 私が原対協の会議に参加したのは25年も前のことですので、かなり記憶が薄れている部分もありますが、この会議が開催された背景や、なぜ、私がこの会議に出席することにしたのかについて覚えている限り説明します。

(3)原対協が開かれた背景には以下のような経緯があったと思います。
ア マスコミによる統一協会の反社会的活動の報道
 1987年前後、朝日ブックレット49「追求ルポ“原理運動”」(1985年)、朝日ブックレット86「追求ルポ“霊感商法”」(1987年)が相次いで発行され、霊感商法などの統一協会の悪しき裏活動か広く紹介されました。テレビでは、TBS放送で「報道特集“霊感商法”」(1987年)が報道されるなど、メディアで統一協会の反社会的な違法な活動が取り上げられることが多くなりました。
 統一協会に入信していた家族を持つ親たちは、これらの一連の報道で、統一協会が信者に違法な活動をさせていることを知り、非常に驚いたと思います。なぜなら、多くの親たちは、信者である子どもの行動の不可解さに日頃から疑問を持っていたものの、子どもから、「歯の治療費が30万円かかるので送って下さい」、「学校の新しい教材を購入しなければならない」、「着物展のモデルに選ばれたから、和服を買ってほしい」、「高価な宝石がほしい」と言われて何度もお金を出していたからです。
 これらの報道で、親たちは子どもに送金したお金が、実際には統一協会に対する献金ノルマを完納するためであったことに気づき、そのことを子どもに追求するのですが、子どもは正直に答えてくれず、なかには行方をくらましたりするケースもありました。

イ 死亡・行方不明となった信者の増加と右翼団体「朱光会」の暗躍
全国原理運動被害者父母の会が、1981年3月に発行した「親から見た統一協会の悲劇」という本によれば、統一協会に入信して家族と離れ、悲惨な死を遂げた者は、昭和42 (1967)年から55(1980)年までの間に、分かっているだけでも1都1府11県で男子12名、女子6名、合計18名と報告されています。
 このような報告もあって、1986年頃、信者の家族の不安はさらに募りました。家族がわが子に連絡を取ろうとしても思うように連絡が取れなかったり、行方不明の状態の信者も多くいました。また、久しぶりに会うことができた親たちがいくら一般常識で信者の子どもと話しをしても、子どもたちは、異様な目つきで、「今にわかる時が来る」、「霊界に行けば必ず喜んでもられる」、「先祖も喜んでいる」と主張するばかりで、親たちはどうすることもできませんでした。
 そのようなことが続いていた1986年頃、信者の親たちの心配につけ込んで、お金を払えば統一協会から子どもを取り戻してあげると言う人物が現れ、栃木県内の親たちに声をかけ始めました。
 話の内容は、住吉会系の右翼団体「朱光会」に対して、子ども一人について70万円を支払えば、朱光会を通じて、統一協会から子どもを家に帰してもらえるようにするというものでした。その結果、朱光会を通じて家に帰すよう要求された子どもたちは、統一協会から一旦親元に帰るよう指示され、全員が家に戻りました。
新宿シャロームビル
<かつて「朱光会」が事務所を構えていた新宿シャロームビルの外観。「朱光会」は7階だったが、このビルの3階では、毎週土曜日に水茎会の相談会が開かれていた。>
 ところが、しばらくして、子どもたちは統一協会に戻ってしまいました。なぜなら、統一協会は子どもたちに対して、一旦家に帰り、ほとぼりが冷めたら統一協会に戻ってくるよう命令していたからです。そして、子どもたちも、自分の意思で脱会したわけではなく、どうして統一協会を脱会しなければならないのか納得していなかったからでした。
親たちが、朱光会やその口利きをした人物に対して、「これでは約束がちがう」と詰め寄ったところ、統一協会は、再度子どもたちを家に帰すことにしたのです。その中には、統一協会に戻った子どもだけでなく、新たに家に帰るよう指示された信者も含まれていました。朱光会は親に対して、新たに家に帰る信者については一人150万円、前回70万円を支払い、家に帰るのが2回目という信者については差額分80万円を支払うよう請求し、親はそれを支払うはめになりました。3回目もあったようで、朱光会は親に対して、信者一人について250万円を支払うよう指示したそうですが、この話はいつの間にかうやむやのまま消えてしまいました。親のなかには、支払ったお金は、口利きの紹介者と朱光会と統一協会が3分の1ずつ分け合ったと聞かされた人もいたそうです。

ウ 家族と信者の無理な話し合い
 当時は、今のようにインターネットが普及していなかったため、誰もが統一協会に関する詳しい情報を簡単に入手できる状況にはありませんでした。
 信者の家族にとっても、どうすれば子どもと、じっくりと心を開いて話し合いをすることができるのか分からず、そのような情報も殆どない状態でした。そのため、統一協会の実態をよく分かっていない家族が、「少しでも早く離れさせたほうがよい」と自分たちだけで考えて、路上で、信者であるわが子を待ち構えて、無理やり車に乗せ、説得のために連れ去るといったケースもありました。このように焦って無理やり隔離したため、かえって信者である青年たちの心を傷つけたこともあったと聞きました。

エ 統一協会による「反対牧師対策」
 さらに、統一協会は、1985年頃から、信者に対して「反対牧師対策」という「教育」を行っていました。「反対牧師の素顔」という題名の本やビデオを作ったり、「対策講義」を行い、信者に対して、自宅に戻って家族から牧師と話し合うよう勧められても、牧師と話すな、墜ちたら(統一協会を脱会したらの意味)永遠に地獄だ、脱会したふりをして家族を騙して帰ってくるように、などと事細かに指示するようになったのです。このため、信者と家族が、じっくりと心を開いて話し合いをすること自体が困難になってきました。

オ 脱会カウンセリングに関する情報交換の必要性
 このように霊感商法をはじめとする統一協会の活動が社会問題化していくなかで、信者の家族は、子どもをこのような団体から助け出したいと思うものの、どうしたらいいか分からず、右翼団体にお金を出して解決してもらおうとしたり、あるいは自分たちで無理やり脱会させようとしていましたが、どの方法も家族の人間関係を複雑にするだけで、根本的な解決になっていないことが明らかになっていました。
 このような状況のなかで、原対協を作って、信者と家族の救済のあり方や脱会カウンセリングのあり方について、まずは宗教者相互間で情報交換し、話し合おうという機運ができていったのだと思います。
 すなわち、青年の信者の身の安全を守り、家族が統一協会によって騙されず、また、右翼団体にお金を払って子どもを帰してもらうようなことのないように、あくまでも信者と家族の話し合いによる解決を進めるために、荻窪栄光教会の牧師で、それまで多くの経験を持っておられた森山諭先生が、全国各地で統一協会問題に取り組まれていた同じ宗教家の皆さんに声をかけて情報交換をしたらどうかということで、この会合が持たれたのだと記憶しています。
 私もそれまで信者の家族の相談を受けていましたが、そのなかで自分でもどうしたらいいか分からないことが沢山ありましたので、同じような取り組みをしている他の皆さんの話も聞いてみたいと思って、参加することにしました。そこに参加した他の皆さんも同じ気持ちだったと思います。

(4)原対協が開かれた背景等について述べましたが、原対協は、組織的な団体ではなく、個人的な情報交換の場でした。
ア 1987年9月3日の準備会でも話し合われたことですが、このような形で情報交換が行われるようになったのは、朱光会などの右翼団体を通じて信者を脱会させたり、家族が強制的に脱会させるという手段が到底正しいとはいえず、それで脱会しても、信者と家族の心の溝が埋まるわけではなく、結局、問題が解決しないというケースが多く見られるようになってきたという経緯がありますが、宗教問題に取り組むキリスト者としても、それにふさわしい姿勢で取り組むということが、改めて確認されました。
 準備会では、この問題に取り組むのは、一人のキリスト者としてであって、教団や教派とは関係なく取り組むこと、また、それを超えた立場でこの会議に参加するということも確認されました。

イ 私は、原対協を通じての情報交換のなかで、原対協に参加された人々が、家族の相談にのりながら、家族の苦しみや、子どもに編された親の体験を何度も聞いて、どのように解決したらよいか困り果てている方々であり、同時に、騙されても、また立ち上がって話し合いを継続し、子どもが統一協会の間違いに気づき、脱会した体験を持つ親の話をねばり強く聞いて来た方々であることを知りました。
 また原対協は、統一協会の反対牧師対策の実態や、統一協会が出す文書やビデオなどについて情報交換をする場でもありました。そのようなことから、元信者の参加もあり、原理運動被害者父母の会に入っている父兄の参加もありました。

ウ 何よりも原対協は、親子が話し合いをする場合は、その手段として暴力的な方法を用いないこと、右翼団体にお金を払って家に帰してもらうような方法を用いないことを前提にしながら、統一協会の反対対策等を受けた信者によって騙されてしまいやすい親が、どうしたら編されないで話し合いを進めることができるかを、体験を交えて情報交換をする場でした。
原対協に参加した方々は、親子が統一協会に妨害をされることなく、どこまでも自由な雰囲気のなかでお互いに心を開いて十分な話し合いをする環境を追求するようにしていました。
 話し合いを行う親子や家族を支援するのは、元信者とその家族であり、牧師もカウンセラー(助言者もしくは協力者)として話し合いに参加しますが、あくまでも家族の依頼と子どもの了解を得て話し合いに参加し、家族(両親)と子どもがじっくりと心を開いて話し合をすることができるように双方に資料提供や質問に答える形で協力をするように心がけました。

3 原対協に関する資料について
(1)甲第95号証は、1987年9月3日に原対協準備会を開くために森山牧師が作成した呼びかけ文です。手書きの部分は、準備会に参加した際に、私がメモしたものです。この準備会の詳細は、昔のことでよく覚えていない部分もありますが、甲第95号証の集会プログラムでは、午前が現状報告、午後が今後の対策と会の運営についてフリートーキングで話し合う予定になっていますので、おそらくこのプログラムどおりに進められたと記憶しています。
 準備会では、何人かの参加者から、統一協会信者の家族が統一協会の現状を知らないで暴力行為に走ったりすることがあるとか、ひどいことに右翼団体にお金を支払い、子どもを統一協会から帰してもらうという問題も起こっているという報告があり、参加者全員が、信者の家族の問題に関わることの難しさを強く感じていたと思います。
 なお、甲第96号証の1の文書は、1987年9月3日の原対協準備会での確認事項(甲第96号証の2)の送り状です。甲第97号証の文書は、原対協準備会の報告と、10月16日の発足会の案内状です。

(2)原告は、甲第98号証の1の「父兄対策ビデオ」と題する私のメモについて、1987年9月3日に開催された原対協の準備会で上映された「父兄対策ビデオ」の内容をノートに書き込んだものであると主張していますが、違います。そもそも、そのようなビデオは存在しませんし、原対協準備会でそのようなビデオが上映されたこともありません。これについては、4以下で述べます。

(3)甲第98号証の2は、1987年9月3日の原対協準備会に私が参加した際、この会議で確認された事項を個人的にメモしたものです(なお、このメモも、新津教会から誰かが無断で持ち出したものですが、中身を理解しないまま間違って綴じられており、甲第98号証の1の3枚目のメモ(「6.郵送費」からはじまるもの)は、本来は甲第98号証の2の2枚目にあたるものです。
 確認事項では、キリスト者としてふさわしい形でこの問題に取り組むことが確認されています。この確認をする過程でも、多くの参加者から、家族が朱光会という右翼団体を使ったり、強制的な手段で信者を脱会させるケースが存在することは問題であり、たとえ信者が脱会しても、信者と家族の心の溝が埋まる訳ではなく、問題解決にはならないから、改めて家族が主体となって心を開いて話し合う道を模索しなければならないという意見が出されました。私は、メモの中で「福音主義」と記載していますが、これは決して暴力的な手段に訴えず、家族が信者であるわが子と話し合い、家族の絆を取り戻すという意見について、「福音主義」という言葉を使ったと記憶しています。
 なお、確認事項の最後の行に、「③救出活動(目的)、福音にふさわしいしかたで(手段)」という記載が出てきますが、私の感じた問題点をこのような表現で記したものです。甲第96号証の2では、「救出等にあたり、目的のみならず、手段に関しても潔癖で、ふさわしいものとする」という記載になっています。

(4)甲第98号証の3は、原対協の9月3日の準備会や、10月16日の発足会、その後の会合に出席した際に、家族の話し合いに関与した多くの先輩たちが話した体験や意見を私が個人的にメモし、整理したものです。
 原告準備書面(11)の3頁に、「荻窪栄光教会では当時、統一教会信者を拉致監禁、脱会強要するための具体的な方法が被告宮村等によって定型化され、マニュアルに基づいて拉致監禁、脱会強要活動が反復継続して行われていたものであるが、発足会においては、同マニュアルの内容が発表された。甲98号証の3は、同マニュアルの内容を被告松永が手書きで書き取ったメモである」と記してありますが、そのようなマニュアルはありませんし、それを被告松永(私)が手書で書き取り、新津教会に持ち帰り、これに基づいて拉致監禁・脱会強要活動にあたったというのも全く事実に反します。
 なお、原告準備書面(11)によれば、「この内容は、細かな点に違いがあるものの、甲58号証の1の40頁に「『原対協』の改宗マニュアル」と題して掲載されているものとほぼ同一内容である」と記されていますが、それどころか、おそらく私が個人的に作成したメモ(甲第98号証の3)をもとに、「ゼンボウ」が一方的に「『原対協』の改宗マニュアル」というタイトルを付けたに過ぎないと思います。

ア 1枚目「子の救出に関して」の記載のうち、「1.本人の願うことをしていくならば必ず出てくる」という点ですが、これは、ある先輩牧師の意見をメモしたものです。統一協会信者と家族は、自由に会って話し合ことができない環境にあるのが殆どです。とくに献身者は、実家を出てホームで共同生活をし、朝から晩まで統一協会のための活動に従事しています。住む場所も、活動している場所も家族から切り離され、居住先を家族に隠すように指示されているため、家族と自由に話をする機会は殆どありません。そのような彼らと話し合う機会をどのようにして作るのかということが、家族にとってまず最初に突き当たる問題です。しかし、統一協会について理解し、信者が統一教会の指示に従って行動していることを家族が理解できるようになれば、必ず信者であるわが子から会おうとしてくれるという意見でした。原告準備書面(11)で記しているような「共同生活をしている信者をいかにして家におびき寄せるか」ということを書いたものではありません。
 「2.家か,親戚の家で一論争してひとあばれさせる」という記載も,統一協会の反対父母対策のために,自宅で信者と話し合いを始めても,信者がまともに話し合おうとしないことがあるが,そのような時にどうするかという話になったときに,参加者が語ったある信者家族の体験談をメモしたものです。話し合いのために自宅に戻ったものの,なかなか信者が真面目に話し合いをしようとしなかったが,親が真剣に取り組み,話し合いを絶対にするという覚悟で臨み,そのために信者と一論争して,信者も暴れ,まるでケンカのようになったが,それで逆に心を開いて話せるようになり,さらに本人が場所を移して話し合うことを了解してくれたという話でした。決して、信者に物理的に逃げられないということを自覚させるというのでなく,あくまでも親の話し合いに臨む覚悟(どうしても話し合いたいという覚悟)を信者であるわが子に理解してもらうことが必要,という趣旨で報告されたと記憶しています。
松永メモ1
<甲98号証の3 1枚目>

 さらに,「逃げられないという自覚をさせる。そのためには6人位の大人が必要」というのは,信者が自分の活動を家族から理解してもらうには,家族との話し合いから逃げるのではなく,お互いにきちんと向かい合って話し合いをしなければならないことに気づいてもらうことが大事であり,そのためには,それ位大勢の親族の大人が心配して,この場に来ていることを本人に知ってもらうことが必要であるいう発言だったと記憶しています。でも,実際のところ,たくさんの人が愛情をもって心配してくれているということは,必ずしも人数の多寡だけで決まるものではありません。親戚全員に協力してもらうことが難しい場合だってあるでしょう。形式的に必要な人数を決めるというのは私は違うな、と思ったのです。
 「その時電話をさせない。電話のない部屋で話し合う」というのは、信者がアベルと連絡をとってしまうと、結局信者はその指示に従ってしか話をせず、本音での話し合いができなくなってしまうので、信者がその場で統一協会に電話連絡をしないように要請するというものであり、そのためには、信者に親がこの話し合いに真剣に臨んでいるのだということが重要であるということでした。

イ 2枚目「車に乗せる前の話し合い」の記載ですが、参加者から、自宅で信者である子どもと話し合っていたら、統一協会の信者が数人やってきて自宅の周りを見張り始めたため、家族はわが子と話し合いを続けることができず、話し合いを中止せざるを得なくなった、という話がでたときに出た意見をメモしたものだったと思います。
 まず、統一協会の信者は「報連相(報告・連絡・相談)」が徹底しているので、家族と話し合いをするにあたっても、信者は、統一協会から指示されたとおりにアベルに電話を入れる、とのことでした。そして、そこでアベルから、「話し合いにのらずに。聞いたふりをして逃げてきなさい」と言われたことがあったという話を聞きました。統一協会は、なぜ、「きちんと家族と話し合い、理解してもらいなさい」と教えずに、ただひたすら家族との話し合いを避けるように指示するのか、改めて疑問に感じたのを覚えています。
 また,参加者の一人からは,「信者は統一協会で反対対策の教育を受けている。アベルと電話で話せば,それがよみがえるし,アベルからも指示を受ける。家族としては何よりも電話に気をつけるべきだ」という意見が出ました。
松永メモ2
<甲98号証の3 2枚目>

 信者が自分の真の気持ちから家族との話し合いに応じていても,統一協会の指示や反牧対策のために,途中で話し合いを避けなければいけないと感じて話し合いの場から逃げることもあると紹介されました。信者の了解を得て自宅で信者と家族と話し合っていたにもかかわらず、信者が突然トイレの小窓から逃げて行ったことがあるということでした。
 さらに、上述したように自宅での話し合いを妨害されることについては、信者が自宅に戻ってからアベルに連絡をいれなければ、1時間もすれば統一協会が自宅での話し合いを疑って妨害に動き出すので、さらに話し合いを続ける必要があるときは、静かに話し合うことができる場所に移動することが必要であり、その目処は大体統一協会が動き出す1時間くらいだと言うことでした。移動する場合も、家族として統一協会の活動には納得できない点があることなど、もう少し時間をかけて話し合う必要があることを信者に十分説明して理解してもらい、信者本人の了解を得ることが大事であり、家族がこの点を無視しては話し合いに入れないということを伝えるべきだという発言がありました。

ウ 3枚目「家族との話し合い」の記載ですが、家族は統一協会の実態を書籍や雑誌を読み、さらに元信者の体験談を聞いて、だんだん統一協会とその信者について正しい情報を得ていく。すると、今まで子どもから聞いていたことが殆どウソに近いことに気づき、心が苦しくなる。それでも、時間をかけて学び、多くの体験談を聞いた家族は少しずつ落ち着いて話し合いに臨むことができるが、焦って理解が不十分なまま家族が話し合いをした場合は、家族は話の通じない信者を相手に何を話したらよいか分からなくなる。1晩ないし2晩じっくりと時間をかけて信者と家族が話し合うことが大事だとの意見が出ました。そして、その際に、わが子が統一協会に入って活動していたことについて、家族がどのような点を心配していたかを率直に伝え、心配に思っていた点を具体的に尋ねることが必要だという意見がありました。具体的には、統一協会に入教した動機や活動内容、将来のこと、また統一協会の活動が正しいと言える理由を尋ねるなどして、信者に対する理解を深めると いうことでした。
松永メモ3
<甲98号証の3 3枚目>


エ 4枚目「両親に対して」の記載ですが、両親といっても様々な考えの方々がいて、対応が難しいという話の中で出た意見をまとめたと思います。
 この発言の前後に、ある参加者から体験談が語られました。何回か子どもに駆された経験のある親から、本人のいる前で、もう外に出てもいいですか、と聞かれ、自分には相談者の子どもの自由を拘束する権限は全くないので、いいですよ、と答えた。その結果、また両親は騙され、子どもは行方不明になった。そして両親は、非常に落ち込んでしまったというのです。
 この体験談について、参加者から色々な意見が出ました。ある先輩牧師は、両親が信者であるわが子に騙されないようにするためには、誰かに相談することです。それが協力者である元信者などの説得者の場合もある。なによりも、親や協力者がよく相談して判断することが大事だということを強調していました。親がわが子の意見を尊重して誠実に対応しようとすればするほど、その誠実さを利用しようとする統一協会の反対対策の前に、親の努力が無力になってしまうことも事実です。「両親に対して」の記載は、そのような込み入った質問が出された文脈の中で出された意見をメモにまとめたものだったと記憶しています。
松永メモ4
<甲98号証の3 4枚目>

 「1.説得者の許可なく外出はしない」との記載も、原告準備書面(11)で主張するように「両親ですら、説得者の許可がなければ外出できない」という趣旨で記載したのではなかったと思います。
 「説得者」という言葉は、必ずしも牧師やカウンセラーだけをさす言葉ではありません。
 確か、「許可」と言っても、誰かが判断権をもつとかそう言う話ではなく、外出する場合も、外に家族の話し合い妨害目的の統一協会信者が来ているかもしれないから、外出するときはよく話し合って相談してから、という事だったと思います。
とはいえ、この意見には私は結局賛同出来ず、私自身は採用していません。原告は、この考えが私の意見であるかの如く決めつけていますが、それは間違いです。この記載は原対協の会合に参加した人の個人的な意見であり、私の考えではありません。一緒に生活しているなかで、外出をどうするかは家族が決めるべきなのです。そもそも私に、外出を許可するかどうかの権限がないのは当然です。
 なお、「5.最初の1週間位は4人を準備する」という記載ですが、これも原対協で話された体験談をメモにまとめたもので、原対協や私の見解ではありません。「6.外出する時があったら二人以上で、本人の前には歩かない」という記載は、ある家族が信者と買い物に出かけたが、信者がトイレに行くと言って行方不明になった場合があった、という話題の中で出た意見をメモしたものです。

オ 5枚目の「1.外部との関係をシャットアウトする」という点ですが、これもある参加者の発言内容をメモしたものです。信者と家族が自宅で話し合っていた時に、クラクションが聞こえ、これがきっかけで話し合いが中断し、その後なかなか話し合いが進まなくなってしまった。信者は、多分、クラクションは、アベルの指示を思い出させるための合図だと考え、話し合いに素直に応じることに抵抗したのだということでした。こうやって反牧対策が施された信者と、本音でじっくりと話し合うには、どうしても静かな場が必要だという意見が出されたように記憶しています。「絶対に逃げられないのだという意識がない限り、聞こうとはしない」というのは、家族が真剣に話し合いを望んでいることを理解してもらえなければ、信者は統一協会による対策のために、家族とまともに話し合おうとしないという趣旨の発言であり、物理的に逃げられない、という意味での発言ではありません。
松永メモ5
<甲98号証の3 5枚目>

 準備書面(11) 4頁には、「4.2 4時間・・・誰かが起きていること」の記載について、「信者本人を厳重に監禁すべきことが指導されている」と記してありますが、これは信者を監禁するためではありません。むしろ、統一協会の妨害を警戒する意味を含めています。しかし、こんなことは無理ですし、現実的でなく、私はこれを誰かに説いたことはありません。

カ 6枚目「判定基準」は、家族が話し合いの目的が達成されたと判断できるにはどうしたらよいか、という話題の中で出された意見をメモしたものです。この基準はあくまでもその意見を述べた人の考えに過ぎません。
 統一協会の対策のために、心が通じた、気持ちが通じたと思っても、結局は信者と家族が本音で話し合いが出来ておらず、また話し合い前と同じような状況に陥ってしまう家族が後を絶ちませんでした。信者と家族が話し合いをした結果、お互いの信頼関係が完全に回復すればいいが、家族にとっては、それが偽装ではないか、という心配があります。
松永メモ6
<甲98号証の3 6枚目>

 その中で、どういう点に気をつけるべきかというのを、経験の中からそれぞれの参加者が話されていたことをメモし、まとめましたが、結局は、これは個々の家族が判断すべきことです。信頼関係が回復できたかどうかは、形式的な基準に当てはめて、第三者が判断出来るものではないのです。
 原告準備書面(11)では、「『説得者』が行う違法な拉致監禁、強制棄教に協力する姿勢を示さない限り、脱会したとの判定は下されず、監禁が継続するのである」と記されていますが、そのような事実はありません。そもそも、いわゆる説得者(信者や家族の支援者や協力者、カウンセラー)は、統一協会問題で困り果てた家族の相談にのり、信者と家族の話し合いに参加しているのであり、拉致監禁、強制棄教をしてはいません。

キ 7枚目の図ですが、これは、信者と家族との話し合いはどのようになされているのかという質問に対して、ある参加者から、大まかにこのような流れでなされるという意見が出された際に示されたものです。
松永メモ7
<甲98号証の3 7枚目>


(6)私は、このメモを整理した後、この問題が家族の問題であり、家族が主体となって話し合う、と言う原則から考えて、メモに記載した内容は自分の考え方とは随分違う部分も多いと思いました。元信者や父兄には見せたり、話し合ったりすることなく、メモを書庫に入れておきました。それ以来読み直すことはありませんでした。この度、原告から提出された書証を見て、書庫を捜しましたが、メモは見当たりませんでした。
 原対協での発言のメモを整理したのは、原対協で、信者が統一協会から対策を教え込まれており、家族と素直に話し合うことができず、話し合いが円滑に進まなくなってきている、ということを聞いたからでもあります。私自身、話し合いが前よりも時間がかかるようになっていることが気になっていました。それについて、どのようにこちらで対応ができるのか、ということがひとつの心配ごとでした。メモをまとめることが、その解決の糸口になるのではないかと期待していたのです。しかし、この原対協の会議のあと、元信者に直接、統一協会における反対牧師対策はどのようになっているのか聞きましたところ、「反対牧師の素顔」と言う恐ろしげな音楽つきのビデオや、本があり、事細かに指導されていると聞きました。そればかりか「牧師の中には強姦する者もいるから気をつけろ」とか「牧師は家族から多額のお金を取っているよ」と教えていますよ、と言うのです。さらに、親を騙して結局は話し合いをしなくてすんだという信者の体験をよく聞きました、と言うことでした。
 私は、このような元信者の話を聞いて、私が原対協での聞きかじりの話をするよりも、今後は脱会した元信者が家族の皆さんに直接自分自身の体験を話して下さるほうがより真実で分かりやすいと考えました。また、同時にその頃私の負担が大きすぎるのを心配した元信者とその父兄から、その負担を減らすことを考えようという提案もありました。
 こうして、その後、元信者とその家族が中心になった相談会が新津教会の場を借りてスタートするようになったのです。

4 原対協とは関係のない書証について
(1)甲第98号証の1は、甲第101号証のビデオのレジュメとして私が作成したものです。1987年当時、新津教会には、毎週のように新しい相談者が来られました。私は、統一協会の基本的な情報を伝えるために、統一協会の実態や活動、統一協会信者の実態、子どもを救出する際の心構え、親のなすべきことについて、家族の皆さんにより分かりやすい説明をできるようにするため、このようなビデオを作ってみたらどうかと考えました。
 甲第98号証の1のメモは、私が、そのビデオを作成するに当たって話す内容と、それまで各所で勉強し、また元信者から聞いたりしたことを検討し、まとめたレジュメです。信者の家族が信者であるわが子と話し合い、信者の身の安全を確保し、乱暴な扱いをすることなく、まして右翼団体にお金を払って解決するようなことを避けるには、家族が統一協会の実態を正しく知る必要があるので、それをどのように伝えるか苦心して、個人的にしかも試験的に作成したビデオが甲第101号証です。したがって、甲第98号証の1も甲第101号証も、原対協の会議とは全く関係ありません。

(2)このビデオの内容(甲第101号証の3(反訳書)参照)について若干説明させていただきます。
ア 12頁下から3行目「そこで免疫講義を受けていますから」とありますように、免疫講座とは、統一協会が行っている「反対牧師対策講座」とか「反対父母対策講座」のことです。「親に保護された場合」とは、自宅で、信者である子どもと家族が話し合いをする場合という意味です。自宅での話し合いの時に何か起こるか、それに対してどのように対応したらよいかと言うことを、第1以下で説明しています。
 若干補足しますと、第1の「電話をする」という点ですが、信者は統一協会に電話をかけるように指示されています。もし電話をされれば話し合いは出来なくなります。電話が部屋にあるだけでも落ち着きません。話し合いに集中できるようにすることが大切ですから、電話を置かないのが自然です。
 第2の「逃げます」という点ですが、信者は「牧師と話すな、逃げて来い」と免疫講座で教えられており、家族との話し合いよりも逃げようとする意識が強いですから、家族は子どもに対して、話し合いの場に臨むように熱心に勧めるのです。けれども話し合いから逃げようとしますし、自分の都合が悪くなると、話し合いの場からも逃げようとします。しかし、自宅で十分話し合うことが何よりも大切です。
 なお、13頁の8行目以下の「ドア」や「窓」というのは、トイレのドアや窓のことを言っています。これに対し、原告準備書面(11)13頁2行目では「玄関ドア」にすり替えようとしていますが、玄関ドアのことではありません。トイレのドアと書いたのは、都合が悪くなった信者が、トイレにたてこもって出て来ないということを言ったものです。
 第4の「救出隊」の件ですが、1985年当時でも4~5人の信者が、「救出隊」を構成して、家族と話し合っている家の周りを「○○ちゃん頑張れ」、とか「断食しろ」とか叫びながら家族の話し合いを妨害していました。87年頃も家族が信者と話し合った翌日には救出隊がやって来ました。深夜に、30人位で押しかけることも珍しくありませんでした。ある家族の場合、信者が親戚の家で話し合いをした後、統一協会の活動の間違いに気づいて翌日自宅に戻ったところ、すでに信者数人が自宅を取り巻いていました。その上、自宅のドアを開けさせようと、郵便局員を装い「速達です」などと言い、玄関のドアを開けさせようとしました。また留守中の家に忍び込まれたりした例もありました。そのような報告が父兄から出ていたのです。
 そして、当時脱会した元信者は、統一協会内部で指示されていたことを話したのです。それが自宅の地図であり、逃走資金です。ある信者の場合は、それを腹に巻いていたストッキングを解き、そこから1万円札を取り出して逃げるための逃走資金であると説明してくれました。さらに実家に帰るのに 、あらかじめ「救出願い」を書くよう指示され、それを統一協会に提出しでからしか自宅に帰ることを許されなかったとも聞きました。
 自宅で、信者と家族が話し合うにあたっては、お互いに相手のことを理解せず、自分の言い分だけを言い続けては、どこまでも平行線になりますので、話し合いに臨む家族は、子どもが信じている統一協会の信仰や活動を理解して、問題点を整理しておく必要があると考え、そのためにビデオを作ることにしたのです。

イ ビデオを作成した後、このような内容でどうかと元信者や、私の同僚である本間進牧師や大先輩の森山諭牧師に意見を聞いたところ、このままでは、無用の誤解を招きかねないのではないか、という意見があったため、使用しないことにしました。そして、統一協会の実態については前に述べた経緯もあり、元信者が自分たちの体験に基づいて説明する方がよいだろうということになりました。
 したがって、甲第101号証の1のビデオは、あくまでも試験的に作ったものであり、貸し出したこともなく、私のところに相談に来た人にも見せたことはありません。現在、このビデオも私の手許にも教会にも見当たりません。誰かが持ち去ったものとしか考えられません。

(3)甲第99号証「相談依頼の手続きについて」は私が作成したものではありません。私は、甲第99号証に記載してあるような条件を提示して相談に乗ったことはありません。このような文書が私のいる新津福音キリスト教会にあったのだとすれば、父兄の誰かがこのようにしたら、ということで提案しようとしたものだったかも知れませんが、ここに記載してある内容については、私は知りません。記憶にもありません。
 相談に来る家族はそれぞれ多くの点で違います。家族構成や抱えている問題も違います。最低20回以上、日曜礼拝するとか、説得者(そのように書いてあるからです)と相談のうえで救出に取り組むとか、説得終了後は未経験者と協力するなどの記載がありますが、元信者と父兄の相談会ではそのような条件はありえないことです。わざわざ「松永牧師が作ったもの」という表記がありますが、統一協会の誰かが意図的に書いたものだと思われます。
 私の考えと多くの点で違っています。

(4)甲第100号証の「新津地区原理対策協議会(案)」と題するレジュメは、私が書いたメモです。当時、統一協会による信者への対策もあって、新津協会では、信者と家族の話し合いがスムーズにいかなくなり、私の負担も多すぎる状態でした。牧師の負担が多すぎるというのは私だけでなく、各地で相談に乗っている牧師も同じようだ、と聞きました。たとえば、東北地方で活動していたある牧師は、統一協会の信者と家族の話し合いに関与することが大きなストレスとなり、病気になられたという話も聞きました。
 私の場合も、日常的に毎週の礼拝説教や木曜祈祷会の説教をはじめ、毎日の幼稚園でのお話や、保育、特に障害児保育力を込めていたため、これ以上、統一協会信者との話し合いに時間を取ることができない状態でした。
 そのため、今後も家族の相談にのり、信者との話し合いを続けるには、元信者達とその家族の協力を得ることが不可欠でした。また、元信者やその家族の皆さんも、大変心配して下さり、皆さんのほうから、協力してくれる家族と一緒に今後どうするかを一度話し合ったらどうかという提案がありました。そこで、1988年4月17日に新津教会の談話室で、私と元信者やその家族の皆さんと話し合いを持つことになり、私がレジュメとして作成したのが、この甲第100号証です。

(5)甲第102号証ですが、前述したように、1987年当時、朱光会という右翼団体にお金を支払い、信者を統一協会から奪還しようとする父兄がおられました。私が相談にのっていたAさんの家族も、新津教会に相談に来る前に、そのような経過で統一協会から娘さんを戻してもらったことがあることを後日知りました。Aさんは、以前、北海道在住のある人を頼り、娘さんとの話し合いに臨まれ、娘さんは統一協会を表面上脱会したと言ったそうです。しかし、しばらくしてAさんは、自宅に戻った娘さんが再び統一協会に戻ろうとしている姿に気づき、突然、私のところに相談に来たのです。
 Aさんは、私に、「新津市矢代田(当時)にアパートを借りたので、来て話して下さい」と言いました。私は、「それはできない。まず娘さんと家族とで、家族が娘さんの何を心配しているのか、お互いに理解できるように話し合って下さい。それで、娘さんがさらに元信者や牧師と話し合いたいというのであれば、まず元信者に協力をお願いしましょう。その上で私の話を聞いてもらうというのであれば参ります」と返事をしました。
 その後、娘さんが元信者や牧師と話をしたいということでしたので、私も8回ほど矢代田のアパートに通いました。その時に、娘さんは心から元信者や牧師を信頼して、親が右翼団体を使ったことなど、今までのことを話してくれました。しかし、娘さんは、親が右翼団体を使ったことで、心が傷ついていました。そこで、私か親の愛について説明しましたが、それでも、なかなか娘さんの心は晴れない日が続きました。その後、娘さんは親の涙を何回か見ることになりました。そして、ようやく親子の信頼関係が回復したのです。
 その後、Aさんが話し合いに利用したアパートを借りようとした父兄がAさんの話しを聞きたがりましたが、Aさんはそのころもう新津教会には来ていませんでした。そこで、私はAさんの了解を得て救出までの概要をその父兄にお話ししました。
 甲第102号証は、その父兄に私かAさんと娘さんから聞いたことなどを説明したときに書いたメモです。たとえば、右上に書かれている「33,000+5000」は、矢代田のアパートの家賃と駐車場料金だと思います。
右下の連絡時間の記載は、私かいつも教会にいたわけではないので、もし娘さんが私に会いたいと言ってきたときには、私への連絡はこの時間にお願いしていたように思います。
 私は、その父兄に説明していた際の雑談のなかで、家族が主体になって娘さんと話し合い、とことん気持ちを理解することが大事であり、お金で解決しようとして右翼団体を使うようなことをすると、人間不信といった解決しづらい心情の問題を抱えることになり、苦しいですよ、と言った記憶があります。
                                
以上


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2012-10-28(Sun)
 
まとめ【松永堡智氏の陳述書(】
今回は松永牧師の二つ目の陳述書を掲載します。先回の準備書面と同様、原告側が"監禁マニュアル"と主張し
[まっとめBLOG速報]  2012-11-01 08:20

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拉致監禁問題が、国連人権理事会の国別審査(UPR)の場に。 

 タイトルのことがyoshiさんのブログにアップされました。
 拉致監禁問題がいよいよ国連で取り上げられます。
 http://humanrightslink.seesaa.net/article/299467667.html#more

 日本から後藤徹さん、アメリカからアントール美津子さん(強制説得者は行田教会の清水与志雄牧師)が出席します。

 これに関することが今日の朝刊に載っています。http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012102801001308.html

(引用はじめ)
【ジュネーブ共同】国連人権理事会は31日、全ての国連加盟国を対象に人権に関する政策や状況を審査する「普遍的審査」制度に基づく対日作業部会を開く。各国は日本に対し、死刑制度に対する見解を求めているほか、旧日本軍の従軍慰安婦問題についても、韓国などから提起されるとみられる。
 韓国の李明博大統領が島根県・竹島に上陸し日韓対立が深まった背景には慰安婦問題もある。人権理では韓国、北朝鮮が繰り返し問題視しているが、対立解消の糸口を探る中で日本側の回答が注目される。
 人権理の普遍的審査は既に全加盟国を対象にした1巡目が終わり、日本を対象にした作業部会は2008年に続き2回目となる。
(引用終わり)

 文中にある、「普遍的審査」制度に基づく対日作業部会で「日本の宗教差別」問題が取り上げられる予定です。
2012-10-29 13:35 | 米本  | URL   [ 編集 ]

統一教会はヤクザの脅迫に屈したのか? 

前からちょっとだけ聞いたことがありましたけど、信徒をお金でうるなんてひどくないですか?情けないです。
一応、真の愛とかといてるわけですよね。統一教会は・・・・


それと松永牧師もそれほど良心的でないですよ。

もう言い訳がひどい。自分を守ることで精一杯。
ヤクザみたいなひどいことはしてないといいたいのかもしれないですけど、かえって見苦しいです。

2012-10-29 19:30 | 小市民 | URL   [ 編集 ]

ずっこけ 

この陳述書の内容を整理すると、こうなります。

◆メモは、他人の発言をメモったもの
<このメモは、参加者の皆さんのそれぞれの発言内容をまとめたものであり>
<多くの先輩たちが話した体験や意見を私が個人的にメモし、整理したものです>
<参加者が語ったある信者家族の体験談をメモしたものです>


◆メモは、自分の考えではない
<参加した人の個人的な意見であり、私の考えではありません>
<あくまでもその意見を述べた人の考えに過ぎません>
<メモに記載した内容は自分の考え方とは随分違う部分も多いと思いました>

◆メモは、読み返さなかった
<元信者や父兄には見せたり、話し合ったりすることなく、メモを書庫に入れておきました。それ以来読み直すことはありませんでした>

さんざん、統一教会の悪口を明朗な文章で書き連ねておきながら、最後には<~という発言がありました>、<~という意見が出ました>と締めくくっているんですから、ずっこけます。
な~んだ、あなたの意見じゃないの~。ズルッ。
パンクブーブーの漫才か!

<メモをまとめることが、その解決の糸口になるのではないかと期待していたのです>
解決の糸口になるはずのメモを「読み直すことはありませんでした」って。
なんじゃそりゃ。

それにしても、恐ろしいのは拉致監禁派の人権感覚ですね。

<電話を置かないのが自然です>
<話し合いから逃げようとしますし、自分の都合が悪くなると、話し合いの場からも逃げようとします>
<都合が悪くなった信者が、トイレにたてこもって出て来ない>

電話を掛ける自由、話し合いを拒む自由、トイレに立てこもる自由…。それくらい認めましょうよ~。
そもそも、自由に外出できる状況だったら、普通、トイレには立てこもりませんがね。


<1985年当時でも4~5人の信者が、「救出隊」を構成して、家族と話し合っている家の周りを「○○ちゃん頑張れ」、とか「断食しろ」とか叫びながら家族の話し合いを妨害していました。87年頃も家族が信者と話し合った翌日には救出隊がやって来ました>

そうなんですか~。救出隊が来たんですか~。
で、当の本人は?

「話し合いを邪魔されるのはイヤですから、帰ってください」と言って、救出隊を追い返したのでしょうか?
それとも、統一教会の上司の「逃げろ」という指示を思い出して、逃げようとしたのでしょうか?

救出隊が来たことが事実なら、本人がどんな行動を取ったのかがポイントになりますよね。
もし、家族らが本人をさしおいて、ドアに鍵をかけ、本人の自由を束縛したとしたら、れっきとした監禁行為です。
そこを書かなきゃ、反論にはなりませんがな。
2012-10-30 18:47 | みんな | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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