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富澤裕子氏の陳述書ー宮村氏は監禁中の富澤氏に後藤氏の説得に手こずっていることを話していた。

後藤徹氏の準備書面(10)の前に原告側からの陳述書を一つ紹介する。
富澤裕子氏の陳述書だ。
富澤氏は宮村氏と懇意にしている高澤牧師の指導により、1年3ヶ月に渡り、監禁された経験を持つ。
鳥取教会襲撃事件といえば、ご存知の方も多いと思う。
富澤氏の一連の事件は世界日報のサイトに連載されているので、詳しい内容はこちらを見ていただきたい。

監禁中に、宮村氏が元信者を伴って、富澤氏の脱会説得のために監禁場所を訪れているのだが、その時、後藤氏の説得に手こずっていることを宮村氏本人から聞いていた。








陳述書


2012(平成24)年3月29日

富澤裕子
       


私は、統一教会の信仰を持っていることを理由に、1997年6月7日から1998年9月15日までの約1年3ヶ月にわたって,鳴門のリゾートマンション,及び大阪の2箇所のマンションの計3箇所に拉致監禁された者です。
1999年5月、私に対する拉致監禁を共謀した私の両親及びキリスト教神戸真教会の高澤守牧師を相手取り、鳥取地裁に損害賠償請求訴訟を提起しました。その結果、2000年8月31日の一審判決で両親と高澤牧師の行為の違法性が認められ、損害賠償の支払いが命じられ、2002年2月22日に広島高裁松江支部で下された控訴審判決においても、同様に勝訴しました。
1998年3月、私が大阪の2箇所目のマンションで監禁されていた際、同室に、後藤徹さんが提起した裁判の被告である宮村峻が現れ、私に対して棄教強要を行いましたので、以下、陳述します。

1.略歴
私は1966(昭和41)年4月15日、鳥取市で父■■■、母■■の元に生まれました。兄弟は、2才年下の弟■■と3才年下の妹■■がいます。
1988年10月、大阪で保育園の保母をしていたときに統一教会に入会しました。
 1995年8月、韓国で行われた36万組の国際合同祝福結婚式に参加し、韓国人の■■■さんと結ばれ、現在、3人の子供がいます。

2.2度に亘る拉致監禁、棄教強要
私は、1994年6月から米子市のアパートに約80日間監禁され、米子市の佐藤勝徳牧師などに棄教を強要されました。同年8月下旬、家族等による監視の隙をついて脱出に成功したものの、1997年6月7日、信仰及び結婚について家族の理解を得たいと思い、鳥取統一教会において母親と面談を行っていた最中、母と共謀した親族を含む約20名の者達によって突然襲撃を受け、担ぎ出されてワゴン車に押し込められ、拉致されました。最初に徳島県鳴門市の「リゾートマンションふるさと君」1303号室に3日間監禁され、その後、手錠を掛けられてワゴン車で連行され、大阪市東淀川区西淡路の「ライオンズマンション新大阪」1006号室で同年9月初旬までの約3カ月間、同年9月初旬より大阪市東淀川区東中島のマンション「藤和シティコープ新大阪」801号室で98年8月末まで約1年にわたり監禁され、大阪の2つのマンションでは高澤牧師などから棄教を強要されました。
この間、98年3月9日頃、宮村峻が東京から元統一教会信者2人を連れて監禁場所に来て、棄教を強要しました。この時私は「偽装脱会」を行う以外に解放される途はないと思い、やむなく「もうやめます」と言って意に反して脱会の意思を表明しました。
「偽装脱会」を行って以降も監禁は続きましたが、同年8月30日、私はマンションからキリスト教神戸真教会に移され、同教会の2階にて「リハビリ」と言われる期間を過ごさせられました。同階には女性部屋に2人、男性部屋に3人元統一教会信者がおり、また1階の部屋では両親が寝泊まりして私を監視しましたが、同年9月15日、隙を見て脱出することができました。

3.私の事件に対する宮村の関与
宮村は後藤さんの裁判に提出した書面で、私に対する拉致監禁事件について高澤牧師の行動を行き過ぎだと批判し、自分とは全く関係がないと述べていると聞きました。しかし、関係がないどころか、宮村は私に対する拉致監禁事件にも関与しています。以下、私の事件に対する宮村の関与について述べます。なお、以下の内容は、私が高澤牧師を訴えた際に提出した「陳述書(3)」8頁15行~21頁14行にも記しています。

(1)牧師会議での宮村の発言
 1997年9月下旬か10月頃、大阪市東淀川区東中島のマンション「藤和シティコープ新大阪」801号室に監禁されていた時、高澤牧師は東京で開催された、統一教会に反対する牧師達の会議に参加し、新幹線で新大阪まで帰ってきた後、その足で監禁場所まで来ました。高澤牧師は部屋に入って来るなり、いきなり統一教会の機関紙である「中和新聞」の1997年9月15日号の記事のコピーを私に見せました(本書面に添付)。その記事は鳥取教会襲撃事件についてのものでした。
高澤牧師はそれを見ながら私に対して、「見てみろ、あんたのことが載っているで。Aさんていうのはあんたのことや。統一教会も教会が襲撃されてこれは大変だと思って書いたんだ」ととても興奮して言いました。
高澤牧師の話によると、東京の会議では別の牧師が「中和新聞」の記事を示しながら「こんなことをした牧師は誰だ?こんなことをされたら自分たちがやりにくくなる。こんなことは親だけに任せておけばいいのに」と言ったので、高澤牧師は「私がやりました」と答えたそうです。
高澤牧師の口ぶりは、あたかも「私のやったことに何か文句があるのか」と言わんばかりの言い方でした。高澤牧師はこのとき、他の牧師全員から非難を浴びたそうです。しかし会議の後、その場にいた宮村だけは「私も同じことをしただろう」と言って、高澤牧師の肩を持ったということです。

(2)宮村による棄教強要
前述の通り、1998年3月9日頃、宮村峻が東京から元統一教会信者2人を連れて「藤和シティコープ新大阪」801号室に来て、私に対し棄教を強要しました。宮村が来たのは、監禁開始後9カ月経っても棄教しない私に高澤牧師がてこずっていたからだと思います。このことからも、高澤牧師と宮村が、常日ごろから強制棄教活動の情報交換を密に行っていたことがうかがえます。 
宮村は部屋に入って間もなく、「タバコが吸いたいんだが、ここの窓は開いているのか?」と言い、窓の鍵を確かめるふりをしました。誰かが「窓は開いていません」と言うと、宮村は「何だ、開いていないのか」と言いました。私には宮村の言い方がとてもわざとらしく感じられました。
宮村は私が言葉を挟むこともできないほど、とても厳しい口調で統一教会批判をしました。そして、一方的に自分の言いたいことをまくし立てては、プイッと横を向いて私と視線を合わせないという仕草を何度もしました。しばらくは、一方的な宮村の話に圧倒されて、私は言葉がでませんでした。
宮村は私があまり本音を言わないと思ったらしく、私の両親に対して「お父さんとお母さんはしばらく外に出ていてください」と指示しました。それを聞いて、両親は玄関から外に出て行きました。同室には高澤牧師、宮村、宮村が連れてきた元教会員2名が残りました。
宮村は「統一教会員は、仕事も住居も結婚も自由ではないのでおかしい」などと言い張りました。私は「そんなことはありません。私は米子で監禁される日まで自分の好きな幼稚園の仕事をしてきました。拉致監禁をされたために仕事を辞めざるを得なかったんです」と言いました。
また私は「広島にいたときは、アパートも自分で探して決めました。結婚も自分の意思で国際合同祝福結婚式への参加を希望して参加したんです。参加したくなかったら、希望しなければいいんです」と言いました。
宮村は私が話をしようとするとその言葉を遮るようにして統一教会批判を矢継ぎ早にし、棄教を迫りました。宮村の批判は統一原理に対する勝手な解釈に基づくものでしたが、私が「それは違います」と言って自分の意見を話そうとしても、宮村は間髪入れずに一方的な話をしてきました。宮村の異様とも言える言動に私は呆れ果ててしまいました。
そして、話し合いにもならないような会話をいつまで続けていても絶対に監禁から解放してもらえないと思い、ついに私は宮村に向かって「分かりました。もうやめます」と言いました。
言った途端、あまりの悲しさとやるせなさで涙が出てきました。そのとき私は泣いてはいけないのではないかと思いましたが、宮村は私の涙を見て「なんだ、とっくに墜ちている(信仰を失っている)じゃないか」と言いました。私が涙を流したため、宮村も高澤牧師も私が真に棄教したものと受け止めたようです。
この後宮村は、彼が連れてきた元教会員と話をするように言い、高澤牧師と共に外に出て行きました。私はこの時から誰に対しても自分の感情を抑えて接することに懸命にならざるを得ませんでした。そして2人の元教会員に対して親しみを込めて話をしました。
15分ほどたって宮村、高澤牧師、両親が部屋の中に戻ってきました。宮村は「あまり長く3人で話をさせると逃げ出す相談をするかも知れないから」と言いました。
最後に私が宮村に「鳥取教会で襲撃された人たちが気になる」「婚約者のことがなかなか忘れられない」と言ったところ、宮村は「ここでゆっくりやればいい」と言いました。教会員たちや結婚相手に対する想いが完全になくなるまで監禁場所にいるようにという意味でした。

4.後藤さんに対する拉致監禁に関し宮村から聞いた内容
1998年3月9日頃、「藤和シティコープ新大阪」801号室の監禁現場で宮村に棄教を強要された際、宮村から「東京に、説得し始めて2年半になるヤツがいるが、言うことを聞かずに、いまだに抵抗している。後藤というヤツだ」という話を聞きました。私はその話を聞いて「2年半も監禁されている人がいるなんて!」と非常に驚き、それからおよそ半年後に統一教会に逃げ帰った後、真っ先にそのことを伝えました。
私がその情報を伝えた一人が、統一教会本部で拉致監禁被害者の信仰面のケアを担当していた太田朝久さんでした。太田さんは、私が監禁から脱出した後、傷付いた私の心を癒すように一対一で講義をして下さり、統一教会の教えを学び直す機会を与えて下さいました。
私は太田さんに「この話を聞いてから半年になりますから、監禁されてもう3年になっているはずです。脱会届が来ていなければ、今も監禁され続けています」と訴えました。太田さんは、3年も監禁されている教会員がいると聞いて強い衝撃を受け、その後も「後藤」という名前が頭から離れなかったようです。
後藤さんの陳述書によると、後藤さんが2008年2月に監禁されていた東京・荻窪のマンションから解放され、渋谷の統一教会本部にやっとのことでたどり着いたときの状況について、「本部教会で夜間受付の男性に事情を説明したところ、12年間監禁されていたという話をにわかに信じて貰うことができず、最初は不審者と間違われ相手にして貰えませんでした。しかしその人が、拉致監禁問題に詳しい人に電話で連絡をとったところ、確かに『後藤』という男性信者が長期監禁されているという情報を高澤牧師の監禁から逃げ帰った信者が伝えてくれたことがあるということで、信じて貰うことができ、建物の中に入れて貰うことができました」とあります。
ここに出てくる「拉致監禁問題に詳しい人」というのが太田さんで、「高澤牧師の監禁から逃げ帰った信者」というのは私のことです。
太田さんは、98年秋に監禁から逃げ帰った私が「『後藤』という信者が3年も監禁されている」と話していたことを思い出し、それからおよそ9年半後に突然、教会本部に現れ「12年監禁されていた」と言ってきた「後藤」という男性が、私の話していた「後藤」と同一人物であると確信したのです。

5.最後に、
12年間拉致監禁されて解放された直後の後藤さんの痩せ細った痛々しい姿の写真を私は韓国の地で見て、衝撃を受け涙が溢れました。
この時、私は既に韓国で主人と子供達3人と共に幸福に暮らしていました。後藤さんはその間、狭いマンションで身体の拘束を受け、宮村から非難罵倒されて棄教を強要され、激しい苦痛を受けていました。また食事も制限され、家族の暴力と冷たい対応に耐えながら、孤独の中で身悶えする思いで地獄のような生活を強いられていたのです。私も1年3ヶ月間、監禁を強いられてどれほど辛かったか言葉では言い表せないほどなのに、後藤さんは12年という長い年月をどんな思いで過ごしていたことでしょうか。
人生の一幕を、本人の意思に反して強制的に奪うことができないはずです。いかなる理由があろうとも、拉致監禁は絶対に許されるべきではありません。私も宮村という同一人物から棄教強要の被害を受けた者の一人として、後藤さんの事件を見過ごすことは絶対にできません。
裁判所におかれましては、後藤さんの事件に対し厳重に対処して頂けますようお願い致します。
以上

2012-07-29(Sun)
 

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少々驚き 

 富澤さんにはこれまで2回、インタビューしています。
 いずれも、後藤さんが荻窪のマンションから解放(追放)される前のことでした。
 そのときに聞いた話と今回の陳述書とはまるで同じ。少々驚きました。

 富澤さんのところに出向いたという当の元信さんは、統一教会のストーリーに沿って富澤は陳述しているのだといった憶測話を、今回の裁判で反論陳述しているようですが、後藤さんの監禁事件が発覚する前と同じ内容のことを私にしゃべっていた。それなのに、どうして今回の富澤陳述は統一教会さんのストーリー通りと言えるのか・・・。

>高澤牧師の口ぶりは、あたかも「私のやったことに何か文句があるのか」と言わんばかりの言い方でした。高澤牧師はこのとき、他の牧師全員から非難を浴びたそうです。しかし会議の後、その場にいた宮村だけは「私も同じことをしただろう」と言って、高澤牧師の肩を持ったということです。

 このエピソードは、浅見定雄さんと杉本誠さんから聞いています。
 実際、宮村と高澤は他の牧師(&弁護士)から浮いた存在になったため、全国弁連が主催する年に2回の全国集会に出席できなかったわけです。出席するのが憚れるような雰囲気が「保護説得業界」にあったと聞いています。
2012-07-29 23:54 | 米本 | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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