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SJ氏の陳述書ー私は嘘と騙しのテクニックにより統一協会の信者にさせられた~

この方の陳述書はなかなかである。

ある意味おもしろい。


またこのSJ氏は、MK氏と共に後藤徹氏のマンションを訪れたことがある。MK氏が見たと証言している"玄関ドアに施してある特殊な施錠(チェーンと錠)"については、その存在を完全否定している。


このSJ氏、果たしてこの陳述書を書き上げたあと、清々しい気持ちになれたのだろうか?
老婆心ながら気になる。
乙八第14号証


陳述書


2012年3月10日

■■■■■■■■■■■■■

SJ


1.略歴
 私は、19〇〇年〇月〇日、■■■の■■■(現、■■■)で生まれました。
父は■■、母は■■、私は〇人■■の■男です。
 統一協会との関わりについての詳細は後述しますが、1989年に統一協会に関わりをはじめ、1995年に統一協会を脱会し、現在は■■にある■■■■■■■■■■■■■に勤めています。

2.統一協会との関わり
 私が統一協会に関わることになったのは、1989年3月、当時私が住んでいた■■■のアパートに“■■教育文化センター”を名乗るMという男が、「青年の意識調査アンケートへのご協力をお願いします。」と尋ねてきたことから始まります。
 そこで、社会人や大学生を中心とした交流イベントへと誘われ参加したのですが、どうも“宗教くさい”と感じたため、最初は断っていたのです。しかし、「社会人セミナーの中では、世界情勢を学ぶ上で、宗教・文化・歴史の中で宗教の話も出てきますが、当会は宗教ではありません。社会人のための自己啓発セミナーです。続けるか、やめるかは、何回か“お試し”で内容を見てから判断してくれればよいです。」と、とてもしつこく勧誘され、強引に入会申込書にサインをさせられました。
取りあえずの入会金として3千円を支払っていましたので、元は取ろうと“■■教育文化センター”に通うようになりました。
 こうして“■■教育文化センター”と呼ばれるビデオセンターに通うようになり、知らず知らずのうち統一協会の教理である「統一原理」を「普遍的な真理」として教え込まれたのです。
そうして、これが最後だと思って参加した“フォーデーズセミナー(4日間研修会)”で、「実は私たちは“世界基督教統一神霊協会”です。」と、初めて宗教団体であることを告知されたのです。
 この時点になると、それまでの教え込みのため、私はすでにメシア(後に知る統一協会の教祖である文鮮明のこと)のいうことは絶対に守らなければならず、背くことは子子孫孫までもが地獄に落ちて苦しみ続けなければならないという教えを植え付けられていたため、「騙された」と思いながらも、統一協会への入会を拒むことができなくなっていました。
 こうして統一協会の活動に関わるようになった私は、昼間は会社に行き仕事が終わると、“ホーム”と呼ばれる統一協会員が集団生活をする場所に帰り、連日、夜は“伝道”や“経済”の活動を指示されるままに実行するようになりました。
 ここでいう“伝道”とは、統一協会の名を名乗らず、“自己啓発のための■■教育文化センター”に知人友人を誘い込むことや、■■などの街頭でアンケートを装いながら第三者を誘い入れる活動を言います。
 また“経済”とは、「知り合いの姓名鑑定の先生が、僕の手帳の君の名前を見て『この人はいい名前だね。ただ、ちょっと転換期にあるので何か悩みがあるかもしれないね。』と気にかけていた。最近なにか悩みとかある?よかったら先生が特別料金で見てくれると言っていたから、紹介しようか?」と、鑑定士役の統一協会員に友人などを引き合わせ、『よい運勢を持っているが、先祖の因縁がそれを邪魔している。このままでは運勢が悪いほうにしか行かない。開運のためには良い“印鑑”(場合によっては“壺”や“仏像”)を持つ必要がある。』などと説得して高額な物品を購入させることです。
 商品はそれ以外にも、朝鮮人参エキス、和服、絵画、宝石などがありました。
それぞれに“動員マニュアル”とよばれる多種多様な『嘘』のつき方を説明した資料があり、これを覚え込むように指示され、これに従って商品販売につなげる活動をしていました。
売上金はすべて統一協会への献金に回されます。ですから、このような活動を統一協会では“経済”と呼んでいました。
 このような活動は、反省会なども含めると深夜1時か2時にもおよび、当然のことながら私が当時勤務していた会社での仕事に支障をきたすようになりました。
このような過労とアベル(統一協会での上司)の指示のせいで、私は結局1989年12月末に会社を退社し、献身者として24時間を統一協会の活動に費やすようになりました。
 献身して以降、私が担当するよう指示された主な活動は、トレーニングの講師や班長として、ビデオセンターを受講後の受講者を教育し、“フォーデーズセミナー”と呼ばれる4日間の研修会に参加させることと、その後の“新生トレーニング”や“実践トレーニング”に参加させるための“教育部”と呼ばれる部署での活動でした。

3.統一協会での教育活動
 �教育の第一段階:ビデオセンターからツーデーズセミナーまで
 「自己啓発のためのセミナーであり、科学、歴史、文化、宗教などについて幅広く学ぶものであり、特定の宗教とは関係がない。」と嘘をつき、宗教に対する抵抗心を無くした上で、統一協会の教えである「統一原理」を教え込みます。
 この段階でのポイントは、「統一協会」や「統一原理」ということを隠しながら、「普遍的真理」として「統一原理」を受け入れさせることです。
 統一原理の大まかな流れは以下のようなものです。
『進化論は原理的に成立せず、第一原因としての“神”が存在すること。人間は神の意思に反して堕落したため、神が理想とした“天国”が作られず“地獄”が生まれてしまった。戦争や飢餓、不倫や個人的な様々な問題が生じているのもすべて堕落が原因である。現在のままでは誰一人天国には行けず、神は地上天国実現のために“メシア(救世主)”を誕生させる。メシアに従えば天国に入れるが、メシアに従わなかった場合には、再び地獄への道となる。』
 また、「ゴースト」、「クリスマスキャロル」などの映画を見せたり、仏教の「地獄絵図」のようなものを活用したりして霊界の存在を信じさせ地獄の恐怖を植え付けていました。こうして、地獄の恐怖を植え付けた後に、「歴史を紐解けば、今こそメシアが再臨している時なのです。」と話し、続きが聞きたい人は次のセミナーに参加してくださいと、地獄の恐怖から逃れるためには、次のセミナーに参加せざる得ない状況を作ります。

�教育の第二段階:ライフトレーニングからフォーデーズセミナーまで
 第一段階の教育が完了すると、「メシアを知らなければならない。メシアに従わなければならない。」という姿勢が形成されましたので、その教え込みを確実なものにするためにもう一度最初からおさらいのように教育をしました。
 この段階でも「統一協会」や「統一原理」ということを隠しながら、「普遍的真理」として「統一原理」を教育します。そして、教え込みが完了して、正体をバラしてももう逃げないだろうと判断した段階で、「実は私たちは世界基督教統一神霊協会です。」と実態を明かすのです。
 この段階まできた受講生は「メシアを裏切れない。裏切ったら今までよりももっと悲惨な地獄に行くことになってしまう。」と考えるようになっていましたから、騙されたと思いつつも統一協会への入会を拒むことはできないようになっていました。

�教育の第三段階:新生トレーニングから実践トレーニング
 実践のためには“嘘”をつくことが必要になりましたので、まず、神側(統一協会の利益)のためならば、嘘をついてもよいということが徹底して教育され、実践させられました。
 例えば、統一協会の献身者を増やすことを目的としているのに、自己啓発のためのセミナーと偽って統一協会の教えである統一原理を教え込むこと。統一協会への献金が目的であるのに、ボランティア団体への寄付のためと言って物品の訪問販売をすること。統一協会への献金が目的であるのに、鑑定士を偽り「先祖の因縁」を騙って、高額な印鑑や壺、仏像などを売りつけること。等々、最終的に統一協会の利益のためならば、そのための嘘は正当化されていました。
 もう一つは、アベル(統一協会での上司にあたる人)の命令には絶対服従が必要であるということです。極端な話、アベルが「人を殺せ」と言ったら、それを「神の声」として無条件に信じて実行するのが統一協会の信仰なのです。
この指揮命令の構造は、ちょうどオウム真理教で麻原彰晃から「ポア」を命じられたなら、自分自身の中に良心の呵責があってもそれを実行してしまったオウム信者がたくさんいたのと同じ構造です。

4.危険なカルト宗教について
 統一協会にとってみれば、統一協会は“神側”であり、それ以外はすべて“サタン(悪魔)の勢力”であるとされています。つまり「統一協会に反対する家族や、報道関係者、説得活動を行っている牧師さんなどは、全てその背後にサタン(悪魔)がおり、神側の統一協会の邪魔をしているのだ。」ということになるのです。
 “危険なカルト宗教”というのは、簡単に言えば「自分達は“神側”であるので、自分たちの正義のためならば、嘘や違法行為であってもそれは正当化される。」ということと、「教団の上司(神に近い人=アベル)の命令は絶対である。」ということに尽きると思います。
一旦、危険なカルト宗教に入ると、そこを「やめる自由」はありません。一旦教え込みが信者の心に固まってしまうと、それを離脱して自分を取り戻すことは本当に困難なのです。
 ですから、「家族や牧師と話し合いになった場合には、“偽装脱会”をしてでも戻ってこい。」という命令になるのです。このように、“神側”である統一協会に戻るためには“嘘”をついて“偽装脱会”をすることが推奨されていました。

5.私と家族との関係
 私が統一協会に献身するときは、アベルから指示されるまま、家族には「海外青年協力隊のようなボランティアの活動に参加する。」と嘘をつき、暫らくはそのまま嘘で通していました。
そしてこれまたアベルからの指示で、数か月の後に「実はその団体は“世界基督教統一神霊協会”というところである。」と正体を明かしました。
 このように家族に明かした1990年1月当時は、週刊誌などで「霊感商法=統一協会」といった報道もされており、両親も私が入信した団体が霊感商法を行っている宗教団体と知り、心配で東京に私を訪れて、話し合いをしたことがありました。
 私は、アベルの指示で■■公園で家族と会うことになりました。このとき、私には見張り役としてアベルが同行しました。アベルは少し離れえたところから、私と家族の様子をうかがっていました。これは、統一協会では家族が拉致監禁すると教えられていたため、それを警戒してのことでした。
 家族は泣きながら、統一協会と霊感商法の特集が書かれた週刊誌を私に見せながら、必死に私を説得しました。
 しかし私には、サタンが働きかけているということしか頭になく、家族の話は耳に入りませんでした。
 私は、統一協会の教えにより『家族の背後にはサタン(悪魔)がおり、サタンが神側(の統一協会)に行かせまいと、涙の訴えをしてくるが、その試練に耐えて献身して初めて天国に行く条件が成立する。試練に負けて統一協会をやめることは、家族まで地獄に突き落とす行為である。』と教え込まれていました。
私は、その教え込みに従って家族の言うことなど全く聞く耳をもたず、話し合いを成り立たせないままこれを打ち切って、統一協会に戻ってしまいました。
 後藤徹さんも、家族との話し合いの中ではこの時の私と同様に、頭の中ではサタンのことしか考えられず、統一協会に教えこまれたまま「拉致監禁」だと勝手に思い込んでいたのではないでしょうか。
 この時、母親は、私の表情や目つき言動が正常でなくなっていたことから、精神的にまいってしまい、精神科を受診するようになってしまいました。
その後、私はアベルの指示で、家族には実際の住所がばれないようにあえて別の住所を教えたり、実際の活動内容とは全く別の説明をしたりしました。このように嘘で塗り固められた家族関係になってしまったため家族との交流はなくなりました。
 両親からは「当時、家族が何を言っても全く話がかみ合わないことから、家族だけで話し合いをするのは無理であると考え、霊感商法、統一協会の問題を扱っている出版社などを訪ね歩き、救出のための説得活動を行っている牧師さんや、そのような家族のための相談会を開催しているところがあるということを知った。」とあとになって聞いております。
 私の両親は、市販の本を買って読んだり、水茎会の会合などに出席するなどして統一協会が、最も危険なカルト宗教の一つであることを改めて痛感し、何とかして私ときちんと話し合いをして自分を取り戻してほしいと強く思ったと言っておりました。
 ただ、私の両親は統一協会に反対している側の話だけでなく、統一協会側の話も聞かなければ公平でないと考えて、相談会に参加しながらも、ときどき統一協会主催のイベントにも参加してくれていました。ただし、私はイベント会場でだけ両親と会い、実際の住所は隠したままでした。だからイベント会場で両親と少し話し合いをしても私の心を開くことはありえず、関係は平行線のままでした。
 両親が参加してくれた統一協会主催のイベントというのは、後述する「氏族復帰」の一環として開催されたものです。イベントで語られたのはほとんど実体のない世界平和活動の話で、実態としての活動である「霊感商法」や「インチキボランティア」のような実際やっていることについては全く話されませんでした。

6、統一協会で教えられた宮村峻さんについて
 1993年3月頃だったと記憶しておりますが、同じ3万双の合同結婚式に参加した新体操の山崎浩子さんが家族の説得により1993年4月に統一協会から脱会を宣言して記者会見をされ、マスコミが騒然とした事件がありました。
 この時、山崎浩子さんが拉致監禁されたとして、当時■■教会の責任者であったTEのもとに■■■の各地区から数名ずつのメンバーが呼び集められました。その時の■■■地区から集まったメンバーの総勢は30名程度だったように記憶しています。私もその中の一人でした。その時の話は以下のようなものです。
「山崎浩子さんがどこかの牧師により拉致監禁され、強制説得されている可能性が高い。まずは、分担を決めるので、各チーム24時間体制で監視をし、山崎さんがどこの牧師に説得されているか、その監禁場所が何処かを突き止めてほしい。」
 このような指示を受けて、1チームが2~3名で、2チームが交代で24時間、担当になった地区を巡回する体制で監視活動を実施しました。また、このような活動は、■■■地区だけでなく全国で行われていました。私は、荻窪にある宮村峻さんの自宅の近辺を監視する担当になりました。
 TEによる宮村峻さんについての説明は次のようなものでした。
「説得活動をしている牧師たちは、一応キリスト教の牧師なので暴力的な手段は使わないが、この宮村峻は家族から数百万円の金銭を受け取って説得を行う職業改宗家である。手錠をして監禁したり、本当に脱会したかどうかを確かめるために女性には性交渉を強要したりするのだ。反対牧師の中でも一番たちの悪い奴だ。暴力的職業改宗家だ。」
 そのような説明をされた上で、宮村峻さんを隠し撮りした写真が私たちに配布されました。
 のちに宮村さんに、どこで撮られた写真か聞いたところ、たぶん東京の弁護士会館から出てきたところを隠し撮りされたものだろうということでした。
 このTの話を聞いて当時の私は、「宮村峻」に恐怖と憎悪の念を抱いたのを覚えています。
 私は、宮村峻さんの近辺を調査するために、2名1組で自動車に乗り、宮村峻さんの自宅、勤務先、宮村さんが参加すると聞いていた水茎会の会合が行われていた新宿西教会や、かつて説得活動が行われていたと聞いた荻窪栄光教会、それに当時「青春を返せ裁判」の原告であったTYさんのマンション、同じく原告のKTさんのアパートなどを巡回して見張りを行っていました。宮村さんの自動車が移動すれば、私たちは別の自動車で尾行をしたりしました。
 また、比較的第三者が入って行っても問題にならない荻窪栄光教会には、偽名を使って礼拝に参加し、どのような人間が出入りしているかを探ったりもしました。
 そんな活動を始めて数週間の後だったと思いますが、TEから「別のチームメンバーが山崎浩子さんの叔父さんをつけていたところ、公衆電話を使用した際、そこに置き忘れたポーチを入手してきた」とのことでした。盗んできたのだと思います。「そこに、伊豆のホテルのパンフレットが入っていた。そこが監禁場所に使われている可能性がある。そのホテルを見張ってきてくれ。」と新たな指示を受け、私は伊豆のホテルを監視する役になりました。
 その後、4月になって山崎浩子さんが統一協会脱会の記者会見を開いたので、この監視チームは解散となりました。

7.私の脱会の経緯
 1992年8月の3万双の合同結婚式に参加した後、1994年以降だったと思いますが、統一協会では「氏族復帰」といって、家族を伝道しなさいという命令が下されました。それまでは献身者が帰省することなど、まず考えられなかったのですが、家族の反対を押さえ込むために「氏族復帰」の命令が下されたのです。
それ以降は、事後承諾という形であっても何とかして家族に統一協会での活動を認めさせ、合同結婚式による結婚を認めてもらうために帰省が認められるようになりました。
 私の所属していた■■教会でも、1994年のお盆のときに、「氏族復帰」のために帰省できるメンバーは帰省するようにと指示があり、私も帰省することとなりました。
 実家に帰ると両親から「大切な話がある。私たちは、統一協会に反対している人たちの話と、統一協会側の話といろいろ聞いてきた。しかし、どうしても統一協会の活動は認められない。それでもお前が統一協会の活動をするというならば、きちんとした説明をして私たちを納得させてからにしてほしい。両方の話を聞きたいので、これから場所を変えて統一協会に反対している人の話も聞いてほしい。」と切り出されました。
 私はすぐに「反対牧師」が両親を指導していると思いました。しかし「氏族復帰」を考えれば両親を説得する絶好のチャンスかもしれないと思い、話し合いの席に着くことを承諾しました。どうせその辺の反対牧師なら、最終的には「偽装脱会」で家族をだまして、統一協会に戻ればよいと考えていたからです。
 その後、杉並区内のマンションに移動しました。しばらくすると宮村峻さん(以下、宮村さん)が来ました。宮村さんは、私の対面に正座すると「宮村です。」と自己紹介をして話を始めました。
 私は、TEから聞いていた「暴力改宗家、宮村峻」が記憶によみがえりました。手錠をされるのではないか、薬物を使われるのではないか、と恐怖でいっぱいになりました。
 宮村さんは落ち着いた口調で「まずは家族でよく話し合ってください。統一協会の教えを話して家族を伝道しても構いません。家族があなたの活動を認めてくれれば私は何も言いません。家族を伝道して家族全員で統一協会の活動をするというのであればそれでもかまいません。一週間ほどしたら、あなたがよければ私は、また来ますので、それまで家族でよく話し合ってください。」という話をしました。そして、そんな話をすると部屋を後にしました。
 私は、TEから聞いていた「暴力改宗家、宮村峻」の話と、実際の宮村さんの言動の違いに戸惑いを覚えながら家族との話し合いに入りました。
 結局、家族との話し合いは平行線のまま10日程がたったので、私は再び宮村さんが訪ねてくることを了解したのです。「どうですか」と話を切り出しました。家族の反対の立場は変わっていません。
来訪した宮村さんは「君の言い分は十分話しただろうから、今度は俺の話も少し聞いてくれ。」と統一原理の間違いについて話を始めました。
 私は1週間も話を聞いたら「偽装脱会」をしようと思って、宮村さんの話を聞くことにしました。
 しかし、話を聞けば聞くほどに統一原理に正しいところはなく、宮村さんの話す通り「自分たちのための正義なら、嘘や違法行為もいとわないという統一原理の教えは間違っている」と考えるようになりました。
 こうして「正気」を取り戻した私は、自分の判断で統一協会を脱会することを決めたのです。これが、自分の意志であったことは、この「陳述書」が示す通りです。

8.脱会後に知った宮村峻さんについて
 その後私自身、信者の家族の相談に乗ったり、宮村さんの相談に同席したりしました。
そのような宮村さんが、初めて相談に来られたご家族の方々によく話すのが、「自分たちの正義のためには嘘をついたり騙したりしてもよい。という、統一原理の教えは間違っているという説得をするのだから、ご家族の方も、説得のために本人に嘘をついたり騙したりして連れてくるようなことはしないでください。」ということです。
 ましてや拉致監禁のような手段は、本人を「正気」に戻すためには悪影響でしかないというのが宮村さんの考えでした。
 自分たちの利益のためなら嘘もいとわないというような統一協会で聞いた「暴力改宗家、宮村峻」についての説明と、実際に話をした宮村さんやその後知った宮村さんの活動内容では雲泥の差がありました。
 私としては、宮村さんとの話し合いがなかったら私の「正気」と「自由」を取り戻すことはできなかったと思っています。

9.後藤徹さんとの話し合いの状況
 私が社会復帰した後に、私自身が後藤さんとの話し合いの場に何度か立ち会ったころがありますので、その時の状況について述べさせていただきます。
1998年春から同年秋頃にかけてだったと思いますが、後藤徹さんと家族が話し合っているマンションに他の元信者と一緒に行ったことが10回ほどありました。
 同じ統一協会に献身していた者として、後藤徹さんも統一協会の嘘と真実を知ってもらい、本来の後藤徹さん自身の自由を取り戻してほしいと思ったからです。
なぜなら、後藤徹さん自身も、騙されて統一協会に利用されている被害者に他ならないと、当時の私は考えるようになっていたからです。
 私が訪問したのは、休日か私の勤務が終わってからの夜の時間帯がほとんどでした。
私が行った時は、マンションには後藤徹さんとお母様、■さん<後藤徹氏妹>の3人であったことが多かったように記憶しています。ただ、後藤徹さんとお母様の2人であったり、後藤■さん<後藤徹氏兄>や後藤■さん<後藤徹氏兄嫁>もいたりと、時々によって違ってもおりました。
『監禁』云々の主張を徹さんがしているそうですが、マンションは普通のマンションでした。出入りの際、玄関の鍵等の状況も目にしておりますが、特段変わったものではなく、ごくありふれた内鍵と、訪問者を確認する際に使用する短いチェーンのついたものでした。窓サッシなども普通のもので、特に何かが施されているような状態には気が付きませんでした。
 この頃私と一緒に後藤徹さんの部屋に話し合いに行ったことがあるMKのことは私も知っています。原理研の元メンバーということでした。
MK自身、家族との話し合いをして、後藤徹さんのところに一緒に行ったりしていた当時は「脱会した」というようなことを言っていたと思います。その後両親との関係がうまくいかず統一協会に戻ったと聞いています。
このMKは、後藤徹さんがいたマンションの部屋の入口に南京錠があり、チェーンがついていて、内側から自由に出入りできないようになっていたと主張しているそうですが嘘です。統一協会の対策担当者にそんな嘘を言わされていることは、私の経験からも明らかです。
 後藤徹さんの部屋には「統一原理」の本や統一協会関係の書籍も豊富に置いてありました。
宮村さんのする話し合いのスタイルからすれば、後藤徹さんには話し合いやその行動は特に制限がないので、彼が家族を説得したり、統一協会の教義を教えて信者にしたりするチャンスと時間は豊富にあったと思います。
後藤徹さんが統一協会の方針に従ったとすれば、家族をだまして「偽装脱会」することもできたと思います。しかし後藤徹さんは、そのような偽装脱会をせずに家族のもとにとどまっていました。それは後藤徹さんの意志であったと思います。
 この話し合いのときに、後藤徹さんがマンションを出たいと言ったり、自分は監禁されていると言ったりしたことは少なくとも私が行った時は1回もありませんでした。また、私が話しをしに行っても、後藤徹さんは統一原理が正しいとも間違っているとも言わずに生返事をするばかりでした。元信者の私たちともきちんとした話し合いを避けているようでした。ですから私も、これ以上通っても無駄と考えて1998年冬以降は後藤徹さんのところに行くことをやめてしまいました。
 勿論、私がいつ行くか、誰と行くか、後藤徹さんとどんな話をするかなどは、私が私の判断で決めて実行していましたし、徹さんもそれを拒否する様子は全くありませんでした。

10.最後に
 私は、嘘と騙しのテクニックにより、望んでもいないのに統一協会の信者にさせられ、それこそ24時間、寝る間もなく、一から十まで統一協会から言われるままに統一協会のために働かされたのです。
 そして、希望することも拒否することも何一つ選択できない「強制結婚(統一協会でいう合同結婚)にも参加させられました。
 いったん統一原理を植え付けられた人は、統一原理やメシア(文鮮明)を不信すると地獄に落ちて永遠に苦しむだけだと教え込まれていました。私はこの教えに縛り付けられ、ただひたすら統一協会の命令に従って生きていかざるを得ませんでした。一旦信じ込んでしまうと統一協会信者には、統一協会をやめる自由は存在しないという実態だったのです。
 家族や宮村さんのような方々の努力なくして、今の私の自由はあり得ないと、つくづく思います。
 統一協会や後藤徹さんからすれば、宮村さんや私たちはサタン(悪魔)の勢力ということになります。サタンの親玉である宮村さんを懲らしめるのは当然で正しいことだというのが、統一協会や後藤徹さんの本音だと思います。
 客観的には偽りの「正義」にすぎないものであっても、自分たちの「正義」のためならウソも許されるという身勝手な主張です。そんな主張はやめて、司法の場では嘘などつかず、正々堂々と真実が語られることを望みます。そうすれば、おのずと強制脱会のための監禁など存在しないことが明白になることと思います。
以上

2012-06-30(Sat)
 

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SJ君は恥ずかしくないのか。 

 被告側の陳述書の中でも、SJ君のは最悪だった。
 まるでリアリティがなく、被害者意識むき出しの陳述だった。

 裁判の当事者である後藤兄・兄嫁・妹の陳述書をはじめ、被告側の陳述書を共通するのは、むき出しの被害者意識である。

 これはなにも統一教会の元信者に限った話ではない。元ヤマギシ会、元創価学会、元親鸞会などなどに共通する心的傾向である。

 どんな団体に限らず、頭の弱い元メンバーに共通するのは、自分の加害性に目をつぶり、被害性だけを訴えることに特徴がある。

 たとえば、後藤徹の兄弟たちは、「徹は統一教会からマインドコントロールされている」と臆面もなく書く。
 しかしながら、後藤徹とその妹を統一教会に入信させたのは後藤兄の隆である。
 後藤隆は、どのようなマインドコントロールを駆使して、弟や妹を入信させたのか。それを書くべきなのだが、「弟は統一教会からマインドコントロールされている」というだけ。

 同じことは、被告側陳述者たちにも言えることだ。
 信仰歴・数年~10年選手だった君たちは、ただの一人も入信させていないのか。霊の親になったことはないのか。
 統一教会が邪悪な団体とすれば、君たちは邪悪性に加担したことはないのか。君たちに加害性はないのか。

 まるで、君たちは振り込め詐欺集団の末端よろしく、「ボスから言われて、電話をかけていただけでした。ひどい目にあいました」と、恥ずかしげもなく、裁判所への公的文章で書いているのと同じである。そんな供述をしても、警察は認めないよ。
 人として恥ずかしくないのか。

 まあ、こんなことを書いても陳述者たちは、このブログを読んでいないだろうから、壁に向って書いているようなものだ。せいぜい、宮村らが読んで、今後の裁判対策にするだけだろう。
 君たちはこのブログにアップされている記述を読まずに(統一さんとまるで同じ)、宮村か弁護士かは知らないけど、彼らから与えられた口情報をもとに陳述書に書いているだけ。

 かつて、徳野だとか小山田の話だけに耳を傾け、考えたように。

 君たちはその昔脱会し、2、30年が経つが、人間性がまるで豊かになっていないのだ。
2012-07-01 17:52 | 米本 | URL   [ 編集 ]

自分の判断で訪問!! 

SJさんの長い長い陳述書。行数(このブログでの行数)を数えると、ざっと400行ほどある。そのうち、この裁判の核心ともいえる「監禁されていたのか否か」に関する部分は、わずか50行ほど(<後藤徹さんとの話し合いの状況>の箇所)しかない。
あとは、統一教会で自分はひどい目に遭った、統一教会はとんでもない団体だという恨み節で埋め尽くされている。

<出入りの際、玄関の鍵等の状況も目にしておりますが、特段変わったものではなく、ごくありふれた内鍵と、訪問者を確認する際に使用する短いチェーンのついたものでした。窓サッシなども普通のもので、特に何かが施されているような状態には気が付きませんでした>

これだけで、監禁状態でなかったことを説明したつもり?

統一教会=悪、宮村さん=善良な紳士、ということを印象づけようとしているのはよ~く分かるけど、裁判官が読みたいのは、そんなことじゃないでしょ。

マンションにいた徹さんを直に見た(10回も訪問している)貴重な証人なんだから、徹さんがその時、どんな服を着ていて、どんな仕草をして、どんな会話をしたのか、部屋にいた家族の様子はどうだったか、話し合いの時にコーヒーや茶菓子は出たのか、カーテンは閉め切ってあったとか、その場に行った人間にしか知り得ない情報があるだろっ。それを書けよ~~~。
もしかして、書けないのかな?

<MKは、後藤徹さんがいたマンションの部屋の入口に南京錠があり、チェーンがついていて、内側から自由に出入りできないようになっていたと主張しているそうですが嘘です。統一協会の対策担当者にそんな嘘を言わされていることは、私の経験からも明らかです>

「嘘です」って。適当だね~。全くの説得力がないんだよね~~~。

玄関には花が飾ってあった、徹さんの靴があった、ドアが開けっ放しになった時間は何秒間くらいあった、徹さんが玄関まで出てきた、とか…。MKさんよりも自分のほうがしっかり玄関・ドアを見た、ってことを説明しなきゃ。SJさんの話は漠然としすぎている。

それにしても、次の陳述箇所は注目ですね。

<私がいつ行くか、誰と行くか、後藤徹さんとどんな話をするかなどは、私が私の判断で決めて実行していましたし、徹さんもそれを拒否する様子は全くありませんでした>

徹さんが要請もしていないのに、徹さんのマンションに出向いた!!!!!
話が違うじゃないの。徹さんは家族の話し合いのためにマンションにいるわけで、赤の他人のSJさんが勝手に訪問する、って、おかしいだろっ!

それって、徹さんは外出しようにも外出できない状況に置かれていた、ってことだよね~。
徹さんは、SJさんの訪問を拒否できなかった、ってことだよね。
2012-07-02 19:35 | みんな | URL   [ 編集 ]

同じ思い、わたしも 

久しぶりにこちらのサイトをのぞいたら、たくさんの貴重な陳述書が出ていて驚きました。
YSさんの陳述書に対して、Koyomiさんがコメントを寄せていますが、私も同じ思いです。拉致監禁のことはもう20年も前の事だから思い出すこともなかったし、自分から人に話す事もしませんでした。監禁されても私はがんばって一人で乗り越えた、だから他の人も頑張って乗り越えればいい、くらいに考えていました。
監禁から逃れて教会に戻ったとき、牧師さんを訴えたら?と言ってくれた人がいました。まだ20代なかばで人生経験も浅く、法律の知識もなく、そんなことは考えられませんでした。監禁されたのは自分に隙があったからだし、閉じ込められてはいたけれど、暴言や暴力なんてなかったし、そんなにひどい目にあったわけでもないから、訴えるほどでもないと思っていました。
たとえ裁判は無理だったとしても何か行動を起こしていたなら、私のあとに起こった拉致監禁事件を、1件でも2件でも防ぐ事ができたかもしれない・・・。悔やんでみても過去は変えられませんが、私に出来ることが何かあれば、せめて少しでも役に立ちたいと思っています。
(1ヶ月も前の記事についてのコメントで、ちょっと違う流れになってしまってすみません)
2012-07-03 17:52 | 浦野悦子 | URL   [ 編集 ]

感謝とプラスアルファ 

浦野さんへ
コメントありがとうございます。

同じ思いの方がいてくださって、嬉しいです。

私は脱会して、よかったと思ってます。
でも、その脱会のきっかけとなった拉致監禁は間違っています。
その事を訴え続けず、長いものに巻かれて「必要悪」と思っていた自分が恥ずかしいです。


12年の監禁は、特殊なことのように、感じるでしょう。でも、その特殊なことが起こってしまったのです。

このまま野放しにすると、エライことになる、何とか食い止めないといけないと思います。


被告側の陳述書を書いた方々へ

統一教会の嘘と非人道性を訴えるのは、いいです。
家族や宮村氏の愛のお陰で脱会できた、感謝してる、と表現するのもいいです。
でも、自分が脱会するきっかけは、拉致監禁されたからではなかったのか、話し合いは最初っから、合意の上だったのか、もう一度よく思い出してみてください。
2012-07-03 19:28 | koyomi | URL   [ 編集 ]

心がざらつく(上) 

 SJ君の陳述書を読んでから、どうにも心がざらついてならない。もう3日が経つというのに。不快な気分を拭うことができないでいる。

 ざらつきの原因は、次の一文にある。

MK自身、家族との話し合いをして、後藤徹さんのところに一緒に行ったりしていた当時は「脱会した」というようなことを言っていたと思います。その後両親との関係がうまくいかず統一協会に戻ったと聞いています。

 同じような記述は、YKさんの陳述書にもある。

そもそもMKさんは、脱会する気持ちになったと本人から私は聞いています。ところが、MKさんは親が嫌いで、親子関係が悪いままだったので、家族に心を開くことができなくて悩んでいました。私はMKさんからそのことを聞いています。
結局その点についての心の整理ができず、統一教会に戻ってしまったのです。
 

 被告側の陳述者たちは、MKさんの陳述書を読んだのだろうか。
http://antihogosettoku.blog111.fc2.com/blog-entry-97.html

 MKさんは2年7ヶ月も閉じこめられていた荻窪フラワーホームから解放されたあと、日本基督教団の新宿西教会が所有するマンションで暮らすようになった。
 同教会に通い、聖書の勉強を始めた。
 しかし、キリスト教にはどうにも馴染めず、「仏教系の道場に通ったり,テソン真理教という仏教家の新興宗教団体に通ったりもしましたが,どこに行っても心が満たされることはありませんでした。そこで私は山に籠もってひっそりと修道生活を送りたいなどと思うようになりました」

 そして、偶然、清平修練所でアルバイトをするようになり、「やはり私の真理に対する渇望を満たしてくれる教えは統一原理以外にはないと気づき」,統一教会の信仰を取り戻したという。

 安寧を求めて彷徨い、苦闘の日々だったにもかかわらず、「その後両親との関係がうまくいかず統一協会に戻ったと聞いています」と書く。間違っているというだけでなく、軽い、いかにも軽すぎる。

 koyomiさんも元信者だが、彼女は自分の過去を振り返り、他者の気持ちを思いやる。
 それに対して、宮村が説得して脱会した元信者たちの精神はとても貧困で、このうえもなく卑しい。
2012-07-04 19:12 | 米本 | URL   [ 編集 ]

心がざらつく(中) 

 ところで、MKさんが統一教会に戻り、そして後藤さん側の立場から陳述書を書いた。統一教会が大嫌いな弟さんも、姉の陳述書の信憑性を裏付けるような陳述書を提出した。

 宮村グループにとっては青天の霹靂だった。グループの元信者たちが弟さんの自宅に押しかけたことでも、その衝撃度のすごさがわかろうというもの。

 宮村を尊師と仰ぐ元信者たちは、「先生、ど、どうしてMKさんは統一に戻ったのでしょうか」と聞いたはず。
 宮村は「俺はそんじょそこらのヘッポコ牧師とは違う」と豪語する大先生である。

 子弟たちは<宮村先生が説得して脱会した人が統一に戻るなんてあり得ないはず>と思うから、当然の質問といっていい。

 これに対する宮村の反応は手にとるように想像できる。
 最初は色をなす。そして気持ちを落ち着かせるために煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら、こううそぶく。
「MKは、もともと両親との関係が悪かったからなあ。脱会しても親との関係を整理整頓することができなかったんだろうな。それで戻ったんだろう。よくある話だ」

 師弟師妹、大いに感動する。
「御意、仰せの通りです」
 それで、YKさんもSJ君も、尊師のみ言葉をオウム返しするように、陳述書に書き加えたのだろう。(裁判の争点とはまるで関係のないことなのに。まるで認知的不協和を解消したいが如く)

「尊師はバカだが師弟は利口」ということがまれにはあるが、だいたいが「尊師がバカなら師弟もバカ」である。
2012-07-04 19:18 | 米本 | URL   [ 編集 ]

心がざらつく(下) 

 宮村グループがバカである根拠を述べておく。
 反統一教会諸君にとっての重要テキスト、西田公昭氏(拉致監禁容認派)の『マインド・コントロールとは何か』には、次のように書かれている。

<脱会後、親子の不仲は数年にわたって続く。脱会した子どもは親との同居を好まず、一人暮らしをする>(要旨)

 拉致監禁派諸君は、統一教会問題とは結局のところ、親子問題である。子どもが統一教会に入信したから、親子関係が最悪になったのだから、と語ってきた。
 ではなぜ、統一教会から脱会したのに、逆に親子関係は悪化するのか。それは“保護説得”に感謝しながらも、子どもたちは自分を拉致監禁し、監禁下で屈辱を味わせた親を許させないと思うからだ。
 拉致監禁以前から親子関係が悪かったところは、さらに悪化するのは当然だ。
 MKさんと親との関係はなにも特殊なケースではなく、強制説得を受けた元信者家族一般と同じである。

 似非科学・マインドコントロール論の提唱者である西田氏は、かなりの数の脱会者を調査し、上述した観察文を書いているのだが、親子関係が悪化したから、親子関係の整理整頓がつかないからという理由で、統一教会に戻った例など報告していない。
 論理的にも現実論的にも、ある宗教団体から脱会した元信者が、親子関係が悪かったから、親子関係の整理整頓ができなかったからという理由で、その団体に戻ることはあり得ないから、当然のことだ。

 宮村尊師とその師弟師妹がバカなのは、自分たちのイデオローグの西田氏の本を読んでいないこと、そして論理的現実的に即して物事を考える力がないことにある。

 拉致監禁を指導してきた脱会説得家たちは、次第に正気に戻り、良心の呵責を覚え、強制説得から足を洗いつつある。京都の村上密しかり、名古屋の杉本誠しかり。その数、ざっと数百人だ。

「バカは死ななきゃ治らない」という格言がある。真理だと思う。最後まで残るバカは誰か。
 川崎かパスカルか高山か高澤か。興味津々である。
 宮村先生だけには、「そして誰もいなくなったなあ」と溜め息をつきながら、「でも、俺はやるんだ」と満天の星空を眺め、紫煙をくゆらせながら、誓いを新たにしてもらいたいものだ。
 そのようにしていただけないと、先の格言は真理でなくなってしまうのだから。
2012-07-04 19:29 | 米本 | URL   [ 編集 ]

バカは死んでもなおらない 

宮村氏へ。
いまでも、見えない囲いで拉致監禁されているのではないですか。共産主義か、暴力団のように監視されているから、宮村氏の弟子らは自由はなく、羽ばたくことができない。
生きてる時に、反省し告白すれば、道があると思います。
新しい格言 ”バカは死んでもなおらない” とならないように早めに悟ってください。
2012-07-04 23:00 | 灯 | URL   [ 編集 ]

尊師の指導性に陰り 

<両親との関係がうまくいかず統一協会に戻った>というSJくんの陳述に対する米本さんのツッコミは、ズバリ当たっていると思います。

尊師・宮村がSJくんらにのたまったと思われる分析コメント<「MKは、もともと両親との関係が悪かったからなあ。脱会しても親との関係を整理整頓することができなかったんだろうな。それで戻ったんだろう」>も、その通りだと思います。

親子関係が修復しきれていなかった―。尊師・宮村としてはこう説明するしかないでしょう。
統一協会のマインドコントロールが抜け切れていなかった、などと言おうものなら、拉致監禁グループの頂点を極め、“監禁解除許可権”を有する宮村の指導性が揺るいでしまいますからね。

宮村は自身の陳述書で次のように述べています。

<統一教会の信者が、家族の愛情とけじめと忍耐によって脱会を決意し、自らの人生を自己の判断で歩むようになるにあたっては、基本的に、①家族との話し合い、②信者本人との話し合い、③正確な情報による信者自らの判断、④自立のための助言の4段階を経ることが不可欠です>

つまり、宮村は、こう言っているわけです。
MKさんは「家族の愛情とけじめと忍耐によって脱会を決意し、自らの人生を自己の判断で歩むように」なった、と。

家族からふんだんに愛情を注がれ、統一協会の間違いに気付いたから、MKさんは脱会した…。
ところが、な、な、なんと、その親の元には帰らないで、統一協会に戻っちゃった!?!?1?

宮村の陳述では、説明がつきませんね。

それまでパーフェクトだった監禁による思想改造(絶対に「監禁された」と言わないレベルになるまでの思想改造)が、いつしか効力を失い、統制が効かなくなった、ってことでしょ。
1980年代後半、ソビエト連邦の思想的・軍事的統制から東欧諸国が逃げ始めたのと同じ現象でしょう。

宮村帝国ももう終わりですね。
SJさん、SHさん、YKさん、NIさん、そろそろ宮村から距離を置いたほうがいいですよ。一緒になって破滅することはありません。
2012-07-05 18:44 | みんな | URL   [ 編集 ]

ミイラ取りがミイラになる 

>私は、荻窪にある宮村峻さんの自宅の近辺を監視する担当になりました。
SJ君の陳述書で、この部分は面白い。宮村氏を監視していたのに、結局、ミイラ取りがミイラになった、SJ君。

>こうして「正気」を取り戻した私は、自分の判断で統一協会を脱会することを決めたのです。これが、自分の意志であったことは、この「陳述書」が示す通りです。
と言いながら、(自分の意思で脱会したと)
>家族や宮村さんのような方々の努力なくして、今の私の自由はあり得ないと、つくづく思います。
>宮村さんとの話し合いがなかったら私の「正気」と「自由」を取り戻すことはできなかったと思っています。
宮村氏をもちあげ、宮村氏のおかげだと言っている。ということは、宮村氏から、脱会をすすめられたということ。
SJ君、どんなに、宮村氏をかばっても、なんのメリットもないと思うけど。


2012-07-10 10:43 | 灯 | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

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