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SH氏の陳述書ー私は拉致監禁されてないと言いながら、度々トイレに立てこもったSH氏

引き続き、宮村氏の支援者の陳述書をお届けする。

このSH氏は宮村氏を相当リスペクトしているようである。
度々トイレに立てこもったり、宮村氏におしぼりを投げつけたり、散々な悪態をついてきたのにもかかわらず、宮村氏は根気強く接してくださったと・・・・。

トイレに立てこもるくらいなら、その場を立ち去っちゃえばいいのにとツッコミをいれたくなるのは私だけだろうか?
いやでもきっと立ち去れない訳があったのだろう。

NI氏、YK氏との違いは、原告側の証人候補MK氏の陳述書には触れてないことだ。
また、説得現場での南京錠の使用を間接的には認めている。





乙ハ第8号証の2

陳述書(その2)

           
 
2012年1月20日


■■■■■■■■■■

SH


1.略歴
  私は、19○○年○○月○○日生まれの○○歳です。家族は父■■■■、母■■、妹■■の4人家族です。 1987年社会人になったばかりの○○才の時に統一教会に入信しました。私の入信のきっかけは、短大を卒業した春休みに旅行先で2人の男性に声を掛けられ、■■■のビデオセンターに通ったことからでした。初めは統一教会とは言われず、社会人の教養を深める勉強ということで通い始めたのですが、そこでの人間関係を信頼し、すっかり入り込んだ後に統一教会と知らされ信者にさせられたのです。翌年の1988年に会社を辞め、24時間統一教会の活動に専念する献身者となり、新たな信者獲得のための名前を隠した勧誘活動、新しい信者の教育、先祖の因縁を使って、他人の弱みや恐怖心をあおって、壷や多宝塔、印鑑や念珠、人参茶などを法外な値段で売りつける霊感商法などに従事させられてきました。
 私が1987年3月に旅行先の■■■■■■■■で伝道され、1993年9月に脱会するまでの経過や、統一教会での活動の実態については、私たちが「違法伝道訴訟」と称していた裁判の証人になるにあたって陳述書を書いているので、是非読んでいただきたいです。
 私が統一教会に入信してからは、教会の活動をしていく為に嘘を付かなければならなかったので、だんだんと家族から不信されていくようになりました。その為に私は何回も家族や親戚と話し合い、キリスト教会の牧師先生の話も聞かされたりしました。その度に私は、嘘をついて統一教会に逃げ、行方をくらませ、家族を心配させてきました。そして最終的には、家族が、「水茎会」にたどり着き、統一教会の問題をよく知っている宮村さんを知り、協力を得て、家族との話し合いによって1995年に脱会することができました。
 この話し合いについて、統一教会では「牧師や職業的改宗屋が首謀者となって信者の家族を指導し、拉致・監禁して信者を棄教させる」と言われています。私も信者の頃はそう教育され、その通りだと思っていましたが、何度かの話し合いを経験して、私の場合決してそうではなかったということを述べたいと思います。

2.家族との話し合いに至る経過
先ほども述べた通り、私が統一教会へ入信してからは家族・親戚や友人との関係に溝ができ、信頼関係がなくなっていきました。それは、私が本当のことを言わず、嘘やごまかしばかりを言うようになり、心配させるような行動がどんどん多くなったので、そうなるのも当然だったと思います。その原因は統一教会の活動を、正直に言うことができず、嘘をつかなければ信者獲得や経済活動をやっていけないので、信者になるとみんな嘘をつくように教育されるからです。統一教会の名前を隠した伝道や霊感商法がその典型的な例です。(初めから統一教会と言うと誰も来ないからです。)ですから、内部では、「神のためなら嘘をついても良い」と教育されます。まず大前提として統一教会信者は、その活動の為に、あらゆる場面で嘘を付くということを認識していただきたいです。
 私が嘘をついただけでなく、統一教会の他のスタッフも、心配している信者の家族に嘘をつきます。当然私の両親に嘘をついたこともあり、家族からはますます信用がなくなっていきました。信者になり初めの頃に1か月の泊りがけのトレーニングがありますが、私はそれに参加するために、父にビデオセンターに来てもらい、どういうところなのか説明を聞いてもらうことになりました。私は、当時チャーチマザーと呼ばれる教会の責任者で家族への対応(内部では家庭対策という)を担当していたYさんという女性責任者と事前に綿密な打ち合わせをして、親にまだ統一教会とは話さずに、社会人としての教養を身につけるためのカルチャーサークルで勉強しているということにするよう言われていました。父がYさんと会って話をしました。父はこの時「ここはイエスの方舟とか原理運動というようなものではないんですか?」と聞きましたが、Yさんは「いいえ、宗教団体とは一切関係ありません。文化サークルです。」と答えました。その言葉を父が信じたのでとりあえず私はトレーニングに参加することができました。
 そして1か月の合宿が終わる頃、統一教会の次の教育段階になる合宿に参加することになりました。親とは1か月の約束だったので、私は、前もって教えられていたように、もう少し勉強を続けたいという話をしました。家族には、再度「何を勉強しているのか、なんで泊まりがけでないとだめなのか」とか、「宗教ではないのか?いつまでやるのか?」などと聞かれましたが、この時統一教会の教義の勉強や活動とはまだ言わないように指導されていたので「今の世界情勢や人生の勉強をしている」というような曖昧な答えをしてごまかしました。しかし、この話では家族の心配を解消することが出来ず、「これ以上続けさせることはできない」と反対されました。話は夜中まで続けましたが、私がのらりくらりと話をはぐらかしてばかりいるので、とうとう父がみかねて「出ていけ」と大声で怒り、私は荷物をまとめて出て行きました。後に家族からこの時の私の様子を聞いたことがありますが、私が統一教会の話をする時の表情は目が吊り上っていて、以前の私と変わってしまい怖く思ったとのことでした。これ以降から自分が統一教会の活動を続けることしか頭になく、日々の活動で寝る時間もないほど忙しかったので、家族が心配する気持ちまでは考えられなくなっていきました。
 家を出てからは統一教会の信者獲得のための伝道(正体を隠してビデオセンターへ誘い込むこと)に励むようになり、そのために■■■の街頭でアンケートを取るようになりました。その姿を叔母に見られ、その話が両親の耳に入り、ますます心配され不信感を持たれるようになりました。その他には祖母(母方)に着物(統一教会の霊感商法のひとつである商品)を買って欲しいとねだった手紙を書いて送ったことがありますが、今まで祖母にねだったこともないし、急にそんなことを言い出したので両親から驚かれるということもありました。そんなことがあったので、また両親や叔母も交えて私の行動について話合いました。私は、何としてでもこのトレーニングを続けて先に進まなければと思い込まされていたので、家族には心配はいらないし、続けさせてほしいと頼みました。家族はやはり反対でしたが、お互いに話は平行線のままで終わり、結局私は家族の心配をよそに逃げるようにまた合宿所(以下ホーム:統一教会信者の住んでいる所)に戻り活動を続けました。
 1987年の年末に、当時の小山田会長が統一教会の教祖文鮮明やその活動・理念について紹介をするクリスマスのイベントがあり、そこに母を呼び、始めて自分が統一教会の信仰を持っていること、この活動を続けていきたいと話しました。そしてその日にすぐ自宅に連れ戻されました。
 私はまた前述の家庭対策の責任者Yさんとの打ち合わせで指導されました。そして、1週間位は自宅でおとなしくしていて、その後は友達のところへ行くといって家を出るように指導されました。そして1週間後に置手紙をして家を出ましたが、両親にみつからないように統一教会信者の学生のアパートに1ヶ月ほど隠れていました。会社に行けば両親に連れ戻されるので、会社も辞めるようにと言われ、電話一本で退職の意思を会社に伝えました。両親は、私がいないかとビデオセンターを尋ねてきました。この時も私とYさんで事前に打ち合わせ、私は顔を出さずYさんが「SHさんはここへは来ていません。もし来たらすぐに連絡します。」と嘘を言って対応しました。両親はすごすご帰っていきました。
 このような経過があって、私や統一教会自体も家族や親戚・友人から不信感を持たれるようになりました。そして私は統一教会に献身し、ますます信者勧誘や経済活動にのめり込んでいきました。家族には心配をかけて悪いという気持ちはありましたが、それ以上に活動を頑張らなければならないという使命感でいっぱいだったので、こんな風に嘘をついても仕方ないと思うようになっていきました。また反対されるのは、統一教会の悪いうわさやマスコミの偏った報道のせいだとも教え込まれていたので、私や責任者の嘘や行動で家族が統一教会を信じられなくなっていたことは全く分かっていませんでした。信仰のため、神様のために嘘をつくのは許されるという発想になっていたので、嘘をつくことに対しての罪悪感が麻庫していたと思います。

3.家族との話合いを逃れて
 私は以前トレーニングで「対策講義」(正式には、反対牧師対策講義といいます。)を受け様々な教育をされました。統一教会では家族の話し合いに協力する牧師先生や宮村さんなどのことを反対牧師や職業的改宗屋と言います。反対牧師や職業的改宗屋は、拉致・監禁をして棄教させるが、その為に精神病院に入れられたり、薬や注射をされたり、強姦されるとか、法外な謝礼金を取るなどの話をされます。ですからで、<ママ>この対策で強い恐怖と反発心を持たされることになります。そこでの教育では、反対牧師などの話はまともに聞かずに隙を見て教会に逃げるか、偽装脱会をして逃げてきなさいと再三教えこまれていました。偽装脱会とは、家族や牧師に統一教会を脱会しますと嘘を言って家族が安心した頃に統一教会に逃げるというやり方です。この対策とは別に、日々の活動している中で、信者が統一教会の信仰を失うと自分や親族も地獄に落ちるから絶対に信仰を辞めてはならないという教育もされて、信仰を辞めることに対する恐怖心も持たされています。この為、家族や牧師先生や宮村さんが普通に話しても、普通に冷静に話を聞いたり考えたりするという気に全くならないのです。
 私は、その後の家族や牧師との話し合いの場でもまともに話を聞かないようにしていました。本を読んでいるうちに統一教会の実態について疑問になることが出てきて、このままでは信仰を失うのではないかと恐怖でいっぱいになり、偽装脱会をすることにしました。信仰を失うことは、その後の人生が悲惨になり、自分も地獄に落ちるし家族・親族も地獄に落とすことになると教えられます。その為どんな手段を使っても、信仰を失わずに統一教会に戻らないといけないと教育されて、本当にそう思っていました。それで私は「もう統一教会を止める」と宣言し、家族を安心させ、妹とレンタルビデオ屋に行き、妹が見ていない隙を見て逃げました。信用した家族を裏切って、弱い立場の妹を一人残して姿が見られないように走って逃げたのです。こうして統一教会の教育による家庭対策や信仰を辞める恐怖心から偽装脱会したのでした。それからは家族に嘘をついて逃げてきた後ろめたさで連絡も出来ず、■■■のホームに隠れて暮しました。
 統一教会に逃げ帰った後は、統一教会の「対策」という、信者の親に対する対応を指導したり、いわゆる「拉致・監禁」の問題を専門に扱う担当の部署の信者と面談するよう指示されました。都内にあった対策関係の事務所や自分の所属していた■■■のホームで何回か会い、家族との話し合いの状況について聞かれました。その担当だった信者の名前は忘れましたが、男性でその人自身もいわゆる家族の話し合いから協会に逃げ帰ってきた人で、外出する時は家族に分からないようにいつもサングラスをかけていました。その担当者に反対牧師の話がどんなだったか、どんな資料だったかなどを報告し、手記を書くように言われました。私は起こったことをそのまま書いて提出しました。それを読んだ対策担当者から「もっと酷いことをされたりとかはなかったのか?」「関係者や親を裁判で訴えたいのでもっと酷いように書いて欲しい。大げさなくらいの嘘でもよい。神のためなら嘘は許される」と言われました。私はこれを聞いて驚いたのと困ったのを覚えています。ただ事実を書けば済むものと思っていたので、そうではなく親を訴えないといけないのかと、もっと酷く書くのはどうしたらいいものかと悩んだのを覚えています。
 家族へ連絡をしない状況のまま、私は新たな信者勧誘や経済活動にますますのめり込んでいきました。統一教会では家族・親族も伝道しなさいと教育されていたので、統一教会に反対させることは信者としては罪であり、悪いことでした。また、家族に反対させず伝道するには、何よりも統一教会の活動を優先して頑張ることが大切であると教育されていました。そのため、私も、今は家族が反対していても、信者勧誘や経済活動をもっと頑張ればいつかきっと理解してもらえると思っていました。それで、ずっと家族に連絡をしないままが続いてしまいました。私を「拉致・監禁」した(この頃はそうおしえこまれていたのでそうされたと思いこんでいました)両親に対して怒る思いと、嘘をついて逃げてきた後ろめたさもあり、また活動に追われ家族のことを考える気持ちの余裕もなかったという面もありました。
 その後家族は、統一教会の問題について相談できるところを捜し、「水茎会」と宮村さんに行きつくことができたようです。そこで家族は今までの私に対する対応が、ただ統一教会から引き離し、辞めさせることだけで、私の心の問題や家族の問題として考えていなかったことを指摘され、もっと子供のことを考え準備をしなければと反省したようでした。私も、その後の話し合いの時に、これまでの家族とは違う接し方であることを話し合いの過程で少しずつ感じていきました。

4.宮村さんの協力での家族との話し合いの状況
 私は家族を統一教会のイベントに誘うために、1993年秋に久しぶりに自宅に帰りました。この時に、家族から「もう一度私の信仰について話し合いをしたい、自宅では統一教会の人が来て落ち着いて話が出来ないから場所を変えて話し合いたい」と言われ、私はまた拉致・監禁されると思って返事を渋りました。しかし、待ち合わせ場所から無理に連れていこうとしたり、路上で強引にということではなく、家族が懸命に私の信仰について家族で話し合う必要性があるということを話し、私に納得させてから連れて行こうとしていることを感じました。それで私も最終的に納得して親が話し合いの場所として借りていたマンションに行きました。
 宮村さんとの初対面は、私は親をそそのかして拉致・監禁をさせた首謀者と思い込んでいたので、怒りと憎さで気持ちがいっぱいで感情的になり、自分がどんな態度を取り何を話したか、宮村さんが何を話して下さったのかは全く覚えていない程でした。後で家族から聞いたところによると、私はこの時立て膝をついてそっぽを向いたり、怒鳴ったり横柄な態度をしてとても初対面の人に取る態度ではなかったようです。そんな態度でも宮村さんは、正座をして自己紹介をし、丁寧に接して下さっていたとのことでした。私も脱会してから、他の家族の話し合いをしているところに行くようになって、初めて信者が宮村さんに対面するところを知るようになりましたが、ほとんどの信者の方が、とても酷く悪い態度を取ります。(立て膝をする、あぐらをかく、部屋の隅に座って動かない、話しを無視して聖歌を歌う、人をばかにしたような慇懃無礼な態度を取る、怒鳴る、屁理屈を言うなど・・・)、宮村さんはいつも正座をして自己紹介をしていることが分かりました。自分もこんな風な態度をとっていたのかと思うと恥ずかしくなりました。
 この時の話し合う環境は、ある程度の期間生活できるような準備もされていたので、今までとは違った家族の覚悟を感じました。その他にも以前と違うと感じたのは、私を統一教会からただ離して辞めればいいと思っているのではなく、この問題を家族問題と考え、家族自身も信仰や神について、人生を考えながらこの話し合いに臨んでいるということを感じました。私は、家族はどうして以前の話し合いの時と違っているのだろうと不思議に思いました。しかし、統一教会の教義や対策で相対するな(信仰を失うのでまともに話を聞いてはいけない)と教育されてきたことや今までのことがあり、初めから家族や宮村さんのことをすぐに信用できませんでした。仕方がないのでとりあえずマンションに来た当初、宮村さんと元信者の人を交えて家族と話はするようにしていました。しかしこの話し合いは、私にとっては宮村さんや元信者の人から統一教会の実際の活動内容についての話が出るので、私が家族にごまかしや嘘をついてきた話がどんどんばれていくので都合が悪くなってきました。そんなことから冷静に話ができなくなり、感情をおさえることも出来なくなりました。
 ある時、私は癇癪を起し、トイレに立てこもりずっと出なかったのでみんなをトイレに入らせず困らせたり、台所で騒いでポットを床に倒したり、ヒステリックになって茶碗などを投げたりすることもありました。宮村さんにはおしぼりを投げつけたこともあります。トイレには度々立てこもりましたが、ある時トイレの壁を思いっきり蹴ったので、壁に穴があき、その壁についていたブレイカーが下りて部屋の電気が消えてしまったこともありました。嘘ばかり付いているとその嘘を隠すためにまた嘘をつく。その嘘を隠すためにまたまた嘘をつく。とうとう都合の悪い話を避けたいのと、信仰を失う恐怖心から統一教会の話に関しては話をしないでだんまりを決め、みんなに話しかけられても無視をするようになりました。宮村さんが足を運んで下さっても、私は体育座り(立てた両膝を両手でかかえて座る)をして、顔を上げずに伏せて無視し続けました。家族が顔を上げさせようとしても頑なに下を向き体をまるめて後ろ向きになり、お尻を向けたこともあります。元信者の人も顔を上げようと私の手に触れて話しかけてきましたが、その手をはらったりもしました。とにかく今思い返せば、成人したものとは思えない幼児のようで自分勝手の極み、恥ずかしいばかりの態度でした。
 こんな態度であったら普通は、相手にするのも嫌になると思います。しかしそんな態度だった私に宮村さんは、懇切丁寧に一人の人格者として私に接して下さっていました。宮村さんからは一度も「統一教会を辞めなさい」「辞めるまでことから出さない」などと言われたことはありません。「もっとよく考えなさい。家族ときちんと話をしなさい。」と根気強く言い続けて下さっていました。
 また家族も切々と「辞めさせようとしているのではない。お前の人生のためによく考えて欲しいからこの話し合いをしているのだ。」と私が納得するまで繰り返し説明してくれました。このように話し合いに関わる家族・親戚、宮村さん、元信者の心からの呼びかけに接している内に、徐々に私もこのままではいけない、本当に向き合っていかなければと考えるようになり、その結果、この信仰は続ける価値がないという結論に至り脱会することに決めたのです。

5.後藤徹さんとの話し合いの状況
 次に、脱会後に私が後藤徹さんとの話し合いの場に何回か立ち会ったことがあるので、その時の状況についても述べておきたいと思います。
 私は脱会後、私の家族がお世話になった水茎会に行くようになりました。それは、水茎会に相談に来られるご家族の苦しみが分かったので、少しでもお手伝いができればと思ったからです。また、そのご家族が信者本人と話し合いをする時も手伝えることがあればと、話し合いの場所に行くようになりました。
 それで後藤徹さんとご家族が話し合っているフラワーマンションに1998年に5、6回行ったことがあります。宮村さんと行くこともあれば、元信者のSさん、Oさん、Yさん、Mさんと行ったこともあります。
 そんなことから、1998年に後藤徹さんと家族が話し合っているマンションに宮村さんや元信者と一緒に何回か行ったことがありました。
 その時の後藤徹さんの態度は、のらりくらりその場限りをやり過ごそうとするとてもいい加減な態度だったことを覚えています。宮村さんが後藤徹さんに話しかけて会話をしようとしても普通の対話ができていませんでした。「う~ん、そう言われましても~~~」「結構、原理(統一原理の略=統一教会の教義)はいいんじゃないですかね~」と軽い調子だったり、にやにやしたり、話しかける人を馬鹿にしたような態度で、誠実に話し合いに応じようとするものではありませんでした。
 そんな後藤徹さんの態度とは逆に、ここでも宮村さんは、後藤徹さんを一人の人格者として接し、後藤徹さんの議論(屁理屈ばかりの下らない議論のように当時の私は思いました)にとことん付き合い、丁寧に質問に答え、説明をしていました。私自身も前に述べたように、話し合いの態度が酷かったので、後藤徹さんも同じようになっていて、統一教会の信仰を持つとどうして、信仰者としても、人としても酷い姿になってしまうのかと悲しくなりました。後藤徹さんも私と同じように信仰を失ってはいけない、自分がやめれば家族・親族とも地獄に落ちてしまうことになる、神様のために信仰を続けなければならないという考え方にこり固まっているので、統一教会の本質を考えず、懸命に信仰を守ろうとしているのだと思いました。
 そのあげく、家族との理解がし合えないまま、後藤徹さんが家族を裁判で訴えることになってしまったのはとても残念でなりません。後藤徹さんが統一教会に戻ってから、拉致・監禁されたと言って主張している内容や訴状に書いていることなどは、先に述べたように、私が偽装脱会して統一教会に逃げたあと対策の担当者から「親や関係者を裁判で訴えたいから、もっと酷いことを書きなさい」と言われたことがあるので、そのままただ統一教会の命令に従って書いているのだと思います。私がもしまだ統一教会信者で、後藤徹さんの立場であったら、統一教会の組織を守るために嘘をつき、事実を変えて色々書きつらねたと思うのです。後藤徹さんもまちがいなくそのようになっているということを述べておきたいと思います。

6.拉致・監禁ではない
 これまで私が体験した事実を述べてきましたが、私はこの経験から、決して宮村さんが首謀者となって拉致・監禁をして棄教させるという事実はなかったと言うことを申し上げたいのです。統一教会は拉致・監禁と言いますが、家族や親戚と一緒にいて話し合いをしている環境が拉致・監禁なのでしょうか? 場所を変えずに自宅で話し合えばいいじゃないかと言いますが、それが出来ればとっくにそうしているでしょう。私の場合もそうであったように、まず家族だけで自宅で話し合っても信者になった頭では嘘とごまかしで家族を騙して統一教会に戻り、行方をくらませてしまったり、自宅に統一教会の人が押し掛けてきて落ち着いて話し合いが出来ないのです。自宅と別にマンションを借りて、時間をかけて家族で話し合いをせざるを得ないのは、そもそも信者が家族に嘘を付いて統一教会に行くようにしたり、まともに家族と話し合いをさせずに家族を騙して統一教会に逃げてくるように教育し、家族から行方をくらませるようにさせる統一教会に問題があると思います。家族が子供を信じる気持<ママ>につけ込んで騙す卑劣なやり方が原因となっているのです。その自分たちのやり方を全く棚に上げて、「拉致・監禁」「信教の自由」と言っていることをよくよく考えてもらいたいと思います。
 また、宮村さんが首謀者となってということに対してですが、これも全くそうではありません。先に述べたように、私は脱会してから少しでもお手伝いができればと水茎会に行くようになり、そこで統一教会問題で悩んでいるご家族の話を聞いたりしますが、ご家族に対して拉致・監禁を指導するような人は誰もいません。私自身そんな指導はしませんし、宮村さんは拉致監禁などするべきではないというご意見であり、指導した場面など見ていないし、ありえないことです。
 本人を路上で強引に連れて行ったり、騙して本人を呼び寄せ捕まえたり、南京錠や窓が開かないような細工をしようとするような考えのご家族がいることを聞いたこともあるのですが、私はそんな家族の話を聞くと「そんなことは本人の心を傷つけるのでやめて下さい」と注意をしています。うちの話し合いの最中でも、父がいつまでたっても遮光カーテンを昼間でもしめていたので、宮村さんが「カーテンをあけて光をいれてあげて下さい」と言っていたのを覚えています。いつも「信者になった本人の心の問題、家族の問題を考えて下さい」と言われています。
 統一教会のせいで今まで述べたような大変な話し合いが必要になっているのだということを是非お分かりいただきたいと思います。統一教会が家族の関係を崩壊させ、信者本人と家族に深い溝を作っているのです。この後藤徹さんのように自分の家族を訴えると言うようなことが起こることは、誠に辛く悲しいことであります。きっと統一教会に入信する前の後藤さんだったら、家族を訴えるようなことは全く考える人格ではなかったはずです。 
人をそんな人格にさせてしまう統一教会を私は許せません。人の心をそんな人格に教育すること、名前を隠した信者勧誘活動、先祖の因縁話を駆使し、他人の弱みや恐怖心をあおって、壷や多宝塔、印鑑や念珠、人参茶などを法外な値段で売りつける霊感商法などの問題に対して何にも反省せず、変えない限りはこの問題はずっと続いていくと思います。この後藤徹さんのように、家族や話し合いに関わった方々を訴えるというようなことはなくなって欲しいと心から願います。
以上


2012-06-25(Mon)
 

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カーテンも開けられない?! 

<トイレに立てこもるくらいなら、その場を立ち去っちゃえばいいのにとツッコミをいれたくなる>

おっしゃる通りです。おかしすぎる、理解不能な抗弁です。

<私自身も前に述べたように、話し合いの態度が酷かったので、後藤徹さんも同じようになっていて>
<後藤徹さんも私と同じように信仰を失ってはいけない、自分がやめれば家族・親族とも地獄に落ちてしまうことになる、神様のために信仰を続けなければならないという考え方にこり固まっているので、統一教会の本質を考えず、懸命に信仰を守ろうとしているのだと思いました>

自分も体育座りをしたりトイレに立てこもったりして宮村の話を聞かなかった、徹さんも同じように…。
自分も監禁などされていなかった、徹さんも…。

マンションに連れてこられた(いや、自ら行った)信者はみんな、聞きたくない話に拒絶反応を示しながらも、外には出ない…。なんじゃそりゃ!
いい大人が、聞きたくもない話を聞かされるのに、体育座りでじっと堪え、話をはぐらかしてじっとしたまま、外に出ない…。
トホホ…。もうちょっと、ましなウソを付けよ~~~。

<本人を路上で強引に連れて行ったり、騙して本人を呼び寄せ捕まえたり、南京錠や窓が開かないような細工をしようとするような考えのご家族がいることを聞いたこともあるのですが>

良心の呵責からでしょうか、拉致監禁などこれっぽっちもない、とは、流石に言えないのでしょうね。

<うちの話し合いの最中でも、父がいつまでたっても遮光カーテンを昼間でもしめていたので、宮村さんが「カーテンをあけて光をいれてあげて下さい」と言っていたのを覚えています>

監禁されている被害者にはカーテンをあける権利も与えられていないのですね。

SHさんにはその加害者の一味に加わっていることを自覚してほしいです。

どうして、被告側の証人が「私は監禁されていない」と金太郎飴みたいな話しかできないのか考えてみたのですが、彼ら拉致監禁一味は裁判というリングだと絶対に勝てる、という確信のようなものがあって、宮村や山口らに言われるままに作文を提出し、裁判用に添削されるのをしぶしぶ承知しているのではないかと思います。
言いたいことを腹の中に押し込めて、悪夢のような拉致監禁に目をつむり、裁判での勝訴=統一教会にダメージを与えられる=幸せ、という夢を追っているように思います。だから、核心部分の陳述より、統一教会の悪口のほうが多い。

時代は刻々と変化していて、拉致監禁に対する問題意識が広がり始め、「拉致監禁はなかった」という言い分がウソっぽく聞こえはじめてきているというのに…。
2012-06-25 09:20 | みんな | URL   [ 編集 ]

本当に正しいことをしているのだったら 

ある部分を除いて、正直な陳述書だと思います。

思わず、「なるほど」と思いました。

ある部分とは、「拉致監禁」


正直言いまして、脱会後数年は、私も外部に向けては、「拉致監禁ではなかった」と言ってました。

でも、元信者同士では、「あれは、拉致監禁だったよね」と言っていたし、「監禁するのは間違っているのでは」と言ってました。
「監禁しないで、どうやって説得するの」と言われたら、何も言い返せなかったですけど。

監禁中、説得者から言われました。
「本当に霊感商法を救いの為にやっているのだったら、堂々と救いの為にやっている、と世間に言えばいい。」と。

その通りだと思います。
同じ言葉を反対派、元信者に言います。

「統一教会脱会の為に、拉致監禁が必要なら、堂々とその事を訴えたらよい。」と。

拉致監禁はなかった、してないといい続けるなら、「霊感商法はしてない。一部の信者が勝手にやっただけ。」とのたまっていた統一教会と全く同じことをしてるのですよ。
2012-06-25 19:50 | koyomi | URL   [ 編集 ]

SHさんへ 

  SHさんは、koyomiさんの根源的な問いかけに、応えるべきだと思います。

 SHさんとkoyomiさんとの体験は同じです。しかし、体験の総括の仕方がまるで違う。
 koyomiさんは「あれは保護でなく、拉致監禁だった」と認識を改め、「拉致監禁説得は間違いである」と声をあげるようになられました。実に、人生に誠実な人だと思います。
 一方、SHさんは自分の体験を真剣に振り返ることなく、きちんとした総括をしていない。曖昧なままです。おそらく、過去のことがふと蘇ると、もやもやした気分になられるのではないでしょうか。

 koyomiさんの「ある部分を除いて、正直な陳述書だ」という感じ方は、私も同じです。NIさんやYKさんの取ってつけたような陳述書とはまるで違います。リアリティがあって説得力がある記述が多々ある。

 しかし、中見出し、「5.後藤徹さんとの話し合いの状況」の最後のほうからだんだんおかしくなり、「6.拉致・監禁ではない」となると、もう作り文そのものになってしまう。

 純粋に文章だけから判断すると、おそらく、SHさんの最初の陳述書では「5.後藤徹さんとの話し合いの状況」で終っていたのではないでしょうか。ここで終っていても、陳述書としてはまとまっています。

 しかし、被告代理人の弁護士から「この終わり方では弱い。拉致監禁ではなかったことを強調するように」という指示があり、それで「6.拉致・監禁ではない」が加筆されたのではないでしょうか。

「5」以前にはみずみずしい描写が多い。
 たとえば、こういう描写はなかなかのものです。

ある時、私は癇癪を起し、トイレに立てこもりずっと出なかったのでみんなをトイレに入らせず困らせたり、台所で騒いでポットを床に倒したり、ヒステリックになって茶碗などを投げたりすることもありました。宮村さんにはおしぼりを投げつけたこともあります。トイレには度々立てこもりましたが、ある時トイレの壁を思いっきり蹴ったので、壁に穴があき、その壁についていたブレイカーが下りて部屋の電気が消えてしまったこともありました。

 SHさんは、こうした行為を自分の嘘と関連させて述べています。それは確かにそういう心理はあったと思われますが、いつまで経っても解放されないことへの苛立ちがあったからではないでしょうか。
 壁に穴をあけたのはSHさんだけではなく、拙著でも書いた、監禁牧師清水にやられたKさんがそうでした。

 こうした生々しいことを書きながら、最後の章では「拉致監禁はなかった」と書いてしまう。統一教会とか拉致監禁とかに関係のない人が読んだら、精神が分裂しているのかと思うでしょう。

 しかし、SHさんの精神は分裂しておらず、統合している。
 それは、「あれは保護であり、拉致監禁ではなかった」と思い込んでいる・思い込まされているからでしょう。
 
 年齢はマスキングされているのでわかりませんが、もうそろそろ自分の体験をきちんと総括されるべきときだと思います。koyomiさんが指摘されている通り、統一教会時代にさんざん嘘をついたことを後悔しているあなたがまた20年経ったのちに嘘をつく。もう嘘はやめたら、どうでしょうか。
 <嘘と不信-負の連鎖>と題した拙文を読んでください。http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-143.html

 父上や宮村氏はもう老人です。あなたが老人になったとき、2人はもうこの世にいません。そろそろ2人の呪縛から解放されたらどうでしょうか。

(追記)SHさんはこのブログを読んでいないと思う。読んでいるのは、父親など宮村グループの面々だろう。父親に警告しておく。
 あなたが宮村グループの一員でい続けるのは、あなたの自由意志であり、それはそれで一つの生き方である。しかし、あなたは娘さんの今後の人生に責任を負うことができるのか。娘さんをあなたの生き方の小道具に使うべきではない。
 君たちの大好きな言葉、「親子が向き合って真剣に話をする」。これを実践して欲しい。
2012-06-27 17:59 | 米本 | URL   [ 編集 ]

宮村氏もリアルな陳述書を出すべき。 

拉致監禁は主に統一教会の青年男女に行われているが、首謀者の宮村の動機は、なんだろうか。お金?これほどに統一の批判をしながら、相当の数の信者を監禁、棄教させているが、統一をつぶすというような野望があったのだろうか。もしくは宮村の背後にそのような人物がいて、宮村を指示してきたのだろうか。宮村さん。はやく、すべてを白状してほしい。SHさんのように、(本心の部分)リアルな陳述書を書いてほしい。いままでのは、知らぬ存ぜぬばかりでいい加減。
2012-06-28 14:34 | 灯 | URL   [ 編集 ]

呪縛から解放される時。 

<もうそろそろ自分の体験をきちんと総括されるべきときだと思います。
<そろそろ2人の呪縛から解放されたらどうでしょうか

本当にそうだと思います。解放されるには、どうしたらいいのか。SHさんは、統一教会から、脱会できて本心から解放されているのか。宮村の元にいて内外の圧迫にいまでも耐えているのではないか。強制的に脱会させられた人の中には、多少、統一に未練があるのではないだろうか。
宮村側にいる人たちこそ後遺症に悩まされているのではないだろうか。SHさんも2度も拉致監禁されて、いまでも、強烈なトラウマがあるのではないか。

<、、、手伝えることがあればと、話し合いの場所に行くようになりました。
 それで後藤徹さんとご家族が話し合っているフラワーマンションに1998年に5、6回行ったことがあります。宮村さんと行くこともあれば、元信者のSさん、Oさん、Yさん、Mさんと行ったこともあります>

宮村側の主張では、後藤氏は家族の話し合いをしているはずなのに、なぜ、家族でもない人たちが、頻繁にやってきて、干渉しているのか。明らかに、後藤さんは監禁されていて、家族の話し合いどころか、なにか、強制脅迫されている証拠でしょう。
SHさんもそれを体験しているのに、後藤さんの態度やことばは批判し、SHさんが抵抗した時の自分も幼稚であったとか卑下しているが、宮村に関しては一方的に持ち上げている。(宮村氏は一人の人格者として、認めてくださいましたとか、超尊敬語で書いている)宮村がしていること、宮村の話の内容などをかばっている証拠。
監禁されている人たちの様子は、先入観をいれずに真実に書くべきで、宮村に関することも、みえみえのウソは書かないこと。
脱会した後、キリスト教会にいって聖書等を読んでいるのでしょう。悔い改めて本心にたちかえりなさい、という箇所があります。
また、すべてのわざには時がある。と言う箇所もあります。真実を語ってください。それが、解放される一歩だと思います。



2012-06-28 20:30 | 灯 | URL   [ 編集 ]

家族でない人 

<宮村側の主張では、後藤氏は家族の話し合いをしているはずなのに、なぜ、家族でもない人たちが、頻繁にやってきて、干渉しているのか>(灯さんのコメントより)

そう言えばそうですね。
信者が暴れて逃げようとした時、「家族の問題です」「家族が話し合いをしているので」などと言い逃れしてきたわけだから、赤の他人の第三者が頻繁にやってくるというのはおかしな話です。

<後藤徹さんとご家族が話し合っているフラワーマンションに1998年に5、6回行ったことがあります>

SHさんは徹さんの家族が話し合いをしている“平穏なマンション”に、なんで頻繁に行ったのでしょうか?
それは家族の話し合いの邪魔をする行為ではありませんか?

SHさんは話し合いに加わり、自分が脱会した時の話、統一教会の悪口をさんざん語ったのでしょ。
徹さんが聞きたくない話を1回ではなく、何回もしに行くとは、一体、どんな権限とどんな目的があったのでしょうか?

脱会のプロ・宮村や元信者のSHさんの参加が家族の話し合いに必要だった、とするなら、それは徹さんを脱会させる目的でその場に参加した、ということにしかなりません。

「家族の話し合い」という理屈は、もはや自壊してしまいましたね。

2012-06-29 08:47 | みんな | URL   [ 編集 ]

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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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