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後藤徹氏兄らの最終準備書面-この訴訟は統一協会による拉致監禁キャンペーンの一環だ

昨日、控訴審の期日についてお伝えしましたが、今日は、すでに以前に掲載した後藤徹氏の兄らの最終準備書面を再掲載します。

いまさら・・・という感じは否めませんが、実は、以前に掲載した記事が忽然と姿を消してしまい、複数の方から問い合わせをいただいていました。

まあ、たぶん、間違えて削除ボタンを押してしまい、記事が消えてしまったのだとは思うのですが・・・・。

すぐに復活できればよかったのですが、宮村氏の準備書面や、判決文などの掲載が続いていましてずるずると延びてしまいこのタイミングになりました。

遅くなりまして申し訳ありません。

また控訴理由書などの書面も順次当ブログで掲載していきますので引き続きご愛読よろしくお願いいたします。



目次

第1 はじめに
第2 原告の主張する第1回目の監禁がないことについて

 1 京王プラザホテルにおける話し合いについて
   (1) 原告の主張について
   (2) 原告供述に信用性がないことについて
   ア 騙し討ちのように拉致監禁された旨の供述について
   イ ドアの鍵の施錠について
   ウ 信者2名について来てもらったことについて
   (3) 拉致監禁がなかったことは原告の供述からも明らかであること

 2 荻窪のマンションにおける監禁行為がなかったこと
   (1)原告の主張について
   (2)原告の供述に信用性がないこと
   (3)話し合いが監禁ではなかったことは,原告の供述からも明らかであること
     
第3 原告の主張する第2回目の監禁や棄教の強要がないことについて

 1 平成7(1995)年9月11日の新潟への移動について監禁行為がないこと
   (1)原告の主張について
   (2)原告の供述内容に信用性がないこと
   (3)連行監禁がなかったことは原告の供述からも明らかであること

 2 新潟のマンションでの監禁や棄教の強要がないことについて
   (1)原告の主張について
   (2)原告の供述内容に信用性がないことについて
    ア マンションの玄関の状態について
   イ 窓の状態について
   ウ マンションにおける生活状況
   (3)新潟のマンションでの話し合いが何ら監禁にあたらないことは,原告の供述内容からも明らかであること

 3 荻窪プレイスでの監禁がないことについて
   (1)新潟から東京への移動について
   (2)故後藤■<後藤徹氏の父>の葬式について
   (3)荻窪プレイスでの話し合いについて
    ア 荻窪プレイスへの移動について
    イ 荻窪プレイスでの話し合いの状況について
     (ア)原告の主張について
     (イ)原告の主張に信用性がないことについて
     (ウ)荻窪プレイスでの話し合いが監禁ではないことは原告の供述からも明らかであること

 4 荻窪フラワーホームでの監禁や棄教の強要行為がないこと(被告宮村や元信者が来なくなる迄)
   (1)荻窪フラワーホームへの移動について
   (2)南京錠,鍵の状況などについて
    ア 原告の主張について
    イ 原告の主張に信用性がないことについて
    (ア)玄関の南京錠について
    (イ)原告の被告■<後藤徹氏の兄>に対する抗議について
    (ウ)偽装脱会表明後の脱出を試みた行為について
    ウ 南京錠を使用していた平成9(1997)年12月から平成10(1998)年5月頃までの話し合いが監禁にあたらないことについて
    (ア)南京錠の使用目的,使用時期について
    (イ)監禁にあたらないことは原告の供述からも明らかであること
   (3)被告宮村や元信者と原告の話し合いについて

 5 荻窪フラワーホームでの監禁や棄教の強要行為がないこと(被告宮村や元信者が来なくなった以降)
   (1)被告宮村や元信者が来なくなったこと
   (2)被告後藤家は原告に対し,荻窪フラワーホームからの退去を促していたこと
   (3)荻窪フラワーホームにおける居住状況について(全体として,乙イ1)
    ア 被告■<後藤徹氏の兄>の居住状況
    イ 被告■<後藤徹氏の兄嫁>の居住状況
    ウ 原告がマンションを出ようと思えば,出る機会は幾らでもあったこと
   (4)原告が自らマンションの外に出ようとしたり,助けを求めたことはないこと。
   (5)原告が強行突破しようと思えば出来たが,そのような試みをしていないこと
   (6)荻窪フラワーホームには,家族以外の業者等の出入りがあったことが,原告が助けを求めた事実がなかったこと(原告が助けを求めなかったことについては,争いなし)
    ア エアコンの修理業者の立ち入り
    イ 荻窪フラワーホームの外壁工事
    ウ 被告■<後藤徹氏の兄>,トイレに閉じ込められる
    エ マンションの外側の雨樋の修理
    オ その他の定期的な工事
    カ 検察審査会の認定
    キ まとめ
   (7)平成12年(2000)年12月末頃から平成13年(2001)年2月頃まで,玄関とリビングの間のドアノブを鍵のかかるものに取り換えたことについての評価
   (8)平成16(2004)年8月,被告■<後藤徹氏の兄>がタップに再就職したことの評価
   (9)原告が祖母の葬式に出席していないことの評価
   (10)原告による三回の断食と断食後の食事についての評価
    ア 断食のきっかけ
    イ 断食後の食事について
    ウ 原告に選択の自由があったこと
   (11) 平成20(2008)年2月10日,原告を荻窪フラワーホームから外に出したときの様子,及び,その原告の健康状態について
    ア 外に出した意図
    イ 原告の体力,健康状態
   (12)原告が実家を訪問したことについて
   (13)棄教の強要を否定する事実について
   (14)まとめ

 6 話し合いが長期間に及んだ理由について
   (1)初めに
   (2)被告■<後藤徹氏の兄>及び被告■<後藤徹氏の妹>の供述
    ア 初めに
    イ 被告■<後藤徹氏の兄>の供述
    ウ 被告■<後藤徹氏の妹>の供述
    エ まとめ
   (3)原告の供述
    ア 原告の主張
    イ 原告の供述
   (4)統一協会信者との話し合いが長引く理由
    ア 統一協会信者になるということ
    イ 話し合いを困難にする統一協会の教育
    ウ 話し合いの目的
    エ 話し合いの方法について
    オ なぜ,話し合いが長期間に及んだのか
   (5)乙イ2(祝福と氏族メシア)の記載内容と原告がマンションを出て行かなかった理由
   (6)まとめ

  7 本件訴訟は,あくまでも,統一協会による拉致監禁キャンペーンの一環であり,被害の救済を求めるものではないこと
   (1)初めに
   (2)原告の位置づけ
   (3)拉致監禁キャンペーンの欺瞞性
   (4)まとめ

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2014-03-15(Sat)
 

宮村峻氏の最終準備書面⑥-この裁判は組織的に追い詰められた統一協会が作り上げた「被害」ストーリー?

判決まであと2日と迫りました。
どんな判決がでるのかドキドキです。

それは被告の皆さん方も同じだと思います。

どんな判決が下されようとも当ブログではなるべく早く情報をお伝えしようと考えています。
もちろん判決文も全文掲載します。

今回は宮村氏の最終準備書面の最終章です。

どんなことが書いてあるのかと思ったら、2009年統一教会の信者が多数逮捕された一連の事件のことについて書かれていました。
統一教会に対するイメージダウンにはてきめん効果があります。

この後藤徹氏の監禁事件は内部を引き締めるために作り上げられた「被害」ストーリーだという主張です。

この裁判が統一教会内の引き締めに効果を発揮しているのかははなはだ疑問ですが・・・・。
原告後藤徹氏を支援している人は統一教会員とは限りませんし・・・・。
むしろ非教会員の方々が熱心に応援をしてくださり、教会員に対するダメだしもたんまりとしていただいてます。








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2014-01-26(Sun)
 

宮村峻氏の最終準備書面⑤-偽装脱会をするのは、監禁から逃れるためではなく家族との話し合いを中断させるため?

いよいよ判決まであと10日となりました。
今回は
第5 話し合いの終了は家族が決めること
を紹介します。

 宮村氏は統一教会員が偽装脱会をするのは、監禁から逃れるためではなく、家族との話し合いを中断するためだと主張しています。
 家族との話し合いをすれば、脱会に至ることが多く信者が減ってしまうため、そうならないための統一教会側の「対策」として偽装脱会をするというのです。

別のところでは、統一教会創始者文鮮明氏の説教集を引用しながら「氏族メシア」つまり、家族を伝道することが教理上たいせつなことだということを力説し、後藤徹氏が「氏族メシア」活動のために、話し合いの場に居座り続けたという論説を展開していたのに・・・です。

 またこの章で強調しているのは、原告側の証人であるMK氏がいかに信用ならない人物であるかということです。
 MK氏は、後藤徹氏の監禁現場を目撃した貴重な証人なので、無理もないですね。

 またMK氏が、本訴訟のためにどれだけ労を惜しまなかったかということもここでは語られています。
 かつて、宮村氏と親しい関係にあった元信者の実家、自分を説得したK牧師やMF氏、また宮村氏の一時期提携関係にあったAT牧師のところにも訪れていたことがわかります。


 MK氏をここまで突き動かしたものは何だったのでしょうか?

 




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2014-01-18(Sat)
 

宮村峻氏の最終準備書面④-1998年10月以降は原告との話し合いにまったく関与していない?

ご無沙汰しております。

久しぶりのブログ更新です。
今回は
第4 1998年10月以降被告宮村が原告との話し合いに全く関与していないこと
をご紹介します。

この1998年10月以降とわざわざ年月を限定しているところが気になりますね。
これは宮村氏が家族の背後にあって指示していたことを否定するためと思われます。

後藤徹氏の陳述書にも書いてありますが、2001年2月に後藤氏が逃走をしようとしてそれを阻止する家族ともみ合いになった際に、家族は携帯で宮村氏に連絡して、宮村がすぐにフラワーホームを訪れ、原告の様子を見に来ています。宮村が原告を風呂場から引きずり出したのは、同2001年2月です。風呂場で騒いでいた後藤氏に手を焼いた家族から連絡を受けて宮村氏がやってきた以外考えられません。このように、事実は、監禁をしていた家族は常に宮村氏と連絡を取り、指示を受けていたと見られるわけです。宮村氏としては、この事実を否定して、家族が勝手にやっていたと言いたいのでしょう。

なので宮村氏は後藤氏が風呂場で騒いでいたのは1998年夏頃と主張しています。
あくまでも、後藤氏の同意を得て上で家族の求めに応じて、後藤氏とお話し合いをしていた。その時期は1998年9月まででそれ以降は後藤氏の元に訪れたことはないという主張のようです。

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2014-01-11(Sat)
 

宮村峻氏の最終準備書面③-統一協会の実態について自ら再検討してもらうことを促していただけと主張する宮村氏

皆様
あけましておめでとうございます。

前回の更新から時間がたってしまいましたが、宮村氏の最終準備書面の続きをご紹介します。

今回は
第3 被告宮村が原告を非難・中傷・罵倒し、棄教を強要していないこと
の部分です。

宮村氏は、「原告が被告宮村との話し合いを承諾したこと自体、被告宮村が原告に対して非難・中傷・罵倒を浴びせ、棄教を強要していなかったことを意味する」と主張しています。

後藤氏が話し合いを承諾したということが非難・中傷・罵倒を浴びせ、棄教を強要していなかったことの根拠になっているようです。

全体的にも根拠が弱いという感は否めません。


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2014-01-02(Thu)
 
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プロフィール
拉致監禁被害者後藤徹氏の裁判を支援する会
世話人:宿谷麻子 <2012年10月15日逝去>
(強制脱会者)
世話人:koyomi
(強制脱会者)
世話人:小川寿夫
(自主脱会者)
世話人:yama
(強制脱会説得体験者。教会員)

連絡先:gotosaiban-contactus@yahoo.co.jp

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